それは星の綺麗な夜だった。
赤獅子の王は魔獣島近海でうつらうつらと――彼の身を考えればおかしな事だが――舟を漕いでいた。
彼は人ではなく舟になってから、休むときは入り江と決めていたが、その夜は特別だった。
魔獣島がどこか騒がしかったのである。
特に何か思惑があるという訳ではなかったが、ただ事態を拱いている訳には『今度こそ』いかず――
だが近海でうろうろしている内に、寝入ってしまったのだった。
突然鼻っ面を何かに殴られて、赤獅子の王は目を覚ました。
危うく転覆するところだった。
彼は頭を軽く振って視線を下ろすと、はて?と首を傾げた。
今まで星空を映していた海面に何かが浮かんでいる。
どうやらさっきの衝撃は、『これ』がぶつかってきたらしい。 しかし辺りを見渡しても、遠くに魔獣島のサーチライトが見えるくらいで、船が通り過ぎた形跡もない。
訳の分からないまま、赤獅子の王は緑色の何かをつついてみた。
くるりと半回転した『それ』は、人間の子供だった。
年はまだ幼く、十を少し越えたくらいだろうか。瞳は閉じていてよく分からないが、髪は明るい小麦色。それに――
彼が見ても古めかしい形の帽子を被り、同じ緑色の服を着ていた。
『昔々、緑衣を身にまとった若者が――』
赤獅子の王は思わず、伝承の一節を口ずさんでいた。
それは彼がかつて王だった国で始まり、その国が海の底へ沈んだ今でも語り継がれている勇者の伝説である。そして、彼が待ち望んでいた者だった。
ふむ……と、赤獅子の王は少年を頭から足まで検分した。
勇者にしては何かが足りないような気がした。――身長とか。
一度、夜空を見上げ視線を戻す。
少年は気を失っているというより、眠りこけているように思える。その剛胆ぶりに赤獅子の王は少し感心した。
しかし一体何がこの子に起こったのか。その左手は素朴な作りの剣を握りしめ、未だ離さないのである。
子供の成長を願い、十二歳になった男子に勇者の緑衣を着せて祝う風習がある事は知っている。しかし刃を潰していない、本物の剣を持ち漂流――しかも空を飛んでくるなんてただ事ではない。
赤獅子の王は少年を起こさぬよう、そっと口にくわえて持ち上げると、飛ばされてきたと思われる方角を見た。魔獣島の騒ぎはもう治まっていた。
何にせよこのまま放っておく訳にもいかない。
ひょいと首を器用に動かし、自身の船底に少年を寝かせる。人一人分重くなった舟は少し沈み、今までよりもずっと安定したように思えた。赤獅子の王は満足げに一つ頷くと、色の変わり始めた海をこぎ出した。
もうすぐ日が昇る。このまま風に乗れば、タウラ島へ着く頃にはずぶ濡れの服も乾くだろう。
この小さな『勇者』に話を聞くのは、それからでも遅くはない。
END
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リンクを拾った時の話――なんですが、微妙にゲームと違(ウロ覚えだった)