No.383377

真・恋姫無双  馬鹿がサンタでやってくる 後編

y-skさん

だらだらと続いたバレンタインのお話もようやく完結です。
もう二月どころか三月ですね。
無双6のDLC、鉄舟に手を出したのが不味かったようです。
個人的に、ですが無双シリーズのBGMでは、
真・三国無双3の辞典の音楽、

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2012-02-26 02:40:17 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3122   閲覧ユーザー数:2809

城内の一室。

美羽と七乃の部屋は甘い匂いに包まれていた。

そう言うと、この節操なしめが、との罵声が聞こえてきそうなものだが、別に比喩表現でも何でもない。

文字通り、甘い香りがするだけだ。

部屋の一角には蜂蜜の入った壺が、これでもかという程に所狭しと並べられ、さらに山積みとなっている。

これだけ甘い匂いが充満していると、気分が悪くなるのではないかと危惧していたのだが、どれもこれも上質な蜂蜜なようでそんな兆しは一切無い。

総額いくら位になるのだろうか。

この時代では養蜂業もそこまで盛んではないだろうし、これだけ集めるとかなりの高額になりそうだ。

国ひとつ傾くかもしれない……。

傾国の美女ならぬ傾国の蜂蜜となりそうだ。

そう言えば、三国志の傾国の美女となると甄氏が有名だがこの世界ではどうなのだろうか。

甄氏は袁紹の息子の、何人目の子供かは忘れたが、嫁さんで、後の魏皇帝である曹操の息子、曹丕に見初められ彼に嫁ぐことになる。

とまぁ、そんな蘊蓄は実にどうでもいいのだ。俺が気になるのは甄氏の性別である。

有名な武将たちが皆、一様に女性へと姿を変えている。となるとこの世界では傾城の美女は傾城の美男子へと変貌するのだろうか。

ふと思いついたままに、甄氏の位置へと自分を当てはめてみる。

 

……ないな。

俺が振り向いた所で城は威風堂々とその居を構えたままである。

自分が絶世の美男子だとも思ったこともないしね。

余りの馬鹿らしさに口元が緩む。

 

「のう、七乃。主様がなにやら一人で笑っているのじゃ。」

 

「あれは気にしなくていいんですよ。見て見ぬ振りをしてあげるのが淑女の嗜みです。」

 

ほっといてくれ。

君ら、俺が入ってきてもガン無視でいちゃいちゃしてたじゃないか。

何で俺のニヤケ顔だけばっちり見てるんだよ。

 

七乃の言葉に、美羽は興味が無くなったのか再び蜂蜜水をちびりちびりと口に含む。

側に控える七乃の両手には次の、そのまた次の蜂蜜水が握られており、温かそうな湯気が立ち上っていた。

その様子に、思はず手を伸ばすもひらりとかわされてしまった。

より一層、心も体も冷え込んだ一幕であった。

ちなみに、俺からの贈り物は二つとも卓上に置かれたままである。それも、空の杯の山に隠れるようにひっそりと、である。

直ぐに食べてくれ、と言うつもりはないのだが、その扱いはあんまり過ぎるのではないか。

二つ、並んだ胡麻団子が、雨の中拾ってくれとでも訴えかける子犬の瞳のように見えて仕方ない。

そんな目をしないでくれ。俺だって拾ってやりたいがウチはペット禁止の学生寮なんだ……。

 

そんな阿呆なことを思いながら彼女たちを眺めていると、ふと、違和感を覚えた。

 

「なぁ、七乃。」

 

「何ですか、一刀さん。」

 

俺の問いかけに一応の返事を寄越すも、その顔は不満気である。

その双眸からは、今、お嬢様を愛でている所なので邪魔をしないで下さい、とでも言うかの様な無言の抗議が感じられた。

余りの眼力にたじろぎそうになるも何とか踏み止まる。

彼女の顔は、どこか草臥れたようであり、その瞳だけが炯々としていた。

 

「美羽のこと、少し甘やかしすぎじゃあないのか?」

 

普段の七乃ならば、机の上に空の杯が一杯となる程、美羽に蜂蜜水を与えたりはしない。

それどころか、美羽が強請ってもそれを諌める立場にあるはずなのだが……。

既に彼女の両手に杯は握られていない。その代りに、卓上では今にも雪崩が起きそうになっていた。

 

「華琳さんが……。」

 

幸せそうに蜂蜜水を嘗める美羽を見ているとぽつりと呟く声が聞こえる。

 

「華琳がどうかしたのか?」

 

蜂蜜の話からなぜ華琳に繋がるのかは疑問に思うがいくら考えても分かりそうになかった。

再び彼女に視線を戻すと、その肩はふるふると震えていた。

声を掛けようと近づいた所に、がばっと、まるで機を見計らっていたかの様に顔が上げられ、その眼光に再度、射抜かれる。

その瞳は今し方よりも輝きを増しているようであった。

 

「華琳さんがっ、私に仕事をっ!」

 

制服の胸元を掴まれ、ぐい、と引き寄せられる。

近づけられた彼女の瞳には涙が溜まっていた。

それに、先程の眼光が増したのは涙のせいであったと気付かされた。

 

 

しがみ付いたまま滂沱の涙を流すこと幾許か。

ようやく彼女は落ち着きを取り戻し、美羽の側へと控えた。

日頃の鬱憤が溜まっていたのであろう、子供の様に泣きじゃくっていた。

初めは心配していた美羽もドン引きする程の泣きっぷりである。

理由を聞けば分からなくもない。

要領を得ない説明ばかりで難儀したが、どうにか聞き取れたことは以下の通りである。

 

「華琳さんが私に仕事を回してくるんです。」

 

「仕事するのは当然だとは思っていますけど量がおかしいんです。」

 

「とんでもない量なんです。私が全力で取り組んでどうにか期日までに終わる量なんです。」

 

「おかけで美羽様と過ごす時間が全然取れません。」

 

「下の者の能力を正確に見極めている、という点では優れた眼力を持っていると言っていいですが……。」

 

「この量はいくらなんでもあんまりです。こんな悪どいこと、私でもやりません。」

 

「もう何日もお嬢様で遊べていません。」

 

「やっと時間が取れたのだから、少し位、楽しませてくれてもいいじゃないですか。」

 

端的に言ってしまえば、仕事が忙しくてお嬢様を愛でる暇がない、ということである。

 

そんなことを大声で泣き叫ばれれば呆れるというものである。

美羽の反応にも頷ける。

しかし、彼女にとってはそんなことでは済まなかったのだろう。

赤く腫らした眼元には未だ涙を湛えたままであった。

まぁ、七乃の言い分も分からなくはない。

俺だって、自由にしていい時間を限界まで削られてしまったら多少の不満を覚えるだろう。

ただ、それを全面的に許していいかと言われたらそういう訳にもいかないのだ。

自業自得と言ってしまっていいのだろうか。

まぁ、なんと言うか、彼女たち、美羽と七乃はつい最近まで日がな一日遊んでばかりだったのだ。

町に買い物に出たり、一日中庭の東屋でお茶をしていたり。

美羽の人形を作って部屋中を木屑だらけにしたりと。

流石に三国の人々の不興を買い、彼女たちにも強制的に仕事、美羽はお勉強だ、が回るようになった。

今回のことはきっと華琳からのお仕置きなんだろう。

今までサボっていた分を、取り戻させれるために限界ギリギリの仕事を与えているに違いない。

有る程度こなせば、そのうちに量も落ち着いてくるだろう。

しかし美羽の胸にその顔を埋めて意気消沈している様子を見るとかわいそうだと思ってしまうのは、皆が言うように俺が甘いせいなのだろうか。

 

「ところで、美羽の勉強の方はどうだ。」

 

七乃の、綺麗な青い髪を優しく撫でている美羽に声をかける。

そんな彼女の面持ちは、母性に目覚めた母親の様に愛おしげである。

これでは、どちらが子供か分かるまい。

最も、美羽自身も既に成人した女性であり、先程の言葉は酷く失礼に当たるのだが。

髪を梳く手を止めず、彼女はこちらに視線を合わせた。

 

「妾の勉強かえ?冥琳と穏が見てくれるので大丈夫じゃ。」

 

二人とも分かりやすく教えてくれるから、新しいことを知ることが楽しいのじゃ。

にこり、とその顔に満面の笑みを浮かべて、誇らしげに少し胸を張る。

華琳と、麗羽にも劣らぬ、彼女の髪が西日にきらきらと輝く。

夕焼けを反射したその光は、穏やかで優しい色だ。

それが今の美羽という人そのものを表わしているようであった。

そんな光に導かれるように、自然と俺は彼女の頭へと手を伸ばしていた。

そのまま、くしゃくしゃ、と彼女の頭を掻き乱してやると気持ち良さそうに身を捩る。

そんな美羽とは対照的に、一切の反応を見せない七乃へと目を向けると、静かに寝息を立てていた。

 

「寝ちゃったか……。」

 

泣き疲れたのか、ここ最近の激務が祟ったか、恐らくはその両方であろう。

先程まで草臥れていた様子であった七乃の顔は今では安らかである。

眉間に薄く残った皺が、彼女の奮闘ぶりを物語っていた。

美羽から七乃を預かり、寝台へと運び寝かせてやる。

収まりが悪いのか、布団の上で何度か体をくねらせた後、再び規則正しい寝息を立て始めた。

 

そのままお暇しようと扉を開ける。

美羽に挨拶を残そうと振り向けば、彼女が、とたとた、と半ば駆け出すように身を寄せた。

 

「のう、主様。」

 

寝台に横たわる少女を気にかけて美羽は囁き掛ける。

その言葉を聞き漏らすまいと、俺は腰を屈めた。

少し、背が伸びたのかもしれない。

いつもより少しだけ、辛さを感じない体勢にそんなことを思う。

 

「七乃ことなんじゃが……。」

 

少し言い淀むように開かれた口からは、先程よりも一層、時間の流れというものを明確に感じられる言葉が紡がれた。

 

「確かに妾たちは気の向くままに過ごしてきたのじゃ。今となってはどれだけ時を無駄にしていたのかと後悔するばかり。」

 

小さな肩を落とし、俯く。

そのまま言葉を探っているのか、かすかに唸り声を上げて。

 

「そのせいで、七乃が今、忙しくしているのは分かっているつもりじゃ。」

 

それでも、と彼女は言葉を続けてこちらを見上げる。

形の良い眉を曇らせて、声と、肩とを落したままに。

 

「それでも、少し七乃の仕事を減らしてやって欲しいのじゃ。

 七乃は良くやってくれておる。それに、今日みたいな姿を見るのは辛いのじゃ。」

 

そう言葉を締めくくると、こちらを窺うような素振りを見せる。

 

「分かってるよ。俺の方から華琳に頼み込んでみる。」

 

「本当かえ?」

 

未だ心配そうな表情を崩さない彼女に、本当だよ、と微笑んでみせる。

そんな俺の顔に、ようやく安堵の色を見せた美羽は、ありがとうなのじゃ、と踵を返す。

七乃へと急ぐ途中で足を止め、再び俺と向かい合う。

 

「大切な人だと、主様に言って貰えて嬉しかったのじゃ。妾にとっても主様は大切な人なのじゃ!」

 

俺の担ぐ袋を指差し、大輪の花を咲かせた。

 

 

 

時の流れとは、こうして、ふとした時に感じられるものだ。

先程の美羽とのやり取りを思い返しながら、俺は彼女の元へと向かう。

馴染みの女官に軽く挨拶をして、扉を一つ、二つ、三つ、と叩く。

入りなさい、との声に室内へと歩みを進めた。

 

「邪魔だったか?」

 

「いいえ、丁度休憩を挟もうと思っていたところよ。」

 

そう答えた彼女の机の上には竹簡が五つほど、山になって積まれていた。

 

「それで、今日はどうしたのかしら?貴方が来ると大抵は碌なことが無かったように思えるのだけれど。」

 

口元に薄く笑みを浮かべながら、片目を閉じてこちらを見やる華琳。

随分なご挨拶だな、と答えると彼女は、くすり、と声を上げた。

 

「えっと、七乃のことなんだけどな……。」

 

「あら、人の部屋に来て早々、他の女の話をするのかしら?」

 

「からかってくれるなよ、華琳。」

 

少しくらい付き合いなさいな、そう言いながら彼女は席を立つ。

備え付けの棚へと向かい、茶器を取り出した。

 

「俺が淹れようか?」

 

「一刀が私よりも美味しく淹れられると言うのなら、頼んであげてもいいんのだけれど?」

 

そう返されると俺は黙っている他になかった。

洗練された動きで二人分のお茶を用意をする彼女は楽しげに見える。

俺とのお茶を楽しみに、とでも言えればいいのだが、残念ながらそういった理由からではないだろう。

詩作、料理とともに、お茶を淹れることも彼女の趣味なのだ。

そんな華琳の淹れてくれるお茶は本当に美味しい。

彼女と同じだけの味を出せる茶店は、この大陸にもそうは無いだろう。

本来なら、茶菓子として作った胡麻団子を出すべきなのだろうが、華琳のお茶の横に自分のそれを並べる勇気は無かった。

 

 

「で、七乃がどうかしたのかしら?」

 

最も、貴方のことだから、想像はついているけどね。

腰を落ち着かせた華琳は卓上の杯へと手を伸ばす。それを少し口に含むと、満足そうに口角を上げた。

 

「まぁ、大方、華琳の想像通りだよ。」

 

彼女に倣い、俺も口へと茶を流し込む。

仄かな甘みと、香ばしい香りが、熱を持って体中へと広がってゆく。

全身から力が抜け、ほっと、人心地がつく。

温かい飲み物とはどうしてこうも人を落ち着かせるのだろうか。

 

「貴方はどう思う?」

 

「どうって、何がだ?」

 

「七乃へ回す仕事を減らすべきか、の話よ。」

 

貴方が持ちかけて来たのでしょう、と、これ見よがしに溜息を一つ。

呆れたように頬杖を突き、半目でじろりと睨まれる。

 

「俺としては減らしてやって欲しいかな。」

 

あら、どうしてかしら?とでも言うかのように彼女は首を傾げた。

その仕草がとても、可愛らしく愛らしく俺の目に映り、思わず言おうとしていたことを失念しそうになる。

 

「さっき、美羽の所に寄って来たんだけど、七乃、もう限界そうだったぞ。」

 

彼女の部屋で目にしたもの、耳にしたものを出来るだけ詳細に華琳へと伝える。

七乃が取り乱した件では、こめかみを抑えていたものの、美羽の話になるとその顔からは険が取れて行った。

 

「分かったわ。少し彼女に回す量を調整しましょう。」

 

「そうか……。よかったよ。」

 

「まぁ、彼女には充分、という程ではないにしろ罰を与えたのだし、ここは美羽、それと貴方の顔を立てて良しとしましょう。」

 

私としては、美羽と引き離して、彼女の依存性も取り除きたかったのだけどね。まさか、それ程だとは思わなかったわ。

やれやれ、といった様子で頭を左右に振り、華琳は杯へと手を伸ばした。

 

「彼女たちの話はこれでいいかしら?」

 

「ああ、問題ない。」

 

「そう。それならば、もう少しこの場に相応しい話題を用意なさいな。」

 

せっかく二人でお茶をしているのだからね。

お澄まし顔で覇王様は仰る。ここからは純粋に息抜きさせろ、とのお達しだ。

 

「そう、だな……、それじゃあ……。」

 

 

話題を出せと言われても、そうそう簡単に思いつく筈もない上に、相手が魏の覇王、曹孟徳とくれば俺が話す大抵のことは知っている。

それでも。

 

せっかくの茶会、それも久しぶりに二人だけで過ごす時間なのだ。

何とか楽しませてやりたい。

そう思うのはごく自然なことであるし、やっぱり男の子なのだ。

彼女の知らないこと、驚くようなことを話して、少しでも良い所を見せてやりたい、とちょっぴり見栄を張ってしまうのも無理のないことである。

となれば、必然的に話題は絞られてくる訳で。

 

「信じられないわね。普通、そんな怪しい人間がいたら然るべき処置をとる必要があるでしょうに……。」

 

それどころか喜び待ち望むなんてどうかしてるわ。

片手を額に当て、渋い顔を作る。そんな彼女の様子を見ながら、俺はほんのちょっとだけ、得意げに笑みを浮かべた。

そんな俺が気に入らなかったらしく、華琳は白い指先で俺の手の甲を抓る。

それが思ったよりも痛くて、声を上げそうになったものの、彼女の拗ねたような仕草を、顔を見ることが出来るのが俺だけなのだと思うと、口元が緩んでいくのを止められない。

そうした俺の反応も、やっぱり気に食わなかった彼女は更に指先へと力を強めていく。

今度こそ俺は声を上げずにはいられなかった。

 

「で、貴方もその、さんたくろうす、とやらの真似をしているのかしら?」

 

そう言って華琳は、俺の隣に置かれた袋を顎で示した。

 

「これはちょっと違うかな。贈り物という意味では一緒だけどね。」

 

贈り物?と怪訝そうに首を傾ける華琳へと俺の努力の結晶を差し出す。

 

「今日はね、クリスマスじゃなくてバレンタインなんだ。」

 

胡麻団子を手に取るも、未だ合点がいかないような様子で、相変わらずきょとんとしたままであった。

日頃見ることの出来ない彼女の無防備な姿は可愛らしくて、その体格も相まって年端もいかない子供のように思える。

凛々しく、常に不敵な笑みを崩さない彼女は、これぞ曹孟徳である、といった風格に満ちている。

その覇王像に隠れがちであるが、彼女はまだ人生の半分も歩んでいない少女に過ぎない。

その肩に、背に多くのものを背負いながら一歩一歩踏みしめている途中なのだ。

そんな彼女を支えたいと願い、俺はここにいる。

まだまだ、彼女の背中を見ることも叶わないがいつかはその隣をと、小さく、微かに揺れる彼女の髪を見ながら思った。

 

「ばれんたいん、とはどんな日なの?胡麻団子を贈る日なのかしら。」

 

「今日は大切な人に贈り物をする日なんだよ。家族とか、親友とか……。」

 

恋人とかにね。

 

そう言って華琳に微笑みかける。

 

「……ばか。」

 

それだけを呟いて彼女は顔を背けた。

態々夕陽の方へと向かって。

 

 

「あら、一刀じゃない。こっちに来るなんて珍しいわね。」

 

華琳の部屋を辞した後、俺が向かったのは孫呉の執務室である。

そこには蓮華と冥琳と穏が詰めていた。

からころと竹簡が転がる音と、筆が滑る音だけが響く。

先代の王、雪蓮の時とは大違いである。

この部屋に酒がないのが酷く不自然に感じる程だ。

王を退いた彼女は、今頃自由気ままに酒をかっ食らっていることだろう。

出迎えてくれた蓮華は視線を一度上げるも、直ぐに手元へと目を落とした。

 

「ちょっといいかな?」

 

「ええ、構わないわ。冥琳?」

 

冥琳と呼ばれた女性は指先で眼鏡の位置を正すと、

「根を詰めても効率は上がりません。むしろ下がるでしょうな。」

そう了解の意を示した。

 

「一刀さん、そんな大荷物はどうしんたんですか?」

 

やや間延び気味に、艶やかな翡翠の髪と、大きな胸とを揺らしながら穏は、俺の肩に担がれた白い袋へと興味を向けた。

その言葉に冥琳と蓮華も荷物に気付いたようで、俺の肩辺りへと焦点を定める。

共に少し呆けた風の顔であり、頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。

 

「それなら、お茶を淹れましょうか。」

 

卓の上に並べられた胡麻団子に、蓮華は席を立つ。

俺と、冥琳とが、自分がやりましょう、と止めるのだが、彼女は楽しそうに微笑んで見せ、

「いいの。私がやりたいのよ。」

と、聞く耳を持たない。

 

今日はよく断られる日だ。

華琳の部屋でのことを思い出し、口元を僅かに綻ばせる。

同じく断られた冥琳へと視線をやると、溜息を零している。

しかし、その顔には小さく笑みが浮かべられており、仕方のないお人だ、と語っているようであった。

そんな三人の様子を、穏は微笑ましく見守るまま、どうして胡麻団子を?と問いかける。

 

「俺の国だと、今日は大切な人にお菓子を贈る日なんだよ。」

 

その言葉に、二人、冥琳と穏は目を光らせた。

知らないことを貪欲に求めるのはやはり軍師としてのサガか。

眼鏡の奥に光る二対の瞳が続きを聞かせろと訴える。

そんな二人に苦笑を浮かべながら、本日何回目かも分からぬ、既に空で言える程に覚えてしまった二月十四日のお伽噺を紡いでゆく。

彼女たちは聞き上手であり、欲しいところに合の手を入れてくれる。

すると気持ちの良い程に口が回り、興も乗りと、次から次へとバレンタインに関する知識が口をついて出る。

そこに更なる相槌が打たれて、と言葉の途切れることがない。

我に返ったのは、随分と楽しそうね、と眉に皺を寄せた蓮華の言葉を聞いた時であった。

とても機嫌を損ねています、と言わんばかりの蓮華に、口から出る言葉はしどろもどろで意味を成さない。

彼女の形相に、冥琳の、穏の顔から汗が僅かに流れる。

先程まで滑りの良かった口が、今では酷く乾いて感じられた。

何もそこまで怒らなくてもいいじゃないか。少しばかり話込んでしまっただけだろう。

そう、思わず流し込んだお茶は、蓮華の視線と同じ位に冷えていた。

 

 

何とか彼女を宥めたものの、居心地の悪さに耐え切れなかった俺は、逃げるように執務室を後にした。

去り際に見た、三人の目は当分の間、夢に見そうである。

そんな、未だ見ぬ悪夢を振り払うように胡麻団子を配り続ける。

そうして全てを贈り終えたのは少し欠けた月が、冷たい夜空に浮かんで程なくのことである。

 

今日は疲れた。

 

自室の扉を開け、服もそのままに寝台へと倒れこむ。

制服の上からも伝わる程に冷えた布団に潜り込もうと、億劫になる気持ちを何とか抑え込み体を起こす。

ふと、卓の上に目が止まった。

何か、箱の様な物が置かれている。

気にはなるが今直ぐにでも眠ってしまいたかった。

どうせなら着替えるついでに、と理由づけをしてようやく卓へと近づいていく。

卓上に置かれていたのは綺麗に包装された小箱であった。両手の平を合わせた程の大きさである。

包装を解いてゆくと、使われていた物がある筈のない包装紙であることも気にも止めずに、桃色に染められた木箱が現れる。

その木箱の蓋を開けると、中からは黒い球体が六つ程収められていた。

部屋中に甘い香りが広がる。

一つ、手に取ってみる。黒く、丸いそれは懐かしさを感じさせた。

そのまま口の中へと放り込むと、濃厚な甘みと幸福感に包まれていく。

今日一日の疲れが抜けていくようだ。

 

誰かが俺の話を聞いて、用意してくれたのだろう。

 

最後にもう一つ、二つ目のチョコレートを口へと運び、残りはまた後日にと蓋を見やると、内側に手紙が括り付けられていた。

月明かりの元で手紙を広げてみれば、何とか読めそうである。

そのまま文字を追う。

 

 

『ご主人様へ

 

 今日はバレンタインデーなので、チョコを贈ります。

 

 精一杯、愛と、真心を込めた手作りなので、大切に食べて下さい。 

 

                     

                       貴方の貂蝉から、愛を込めて』

 

 

「そんなことだろうと思ったよ……。」

 

ご丁寧にキスマークまで付いている。

思えば、この時代に、チョコレートも包み紙もないはずなのだ。

存在しないはずの物を用意するなど、漢女(かのじょ)たち以外に出来る芸当ではない。

 

取れた筈の疲れが一気に押し寄せて来た。

 

ただ、今までに食べた、どんなチョコレートよりも美味しかったのが複雑である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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