それは、ずっと昔の話。
「こりゃトモ坊、またそはらちゃんを泣かせおったな」
「べ、別にちょっとスカートめくっただけだよ。じいちゃんだって女の人に似たような事やってるだろ?」
それは、ずっと先の話。
「わしがしたのはご愛嬌じゃ。何より、そはらちゃんは泣いておったじゃろう。あれはダメじゃ」
「泣かしちゃだめなのか?」
「ダメじゃな。女の子を泣かせるなんて男として最低じゃぞ? むしろ喜ばせてやらんとな」
どっちが先で、どっちが後だったのか。
それはもう思い出せないけれど。
「じいちゃん、いつもばっちゃんを泣かせてるよな?」
「あれはばっちゃの演技じゃよ。そもそもばっちゃは『女の子』じゃなくて『女』じゃからなぁ。女は怖いぞ、トモ坊」
「…難しくてよく分かんないよ、じいちゃん」
大切な事だったのは確かだ。
「ふむ、まだトモ坊には早かったかの。とにかく、女の子を泣かせちゃいかんという事じゃ」
「じゃあ、泣かせちゃったら…?」
「自分が悪いと思ったら許してもらえるまで謝るしかないのう。そうでなかったら―」
俺は、あの時の言葉を胸に刻んで。
「―その子を元気づけてやるんじゃ。ついでに泣かせた奴をやっつけられたら満点じゃな」
これからも、この先も。
胸を張ってやっていけると信じてる。
「うん、それなら俺にも分かる。俺、そはらに謝ってくるよ」
「うむ。………でっかい男になれよ、トモ坊」
そんな、大切な夢を見た。
「………なんだろな、これ」
よく思い出せないけど、おかしな夢を見た気がする。
どうも最近はこんな夢ばっかりだ。言い様のない何かが心に残るのに、肝心の内容がちっとも思い出せない。
「いてて」
変な夢のせいで寝違えたのか、少し背中が痛い。
そういえば、昨日の夜に何かあったような―
「…気が付かれたのですね、マスター」
「………ぶほぉっ!?」
完全な奇襲に硬直すること数秒。至近距離にまで迫っていた脅威から全力で後退する。
今のは危ない。何が危ないのかというと顔が近かったからだ。あんなに近くに寄られるとその、色々困る。俺も健全な男子なのである。綺麗な女の子に音もなく忍び寄られるとすこぶる心臓に悪いんです。
「はーっ。はーっ」
「…マスター?」
まずは深呼吸して息を整える。
よし、ついでに昨日の夜の事も色々と思い出してきたぞ。
「えーと、あれは夢じゃなかった。そうだなイカロス?」
「…あれと申されましても、マスターの仰る事の意図がわかりません」
うぐ、確かに今のは頭の悪い質問だった。
イカロスがここにいる以上、昨夜あった事は夢でもなんでもない。あれは動かしようのない現実だ。
「それよりも、マスターに申し上げたい事があります」
「俺に?」
それまで慇懃無礼に我が部屋に鎮座していた侵入者は。
「昨夜は申し訳ありませんでした、マスター。契約を破棄すると言われても仕方のない失態でしたが、どうか、ご慈悲をください。このような事は、もう、決して」
深々と頭を下げて、自分の不明を詫びた。
表情は変わらず無表情のまま、床についたその指は震えていた。
そのせいだろうか、俺にはこいつが怯えて泣いているように見えた。
「…ば」
その光景に、思わず馬鹿野郎と言いたくなった。
何を言ってるんだこいつは。失態だの慈悲だの、それこそ見月を連れて逃げる事しかできなかった俺が言うべき台詞だ。
そもそもあの時だってこいつはボロボロの体で俺を守って―
「―そうだ、イカロス! お前、体は大丈夫なのか!?」
そこまできてやっと全部思い出した。こいつは俺を守ろうとして酷い怪我をしていた事を。
「私は問題ありません。自己修復機能がありますので、完全に破壊されない限り復帰できます。ですがマスターは…」
「んなわけあるか! 痛かっただろお前は!」
確かにイカロスの言う通り、見た所こいつに怪我らしいものは見当たらない。
だからといってそんな事は関係ない。俺のせいでこいつに痛い思いをさせた事に変わりはないんだから。
「…私は構いません。マスターこそご自愛ください。私の存在意義はマスターの存命にあるのですから」
「~~~っ! 俺は別に…! ってあれ?」
頭を下げたまま言葉を続けるイカロスに頭に来て、ふと思い出す。
おかしい。確か俺は死んでもおかしくないくらいの怪我をしたんじゃなかったっけ…?
「俺、なんでピンピンしてるんだ?」
バーサーカーに刺された腹をさすってみるけど、痛みは無い。
少し違和感というか、重い感じがするだけだ。
「…あの後、マスターはオレガノの治療によって一命を取り留めたと聞いています。私は意識を失っていたので詳細は分かりません」
「オレガノっていうと… ああ、あの子か」
昨夜ニンフと争っていた子がそんな名前だった気がする。確か
衛生兵なんてどう考えてもそっち方面が得意ですって公言しているようなもんだし、即死みたいな傷をどうやって治したんだろうという些細な問題は置いておこう。
「なんでまた俺を助けたんだ? いや、感謝はしてるけどさ」
気になるのはそっちの方だ。
会長から聞いた話が確かなら、あの子にとって俺は敵のはずだ。それをわざわざ助けたのは何故なんだろう。
「私もあの子の真意は分かりません。会って話ができれば何か掴めると思いますが…」
「そっか。まあお礼を言わないといけないし、その時に聞いてみるか」
助けてくれたという事は、俺達の敵になるつもりは無いという事だろう。今度会った時に聞いてみればいい話だ。
「あの、マスター、私の処罰の件は…」
「ああ、その事か。別にいい、あれは俺がやらかしただけだろ。イカロスが気にする事なんてない」
イカロスは最善を尽くしたと思うし、俺はそれに文句なんてない。あるとすればあのバーサーカーのマスターと。
「不甲斐ないのは俺だ。聖なるパンツだのなんだの言われて気が抜けてたんだ」
俺自身の馬鹿さ加減だけだ。
どうして忘れていたんだろう。この戦いに参加するって事は、あのハーピーというやつに襲われた時に感じた死の悪寒と正面から向き合うって事だったのに。
「マスター、ですが」
「いいんだ。俺もお前も無事だったんだ、それでいいじゃんか」
食い下がるイカロスの言葉を遮る。
本当は申し訳ない気持ちで一杯なのに、口から出る言葉はぶっきらぼうだ。こんなの、いつもの俺らしくない。
「わかり、ました。ありがとうございます、マスター」
「…お礼なんか、言うなよ」
こいつは俺を真剣に守ろうとしてくれていたのに、それに気づきもしないで見月に協力するだなんて甘ったれた事を言っていた自分に腹が立つ。
「…マスター?」
「下に降りよう。イカロスは飯、食べられるのか?」
「はい。そこはマスター達と変わりありません」
「そっか、じゃあ飯にしよう。残り物だけどいいよな?」
寝巻のままで階段を下りる。
俺に戦う力なんて無い。そんな自分が誰かの力になるっていう事は、イカロスに頼るって事と同じだ。
「味は期待するなよ。男の作る飯なんて雑だからな」
「あの、その事なのですが」
これからも俺は、自分のせいでこいつが傷つく光景を見続ける事になるんだろうか。
そんな事が続くのなら、俺は。
「いいから、俺の事よりお前も少し休めって。まだ治りきってないんだろ」
その不安を振り払いたくて居間への廊下を足早に歩く。
とにかくイカロスを早く休ませたくて、居間へのふすまを強引に開けた。
「あ、遅かったじゃない。…ってなにポカンとしてんのよ」
「あ、ごめん桜井君。台所の物、勝手に使っちゃったから」
「………」
「そあらさんとニンフが、すでに朝食の用意をしているのですが」
…らしいね、どうも。
「何よ? ちゃんとアンタ達の分もあるから心配しなくてもいいわよ」
「いや、そうじゃなくてだな」
なぜ貴女たちまで当然のごとく我が家に居座っているんでしょうかね?
「あ、ニンフさんの作った分はちょっと焦げてるけど、味は保証するよ」
「ソアラ! なんでそういう余計な事を言うのよ!」
「すぐに気づく事だと思うから、先に言っておいてあげただけだよ?」
「くっ! 少し料理ができるからって偉そうに…!」
…なんでしょう、この和気藹々とした雰囲気。
さっきまで沈んでいた自分が馬鹿みたいですよ?
「いただきましょう。マスターも、疲れていると思いますから」
「…そうだな」
悲観的になるのはやめよう。何もしないまま結論を出すなんて俺らしくもない。
イカロスの言う通り少し疲れているのかもしれないし、落ち着いてから今の自分にできる事を探してみよう。
まったく。女の子を元気づけるどころか逆に心配されている様じゃ、俺もまだまだ修行が足りない。
「んじゃニンフ、お前の作った奴はどれだ?」
「え? 私のでいいの?」
「なんでそこできょとんとするんだよ。せっかく作ったんだろ」
「え、ええ! そうよ! こんな事めったにしないんだから、ありがたく食べなさいよね!」
怒ってるんだか喜んでるんだかよく分からないニンフのリアクションに苦笑しつつ、俺は箸を手に取るのだった。
そらおと/ZERO 第三章「天使達の事情」
というわけで、いつもより豪勢な朝飯をいただきつつ見月から昨夜の出来事を聞いた。内容はイカロスから聞いたのと大差がなかった。急にバーサーカー(カオスという名前らしい)がおかしくなってマスターと一緒に去った後、俺はオレガノに救われたらしい。
「あーあ、あの子に借りを作るなんて一生の不覚だわ」
愚痴をこぼすがニンフだが、『借り』と言っている時点で感謝の念があるという事だ。昨夜も争っていた二人だけど、案外あっさりと仲直りができるかもしれない。
それはさておき。
「ところでさ、桜井君」
「うん?」
「あの時、私たちに協力してくれるって言ってくれたけど。まだ、その話って有効かな…?」
少し遠慮がちに尋ねてくる見月に対して俺は―
1.もちろんだ。
2.いや、待ってくれ。
*選択肢による変化はその場の会話のみです。メインシナリオに影響はありません。
1.もちろんだ。
「当たり前だろ。もちろん見月がオッケーしてくれるならの話だけどさ」
「は、反対なんてしないよ! うん、桜井君が手を貸してくれるなら助かるな!」
そんなのは当然の事なのに、何を慌ててるんだ見月のやつ。
「で、その心は?」
一方のニンフは油断なくというか、鋭い眼差しで俺を詰問してくる。
そりゃそうか。ニンフとしては大切なマスターが騙されていないか気になるんだろう。
「正直に言うと、ちょっと後悔してる。いきなり死にかけるなんて思ってなかった」
だからこっちも本音を話す事にした。
これから協力体制を取るんだから、互いに隠し事は無しでいきたい。
「でも、見月の願い事は正しいって思えるし、見月一人をこんな状況にしておくのは多分我慢できない。こんな理由じゃ駄目か?」
「…ふぅん。ソアラの身を案じるのはいいけど、もう少し自分の事を考えなかったの?」
そっちか。それはまあ。
「もちろん怖いし、あんな目に遭うのはもう御免だ。だから出来るだけ安全に勝てる方法を探したいんだ。俺とイカロスだけじゃきっと無理だと思う」
二人よりは四人。見月もそうだけどニンフも頭が良さそうだし、その辺を手助けしてくれるとありがたい。
「もちろん、肉体労働や提供できるものはこっちで受け持つという方向で」
今でも脳裏に焼き付いている傷ついたイカロスの姿。
それくらいの事であの光景を避けられるなら、安いものだと本気で思う。
「…いいわ。単なる日和見ってわけでもなさそうだし、正直言えば私たちもパートナーが欲しかったから」
ようやく満足そうに頷いたニンフが右手を差し出してくる。
「お互いに頑張りましょ? アンタとならちゃんとやっていけそうだわ」
「ああ、よろしくな」
しっかりと握ったニンフの手は小さかった。
………こんな小さな女の子が傷つくなんて、やっぱり間違ってる。なんとか俺も戦力になる方法は無いんだろうか。
後で目の前の彼女に尋ねてみよう。多分また渋い顔されるだろうけど。
「…やっぱりニンフさんと仲がいいよね、桜井君」
「そうか? まあ悪くちゃ困るだろ?」
そうなんだけど、と頷く見月はなぜか不機嫌そうだった。女の子の心って分からない。
2.いや、待ってくれ
「悪い、ちょっと待ってくれないか?」
「…あ、そうだよね。やっぱりあんな事があったら迷うよね」
むう。明らかにがっかりした見月の顔を見るのは心苦しいけど、これにはちゃんとした訳があるのだ。
「いや、俺個人としては見月に協力したいんだけどさ。まだイカロスに確かめてなかったんだ」
「ふぅん。トモゾウ、アンタそれってつまり」
俺の返答にむっとした顔をするニンフ。
「これから一緒にやっていくのに俺だけで決めるなんておかしい、イカロスの考えも聞かないと駄目だろ?」
ニンフの顔色は気になるけど、これは最初にしておくべき事だった。
だって真っ先に危ない目に遭うのは俺じゃなくてイカロスなんだから、こいつは俺の我がままに反論して然るべきなのだ。
「イカロス、お前はどう思う?」
俺の問いかけにイカロスは迷いのない瞳で頷いて口を開いた。
「マスターのご意志ならば、私はそれに従うだけです」
「…あのな」
ちょっとした沈黙が居間を支配する。
もちろん原因は分かっている。イカロスの発言の内容が完全にピント外れだからだ。
俺の話を聞いていたんだろうか、こいつは。
お前の意見を聞きたいと言ったのに、自分の意見なんてないと言いやがったのである。
「…私見を述べさせていただけるなら」
「お?」
さすがに周囲の空気を読んだのか、イカロスの口が再び開いた。
「私もマスターの意思に賛同します。ニンフと組む事ができれば現状の打開も可能かもしれません」
「…はぁ。それを最初に言えよな」
なんだ、やっぱりちゃんと自分の考えがあるじゃないか。
俺なんかより自分の事を考えて行動するべきなのだ、こいつは。
「とにかくこれで決まりだな。色々迷惑かけるかもしれないけど、よろしく頼むな見月」
「…いいけど。桜井君って紳士な面もあるんだね」
なんでニンフに続いて見月まで不機嫌な顔をしてるんだ。
それじゃあ俺がいつも見月にエロい事ばかりしているみたいに…って事実か。
「仕方ないだろ。イカロスって口数が少ないみたいだし、俺が話を振らないと何も言わなさそうじゃんか」
現にさっきの朝飯でも俺たちの会話に一言も口を挟まなかったのだ。やっぱりそういう食事風景はよろしくないと思う。
学校は三時間目から行くことにした。
今からじゃどうやっても遅刻だし、今後の事を決めておかないと落ち着かないからだ。
その件は見月も賛同してくれたので、二人仲良く担任に怒られる事になるだろう。
…うーむ、風音に誤解されそうな気がする。
かといって理由を話すわけにもいかない。こんな危険な事にあいつを巻き込むなんて御免だ。
「共同戦線が成立した所で話を戻すけど、いい?」
食後のお茶をすすりつつ、ニンフが俺の方を向いて話を切り出した。
「バーサーカーのマスターだけど、今後もあいつはトモゾウを狙ってくるわよ。アルファーの状態も芳しくないし。打開策ある?」
「ぶふっ!?」
ニンフさんは容赦なく悪い条件ばかりをふってきなさる。
俺が狙われ続けるというのもアレだが、イカロスの状態が良くないってどういうことだ。
「それはイカロスの傷が治ってないって事か?」
でもイカロス自身は大丈夫だと言ったし、現に怪我らしいものは見られない。まさかこいつ、嘘をついてたのか?
「機能停止寸前までのダメージよ、半日程度で完治できるわけないじゃない。どうせ中身はボロボロでしょ、アルファー。今日はおとなしくしてなさい」
「でも、マスターが狙われたら…」
「その穴を埋めるための共同戦線よ。ソアラもいるし、トモゾウだって警戒くらいはするでしょ?」
「それは…」
困ったイカロスが俺の方に視線を送ってくる。助けを求めてくるのを無碍にするのは気が引けるけど。
「ニンフの言う事が本当なら休むべきだ。今日は家で大人しくしてる事、いいな?」
「…はい」
しぶしぶと了承するイカロスには申し訳ないけど、ここは心を鬼にしてでも言い含めておく。
でないと、こいつは本当に自分が潰れるまで俺を守ろうとするかもしれない。そんなのは、絶対に御免だ。
「ま、アルファーの不調はダメージだけのせいじゃないんだけど… それはおいおいね」
「おい、それはどういう意味だよ?」
なんだなんだ。イカロスは怪我以前に調子が悪いってのか?
そんな状態でこいつはあんな無茶をしたのか。なんか無性に腹立ってきたぞ。
「それは後で本人に聞きなさい。どうせ話した所で解決は難しいし、先にダメージが抜けてからじゃないと」
「…ニンフ。マスターの前で不安要素ばかり並べても…」
「なによ、事実でしょ? 悔しかったらさっさと調子を取り戻しなさい」
心なしか恨めしそうにニンフに抗議するイカロスと、さらりといなすニンフ。
…ふむ、やっぱりこいつら。
「お前ら、実は仲良いだろ? っつーか元から知り合いだろ?」
「んなっ!? なんで今の会話でそうなるのよ!?」
いや、だってな。
「私も桜井君と同じ考えかな。オレガノさんの時もそうだったけど、ニンフさんのそれって他人への対応じゃないよね」
「うぐ… そ、そうよ。元々私たちエンジェロイドは大半が知り合いよ」
やっぱりそうか。
そう考えれば、イカロスが一睨みでアサシンを追い返したのも納得できる。あいつらはイカロスの強さを知っていたという事だ。
「そういえば今の俺達ってバーサーカーとアサシンの両方に狙われてるんだよなぁ」
アサシンで思い出した。確かあいつ、バーサーカーのマスターはアサシンの事も話していた。
あの野郎、二人もとい三人もエンジェロイドがいるんじゃないか。
対する俺達は傷ついたイカロスと直接戦闘が苦手なニンフ。これは確かに最悪の状況と言っていい。
「…アサシンは、もういないわ」
「は?」
何故か敵の一角がいないと言い切るニンフ。
しかも本来喜ぶべき話なのに、なんで渋い顔してるんだ?
「ニンフさん、それってどういう事?」
見月もニンフの内心が分からないのか、やや厳しい表情で尋ねる。
「バーサーカー、カオスが持っていた武装。
「………おい、それって」
「バーサーカーのマスターは確かにアサシンのマスターでもあった。でも、あいつは一方を切り捨ててもう一方を強化する選択をした。そういう事よ」
ニンフの言葉は冷たい。でも、あいつが握りしめている拳には明確な感情があった。
「………なあ、ニンフ」
「何?」
「アサシン、確かハーピーって言ったか? あいつらもお前らと同じでさ、辛かったり、嬉しかったり、そんな事を感じられるんだよな?」
「ええ、そうね」
「あの野郎…!」
自分が勝つために、助けようとしてくれる奴を平気で切り捨てられるってのか。
俺を狙う? 上等だ、今度こそぶっ倒してやる…!
「落ち着きなさい。アサシンがいなくてもバーサーカーだけで十分勝てる。あいつはそう判断したのよ。そしてそれは事実だわ」
「…っ!」
ニンフの言っている事は正論だ。
落ち着け。俺一人で熱くなってどうする。
「だからこそ、打開策を練らないといけないね。まだ状況は詰みじゃない。そうでしょニンフさん?」
「当然よ。それとトモゾウ」
「なんだよ」
「アンタ、ハーピーに殺されそうになったくせに随分と肩を持つじゃない。それはどうして?」
「肩なんて持ってねぇよ。ただ、あの野郎がムカつくだけだ」
そうだ、俺はハーピーに同情なんてしていない。
俺は単に―
「マスター」
「なんだ?」
「ハーピー達の代わりに、怒ってくれているのですか? それならきっと、あの子達は…」
「だから違うって。イカロスまで変な勘違いをしないでくれよ」
―こいつらを道具だと言い切るような、あいつのやり方が心底気にいらないだけだ。
「素直じゃないわね」
「ち、ちげーよ」
ニンフの表情が柔らかくなっている事に気づいた俺は、妙に気恥ずかしかった。
「桜井はともかく、見月まで遅刻なんて珍しいな。早く席に着きなさい」
予定通り三時間目に登校した俺達に対する担任の言葉がこれである。
「せんせー。俺に対する優しさが足りないと思いまーす」
「お前は常習犯だろうが。いいからさっさと座れ」
「へーい」
やっぱり世の中は俺に優しくない。自業自得ともいうけど。
桜井の奴、なんで見月さんと…?
これは何かあるな。風音も可哀相に。
桜井め、見月の豊満な体を堪能したのというのか、死ね!
はっはっは。予想通りの反応を示してくれるなんて、さすが親愛なるクラスメイト達だぜ。
ねぇよんなもん。本当にそんなイベントだったら良かったのにちくせう。
「………」
いえ、ちっとも良くないです。だから無言の圧力は止めてください風音さん。
「桜井君、本当に何があったんですか…?」
ささやく様な声で風音が尋ねてくる。
風音と俺の席は隣同士だし、このくらいの音量なら話しても大丈夫か。
「…あの後、見月が学校で倒れてさ。病院は嫌だっていうから見月の家にまで連れてったんだよ。気になったからそのまま泊まらせてもらっただけ」
とりあえず登校前に二人で打ち合わせした通りの内容を話す。
「と、とまっ…!?」
「変な事なんてしてねぇよ。っつーかしたら俺が生きて帰ってきてない。ほら、見月はもう元気一杯だろ?」
視線を見月の方に向けると、隣の女子とこそこそ話しているのが見えた。きっと俺と似たような事になっているんだろう。
あ、チョップのジェスチャー。どうやら俺はエロい事をしようとしてぶっ飛ばされた事になるらしい。
「ほらな」
「………そう、ですよね。変な誤解をしてごめんなさい」
うぬぬ。風音のやつ、無理やり納得したって感じだな。
しかし本当の事を話すわけにもいかないし、これ以上の捏造はボロが出かねない。
「まあ、なんだ。心配してくれるのは嬉しいけど、俺は大丈夫だからさ。安心してくれよ」
「…はい、桜井君の言葉を信じます」
結局できる限りの誠意を見せるしかない俺を、風音はちゃんと受け入れてくれた。
やっぱり風音を巻き込むわけにはいかないな。事情を話すのは全部終わってからにしないと。
見ろよ、今度は風音と内緒話をしてるぞ…!
桜井の野郎。俺たちの天使を二人とも奪う気か…!
滅殺! 滅殺! 滅殺!
クラスメイトの視線が痛い。いや、痛いを超えて熱い。なんだこいつら、殺意だけで人を殺す気か?
「あ、桜井君。お昼の事なんですけど」
「うん?」
「私、用事があって。今日は一人で食べてくれませんか?」
「いいけど。風音こそ最近忙しそうだぞ、大丈夫か?」
「はい、ちょっと色々あるんです。でも少しの間だけですから」
そう言ってほほ笑む風音に不安の影は無い。なら俺はそれを信じるだけだ。
「そっか。無理すんなよ、俺だったらいつでも力になるからさ」
「はい」
やっぱり学校に来てよかった。
元々別の用事があったけど、風音を安心させられただけでもう十分だとさえ思えるくらいに。
「…そうもいかないよな、実際」
緩んだ気を引き締める。俺の油断はイカロス達の危険に直結する。
それを忘れれば、昨夜の再現は容易に起こるだろう。そんな事は二度と起こすわけにはいかないんだ。
「で、俺達に協力してくれそうなマスターって誰なんだ?」
昼休みになってから、俺と見月は連れだってある場所へ向かっていた。
朝の話の後、ニンフと見月から協力体制がとれそうなマスターがいるという話を聞いたのだ。
しかもニンフが先に行って話を通してくれる手筈になっている。
なんと、あいつは学校の制服まで持っていたのである。見月が用意したらしいが、何に使うつもりだったんだかか。
「行けばわかるよ。桜井君だって、なんとなく想像はついてるんじゃない?」
「…まあな」
見月の向かう先にある部屋は限られてるし、そもそも俺を助けてくれそうな相手は現状で一人くらいしか思い浮かばないのである。
「着いたよ」
「………やっぱりなぁ」
見月に連れられて来た一室。その前の表札には「生徒会室」を書かれていた。
つまりそれは。
「オレガノのマスターって、会長だったのな」
「うん、そういう事」
空見中学の生徒会長、五月田根美佐子。彼女こそ俺達を助けてくれたオレガノのマスターだって事だ。
「失礼します」
「ちぃーっす」
見月と一緒に生徒会室のドアをくぐる。
「いらっしゃ~い」
「…来たか」
そこには見知った顔が二つそろっていた。
うーむ。会長の方はともかく、もう一方の方がちょっと予想外だ。
「なんだ智蔵。今は会いたくなかったという顔だな」
「そっすね。正直に言えば会いたくなかったです」
飄々とした顔で俺を見据える長身で眼鏡の男子生徒。
彼は守形英三郎、会長と同じく三年生でありこの学校の名物生徒である。
またの名を『空を飛ぶ変態』。理由は単純、学校の屋上からハングライダーで滑空したという逸話があるから。
「とうとうお前も新大陸発見部に入部する気になったんだな。俺は嬉しいぞ」
「違います。会長と話があったから来たんで、先輩とは微塵も用事がないんで」
そして俺を怪しさマックスな部へ勧誘する困った人だったりする。
まいったな、この人がいるとエンジェロイドの事やマスターの話とかできないんじゃないか?
「残念だけど、英君も立派な関係者なのよね~。そうでしょ、英君?」
「ああ、そうだったな。お前たちの契約したエンジェロイドなら奥で俺のセイバーと話をしているぞ」
『…はい?』
見月と二人そろって唖然とする。なんか、凄い事をさらっと言いましたよこの人達?
「それってどういう―」
「あああ!! ニンフ先輩、それ私の分のお菓子ですよぅ!」
「あ、そうだっけ? 忘れてたわ」
「………私の分をあげるから、静かにしてアストレア。マスターに見つかると怒られる」
事なのか、と聞く前に実に分かりやすい会話が奥の部屋から聞こえてきた。
…ははは、イカロス君。俺は留守番してろって言ったじゃないか。思ったより我がままなんだね君は。
「あらあら、桜井君ってば顔が怖いわよ~」
「ふむ、お前もそんな顔をするんだな」
会長たちは不思議な事を言う。俺だって聖人君子じゃないんだから怒ったりもするのだ。
「ニンフさん、いるの?」
「ああ、ソアラ? やっと来たんだ。今そっちに行くわ」
「あれ? イカロス先輩は行かないんですか?」
「…マスターに怒られるから、ここにいるわ」
見月の呼びかけにがやがやと騒ぎ出す自称天使達。俺個人としては未確認生物で十分だと思う。
「イカロス。俺、もう気づいてるからな。大人しく出てこい」
そして俺は分からず屋の頑固者に最後通牒を渡す。
うーむ、そろそろ本気で叱ってやるべきなんだろうか。でも悪気は微塵もないんだよな、あいつ。
どうもイカロスは自分が何と言われても、俺の護衛が出来ればよしという考えを持っているらしい。
「そのくせ、俺に怒られるのは怖がるんだよなぁ」
いやホント、どーしたもんだか。
その後、部屋から出てきた三人のエンジェロイドと自己紹介をしあった俺達は、改めて今後の事を話し合う事になった。
「…ふーん。へー、ほー」
「…なんだよ」
「べっつにー」
守形先輩の契約したというエンジェロイド、アストレアという奴がしきりに俺を見つめてくるのがちょっと困る。
何が困るかって、あのでかい胸だ。あの二つぶらさがった凶器が俺の視線を釘付けにするのである。
「………このスケベ」
「予想通りの反応よね~」
そして女性陣からの冷たい視線も俺に釘づけだったりする。俺のせいじゃないんだ、全てあの凶器が悪いんだっ!
「ふっ。アンタも私の最優良オーラが気になって仕方ないみたいね」
そして一人だけ勘違いをしている凶器の持ち主。こいつ、妙に自信過剰だなぁ。
そもそも自己紹介の時も。
『私はセイバーのエンジェロイド、アストレアっ! 最優良のセイバークラスなのよ! そう! 私こそ、さい、ゆう、りょう! なのよっ!』
と、実に清々しいドヤ顔であった。正直言うと守形先輩はハズレを引いたと思う。
「オレガノは偵察から戻ってないのか?」
とはいえ、当の先輩は涼しい顔だ。これが俺だったら今後が不安になっているだろう。
「ええ、ちょっと気になる事があるからお願いしてるの。それに、ニンフちゃんと顔を合わせると喧嘩になっちゃうしね~」
「ふん、味方ならそんな事しないわよ。今までだって本気で潰す気なんて無かったんだから」
「へー、そうなのか見月?」
「あはは、ノーコメントで」
苦笑する見月を見て、ニンフが割とガチだった事を理解した。
俺が思った以上に根が深いのかもしれないな、これ。
「会ってお礼を言いたかったんすけどね」
「そうしてくれるとあの子も喜ぶわ。桜井君とイカロスちゃんの事を随分気にかけてたみたいだから~」
「…えーっと、俺達だけ?」
「そんなことないわ。見月さんとコンブちゃ、もといニンフちゃんの事も心配してたわよ~?」
うん、良く分かりました。だからそれ以上の説明はしないでください会長。
「…フフフ、知ってるデルタ。戦場でのフレンドリーファイアーって結構な死傷率があるのよ?」
だって、僕らのブレインであるニンフさんが悪鬼のような顔をしてるんです! このままだと自爆特攻みたいな作戦を言い出しかねないんです!
「友達から火をもらってどうするんですか?」
ニンフの遠回しな仲間割れ発言をボケで返すアストレアも大概である。
どうやら俺が契約したイカロスは非常にまともな部類に入るらしい。
「マスター、今後はオレガノに
「いや、そこはニンフの良心を信じような?」
真面目すぎるというのも困りものかもしれないけど。
「話を戻すぞ。オレガノは元々戦闘能力に長けたクラスじゃない以上、このまま偵察に徹してもらう。ニンフ、お前達三人でバーサーカーに勝つ事はできるか?」
「そうね、アルファーのダメージが抜けきれば十分戦えると思う。それでも確実性に欠けるけど」
「三対一でもダメなのか?」
「カオスのスペックが高すぎるのよ。三人で完璧な連携が取れれば勝機はある。でも、僅かな隙に付け込まれたらそこから崩される。勝率は半々って所ね」
「半端じゃねぇな…」
イカロスの傷が完治した上で、一糸乱れぬ連携を実現してはじめて勝てる相手。バーサーカーはそれくらい恐ろしい相手だという事か。
「アルファーの不調が解消できれば勝率も大きく上がるんだけど… 無い物ねだりをしてもね」
「ふむ。智蔵、お前のエンジェロイドは不調なのか?」
「らしいんですけど、俺も詳しくは知らないんですよ。イカロス、それって治りそうなのか?」
俺の問いかけにイカロスは力なく首を横に振った。
「ニンフの言う通り今の私は解析不能のプロテクトがかけられている為、性能が1ランク低下しています。解除方法は現在検索中です」
「どうも根が深いみたいなのよ。最悪、このままでカオスと戦うしかないかもね」
「…そっか。まあ仕方ないな」
主治医のニンフとイカロス本人が現状で打つ手無しと言う以上、今の俺にできる事はないだろう。
イカロスはまだ傷が癒えてないんだし、後になって解決方法も見つかるかもしれない。
「つまり、しばらくは様子見という事になるか。美佐子、ライダーの動向は掴めているか?」
「ええ、オレガノちゃんと家の若い衆で色々と調べているわ~」
「ライダー?」
気が付けば先輩と会長でまた話を進めている。
この二人、毎朝激しいバトルを繰り広げてるけど実は仲がいいのかもしれない。
「良く考えてよ桜井君。私たちマスターが四人、アサシンとバーサーカーのマスターが同一人物で一人。残りは?」
「あ、そっか。もうライダーしかいないんだな」
会長と先輩がそれぞれマスターである以上、残りはライダーのエンジェロイドと契約したマスターだけだ。
なんてこった。今日一日でほぼ全てのマスターが判明してるじゃないか。のんびり構えている場合じゃないんじゃないか、これ。
「今のところ大きな動きは見せていないけど、こっちと手を組んでくれるのは望み薄ね~」
「なんで分かるんすか?」
俺はライダーのマスターとも協力できればいいと思うけど、会長は難しいと言う。何か深い事情でもあるんだろうか。
「………桜井君がいるから、かしら~?」
「俺が?」
「ライダーとそのマスターの資料だ。目を通すといい」
俺は先輩に言われるまま渡された数枚の紙に視線を落とす。
「…あの、マスター」
「やめなさいアルファー。どっちにしろ避けて通れない事よ」
何か言いたげなイカロスとそれをたしなめるニンフ。そのやり取りが気になりつつも資料に目を通し―
「―は、はは」
思わず笑いが込み上げた。
なるほど、会長の言葉は正しい。俺はこのマスターと決定的に仲が悪い。
「桜井君、こっちにも見せて」
「ああ、見月も驚くと思う」
でも、それは些細な問題だ。少なくとも俺にとっては。
「…うそ」
資料に目を通す見月の反応は俺とは少し違っていた。それは純粋な驚愕だ。
じゃあ俺はというと。
「会長。これ、冗談じゃないんですよね?」
「ええ、大マジよ~」
もう笑うしかなかった。こんなのありか、と。
この世界は俺に優しくないと思っていたけど、流石にこれはやり過ぎだろうと思う。
「智蔵」
「大丈夫っすよ。今さら降りるとか言いませんから」
珍しい事に守形先輩が俺を気遣ってくれている。それは確かに嬉しいんだけど、甘える事は出来ない。
「ちょっと、俺だけで話をしてきていいですかね?」
「俺は反対しない。好きにするといい」
「私も止めないけど、そっちの方は異議ありみたいよ~?」
会長の視線を追った先には、不安げなイカロスと戸惑っている見月の姿がある。
「私は、反対だな。そんな事しても、きっと」
見月の言わんとしている事は分かる。俺のしようとしている事はきっと時間の無駄にしかならない。
それでも、これだけは俺自身の目で確かめたいんだ。
「…私も反対です。ライダーのマスターに遭遇した場合、マスターの身が危険にさらされます」
「俺が会いに行くのはライダーのエンジェロイドの方だ。だから安心しろって」
イカロスの進言も半ば無理やりに退けた。すまないけど、これだけは譲れない事だ。
「トモゾウ、本当にそれでいいのね?」
「ああ、俺はそうしないときっと後悔する。迷惑かけてごめんな」
ニンフの最終確認に応じる。これで完全に心は決まった。
あとは放課後、彼女に会いに行くだけだ。
そう、ここにきてライダーのマスターなんて別にどうでもよかった。
俺の頭にあったのはそのマスターと契約したエンジェロイドだけだった。
その傲慢が『彼女』を傷つける結果になる事に、俺はまだ気づいていなかった。
To Be Continued
interlude
時は、桜井智蔵がイカロスに出会う五日前にさかのぼる。
「聖パン戦争、か」
「ええ、英君もどうかと思って」
空高い日差しの元、川原のせせらぎが心地よく響く。
その日。守形英三郎が夜露をしのぐ為に設営したテントには珍しい来客の姿があった。
「まさか美佐子の家にもあった話だとはな」
来客は二人。
一人は彼も見知った幼馴染であったが、彼女に付き従うもう一人の少女に守形は見覚えが無かった。
「あら、それじゃあ英君の家にも?」
「眉唾だと思っていたのだが、本当だとは考えもしかなった」
幼馴染の後ろで控える少女に視線を送る。
無機質を思わせる表情と背に生えた羽は、少女に常人離れした雰囲気を与えていた。
「美佐子は、もう乗ったわけだな」
「ええ。この子、オレガノちゃんはとても良い子よ。ずっと住んでもらいたいくらい」
ほう、と守形は五月田根美佐子の言葉と態度に感嘆する。
愛しそうに羽の生えた少女の頭を撫でる彼女。彼女が本当の意味で他人を受け入れるというのは稀なケースであった。
「それで、お前の家が監督役を務めるのだったか?」
「そうよ。詳しい内容は今渡した資料に書いてるから」
受け取った十数枚のA4用紙を流し読みしつつ、守形は自分の家に伝わる口伝と同じである事を確認していく。
こんな不可思議な事態が自分のすぐそばに埋もれていた。それを無視していた自分に自嘲の念が沸いている事を守形は自覚した。
「…分かった。俺もそれに乗ろう」
「ありがとう、英君ならそう言ってくれると信じていたわ」
「何事も経験だしな」
新大陸をはじめとする未知なる物への探究心が強い彼にとって、今回の出来事は非常に興味深いものだった。
ついでに言えば、この幼馴染の起こす問題に振り回される事は昔から続く自分の役どころなのだろうという一種の義務感もあった。諦観ともいう。
「最優良は…セイバーか」
彼女から渡された資料の中にはエンジェロイドについても記載されており、セイバーのクラスは最優良であると記されていた。
やるからには最善を尽くす。それが守形英三郎のモットーの一つであり、ならばセイバーを召喚する事が当然に思えた。
「………守形様」
「…ん?」
ふと、それまで沈黙を保っていた少女が口を開いた。オレガノは美佐子の傍に控えながら言葉を続ける。
「セイバーはお勧めできません。残るクラスは二つのみですが、私はアーチャーを推薦します」
「…そうなのか?」
「どうなのかしら~?」
突然の発言に加え、最優良を見送れという彼女の物言いに守形は困惑していた。それは彼女の主である美佐子も同様らしい。
「理由は話せるか?」
「セイバーは実力がある反面、気性が荒く細かい作戦行動が取れません。アーチャーならば守形様の希望に沿うかと存じます」
実に明確な説明であるが、本来それはバーサーカーの役所ではないのか。加えて守形には新しい疑問が浮かんでくる。
「随分とセイバーについて知っている様だが… お前たちエンジェロイドは互いの情報を共有しているのか?」
「ある程度ですが、事前情報として記録しております」
「…そうか。とりあえず相棒については一考しておく」
彼女からもたらされた情報は色々な意味で守形への思考材料になっていた。
単純なエンジェロイドの選抜以外にも、彼女たちの存在そのものへの疑問と興味が尽きない。
それと同時に守形は言い様のない不安を感じていた。
この戦いは何かがおかしいと、彼の本能に近い部分が警鐘を鳴らしている。
「それじゃあ、頑張ってね英君」
「美佐子、くれぐれも用心しろ。この騒動、どうも裏で何かある気がする」
「………ええ。ありがとう、英君も気を付けてね」
軽やかな足取りで帰路につく美佐子と、それに無言で付き従うオレガノ。
それを見送りつつ、守形は自分が召喚するエンジェロイドの事について決断を下していた。
「すまないオレガノ。俺は生来の天邪鬼でな」
彼、守形英三郎は確かにやるからには最善を尽くす主義である。
「セイバー、か。『推薦されない最優良』とは初めて聞いたな」
だが、それと同時に何よりも知的好奇心の塊なのである。今回に限って彼女の進言は完全に逆効果であった。
「ニンフと!」
「アストレアの!」
教えて! エンジェロイ道場!
「さて、やってきました読者(筆者含む)のオアシス。エンジェロイ道場よ」
「今回はインプリンティングについてでしたよね?」
「あ、それ今回はパス」
「なんでっ!?」
「実はこの第三章、予定より物語の進行が遅れているのよ。本当はライダーの正体から決戦前夜まで書く予定だったんだけど…」
「話がぜんぜん進んでませんねー」
「予想以上に日常描写と説明するべき事が多くて、ライダー編は今回を含めた三回に分ける事になったのよ。だからインプリンティングについては次回ね」
「今年中に終わるんですか、このシリーズ?」
「大丈夫。あと五回くらいの予定だから、月一回更新でも年内には十分終るわ。多分」
「さて、今回はインプリンティングの代わりに私たちエンジェロイドについて補足しておくわ」
「呼ばれたのはイカロス先輩が最後で、その前は私なんですよね?」
「ええ。最初はアサシンとバーサーカー。それからライダー、メディック、キャスター、と続いて本編開始の五日前にセイバー、そして最後にアーチャーね」
「ずっと前からハーピーがいたのに、よく智蔵さんは無事でしたね?」
「それは私とオレガノがちゃんと智蔵の近辺を警戒していたからよ。バーサーカーを出されたら終わりだったけど、あいつは出すまでもないってたかをくくっていたわけ」
「…ニンフ先輩とオレガノって、よく喧嘩してましたよね?」
「そ、それはそれ! これはこれだったのよ!」
「へー、ほー、ふーん」
「くっ! その白々しい態度がムカつくわ! デルタのくせにっ!」
「あとは本編や幕間でも書かれていたけど、私たちエンジェロイドは基本的にお互いの事を知っている。その辺の記憶や親密さは原作基準と思ってもらっていいわ。ちょっと脚色したりしている部分もあるけど」
「ぶっちゃけ真名隠す意味ないですよねー」
「いいのよ、クラス分けしてこそのサー○ァントシステムなんだから。そもそも二次創作である以上、正体を隠しても私たちは読者にとって既知の存在なんだから、わざわざやる意味が薄いのよ」
「今回のエンジェロイ道場はここまでよ。次回は―」
「ついに明かされるライダーの正体! その事実と敵マスターとの確執に揺れる智蔵! それを見つめるイカロス先輩の決意とは! 次回、そらおと/ZERO 第四章『約束』っ! 括目してま―」
「誰が本編の予告をしろと言ったのよ! パラダイス・ソングっ!」
「爆発オチなんて最低ですぅぅぅぅ~~~!」
*エンジェロイドのステータス情報が更新されました。
各エンジェロイドステータス
*本編で解明されていない個所は伏せられています。
クラス:アーチャー
マスター:桜井智蔵
真名:イカロス
属性:秩序・善
筋力:C
耐久:B
敏捷:C
演算:B
幸運:C
武装:A
スキル
飛翔:A
空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。
自己修復:A
自身の傷を修復する。
Aランクの場合は戦闘中にもダメージが回復し、戦闘不能に陥っても約半日で復帰可能。
ただし完全に破壊された場合、ダメージを継続的に受け続けた場合は発揮されない。
千里眼:B
遠距離のおける視力の良さ。
遠く離れた敵を視認し、射撃兵器の命中率を補正する。
単独行動:F
クラス別能力。マスターを失っても行動可能。
ただしイカロス自身がそれを望まない為、ランクダウンしている。
武装
永久追尾空対空弾「Artemis」(アルテミス):B
外敵を鋭く貫く殺傷力と、地球の裏側まで届く射程を併せ持つ主兵装。
可変ウイングから直接発射するので使い勝手が良く、出力調整可能。
絶対防御圏「aegis」(イージス):A
あらゆる攻撃を防ぐ全方位バリア。
非常に高い防御力を持ち、その特性を生かして周囲を巻き込まず攻撃する際にも併用される。
ただしAランク以上の攻撃は防ぎきれず、ダメージの軽減のみになる。
超々高熱体圧縮対艦砲「Hephaistos」(ヘパイストス):A
圧縮したエネルギー弾を撃ち出す大砲。
大気圏を越える程の指向性エネルギーを放出し、敵を蒸発させる。
起動と発射には数秒のチャージが必要となる。
クラス:キャスター
マスター:見月そあら
真名:ニンフ
属性:秩序・中庸
筋力:D
耐久:C
敏捷:C
演算:A
幸運:B
武装:C
スキル
ハッキング:A
生物、機械に干渉する能力。
対象の性能及び機能を強化もしくは低下させる。
高ランクになると対象の電子頭脳を破壊する事も可能(ただし相手の演算能力を上回る必要がある)
また、ハッキング中は自身のステータスが低下する。
飛翔:B
空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。
陣地作成:B
クラス別能力。自分に有利な陣地を作る。
ハッキングを主としたトラップ陣地を作成できる。ただし対象の選別は困難。
道具作成:D
クラス別能力。有用な道具を作成する。
大抵の事をハッキングで済ませしまうニンフはこのスキルの使い道を把握しきれていない。
武装
超々超音波振動子(パラダイス=ソング):C
口から発する超音波攻撃。
数少ないニンフの武装だが、エンジェロイドに対する攻撃力は低い。
クラス:セイバー
マスター:守形英三郎
真名:アストレア
属性:中立・善
筋力:B
耐久:C
敏捷:A
演算:E
幸運:B
武装:A
スキル
飛翔:A+
空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。
事実上、空中戦でアストレアを捕えられるエンジェロイドはいない。
怪力:C+
一時的に筋力を増幅する。
感情の起伏による怪力を発動。つまり馬鹿力。
過去にインプリンティングの鎖を力ずくで引きちぎった事からも、その腕力は他のエンジェロイドと比べても破格。
騎乗:F-
クラス別能力。乗り物を乗りこなす。
家電の操作(テレビのリモコン等)が限界なアストレアにとってまったく有用性の無いスキル。
逆に操作を誤って事故を起こす可能性が上がる。
勇猛:D
精神干渉を無効化し、格闘ダメージを上昇させる。
アストレアの場合は勇猛というよりただの猪突猛進だが、結果は大差が無い。
Dランクは若干の補正値にとどまる。
武装
???
クラス:ライダー
マスター:???
真名:???
属性:中立・中庸
筋力:?
耐久:?
敏捷:?
演算:?
幸運:?
武装:?
スキル
???
武装
???
クラス:メディック
マスター:五月田根美佐子
真名:オレガノ
属性:秩序・中庸
筋力:D
耐久:D
敏捷:C
演算:C
幸運:A
武装:D
スキル
医療技術:A
シナプスで従事していた医療知識。Aランクは適切な医療器具さえあれば瀕死の重傷さえも治療可能。
ただしシナプスの器具が地上に無い為、普段は腕のいい外科医程度の能力(Bランク相当)にとどまる。
シナプス製の医療器具は彼女が保有する物のみであり有限。それを消費した時に限り本来のランクへ上昇する。
火器管制:C
銃火器を扱う技能。
五月田根美香子が直伝した為、拳銃から機関銃、戦車に手榴弾と豊富な技術を持つ。
ただし扱えるのは地上の火器に限り、シナプス製の兵器は扱えない。
飛翔:C
空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。
医療用として活動してきたオレガノは戦闘用の飛行を苦手とする。
単独行動:C
シナプスでは医療用としてマスターから離れて行動していた為、ある程度離れても活動に支障が出ない。
ただし現界の為にマスターの存在そのものは必要不可欠である。
武装
なし
クラス:バーサーカー
マスター:シナプスマスター
真名:カオス
属性:混沌・中庸
筋力:B(A)
耐久:A(A+)
敏捷:B(A)
演算:A(A+)
幸運:D
武装:A
*()内は狂化による補正値
スキル
飛翔:A
空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。
戦闘続行:B
大きな傷を負っても戦闘が可能。
精神的な高揚により痛覚が麻痺し、痛みを感じずに全力を発揮できる。
ただし自身の保身がおろそかになる為、回避にマイナス補正がつく。
自己進化プログラム「Pandora」(パンドラ):A++
エンジェロイドの自己進化プログラム。他の生物やエンジェロイドを取りこむ事で最適な機能を獲得する。
カオスはこのシステムに一切の制限がなく、常に最適な機能を模索する事が出来る。
これによりカオスは戦闘中1ターンごとに相手より1ランク上回る性能を獲得する。
狂化:B
クラス別能力。全ステータスをランクアップさせる。
元々情緒不安定な面のあるカオスだが、狂化によってさらに不安定になっている。
マスター以外の存在は敵という認識しかなく、イカロス達の事を知識で理解してもそれ以上の思考がされない。
ただし智樹とそれによく似た智蔵は例外。彼らを認識すると著しい精神的負荷が起こる。
武装
対認識装置「Medusa」(メデューサ):A
敵エンジェロイドの電子制御機能に介入し、幻惑する。相手の攻撃や回避にマイナス補正を与える。
油断するとニンフですら幻惑されるほどの性能があり、抵抗にはAランク以上の演算能力が必須。
硬質翼:A
自身の翼を変幻自在に操る。
筋力ステータスに依存した威力を発揮する。
炎弾:B
遠距離戦闘用の射撃兵装。
複数の弾頭を連続発射する事が可能。また、チャージする事で威力がランクアップする。
超高熱体圧縮発射砲「Prometheus」(プロメテウス):A
アサシンを取り込んで獲得した武装。カオスの能力に追随してランクアップしている。
Aランク以下の防御及び耐久を貫通し、同ランクの攻撃を相殺する。
クラス:アサシン
マスター:シナプスマスター
真名:ハーピー
属性:秩序・悪
筋力:C
耐久:C
敏捷:C
演算:B
幸運:C
武装:B
スキル
飛翔:B
空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。
二身同一:B
二人で一つの役割を負う為の機能。
離れていても互いの意思疎通を可能にする。
気配遮断:C
クラス別能力。隠密行動の適正を上げる。
ただし直接攻撃をする際には大きくランクが低下する。
武装
超高熱体圧縮発射砲「Prometheus」(プロメテウス):B
摂氏3000度の気化物体を秒速4kmで射出する。
Bランク以下の防御及び耐久を貫通し、同ランクの攻撃を相殺する。
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『そらのおとしもの』の二次創作になります。
一月以上も間が開いてしまいましたが第三回。シリアスとコメディのさじ加減に悩んだのが最も大きな要因です。
このシリーズの目標:バトルものシリアス、および中編への挑戦。
完全オリジナルが困難なため、某作品をオマージュ(パ○リ)して練習する。
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