Scene1:通学路 AM08:00
「くあー、だる……」
県立榛奈西高校一年生桃谷有香は肩をぐきぐきと鳴らしながら、通学路を歩いていた。
「ゆかー、おっす!」
「おっす、アキラ君……つか、『有香お姉ちゃん』でしょ」
「えー、ゆかはゆかだろー?」
近所に住む生意気盛りの幼稚園児と挨拶を交わす。二人のやりとりに目を細めるお母さんには無言で会釈。
「こまかいこときにしてたら、もてねーぞー」
「余計なお世話よ。幼稚園児がもてるとか言うんじゃありません」
「おれかのじょいるぜ?」
「ぬがっ!?」
思わぬ反撃に硬直。お母さんは「あらあら」とか笑って見てるし。
「へっへっへー、エミっていうんだぜー。しゃしんみるかー?」
ポケットからちっちゃなパスケースを取り出して自慢するアキラ君(5さい)。
写真の中でかわいくピースしてる女の子がエミちゃんだろう。
「ぐ、ぐぐぐ……あ、あたしだって素敵な彼氏の一人や二人……」
「ふーん?」
心底バカにした目で見られる。屈辱。そりゃ彼氏は居ないけど、好きな人くらいいるし!
……まだ片思いだけど。
「ア、アキラ君も今から幼稚園?」
「おう、エミとのあいにつつまれたいちにちがはじまるんだぜー」
「……は、ははは、はあ……」
苦し紛れに話をそらそうとして更に追い打ち。
再起不能のダメージを受けた有香は、ずどーんと肩を落としたまま手を振ってエミちゃんとの恋人生活をのろけ続けるアキラ君(を引きずっていくお母さん)と別れた。
「見てましたわよ、有香さん」
「モモっち、不幸ー」
「どぅわあ!?」
突然後ろから声をかけられ、悲鳴と共に飛びすさる。
「なんだ、ヒロミにおケイか」
そこにはにやにや笑うクラスメイトの二人。
「なんだとはご挨拶ねー」
「ごきげんよう。今日も良いお天気ですわね」
ぶいっと元気に二本指を突き立てるヒロミと、優雅にお辞儀するケイコ。
「……つかさあ、バイト先の彼?はどーなってんのよ」
三人並んで登校する道すがら。
ショートカットの頭の後ろで鞄をぶらぶらさせてるヒロミが無遠慮に聞いてくる。
「ぐ……ど、どーだっていいでしょ!」
慌ててばたばたと手を振る。顔が真っ赤。
「そのご様子ですと、進展は全くなし、と言うところでございましょうか」
長い黒髪をさらりとかき上げると、落ち着いた口調できついところを突いてくるケイコ。
「あんたたちに報告する必要ないでしょ!」
「友達甲斐のない奴だなー。潤いのない高校生活送ってる友人に話題を提供しようという気持ちはないのー?」
「あたしの恋愛はあんたらの酒のツマミかー!」
「あら、そんなことございませんよ?」
「まともに相談に乗ってくれる気もない癖に」
「わたくしたちは高校生ですもの。おささはいただけませんわ」
「そっちかいっ!」
力任せに鞄で殴りかかる……が、軽々とかわされた。
「モモっちも、『榛奈西の重戦車』ともあろうものが情けない」
「なにその不本意な二つ名」
「こう、力技でどかんと押し切るのが持ち味だろ?とっとと押し倒しちまえよ」
「んなことが出来るかー!」
「お相手も、空手の有段者でしたわねえ」
「そう言う意味じゃない!」
実際、力でも技でも勝てる気は全くしないのだが。
有香は「彼」の引き締まった筋肉と、見事な体裁きを思い出す。
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開きましたが。二話の続き。三話開始。