―――これは、原作では描かれていない川神一子の文化祭の物語である。
川神学園で、文化祭が行われていた。
川神祭と呼ばれるこの文化祭は、生徒の自主性を重んじる学園の校風もあって、かなりの裁量を生徒自身に任されている。
教室を使って運営されている模擬店の中のひとつに、大和のプロデュースによる模擬店『武士娘』があった。
中に入ればわかるが、この模擬店はファミリーレストラン風になっており、店員もファミレスっぽい制服に身を包んでいる。
ただ、制服のスカートはかなり短めで、油断すると下着が見えてしまう。それどころかスカートだけでなく、上着の胸元も大きく開いており、谷間を強調するようなデザインになっていた。
布が薄目な上にピッチリとしたサイズで、体のラインがはっきりわかり、そんな色っぽい制服を包むエプロンには可愛らしいフリルがついて、そのギャップが扇情的になっている。
さらには、働く女の子達にはなにかしらの武器を所持していた。
―――そんな女性達の前に、直江大和は特に恋人が着る制服に魅了された。
「やーまと♪ どうかな?」
ウェイトレス姿の川神一子がニコニコしながら大和に感想を求めてきた。
「………じー」
大和は一子の姿をじっと観察する。
胸のボリュームは控えめだが、均整の取れたスタイルをしている一子は、この模擬店の制服が健康美をうまい具合に演出しており、他の女性達とは違う魅力を醸し出していた。背中の薙刀がちょっと気になるが、そのアンバランスが逆に目を引いていた。
「ああ、似合ってる」
大和は素直にそう評価する。
「よかった。こういう動きにくい服、普段着ないからね」
活動的な一子はそう言って笑った。
「……それにしても、懐かしいなぁ……」
一子は背中の薙刀を撫でた。
彼女には川神院の師範代になるという夢があった。姉の川神百代をサポートし、そしてよきライバルになろうと心に決めていた。しかしその夢には届かなかった。世界中の武道家がその名を知る川神院の師範代は、本物の天賦の才に恵まれた者でなければなることはできない。一子はその領域に踏み込むことができなかった。努力に関しては天才だと言い切っていい。しかし強さの純度を保つため、いかに残酷とはいえ、武術の本山として、彼女の願いを聞き届けることはできなかった。
無論、一子はそのことを恨んでなどいない。大きな挫折を味わい、傷ついた彼女だが、すでに新たな夢に向かって努力を始めている。
一子の見つけた新たな目標とは、管理栄養士になることだった。
武術での力が足りなくても、姉のために、川神院のためにできることがある。
転んでもまた立ち上がって走り出す一子を心から支えてやりたいと、大和はそう思っていた。
しかし、管理栄養士になるにはそれなりの学力がいる。今の一子ではとても難しいため普段の数倍の勉学をしているので、今では体を動かす程度の鍛錬しかしておらず、薙刀の練習はしていなかった。
そのため久しぶりに愛刀を触れる感触はとても懐かしく感じていた。
『では、これより川神祭を始めとする。皆、それぞれしっかり楽しむがよい』
学長である川神鉄心の開催宣言がスピーカーから流れ、川神学園の文化祭が始まった。
「張り切っていくわよ――!」
一子は薙刀を頭上に持ち上げて笑顔で気合を上げた。
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川神祭が始まってしばらくして、客が少しずつ来店し始めた。
来る客すべてが男で、一子のウェイトレス姿や他の女子のウェイトレス姿の色っぽい制服姿にすっかり目を奪われている。
これなら噂はすぐに広がり、新たな客を呼んでくるだろう。昼時になればかなり忙しくなるに違いない。
「ワン子、パフェ食べたい」
「はい、お姉様!」
一子はとてもいい返事をして、厨房に行く。
「姉さんも働いてよ……」
大和はサボっている店員である百代に注意する。
「今はいいだろう~? どうせ、忙しくなるのは昼からなんだからさぁ~」
すでに忙しくなく時期を読みきっているためか、百代は今のうちにサボっておこうというつもりらしい。
「はい、お姉様!」
一子はニコニコした顔で、百代にパフェを渡す。
「ありがとうワン子♪ いやぁ~可愛い妹は最高だ―――!」
百代は一子の頭をナデナデしてあげる。
「お姉様~~♪」
とても気持ち良さそうな顔をしている一子。
「……姉さん。そのパフェ、千円ね」
「何!? 高いぞ。これ確か……」
「一子を使った使用料」
大和は冷笑した。
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予想通り正午頃からは、忙しくなくなる。
そんな最盛況の最中、風間翔一、島津岳人、師岡卓也の三人が入店する。
ちなみにこの三人は、川神際をあちこち見て回りたいからと『武士娘』には参加していない。
「うわ、混んでるじゃねえか」
岳人が働くウェイトレス達を目で追いながら言う。
「忙しそうだね。出直そうか?」
卓也が気を遣って言ったが、ホールにいた大和がやってくる。
「なんだ、キャップじゃないか」
「大繁盛じゃん、大和」
「ああ。大繁盛なのは嬉しいけど、もう一人ウェイトレスが欲しいね」
言いながら、大和は卓也に目を止める。
「……そうだな。この際それでいくか」
大和は自分で納得しながら頷く。
「えっと……大和?」
嫌な予感が卓也に走り抜ける中、大和は一子と百代を呼んで、ヒソヒソと何か話始める。
「いやあ、いいところに来てくれたなぁ、モロロ」
「本当、困っていたところだったのよっ!」
百代と一子はあからさまに悪巧みをしている笑顔で、卓也の両肩をつかむ。
「あ、あの?」
卓也はとても逃げ出したい気分に駆られたが、百代と一子に肩をつかまれている以上、それは不可能だった。
「ガクト、キャップ……あの」
卓也は二人に助けを求めると『無理』と首を横に振って、見捨てられた。
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日が沈むころ、川神祭は鉄心の宣言とともに終わり、『武士娘』も閉店となった。
「や、やっと終わった……」
スタッフ達はそれぞれテーブルの上に突っ伏す。慣れぬ仕事で、全員精魂尽き果てていた。
これから片付けもしなければならないのだが、動き始めるまではしばらく時間がかかりそうだった。
「でも、とても楽しかったね大和♪」
一子は笑顔で大和に笑った。
「ああ、そうだな……」
大和はそれを笑顔で返しつつ、一子との青春の思い出を作れたことに感謝するのだった。
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