No.392022

そらのおとしもの 名探偵イカロスの事件簿

tkさん

『そらのおとしもの』の二次創作になります。 
 今回のテーマ:イカロスのキャラ崩壊を可能な限り抑えつつ、ギャグ方向へ転換する。
        …あれ? いつもとあまり変わらない様な?

2012-03-15 20:22:31 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:973   閲覧ユーザー数:950

「…真実は、いつも一つ」

「…はぁ?」

 ある晴れた昼下がり、俺達がたむろする茶の間でイカロスが奇妙なことを言い出した。

 

「犯人はこの中にいます」

 イカロスはいつもと違った凛々しい表情で俺たちを睥睨(へいげい)している。ニンフとアストレアも何事かとイカロスに注目していた。この流れは俺が質問しなきゃいけないんだろうな。嫌な予感しかしないから、出来れば遠慮したい。

「はいイカロス先生、質問です」

「なんでしょう、マスター」

 かといって無視するとイカロスが拗ねるので声をかけるしかないのだった。マスターは大変だなぁ。

「犯人ってなんのだ?」

「…以前、皆さんで海水浴に行ったことを覚えていますか?」

「ああ、そりゃまあ」

 

 去る夏の日の事、俺たちはみんなで海水浴に行った。

 そして会長の策謀で闇鍋大会に参加させられ、イカロスの大切にしていたスイカをダメにしてしまった。

 その結果、俺はあえなく全裸で月面旅行をする事になったのだ。

 詳しくは原作漫画13巻を参照してほしい。食べ物は、大切に。良い子と俺との約束だ。

 

「あの時、スイカを盗んだ犯人を私はまだ見つけていません」

「ああ、そういえばそうだな…」

 暴走した時の記憶が一部抜け落ちていたイカロスだったが、事の顛末はニンフから聞いていたらしい。

 結局、誰がイカロスのスイカを闇鍋の具材として使ったのかは分からず仕舞いだったのである。

「ミカコが犯人だったんじゃないの?」

「私もそう思って会長さんに確かめたけど、自分じゃないと証言したわ」

「さすがの師匠もイカロス先輩を敵に回すなんてしませんよねぇ」

 ふむ。最も怪しいと考えられる闇鍋大会の主催者だった会長が白となると、ますます分からなくなってくるな。

 …うん? それとさっきのイカロスの発言を踏まえると。

「つまり、俺たちの中に犯人がいると?」

「私はそう推理しています。じっちゃんの名にかけて」

 俺にビシッと指を突き付けて宣言する名探偵イカロス。

 

 ………さて、どうしたもんか。

 今日のイカロスさんはたいそう暴走なさりそうですよ?

 

 

 

 

 そらのおとしもの 名探偵イカロスの事件簿

 

 

 

 

 

 

CACE1:桜井家の場合

 

 

「まず、マスターは白と判断します」

「その心は?」

「仮にマスターが犯人ならば、あの大会で自滅した事になります。確かにマスターは真性のマゾヒストですが、自殺志願者ではありません」

「マゾヒストと自殺志願者って変わらないんじゃない?」

「甘いわ、ニンフ。マスターは生と死の境目を見切ってMに走る天才。私たち余人には知れない領域にいる方」

 ありがとうイカロス君、キミが俺をどう評価しているのかよく分かったよ。今月のキミの小遣いは一割カット決定だ。

 話がこじれるから口にはしないけど俺は断じてマゾじゃない。むしろエロリストと呼ばれたい。

「ニンフは、マスターとのアリバイがあるのよね?」

「そうよ? トモキが私たちに『ウホッ』と鼻の下を伸ばしていた所も見ていたし」

 失礼な。綺麗な女性に見惚れるのは男の義務というものなのだ。

 断じてあの豊満な胸や瑞々しい臀部(でんぶ)に目が行っていた訳じゃない。本当だぞ?

「…ニンフ、後でその話を詳しく聞かせて」

「いいけど。いつもトモキがしている事じゃない」

「…マスターは、私の水着にそういう反応をしてくれなかった」

 なんだろう。よく分からないけど、イカロスがスイカとは別の事で怒っているような気がする。

「アストレアは?」

「んーっと。あの日の事はよく覚えてないんですよねー」

 さすがの鳥頭である。こいつ、食べ物以外の事は三日もすれば忘れるんじゃないだろうか?

「そもそも智樹に毒物を食べさせられたり、イカロス先輩にボッコボコにされた事しか覚えてないっていうか…」

「うぐっ!」

 た、確かにそんな事もあったな。我ながらちょっとひどい事したかなー、とは思っていたけど。

「…動力炉が痛いです。マスター、これが愛なのでしょうか?」

「違う。それは良心の呵責というやつだから」

 どうやらイカロスも内心では激しく後悔しているらしい。あの事件においてアストレアは完全に被害者だったと考えてもいいだろう。

「…困りました。捜査は難航し、推理は暗礁に乗り上げてしまいました」

 行き詰まるの早いな。もう少し頑張れないのか名探偵。

 でも助け舟は出さない。イカロスが犯人捜しを諦めてくれるのが一番手っ取り早い事件終息の形だから。

「仕方ありません。こうなれば最後の手段をとります」

「何するのよ?」

 ニンフの問いかけにイカロスはこくりと頷き。

 

「あの日、海水浴場にいた人全員を犯人にするわ。大丈夫、アルテミスならここからでも全員打ち抜ける」

 

 開始早々に推理を投げ捨てたのであった。しかも有罪の制裁まで執行する気満々である。

 ちなみに、今イカロスが言ったことは無理でもなんでもない。地球の裏側からでも目標を狙撃できるこいつなら朝飯前だろう。

 あとはあの日の海水浴客の顔を覚えているかどうかだが、覚えているんだろうなぁ。出来ない事は口にしないのがイカロスなのである。

 もちろんこのままにして置くわけにはいかないので、俺が止める事にする。

「駄目だイカロス! 犯人が見つからないから全員罰するなんて名探偵のする事じゃねぇっ!」

「………っ! それは…」

 よしよし、動揺してるな。

 今回名探偵をオマージュしているイカロスにとって、この反論は相当手痛いはずだ。

「諦めるな。俺たちも協力してやるから、な?」

「マスター… 分かりました、よろしくお願いします」

 説得完了。こういう時、イカロスは物分りがよくて助かる。

「待ちなさいトモキ。今、俺たちって言わなかった?」

「言ったぞ? 俺だけ貧乏くじ…じゃなくて皆で協力するのが名探偵の仲間達だからな」

「ええっ! じゃああたしも!?」

 ふふふ、ニンフにアストレア。このままお前たちだけに気だるい午後のひと時を味あわせてなるか。

 強引にでもイカロスと俺に付き合ってもらうぞ。

 

 

 

 

 

CACE2:見月そはら、風音日和の場合

 

 

「私たちもトモちゃんと一緒にビーチバレーしてたよ」

「はい。その後、見月さんが桜井君にアイアンクローをしていましたよね」

 あったねそんな事も。

 最近のそはらはチョップ以外に俺を制裁するバリエーションが増えてきて困る。

 そんな間違った試行錯誤はしなくてよろしいのである。

「ほら見なさい。完全に無駄足じゃない」

「やっぱり師匠が犯人なんじゃないですかー?」

 半ば強制的に連れてこられてたニンフとアストレアは不満を隠そうともしない。だが。

「それは早計よワトソン君。何事も情報収集は大事、思わぬ発見があるかもしれない」

「あ、私そっち役なのね」

 イカロスのやる気はそれを障害にしないのであった。そしてすっかり名探偵イカロスと愉快な仲間たちと化した俺達。

「はいはーい! 私は何役ですか?」

「アストレアは…犬役?」

「なんですかそれ!? そんな役ありました!?」

 無いな。イカロスも思いつかなかったんだろう、確かにアストレアは犬っぽいからな。

 

「うーん、そもそもイカロスさんに恨みを持つ人っているのかなぁ?」

「そうだよな。そんな奴いたか?」

 そはらの意見はもっともだ。

 笑わない珍獣と呼ばれるイカロスだが愛想が無いわけじゃないし、町の評判は良い方だ。

 素直で人がいいコイツを嫌える奴の方が珍しいと思う。

「………なるほど、閃きました。つまり犯人はマスターに恨みがある人物ですね」

「は? 俺?」

 なんで俺に恨みがあったらイカロスのスイカを盗む事になるんだ?

「私たちの周囲で起こるトラブルが巡り巡ってマスターへ災厄を運ぶのは世の常識。つまり私のスイカを盗み、闇鍋の具材にする事でマスターへの復讐を果たそうとした卑劣な犯行…!」

『な、なんですってー!』

 イカロスの無茶な論理展開に某漫画のごとくリアクションを返す女性陣。名探偵どこいった。

 ………くそう。その仮説を否定したいのにその材料が思いつかねぇ。現にそのスイカ盗難事件も俺が酷い目に遭ったわけだし。

「トモキに恨みのあるやつなんていた?」

「女子からなら山ほどいるけど… そんな回りくどい事しないよね」

「直接ぶん殴れはいいだけですよねー」

 まあそうだな。なんか釈然としないけど。

「あ、でも鳳凰院さんがビーチに来ていましたよ?」

「マジで? そりゃあいつとは仲悪いけどさ」

 風音からの新情報は俺たちに衝撃を走らせ…ないな。あいつはそんな陰険な真似をするやつじゃない。

 っつーか俺が誘った時は『フ。僕はプライベートビーチで優雅に過ごすから余計なお世話だよ。君はせいぜい庶民の享楽を満喫したまえ、ハーッハッハッハ!』とか言ってたくせに。

「イカロスさん目当てなんだろうね…」

「でしょうね」

「だよなぁ」

 そはらとニンフ推理に俺も賛同する。あいつが来る理由なんて他にないだろう。

 その割にちょっかいをかけて来なかったのは、素直にストーカー行為にいそしんでいたせいだろうか。

「………謎は、すべて解けました」

 そしてそんな鳳凰院の想いなんぞ知ったことかと言わんばかりに空の女王(ウラヌス・クイーン)モードを起動するイカロス先生。あいつの中では犯人と断罪が直結しているらしい。

超々高熱体圧縮対艦砲(ヘパイストス)…発射」

 俺たちが止める間もなく放たれたエネルギー砲は、鳳凰院の住む町はずれの豪邸へと伸びていった。

 

 

 

 ~同時刻、鳳凰院邸~

 

「お兄様、またそれを見ているんですの?」

「ふっ、妬かないでくれ月乃。イカロスさんの水着姿が美し過ぎるのがいけないのさ」

「まったく、プロマイドを見るくらいなら直接会いに行けばよろしいのではなくて?」

「無論、後で会いに行くとも。しかしこの総勢567点にも及ぶイカロスさんプロマイドもまた至高の空間なのさ」

「はぁ。私、最近のお兄様が遠くに見えますわ」

「遠視かい? 若い身空でそれはいけない、今度眼科に行こう。もちろん我が家専属のね」

「あら? お兄様の言う通り目がおかしいのかしら? 何かまぶしい物が近づいてくるような―」

 

 

 

 轟音と爆風が地平線の向こうから届いて数秒後。古典的なキノコ雲が鳳凰院邸の方角から立ち上っていた。

 誰かが『爆発オチなんて最低ですわー!』と叫んでいるような気がした俺達は無言で鳳凰院の冥福を祈る。

 そして。

「…でも、イカロスさんを好きな鳳凰院さんがそんな事するでしょうか?」

 という風音の疑問は鳳凰院の冤罪を証明するには十分だった。

 

 

 

CACE3:守形英四郎の場合

 

 

「スイカ盗難の犯人か」

「はい。正直、もう先輩を頼るしか…」

 そはら達と別れ、俺たちは守形先輩のいる川原まで足を運んだ。

 あの事件の当事者のうち、会っていないのはもう先輩と会長だけである。

 会長が白という事をイカロスが聞き出している以上、実質最後の事情聴取だ。

「マスターのマスターは、心当たりがございますか?」

「………そうだな」

 イカロスの質問に難しい顔で黙り込む守形先輩。正直な話、一番探偵役が似合うのはこの人だと思う。

「そもそも俺は闇鍋の具材にイカロスのスイカが混入している事を知らなかった」

「でしょうね。知ってて手を出すのはそれこそ自殺志願者だもの」

 うん、ニンフの言うとおりだ。俺も知っていたら断固参加を拒否していただろう。

「むしろなぜアストレアが鍋に沈んでいたのかが不可解だ」

「えーっと、そういえばなんでだったっけ…?」

 いや先輩、コイツに合理的な行動なんて無理だと思います。

「大方、食べ物の匂いにつられて鍋に飛び込んだんじゃありませんかね?」

「そうかもしれんが… そもそもアストレアは闇鍋の前にビーチバレーにも参加していなかったな?」

「ですねー。うーん、なんか理由があった気がするのよねー」

 ふむ。今更だけどここにきてアストレアの行動にアリバイがない事が見えてきたな。

「………そう、やっぱりアストレアが」

「ちちち違いますよぅ! イカロス先輩のスイカなんて盗みませんってば!」

 ぎょろりと視線を向けるイカロスに全力で弁解するアストレア。まあ、こいつにそんな知能的犯行ができるとは思えないしな。

 それよりもイカロスのフラストレーションはいよいよ限界が近い。さっきの『鳳凰院邸爆破事件』以上の惨劇の予感がしてきた。

 なんとか犯人を見つけないと町全体が危ないかもしれない。

「イカロス、美香子は確かに自分は犯人じゃないと言ったんだな?」

「はい。…まさか、会長さんが嘘をついていると?」

「いや、そうじゃない。さすがの美香子もお前に嘘をつくほど意地が悪くないだろう」

 そうかな。俺は毎度のように騙されて酷い目に遭わされるんだけど。

「そうでしょうか? マスターはよく嘘をつかれているのですが」

 うんうん、よく言ったイカロス。その辺りはもっと抗議するべきなのだ。

「そもそも智樹とお前では人徳に開きがあり過ぎる。美香子もそこまで悪党ではないさ」

 先輩の言葉を意訳すると、俺は日々人間らしい言動を目指すイカロスよりも人として劣っているらしい。

「ま、確かにそうね」

「ですよねー。イカロス先輩とこいつを比べるなんて失礼ですよ」

 そしてまったくだと同意する未確認生物二名。お前ら、今迄の恩を忘れていけしゃあしゃあと…!

「これに懲りたら、もう少しセクハラを控えることだ」

「…つまりそれが言いたかったんですね、先輩」

 なんという婉曲な虐めだろう。パワハラの波は空見中学にまで押し寄せているのだ。

「そう拗ねるな。話は逸れたが、本題は別にある」

 眼鏡をくいっと上げて先輩は話を続ける。

「嘘をついていなかったとしても、全てを語っているとは限らない」

「…どういう、事ですか?」

「イカロス、美香子はお前に『私は犯人じゃない』と言ったのだろう。だが、それは真相を知らないという事には繋がらない」

「あ! それってつまり…!」

 いち早く先輩の意図に気づいたニンフが声をあげた。

 俺にもなんとなく分かってきたぞ。つまりそれは。

「会長は、犯人を知っている…!?」

「かもしれん。なにせ闇鍋の準備をしたのは美香子だ、事の真相に一番近いのはあいつだろう」

 先輩の言葉にイカロスの目がぎらりと光る。比喩抜きで。

「行きましょう、マスター。今こそ全てを明らかにする時です」

「あー、それはいいんだけどさ」

 その前にもう一つ、俺は先輩に確かめておきたい事がある。

 

「なんで会長はそんな大事な事を黙っていたんすかね?」

「そうすればお前が四苦八苦するからだろう」

 ですよね。多分そうなんだろうなって思ってましたよ、ええ。

 

 

 

CACE4:五月田根美香子の場合、そして真相へ

 

 

「あの時の事? そうね~…」

「そうです。ネタは上がってますのでとっとと教えやがってください」

 きちっと正座しているにも拘らず、言動がおかしな事になり始めているイカロスさん。もう彼女は限界みたいです。

 それに対して柔和な表情を微塵も崩さない会長は時々すごいと思う。

「そういえばVTRが残っているけど、見る?」

「そんなのいつ撮ってたんすか…」

 内緒よ、とほほ笑みながらDVDをプレイヤーにセットする会長。今さらだが実に底が知れない人である。

 そんな俺の感想を余所に、会長の私物であるどでかいワイドビジョンテレビが夏の浜辺を映し出した。

 そこには会長と談笑しているアストレアの姿があった。

 

『アストレアちゃんは遊ばないの~?』

『じつは智樹のやつに頼まれたんですよ』

 

「スイ次郎…!」

 映像の中でアストレアが手にしている物は、どうやらイカロスのスイカであるらしい。

 …そうか、スイ次郎か。以前にもスイカに名前を付けるのは止めなさいと言ったんだけどな。

 どうせ腐らせるか売りに出すかのどちらかになるんだから、寂しい思いをするのはお前なんだってば。

 

『海に来たらスイカ割りをするのが礼儀なんだーって、今やっと見つけたんですよ』

『あらあら。盗みは良くないわよ~?』

『お金は置いてきたんで大丈夫ですっ!』

『それなら大丈夫ね~』

 

 いや、それ大丈夫じゃない。俺がお金を渡したのはそれで買ってこいという意味だったのだ。断じて他人の物を盗ってこいという意味じゃない。

「………」

 そしてこの映像を見つめるイカロスさんも全然大丈夫じゃない。

 彼女の食い入るような視線の先にあるのはスイカのみ。その顛末を一瞬でも見逃すまいと深紅の瞳が絶賛稼働中である。マジ怖い。

 

『いい匂いですねー。夏にお鍋なんて、師匠も通ですね』

『でしょ~? 暑い日に熱いものを食べたがるんだから、日本人って不思議よね~』

 

 ふらふらと鍋へと引き寄せられるアストレア(くいしんぼう)

 ………あー、オチが読めた。

 俺の隣にいるアストレアも顛末を思い出したらしく、ガタガタと震えているのだった。

 

『アストレアちゃん、そんなに近づくと危ないわよ~? お鍋に落ちたら助けられないわ~』

『やですねぇ。いくら私でもそこまでドジじゃ―うぶっ』

 

 そして自然の摂理のごとく鍋へと転落するアストレア。

 当然ながら彼女が手に持っていたスイカも鍋の底に沈んでいく。

 

『あらあら~』

 その一部始終を目にしていた会長は。

『えいっ♪』

 アストレアとスイカに点数の書かれた札を付けた。

 

 VTRはそこで終わった。こうして、謎は全て解けたのである。

 あとは。

「…マスター。アストレア」

 ゆらり、と立ち上がる名探偵から執行人へとクラスチェンジしたイカロスさん。

 そう、あとは罪人が裁かれるだけだ。

『ごめんなさいっ!』

 俺とアストレアは謝りつつも全力で逃走する。だって謝っても許してもらえる雰囲気じゃないし。

「アルテミス、3番から29番まで装填。斉射」

「うおおおぉぉ!?」

「いやああぁ!?」

 その行く手をイカロスが放った誘導弾に遮られた。今のイカロスさんの辞書に手加減という文字はないらしい。

「………マスター、お覚悟を」

 のっしのっしとこちらに歩み寄ってくる怒れるイカロス(バーサーカー)

 その手にはヘパイストスが握られている。このままじゃ俺は再び全裸で月面旅行する事になる。

 駄目だ、俺達だけでは現状の打開は不可能。ここは頼れる我が家のブレインにすがる他はない。

『ニンフ(先輩)!』

「あ、おみやげは月の石とか期待してるから」

『薄情者ー!』

 あっさりと匙を投げ捨てる我が家のブレイン。さすがの頭脳派も暴徒と化したイカロスに打つ手は無いらしい。

「なあアストレア。月には兎がいるって事、知ってたか?」

「あはは。やだ智樹ったら、月に生き物なんているわけないじゃない。ちゃんとそはらさんから聞いたんだから」

 そうか、じゃあ兎と餅をつくのは初めてになるな。なかなかできない体験だから楽しみにしていてくれ。

 

「ヘパイストス…発射」

 こうして、俺は二度目の月面旅行へと旅立ったのであった。

 道連れもいるし、今回は賑やかな旅になるんじゃないだろうか。

 

 

 その夜、ある母子が再び望遠鏡で月を見た。

 母親が月で餅をつく少年を見て頬を染め、直後にその隣で楽しそうにする天使を目にして『お幸せに…』と悲しそうに呟いたのはまた別の話である。

 

 

 

 ~了~


 
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