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レッド・メモリアル Ep#.19「怒りの日」-2

いよいよ始まってしまう、『WNUA』軍による《イースト・ボルベルブイリ・シティ》への空爆。その中で、逃れようのない悲劇が、アリエルに襲い掛かります。

2012-03-16 08:02:12 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:442   閲覧ユーザー数:415

タレス公国 プロタゴラス 緊急対策本部

 

 

 

 

 

「大統領。第一陣の攻撃は完了しました。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の、ベロボグ・チェ

ルノが保有していたと思われるビルにミサイルは着弾。壊滅的な被害を与える事に成功しまし

た」

 

 軍事補佐官がカリスト大統領に報告する。その攻撃の模様は、レーダーという形ではあった

が、大統領もしかと見つめていた。

 

「ああ、確認したよ」

 

「続いて、第二陣、三陣の攻撃が行われます。『ジュール連邦軍』側からの反撃もあるでしょう

が、それに対しての対処も出来ています。まずは空爆によって《ボルベルブイリ》全土を制圧し

た後、地上部隊によって、陥落に追い込む準備もできています」

 

 すかさずと言った様子で、軍事補佐官はカリストに言ってくる。

 

「すぐさま、攻撃に移りたまえ。早々に《ボルベルブイリ》を制圧してしまえば、この戦争とも決着

が着くだろう」

 

 カリストは画面を見つめながらそのように言ったのだが、内心には不安があった。その存在

の一つが、ベロボグ・チェルノの存在だ。

 

 彼の組織が暗躍していると言う、混乱の渦中にある『ジュール連邦』果たしてこの攻撃は成功

するのか。

 

「大統領。ベロボグ・チェルノの拠点とおぼしき、ビルの破壊の報告がありました。こちらを破壊

してしまえば、彼らの拠点はもうありません。ベロボグが連邦に影響を及ぼすような事もなくな

るはずでしょう」

 

 軍事補佐官はそのように、カリストに力説するのだが、

 

「だが、国会議事堂で起こっている件はどうするのだ?」

 

「それについても早々に解決するでしょう」

 

 その軍事補佐官が言った言葉が何を意味するのか、カリストにはよく分かっていた。

 

「第二陣、第三陣が、国会議事堂周辺の政府施設を攻撃します。こちらを制圧してしまえば、も

う『ジュール連邦』、いえ、東側の国自体が陥落したも同然でしょう」

 

 だが彼の声も、カリストは素直に納得する事ができない。果たしてこの攻撃が正しいものであ

ったのか。それを自問自答してしまう。

 

 

 

 

 

国会議事堂 ジュール連邦 ボルベルブイリ

 

 

 

 

 

 拘束されたままのセルゲイ・ストロフは、何とかして現在の状況を打破する方法を考えてい

た。彼はテロリストの隙あらば、この場を脱する心の構えを備えていた。

 

「サンデンスキー議員。奴らの注意を惹きつければ、この場を脱せます」

 

 そのようにストロフは言い、テロリスト達には注意されないように準備を進める。

 

「ああ、だが、人質達は大丈夫なのかね?」

 

 サンデンスキーは言って来た。その事に対しては、どうしてもストロフは頷く事ができない。恐

らくテロリスト達と撃ち合いになどなったりしたら、人質達にもその被害は及んでしまうだろう。

 

「ご心配なく。被害は最小限に抑えます」

 

 ストロフはそう言った。そして、サンデンスキーとさきほどから練っていた計画を実行に移す時

がやってきた。

 

 サンデンスキーは突然、うめいたような声を地下シェルターの中に響かせる。それはとても息

苦しいかのような声だった。

 

「議員!サンデンスキー議員!どうしましたか?」

 

 ストロフは、声を上げ、床に突っ伏した彼の体を揺さぶる。

 

 だがサンデンスキーは声を上げ、更に苦しそうに体をくねらせ始めた。

 

「おい、そこ、何をしている?」

 

 マシンガンを持ったテロリストの一人が、ストロフの方へとやってくる。思った通り、反応が少

し鈍く、すでに彼らも人質をとって24時間以上が経過している。目の下に隈ができており、疲

れた顔をしているのは明らかだった。

 

 彼らも交代しながら警戒に当たってはいたが、人質を取っている側も、相当な精神的緊張感

を伴うものだ。

 

 一方で、サンデンスキー議員は、胸を抱えて、床で痙攣したように体をばたつかせる。

 

「議員は心臓病を持っている!もう1日も薬を飲んでいないんだ!」

 

 ストロフはそのようにテロリストに向かって言った。

 

 更にサンデンスキーは、激しい声を上げる。

 

「議員!議員!おい!早く薬を持って来るんだ」

 

 テロリスト達の一人が、何事かと、顔を覗かせて来る。

 

「議員の部屋は、奥の方にある。そこに鞄がある!」

 

 ストロフはテロリスト達に向かってそう言う。

 

 一人が顔を近づけて来て、

 

「おい、お前、薬の入った鞄を持ってこい」

 

 と命令したが、その瞬間、こちらに近づいてきた方のテロリストに向かって、ストロフは猛烈な

タックルを仕掛けた。

 

 タックルを仕掛けられた方のテロリストはたまらず、そのまま壁にまで激突する。そして彼は

テロリストの持っていたマシンガンを奪い取った。

 すぐさま安全装置が外れている事を確認して、ストロフは銃底でそのテロリストを殴打して失

神させた後、既に位置を確認しておいた武装集団に向かってマシンガンの銃弾を浴びせた。

 

 地下シェルターの中に激しい銃声が響き渡り、人質達が悲鳴を上げる。だがストロフは冷静

だった。彼は次々にテロリスト達を打ち倒していく。

 

 だが彼らの方が多勢だった。ストロフは反撃を受け、思わず人質達がいるホールの奥の方

の通路へと難を逃れる。

 

「こっちへと!援護するから逃げて!」

 

 彼はそのように言い放ち、人質達を誘導しようとした。だが、テロリストはストロフの方に向か

ってマシンガンを発砲してきている。

 

 戦場さながらの状態に、議員達以下の者達は怯えきり、とても行動に移る事はできないかの

ようだった。

 

 この状況下、人質たちにはその場にいて耐えてもらうしかない。すでに総書記が処刑されて

しまっているような状況では、多少の人質の犠牲もやむを得ない。ストロフはそのように考えて

いた。

 

 だが、このテロリストたちの包囲網から脱するためには、何としてでも、この場を脱して外に

いる突入部隊と連携しなければならない。

 

 人質が銃弾の雨の中で身を伏せているのを、ストロフは助けることもできないまま、自分は

地下シェルターの出口へと直行する。外に脱出することができれば何とかなるはずだ。

 

 通路を曲がり、ストロフは地上の国会議事堂ホールへとつながっているエレベーターへと走

る。背後からはテロリストたちが追ってきて、ストロフへと銃弾を浴びせてかかる。

 

 だがストロフは恐怖することもせずに直行する。エレベーターまであと少し、そしてそのスイッ

チを押したとき、ストロフは自分の右脚をつんざく痛みを感じた。それにうめいて思わず足をつ

いてしまう。

 

 右脚を撃たれていた。これではもう走ることはできない。だが、テロリストたちと差をつけてエ

レベーターの場所までやってくることができた。

 

 開いたエレベーターの中に滑り込んだストロフは、このエレベーターにテロリストたちが乗って

こないようにと、奪い取ったマシンガンを構え、その弾倉に入っている弾をすべて使い切るよう

な気持ちで、追っ手の者たちに向かって発砲した。

 

 通路先で何人かがうめき、仕留めることができたようだった。ストロフが乗ったエレベーター

はするすると音を立ててしまっていく。

 

 何とか自分は逃れることができたようだ。右脚を被弾しており、そこから大量の血がエレベー

ターの床へと流れていく。だが、ストロフはそんな痛みになど屈することはなかった。今は、この

国会議事堂の地下シェルターを、何としてでもテロリストのもとから解放しなければならない。

 

 地上へと登っていくエレベーターにかかる時間が、とてつもなく長い時間のように感じられた。

じりじりといらだちさえ感じられる。自分の行動によって地下にいる人質の議員たちはどうなっ

てしまっただろうか。すでに何人かの命が失われているかもしれない。

 

 やっとエレベーターは止まり、ストロフは、地上の国会議事堂へと出ることができた。

 

「何者だ!」

 

「負傷しているぞ!誰だ?」

 

 地上のエレベーター入口にいた、突入部隊の軍の兵士たちがエレベーターでやってきた、ス

トロフに向かって銃を向けてくる。

 

「国家安全保安局のストロフだ!地下では銃撃戦が起こっている!テロリスト共は、疲弊して

いるから、突入するなら今だ!」

 

 ストロフはそのように言い放つと、地上にいた突入部隊の者たちは、マシンガンをおろし、負

傷しているストロフの体を支えた

 

「大丈夫ですか?」

 

 そのように軍の隊員が気遣ってくる。

 

「問題ない。それよりも、人質達を救出しろ。俺のことはかまうな」

 

 とはいうものの、ストロフは絨毯の敷かれた国会議事堂の中を、肩を担がれたまま歩かされ

ていく。

 

 議事堂の外には突入部隊や医療チームの姿が見えた。ここまで人質を脱出させることがで

きればよいのだが。そうストロフが思った時だった。

 

 空の方から、一気にこちらに向かって飛んでくるものの音が聞こえてきた。

 

「何だ?何の音だ?」

 

 ジェット機か、それよりももっと速い何かが一気にこちらへと迫ってくる。さらに何かの発射音

が聞こえたかと思ったら、また別の速い何かが迫ってくる音が聞こえてきた。

 

 その音を聞いてストロフはすぐに気が付いた。

 

「ミサイルだ!」

 

 ストロフがそのように叫んだ時はもう遅かった。国会議事堂の建物へと、ミサイルが高速で着

弾して、その歴史ある建物を炎と爆風によって吹き飛ばした。

 

 ストロフたちはその衝撃によって、吹き飛ばされてしまう。

 

 建物の破片が、そして炎が吹き荒れる。ミサイルの一撃によって国会議事堂の建物の一部

が木端微塵に吹き飛ばされていく。

 

 その場にいた者たちが、爆風に、そして爆炎に巻き込まれた。それはストロフとて例外ではな

かった。

 

 彼は叫び声を上げつつも、この状況を理解しようとした。これは『WNUA』側の攻撃に違いな

い。戦争はついに首都決戦へと突入してきたのだ。彼らは、首都への空爆を行い、この地を制

圧するに違いない。

 

 だがストロフは体の一部に火傷を負い、何とか地面を這いつくばって移動するしかなかった。

 

 パニックの騒音も、何もかもが、続いてやって来た数発のミサイルによってかき消される。

 

 轟音が何発も、続けざまにやって来たミサイルによって引き起こされる。

 

 ストロフは身を伏せたまま、何度もやってくる爆風にその体を吹き飛ばされていく。やがて彼

の体に炎がまとわりつくかのようにやって来た。

 

 熱いという感覚に襲われるストロフ。炎は全身を覆い、彼はその身を焼かれていく。

 

 叫び声を上げたが、全てが炎によって包まれてしまっていた。その場は獄炎の地獄と化して

いき、国会議事堂の建物は、ミサイル攻撃によって完全に破壊されていく。

 リーとタカフミは縛り上げられ、ビルの倉庫の中に閉じ込められていたが、突然やって来た、

地震のような衝撃に襲われた。彼らはべロボグによって気絶させられていたが、今の衝撃で目

を覚ました。

 

「一体、何が起こった?」

 

 リーがまず目を覚ました。彼とタカフミはお互いの背中同士をくっつけ合わされて縛り上げら

れて、椅子に座らされたという姿勢になっている。だが今の衝撃で、彼らはその椅子ごと床に

倒れていた。

 

「この衝撃。ただものじゃあない。ビル全体が壊れていくような感じだ。見ろ、天井にもヒビが入

っているぜ」

 

 タカフミはそう言って天井を見るようにリーを促す。すると、天井にも大きな亀裂が走り、がれ

きの一部が落下してきているほどだった。

 

「何が起こったと思う?」

 

 リーがそのようにタカフミに尋ねるが、

 

「聞くまでもないだろう?『WNUA』がついに首都空爆に踏み切ったんだ。それで、ミサイル攻

撃をしてきている。いつ攻撃が来てもおかしくはない状況だったが、こんな状況の時に襲ってく

るとはな!」

 

 タカフミはリーにそう言った。

 

「ベロボグは、セリア達はどうなった?」

 

 リーがその場から脱そうとさせながら、タカフミに尋ねるが、

 

「分からんが、この状況、俺達も空爆に巻き込まれるわけにはいかない。早く脱出しないといけ

ないぜ」

 

 天井は崩れてきており、今にもこの倉庫の中は崩落してしまいそうなほどだった。

 

「ああ、分かっている。今、『能力』を使う」

 

 リーはそのように言って、自らの『能力』を使う。レーザーのように放たれる光の力を使って、

自分とタカフミを拘束している縄を焼き切ってしまう。

 

「よし、早く、アリエルを取り戻さないといけないぜ。ベロボグの奴はこの攻撃も想定しているは

ずだから、どこかへと脱出するつもりだろう」

 

 そのようにタカフミは言い放ち、リーとタカフミは行動を始めた。

 

 

 

 

 

「お父様!お父様!大丈夫ですか?」

 

 そのように聞こえてくる声があり、ベロボグは気が付いた。どうやら今の衝撃によって、一時

的に気を失ったらしい。

 

 だが、ベロボグはすぐにその体勢を立て直して、自分を気遣ってくるシャーリの顔を見た。

 

「大丈夫か?シャーリ?」

 

 そのように尋ねるが、どうやらシャーリは無事なようである。だが、今の衝撃はかなり激しいも

のだった。

 

 『WNUA』の者達が首都攻撃に踏み切ったのだろう。しかもそれだけではない、今のミサイル

攻撃は、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にあるこの建物を狙った攻撃だった。

 

「『WNUA』は、私達の居場所をすでにつかんでいるようだ。今のミサイル攻撃が、明らかにこ

のビルを狙っていることからも明らかだ。首都制圧と同時に、我々をも消し去るつもりだろう」

 

 ベロボグは今の状況をシャーリへと説明する。するとシャーリは尋ねてくる。

 

「どうなさるのですか、お父様」

 

 ベロボグは、シャーリの隣にいるレーシーの姿を見た。彼女も無事な様子だった。

 

「シャーリよ、何のために、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にロボット兵を配備したの

か、分かっているのか?」

 

 そう言って、ベロボグはレーシーへと顔を向ける。

 

「レーシー、分かっているね。もしこの街を攻撃してくる者達がいたら」

 

「徹底的に破壊しつくしちゃうんだね!」

 

 ベロボグの声に呼応するかのようにレーシーは言った。

 

 レーシーがこれから何をするのか、その光景をベロボグもアクセスして見ることができてい

た。レーシーの『能力』を吸収しているベロボグにも、そのプログラムはインストールされている

から、ベロボグにとっても外部にいる者達を操ることはできる。

 

 だが、ベロボグはあえてその行為をレーシーにやらせた。レーシーという後継者にやらせる

事によって、ベロボグは、これからの時代を彼女らに託す。

 

 心配は無用だ。レーシーはどの部下よりも自分に忠実な存在だ。ベロボグが見ている中で

も、レーシーはその操作を何なくやって見せた。

 ベロボグ達がいるビルの外では、ロボット兵たちが変わらず街の中を巡回していたが、レー

シーからの命令を受けた彼らは、その照準を地上ではなく、空中へと向けた。

 

 高速のスピードで巡回していく戦闘機の轟音が聞こえてきている。ただの人間にはそのよう

にしか見えないだろう。だが、ベロボグが『グリーン・カバー』によって作らせていたロボット兵た

ちは高性能だった。

 

 音速以上のスピードで展開している『WNUA』軍のステルス爆撃機を、彼らは即座に発見し

た。発見することができない個体もいたが、すでに街中に100体巡回している彼らは、ステル

ス機能を持つ戦闘機をも発見する。

 

 そして、一斉に彼らは自分たちに備え付けられているアームを上げた。そこにはミサイルが

備え付けられており、一斉にミサイルを発射する。地対空兵器をも兼ね揃えているロボットたち

から、ロックオンされた戦闘機が逃れる術はない。

 

 ミサイルは一斉に発射されていく。

 

 

 

 

 

 アリエルとセリア、そしてフェイリンは、天井から崩れてきた瓦礫のせいで、ベロボグ達とは引

き離された場所にいた。

 

「一体、何が起こったのよ」

 

 フェイリンはそう言いながら、自分がかぶっていた天井の埃を払いながら言った。

 

「どうやら、首都が戦時下の真っただ中に入ったようね」

 

 セリアは窓から外の光景を見つめてそのように言った。高層ビルの窓から望むことができる

首都の光景には、黒煙が上がる建物が見えている。

 

「あれは国会議事堂の方向よ。『WNUA』は本格的な攻撃を始めたようね」

 

 セリアはそういいながら、アリエルの体を起こした。まるで地震でも起こったかのような揺れ

に、彼女らはその場に投げ出されたかのようになっていたのだ。

 

「ここは、どうなってしまうんですか?」

 

 アリエルは尋ねる。彼女はこの場で何が起こったのか、全く分からない様子である。

 

「多分、『WNUA』はこのビルがベロボグのアジトの一つだという事を突き止めて、同時攻撃を

仕掛けてきているんだわ。という事は、さっさとこのビルから脱出しなければならないようね」

 

 そう言ったセリアはすぐにも行動を開始しようとしていた。アリエルの手を引っ張り、その場を

先導する。

 

「あの、一体、どこへ!」

 

 アリエルが戸惑ったように声を上げるが、

 

「こうして出会ってしまった以上、あなたの事を放っておくわけにはいかないのよね。あなたが

わたしの本当の娘であるか、どうかという事はいずれ分かる事。でも、ベロボグの組織の重要

参考人であることも確かよ」

 

 セリアは素早く言ってしまうと、アリエルの手を引っ張って、どんどん瓦礫の中に道を見つけて

進んで行ってしまう。

 

「ちょっと、セリア。そんなに乱暴に!」

 

「フェイリン!あなたは脱出ルートを探しなさい!」

 

 セリアはそう言うばかりだった。

 

「ちょっと、離してください!私は、私はその、父と共に行くって決めたんです。もう、誰にも左右

されたくない。そのように決めたばかり」

 

 アリエルは言いかけるのだが、セリアは彼女に顔を近づけて、アリエルの顔を凝視した。

 

「あなたは、それを本気で言っているの?あのベロボグと一緒に行くっていう事は、テロリストに

成り下がるという事になるのよ?今なら、あなたはその道に進まないで済むことができる。まだ

罪も犯していないんでしょう?違う?あいつはあんたとは違う存在なのよ!」

 

 セリアがそこまで言ったとき、突然、轟音が鳴り響く。それは天から降り注いでくるかのような

音だった。

 

 続いて、何かが墜落してくる音が聞こえてくる。墜落してくるものは、火を噴き、煙を上げてお

り、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の一角へと墜落していく。

 

「あれは、ミサイルとかじゃあないわよね」

 

 窓から外を覗いているフェイリンが、恐る恐ると言った様子でセリアに尋ねる。

 

「あれは、『WNUA軍』の爆撃機よ。どうやらベロボグ達も空爆による攻撃は予期していたよう

ね。あのロボット兵達がやったのかも」

 

 セリアはそう言って、再びアリエルの腕を掴むのだった。

 

「な、何を」

 

 アリエルはそう言って抵抗しようとするのだが、

 

「あなたは、ベロボグ・チェルノの重要参考人なのよ。あなたが、どう言おうと、わたしにはあな

たをここから連行していくための義務がある」

 

 セリアは、アリエルの手を引っ張っていこうとするのだった。

 

「わ、私の父は、間違った事をしていません。何としてでも子供達や、この国を救おうとしてい

る。それを私はこの目で見てきたんですよ。誰かがしなければならない事を、私の父はしようと

しているんです」

 

 アリエルは、必死になって嘆願するかのような声で言った。それだけこの娘は、自分の父の

事を信頼している。

 

 信頼しているからこそ、セリアに対して抵抗する事ができるのだ。

 

 だがセリアはアリエルを連れていこうとする足を止めた。外では再び遠くから轟音が迫ってき

ている。

 

 その轟音は、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》をかすめていき、首都中心部の方へと向

かっていく。そして、首都の中心部では大きな爆発音がして大地を揺るがすようだった。

 

 再び立ち上る煙と炎。

 

「どうやら、ベロボグの奴は、首都の方の攻撃にはかまわないようね。この街に攻撃をしてくる

爆撃機だけを撃ち落としている」

 

 窓の外から《ボルベルブイリ》の街を見つめて言った。今、このビルに再び爆撃機がやってく

るのではないかという状況でも、セリアは落ち着いていた。不思議なくらいの落ち着きだという

事が、セリアにもわかっていた。

 

「セリア。この場から早く逃げないと」

 

 そのように言ってくるフェイリン。フェイリンはとても慌てている様子だった。

 

「あんたはさっさと逃げなさいよ。もうここはとても危ない状況なのよ」

 

 セリアはフェイリンだけを突っぱねるように言う。

 

「そんな話は後に…」

 

「話を後にしたら、このアリエルって言う子は、このままではベロボグの元へと戻ろうとしてしま

う。洗脳されているのよ。だから今、この場で説得しないと、ベロボグから心は離れるようなこと

はないでしょう」

 

 セリアはフェイリンの言葉を遮って言った。

 

「私の気持ちが変わる事はありませんよ。洗脳?今、洗脳とか言ったのですか?」

 

 アリエルが言い返す。その時、再び地上の方からミサイルが発射されて、空中へと飛んで行

った。だんだんと《ボルベルブイリ》の方から東側のこの場所へと近づいてきている事が分か

る。

 

 爆撃機の飛行音も、そして、ミサイルが飛び交う音もさらに大きくなってきている。

 

 もはやこの場所がとても危険な状況下にあるという事は明らかだった。

 

 だがセリアはアリエルと向かい合い、彼女に向かって真剣な顔をして言うのだった。

 

「あなたが、私の娘であるかどうかという事は、まだ分からない。でもね。あなたみたいな子が、

偽善者を気取るテロリストに成り下がるのだけは黙って見ている事ができない。それが、たとえ

たった一人でもね」

 

 そう言ってセリアはアリエルの返答を待った。ビルの外では爆撃音が激しく響き渡るが、二人

の間にはその音が入ってくる事は無かった。

 

 

 

 

 

 偽善者を気取ったテロリスト。自分に向かって言ってきた、このセリアという女性の言ってい

る事をアリエルはまだ受け入れることができないでいた。

 

 父は、自分の父はそんな存在ではないはず。そんな存在などではないはずなのに。アリエル

にとっては、セリアの言っている事も正しい事のように思えてきた。

 

 何故なのか。彼女は今まですれ違う事は何度かあったけれども、アリエルにとっては初めて

出会ったも同然の女性に過ぎない。

 

 それなのに彼女の言って来る言葉は、アリエルにとって奇妙な説得力を持ったところがあっ

た。その説得力は父親の持っている説得力と似たところがある。

 

 しかしその意見は明らかに相反するものだ。父は自分のしている事を正しい事と言い、セリ

アはそれをテロリストの行っている行為だという。

 

 アリエルはどっちに進んでいったらよいのか迷う。ビルの周辺ではミサイルが飛び交い、戦争

はこの首都にまで迫ってきているというのに、アリエルはまるで時間が止まってしまったような

感覚に陥っている自分に気が付いていた。

 

 どうしたら良いのか。アリエルには分からなかった。

 

 再びミサイルの音が接近してくる事は分かった。だが、アリエルはこの場所を動くことができ

ない。一体、どのようにしたら良いのか、それがまるで分からないのだ。

 

 ミサイルはこのビルに直撃して、猛烈な轟音を響き渡らせ、アリエルとセリア達との間を炎と

煙で遮ってしまった。

プロタゴラス 緊急対策本部

 

 

 

 

 

 思いの他、《ボルベルブイリ》を中心とした首都に対しての攻撃は、苦戦の様相を見せてい

た。カリスト大統領は、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を中心として起こっている激しい交戦

の様子を、逐一と報告されていた。

 

「国会議事堂に対する攻撃は成功。首都にある主要施設に対しての攻撃は順調に進んでいま

すが、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の区画だけは、思いもよらぬ攻撃によって、攻撃

がうまく進んでおりません」

 

 軍事補佐官が、カリストに光学画面を指示して説明してくる。加えて、空爆の様子が衛星によ

ってリアルタイムによって展開もしていた。

 

 《ボルベルブイリ》は今、次々と行われている空爆によって、戦火の真っただ中にある。一般

人への被害も相当に大きなものとなっているはずだ。

 

 だがこれは、静戦を終わらせるために行わなければならない攻撃なのだ。カリストは自分に

そう言い聞かせるようにした。

 

 だが同時に悪い予感も感じている。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を中心とした、思いもよ

らぬ、『ジュール連邦』側からの攻撃。これが意味するものは一体何だというのか。

 

「ただ今、映像が入ってきました。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》で抵抗を行っているもの

の、兵器の映像が入ってきています。これは、地対空ミサイルのようなものではありません。そ

もそも、ここは高層ビル街であり、『ジュール連邦軍』が兵器を設置する事はもともと不可能な

場所です」

 

 そのようにまた別の補佐官がカリストに言ってきた。

 

「一体、何者がそこにいるというのだ?」

 

 何者から我が国の軍は反撃を受けているのか、それを知る事さえ恐ろしい事のように思え

る。だが、カリストは覚悟を決めていた。

 

「こちらです。これが、衛星が捉えた《イースト・ボルベルブイリ・シティ》で攻撃を行っている者達

の正体です」

 

 映像を見て、カリストはその眼を疑った。まずはじめに、その物体が何者であるのか、実態を

掴むことができなかった。

 

 しかしすぐに、カリストはその映像に映っているものの正体を理解した。記憶の中に確かにそ

の存在がいる。だが、まさかそれが『ジュール連邦』側に存在しているものとは思っていなかっ

た。だから、すぐに一致する事ができなかったのだ。

 

「これはロボット兵ではないか!何故、このようなものが、『ジュール連邦』に!」

 

 思わず立ち上がって、カリストは言い放っていた。

 

「『ジュール連邦』もロボット兵の開発を?しかし我が軍でも実戦投入はしていないはず」

 

「これを見る限り、かなり精巧にできているロボットだぞ」

 

 補佐官たちが言い合っている。そんな中、軍事補佐官は素早く高額画面を操作していった。

 

「今、その兵器の正体を照合中です。最も近いものは、『グリーン・カバー』が開発した、無人兵

器。これは我が軍でも配備が進んでいる兵器になります」

 

 そう言って軍事補佐官が画面に大写しに表示させたものは、『グリーン・カバー』社のロゴが

入れられたステンレスによって作られた、精巧な軍事兵器だった。大柄な姿をしており、キャタ

ピラによって走行する。そして、両腕に各種兵器が取り付けられているものである。

 

「何故、このような兵器が、『ジュール連邦』に!」

 

「まさか奴ら、『グリーン・カバー』と結託していたのか?」

 

 またも補佐官たちが口々に言い合っている。だが、カリストには思い当たる節があった。

 

「ベロボグ・チェルノか。奴がやっているのだな」

 

 その言葉に、部屋にいる皆が、カリスト大統領の方を向いてくる。

 

「確かに、ベロボグ・チェルノと、『グリーン・カバー』との関係が調査によって明らかになってき

ています。先日の、《プロタゴラス空軍基地》に対しての攻撃は、ベロボグ・チェルノによるもの

と判明しており、その背後には『グリーン・カバー』の支援があったものと思われます」

 

「という事は、これは、我が国の『グリーン・カバー』が製造した兵器だという事だな」

 

 カリストは椅子から立ち上がり、目の前の画面に映っているロボット兵を指さしてそのように

言うのだった。

 

「照合結果では間違いありませんが、多少、我が軍に配備されているロボット兵とは異なるも

ののようです」

 

 しかしカリストは譲らなかった。

 

「だが、ほとんど同じも同然という事だろう。ベロボグ・チェルノは、我が国に支給されているの

と同じ兵器をこの街に配備しているのだ」

 

「ご心配なく、大統領。この攻撃は必ず成功させて見せます。ですので問題はありません」

 

 軍事補佐官は自信を見せ、カリスト大統領にそのように言うのだが、カリストは全くもって油

断のならない表情をしていた。

 

「本当に、成功すればそれでよいのだがな」

 

 このもはや静かな戦争ではなくなった、静戦の中に介入してきた存在、ベロボグ・チェルノ。

今では『ジュール連邦』よりも大きな規模として、『WNUA』の敵となっている事は明らかだっ

た。

《イースト・ボルベルブイリ・シティ》『ジュール連邦』

 

 

 

 

 

 突然の轟音と煙によって周囲を包まれてしまった、アリエルは自分がどうなってしまったのか

分からなかった。だが、どこからか、ジェット機が飛んでいくような音が変わらず聞こえてきてい

る。

 

 それはさっきよりもはっきりとした音として聞こえるものとなっていた。

 

 アリエルがその音に思わず目を開くと、彼女は自分が瓦礫の山の上にいるという事に気が付

いた。

 

 視界の先には、今にも落ちてきそうなくらいに接近した、分厚い灰色の雲の姿が見えてきて

いる。

 

 今までビルの中にいたはずだというのに、今では外に出てしまっているのだ。

 

 アリエルは起き上がって、自分が今、どこにいるのかという事を把握しようとする。周囲を見

回すと、そこは瓦礫の山と化していた。よく見れば、ビルの上層階の半分ほどが吹き飛んでお

り、瓦礫が、あたかも断崖絶壁の一角に積もっているかのような有様となっていたのだ。

 

 今にも瓦礫の山は崩れ落ちていってしまいそうだった。アリエルの足元にある瓦礫も、どんど

ん地上の方へと落下していってしまっている。

 

 思わずアリエルは、まだその一部が残っているビルの方へと戻ろうとした。だが、瓦礫はどん

どん地上へと落下している。

 

 また、時折、轟音と共に激しい振動が地震のようにやってきた。その度に閃光がまたたいて

おり、アリエルはさらに瓦礫とともに落ちてしまいそうになる。

 

 その時、落ちていってしまいそうになるアリエルを、誰かの手が掴んでいた。

 

「しっかりと掴まっていなさい!」

 

 そのように言ってきたのはセリアだった。白いスーツは所々が破け、薄汚れているが、しっか

りと彼女の体を引き寄せて、引っ張り上げていこうとしている。横には、フェイリンという名の女

性もおり、セリアの体を支えて、一緒に引っ張ってくれていた。

 

「もう少し!」

 

 その声と共にアリエルの体は、崩れ落ちていく瓦礫の山から引っ張り上げられ、安定した場

所へと引っ張られてくるのだった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 アリエルは思わずセリアに向かってそのように言うのだった。

 

「感謝される必要なんてないわよ」

 

 そのように言って、セリアは、アリエルのライダースジャケットについてしまった薄汚れた部分

を取り払ってくれる。

 

 それが、あたかも母親が娘にしてあげるかのようにする行為だった。アリエルは思わず呆然

としてしまう。

 

「アリエル!」

 

 その時、突然、響き渡ってくる声があった。アリエルが振り向くと、まだビルの屋根が残ってい

る所に、父、ベロボグの姿があった、シャーリ、レーシーもおり、彼らも今の爆撃から逃れる事

ができたようだ。

 

「アリエルよ、こっちに来るのだ。そこは危険だぞ」

 

 父親がそのように呼びかけてくる。確かに、《ボルベルブイリ》の街では次々に爆撃が起こっ

ており、再びこの場所にも攻撃がやってきそうな気配だった。

 

 思わずアリエルは父が呼んでいる方へと足を進めてしまいそうになるが、

 

「駄目よ。駄目よ、アリエル」

 

 そう言って、自分の手を掴んでくる者の姿、それはセリアだった。

 

「あなたは、あいつと共にテロリストの道を歩んでいきたいというの?そんな事、決してこのわた

しが許さない」

 

 セリアが掴んでくる手の力は強かった。だが、アリエルが振りほどこうと思えば、振りほどくこ

ともできる。

 

 その時、遠くの方から、再び空気を切り裂くような音が聞こえてきていた。

 

「セリア!ここは危ないよ、早く逃げないと!」

 

 フェイリンがそのように叫び、セリアをまた別の方向へと引っ張ろうとする。

 

「思い出してアリエル。あなたが元いた世界を。それは、こんな世界だったのではないはずだ

わ!」

 

 どう答えを出したら良いのか。一体、自分はどんな選択肢を取ったら良いのか。世界は鈍さ

れ、それがアリエルの前に突きつけられる。背後は崖となっており、アリエルはそのどちらかの

選択肢を取らなければならない。

 

 時間は迫っていた。空気を切り裂くミサイルの音がこの場所まで接近してきている。

 

「アリエル!」

 

 そのように聞こえてきたのは、父の声だった。アリエルは思わず背後を振り向いてしまう。

 

 その時だった。轟音と共に、ありとあらゆるものがその場から吹き飛ばされた。アリエルの体

も、容赦なくその中へとさらされてしまった。

 アリエルの体はその場から何メートルも飛ばされて、大量の瓦礫と共に、どこかへと落下し

た。体中を打ち、アリエルはもう自分は駄目なのではないかと思った。だが、意識だけははっき

りとあった。

 

 煙、そして炎に包まれていたが、何とかアリエルは体を起こすことができた。どうやらミサイル

がこの場所へと直撃してきたようである。

 

 むくりと体を起こすと、体はしたたかに打っており、また細かな傷もところどころについていた

が、どうやらまだ生きているようだった。

 

「よかった…、どうやら、無事な、ようね」

 

 そのように自分の懐から聞こえてくる声があった。アリエルは視線を下にやると、そこには、

セリアの姿があった。

 

 彼女の美しい金色の髪は煤汚れてしまい、ひどい有様だ。顔にも傷が走っており痛々しい。

そして、アリエルをかばって瓦礫の下敷きになってしまっている。

 

「あ、だ、大丈夫ですか」

 

 アリエルはジュール語で思わずそのように言った。だがすぐに気が付いた。セリアの体の上

に乗ってしまっている瓦礫は、とても人が耐えることができる量の瓦礫ではないという事に。

 

「ああ、そんな!」

 

 アリエルはそのように言い、瓦礫の下から手と顔を出している女性を思わず掴んでいた。

 

「あなたが無事で良かったわ」

 

 セリアはそのように言ってくるが、アリエルにとってはその言葉は気休めにもならなかった。

今すぐにでも、彼女をこの場から出してやらなければ。

 

 アリエルは急いでセリアの手を引っ張った。

 

「セリア!わたしも手伝うよ!」

 

 そう言って、アリエルと共にセリアの体を引っ張り出そうとしたのは、フェイリンという名の女性

だった。

 

「いいのよ、わたしの事は…。あなたが生きてくれればそれでいい」

 

 セリアは瓦礫の下からそのように言って来る。だがアリエルは必死だった。

 

 せっかく会えたかもしれないというのに。せっかく、自分の本当の母親と言える人に会うことが

できたというのに。

 

 何で、こんな事が起こってしまったのか。

 

 アリエルは自分の事など構わず、ただひたすらにセリアの体を引っ張り出そうとしていた。だ

が、セリアの手の力はどんどん抜けていっている事が分かる。このままでは、何かの衝撃が少

し起きただけで、セリアは瓦礫の下敷きになってしまう。

 

「しっかりして下さい!」

 

 アリエルは更にセリアにそのように呼びかけるのだが、彼女の体はどんどん力を失っていっ

ている事が分かる。

 

「あなただけでも、生きるのよ、アリエル。わたしには分かる。あなたが、本当の娘だという事

が、分かってきた。ベロボグに強要されたのでもない。はっきりと、あなたの事が、自分の娘だ

という事が分かる。

 

 これは直観なの、それとも一体、何が、わたしにこうさせるのかしら?」

 

 そう言って、セリアはその表情に笑みさえ浮かべていた。だが、その顔を見て、アリエルが予

期した事は、最悪の結末だった。

 

 そんな事が起こっていいはずがない。彼女も、自分が本当の娘であるという事を認めてくれ

た。それだというのに。今にも自分の本当の母は死んでいこうとしているのだ。

 

 こんな事があってよいはずがない。

 

 アリエルは渾身の力を込めてセリアの体を引っ張り出そうとした。

 

「セリア!」

 

 そのように叫んで、フェイリンもセリアの体を引っ張り出そうとしている。この人も、自分と同じ

ように、セリアの事を大切な人と思っている。二人の気持ちがセリアを救い出そうとしていると

いうのに、セリアの体は瓦礫から出てくることは無かった。

 

 弱弱しくなったセリアの声が、アリエル達へと向けられてくる。

 

「もう、いいのよ。フェイリン。わたしは目的を果たした。自分の娘と、再会する事ができたんだ

わ」

 

 そう言ってセリアは自分の力を完全に抜いてしまった。セリアが力を抜いてしまっても、アリエ

ルは必死になって、彼女の体を引っ張り出そうとしたが、それでも駄目だった。

 

 さらにどこかから空を切ってこちらへと接近してくる。また爆撃機が一機、迫ってきている事は

アリエルにも分かっていた。

 

 それよりも前に、セリアを助け出したい。アリエルの意志は確固たるもので、彼女をその場か

ら逃がそうとはしない。

 

 しかしその時、アリエルの肩を掴んでくる者の姿があった。

 

「アリエル。もう駄目だ!」

 

「あなたは」

 

 それは、リー・トルーマンだった。彼がアリエルが、セリアを瓦礫の下から引っ張り出そうとす

るのを止めさせてくる。

 

「もう助からない。それに、ここは危険だ!」

 

 リーがそう言ったとき、再びミサイルが飛んできて、それはビルに直撃をした。ビルは大きく

傾き、アリエル達はバランスを崩した。

 

 そして、セリアの上に乗っている瓦礫達も、大きく崩れていく。

 

 手を伸ばせば彼女を助けることができるのではないか。そう思い、アリエルは大きく手を伸ば

した。リーが彼女をかばってくれ、降り注いでくる瓦礫から守ってくれる。

 

 だがアリエルは、ようやく本当の母と思える人の方へと手を伸ばしたかった。そして彼女を救

いたかった。

 

 崩れていく瓦礫は、絶壁のようになったビルからどんどん地上へと落ちていってしまう。セリア

の体も、まるでその濁流に流されていくかのように、地面へと落ちていこうとしていた。

 

 この高さから地面に瓦礫と共に落ちてしまえば、助かることは無い。

 

 周りの光景が全て真っ白になってしまったような気がした。アリエルは必死になってセリアの

方へと手を伸ばすが、とても届かなかった。だが、セリアはとても近くにいるような気がしたの

だ。だから彼女の手を掴むことができる。

 

 もう一度、あの人の手に触れたい。あの人の母としてのぬくもりを一度でいいから感じたい。

アリエルの本能ははっきりとそう言っていた。

 

 だが無情にも、セリアの体は、瓦礫と共にビルの下へと落ちていった。

 

 その時に見えた彼女の表情は、厳しい姿をしていた初対面の姿とは異なるものだった。とて

も安らかで、全てを受け入れているような、そのように穏やかな表情だった。

 瓦礫が降り注ぐのは止んだが、ビルの倒壊は確実に始まっていた。このままここにいては、

とても助からないだろう。『WNUA』軍は、このベロボグの拠点の一つを確実に破壊するつもり

で爆撃を行っている。地上にいるロボット兵がそれを援撃しているために、このビルはかろうじ

て持ちこたえているだけだった。

 

 アリエルをこの場所から救い出さなければならない。リーの使命はそこにあった。だが彼女

は呆然としたように立ち尽くしてしまっており、自分の言葉が聞こえていないようだった。

 

「アリエル。ここは危険だ。早く逃げないとならない」

 

 そう言っても、アリエルは焦点の合っていない目をこちらにちらりと向けるだけだった。

 

 セリアの最期を目の当たりにして、極度のショックを受けてしまっている。リーはすぐにそう判

断した。彼女がついて来れるかどうか。リーは彼女の体を引っ張ってみたが、まるで人形を無

理矢理引っ張ったかのように倒れてくるだけだった。

 

「仕方ない」

 

 リーは即座に判断し、彼女の体を背負う事に決めた。

 

「しっかりと掴まっていてくれよ、おいタカフミ!」

 

 アリエルの体を背負うと、即座に仲間の名前を呼ぶ。

 

「ああ、大丈夫だ!こっちの階段は崩れていない!何とか逃げられそうだ!」

 

 タカフミも無事だった。彼は逃げ場所を確保していてくれたようだ。

 

「君も逃げた方がいい。セリアの事は残念に思うが…」

 

 フェイリンにそう言ったリー。どうやら彼女もセリアの最期を目の当たりにしてショックを受けて

いるようだが、アリエルのように歩けないほどではない。

 

「わ、分かっています」

 

 その時、突然その場に響き渡ってくる声があった。

 

「アリエル!」

 

 それは離れたところにいるベロボグの声だった。彼は、ビルの瓦礫をかき分けるかのように

してこちらに迫ってきている。

 

「おい、急ぐぞ。アリエルを奴の手に渡すわけにはいかない」

 

 ベロボグとはまだ距離がある。だから逃げる事ができた。リー達は迅速に行動し、ビルの瓦

礫の山を後にする。ビルの倒壊は始まっていて、今にも崩れてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

「アリエル。今、お前の力が必要だと言うのに」

 

 ベロボグはそう呟いていた。だが、リー達に連れ去られ、今、彼女は目の前で実の母親の最

期を目の当たりにした。

 

 ベロボグは、アリエルをそれ以上追おうとしたが、それをシャーリが止めようとする。

 

「いけません、お父様。今すぐここを脱出しなければ」

 

 そう急かしてくるシャーリがいた。だが今アリエルを自分が救ってやらなければ、一体だれが

救うというのだ。目の前で実の母を失ったアリエルが、立ち直れようはずがない。このまま精神

に大きなダメージを受けたまま生きていくしかできない。

 

「離せ。離すのだ、シャーリよ!」

 

 ベロボグはそのように言って、シャーリの手を振りほどこうとした。

 

 そして瓦礫の山をかき分け、何としてでもアリエルの元へとたどり着こうとする。

 

「待て。待つのだアリエル!」

 

 ベロボグはそのように叫ぶ。そして自らの肉体を、一部、戦闘機型へと変形させようとした。

その時、彼は再びミサイルがこのビルへと接近してくるのを知った。

 

「おのれ、このような時に!」

 

 ベロボグはそのように叫び、自分の体をそのミサイルが接近してくる方向へと向けた。そし

て、自分の体と直結し、融合しているミサイルを発射しようとする。

 

 だが、『WNUA軍』の放ってきたミサイルは、ベロボグの攻撃よりも先に彼へと接近して、ビ

ルへと次々と着弾していった。

 

 凄まじい轟音と爆炎、そして衝撃にベロボグは呑まれていった。どこかから、シャーリが叫び

声を上げているのが聞こえてきたが、それも全てが轟音と衝撃の中へと呑みこまれていってし

まう。

 

 今、このまま、ここで死ぬわけにはいかない。ベロボグは切にそう思った。だが、容赦なく彼

は自分の体が崩壊していくのを感じていた。

 

 

 

 

 

タレス公国 緊急対策本部

 

 

 

 

 

 『タレス公国』のカリスト大統領は、《ボルベルブイリ》にて行われた、わずか30分足らずの凄

絶な戦いを、全てリアルタイムにて目の当たりにしていた。

 

 戦争がどれだけ凄まじいものかは彼も知っているつもりだった。だが、大都市への爆撃がこ

こまで凄まじくなってしまうとは。戦争に踏み切るという自分の決断を後悔しているわけではな

い。だが、彼は思わず息を呑んでしまった。

 

 これは数千キロも離れた土地で行われた出来事。だが、まるで身近で起きた出来事のように

さえ感じられる。

 

「《ボルベルブイリ》をほぼ完全に制圧完了。国会議事堂への攻撃や、主要軍事施設への一斉

攻撃も完了しました」

 

 軍事補佐官がそのように言って来る。

 

「抵抗、もしくは反撃をしている様子はないか?」

 

 カリストはそう聞き返す。『ジュール連邦』ほどの大国が、ただ攻撃を許すというのも不気味に

思える。

 

「依然、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》では、例のロボット兵による反撃が行われており、制

圧は行われていません。しかしながら、ベロボグ・チェルノの拠点と思われるビルの破壊に成

功しました。

 

「完全に破壊をしたのか?」

 

 カリストは聞き返す。

 

「ええ、完全に破壊をしました」

 

「ベロボグもか?」

 

 それが、カリストにとって非常に気がかりな事だった。

 

「この様子では、誰も生き残ることはできません。同ビルにいたベロボグ・チェルノも恐らく死亡

したでしょう」

 

 カリストの前に表示された画像は、完全に倒壊したビルの姿だった。もはや瓦礫の山と化し

ている。中にいれば誰も助かることはできないというのは、補佐官の言って来る言葉の通りだ

った。

 

「分かった。継続して《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の制圧に全力を尽くせ」

 

「承知しました」

 

 カリストはそう命令を下した。これで『ジュール連邦』は自分たちの世界に下った。目の前に

表示されている画像の何もかもがそう示している。

 

 だが、安心することはできなかった。ベロボグが確かに死んだという証拠がどこにも無い。彼

はよもやこの状況でも生き延びているのではないのか。そうカリストは思っていた。

 

 まだ、この戦争は終わっていない。

 

 

 

Next Episode

 

―Ep#.20 『黎明』―


 
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