(董卓包囲網 其の七 策略)
虎牢関陥落。
それだけならば辛うじて立っていられたが、次の報告を聞いて皇帝である百花は崩れ落ちるように膝をついた。
北郷一刀以下、幾人かの武将が行方不明。
何度も確認をしたが同じ報告ばかりがかえってきたため、その表情も凍りつき徐栄に支えられて寝台で横になったが、華雄達がボロボロになって帰ってくるまで食事も睡眠もほとんどとることができなかった。
ようやく起き上がって華雄達の謁見を受けた時、座っているだけで精一杯のように誰もが思えた。
「申し訳ございません」
一通りの報告を終えた華雄は最後にそう言った。
敗残兵をまとめながら最後まで戦った華雄の身体は至るところにその代償を刻み込んでいた。
顔を上げることなく膝をついて謝罪の言葉は口にした華雄を百花は何も言わなかった。
「すぐにでもここに敵がきます」
勢いにのる連合軍は都を目指してその進撃を早めていた。
ただならぬ雰囲気を感じ取った民達も不安な声を上げていた。
(悪い予感が当たってしまった……)
一刀が出陣前に百花に頼んだことを思い出した。
それは万が一、自分達が敗れた場合は月達のことを逃がすか守ってほしいというものだった。
しかし月達を逃がすには時間がなく、守るといってもどうやって守ればいいのか今の百花では考えられなかった。
皇帝がそのようでは臣下の者も不安になるのは当たり前だった。
(これは悪い夢。起きればまた一刀が傍にいてくれるはずです)
自分一人では何もできない。
一刀と出会う前の自分に戻ってしまった百花は現実から視線を逸らそうとしていた。
誰もが沈黙する中で、月が詠に支えられながら百花の前に現れた。
「陛下」
恐怖や不安に押しつぶされながらも月にとって振り絞った音量で百花に声をかけた。
「陛下、私の首を討ってそれでこの争いを収めてください」
「な、何を言っているのですか」
「そ、そうよ。月は何も悪くないのにどうしてそんなことしないとならないの?」
支えている詠もまさかそんなことを言うとは思っていなかったらしく、彼女にしては珍しく動揺していた。
それは百花も同じだった。
「何を馬鹿なことを言っているのです。首を討つなどもってのほかです」
どんなに現実から視線を逸らそうともそんなことまで考えていなかった百花はつい、声を荒げてしまった。
一刀以外に心を許せる者の首を差し出すことなど、百花自身が許せないことだった。
もしそんなことをすれば後を頼んだ一刀の思いを裏切るだけであり、一刀がそれを知れば自分を軽蔑することは疑いようがなかった。
「そんなことは断じて許しません」
「しかし、私のせいで陛下に害を及ぼすばかりか天の御遣い様を始め多くの方々を危険に晒した罰は受けなければなりません」
月自身も一刀が敗れたことを聞いた時、大きな衝撃を受けた。
さらに戻ってこないことを聞くと自分のせいで百花から大切な人を奪ってしまったという罪悪感が月の心を蝕んでいた。
月にとって他人の犠牲の上に自分だけが安泰であることなど考えもしないことであり、自分の首ひとつで何もかもが解決できるのであれば喜んで首を差し出そうとしていた。
「お願いでございます。私の首を刎ねてください」
懇願する月は膝をついて百花に頭を下げた。
そして震える身体に傍にいる詠は何もできなかった。
静まり返る中で百花は立ち上がりゆっくりと月に近寄っていく。
その様子を見ていた者達は誰もが董卓に首を刎ねると命令するのではと思った。
そうすれば少なくとも自分達の身の安全は保障されるだろうと、自己保身を考えてしまったがそれは仕方ないことでもあった。
「月」
百花は月の真名で呼びかけた。
公式の場でそのようなことは避けるべきことであったが、それでも百花は董卓と言わなかった。
そこには彼女なりの月に対する気持ちが含まれていた。
「月、貴女の首は必要ありません」
「しかし……」
顔を上げる月の表情は今にでも泣き出しそうなほど弱々しく百花には見えた。
何の落ち度もない月を一方的に悪人に仕立てあげ、一方的に攻撃を仕掛けてきた者達から月を守ることができるのはもはや自分しかいない。
それなのに月は自分の身を犠牲にしてでも百花達を守ろうとしているその気持ちが同じように挫けていた百花の心を奮い立たせた。
「月、貴女には何の落ち度もありません。ですが、それを私が諸侯にきちんと伝えていなかったのも事実」
すべては配慮を怠った自分に責任があると百花は言う。
月はそれに対しての反論をしようとする前に百花は彼女の頬を優しく手で撫でながら言葉を続けた。
「ですからせめて皇帝としてではなく一人の友人として貴女を守らせてもらえませんか?」
これ以上、大切な人を失うことは百花には耐えられないことだった。
皇帝であるということがこの時、初めてよかったと思う百花は自分なりに一刀の頼みを叶えようとしていた。
「詠」
「は、はい」
いきなり声をかけられた詠は驚きながらもすぐに呼吸を整えて百花の次の言葉を待った。
「一刀が黄巾の乱を治めたときの方法を覚えていますか?」
「収めた時?」
その言葉の意味を理解するまでに董卓軍随一の軍師でも時間がかかった。
やがてその言葉の意味を理解したとき、喜びよりもむしろ疑問が詠の中にはあった。
表向きに張三姉妹は死んでいることになっており、百花の身の回りの世話をしているのはその名を捨てたただの三姉妹でしかなかった。
政治的にももはや意味のない三姉妹だからこそそれが可能であり、詠もあえて黙認していたが今回ばかりはそううまくはいかないと思った。
「騙しきれますか?」
それでも他に良策がない以上、それに賭けるしか方法がないと詠も意識していた。
「騙しきるのです」
「ですが、露見した時、陛下にも害が及びます」
詠にとっても月を守ることは最重要であることには変わりないが、百花を犠牲台に上らすのはさすがに後ろめたさを感じずにはいられなかった。
「大丈夫です。私は皇帝ですから」
その言葉の裏で百花はさきほどまでの弱気な自分を責めた。
守るべき者を守りもしないで自分だけのことを考えてしまった後悔。
そして月に悲壮な決意を口にさせてしまった後悔。
それらを償うためには自分が矢面に立って戦うしかない。
今の彼女が持っている最大の武器は自分自身であるのだと強く思い抱いていた。
「その代わり私の言うとおりにしていただけますか?」
月や詠はお互いの顔を見たがすぐに百花の方を見て小さく頷いた。
一方、連合軍は洛陽を目の前にして微妙な状況の中にいた。
ここにきて華琳が隠していた後方での出来事が麗羽達にも知るところとなった。
「それでどうするの?」
ざわめく中で華琳は冷静な声で麗羽に問いかけた。
誰もがその視線を麗羽に向けていくが、当の本人は大して気にしていないのかそれとも事態を理解していないのか判断できなかった。
「何も恐れるものなどありませんわ。都はもうすぐですし、大罪人董卓は目の前ではありませんか」
何も恐れるものはなし。
麗羽からすれば勝利はもう目の前にあるのになぜ今更、後ろのことを気にしなければならないのだといったところだった。
これに華琳は苦笑で済ませたが他の諸侯はそうではなかった。
(敵中に孤立した)
少なくとも多少なりに兵法を学んでいる者からすればそう思ってもおかしくなかった。
もし董卓軍がここで大兵力を出してくれば前後から挟まれ士気は大きく下がり、下手をすれば全滅するかもしれないという恐れが陣中に広がっていた。
「あらあら困りましたわね」
本当に困っているのかと突っ込みを入れたいのを我慢して華琳はとりあえず、今自分達がどうするべきかはっきりさせておく必要があった。
「何も恐れるものなど私達にはないはずですわ。それを後ろが不安になって前進できないんでは私のように立派な総大将にはなれませんことよ」
補給を無視する総大将にはなりなくないとこの場にいた者達全員は思ったが、確かにこのまま迷っていても状況が悪くなる一方だということもまた事実だった。
「ではこのまま前進ということでいいかしら?」
華琳からしてもここまできた以上は後退を考える必要はなかった。
事実、董卓軍は打撃を受けて再反撃する余力などないことは明白なため麗羽の意思に従っていた。
そして董卓を討伐し、圧倒的な戦力をもって正当性を皇帝に認めさせれば自分達は逆賊を討伐した官軍ということになる。
そうなれば後方は開放され何も問題なく自分の領土に戻ることも可能だった。
沈黙する中、一人の武将が手を上げた。
「何か意見でもあるのかしら、孫策」
ここにきて何も意見などないはずだと思っていた華琳の視線に対して臆することなく雪蓮は答えた。
「意見っていうか私の部隊を後方の援軍に向かわせてもらえないかしら?」
「今更いっても無駄と思うわよ?」
「それでもよ。万が一のために帰り道ぐらいは安心して通りたいだけよ」
雪蓮をまっすぐ見る華琳はその言葉の中に何が含まれているか読み取ろうとしたが、何を考えているのか見透かせなかった。
「それにうちの部隊はそれなりに消耗もしているし、行軍についていける自信があまりないのよね」
それは嘘だと華琳は知っているが、誰も行きたがらない後方に行くというのであれば止める必要性はなかった。
他の諸侯も雪蓮が行くのであれば安心だという雰囲気が広がっているのも感じ取れた。
「袁紹、どうするの?」
話を振られた麗羽は考える時間もなく行くことを了承した。
「孫策さんがそんなにも行きたいとおっしゃるのであれば行かせればよろしいではありませんか」
「総大将がそういうのであれば。では孫策、ただちに後方へ赴き我らの後方の安定と生き残った補給隊の保護を任せるわ」
「仰せのままに」
わざとらしく礼をとるとさっさと陣中から出て行った。
出て行く時、雪蓮が薄っすらと笑みを浮かべていたものを見た者は誰もいなかった。
「され、後方は孫策に任せるとして我々はこのまま前進する。先陣は」
「あ、あの」
またかとめんどくさそうに声のする方を見ると桃香が周りを気にしながら手を上げていた。
「何かしら?」
「私達が先に洛陽に入ってもいいですか?」
先陣を希望する者は桃香以外にも多数いたため、この発言には周りをざわめかせるのには十分すぎた。
「たいした功績もない者が先陣を務められると思っているのかしら?」
「で、でも、私達が先に行って安全だとわかれば大丈夫かなって」
「安全?」
華琳から温かみの消えた声がこぼれた。
桃香の言葉はまるで自分達を馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。
「未だに戦が続いていることはわかっているわよね?」
「もちろんです」
「貴女も一介の武将であれば、安全だなどと口にしないことね。さもなければ死ぬわよ」
戦を遊びと勘違いしている者に先陣など務めさせたら自分達にも被害が及ぶ可能性があった。
だが、自分から危険地帯に入ろうというのであればそれを餌にして董卓軍、皇帝の動きを知ることができる。
「それでも行くつもりかしら?」
念のため確認だけをする華琳に桃香は少しの時間をあけて頷いた。
「それじゃあ貴女にお願いするわ。他の者もそれでいいかしら?」
反対を述べる者は誰もいなかったため桃香に先陣を与えた。
桃香も自分の提案を受け入れてくれたことに安堵したのか、表情を和らげていた。
「それじゃあ私も先陣に加えてもらえないかな」
そう言ってきたのは桃香とともに参加してきた公孫瓚だった。
「いいわよ。好きにしなさい」
「あら、よろしいですの?」
傍観していた麗羽が口を挟んできたため、華琳はこれ以上の話し合いをするだけ無駄だとして許可を出した。
「まぁ華琳さんがそういうのであればかまいませんわ」
今回の総大将である麗羽にとって誰がどんな活躍をしようとも最終的な功績は自分の所に転がり込んでくるものだと思っていた。
「ありがたい。それじゃあ早速行ってくる」
礼をとり桃香をつれて陣中から出て行く公孫瓚。
「ありがとう、白蓮ちゃん」
「別にお礼なんて言われるようなことしてないよ」
「ううん、それでもありがとう」
桃香の柔らかな微笑みに白蓮は照れくさそうに前を向いた。
三人が出て行って陣中が静かになると、華琳は一旦、全軍に休息を与えることを麗羽に提案するとあっさりと承諾された。
「それでは偵察隊が戻ってくるまでしばしの休息にする。各自、今のうちに休んでおくように」
そういって一番疲労感を感じていた華琳も自分の部隊へ戻っていった。
連合軍の動きが止まったことを知った百花は今が好機と思い、部屋に戻って月と詠に都から脱出して西にある長安に向かうよう伝えた。
すでに二人は着替えを済ませており今まで着ていたものに天和達が派手に紅をつけていた。
「本当に大丈夫ですか?」
百花は月と詠を逃がす一方で二人の偽装処断を、もって今回の騒乱を収めようとしていることに詠は不安を感じずにいられなかった。
月や自分の顔を知っている者が見ればどんなに変装をしても見破られてしまい、最悪の結末を迎えてしまっては意味がなかった。
「今は信じてくださいとしか言えません」
本来であれば華雄達を護衛にして逃がすべきなのだが、それでは連合軍にどこまでも追撃されてしまい討ち取られる可能性が大きかった。
だから今回は月と詠だけで逃げてもらうことにした。
「月、危ないことだとはわかっていますが」
「私は大丈夫です」
月はもとから自分には考えがないため百花を信じていた。
同時に百花を置いて逃げ出そうとしている自分が情けなく感じていた。
「生きていればいずれ再会できます。それまでどんなことをしてでも生き延びてください」
それがきっと一刀の望みでもあるだろうと百花は思った。
すでに天の御遣いが敗北したという事実は都中を駆け回っていた。
北郷一刀は天の御遣いではないのではないかという者も出てきており、民や下級兵士達に動揺が広がっていた。
百花や月達は一刀が天の御遣いであることを疑ってはいなかったが、敗北したという事実の前では何の説得力も持っていなかった。
「天の御遣いも董卓もいなくなればきっとそれに取って代わろうとする者が出てくるはずです。その者が私を奉じれば私の身は安全なはずですから」
自分よりも月達を心配する百花に詠は黙り込んでしまった。
目の前に迫った脅威から身をもって守ろうとしている百花にこれ以上の反論はできないと感じ取っていた。
「それに一刀はきっと生きています。たとえ戦に負けても生きてさえいればいくらでも巻き返すことは可能ですから」
「生きていると信じているんですね」
「もちろんです」
そうでなければ彼をむざむざ死地に赴かせたりなどしない。
たとえここにいなくても彼がいればどうするかと考えれば決して一人ではないのだと自分を納得させていた。
「いずれ天は私ところに戻ってきます。戻ってきた時こそ再び貴女達とも再会できる時だと信じています」
先ほどまでの自分の弱さに負けそうになっていた百花だったが、それも自分の偽りない姿なのだと思っていた。
「さあ、あまり時間がありません。今すぐにここから抜け出してください」
「百花様……」
涙を流してはならないと思っていても自然にあふれ出てくる。
月は何度も涙を拭うっては笑顔を浮かべようとするが上手くいかなかった。
「百花様、きっと……きっと再び戻ってまいります」
「待っています。もし戻れなかったら私が迎えに行きますから」
硬く誓い合った約束。
月は礼をとると詠に支えながら部屋を出て行った。
部屋を出る間際、詠が百花の方を見たが何も言わずにその姿を消していった。
それと入れ替わるようにして徐栄が入ってきた。
「大丈夫なのでしょうか?」
徐栄も今回ばかりは不安を覚えずにはいられなかった。
「無事に逃げ切れるまでここで私達が時間稼ぎをするしかありません」
「わかりました。では動ける者はすべて動員させます」
皇帝が覚悟を決めているのであれば自分はそれに従う。
徐栄は久しぶりに外敵と戦う喜びを胸にしまったまま戦の準備に取り掛かった。
一息ついて百花は天和達の方を向いた。
「どうですか、うまくできましたか?」
「これぐらいでいいでしょうか」
人和が月の着ていた服を両手で持ち上げて見せた。
そこには何箇所も剣で刺したような破れ方とその周辺に大量の紅を付着させていた。
「でもこんなので本当に騙せるんですか?」
地和の言うことはもっともなことだったが、今はこれで騙すしかないのだから仕方がなかった。
「それよりも私達は大丈夫なのかなあ?」
天和はもし自分達が生きているとわかれば身の危険があるのではないかと百花達に質問をするが、地和も人和もそれよりも今現在のことのほうが重要なためもう少し紅をつけるべきかどうか話を始めた。
「二人ともひど~い」
「姉さんは黙ってて」
「そうよ」
妹二人から同時攻撃に天和は不満げに頬を膨らませていく。
「大丈夫ですよ。天和達は私付きの侍女なのですから今更誰も気にはしませんよ」
「でももしばれたら?」
「その時はまぁそうですね」
どうしたものかと百花は考えたが全く思いつかなかった。
「何とかなると思いますよ。たぶん」
月達のことで精一杯で天和達のことまで手が回らない。
しかし、天和達は表には出てこないのだからばれることはないだろうと百花は思いそれ以上、余計なことを考えることをやめた。
「それが終わったらお茶の準備をしてもらえますか?」
「それじゃあ私が持ってきます」
人和は姉達に残りの作業を頼んでさっさと部屋を出て行った。
「でもお茶なんて飲んでいる場合じゃあないような」
「そうですね。でも、少しは落ち着かないと何事もうまくいきませんからね」
「そんなものなのかなあ」
不思議に思いながらも地和は天和と共に残りの作業を続けていく。
椅子に座って瞼を閉じる百花は自分の不安と正面から対峙を始めた。
(一刀ならどんな困難でも落ち着いて対処するはずです)
一刀がそう思っているかどうかはわからないが、もしそうであるのであれば自分も見習うべきものである。
不安で押しつぶされそうになる自分が逃げないで立ち向かおうとしている。
かつて張譲達の手によって連れ去られた時よりも自分に対する危険度は低いかもしれないが、それでも誰かに守られているのではなく誰かを守るために自分がいるのだという思いが強くなっていく。
「天和、地和」
「はい?」
「何ですか?」
「ここから逃げたいと思ったら逃げてもかまいませんよ」
「逃げてもいいのですか?」
「ええ。もちろん当面の資金が必要なら倉庫にある財宝を持っていっても構いませんよ」
いくらあろうが国が滅べば何の意味も持たない。
それならば誰かが生きる糧にしても問題はないはずだった。
「ちぃはここにいたいから逃げないよ」
「そ、そうなの?」
地和の言葉に一番驚いたのは実の姉ということに地和は頭を抱えたくなったが、百花の方を見てもう一度はっきりと答えた。
「たとえここから逃げても誰かに捕まって昔のようにひどいことをさせられたくないし」
過去の過ちを経験したことで地和はここから逃げれば今までお世話になっている百花に迷惑をかけてしまうぐらいわかっていた。
「ここにいれば美味しいご飯も食べられるし、こんな不思議な服だって着せてもらえるんだもん。だからちぃはどこにも逃げない」
『めいど服』がよほど気に入っているのか地和はそれを天和や人和よりも大切にしていた。
「それに一刀が戻ってきた時にいなかったら嫌だし」
「あ~それはそうだよね。一刀さんが戻ってきていなかったら心配させちゃうもんね」
「そうそう。仮にもちぃ達の命の恩人なんだし、それぐらいはしてあげないと後でどんなことされるかわかんないもんね」
一刀のことを話す地和は楽しそうだった。
天和ももちろん地和に負けないほど楽しそうに一刀の話しをしていく。
彼を想う者は自分や月達だけではない。
それならば一刀がいつ戻ってきても恥ずかしくないようにこの場所を守るのも皇帝の役目だと心の中で頷く百花はほんの少しだけ気分が軽くなったように思えた。
「ほら二人とも手が止まっていますよ」
「あ、そうだった」
百花がそう言うと二人は迫りくる恐怖などどこ吹く風といわんばかりに楽しそうに作業を再開した。
それからしばらくして連合軍の先陣が洛陽近くまでやってきたという報告が百花のもとに届けられた。
玉座に座った百花に徐栄と華雄が現れ、いつでも迎撃できる準備が整ったと報告をしてきた。
復讐戦に燃える華雄と久しぶりの戦に高揚している徐栄に百花は彼女達の期待している言葉とは違うものを発した。
「連合軍の先陣を迎え入れましょう」
それは自分達の完全なる敗北を意味することではないかと徐栄と華雄は驚き、反論しなければならなかった。
「恐れ多いことながら、それは奴らに我々の敗北を認めさせるだけではなく董卓様の罪をも認めることになります」
「華雄将軍の言われるとおりです。ここは洛陽のすべての門を閉じ奴らと対峙するべきです。長期戦ができない以上、向こうから敗北を認めさせるべきです」
後方を押さえている以上、長期戦ができないためいかに大軍であろうともそう時間をかけることなく敗北に追い込むことは可能だと二人は主張する。
「ですがもし彼らが飢えに苦しむあまりに罪もない民に略奪を行えばどうするというのですか?」
「しかし……」
「華雄、貴女の気持ち痛いほどわかっているつもりです。ですが、これ以上の戦は避けるべきなのです」
それが国の頂点に立つ者の使命なのだと百花は付け加えた。
誰も守ることができずに敗北をすることは武人としてこれ以上ない屈辱でしかなく、華雄はどうしても納得できなかった。
「華雄、今は耐えるのです。そうでなければ月達の犠牲も無駄になってしまいます」
言い終わると同時に華雄から即座に質問、というよりも確認のために声が上がった。
「陛下、今なんとおっしゃりましたか」
「今は耐えるのですと言ったのです」
「その後です」
事情を知っている徐栄は華雄にそのことを言おうとするよりも早く、百花が答えた。
「月達の犠牲と言いました。それが何か?」
「犠牲とは何ですか?陛下、まさか董卓様を討ったというのですか」
今回の騒乱の主を自らの手で処断した。
そう思った他の者達にも動揺が広がった。
今ここにいる文官武官の誰もが月の誠実さを認めており、逆賊などどは思っていない者達であり、どうなっているのか皇帝の次の言葉を待った。
「月と詠は自害したのです。これが証拠となります」
そう言って控えていた近衛兵に持ってくるように命令し、それを華雄の前に広げて置いた。
見覚えのある二つの服には血のようなものがついていた。
「ば、馬鹿な……」
華雄は嘘だと何度も自分に言い聞かせる。
自害の証拠を突きつけられては誰にも文句が言えないばかりか、自分は今まで何のために戦ってきたのかという名目が完全に無くなってしまったことを意味していた。
「連合軍が名目としている董卓を討伐はこれでできなくなりました。だからこそ篭城して戦う必要などどこにもないのです」
百花はそう言いながらも裏では華雄までも騙しているという申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして二人を死んだこととして誰の目も届かないところまで逃げることができ、しばらくの間、身を隠していればいずれここに戻ってくることもできる。
そのためには徐栄と張三姉妹以外には知られるわけにはいかなかった。
(もっとも宮殿の奥にいれば問題はないのですが)
それでは万が一、誰かが彼女達の姿を見て生きているとわかれば罪人を匿った皇帝として言われることは間違いなかった。
再び討伐に兵が上がれば今度こそ彼らは自分達の目の前で月達の死を見届けなければ収まらなくなり、余計な混乱を国中に広げてしまう可能性もあった。
「ならば」
そこで百花は考えるのをやめて華雄を見た。
「せめてもの温情を持って董卓様を私の手で埋葬させていただけませんでしょうか」
「そうさせてあげたいのですが、すでにこちらで手配をしております。華雄将軍はまず身体のを癒すことを命じます」
ボロボロの華雄にこれ以上の負担をかけさせるわけにはいかなかった。
それでも納得しない華雄は百花に何度も懇願する。
「徐栄」
「はっ」
「華雄将軍を休ませなさい」
「はっ」
徐栄は戦えないのは残念だが、百花の命令には逆らうつもりもなかったので悲しみに打ちひしがれる華雄の肩に手を置いた。
「華雄将軍、参りましょう」
「……」
反抗する気力もないのか、華雄は言われるままに立ち上がり月達の服を抱きしめて出て行った。
(華雄、今は耐えてください)
すべてがうまくいけば今日のことは水に流せるはず。
そのために今は非情な気持ちをもって華雄を引き下がらせるしかなかった。
「それでは連合軍の受け入れ準備を進めてください」
誰もがその命令に従いながらもこれで自分達の敗北は決定したと落胆した。
ただ一人、百花を除いて。
そんなことがあるとは知らず、桃香と白蓮の部隊は洛陽を目の前にしていた。
「うん?」
「どうかしたの、白蓮ちゃん」
「いや、私の気のせいかもしれないんだけど、門が開いてないか?」
白蓮に言われて桃香達も目の前の門を見ると確かに開いていた。
てっきり門を閉めてこちらに対しての迎撃準備をしているものだと思っていただけに、白蓮は罠でもしかけているのではないかと思った。
「そこのお前、様子を見て来い」
「ハッ」
近くにいた騎兵を向かわせて様子を探る白蓮の横で桃香は不思議そうにしていた。
「どうしたんだ、桃香?」
「う~ん、なんだろう。何か気になって仕方ないような」
「なんだそれ?」
目の前の光景に桃香はなぜか漠然とした何かを感じていたが白蓮からすれば何のことかわからなかった。
「朱里は何か気になるか?」
劉備軍の二大軍師の一人である諸葛亮こと朱里はやや表情を曇らせていた。
「確かにこの戦時下で門を開けておくのは不自然ですね。中に我々が入ったところで襲われる可能性があります。でも、桃香様はそれとは違うんですよね」
「うん。なんだろう」
本人ですらわかっていないものを他の者がわかるのはなかなかないことだった。
「そういえば愛紗はどうしたんだ?」
「愛紗ちゃんなら捕虜になった人を見ているよ」
「ああ、そうだったな」
自分の陣中に愛紗を置いてきて捕虜になった恋を見守っており、桃香のそばからいないというのも珍しい光景だと白蓮は思った。
「そういや星のやつもどこいったんだ?」
「お呼びかな?」
「うわっ」
驚く白蓮の後ろから馬に乗って現れた星は意地悪な笑みを浮かべていた。
「ど、どこ行っていたんだ?」
「少し野暮用と言っておきましょう」
「野暮用?」
星はそれ以上答えることなくただ笑みを浮かべていたため白蓮は何も言わなくなった。
「それよりも洛陽の門が開いているとはまた怪しさが滲み出ていますな」
「そうだろう?今、斥候を出したところだ。すぐ戻ってくるさ」
そう言ってしばらく待っていると斥候の騎兵が戻ってきた。
だが、そこからは意外な言葉が伝えられた。
「申し上げます。洛陽に董卓軍の姿なし。中の様子も特にこれといった変化もありません」
「董卓軍が撤退したというのか?」
「それにしても早すぎます」
桃香の後ろから朱里が真剣な表情で出てきた。
本来であれば後方に残っておくべきなのだが、後ろには親友が残ったため前線に出てきて状況を把握したかった。
そんな朱里の計算ではまだ敗走兵が洛陽に駆け込んでから自分達がここまで接近するまでの時間はそんなに長いものではなかった。
それがいないというのはますますおかしなことだった。
「とにかくだ。いるかいないかわからないけどこのまま進んでみるしかないだろう」
「しかし、危険では?」
「そうはいっても桃香と私は先陣を自分から志願したんだからそれぐらいのことをしないとまた煩い奴に煩いことを言われるだけだ」
「まぁそれはそうですけど」
朱里からすれば桃香が先陣に志願したことを聞いた時、驚いた。
戦を極力避けようとしていた桃香なだけあって自分から行動するのは朱里にしては驚きの行動でしなかった。
「とにかくだ。罠だったら逃げればいいだけさ」
「白蓮さん、それもあとで問題になるのでは?」
「うっ……。ま、まぁなんとかなるさ」
本当に何とかなってほしいと思う白蓮はゆっくりと馬を動かしていく。
(本当に何だろう……?)
白蓮とは反対に桃香は胸のモヤモヤが消えないまま馬を動かしていった。
(あとがき)
よくよく考えたら紅だとすぐにわかってしまうだろう!それに騙される華雄がなんていうかお間抜けさんじゃん!と自分でも突っ込んでしまいました。
まぁ冷静でなければそう思わないかなと思いました。
当初の案では豚の血にしようとしたのですが、それだと天和達があまりにも可哀想だったので紅で代用という物凄く見破られやすいものになってしまいました。
そこはぜひとも突っ込んでもらってもいいです。
(そう私の精神ダメージがオーバーしない程度でお願いします)
さて次回はいよいよ反董卓連合編の最終回です。
それが終わるといよいよ動乱編です。
(これがまた長いのなんの・・・・・・orz)
これからも気長に読んでいただければ幸いです。
次回更新は4月10日ぐらいです。
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反董卓連合もいよいよ佳境。
一刀達がいない今、月達を守れるのは皇帝ただ一人。
どのような策を持って守るか。