No.415143

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 第二十二話 炎のさだめ

YTAさん

 どうも皆さま、YTAでございます。
 どうにか四月中に間に合いました!
 では、どうぞ!!

2012-04-28 05:03:20 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:3061   閲覧ユーザー数:2667

                                  真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                      第二十二話 炎の宿命  

 

 

 

 

 

 

 「往くぞ、斗詩!」

「うん、文ちゃん!」

 文醜こと猪々子と顔良こと斗詩は、声を掛け合うのと同時に地を蹴り、未だ(うずくま)っている怪物に向かって疾走した。

 

「おりゃあああ!いっただきだぁぁ!!」

 猪々子の気合と共に振り抜かれた巨大な斬山刀が唸りを上げて空気を切り裂き、怪物の脳天に届こうとした瞬間、鈍い金属音が響いて、斬山刀はピタリと止まった。

「クソ!間に合わなかったか!」

 

 猪々子が悔しそうに歯噛みをして見詰める先には、斬山刀を押し止める、十字に組まれた二本の鎖鋸(チェーンソー)があった。その向こうでは、張飛こと鈴々に切り落とされた腕を再生させた怪物が、大顎を振るわせて不気味な嗤い声を上げている。

「この―――なぁに嗤ってんだ……よッ!!」

 

 激昂した猪々子が、更に得物を押し込もうと力を入れると、耳障りな駆動音が響き、(たちま)ちの内に、斬山刀と鎖鋸の間で激しい火花が散り乱れる。

「うぉ!?アチッ!」

「文ちゃん、下がって!!」

 

 後から追走して来た斗詩が、金光鉄槌を大上段に振り上げてそう叫び、猪々子の後頭部の辺りを目掛けて渾身の力で叩き付ける。猪々子は、怪物が見せた動揺を見逃さずにその腹部を蹴り抜いて、鎖鋸に掴まっていた斬山刀ごと、後方に跳躍した。

 猪々子は、寸での所で攻撃を(かわ)した怪物から目を離さずに、金光鉄槌を構え直す斗詩の横に立って、ニカッと笑う。

 

 

「ありがと、斗詩!おかげで助かった!危うく、アタイの斬山刀が真っ二つになるトコだったぜ」

「うん。でも、本当に腕が生え代わるなんて……」

 頬に一筋、汗を垂らしながら斗詩が呟くと、猪々子も同意して頷いた。

「あぁ―――それに、あの両腕の変な剣も、思ってたより厄場(ヤバ)いな。斬山刀の分厚さがなけりゃ、(なます)になってた……」

 

「……厚さ……そうか!ねぇ、文ちゃん。もしかして、ご主人様が私達をあいつの相手に選んだのって、“それ”が理由かも!」

「は?そ、“それ”って、何!?」

「うん……だからね……」

 

 斗詩が、様子を窺うように間合いを取っている怪物から目尾を離さずに、猪々子の耳元で何やら囁き掛けると、猪々子は「うん……うん……」と頷き、やがて、頭の上に電球でも出て来そうな顔で、「おぉ!ナルホド!!」と声を上げた。

「大丈夫?出来る?文ちゃん」

 

 斗詩が、若干の不安を感じながらそう尋ねると、猪々子は豪胆な笑みを湛えて答える。

「任せとけって!要は、いつもと逆をやりゃ良いんだろ?アタイと斗詩なら楽勝、楽勝!よっしゃ、往くぜぇ!!」

「あ!ちょっと、文ちゃん!?はぁ……やっぱり解ってないじゃないかぁ……」

 

 斗詩は、怪物に向かって駆け出した猪々子の背中を見ながらそう呟いて溜息を吐くと、気を取り直す様に金光鉄槌を構え直し、猪々子の背中を追って走り出した―――。

 

 

 

 

 

 

「あ、ひょいっと!」

 趙雲こと星は、おどけた様子でそう言いながら、怪物の口に生えた筒から放たれる溶解液を、ひらりと跳躍して躱した。

「ふふん、どうした化け物。自慢の毒液も、当たらなければ唯の唾と変わらんな?」

「ヴヴヴヴヴゥ!!……ガァ!!」

 

 

「ほいさ!ははは、軽い軽い!!」

 星は、苛立った唸り声と共に吐き出された溶解液を再び華麗に避けて見せると、笑い声も軽やかに龍牙をクルクルと掌で回して弄びながら、更に怪物を挑発した。彼女の周りには既に、溶解液で溶けた地面や抉られた木々が、痘痕(あばた)の如く蔓延している。

 

 現代の兵士が見れば、此処でどこかの部隊が十字砲火でも浴びせられたのかと勘繰ったであろう。それ程の、惨状である。

 だがしかし、揚羽はそんな事など意にも介さず、悠々と羽たる衣の埃を払った。

「何だ何だ、もう仕舞いか?つまらんなぁ。もう少し骨のある奴を期待していたと言うのに……」

 

 星は“やれやれ”とでも言う様に肩を竦めると、尚も挑発を重ねる。彼女は何も、悪戯に相手を弄んでいる訳ではなかった。

 この相手の攻撃は、剣戟や矢の様に、(あた)りが浅ければどうにかなると言うものではない。掠りでもすれば確実に肉と骨を溶かす、恐るべき一撃である。

 

 例え一撃で命を奪われる事は無くとも、腕や脚に中れば、間違いなく武人として再起不能に追い込まれるであろう。で、あればこそ、一撃で、最後の足掻きすら許す事なく、確実に仕留めねばならない。

 故に彼女は、絶対の自信のある間合いを以って相手を挑発し、舞い続けていたのである。相手の全てを見通し、その命を刺し穿(うが)つ為に。

 

 眼前の怪物が、どの程度人語を解すのかは分からない。だが、彼女は趙雲子竜。馬岱こと蒲公英すらも一目置く、蜀漢一の曲者(トリックスター)である。

 星が全身から醸し出す相手を小馬鹿した雰囲気は、怪物を逆上させるに余りある程であった。

「では……そろそろ、此方(こちら)からも参ろうか……いざ!!」

 

 黒と黄に彩られた麗しの揚羽は、一刺しに身魂を込めた蜂となって、怪物目掛けて疾駆した―――。

 

 

 

 

 

 

「うりゃりゃりゃりゃー!!」

 鈴々は、迫り来る業火を、大上段から振り降ろした蛇矛で一閃した。巻き起こされた風圧は業火を斬り裂き、その影に隠れていた怪物に肉薄する―――しかし。

 その鋭い切っ先は、今一歩で紙一重に躱され、怪物は再び背後に跳躍して、二人の間合いは元に戻ってしまう。

 

 

「生意気なヤツなのだ……!!」

 鈴々は、何かを押し殺す様に低い声でそう呟くと、焦げてブスブスと不気味な音を立て、本来なら既に、手に持っていられる温度ではなくなっている蛇矛の柄を、轟、と振った。

 張翼徳は、怒っていた。

 

 心得がある者が見れば、その背には、怪物が吐く炎など虚仮威(こけおど)しにすら思える程の、暗く激しい闘気の炎が見て取れた筈である。

 義姉(あね)を、傷付けられた―――。

 それは、既に肉親の居ない彼女に取って、何よりも耐えがたい事だったのである。それも、戦場や一騎打ちでならいざ知らず(最も、愛紗のそんな姿は、恋が相手でもない限り、鈴々には想像も出来なかったが)、卑怯な手を使い、寄って(たかっ)て、猫が鼠を弄ぶ様に。

 

 目の良い鈴々には、先程、愛紗が爆風に包まれる姿がはっきりと見えていた。無論、一刀がその間に割って入るのも見えてはいた。

 いたが、それでも、彼女の強靭な心臓は一瞬、その動きを止めた。『愛紗が死ぬ―――』そう感じた瞬間、全身が粟立ち、ともすれば、腰が砕けるかとすら思った。

 

 乱世に身を置いてきた武人である。その覚悟は、常に持っているつもりだった。

 だが往々にして、想像と現実と言うものには、越え様のない大きな開きがあるものである。まして、親しい者の死ともなれば尚の事であり、それが天下無双の軍神とまで呼ばれる人物であれば、心のどこかに『ありえない』と言う気持ちを持っていて当然と言えよう。

 

 三人の義兄弟は、鈴々の(ほこ)りだ。愛紗は、一人ぼっちだった自分の手を握って、抱きしめてくれた。桃香は、自分の武に意味と理想をくれた。一刀は、人を愛する歓びを教えてくれた。

 目の前に居る異形は、それを弄んだのだ。彼女の矜り、生きる意味を。

(うしな)う事は許せても、弄ぶ事など、断じて許せない。いや、許さない。

 

 だが、何よりも。

「お前らみたいなヤツを生かして置いたら、もっとたくさんの人が鈴々と同じ気持ちになるのだ……絶対、ここでやっつけてやるのだ!!」

 鈴々は、蛇矛を握り直して腰溜めに構えると、怪物に向かって吶喊(とっかん)する。そも瞳には、怪物の口の奥で不気味に光る業火の輝きが、しっかりと見据えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グェ!?」

 と、潰れた蛙の様な、声とも言えぬ声を上げて、また一体、怪物が地面に(くずお)れる。愛紗は、怪物が倒れる勢いに任せ、その腹に突き刺した青龍偃月刀の石突きを引き抜いて、僅かに血振りをした。

 二つに折れた青龍偃月刀の、下半分。それは、手槍程の長さの棒の先に、心持ち尖った金属の補強具が付いているに過ぎない、言ってしまえば、ただの棒切れである。

 

 しかし、関雲長の左手に握られた棒切れは、昆虫じみた怪物の外骨格すらも紙の如く貫く、恐るべき凶器となっていた。

「ふん……“仕込み持ち”が助けてくれぬでは、この程度か」

 愛紗は、自分を遠巻きに取り囲む怪物たちに軽蔑を込めた流し眼をくれると、鼻から小さく息を吐いた。

 

 愛紗が呆れるのも当然と言えよう。饕餮(とうてつ)の言う“当たり”の援護を失った怪物達は、連携にも精彩を欠き、先程、愛紗を追い詰めていたのが嘘の様に、散発的な攻撃を繰り出しては、二つに分かたれた青龍偃月刀の餌食となるばかりであった。

 その数も既に十を超えており、愛紗の周囲は、読んで字の如く、怪物達の死屍累々である。

 

「折角の身体能力も、これではな―――饕餮が策を弄する訳だ……ならば!」

 事実、愛紗の関知するところではなかったが、この怪物達―――近代兵器装備式甲型双魔獣実験体群―――は、一刀達がかつて交戦し、馬岱こと蒲公英を苦しめた双魔獣達すら凌駕する性能を有している。あの時の双魔獣が先行量産型であったのに対し、この怪物達は採算(コスト)度外視の技術試験型(ワン・オフ)であるから、それも当然なのだが、その代わりに、“本来の運用方法”を崩されると、臨機応変な対応が取れないと言う、致命的な欠陥もあったのだった。

 

 愛紗に群がる怪物達は、本来、一個体の能力によって複製された存在である。大元の一体を含めた彼等の存在理由は、饕餮が“当たり”と呼称した、特殊能力を持つ四体のオリジナルの集団戦闘を援護する事であり、自分達が主体となって戦闘行為を行う事ではなかった。

 故に、正面切っての戦闘ともなれば、この少女―――その誠実さと類い稀なる武勇を讃えられ、人の身でありながら、神の座にすら列せられた英傑の幻想をその身に宿す愛紗に、敵う道理などありはしないのだ。

 

 

「画竜点睛を欠いたお前達など、最早この関雲長の敵に非ず!中原に咲く三輪の華を刈り取らんとしたその罪、我が偃月刀の刃を以って(あがな)うがいい!!」

 濡羽色の軍神は、凛とした声音と共に疾走する。その身に纏うは、麗しき死の旋風。

 かつて、乱世の時代、名立たる郡雄達が恐れ、焦がれ、憧れ、讃えた、義の白刃。怪物達には、それを受け止める手段など存在しよう筈もない。

 不敗の軍神は、今、十文字の旗の下に蘇った―――。

 

 

 

 

 

 

「これが、蜀の軍神……美髪公、関羽……」

 ゴクリ、と唾を飲み込んだ張宝こと地和は、誰に言うともなく、思わずそう呟いた。圧倒的―――そうとしか言いようがない。

 その峻烈(しゅんれつ)な戦ぶりは、呂布こと恋に戦場で相対(|あいたい)した時と同等の衝撃だった。いや、衝撃と言えば、こちらの方が遥かに強い。

 

 初めから“そう言うもの”として知った恋の武勇とは違い、地和にとって愛紗と言えば、一刀や蜀に所属する他の将達を口喧(くちやかま)しく叱っている御目付け役、と言う印象が強かったからだ。“天下一品武道会”などで愛紗の武勇は知っていたつもりだったが、武官達の“真剣なお遊び”とでも言えるあの試合の場での愛紗と、無情に怪物達の命を斬り伏せて往く今の愛紗とでは、その迫力には雲泥の差があった。

 

 更に言えば、三姉妹を守りながら戦わねばならなかった先程とも、である。正に、“頸木(くびき)を解かれた”と言う言葉がぴたりと当て嵌まる程に。

「うん、凄いね……鈴々ちゃんも、星ちゃんも……」

 張角こと天和が、地和の呟きに同意する様に、それぞれに間合いを取って戦っている二人を見詰めながらそう言うと、隣に居た人和も、互いに絶妙の呼吸で鎖鋸の怪物に肉薄する猪々子と斗詩を見遣りながら、小さく頷いた。

 

「えぇ。あの二人だって……袁家の二枚看板なんて、自称だと思ってたけど……」

「ちぃ達、あんなのを全部敵に回してたんだ……恋だけでも悪い冗談だと思ったのに……」

「勝てる訳、なかったねぇ」

 天和が、形勢逆転の安心からか、のほほんとした調子を取り戻してそう答えると、人和が“まったくだ”とでも言う様に首を振った。

 

 

「いや……それは、誠に我々の不徳の致すところで……」

「へ?何で寥化(りょうか)さんが謝んのよ……って、そっか、あなた確か、元黄巾党だったっけ」

 地和が思い出した様にそう言うと、寥化はコクンと頷いた。

「はい。益州侵攻のおり、北郷様と劉備様の軍列に加えて頂きました。それまではもう、チンピラ紛いの半端な暴れ者で……」

 

「へぇ……愛紗とか、そう言うの嫌いそうだけど」

「はい。初めてお会いした時も、暴れ回っていた所をコテンパンにされまして……まぁ、色々あって、北郷様がお取り成し下さり、仕官が叶いました」

 寥化が、照れ臭そうに地和の問いにそう答えると、人和は未だ緊張の残る顔を僅かに綻ばせた。

 

「それなら、ここから帰ったら、ゆっくり聞かせてもらいましょ。一刀さんが関わってるなら、面白そうな話になりそうだし―――」

「そう言えば、一刀は!?」

 天和が、一刀と饕餮が切り結んでから共に飛び退いて行った森の奥を見遣ると、それと殆ど同時に地響きが轟き、その視線の先で、巨大な大木が、周囲の木々を巻き込みながら盛大に倒れた。

 

「一刀……」

 天和は、どちらともなく両脇に寄り添ってきた妹達の肩を抱き締めると、祈る様に、愛しい男の名前を呼んだ―――。

 

 

 

 

 

 

「チッ、何て腕してやがる……!」

 ―――北郷一刀―――皇龍王は、仮面の中でこめかみに冷や汗が一筋垂れるのを感じながら、そう呟いた。饕餮の横薙ぎの斬撃を()なした瞬間、逸れた刃から発せられた剣圧は傍にあった巨木を一閃し、バターでも斬るかの様に上下に真っ二つにしてしまったのである。

 しかし、一刀が恐れたのはその事象ではない。その程度の事、三国の諸将の中にも軽々とやってのける者は幾らでもいるだろう。

 

 

 

 真に恐るべきは、饕餮が超人的な膂力(りょりょく)などではなく、己の得物の力を完全に引き出しうる卓越した技術と、研ぎ澄まされた剣氣を以ってそれを成したと言う事実である。

 饕餮は、一刀に取って初めて相対する、“自分より明らかに格上の、命を遣り取りする相手”だった。

「なんの―――この程度、褒めてもらうには及ばん。それを言うなら、貴公の先程からの斬撃も、中々のものだ」

 

「そりゃどうも……」

 一刀は、仮面の中で(ほぞ)を噛むと、神刃の柄を握り直し、独特な右八相へと構え直す。この、蜻蛉と呼ばれる構えから繰り出される斬撃は、一撃必殺の威力を持つ。

事実、隙を見つけられない為に、爆発力のある光刃剣こそ用いていないものの、皇龍王がこれまで饕餮に放って来た一撃は、神刃の切れ味と強化された肉体によって、人体どころか、巌すらも両断せしめる威力があった。一刀自身、そのつもりで打ち込んでいたのである。

 

 しかし、届かない。全ては軽々と往なされ、梳かされてしまう。これは、先手必勝、一撃必殺を矜持とする示現流の剣士に取っては、屈辱以外の何物でもない。

 その理由は、明白だ。剣士としての“格”が、余りにも違い過ぎるのである。『あらゆる武術の流派に上下はない。あるのは、遣い手の格のみ』とは、祖父の言。

 その言葉の意味を、皇龍王は、いや、北郷一刀と言う一人の剣士は、否応なく実感していた。“賢者の石”の力を使い、神仙の鍛えた剣を振るい、それでも尚、届かぬと言うのなら、それは最早、饕餮と自身の“剣士としての差”以外の何物でもあるまい。

 

「おぉぉぉぉッ!!」

 皇龍王は、萎えそうになる自身を叱咤する様に気合を込めると、再び右足を踏み込んだ。及ばぬからと言って、断じて引く訳にはいかない。皇龍王の―――北郷一刀の戦いは、敗北を想定して組織された軍隊同士による戦争ではない。

 

 敗北は、即ち世界の滅亡と同意義である。鶏だとて、高い崖の上から跳べば、一瞬なりと鷹の空に届くかも知れぬではないか。

 否、それが出来ずして、何の“天の御遣い”か。

「ほう、まだ疾くなるか……!」

 

 饕餮は、更に速さを増す皇龍王の剣を己の得物で受け止めながら、愉悦(ゆえつ)の笑みを浮かべる。自身にも止めようの無い程の荒々しい血潮の(たぎ)りが、全身から噴出するのが感じられた。

「成程、これでは、如何な黒狼(こくろう)とて受け切れぬ訳だ―――!!」

 饕餮は、尚も速さを増し、今や常人では捉えられぬ程にまでになった剣閃を払い続ける。まさか顔には出さぬが、皇龍王の剣を受ける度、身体が軋みを上げていた。

 

 

 これならば、(ある)いは―――。

「皇龍王―――北郷一刀よ」

 饕餮は、嵐の如き斬撃を弾き返して間合いを切ると、不意に構えを解いて、皇龍王に語りかけた。

「……なんだ」

 

「あの、光の剣を出すがいい……」

「!?」

 皇龍王は、相手の意図を確かめる様に顎を引き、仮面の奥から饕餮の顔をじっと見詰めた。

「光刃剣を以ってしても、俺にお前は斬れないと証明でもする気か?随分と舐められてるんだな、俺は」

 

「否……私を斬り伏せられるとすれば、それしかあるまいと思ったまで」

「…………」

「ふむ、解せぬ、か。()もあろう……では、こうしようではないか。私も、私の持ち得る渾身の一撃にて、貴公の剣を迎え撃とう」

 

 皇龍王は、尚も逡巡した。饕餮の態度からは、奢りや嘲りは微塵も感じられない。それどころか、皇龍王の懸念の通り、自身の優位を証明したいと言う気配すらも。

 今の皇龍王の神経は、鋭敏に研ぎ澄まされている。饕餮に僅かにでもそう言った様子が見られれば、確実に看破出来る自信があった。

 

 しかし―――饕餮には、そのどれを以って成さんと言う気配もなかった。いや(むし)ろ、あって当然な筈の勝利への執念すらも感じ取る事が出来なかったのである。

 瞬間、疑心に囚われた皇龍王の耳に、懐かしい声が聴こえた気がした。

『いけんした、一刀。じいちゃんが何時、そげん屁っぴり腰ば教ゆっと?』

 

「(じいちゃん……!!)」

 皇龍王―――北郷一刀―――は、その凛とした声に、自然に姿勢が伸びるのを感じた。

『お前、示現流が、いけんして示現流ば言うのか、忘れちょらんか?』

 一刀は、一度目を瞑って呼吸を整えると、改めて饕餮の姿を見据えた。

 

「光・刃・剣―――!!」

 一刀が言霊を発するのと同時に、一刀の身体を満たす膨大な氣が、両の手を伝って神刃へと流れ込み、凝縮される。一刀は、猛り狂う荒馬の如き力の奔流を掌に感じながら、ゆっくりとそれを振り上げ、再び蜻蛉の構えを取った。

 

 

「ふ……漸く、やる気になったか。ふむ、実際に見ると、やはり大した気当たりだな」

 饕餮は、事ここに及んでも泰然自若の態度を崩そうともせず、両手で漆黒のバスタードソードを握り直すと、ゆるりと上段に構えた。

「(チッ、上段であの隙の無さかよ……)」

 

 一刀は、心中でひとりごちると、神刃に満ちる己の氣を、更に練り上げた。猪々子の様に、槍並みのリーチを誇る大剣ならばまだしも、剣士が実戦で上段を用いるなどと言う事は、実際はそうある事ではない。

 何せ、自分のガラ空きの胴を相手に晒す事になるからだ。例え、フルプレートの鎧を着た西洋の剣士であろうと、それは例外ではない。

 

 相手が優れた遣い手ならば、剣に限らず、メイスやモーニングスターと言った鈍器の一撃で、確実に内蔵を損傷する事になるからだ。それでも尚、銅を晒して上段を用い、しかも隙がないというのは、それだけ剣が速いと言う事なのである。

「(けど……な)」

 

 最早、一刀の思考に迷いはない。世界の行く末など、隅に置け。

 どの道、目の前の敵を斬らねば、そんなものは無いのだから。徐所に研ぎ澄まされる思考が、そう囁く様に一刀の心の脂身を削ぎ取って往く。

 今、此処に在るのは、己と敵の二つのみ。

 

「―――己を捨て、命を捨ててこそ、示現神通力に至る……いざ、参る!!」

「応―――!」

 神速の踏み込みが地面を蹴り穿ち、その陥没した音さえ置き去りにする。大地を奔る稲妻と成った皇龍王の剣が、その身体ごと、饕餮の肩口に激突しようとした、その刹那。

 

 刻がゆっくりと進んでいるかの様な、全てを置き去りにした空間の中で、皇龍王は、饕餮の剣が(にわ)かに輝くのを見た。

「(―――これは!?)」

天軍の剣(ヘヴンズ・ソード)―――!!」

 

 刻が再び正常に動き出したのと同時に、二振りの光の剣が交差した―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙に、静かだった。

 眼前には、遥かに暮れ逝く、春の空の淡い藍。

「(あぁ、負けたのか)」

 と、一刀は漸く思い至った。

 

 耳元に、具足を付けた重苦しい足音が近づいて来る。まだアドレナリン出ているからか痛みは無いが、肩口から腰に至るまでに出来た傷から、血が流れ出ているのが分かった。

「―――魔術に頼らねば己の氣を剣に込めれぬようでは、まだ未熟……」

 そんな事を言いながら、饕餮が一刀の顔を見下ろした。

 

「大した鎧だ。私が打ち込んだ瞬間に自動で緊急解除(パージ)して、斬撃の威力を相殺するとはな」

 ゆっくりと、漆黒の刃が一刀の喉仏を捉える。反射的に、右手が神刃の感触を求めて動いた。

「まだ、闘志を失わぬか。その意気や佳し……」

 一刀が、どうにか目を開いて饕餮を睨み付けると、饕餮は何故か哀しげに、ぽつりと呟いた。

 

「お前ではなかったのか?俺を“終わらせて”くれるのは……」

「な……に……?」

 一刀が、どうにかそれだけ口を開くと、饕餮は目を瞑ってから小さく首を振った。

「詮なき事……か」

 

 饕餮の腕が、僅かに振り上げられる。黒刃が、夕日を受けて不気味に輝いた。その瞬間、パキン、という間の抜けた金属音が、静寂を破った。

 それを聞いた饕餮は、呆然とした顔で、自分の左の肩口を見詰めた。直径にして2cm程だろうか。漆黒の鎧が、綺麗に消失していた。その下からは、自分の肌が僅かに見えている。

 

「…………クックックッ――――ハァッハッハッハ!!」

 小さな嗚咽にも似たそれは、やがては万感の想いを込めた笑い声となって、饕餮の喉から溢れ出した。

「斬ったか、北郷一刀!この蚩尤(しゆう)様より賜りし、ガルヴォルンの鎧を!その剣氣のみで!!」

 饕餮は暫くの間、少年がはしゃぐ様に笑い続けた後、不意に笑うのをやめて、黒刃を鞘に収めた。

 

「やはり……俺を終わらせるのはお前だ。北郷一刀。お前しか居ない」

 饕餮はそう言うのと同時に、足取りも軽やかに(きびす)を返した。

「もっと、強くなるがいい。多くの罵苦を屠って、な……」

 一刀が、起き上がろうとすると、その音を聞いた饕餮が、歩を止めて振り返る。

 

「次に(まみ)えるまで、死合いの行く末は預け置くとしよう」

 一刀は、それだけを言って再び歩き出した饕餮の背中を見詰めながら、漸く力を込めた肘から、再び力が抜けるのを感じた。

「くっそ……」

 一刀は、それだけ呟くと、暗い泥に沈み込んで往くように、意識を失った―――。

 

 

                                     あとがき

 

 さて、今回のお話、如何でしたか?本当は、もう寝てなきゃいけない時間なんですが、筆が乗って来たので、「ここで一気に行かないとまた遅くなる!!」と、覚悟を完了させて書き上げましたwww

 何分、夜中テンションなので、読んでいて変な所があったらすみません。

 さて、今回のサブタイ元ネタは、『装甲騎兵ボトムズ』OPテーマ

 

  炎のさだめ/TETSU

 

 でした。

 TETSUの正体が、デビュー直後の織田哲郎さんだと言うのは言わずもがなの話ですが、素晴らしい曲ですよねぇ。男臭くて、哀しげで……。

 全く関係ありませんが、たまたまハマった海外ドラマ、『メンタリスト』の吹き替えがキリコの郷田ほづみさんだと知った時のテンションの上がり方は半端なかったですw

 

 今回は、ルビ機能をフル活用するつもりで、当て字など、ラノベ風に書いてみました。どうだったですか?ちゃんと、中二っぽい格好良さが出せてたでしょうか?(笑)

 感想など、励みみなりますので、お気軽に下さればと思います。

 

 では、また次回お会いしましょう!!

 


 
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