(董卓包囲網 其の八 守るべき存在)
必要以上の警戒をしながら桃香達は洛陽の門を潜った。
ところが斥候がもたらした情報通り、矢が飛んでくることもどこからか襲ってくる様子もなかった。
同時に民の姿もなかったため、油断をするわけにはいかなかった。
「ここって洛陽なんだよな?」
念のため確認をする白蓮。
「あの宮殿に皇帝陛下がおわすなら間違いなくここは洛陽の都ですな」
別に白蓮を馬鹿にした言い方ではないが、星の笑みを見て白蓮はため息をついた。
「それにしても董卓軍の残兵はどこに消えたんだ?」
「もしかしたら初めからここには逃げ込んでこなかったのでは?」
敗走兵は士気も低く軍隊から離脱する者がいても不思議なことではない。
故郷の涼州に逃げたか、それとも匪賊と化して周辺の集落に略奪や暴行を行っているかのどちらかが普通だった。
「それよりも気になるのは」
「何か気になるのか?」
「董卓が皇帝を蔑ろにして権勢を握って暴政をひいている。それが今回の連合軍の結成理由だったはずですが」
「ん、星も気づいたか」
星の言いたいことは白蓮にもすぐわかった。
民などの姿が見えないため、確信はできなかったが暴政をひいているようには見えなかった。
少なくとも道はところどころ荒れてはいるものの大部分は整備を始めたという様子があった。
「我々はもしかしたら誰かの策に乗せられたのかもしれませぬな」
「策?」
その策に乗せられて何十万という大軍を動員してきたということはその者にだけ利益があって後の者達には何もないのではないだろうか。
いやいやと白蓮は頭を振って思い返した。
自分は桃香とともに今回のことを確認しようとして参加した。
実際には激しい抵抗もあり、本当に暴政をひいている悪人なのだと思わなくもなかった。
「実際は悪人に仕立てて戦をする口実が欲しかっただけなのか?」
考えれば考えるほど白蓮は頭を痛めていく。
「おや、白蓮殿にしては珍しく悩んでいますな」
「いつも悩んでないような言い方はやめてくれ。こう見えても私はいろいろと考えているんだ」
「それで考えた結果、今回はどう思われます?」
「たぶん……たぶんだぞ。もしかしたら董卓は私達が思っているような悪い奴ではない……と思う」
どうしても自信を思っていない白蓮を見て星は笑みを浮かべた。
「あとで桃香達にも聞いてみよう」
「それも悪くはないですな」
別の門から進入した桃香達の方は大丈夫だろうかと白蓮は心配になった。
耳を澄ませてもどこかで戦っている音は聞こえてきていなかったので一安心はしていたが、まだまだ油断ができなかった。
「それよりも街の様子を隅々までみてそれから本隊に報告するか」
「そうですな。では、私はあちらを見て参りまする」
「頼む」
白蓮と別れた星の率いる一隊は都中の探索に乗り出した。
「さてこっちを探索する。気を抜くなよ」
残った一隊を率いて白蓮も探索を再開した。
その頃、別の門から進入した桃香達劉備軍も白蓮達と同じようなことを考えていた。
特に桃香は進入してから、「う~んう~ん」と何度も唸っていた。
「桃香様?」
傍らで心配な表情を浮かべている朱里の声に気づいたのか桃香は彼女の方を見た。
「な、何?」
「いえ、先ほどから唸ってばかりいるのでどうかなさったのかと」
「え?あ、う、うん……」
「何か思い当たることがあるのですか?」
朱里ですら異常なまでの静けさを漂わせている都の中。
敵兵がいるという様子も感じられず、民が自分達に怯えて隠れてしまっているのではないかといろんなことを考えていた。
「朱里ちゃんは今回のことどう思う?」
「董卓討伐ですか?」
「うん」
本当に董卓が暴政をひいている悪い人間なのかどうか桃香にはわからなかった。
白蓮と同じように今の都の様子を見る限りでは悪人ではないのではないかという考えが強かった。
「確かにあの書状には董卓がいかに悪辣非道かを書いていました。しかし、その悪辣非道な宰相が収めているにしては目の前の光景は説明できませんね」
荒れているわけでもなく逆に何かを始めようとしている様子が伺える中で朱里も今回の一件は誰かが仕組んだことではないかと思っていた。
では誰が仕組んだのかとなると、一番に思い浮かべる人物は華琳しかいなかった。
「袁紹さんには申し訳ないですけどここまでのことを考えられるとは思えませんね。多分、曹操さんが絡んでいるのではないでしょうか?」
「曹操さんが董卓さんを悪人にしたの?」
「おそらくは」
その証拠はどこにもない。
推測でしか華琳を疑えないため表だって言えないことだった。
「でも何で曹操さんがそんなことを?」
桃香の疑問はもっともなことだった。
先の黄巾の乱にはかなりの戦功を上げそれ相応の恩賞をもらっており、不満などないのではないか。
それとも自分達が討伐しようとしている人物の席に座りたかったのだろうか。
「それはわかりません。それに今回の戦で曹操軍はほとんど損害を受けていません」
全軍の参謀役としているのだから袁紹軍の本隊近くいること自体不思議なことではないが、諸侯の軍勢がそれなりに損害が出ている中でのほぼ無傷が朱里を余計に考えさせていた。
「何にしても陛下と董卓さんに会ってみないことには真相がわかりません」
二人に会って真実を聞き出せば今回の連合軍の意義が正しいかどうかがわかる。
「とりあえず、今は街の中の安全を確保して本隊を迎えいれる準備をしないといけません」
「そうだね。そういえば鈴々ちゃん遅いね」
「鈴々ちゃんなら大丈夫ですよ」
武において愛紗にもひけをとらないとあってちょっとやそっとではやられることはまずないため朱里は安心していた。
(あとあの子、大丈夫かな?)
髪を切られて戻ってきた愛紗に背負われた赤毛の少女のことが心配だった。
もちろん愛紗の髪が切られたことにも心配していたが、愛紗が髪はすぐ伸びる、それよりもこの者の手当てが先と言ったので愛紗ともう一人の軍師に任せてきた。
(元気になってくれたらいいなあ)
桃香はそう思いながら探索を再開した。
桃香と白蓮が隈なく探索をする中、劉備軍の一隊を率いていた鈴々は奇妙な二人の少女を見つけた。
どことなく服は汚れており、一人は顔を隠すように外套を深く被り直した。
「どうしたのだ?」
不思議な顔をして鈴々が近づいていくと二人の少女は怯えるように身体を抱きしめた。
「え、詠ちゃんどうしよう」
「だ、大丈夫。ボクがどんなことあっても守るから」
「で、でも、私のせいで逃げ遅れちゃったし……」
「気にしなくていいわよ」
二人の少女、それは百花の手引きで逃げ出している最中の月と詠の二人だった。
本当なら桃香達が来る前に都を脱出することができたのだが、恋の家族がどうしても気になったためその様子を見に行ったのがまずかったらしく、逃亡に失敗したのだった。
そんな事情などまったく知る由もない鈴々は近づいていく。
「大丈夫なのだ。鈴々達は悪い奴をやっけにきただけなのだ」
安心させようと満面の笑みを浮かべる鈴々だが、その悪人と思われている人物が目の前にいるとは思いもしなかった。
「う~ん困ったのだ」
不安にさせるつもりなどまったくなかったが、完全に怯えている様子の二人を見て鈴々は本当に困った顔をした。
「とりあえずここにいたら危ないから早く家に戻った方がいいのだ」
「あ、あのさ」
自分達のことに気づいてわざとらしく話しかけているのかと観察していた詠はどうやらそうではないみたいだと思い、鈴々に声をかけた。
「ボク達を見て言うのはそれだけなの?」
「?」
鈴々からすれば何を言っているのかわからなかった。
それもそのはず。
鈴々は董卓の名前は聞いたことがあっても姿まで見たことがなかった。
そのためか、月達を見ても董卓軍とは無関係の民としか思っていなかった。
「まぁいいわ。それじゃあボク達は行くから」
「でも大丈夫なのか?」
「ええ、心配無用よ。行きましょう、月」
震えている月を支えながらゆっくりと歩き出す詠。
このまま何事もなく窮地を脱することができると背を向けた詠は薄っすらと詠を浮かべた。
だがこんな時に限って何かと彼女達にとって不幸なことが起きるものだった。
「そういえば華雄達に何も言わなかったけど大丈夫だったのかしら」
詠からすれば頭の中でその言葉を思っただけだったのだが、本人も意識しないところで声に出てしまっていた。
それほど距離が離れていない鈴々は『華雄』という言葉を聞き逃すことはなかった。
「ま、待つのだ!」
慌てて鈴々は二人に静止を呼びかけた。
しかし、追いかけることなく目の前で二人は足をつまずかせて地面に倒れこみ、その拍子に深く被っていた外套が取れて顔が鈴々達に見えてしまった。
「だ、大丈夫か?」
「いたたっ……あっ」
起き上がった詠は月を助け起こして怪我をしていないか確認をするが、すぐに自分達を見ている鈴々達の存在を思い出した。
すぐに月の顔を隠すように外套で覆い隠したが、すでに遅かった。
「その子怪我をしてないのか?」
「だ、大丈夫よ。それよりもボク達を逃がしてもらえない?」
「逃がすって言っても二人とも逃げないとダメな理由があるのか?」
「あんた、ボク達が董卓軍の武将だって知っているから呼び止めたんでしょう?」
「そうなのか?」
鈴々はそこまでは考えていなかった。
ただ、華雄という名前が出たからどこにいるのか聞こうとしただけだった。
言ってしまった以上、詠は誤魔化せなくなりどうしたらいいのか頭をフル回転させるがうまい考えが何も出てこなかった。
「二人とも董卓軍の武将なら逃がせないのだ」
そう言うと付き従ってきた兵士達が月達を取り囲んだ。
「大人しくするのだ」
突きつけられた槍から月を守る詠の表情は何とかしてこの危機から逃れようと必死になっているのが伺えた。
月は逃げられないとその小さな身体を震わせており、これだったら宮殿にいた方がまだましだったと詠は百花の策が裏目に出たことを恨んだ。
だがどんなに考えてもここからは逃げられない。
(考えるのよ、賈詡文和!ボクはどうなろうとも月だけは助けるんだから)
誰かの助けなど借りずとも最後まで月を守り通す。
それが幼い日からずっと胸の内に秘めていた詠のたった一つの願い。
華雄達のように腕力ではなく頭脳で守ることを誓って今まで生きてきたのが、その頭脳よりも腕力があったほうがよかったと思う詠。
(もうあれしかない)
それは自分が犠牲になって月を守る。
「え、詠ちゃん……?」
詠の雰囲気に気づいたのか月は不安に染まった声で詠を呼んだ。
「大丈夫。月はボクが守るから」
強がりの笑みを浮かべた詠は表情を変えて鈴々を見上げた。
「ボクが董卓よ。どこに連れて行くにしても討ち取るにしても好きにしなさい。ただし、この子は関係ないから解放しなさい」
「詠ちゃん!」
自分の身代わりになろうとしている詠に月は愕然とした。
「お前が董卓なのか?」
「そうよ。もう逃げも隠れもしないわ」
鈴々は黙って詠を見返していたが周りの兵士はざわめいた。
「張飛将軍、これはお手柄です。あの董卓を捕縛できたのですから」
「すぐに劉備様のところに連れて行きましょう」
付き従っている兵士達はこれで自分達の手柄となり、それ相応の恩賞がいただけるのではないかと沸き立っていた。
そんな中で鈴々は首を捻って表情を曇らせていた。
「本当に董卓なのか?」
鈴々からすればどうしても目の前にいる詠が董卓だと確信できなかった。
まだ宮殿にいて自分達を騙しているのではないかと思ったが、あまり考えても難しいことになると考えるのを止めた。
「お前が董卓かどうかわからないけど、とりあえずお姉ちゃんのところに連れて行くのだ」
難しいことは桃香や朱里に任せた方が楽だと思い鈴々は兵士に命じて月達を取り囲ませて連れて行くことにした。
「詠ちゃん……」
「大丈夫だから……たぶん」
一世一代の嘘をついたのにそれすら信じてもらえなかった詠は自分の不運さに肩を落とした。
このまま正体がばれれば月を処刑台に連れていかれるが、だからといって今の状況から脱げ出せる可能性も限りなく低い。
ため息ばかりが自然と出てきてしまう中、ふと一刀のことを思い出した。
(もしあいつならどう考えるかな)
同じ状況で絶体絶命であれば一刀ならどう考えるか。
ある意味で興味が持てる議題だが、戦に出て帰ってこない者のことを考えても仕方ないとすぐに忘れることにした。
しばらく歩いていると、目の前から桃香と白蓮が兵士を引き連れて現れた。
「あれ、鈴々ちゃんどうだった?」
「こっちは一兵もいなかった。鈴々、お前の方は……うん?その二人は?」
白蓮は鈴々が連れてきた月達を見つけ誰なのか聞いてきた。
「う~ん鈴々もまだはっきりわからないけど、こっちが董卓だって言ったから連れてきたのだ」
詠のことを董卓と呼んだ鈴々に白蓮は目を細めた。
じっとしばらく見て、その後に隣に詠に寄り添うように立っている月の方を見た。
「鈴々、何言っているんだ。董卓はこっちだろう?」
「にゃ?」
「えっ?」
指を差している白蓮の言葉に鈴々だけではなく桃香も驚いた。
それもそのはず、この中で董卓の顔を知っているのは黄巾討伐の恩賞のために参内した白蓮だけだった。
その時、桃香達は義勇軍だったため入城できず、顔までは知らなかった。
「あ~そっか、お前達は知らないから無理もないか」
ガリガリと頭をかきながら白蓮は月が董卓で間違いないと桃香達に説明をした。
その間、詠は月のことを知っている者がいたことで完全に逃げられなくなったと力尽きて膝から崩れ落ちた。
「え、詠ちゃん!」
今度は月が詠を支えようとするが、疲労が蓄積している月一人では支えることもできなかった。
「お、おい、大丈夫か?」
白蓮も詠の近くに行き手を差し出した。
「お願いです。私はどうなっても構いません。でも、詠ちゃんだけは助けてあげてください」
ここで討ち取られる運命であるのであればせめて詠だけでも助けたいと願う月。
それは詠が月を大切に思っているように月も詠のことを大切に思っていた。
「私の首を差し上げます。ですが、詠ちゃんだけは……詠ちゃんだけは……」
必死になってお願いをする月は涙を浮かべていた。
そんな彼女を見ていた桃香達は董卓を見つけたという喜びなどどこにもなかった。
主君がそんな様子なため兵士達にも自然とそれが伝わってきており、静かに月と詠を見守っていた。
「えっと」
長い沈黙を破った桃香はゆっくりと二人の前に行き、膝をおって同じ視線に顔をつけた。
「貴女が董卓さん……で間違いないんだよね?」
「……はい」
「そっか。とりあえず落ち着いてお話してもらえるかな?」
「……わかりました」
月は詠を守るように震える身体を前に出て桃香を真っ直ぐ見据えた。
「あまり時間がないから詳しい話はできないけど、一つだけ答えて欲しいんだけどいいかな?」
「私が答えられるのであれば」
「ありがとう」
桃香の微笑みに少し安心したのか月も力を抜いた。
「董卓さんは本当に悪政をひいていたの?」
「お、おい、桃香」
そもそもの噂の原因であるそれを桃香はようやく本人に質問ができた。
それはどの群雄よりも早く、そして自分が考えている通りの人物であれば彼女なりの考えを月に示すつもりでいた。
「貴女達はそれを信じたから私達を攻めたのですよね?」
「そ、それは……」
「そうだね」
答えを濁す白蓮とはっきりと肯定する桃香。
それは隠しても無駄であり、否定すれば今の月が喜んでくれるはずもなかった。
「でも私はわからなかった。本当に貴女が噂どおりの悪人なのかどうか確かめたかった」
そして答えが目の前の今にでも崩れ落ちそうな儚い少女。
この子が皇帝を蔑ろにして悪政をひくなんて考えられなかった。
「それで貴女の感想はいかがですか?」
「う~ん、私だけの答えは悪人には見えないよ。白蓮ちゃんはどう思う?」
「私は正直、戸惑っているよ。本当に董卓なんか疑っているぐらいだ」
白蓮もどう答えたらいいのかわからないが、桃香が悪人ではないというのであればそれを信じることも悪くはなかった。
そもそも白蓮自身も迷っていただけに桃香が先に答えを出してくれたことでホッと一安心をしていた。
「でも、私達を逃せば他の方達から内通していると言われます。どちらにしても私達の運命はここで終わりです」
それならせめて自分を信じてくれる者に討たれたい。
そしてそれをもってこの無意味な戦いを終わらせて欲しい。
月は瞼を閉じて桃香からの次の言葉を待った。
「董卓さん」
桃香の声は優しく温かみのあるものだった。
「このまま逃げてもたぶん捕まってしまうと思うの。それならばここで死んだことにしないかな?」
「死んだこと……ですか?」
「うん」
それは百花がしようとしている偽装とほとんど似ているものだった。
桃香はここで董卓を討ち取りその骸は丁重に埋葬したことにし報告し、月達を難民として保護するというものだった。
「でもそれだと董卓の顔を知っている者が見ればばれるんじゃないのか?」
それを恐れたために百花は月達を逃亡させたのが、顔を知っている者が見れば自分達に見つかったよりもさらに悲惨な結末を迎えることは疑いようがなかった。
「そうならないために白蓮ちゃんに協力してほしいんだけどいいかな?」
「私に?まぁ私ができることでなら協力するけど、まさか董卓達をかくまうのか?」
「それ以外にないよ」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫かどうかわからないけど、とりあえず私達が引き上げるまでどこかに隠れてもらってて、引き上げるときに一緒に抜け出せばいいと思うよ。顔とか見せなければきっとわからないよ」
「その自信はどこからくるんだか」
呆れたようにつぶやく白蓮だが、厳重に厳重を重ねていけばもしかしたらうまくいくかもしれないと思い、とりあえずは賛成した。
「とりあえず隠れる場所を探さないといけないなあ」
「それならすでに用意してありますぞ」
「……あのな」
相変わらず白蓮の後ろから突然現れる星。
「なんでお前はいつもいつも私の後ろから出てくるんだよ」
「これはいなことを。私はいつも白蓮殿の横からきているはずですが?」
「横だろうと後ろだろうと関係ないだろう。まったく」
大きくため息を吐いて白蓮は星に隠れる場所を聞いた。
「この先にちょうどよい場所があるので私がこの二人を護衛しておきましょう」
「星ちゃん、この二人のことを知っているの?」
「先ほどから聞いているので一通りは」
自信たっぷりの笑みを浮かべる星。
それを見て桃香は月に問う。
「私達でよければ董卓さん達を助けることができるかもしれないんだけど、どうかな?」
「つまりこの都を貴女達と一緒に抜け出すということですか?」
「うん。それに連合軍が解散すればそれぞれの領地に戻るから狙われる心配はないと思うよ」
討伐するべき目標がなければ戦う理由もなくなる。
そして一度その目標がなくなって解散となれば再び結成されることはないだろうと桃香は思った。
「貴女のご好意は大変嬉しいです。しかし……」
自分達は助かっても百花に害が及べば助助かる意味などどこにもなかった。
月を守るためにいろいろと考えてくれた百花。
必死に戦ってくれた董卓軍の将兵達。
何よりも百花の大切な人でもある一刀を未帰還にさせてしまった罪の大きさ。
それらから逃げるような感じが月の中にはあった。
「私のために多くの人に迷惑をかけてしまいました。せめてその償いだけでもしないと申し訳ないです」
「う~ん、でもそれって死ぬことなの?」
死んで罪を償うというのは戦ではよくあることだった。
よくあるからといって月のような少女がそれに倣うというのはあまりにも酷い話ではあった。
「本当に死ぬ必要がないのなら死んだふりをしてやり過ごせばいいと思うんだ。一度死んだ人を探すことなんて誰もしないと思うよ」
「でも、袁紹や曹操が知ったら桃香、お前自身も危ないぞ?」
「大丈夫だよ。愛紗ちゃんや朱里ちゃん達がいてくれるんだもん。なんとかなるよ」
どこからそんな自信が出てくるんだと思った白蓮だったが、桃香が董卓達を保護するというのであれば友人としてもそれに協力するのが当たり前だと覚悟を決めた。
「まぁ桃香がそうしたいのであれば私も協力するよ」
「白蓮ちゃん、ありがとう♪」
心からの感謝の微笑みに白蓮は照れくさそうにした。
「あんた、そんなことをして本当に後悔しないの?」
崩れ落ちていた詠が疲れた表情を浮かべたまま桃香を見上げた。
自分達を保護するというのであればそれ相応の危険を抱え込むのと同じことであり、都を離れるまでの間、一瞬の油断もできないことに耐えられるのかと詠はその言葉の中に込めていた。
「しないよ。私は困っている人がいれば助けたい。そのために危ない橋を渡ろうとも平気だよ」
「……」
詠は桃香の言葉に嘘がないか注意深く聞いていた。
微笑みを消すことなく月達を見守る桃香。
そこには邪なものを感じることは詠にはできなかった。
「わかったわ」
一通りの確認を済ませた詠は月の方を見た。
「月、ボクはこれは陛下を裏切ることではないと思うんだ。生きて欲しいっていう願いをボク達が生きることで叶えられると思うんだ」
生きていればいずれ再会できる。
それが百花との約束。
そのためにはどんなことをしても生き続けなければならない。
「詠ちゃん、私は陛下や一刀様を裏切るつもりはないから。でも、お二人にもう一度会いたいから」
「うん」
二人は納得しそろって桃香の方を見た。
「貴女を信頼します。その証として私の真名、月を貴女に授けます」
「月がそういうならボクもそれに従う。ボクは詠」
二人からの真名を聞いて桃香も頷いた。
「私は桃香だよ」
「私は白蓮だ」
「私は星」
「鈴々は鈴々なのだ」
お互いに真名を授けて何とか月達は生き残る術を手に入れた。
「とりあえず事が済むまで星と隠れておいてくれ」
「あとは私達でなんとかうまくするから」
月を守るために嘘をつくことにためらいのない桃香と白蓮。
「ありがとうございます」
正座をして両手を合わせてお礼を言う月。
「ほら、星ちゃんと一緒に隠れていてね」
「はい」
「桃香、白蓮、よろしく頼むわね」
詠も桃香達を信じるしか生きる道がないと思い、月と共に隠れることになった。
「さあ、二人とも付いてこられよ」
星は月達を促して歩き出す。
何度も止まっては振り向いて頭を下げる月に桃香は笑顔で手を振っていた。
「可愛い子だよな。あんな子が暴政なんてひくわけがないな」
「そうだよ。でもばれないようにお芝居しないとね」
「私はどうも芝居っていうのは苦手なんだけどな」
思わずぼやく白蓮に桃香は笑った。
それにつられて白蓮や鈴々も笑った。
笑った分だけ肩の力が抜けて気分的にも楽なものになっていくものだった。
「とりあえず早馬で都の中に敵兵はなし。探索中に董卓を発見したが自害したため丁重に埋葬したということでいいだろう」
「朱里ちゃん、それで大丈夫かな?」
ここまで一言も話さなかった朱里は頷いて答えた。
「おそらくは大丈夫かと。死んだ者の墓まで暴くような者はいないと思います。問題は我々が無事に引き上げるまでばれないというただ一点だけです」
ばれないための手段を今から少しでも考えておく必要がある朱里はさっそく予防線を考え始めた。
「まぁ袁紹は大丈夫だろう。馬鹿だし」
はっきりそう言う白蓮に今度は桃香も苦笑いを浮かべるに留まった。
「あとは陛下の御前に出て今回のことを話して終わりかな?」
「たぶん」
これ以上の無駄な血を流さないためにも一刻も早く、この無益な戦いを終わらせる必要があった。
その影で董卓軍の残兵がもし現れて入城してくる連合軍に最後の抵抗をしてくれば月達も危なくなるためそれだけはしないように桃香は願うばかりだった。
(あとがき)
ギリギリ8分前で書き上げなんとか今日中に間に合いました。
やはり月達を守る方法というのは結果的にはこうなるしかないかなって思ってしまいました。
もっと別な方法もあると思いますが、まぁ今回はコレでという感じで。
予定では第八回で反董卓連合編を終わる予定でしたがあと1回伸ばすことにしました。
というわけで次回が反董卓連合編最終回となります。
次回の更新は少し時間を頂いて4月15日~16日の間です。
それでは次回もよろしくお願いいたします。
Tweet |
|
|
38
|
7
|
追加するフォルダを選択
百花の命で脱出を試みる月達。
しかしその行く手には連合軍先陣の姿が・・・・・・。