18年前―。
セリア・ルーウェンスは大学生でありながら、一人の子供を身ごもった。彼女自身、まだ若か
ったと言うこともあり、それはあまりにも衝動的であり、彼女自身、自分でもどうしてそのような
事になってしまったのか、それは今でも分からない。
しかし18年後に何が起こるのかを知っていれば、当時の彼女であっても子供を身ごもるよう
な事はしなかっただろう。
セリアの相手の男は、通っていた大学の医学部の講師だと言っていた。その名前をボブ・デ
イビスと言っていて、彼は『ジュール連邦』からの移民であると名乗っていた。
年齢は当時のセリアよりも二世代ほども離れており、彼は自分が40歳であると言っていたが
もっと若かったかもしれない。
同じ大学の講師と、学生の不貞行為は周りに対してあまり知られたい物事ではなかった。セ
リアは自分がなぜ自分が身ごもったのか。それを誰にも言うつもりはなかった。
しかしながら、いくら若く、衝動的に子供ができたとしても、その子供を下ろすという事はしたく
は無かった。セリアはその子供を何としてでも育てる事にした。
だから大学を一年休学してでも、出産に専念するようにしたのである。
γ0062年にその子供は誕生した。健康な女児であり、セリアも自分が立派な子供を生む事
ができた事に満足をした。
彼女と、ボブ・デイビスとの関係はなるべく外には漏らさないようにしていたため、セリアは自
分の子供の父親が誰であるかという事は誰にも言わないでいた。彼は出産に立ち会う事は無
かったが、産後のセリアを見舞いにはやってきた。
18年前の『タレス公国』《プロゴラス市内》にある病院。そこにはまだ子供を産んでそれほど
間もない、セリアの姿があった。当時の彼女はまだ軍に入った事もない、ただ多少気の強い所
はあったが、ただの若い女でしか無かった。
そんな彼女を見舞いにやってくる、長身の男、ボブ・デイビスは『ジュール連邦』の移民である
らしく、その堀の深い濃い顔立ちが特徴的だった。
「やあ、セリア。調子はどうかな?」
ボブはそのようにセリアに言って来た。相変わらず『ジュール連邦』側の訛りが強い。この静
戦の時代では東側の国の人間というだけで、敵対意識を持たれてしまうものなのだが、ボブは
自分の訛りを隠そうともしていなかった。
「ええ、わたしは平気よ。見て。この通り元気な子供が産まれてくれて」
そう言ってセリアは強がって、ボブに向かって自分が産んだばかりの幼子を見せるのだっ
た。
この子を幸せに育ててあげよう。セリアはその意思で一杯だった。他に望むようなものはな
い。ただ、できればボブも一緒にこの子を育ててくれる事を考えてくれれば良いのだが。そのよ
うに思っていた。
結婚さえ、セリアは考えていた。結婚さえしてしまえば、あとは大学を辞めてしまっても良いと
思っているくらいだったのだ。
「そうか、それは良かった」
ボブはそのように言って、まだ生まれたばかりの赤子、自分の娘に触れて来ていた。
「実はセリア。君に話したい事があるんだ」
セリアに顔を近づけて来て、ボブはそのように言いかける。一体、どんな申し出だろう。もしか
したらこれを機に結婚の申し出をしてくれるのではないか、セリアはそう思った。
だが、そんなセリアの期待は打ち砕かれた。ボブにはセリアの知らない顔があった。セリアは
あまりにも若すぎ、ボブの本性を知る事は無かった。
「残念なのだがね。君とはこれでお別れだ」
そう言ってボブが取りだしたのは拳銃だった。セリアはボブが何を取り出したのか、それさえ
も分からないままだった。
銃が火を吹き、セリアは意識を失った。どこか遠くで、赤ん坊の泣く声だけは聴こえて来てい
た。意識は消え去り、彼女は何が起こったのかという事さえ分からなかった。ただ落ちゆく意識
の中で、どこかへと行ってしまうわが子を手離さまいと、全力で手を伸ばしていたと言う事だけ
は分かる。
だが無情にも、彼女の子供はいなくなってしまった。セリアが名前を付けるよりも前に、ボブ
が彼女を持ち去ってしまったのである。
次にセリアが意識を取り戻した時は、全てが無くなっていた。病院の集中治療室の中で目覚
めた彼女は、我が子が行方不明になっているという事を知った。
そしてセリアに接近してきたボブという男は、現在、指名手配をされているという事だが、その
素性も不明であり、身分も偽りのものであるという事を知らされるのだった。
ボブという男は実在せず、あの男は我が子と一緒に消え去ってしまった。
セリアがその現実を理解するまでは長い時間がかかった。病院のベッドの上にいる彼女は、
ずっと茫然としたままであり、見舞いに来た両親ともまともに会話をする事ができないでいた。
全てはあのボブという男を信用したがばかりに。セリアにやがてやってきたのは、我が子を
失ったと言う悲しみだけではなく、怒りが大きく占めていた。
セリアはボブを呪い、地の果てまで追いかけていき、我が子を取り戻してやろう。その意志を
硬く持っていた。
彼女はやがて大学に復学し、その後に軍に入隊した。
それは全て我が子を取り戻すためだ。ボブは『ジュール連邦』側の人間であるという事は分
かっていたから、何らかの形で彼の所在を突き止める事ができると思っていたのだ。
しかし何年たっても、セリアはボブの所在を突き止める事はできないでいた。彼は完璧に姿
をくらましていた。セリア自身も、本当に自分が子供を産んだのか、その事さえも忘れそうにな
ってくるくらい、長い年月が経った。
ただ彼女の体には確かに刻まれている。あのボブが残した忌まわしき傷跡、そして明確な心
の傷跡が彼女の中には残された。
今でもセリアは我が子を探している。そしてボブという男と、ベロボグ・チェルノという男が重な
った今では、セリアの意志は明確なものとなっていた。
「何を言っているのよ、こいつらは?」
セリアは目の前で展開されているジュール語の言葉を、理解する事ができないでいた。
ビルのホールには武装した者達がいる。そしてそこには地下でも見たロボット達がいた。
ここはどこかのビルのホールだ。地下道を抜けてどうやら別のビルまでやって来たらしい。リ
ー、そしてタカフミはそれぞれ銃を構えながら、ベロボグの部下らしき者達と対峙している。
「セリア。気にするな。隙を見せるなよ」
そのようにリーは言うのだったが、
「いいえ、はぐらかさないで。今、あなた達は何と言ったの?ちゃんと答えなさい」
セリアの言い放ったタレス語がホールの中に響き渡る。
すると、赤毛で片目を隠し、ショットガンを担いだ少女が、セリアの目の前までやって来て言っ
た。
「あなたの娘にちゃんと再会の挨拶を言いなさいよ、アリエルのお母さん?」
訛りの強いタレス語だったが、セリアはそれを理解する事が出来た。
「何を、言っているのよ。あなたは?」
セリアはその娘にそう言ったが、彼女は少しにやりとするだけで、セリア達に背を向けて仲間
たちの方へと向かった。
シャーリが突然現れた者達からこちらへと戻ってくる。彼女は後ろから銃を向けられていると
言うのに、悠々とした態度でこちらへと戻って来るのだった。
「シャーリ。これは一体?」
アリエルはまだこの場の状況を理解する事ができていなかった。シャーリは今、向こうにいる
人達の女の人の一人に対して何と言っただろうか。母といったはずだ。向こうにいるブロンドの
女性が母だと、アリエルに言ったのだ。
「言ったとおりでしょう。あなたのママが、わざわざこの国まで会いに来てくれたのよ、再会を喜
びなさい」
シャーリはそう言って、アリエルの肩に手を乗せた。
「そ、そんな事言われたって。それは本気なの?」
アリエルは戸惑う。そんな事を今、突然言われたとしても理解する事なんてできない。
「おい!お前達。その『レッド・メモリアル』をこっちに渡してもらおうか!」
エレベーターの方から青いスーツを着た男、あのリーと名乗った男が、銃を突き出しながら迫
ってきた。エレベーターの方からゆっくりと、こちらへやって来る者達の姿がある。
「そんな事を言える立場だと思う?」
シャーリはそう呟いた。
4人しかいないエレベーターに乗ってきた者達は、武器を持っていたものの、シャーリが引き
連れている、レーシー、武装した部下達、そしてロボット達に敵うとでも思っているのだろうか。
「いいや、それを手に入れるためには私達も必死なのでな」
そう言って、リー、そして仲間のタカフミがそれぞれ銃を突き出してこちら側へとやってくる。
銃はアリエルの方向にも向けられているから、彼女はそれに思わず後ずさりをしようとしてし
まった。
リーの動きは速かった。そう言えば、彼も能力者だった。素早い動きでマシンガンを向けよう
としてきたシャーリの部下達に向けて銃を発砲して、自分は彼らが発射した銃弾を避け切っ
た。
そして、タカフミという男の方も素早く、マシンガンの銃弾を避け切って、自分の方が銃を抜い
て倒した。
彼ら男達二人が、『レッド・メモリアル』を持った男達の方へと迫ってくる。
だがその前にレーシーが立ちふさがった。
「これ以上先にはいかせない」
レーシーはそのように言って、自分の両脇にロボット兵達を呼び寄せた。ロボット兵はレーシ
ーの脳内に埋め込まれている『レッド・メモリアル』を通じて、彼女が自在に操る事ができる。
二台の大型のロボット兵を前にして、リー達も怯んだ。いくらテロリスト達を倒す事はできよう
と、このロボット兵を前にしては『能力者』でも敵わないのだろう。
「お父様の邪魔はさせないよ」
レーシーはそのように言った。それに向かってリーが顔をしかめる。
(ベロボグめ。やはり自分の娘を使って人体実験をしていたようだな)
タレス語でそのように言ったリーは、手に持っていた、携帯端末のようなものをロボット兵達
の方へと向けようとする。
その時だった。
「リー・トルーマン君!そこまでだ。私の娘達に干渉しないでもらおう!」
突然、声が響き渡る。そしてアリエル達の後ろ、ビルの表玄関の扉が開かれて、そこから姿
を現す者がいた。
大柄な姿をしたその影。アリエルは彼の登場に驚かされたが、そこに現れたのは、自分の
父、ベロボグ・チェルノだった。
彼は堂々とした姿で、対峙している者達の間へと割り入ってくる。彼は一体どのようにしてこ
の場所までやってきたのだろうか。アリエルがバイクでこの地まで来た時は、100km以上の
距離があったが、父はそれよりも速いスピードでこの《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にまで
やって来ていたという事だ。
「お出ましと言うわけか。お前自らがここにやってくるとはな」
そのように声を発したのはタカフミだった。彼は依然として銃を向けたまま、警戒心を解こうと
しない。
「皆、銃を下ろせ。どうやら、お互いに確執があるようだ」
父はそのようにその場にいる者達へと言い放った。だが、皆、なかなか銃を下ろそうとはしな
い。
「皆、銃を下ろすんだ。今は我々が争っているという場合ではないのだ」
ベロボグがそのように言うと、その場にいる者達は、シャーリ達も含めて皆、銃を下ろし始め
た。張りつめていた緊張感は変わらなかったが、まるでベロボグによって威圧されてしまったか
のように、皆が武器を下ろす。
しかしその中でも、リーやタカフミ達は武器を下ろそうとはしなかった。
「我々は銃を下ろさないぞ、ベロボグ」
リーがそのように言った。
「そうか。それは残念だ。だが、君達組織は何かを誤解している。よもや、この私が世界征服
などという俗事のために、あの『レッド・メモリアル』を入手しようとしていた。そのようにでも思っ
ているのかね?」
父はそう言って、彼らの元へと近づいていく。その距離はかなり近い場所にまで接近してい
た。リー達は武器を彼へと向ける。しかしながら、父はどんどん彼らの元へと接近した。
「戦争を始めやがった奴がよく言うぜ」
タカフミはそう言うのだが、
「それは違う。戦争を始めたのは、『WNUA』と『ジュール連邦』の両国であって、私には関係の
無い事だ。私の目的は『レッド・メモリアル』にある」
リーとタカフミの目の前に立ちふさがった父は堂々とそう言った。
「それを使って、何をするつもりなんだ?貴様は?おっと、それ以上近づくな。発砲する」
リーはそう言った。だが父ベロボグは、何のためらいもなく、彼に向かって一歩踏み出す。直
後、銃声が鳴り響き、ベロボグは少し怯んだようだった。
だが、父は倒れる事は無かった。いつの間にか、彼の背中からは金属で出来た巨大な翼の
ようなものが出来あがっており、それが体を包み込むようにして防御したのだ。
リーは、更に何発も銃弾を父へと撃ち込んでいく。だが、銃弾はその巨大な翼によって防が
れ、全く効果が無かった。
「自分の『能力』を使って神にでもなったつもりか!」
そう言って、タカフミもベロボグに銃弾を向けたが無駄だった。銃弾はその翼によってことごと
く弾かれてしまう。
シャーリと、その部下達は目の前で展開されている光景に、唖然として見ていた。アリエル
も、父が目の前で見せた姿は驚くべきものだった。
そもそも、父がこのような『能力』を使う事ができるという事など、アリエルは知らなかった。そ
の姿は、まさに巨大な翼を持った天使、そして神にも似た姿の様に思えた。
そしてその前では、銃弾を発砲するリーやタカフミなどは、愚かな存在にしか見えないような
姿でさえあった。
「もう、休みたまえ」
父はそのように言って、背中から映えた巨大な金属の翼を広げると、それでリーとタカフミを
覆った。
父が翼を再び開いた時には、リーとタカフミの体はそのまま崩れるようにして倒れるのだっ
た。
父はその背中から映えた翼を広げたまま倒れた彼らに向かって言った。
「元の同志として、悪いようにはせん。彼らを連れていくのだ」
ベロボグはそのように自分の部下達に言った。
彼らは驚いたかのようにその場に立ちつくしていたが、すぐにはっとしたように行動を移し始
めた。
「セリアよ、あと、君の名前は知らないが、君達はどうするのだね?抵抗をするのか?」
ベロボグはそう言って、エレベーターでやってきた残り二人の女達に向かって言った。
セリアと呼ばれた金髪の女性は、ベロボグの前に立ったまま、不動の姿勢だったが、もう一
人、レッド系の眼鏡をかけた女性は恐れをなしたかのように床に座り込んでしまっている。
「ベロボグ・チェルノ。あんたには、話なんかじゃあ済まされないほど事がある。決してあなたを
許すわけにはいかないわ」
セリアはそのように言って、ベロボグに向けて手袋をはめた拳を向けるのだった。だが彼は、
「セリアよ。自分の娘の前でそのような事をするのか?君が捜し求めていたのは自分の娘なん
だろう?彼女は、ほら、そこにいるぞ」
そう言って父はアリエルの方を指さしてきた。
「何を、言っているのよ」
セリアはまだ怒りの表情をしたままだった。
「ほら、あそこにいる娘が、君の娘だ。私もつい先日、再会したばかりだがね」
父はそう言ってアリエルの方を指さすのだった。そして、たった今、倒されたリーとタカフミは
部下達にまかせて、自分はその背中の翼をしまい、アリエルの方へと近づいてくる。
父はアリエルのすぐそばまでやってくると、今度はセリアと呼んでいた女性の方を指さして言
うのだった。
「ほら、見たまえアリエル。あれが君の母であるセリア・ルーウェンスだ。じっくりと話をしてあげ
なさい」
父はそのように言ってくるが、アリエルにとってそれは理解しがたい事だった。
何が起きているのか、それさえもアリエルには戸惑いの連続だった。
タレス公国 プロタゴラス 緊急対策本部
『タレス公国』の《プロタゴラス》では戦時中とだけあり、首都には戒厳令が敷かれており、更
に軍部による緊急対策本部が敷かれていた。
東側の国との戦争は『WNUA』によって、圧倒的に有利な形によって進められてはいたもの
の、いつ、何時に彼らからの反撃があるか分からない。そのため、首都の厳戒態勢が解除さ
れる事は無かった。
カリスト大統領は、戦争を有利に進められているという事にはひとまずの安心感を抱いては
いたものの、そのどこかにある不安を隠す事はできないでいた。
『ジュール連邦』に潜ませている諜報員からの連絡によれば、国会議事堂が占拠されている
事件が発生していると言う。そしてその国会議事堂を占拠したのは、ベロボグ・チェルノの部下
達。
更に彼らによって、ヤーノフが処刑された。最高指導者を失った『ジュール連邦』が混乱に陥
り、それによって、戦争が圧倒的優勢になるのは歓迎すべき事なのだろうか。
あの東側の支配者が処刑される有様は、ネット中継によって世界中に放映されるものとなっ
た。国内の規制が追い付かず、多くの国民もあの処刑の瞬間は目撃した事だろう。
もちろんカリスト大統領も、あのヤーノフの最期の姿は目撃した。どうやら政権内にはあの処
刑劇を歓迎さえしているような者もいるようだったが、カリストは素直にそのように思う事はでき
なかった。
それは、ヤーノフをやすやすと処刑できる、新たな勢力が『ジュール連邦』内に存在できる事
を意味しているのだからだ。
「大統領」
カリストの元に、首席補佐官が現れて彼を呼んだ。
「ああ、分かっているよ」
カリストはそう言っていたが、目線はコンピュータの光学画面の方に目を向けていた。
その光学画面には大きく『ジュール連邦』の姿が映されている。
「今すぐにでも、《ボルベルブイリ》への攻撃をする事ができますが」
首席補佐官がそのように言いかける。
「心配事は幾つもある。ヤーノフが倒れた今、我々の戦争の相手は一体、誰なのだろうかとい
う事がな」
そのようにカリストは答えた。
「恐らく、それはベロボグ・チェルノ率いる組織なのではないかと。ヤーノフを倒した彼は、自分
自らが、『ジュール連邦』に新たな王国を築きあげると言う宣言をしました。それはクーデターに
他ならない事でしょう」
「それについても分かっている」
カリストはそう言ったが、目線は光学画面の方に向けられたままだった。
「潜入させている諜報員からの情報によって、ベロボグ・チェルノは、《イースト・ボルベルブイ
リ・シティ》の2つのビルを所有している事が分かりました。恐らくそこを本拠地にして行動して
いるのではないかと思われます。
まず我々が攻撃をするのはそこになります」
そのように補佐官は言って来た。
ここで自分が命令を下す事によって、いよいよ首都攻撃が開始される事になる。果たして攻
撃をする相手が不確定なまま、攻撃命令を下してしまって良いのか。
重大な決断を前にして、カリストは戸惑う。
「『WNUA』の同盟国の代表方もおっしゃっています。このまま、攻撃をすべきだと。敵がどの
ような存在であるにせよ、《ボルベルブイリ》を攻撃する事によって、その力を大きく削ぐ事がで
きるはずです」
だが戸惑っているにせよ、カリストの決断はすでに決まっていた。いや、決断しなければなら
ないだろう。
「命令を下す」
そのようにカリストは言って、執務室の椅子から立ち上がった。
「ただちに、《ボルベルブイリ》を攻撃せよと、前線部隊に命令せよ」
彼のその決断が果たして正しいものかどうかは、今のカリストにとっても分からない事であっ
た。
やがて、カリストの執務室に大きく映し出された画面には、《ボルベルブイリ》市街地上空へと
向かう爆撃機の姿が映し出され始めていた。
これによって、また戦争が大きく動く。
すでに丸一日が経過をしていて、外界の情報からは完全に遮断されてしまっている。そのよ
うな中、セルゲイ・ストロフは、この状況から果たしてどのように脱するか、その事ばかりを考え
ていた。
テロリスト達は宣言をしたばかりだ。つい先ほど、『ジュール連邦』の最高指揮官であるヤーノ
フを処刑したところであると。
その言葉に、地下シェルター内で拘束されている議員達に動揺が走った。特に、ヤーノフの
政策に同調している、社会主義急進派の議員達は、自分達の末路がやって来た事を嘆いてい
た。
ヤーノフ亡くしては、この社会主義の体制を成り立たせる事などできない。もはや『ジュール
連邦』が解体しようとしている事は目に見えていた。
ストロフも、自分達の国の内情が分かっていなかった訳ではない。しかしだからこそ、国に壊
滅的な被害をもたらすような出来事を抑えたかったのだ。今、テロリスト達の手によって人質に
されたストロフは、すぐそばで、国の最高指導者が処刑されるのを、黙って見ている事しかでき
ないという、またしても苦い思いをしていなければならなかった。
奴らを前にして、何もする事ができない自分がふがいない存在のように思えてくる。
だが、小一時間ほど前、丁度、ヤーノフが処刑されたという話が聞かされる直前ごろから、ス
トロフは、テロリスト達の動きが段々騒がしくなり、明らかにこの国会議事堂地下を占拠してい
る者達の数が減っている事に気がついていた。
やがて、サンデンスキー議員が、人質達が集められているホールへと連れ戻されてくる。彼
はあたかも何日も荒野に放り出されていたかのような、そのような憔悴しきった表情をしてい
た。
「サンデンスキー議員。大丈夫ですか?」
ストロフは動ける範囲で動き、人質達の元に連れ戻された彼に言った。
「ああ、何とかな。だが、もう少しで殺されるところだったよ」
息も絶え絶えと言った様子で、サンデンスキーはそのようにストロフに尋ねた。ストロフは周
囲を見回す。ここ1週間程度の間に、2度も同じ組織の人質にされるとはストロフにとっても、た
まったものではない。
議員達もこの地下施設にいる役員達もそろそろ限界が近づいてきているようだった。丸一日
中も銃を向けられたままでいる彼らは、すぐにでもこの状況から解放されたがっている。
「ストロフ君。君に伝えておく」
サンデンスキーが、テロリスト達には聴こえないような小声で、ストロフに言って来た。
「何ですか、議員?」
「このテロリスト達の目的は別にある。我々人質を使って、彼らは外で、恐らく《ボルベルブイ
リ》内部にある何かを入手しようとしているのだ。恐らく奴らがそれを入手したから、私は殺され
なかった」
サンデンスキーはそのように述べた。この国会議事堂を占拠して、ヤーノフを処刑する事が
目的では無かったのか。
「何を入手しようとしていたのです?」
ストロフは尋ねる。
「そこまでは言えないが、君に連れて来てもらった、あのリーと、タカフミという男達もそれを入
手したがっている。だが、それがテロリスト側に渡ってしまったのだ。だから私はこうして生きて
いる」
サンデンスキーの告白に、ストロフは思わず身を乗り出した。
「それは、一体何なのです?いいかげんに教えてください。この国は最高指導者も失い、もは
や崩壊の危機に直面している!あなたは一体何を隠しているのですか?」
そこにテロリストの一人がやってきて、ストロフへと銃を向けた。
「おいお前!大人しくしていろ」
ストロフはそのように言われたが、攻撃的な視線をテロリストの方へと向けた。
「お前達がそうしていられるのも、今のうちだけだ」
そのように言ったものの、武器も取り上げられていては、ストロフも何もする事はできなかっ
た。奴らにこの場で殺されてしまうのは、ストロフにとっても不甲斐なかったが、いつまでも言い
なりになっているつもりはない。
外にいるはずの突入部隊は一体何をしている。一日以上も拘束状態が続いていて、彼らは
全く何もできない状態にあるのか?
何度もストロフは思っていた事を、苦虫をかみしめる思いで再び思う。
だがその時、突然、地下の避難施設に動きがあった。どこからか、足音が聞こえてくるような
ものが聞こえて来たのである。
これが何かの前触れであると、ストロフは思わず身構えていた。
イースト・ボルベルブイリ・シティ
5:22P.M.
セリアとフェイリンは、ベロボグの部下達によって、誰もいないひっそりとしたビルの仲を移動
させられていた。
気絶させられたリーとタカフミからは引き離され、エレベーターに乗せられ、このビルの中でも
高い階。25階まで移動させられる。そのエレベーターには、ベロボグ、赤毛の少女二人も一緒
だった。
やがてセリア達は連れられるがままに、ビルのだだっ広い一室に連れて来られる。どうやら
外観はできているが、内装は建設中のビルであるらしく、ところどころの壁や天井が剥き出し
になっていて、塗装の匂いも漂っていた。
セリアはこのような場所に自分達を連れ込んで、一体何をするのだろうと、ベロボグの方に
警戒を払う。このまま抵抗すべきだろうか。それとも彼に従うべきだろうか。
今の状況を今だに掴む事ができないセリアは、無駄な抵抗はする事をせず、今はベロボグ
達に従ってみることにした。とりあえずベロボグは、リーやタカフミという男を除いて、自分達に
危害を加えるつもりは無いらしい。
「こんな所に、わたし達を連れ込んで、一体何をしようって言うの?」
セリアは、だだっ広いフロアの真中に立ち、ベロボグに向かって尋ねる。
「久しぶりに自分の娘に会えたのだ。話す事は沢山あるだろう?」
ベロボグはそのように言って、赤く髪を染めた少女をセリアの前に立たせた。彼はさっき、こ
の娘が、自分の生き別れになった娘だと言って来たが、果たして本当なのだろうか。セリアは
まだ疑っていた。
「わたしはあなたを信用していないわ。ベロボグ・チェルノ。あなたは私の娘を奪った。ボブなん
ていう名前を使って、わたしに近づいてきたあなたが、本物のわたしの娘と会わせてくれるなん
てとても思えない」
セリアは疑いもたっぷりにベロボグに向かって言い放つ。だがベロボグは表情を変えなかっ
た。
「それには目的があったからだ。君の娘を使って非常に重要な仕事をしなければならなかっ
た。今では彼女も、その仕事の重大さを知っている」
そう言って、ベロボグは少女の両肩に手を乗せた。セリアの娘だと言うその少女は何だか戸
惑った様子だった。
「その言葉。あなた達が気絶させたリー達も似たような事を言っていたわよ。仕事だの、任務だ
のって言って、上手い具合に事をはぐらかす。あなた達の得意技じゃあないの。この国の総書
記を処刑してまでやりたい仕事って何よ?」
セリアが言うと、ベロボグはすぐに答えてきた。
「それは、新しい国をこの地から作り出す事だ。そのためには、旧体制は滅びなければならな
い。そして優越した人種が必要だ。私はそれは『能力者』であると思っている。そして、新時代
の技術が必要だ」
そう言えば同じような事をリーも言っていた事をセリアは思い出す。ベロボグはその目的の為
に動いていると言っていた。
「で、わたしの娘を奪い取って、駒にして使っていると言うわけ?」
あくまでセリアは攻撃的にベロボグに向かって言い放つ。だが、ベロボグはセリアがそのよう
な態度を取る事など、すでに予期しているかのように言ってくる。
「駒などではない。決して私は自分の娘達を駒などとして使った覚えは無い。彼女達はこの国
においても裕福な生活をしていた。君の娘のアリエルも、学校に通い、教育を受け、人格者の
母の下で育ってきた。
だからこうして君と引き合わせた。本来ならばもっと早く君に会わせるべきだったとも思ってい
るよ」
ベロボグはそのように言って、セリアのすぐ前にアリエルと言う名の少女を立たせる。
「その子が、本当にわたしの娘だって言う、保証はあるの?」
セリアは自分でも動揺している自分に気がついていた。このような場で、自分の娘と出会う事
になるなんて思ってもいなかった。いや、まだベロボグの事を信用しているわけではない。目の
前にいる少女が自分の娘であると信じたい。だが、信用しきれない。
「では、アリエルと良く話してみると良い。実の親子であるという波長のようなものが、君にも分
かるはずだ」
そのように言って、ベロボグはその場から後ずさった。
「どうするつもりなの?」
セリアはそう言ったが、
「二人きりで話す時間を与えてあげようというのだよ。セリアよ、君達には時間が必要なはず
だ」
父はそのように言って、アリエルから距離を離し始めた。アリエルは初めて出会った女性の
前に立たされ、一体自分がどうしたら良いのかという事も分からなかった。
父に言わせれば、この目の前にいる女性が自分の実の母親なのだという。だが、実の母親
に一度も会った事が無いアリエルは、本当に目の前の女性が自分の母親なのかと戸惑った。
「いいんですか、お父様?」
自分の後ろの方でシャーリが父にそのように言っている。
「ああ、いいんだ。どこにも行きはしないだろう。我々はこのフロアの外で待つ」
父が行ってしまう。シャーリ、レーシー、そして部下達と共に、このフロアから外へと出ていっ
た。
だだっ広いフロアに残されたのは、アリエルと、彼女の実の母親であるという女性、そしてそ
の女性についてきた、レッド系の眼鏡をかけた女性だけとなった。
「あのう、私…」
アリエルは思わずジュール語でそのように言った。
だが、相手の女性はよく理解できていないようである。無理もない。その金髪の女性は明ら
かに西側の世界の人間であったからだ。
(ごめんなさいね。あなたの言葉はわたしには良く分からないわ)
そのように『タレス語』で返してくる。だが、アリエルもまったくもってタレス語が理解できない訳
ではない。学校での語学の成績もそれなりに優秀だった。
「わ、私の名前はアリエルと言います。その、あなたが、私の父が言っていた、私の本当のお
母さんなんですか?」
学校で何とか習った程度の『タレス語』を使い、アリエルはたどたどしくそのように言った。発
音も文法も荒削りなものだったかもしれないが、相手の女性には理解してもらう事ができただ
ろうか。
「なるほど、言葉はある程度できるみたいね。だったら良かった。それで、あなたは、あのベロ
ボグ・チェルノが本当に自分の父親だと思っているの。その証拠もあるの?」
疑り深く相手の女性は言って来た。
「でも、セリア。この娘は、あなたが見せてもらった、あなたの本当の娘さんの今の写真そのも
のじゃあないの」
彼女の名を呼んだ背後にいた女性がそのように言っていた。セリア。それが自分の本当の
母親の名前なのか。アリエルは改めてそれを確認する。
「ええ、でもね。この子を、私の娘だと思って騙そうと思えば、いくらでも騙す事ができるのよ」
セリアはそう言ってくる。上手く意味を掴めないアリエルだったが、おそらくそれは、まだ自分
が本当の娘だと言う事を、この女性は疑っているのだろうという事だった。
「でも、そんな事をわざわざする意味なんてあるの?」
眼鏡をかけたレッド系の女性はそう言った。
「とにかく、ベロボグの事は信用できないのよ。あなたが本当にわたしの娘だったら聞かされた
はずよ。ベロボグの奴がどうやって、あなたをわたしの手から奪ったかという事をね」
セリアは堂々とそのようにアリエルに言い放つ。
「いえ、ただ私の父は、自分が父であり、あなたが母であるという事を名乗っただけです」
アリエルは戸惑ったままそう答えた。
「ほら、ごらんなさい。本当にあなたは、わたしの娘なのかしらね?そして、ここで偶然出会っ
た?でき過ぎじゃあないの」
戸惑うアリエルをしり目に、セリアはどんどん言葉を進める。どうしたら良いのかはアリエルに
も分からない。
このセリアという女性が自分の本当の母であると言うのならば、それを信じたい。だが目の前
の彼女はあくまでもそれを否定しようとしている。
セリアという女性は金髪の髪を長くしており、顔立ちもアリエルよりもずっと大人びている。ア
リエルの母と言うには少し若すぎるかもしれない。
アリエルの今は染めているが髪の本来の色は黒髪であり、目の前の女性は明らかな金髪を
していた。だが瞳の色は同じ。もしかしたら、母親かもしれない。
アリエルも、完全なジュール人ではないという事になる。だが、ジュール人自体が多民族国家
だったから、アリエルもそんな事を気にした事も無かった。目の前の女性がアリエルの母親で
あるならば、アリエルは半分は『タレス公国』の血が入っている事になるのか。
「その子、戸惑っているよ、セリア」
眼鏡の女性がそのように言った。
「多分、ベロボグに無理矢理ここに連れてこられたんでしょう。それで、私が本当のお母さんだ
っていうように思い込まされているのかもしれない」
「そんなこと、言わないで下さい」
アリエルは精いっぱいのタレス語を使って、セリアに向かってそう言った。
「あなたは、ベロボグの奴について、どれくらいの事を知っているの?」
セリアが話を変えてきた。だが、アリエルはまた戸惑ってしまう。何しろ彼はつい数日前に出
会ったばかりだ。最初は自分の父はテロリストだと思ってさえいた。だが、今は彼も大義のた
めに動いており、自分を必要としている事が分かっている。
「父は、何かをしようとしています。それはとても大切な事だと私は教えられました。世界を変え
る事ができる、そして不幸な子供達を救う事ができる大義なのだと言っていました。実際に私
も、父が病気の子供達の施設を作っているのを見ました。
私は、父がテロリストとして活動しているのを見てはいません。ですから、自分の父がテロリ
ストとは思えないんです。ただ、あなた達がそのように誤解しているだけのようにしか思えない
んです」
アリエルは言葉を並べる。それだけでも彼女にとっては難義だった。でも、相手の女性には
父の事をしっかりと伝えておきたかったのだ。
「そうする事が、ベロボグの作戦なのよ。あなた、あいつの部下が、わたし達の国で何をしでか
したか知らないのね。戦争の事くらいは知っているでしょう?それを引き起こしたのは、まさに
ベロボグの奴の仕業なのよ」
セリアはそう言ってくる。だが、アリエルにはまだ納得する事ができないでいた。
納得はできなくてもいい。今、この女性が自分の母親であると言う事を認めてくれなくてもい
い。だがアリエルは、この女性が自分の母親であると信じていたかった。
セリアはどんな思いでアリエルの事を見ているのだろう。アリエルには伺い知れない事だっ
た。
時間はゆっくりと過ぎていっているようだった。この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の高層
ビルの上層階では、外からの音がかき消されていて、まるで外界から隔離されてしまったかの
ようである。
セリアはそんな状況にいながらにして、出会ったばかりの少女と対面していた。やはりこの少
女を、自分の本当の娘だと信じて良いのか、セリアにはそれが分からないでいた。
軍役にまた就いている以上、全ての出来事には警戒心を払わなければならない。この少女
だって、自分の娘だと信じられるものか。何しろ、ベロボグによってこの場所へと連れて来られ
たのだから。ベロボグはテロリストであり、セリアにとっては敵でしかなかった。
そしてかつて自分から我が子を奪い取った男であり、国にとっての敵である以上に、自分の
人生にとっても大きな敵であったのだ。
そんな男の言う事など信用する事ができるだろうか。
この娘が自分の本当の娘であるという事など、信じてはならない。ベロボグはまた自分を使っ
て、騙そうとしているに違いない。
セリアはそのように自分に言い聞かせ、目の前の少女に向かってさらに口を開いた。
「あなたを、ここに連れてきた、ベロボグという男は信用できない。それだけは言っておくわ」
それがセリアの出していた結論だった。
「私の養母も同じ事を言っていました」
「だったら、あなたの育てのお母さんの言う事の方が正しいわね。あなたとわたしはあくまで他
人同士よ」
きっぱりとセリアは言う。いい加減、この状況に置かされているのも、彼女にとっては嫌にな
ってきていた。
何かしら、ベロボグには目的があるのだろう。その目的の為に、またしてもセリアは利用され
ようとしている。そのような事など、彼女にとってはもはやごめんだった。
「でも私は、あなたの事を本当の母親だと信じたい」
目の前の少女、アリエルはセリアにそう言って来た。その言葉は、セリアを引き留めさせる。
「わたしだって、そのように信じたいわ」
そうだ。セリアとこの少女の想いは今、同じになっているのだ。お互いに、本当の親子だとい
うように思いたがっている。しかしながらそこにベロボグという存在が立ちはだかる。彼がいる
からこそ、お互いに信用する事ができないでいるのだ。
「こんな事は、早く終わりにしたいものね」
セリアはそう言って椅子から立ち上がった。自分でもかなり冷たい言葉であったように思う。
しかしそう答えるのもこのアリエルのためだろう。彼女だって、騙されてここに来ているようなも
のなのだ。
だったら、それを目覚めさせてやる必要があるだろう。
セリアは立ち上がって、フロアの端の方にいるベロボグの方へと向かっていく。どんどんと足
早に。そして、まるで彼に立ち向かっていくかのような姿で。
「もう話は良いのか?」
部下に囲まれているベロボグはそのようにセリアに言って来た。
「ええ、終わったわよ。お互いにあなたには騙されない。親子だって言う作り話も信用しないこと
で決まったわ」
堂々たる声でセリアはそのように言った。だがベロボグは、
「私は作り話など何もしていない」
と、セリアに言うのだった。
「そうかしら?あなたが今までにしてきた事を考えれば、作り話をしたとしても不思議ではない
はずよ」
セリアはそのように言うが、
「いや、嘘などは私は何もついていない。私を警戒しようとする君の気持ちも分からなくはない
が、とにかく話を聞いてほしい」
ベロボグはセリアを引きとめようとする。しかしながらセリアは、そんなベロボグの手を振り払
った。
「あなたとわたしは敵同士。確かに、わたし達の間には子供がいたのかもしれない。でも、今と
なってはそんな事はもはやどうでもいい事になってしまったのよ。わたしの目的は、敵であるあ
なたの身柄を確保する事にある」
セリアはベロボグの前に立ちふさがってそのように言った。
思わずベロボグの周囲にいる者達は警戒心を強めるが、
「本当か、セリア。本当に君はそのように思っているのか?」
「ええ、その通り」
セリアは周囲をテロリスト達に囲まれている状況ではあったが、変わらず堂々とした姿を見せ
つける。
(お父様。この女に構っていても仕方がありません。ここは早く撤収しましょう)
ベロボグの娘であると言う赤毛の少女が、ベロボグにそう言った。
(いや、いいのだ。セリアも我々の元へと連れていく。計画のためには彼女の存在も必要にな
ってくる)
ベロボグはそのように答えた。
「連れていく?今、そう言ったの?私は誰のところにも連れていかれないわよ」
セリアはベロボグの前で身構える。
「セリア。君にはまだ時間が足りないのだ。時間をかけて、アリエル、つまり君の娘と話し合え
ば、本当の親子だと言う事を理解する事ができるはずだ」
言い聞かせるかのようにベロボグはそのように言葉を並べてきた。だが、セリアにとってはベ
ロボグの全てを信用する事ができないでいた。この男は大罪を犯したテロリスト。国家の敵、そ
して自分の娘を奪い去った憎き相手。
その男の一体どこを信用する事ができるというのか。
「遠慮しておくわ。ベロボグ。どうせ、あなたはいずれ『タレス公国』側によって逮捕される。戦争
の状況を見ていれば分かるわよね。あなたの味方は他にどこにもいない。観念した方が良い
ようね」
セリアはそのようにベロボグに忠告する。この場で、セリア一人でベロボグ達を確保する事は
できないだろう。
だからそれは『タレス公国軍』に任せるようにしよう。
もうセリアの目的はだんだんと叶って来ていた。今はもう、ベロボグを逮捕するだけでよい。
幽霊のような存在になってしまった自分の娘を探そうとしても、結局は騙されていくだけだ。
そう思ってセリアは、アリエルという名の少女を振り向いた。彼女はこちらを切実な目で見つ
めて来ている。
そのような目で見ないでくれ。セリアは思ったが、アリエルはその瞳でセリアをじっと見つめて
来ている。
自分が18歳の頃はどのようなものだったか。やはりまだ母親に甘え、愚かな事もする、子供
でしか無かった。そして自分はその18歳の時に、自分の娘を産んだ。
何とかして、自分の娘だと彼女の存在を確かめる方法はないだろうか。セリアはそのように
思ったが、そんな上手い方法があるとも思えなかった。
「もう少し、話をしていると良い。まだ会って間もないのだ」
ベロボグはそう言って、セリアを促す。彼にそう言われるのは、どことなく命令されている気が
してセリアには不愉快な思いだった。
セリアはゆっくりと今まで話していた少女の元へと戻っていく。そして、彼女ともう少し話をして
見ようと思った。それはベロボグに押し付けられた意志ではなく、自らがそのように思い、行動
しようと思った意志だった。
その時、突然、ベロボグのすぐ横にいた、また幼い娘が突然声を上げた。
(お父様。今、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》に向けて攻撃命令が下されました!『WN
UA』の爆撃機がまっすぐこちらに向かって来ています!)
セリアは彼女の言葉を上手く理解する事はできなかったが、彼女の口調から危機感というも
のを読みとる事はできた。
(いよいよやって来たか。この建物は危険だ。恐らく『WNUA』側もこの建物をマークしているだ
ろうからな)
ベロボグは自分の部下達に向かってそのように言う。
「何よ、一体、何が起こったって言うの!」
セリアは声を上げた。
「『WNUA』軍の爆撃機がここに向かって来ている。一気に首都制圧へと乗りだそうとしている
のだろう。セリアよ。この建物は危険だ。すぐに逃れるしかない!」
ベロボグは鬼気迫ったような表情でセリアの方を向いてきている。それは嘘などではない、本
当の事だろう。
「どこへ逃げると言うのよ!」
セリアはそう言うのだが、
「このビルの地下から逃れる事ができるようになっている。君はアリエルを連れて地下まで私と
一緒に来い!」
ベロボグのその言葉に、セリアは戸惑った様子の少女の方を見た。『WNUA』の爆撃機が来
ているというのならば仕方がない。この場は避難するしかないだろう。
セリアはライダースーツを着た、まだ自分の娘だと言う事を疑っている少女の手を取り、立ち
上がらせた。
「セリア…」
フェイリンが戸惑った様子でセリアに言ってくる。
すると、セリアは、アリエルという名の少女の手から、何か奇妙なものを感じ取った。それは
フェイリンの声も遠くに聞こえてくるくらい、自分を忘れさせる、何か奇妙な感覚だった。
どこか、遠い彼方で、これと似たような感覚を感じた事があるような気がする。セリアはそう思
うのだが、フェイリンに体をゆすられ、ようやく正気を取り戻した。
「セリア。ここは危険だって、早く逃げなきゃ」
フェイリンにそう言われ、セリアはアリエルの体を引っ張った。
「どうやら、危険が迫っているようだからね。あなたが、わたしの娘であるかどうかという話はま
た後にして、今は逃げるしかないようよ!」
「え、ええ、分かりました」
アリエルがセリアにそのように答えた時、
(お父様!ミサイルの一弾がこちらに向かって来ています!)
と、先程の幼い少女が声を上げる。
直後、どこからともなく空を一直線に突っ切る音が聞こえてきた。
それが、ミサイル攻撃だと分かった時はすでに遅く、セリア達のいるビルにそのミサイルが直
撃して、彼女らの体は吹き飛ばされるのだった。
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18年前に起こった、セリアのある出来事、そこから全ての悲劇は始まっていたのでした。そしてこのエピソードでまた、新たな悲劇が起きてしまうのです。