その日は、月の綺麗な……とても月の綺麗な夜だったんだ。
俺が住んでいる場所は、田園地帯の続く片田舎。
夜の22時には交差点の信号が点滅しているような所だ。
自然も多く、比較的澄んだ空気の中、夜空には満天の星空と月が……曇らなければよく見える。
しかしながら今日はいつも以上に夜空が美しく……そいて何よりとても大きく見える満月が、夜空の星星よりなお、美しく輝いていた。
自分自身は平凡な人間で、決して狼男という訳ではないのだが……、その月を見てなんとなく気分がよくなり、いつもなら車で5分かかるコンビニまで夜の散歩としゃれこんでみたのだ。
大きな都市とは違い、田舎のこの町は夜の遅い時間帯には余り車が通らず、精々長距離トラックが通るぐらいなもの。
街灯も数が少なく、心もとない灯りしかないものの、その分星々や月の輝きは余分に明るく見える。
街灯がなくとも道路がはっきりと見えるほどの夜空の下を、ようやくコンビニに到着する俺。
やや疲れた体に運動不足を感じつつ、自動ドアが開き、いらっしゃいませと響く、どこにでもあるコンビニ風景を眺めながら、ふと窓越しに見える月を見て、なんとなく月見酒としゃれこんでみようかとこの30過ぎのオッサンボディにピッタリのレモン缶チューハイと
悠々と満天の星空の下を歩きながら、自宅への道程を歩きつつ、俺は大きな満月を見上げながらビニール袋から缶チューハイを取り出した。
ー缶 炭 開 放ー
プルタブを起こし、プシュっという炭酸の音と共に缶を開け、俺は缶に口をつけながらごくごくと喉を鳴らしつつ、炭酸とアルコールが駆け抜けていく喉越しを楽しむ。
「ふ~~~~~! たまには月見酒もいいな!」
普段なら薄暗く、街灯も離れているために懐中電灯が必須なこの道も、今日はあの満月の輝きのおかげで大分明るく、道が分かるために躓くこともなくゆっくりと歩く。
歩道をほろ酔い加減で歩きながら月と進行方向を交互に眺めていたその時。
ー月 下 凛 然ー
何気に進行方向を確かめようと道路にふと目を向けた瞬間、どこから出てきたのか、猫がいた。
月明かりに照らされて、凛とした佇まいを見せる……非常に珍しい、真っ青で月明かりを跳ね返すような美しくいい毛並みを持った猫だった。
「お~……? 猫か、青って珍しいな。ほれ、チーカマいるか?」
ー路 上 胡 坐ー
俺自身、動物……特に猫が好きという事と、缶チューハイを飲んで少し酔っているせいか、目の前の猫に触りたいなあなどいう小さな欲望と思いつきで、ほとんど何にも考えずに歩道の縁石へと座り、ビニール袋を漁ってチーカマを取り出して袋を破り、ソーセージのようにビニールがついているチーカマをビニールごと食い破ってビニールを開いて剥き、目の前の猫が食べやすいように、また砂などがつかないようにとビニール袋を下に敷いてちぎって置いてみた。
青い猫は、そんな行動をした俺を警戒するかのように少し離れた位置から見守っていたが、俺が猫のほうへとビニール袋を押しやって少し離れると、やがて食い気に負けたのかビニールの傍に寄ってきて食べだした。
幸せそうに食べている猫の様子をみながら、(やっぱ猫っていいなあ)と満足げな気分になりつつも、ぼんやりと空を……月を眺めて缶チューハイを飲んでいた。
「今日はやけに月がでっかく……綺麗に見えるなあ、酔ってるせいかねえ」
そんな独り言をいいながら、独り言をいってしまった自分に苦笑しつつ猫を見ると、満足したのか顔を洗ってご機嫌な感じに見えた。
(……いい毛並みだなあ……)
ふさふさした青い毛並みを見て、猛烈に触りたくなった俺は……野良には見えないが、野良だと警戒されてなでれないかなあ、と内心思いつつも、猫にそっと近づいてその体を撫でてみた。
ー柔 軟 毛 触ー
一瞬、俺のほうを警戒するかのように見た猫ではあったが、俺に敵意がないと悟ったのか、別段撫でられることを気にする事もなく、俺にされるがままに撫でられていた。
(う~む……やっぱりいい毛並みだ。このもふもふ感が……! もふもふ……もふもふ……)
酔いのせいで若干テンションがおかしかったが、それでもこのもふもふ感はそれでも分かるほどの滑らかで柔らかい手触りであり、なるべく猫が不快にならないように、丁寧にブラッシングをかけるがごとく体を撫でる。
俺の撫で方が気持ちいいのか、気持ちよさそうな声をあげてながら喉を鳴らす猫に思わず微笑みながらも、俺は撫で続け─
そんな猫に癒されつつ、5分ぐらい撫でてもふもふを満喫していたところで、猫は俺の手をするりと離れると大きく伸びをして立ち上がった。
その仕草から察するに、どうやらそろそろご帰宅らしいと感じた俺は、猫を視線で追いつつ……なんとなく声をかける。
「お、帰るか? 車に気をつけるんだぞ~」
猫分をきっちり充電し、心が癒された俺も帰宅するために立ち上がり、先ほどチーカマを猫に与える為に敷いていたビニール袋を広いながら、去っていく猫に手を振った。
ー猫 鳴 美 声ー
俺の呼びかけを理解したのか、顔をこちらにむけて俺を一瞥しつつ、『ナァ~~~』という返事ともいえる泣き声をあげて、悠々と道路を横断し、俺の歩く歩道と逆側へと歩き去っていく猫。
人語を理解しているそぶりを見せ、返事を返す猫にさらにテンションをあげながら猫を見送りつつ、手を振るのに邪魔だからと地面においていた飲みかけの缶チューハイを拾って、猫に背を向けて再び缶チューハイを飲みながら自宅への帰路を歩き出そうとしたとき─
ー輪 鳴 暴 走ー
猫の向かった交差点、赤信号の点滅で一時停止のはずの信号を一時不停止&スピード無視の暴走車が、激しくタイヤを鳴らしながらカーブをしてきて、蛇行しつつ道路を爆走しながら道路を横断中の猫に迫っていた。
或いは……もしかしたら猫特有の条件反射でよけれたのかもしれないし、仮にぶつかりそうになったとしても、もしかしたら車の下のスペースにもぐりこんで助かったのかもしれない。
しかし、俺は─
「ッ!!!!?! 猫! あぶねえええ!」
ー全 力 疾 走ー
予期せぬ突然の出来事でぴんと尻尾を立て、毛を逆立てたまま固まってしまっている蒼猫を見た瞬間、そんな考えなど一瞬で吹き飛び、両手の缶チューハイとビニール袋を放って猫を助けんと、自分でも信じられないほどの速度で道路に飛び出した。
ー猫 掴 投 擲ー
固まっている猫まで無事到達できた俺は、安堵と共に蒼猫を片手でやさしくお腹から持ち上げて歩道にスローイング。
ー猫 転 着 地ー
蒼猫は猫特有のしなやかな動きで投げ出された体制を制御し、歩道に着地する。
それによかったと安堵したのもつかの間、俺もまた歩道へと向かうために一歩を踏み出したのだが、その瞬間、俺をスポットライトのように眩く照らす、間近に迫った車のライト。
ー重 音 衝 突ー
「ごっ……!」
当然の如く俺の身体と暴走車は衝突し……重い音と共に体に凄まじい衝撃が走り、体の隅々から軋むような音と何かが折れるような音が俺の中に反響する。
ー打 上 吹 飛ー
ボンネットをへこまし、フロントガラスを砕きながらすばらしいほどの勢いで上空に打ち上げられる俺。
空に浮かんだ俺が、錐揉みしながらも夜空に舞い、スローモーションのように地面と空、そして月が視界をぐるぐると廻りながら地面が迫り─
ー落 下 潰 散ー
俺の体は、重力に従い落下し、地面に叩きつけられる。
すさまじい衝撃・激痛が走り、意識が飛びそうになるが、それもほんの一瞬だけの事。
体のあちこちが砕けるような音と、折れるような音、そして赤い液体が飛び散るのが視界に捉えられる。
そして……おそらく痛すぎで痛覚が馬鹿になったのだろう、もはや痛みすらもない。
どうにか体を動かしてみようと試みるが、俺の体は俺の意思に反応しようとする事もできず、そのねじれた体を横たえるだけだった。
五感の内、両耳が音を拾うこともなく、すでに鼻が血の匂いを伝えることもない。
口の中も恐らくは血だらけだろうが、その血の味もなく、地面に叩きつけられているのに、その感触もない。
うつぶせの状態で、辛うじて視覚……片目だけが生きている状態だった。
しかもその残った視界も、徐々に真っ黒になりつつある。
(あ……あ、あ……こりゃ……俺は……あ、そうだ、猫ー)
自らの死を自覚しつつ、それならばせめて、と俺は残った視界で懸命にあのいい毛並みの蒼猫を探す。
ー悲 鳴 響 渡ー
闇に狭まる視界の中、その最後の視界に映ったのは、綺麗で大きい満月を背に、こちらに駆け寄ってくる、あの青くていい毛並みの猫。
(ああ……猫無事だったかあ、よかったなあ)
あの猫だけは助けられたんだな、という安心感を得た瞬間。
今まで気力だけで辛うじて繋ぎとめられていた俺の意識……命の灯火は……断ち切れたのだった。
─暗黒の世界へと落ちたはずの俺の目の前が、眩いほどの明るさに……ふと
何だとうっすらと目を開け、回りを見る俺の視界に見えるのは─
ー純 白 空 間ー
(なんだこりゃ……)
起き上がって周りを見渡すも、上下左右すべての視界が真っ白。
地平線なんてものもなく、地面も空も真っ白な、ただ白い空間がそこにあった。
どうしてこんなところにいるかがわからず、混乱する中。
ふと、気がついたことがあった。
目を閉じる瞬間にあった、生々しい感覚。
そして、暴走車に轢かれてびくともできなかったはずのこの身が自由自在に動き、怪我一つないという事に。
「あれ……なんでだ? なんでこんなところに? なんで俺の体が─」
どうにか混乱を沈めるために、気持ちを落ち着けて思考の海に沈むが……至極あっさりと、すとんと答えが降りてきた。
「ああ……そっか……やっぱ俺……」
(死んだのか)
ふと、心に浮かんだ言葉だったが……至極納得できる言葉だった。
辛うじて……そう辛うじて即死ではないというクラスの、むしろ死ぬ前によく意識があったなといえるぐらいの即死級の交通事故だったはずだ。
まさに生きているほうが奇跡。
それに……正直生きていても一生病院のベッドの上の介護暮らしか、もしくは植物人間だった可能性が高いだろう。
元々、親に迷惑をかけていた我が身で、さらにそんな事になったら……目もあてられない。
そう思いながら白い空? を見上げつつ……。
「まあ……フリーターで、惰性で生きていたようなもんだし……未練といえばまだやってない積みゲーと予約済のゲームぐらいか。ああ……親孝行しないで死んじまったなあ……最後まですまねえな、兄貴、姉貴、親父、お袋……」
正直、アレだけ派手に死んだとなると、きっと後処理も大変だろう。
家族に死んでまで迷惑かけている事に自責の念を感じつつ、今の現状、どうしようもないこの真っ白い空間に佇むしかない、自分の身についてどうするかを考えたその時。
ー蒼 影 顕 現ー
目の前に青い塊が【現れた】。
唐突に、なんの前触れもなく、パッと、まるで瞬間移動してきたように現れたのだ。
「うお?! な、なんじゃい!?」
ー後 方 跳 躍ー
驚きのあまり後ろにバックジャンプで距離を取り、今目の前に現れた蒼い塊を視界に納める。
すると……そこにはなぜかすばらしいまでの土下座を決め込んだ、美しい青い髪を持った少女と思しき存在がいた。
「ずびばぜんでじだあああああ!」
ー土 下 座 下ー
一瞬顔をあげ、また土下座の姿勢をとる少女。
その一瞬あげたその顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、美人といえる綺麗な顔が台無しだった。
そして何より、俺自身、この少女に土下座されている意図がまったくつかめなかった。
なぜ、この蒼髪の美少女はこんなに涙で顔をぐちゃぐちゃにしつつ土下座をしているのだろうか。
そんな考えが頭を埋め尽くす中……しかしながらこの広い?真っ白な空間にいるのは、俺と少女のみ。
消去法で考えて、謝罪されているのは当然、俺ということになる。
「あー~……なんだ。なんで謝ってるかわからんが……。まあ、泣くな? 理由があるならちょっとオッサンに話してみ?」
目の前の光景に、さすがにいたたまれなくなってきてできるだけ優しく、また泣き出さないように美少女に声をかけてみる。
「ほんどうに、おごりまぜんが?」
涙と鼻水でグチャグチャな顔をあげる少女。
まあ、少女を泣かせて悦にいるようなド変態でもあるまいし、できるだけ優しい表情で涙やら鼻水やらを拭いてあげる。
「ほら、チーンして、チーン」
「ンーー!」
ー鼻 鳴 紙 拭ー
ティッシュを鼻に当てて鼻をかませてあげ、鼻水をふき取る。
(死んでからなんだが……ポケットティッシュ、ポケットに入っててよかったなあ……)
そんなくだらない事を考えつつも、とりあえずは理由を聞こうと表情を崩さずに話しかける。
「それに理由もわからんのに怒るわけないだろ? まあ、そうだな。とりあえずはまあ落ち着くところから始めようか。そんで……どうして俺に対してあやまっているのかという、その事情を話してみな?」
未だぐずる目の前の少女の頭を撫でつつ、慎重に言葉を選んで話の先を促してみる。
そしてー
「ヒック……実は……あなたは死ぬはずではなかったのです……」
と一言。
そういて目の前の美少女は未だに泣き顔でそう俺に告げたのだ。
「んん? あ~……猫の代わりに死んでしまった、とかかな? まあ自業自得だから仕方ないって。こまけえことは気にすんな!」
一瞬思考が停止したが、猫を助けたのは自業自得であるし、別段目の前の美少女のせいでもあるまいと、これ以上泣かないように励ましの言葉をかけた瞬間。
ー少 女 猫 変ー
目の前に、あの事故で助けたはずの青い毛並みの猫が現れたのだ。
「……は?」
自失呆然。
(なぜ、なぜあの猫がいる? 死ぬ直前でみた限りは生きていたはずだ! まさか追走車にでも轢かれたのか? 保健所か? 猫を助けたというのが幻で、俺は唯の犬死?! 猫を助けたはずなのに!)
などと、非常に混乱する思考の中、唐突に猫から聞こえてくる先ほどの美少女の声。
「……助けてもらった猫というのは……私が下界を見るために変化した姿だったのです……」
という言葉が猫から発せられたかと思うとー
ー猫 変 少 女ー
目の前で猫が青白い輝きに包まれ、の輝きが大きくなり、人型となって先ほどの美少女の姿になったのだ。
あのもふもふのいい毛並みの猫が、青いロングヘアーを腰まで伸ばし、これまた青いワンピースを着こなすかなり綺麗なあの美少女の姿になったのだ。
「なん……だと?」
さすがの状況に思考停止をする俺ではあったが、どうにか落ち着いて少女が語った言葉を頭の中で整理する。
まず下界という言葉。
当然『下』の世界という意味であり、その言い分だと『上』の世界がある言い分であり、それは即ち……天界?
そして、今の不可思議ファンタジーな変身といい……少なくとも人の身でできることではないだろう。
もしかしてこれはもしやー
「ええと……その……もしかしてなんだけど……下界って言葉といい……君は……神っ、てわけ……か? ……あっちゃあ~……こりゃ無駄死にってやつかい?」
蒼猫を助けたはずなの俺ではあったが、実は助けた蒼猫がこの美少女であり、神様でした! という状況だったらしい。
これはさすがにないわあ、と思いつつも、神というならば自動車事故で死ぬはずもないだろう。
正直、考えれば考えるほど自分が情けなくなってきて、頭をかきながら苦笑する。
命を投げ出してまで助けたが、唯の無駄死にという情けなさに……俺涙目。
「いえ……あの猫の状態だと、ちょっと丈夫なだけで普通の猫と変わりありません。それに……本来私があの場所に居るはずがなかったのです……。その……いい月夜の晩だったので、抜け出したことがばれないように自分に制限をかけた状態で息抜きに下界で夜の散歩でもと、猫になって歩いていたところにあなたが来て……。というわけです。本当にすいません!」
とまた涙目になりながらあやまる少女。
(……おお、なんだよかった。それなら助けたという事実に変わりはないな)
「なんだ……。それならよかった。無駄死にじゃなかったんならそれでいいさ。こんなオッサンでも役に立てたんだからな。……それに、それなら謝るんじゃなくて……」
どうやら無駄死にじゃないとわかり、ほっと一息をつきながらも、頭をさげる美少女に顔をあげさせる。
あやまられぱなしってもなんか気がひけるし、何より助けたのが無駄じゃないなら、謝られる必要はないからだ。
こちらはその命を助けるためだけに、この身の、自らの命を張ったのだから。
だからせめて─
「そう……ですね……。助けてくれてありがとうございました!」
俺の言葉に、若干まだ涙目だったが、華の咲くようないい笑顔を見せて礼の言葉を口にする美少女。
「おう! 気にすんな!」
俺自身も、その笑顔にあの猫を……この少女を助けられた、という実感をもって心からの笑顔を少女に返す。
(……いやあ、やっぱ綺麗な子は笑顔が似合うねえ)
そんな事を感慨深く思いながらも、俺はこれから先、俺自身がどうなるのかを考える。
「っと、そうだ。聞き忘れてたが俺はこれからどうなるんかな? まあ、生前いいことあんまりやってねえから天国ってことはないだろうが……。できれば苦しみのすくない地獄にしてほしいんだが」
だめもとで苦笑しながら目の前の少女に頼んでみる。
まあ半ニートで時々バイトをして金を稼いでいたような我が身だ。
怠惰とまではいかないが、そこまで勤勉に働いたわけでもなく、そこまで善行を積んでいる訳でもなく……こんな人間が天国なんぞにいけるはずもなし。
最後の最後、死因といっちゃなんだが目の前の猫な少女を助けられたことが唯一にして最大の善行だろう。
「いえ……あなたは本来、死んでいないはずの身で……なおかつ寿命がまだあるんです。それを私が下界に降りたのが原因で死なせてしまったので……。あなたを別の世界に転生させるということになったんです」
と、どこかで聞いた、なんともありがちなテンプレ的お話をしてくれたのだ。
おお、そっかと納得しつつも、正直……元の世界、元の体に生き返るというのがベストだった訳だが……助けたとはいえ、そこまで押し付けるのもおこがましいってものか。
それに……再び人としての生を得られるっていうんだから、そこは感謝しなければなるまい。
しかし、それならばせめて、次にいく世界は選びたいものである。
「あ~っと、そりゃまあ、ありがたい話なんだが……。その、自分が転生する先ってのは選べるのかい? たとえばアニメや小説、漫画のような二次製作の世界とか。……もし希望が取れるなら、俺は猫とのんびりした世界が展開される大好きなアニメがあってねえ。いけるのなら、その世界……水の星といわれ、猫の王国があるとされる……【ARIA】というアニメの世界にいきたいんだが」
猫が優遇され、猫が町中にいるという猫スキーにはたまらない世界であること間違いなし。
水の星と歌われ、一年が24ヶ月もあるし、町中には水路が流れていて、その水路を使って観光案内をする 【
あの緩やかでのんびりとした時の流れを身近に感じてみたい。
そしてその時の中で、何か手に職をつけつつ、自分の満足のいくような、ゆるやかな人生を過ごして一生を終えたい。
別に転生するからといって、波乱万丈な人生を望んでいるわけではないのだ。
「……申し訳ありません。行く世界は選べないのです……。行く先をランダムに選ぶ転送になっていまして……。あ、あの、でも転生特典で能力とか願いごとを三つまで叶えられますよ?! どんな世界にいっても大丈夫なように! ええと……、なんでしたっけ、オリ主俺チートwwww、みたいなのも大丈夫です!」
申し訳なさそうに眉を潜め悲しそうな顔をした後、三つまでなら願い事をかなえるとやる気まんまんでガッツポーズをとる美少女……もとい神……女神か。
とはいっても、そんなに急に願い事といわれても……あ、それならまずは─
「願いごと……か。……んじゃあ、一つ目に……俺自身の事ではないけど、あくまで願い事だというなら……俺が死んだあとの家族が順風満帆幸せに生涯を送れるようにしてくれ」
すでに死んだ身ではあるし、すでに親達との縁も切れてしまっているだろうし、次に転生しても別世界に飛ばされる我が身では、もう関わる事もできないだろう。
……まあ最後の親孝行だな。
せめて、俺を育ててくれた分と、俺が生きるはずだった分、幸せに一生を過ごして欲しい。
「……はい、わかりました……」
その言葉に、俺を死なせたことの負い目を思い出して再び涙目になり、目に見えて落ちこむ女神さん。
(あっ……やべえ、藪蛇だったか?!)
焦ったように俺は、紛らわすかのように今思い浮かんだ願い事を口にする。
「あ~っと、二つ目はだな……ほら俺生前、あんまり頭よくなかったからよう。そのなんだ……、【学習能力】とかくれねえかな? 勉強とか、そういうの理解できるようなやつ!」
また泣かれないように勢いをつけて、なるべくおちゃらけた雰囲気で、おどけた感じで話しかける俺。
まあ、思いつきでいったものの、俺自身高卒ではあったが、ほとんどが赤点ギリギリか赤点という、非常によろしくない点数しか取ったことがないほど勉強が得意ではないのだ。
……もう一度人生をやり直すことを考えると、せめてそれぐらいなら望んでも罰はあたらないだろう。
「クス、わかりました! 【学習能力】ですね! これは解釈がいろいろありますので、学習系の能力をまとめて付随します!」
俺の様子を見て微笑みつつ、両手を胸の前でぐっと握り締めてやる気ガッツポーズをする青髪の女神さん。
(ふ~! よかった、泣かれなくて)
俺に負い目を感じているのはわかるが、そんなに泣かれても俺が困ってしまう。
それにしても動作が一々可愛いなあ。
さすがは女神さんというだけはある。
(しかし、もう一つの願い事かあ……。う~ん、急に言われてもこれ以上は特に思い浮かばないなあ)
「う~ん。そんなにがっついてもしかたねえし、おまかせにしてもいいかな? あんまりそういうのわかんないからよう」
(考えればそりゃいろいろありそうだが……、世界を選べないという時点でどんな能力がいるのかもわからないし……世界次第ではそんなに欲張っても仕方ないしな)
そう考えを巡らせる俺。
最低限、俺として、俺自身納得できるような人生を過ごせればそれに越したことは無い。
正直、二度目の人生も事故死とかは勘弁してほしいところだし。
「え?! ほんとにいいんですか? わたしの能力が及ぶのであれば、できる限りの希望を聞きますよ?」
俺の言葉に思わず驚いた顔で聞き返す女神さん。
(でもなあ、ほんと正直思い浮かばない訳で……。あ、それなら─)
唐突に思い浮かんだ名案ともいえるべき提案をしながらも、そういえば名前を聞いていないことを思いだし、ついでに名乗ることにした俺だったのだが─
「女神さんがこれだー!って思うような能力を俺につけてくれればいいさあ。って、ところで名前はなんていうんだい? 俺は■□ ■っていうんだが……ん? あれ? 名乗れねえな」
なんということでしょう!
いや、ふざけてる場合じゃないな……自分の名前が発音できないとはこれいかに。
「あ、この世界にきてしまった時に、生前いた世界とのリンクが切れて生前の名前は失われるんです……。なので転生先に行く前に自分の名前をつけておいてくださいね! ……そういえば出てきた当初からあやまりっぱなしだったので名乗り忘れてましたね……。私は月の女神のルナと申します! よろしくお願いしますね!」
と、その美しい顔に笑顔満開な自己紹介をしてくれた。
「おうよ! よろしくなあ! ルナちゃんかあ、いい名前だねえ。っと、俺の名前はどうするかなあ……」
(第二の人生なんだ……ちっとは頭つかった名前にするかねえ……)
と、自分の名前の候補をあげつつ、思考の海に沈もうとした時。
ー電 子 音 声ー
目の前のルナちゃんの服のポケットから、前の世界でも聞きなれた携帯の着信音がなった。
(あ~……神の世界でも携帯あるんだねえ……)
事故った時に、俺のは砕けたんだろうなあ、などと考えつつも、俺はルナちゃんが電話に出るのを見続ける。
「はい! もしもしルナです。あ……はい。今決めてるところなんですけど……はい……。えっ?! はい、わかりました。あと10分ですね?! はい……、では……」
表情を曇らせ、なんともあせった顔で電話を切るルナちゃん。
(あ、今さら気がついたが女神さんにちゃん付けはねえか)
などとくだらない事を考えながらも、俺はルナちゃんの言葉を待つ。
「ごめんなさい……。転生ゲートの準備が整ったのでとっとと送れと、【最高神】様から催促の電話で……。能力の付加は転生中におこなっちゃいますので、先に送らせてもらってもよろしいですか?」
と申し訳なさ全開の曇った顔で謝るルナさん。
……女神とはいえ、ルナさんも中間管理職ってヤツなんだろうか。
最高神というのが中心にいて、ルナさんみたいな子がそれをサポートしてるのか?
神の世界も意外と世知辛いな、などとくだらない考えをめぐらしつつも、ルナさんを困らせないようにと転生に同意する事にする。
「あいよお、ルナさんに「ちゃんでいいですよ?」……それじゃあルナちゃんに迷惑かけるわけにもいかんし、とっとといくとしますかねえ」
困り顔で再び涙目になりはじめるルナちゃんに、おどけてなるべく責任を感じさせないように話しかける。
まあ、女神様だってんだから、これ以上ルナちゃんを悩ませる訳にもいかんしな。
それに最後の能力もルナちゃんにまかせっきりな訳だし。
「わかりました。ではいきますよ~~! 【
とルナちゃんが、なにやら得体の知れない光をその手に浮かべて一言そういうと─
ー空 間 開 扉ー
突然、ルナちゃんの目の前の空間が、ルナちゃんのその手の光を受けて縦に、まるで壁に穴をあけるかのように裂け、その中から光が渦を巻く空間が顔を覗かせていた。
(うおう……なんというふぁんたじー……まあ、後はこれに俺がつっこんでいけばいいって訳だねえ。慌しかったが、これが俺の新しい人生の始まりか……)
そんな事を感慨深げに思いつつも……学習能力をもらえるようだし、俺は折角もらった人生を楽しむため、苦手だった勉強を熱心にするのもいいかもしれないなどとこれから過ごすはずの新たな人生をどのように過ごすかを考えつつ、俺は足を進め【
「おっしゃ、んじゃいきますかねえ。まあ、もうまた、はないんだろうけど。さよならじゃ寂しいからねえ……。という訳で、またね! ルナちゃん!」
背中越しに軽く左手をあげて目の前の光の渦に突入する俺。
ー光 渦 空 間ー
(うおー、すげえなこりゃ)
一歩を踏み出した瞬間、得体の知れない力が奔流となって俺の体を掴み捕らえ、どこかへと俺を連れ去るかのように引きこんでいく。
「はい……。またです! 次会うことがあれば名前でお呼びしたいですね……。このたびは申し訳ありませんでした。どうか……あなたの人生に幸あらんことを!」
そんな光の渦の中の力の奔流に掴まれたまま、肩越しに振り返る俺に、ルナちゃんは見送るその顔に最高の笑顔を浮かべ、手を振って送ってくれた。
(……いやあ、やっぱ綺麗な子には笑顔が一番似合うねえ)
最後にその表情を脳内に焼き付けられたことを幸運に思いながら、俺の体は光の渦に吸い込まれ、渦の中の光の波によって、転生先の世界へと運ばれていくのだった。
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ある晩、猫を助けたことによって死亡してしまった主人公。
実はそれが神様で……?
という、テンプレ通りに転生する転生物です!
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