No.379621

真・恋姫無双  馬鹿がサンタでやってくる 中編

y-skさん

まさかの中編です。
登場人物が増えると地の文がしんどいです。
書き上げるのに中々苦労しました。
次で一応の完結です。
もうバレンタインデーなんか関係ない日ですね。

2012-02-18 02:59:57 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2930   閲覧ユーザー数:2623

そのまま庭を散策していると、遠くに見知った影を見つけた。

明るめの茶色の髪に白い羽飾り。

地面に体育座りで腰を下ろし、上を向いて気持ちの良さそうに目を閉じている。

真冬にひなたぼっこでもしているのだろうか……

 

そういえば、とふと思い返す。

冬場の体育館は寒い。授業が始まるまでガタガタと震えながら待っていたものだ。

及川なんかは、かずピーあっためてぇな、などと語尾に音符を浮かべてよく抱きついてきた。

その度に女性陣から黄色い歓声が飛び交い、調子に乗った及川が唇を近づけてくるのを蹴り飛ばすといったお約束がいつの間にか出来あがっていたのだった。

そのせいで、一時期、俺達が只ならぬ仲なのではないかという噂が学園中に広まり、肩身の狭い思いをしたのだ。

挙句の果てには、かずピー勘違いせぇへんでな?かずピーのことは勿論好きやけど、ワイは女の子の方が好きなんや、と今までに見たことのない程に真剣な面持ちで宣う。

そんな及川に全力のボディーブローを叩きこんだのは間違っていなかったはずだ。

あの時のパンチは、俺が生きてきた中で一番の出来だった。今でも世界が狙える程であったと信じている。

及川は今頃どうしているだろうか。

あんなのでも数少ない男友達だ。

俺が居なくなって、少しでも悲しんでいてくれると嬉しい。そのくせ、いつもみたいに馬鹿をやって笑っていて欲しいとも思うのだから複雑だ。

とにかく、元気でやっていてくれればいい。

 

話が及川ばかりに及んでしまったが俺が言いたかったことは、冬の体育館に窓から差し込んでくる日差しとは暖かで、

ぽかぽかと気持ちの良いものだったということだ。

冷えた体が徐々に温まってゆくのは何とも言い得ぬ快感である。

 

桃香が感じているものも、それと同じなのかもしれない。

残念ながらその日差しも、今の俺にとっては未だ冷たく感じるだけである。

日本の冬と、大陸の冬ととは違うのだ。

冬服になったとは言え、彼女たちの服装はまだ露出が多い。

一部の武官程では無いにしろ、俺とこの国の人々との間には大きな感覚的な違いもあるのかも知れない。

 

腕を振り上げ彼女に声を掛けようとするのだが、俺の右腕は動く気配もない。

不思議に思い、そちらを見ようとすると鋭い痛みが走る。

 

「いってぇぇぇぇぇぇ!」

 

俺の右腕には南蛮の猫娘がざっくりとかぶり付いていた。

 

「美以、噛み付くなといつも言っているじゃないか。俺は餌じゃない。」

 

袖口を捲り上げると、そこには綺麗な歯型が残っていた。

制服の生地が厚いお陰で出血までには至らなかったものの、ここ最近で一番の痛みだ。

例えるなら腹痛くらい。

 

「しかたがなったのにゃ。今日の兄からはいつもより美味しそうな匂いがしたのにゃ。」

 

しおらしげに言っているが、俺の目は誤魔化せない。

彼女の耳、猫耳の方だ、も、尻尾もぴんと立ったままである。

まぁ、彼女特有のスキンシップだと納得する他ないだろう。

 

「ご主人さまー、大丈ぶっ!?」

 

桃香の声だ。

視線を移すも、慌てて駆けてきたであろうその姿は視界に映らない。

少し目線を下げて見れば、そこには見事な大文字。

 

「桃香の方こそ平気か?」

 

手を差し出してやると、ありがとう、と掴む。

そのまま力を貸して立たせてやった。

腕白小僧の様に、鼻の頭と、膝頭に少しの土を付けただけで外傷は無さそうだ。

自前のクッションのお陰なのかも知れない。

 

「ねぇ、ご主人さま。その大きな袋は何なのかな?」

 

「この袋か?中には家財道具が詰まっててな、ちょっと旅に出ようかと思って……。」

 

何の気なしに言ったのだが、桃香はその大きな瞳をうるうるとさせていた。

 

「そんなの、絶対にダメっ!

 どうしても行くというなら、私を倒してからっ、じゃなくて、私も連れて行ってっ!」

 

「落ち着け、桃香。ただの冗談だ。」

 

涙目になり、取り乱す彼女に更なる悪戯心が芽生えるのだが、流石に押し留める。

 

「冗談?……本当に?」

 

「ああ、本当に。」

 

「……もう、ご主人さまのいじわる。」

 

本人としては最大限の不満を表わしているのだろうが、ぷぅ、と膨らませた頬からは愛らしさしか伝わってこない。

ごめんごめんと頭を撫でてやる。

さらさらとした髪の感触が、温かな体温が気持ちいい。

彼女の髪はお日さまの匂いがした。

 

 

機嫌も直り、ちょっと落ち着いた所で袋の中身を話すことにする。

 

「本当は愛と希望とちょっとの夢と、男のロマ」

「本当は何が入っているのかな?」

 

少女特有の可愛らしさと、成熟した女性が持つ美しさ。

そんな相反するものを絶妙なバランスで保ち、その顔に湛えていた。

神々しく、後ろから後光が射していても何ら不思議はない笑み。

それは万人全てが見惚れる程の笑顔であった。

その右腕に握られている、靖王伝家がなければ、の話だが。

 

「悪かった。中身は胡麻団子だよ。」

 

そう言って一つ取ってみせる。

 

「胡麻団子、食べ物かにゃ?」

 

「そうだよ。後の三人、ミケ、トラ、シャムは何処かな?」

 

「それならここにいるじょ。」

 

「ここにいるにゃー。」

「ここにいるにょ!」

「……いるにゃん。」

 

ふふん、と胸を張った美以の背後から猫娘たちが飛び出してくる。

さっきまで欠片の気配もなかったはずなのに……。

一体どこから出てきたのだろうか。

よく、武官勢は何もないところから武器を取り出したりしているが、あれと同じような仕組みなのかも知れない。

となると、彼女たち三人は美以の武器扱いなのだろうか。量産型らしいし、無限に湧いて出るのかね。

そんな下らないことを思いながら、其々に胡麻団子を手渡す。

 

「今日は天の国では、バレンタインデーと言ってね、大切な人に贈り物をする日なんだ。」

 

勿論、バレンタイン普及委員会の仕事も忘れずに。

そんな俺の言葉も言い終わらぬうちに、猫耳少女たちは指についた餡をも無駄にせぬようにと舌を忙しく動かしていた。

食事、睡眠はその身が無防備となる瞬間である。

鬱蒼とした中華の山地に生を受けた彼女たちは常に戦場へその体を置いているようなものだろう。

食事が早いのは野生としてのサガなのかも知れない。

一方の桃香は、その手にしているのが我が子でもあるかのように、豊満な胸に掻き抱いたままであった。

胡麻団子を、である。

その顔は幸せそうであり、実際に幼子を抱きしめているかのような錯覚に陥る。

いつの日にか、本当の赤子を抱かせてやりたい。

そのいじらしい様に胸の内へと愛しさが込み上げ来た。

 

既に指先から甘味が消え失せたのか、美以は制服の裾にしがみ付きこちらを見上げている。

 

「兄は、大切な人に贈り物をする日って言ってたにゃ?」

 

「ああ。そう言ったね。」

 

「じゃあ、兄も美以にとっても大切な人にゃ。今から兄にごちそうするにゃ。」

 

「するにゃー。」

「するにょ!」

「Zzz」

 

元気一杯に南蛮っ子たちは腕を突き上げ、口々に歓声を上げる。

内、一人は寝ているんだか起きているのだか分からないままに拳を突き出しているが。

 

「いや、気持ちはあり難いんだが……」

 

いつか彼女たちに振舞って貰った物は紫の煮汁で出来ていた。

その時の光景を思い返し、断ろうとするも四匹、いや四人から向けられる純粋な視線に言い淀む。

どうにか、他の子にも配るから、と理由をつけ御馳走は後日にとの約束を取り付ける。

それに満足そうな鳴き声を一つ。

お腹が一杯になったからかどうかは分からないが、お昼寝をするにゃ、と言い残し去って行った。

 

「相変わらず元気だねぇ。美以ちゃんたち。」

 

そんな彼女たちを優しい眼差しで見送る桃香。

 

「私からも贈り物があるんだけど受け取ってくれるかな?」

 

断るつもりはない。

桃香はポケットを弄り、何かを取り出したのか、掌を上にした握り拳を俺の前に差し出す。

何があるのかとそちらに注意を向けると、ゆっくりと手が開かれていく。

五指が広げられた場所には何もなかった。

あれ、と思った俺の視界へと不意に映り込んだものは茶色の翼。

羽ばたくように広がったそれは陽光を反射しきらきらと輝く。

次いで、口元に軽い衝撃。

鼻と鼻が触れ合う距離で彼女は、さっきのお返し、と頬を染める。

そのまま身を翻し駆け出して行った。

大きく広がったままの髪に、足が地に着かないことを考えることにより宙を歩く飛行術があったなぁ、と仕様もないことが思い出された。

 

 

未だにやけたままの顔で城内へと戻ると、どっと疲れが押し寄せてくる様な笑い声が聞こえてくる。

まぁ、元気なことは良いことだと苦笑を浮かべながら声のする方へと足を向けた。

 

城内の一室、白蓮の部屋では、椅子の上に立ち、これでもかというくらいに胸が反ったまま笑い続ける麗羽と囃し立てる猪々子。

そんな彼女たちを何とか宥めようとしている斗詩。話を聞こうとした部屋の主は隅の方で頭を抱えていた。

 

「一体なんの騒ぎなんだ?」

 

白蓮は溜息を一つ。

 

「一刀か……。この間、華琳が麗羽にむねむね団を解散させるように言ったろ?」

 

「あれは仕方ないよなぁ。」

 

馬鹿みたいな騒ぎを起こしてばかりの麗羽ではあるが、その底抜けな明るさに救われている面もある。

極々偶には、の話ではあるが。

俺個人としては多少の自由は認めてやりたいと思っている。

本人が聞いたのなら本気で否定するであろうが、昔馴染である彼女を、華琳も多めに見ていたような嫌いもある。

だが、往来の真ん中で騒ぎを起こし、その場に居た民が怪我をしたとなると話は別だ。

幸い、軽い打撲と擦り傷で済んだが、それを重く受けた華琳はむねむね団の解散を言い下したのである。

 

「それで、少しは大人しくしていたんだが、今日になって私の部屋に飛び込んで来てな、

 白蓮さん、新生むねむね団を設立しますので力をお貸しなさい、と言ってきたんだよ。」

 

「? いや、華琳に禁止されてただろ、むねむね団。何でそんなことを言い出したんだ?」

 

「何でも、あのくるくる小娘が言っていたのはむねむね団のことであって、新生むねむね団を禁じられた訳ではありませんわ、だとさ。」

 

やれやれ、といった様子で頭を振る白蓮に俺は返す言葉が見つからなかった。

 

「それは……何というか……。」

 

最早、屁理屈の域、詐欺師の思考だ。

最も、純粋に、華琳の言葉を額面通りに、受け止めて新生むねむね団の発足を思いついた、という流れを否定できないのが、

麗羽こと袁本初という人である。

よくやってこれたな、河北四州。

史実では、袁紹は割と有能な人物だったそうだが、彼女からはそんな様子を垣間見ることは出来ない。

 

「それで、あの高笑い、ってわけか。」

 

「ああ、そんな所だよ。

 知ってるか? 一刀。あの笑い声、ずっと聞いていると、夜、寝るときになってもきんきんと頭から離れないんだぜ。」

 

最近は鳴りを潜めてたんだが、また寝不足になりそうだよ、と心底、うんざりした様子である。

流石に放って置く訳にはいかないので未だ気持ちの良さそうに笑う彼女へと近づく。

 

「麗羽、ちょっといいかな?」

 

「あ、一刀さん!」

 

瞳を潤ませながらも、安堵した様子で顔を綻ばせる斗詩に、同情の念を禁じ得ない。

 

「お、アニキじゃねーか。」

 

そんな斗詩の苦労を知ってか知らでか、気持ちの良い笑顔を浮かべた猪々子は、バシバシと俺の肩を叩く。

 

「ちょっと、痛い、痛いからっ」

 

悪い悪い、と言いながらも彼女の手は止まらない。

随分とご機嫌だ。

 

声を掛けた麗羽はと言うと、未だ高笑いの最中である。

上体を大きく弓なり反らし、今にも椅子の上から落ちそ、いや落ちた。

どんがらがっしゃん、と漫画でしか目にしたことのないような盛大な音を立て、彼女は背もたれの向こうへと消えて行った。

慌てて袁家お付きの二人が駆け寄り身を起こしたところで、ようやく麗羽は俺の姿を認めた。

 

「あら、一刀さんじゃありませんの?」

 

打ちつけたのであろう、後頭部を摩りながら椅子に腰掛け優雅に足を組む。

眉根を寄せ右手は頭を抱えてではあるが、それでも絵になって見えるのだから美人とは得である。

 

「麗羽に贈り物があって、態々会いに来たんだ。」

 

正面から、むねむね団の話を振っても足蹴にされるだけだろう。

少し心苦しいが機嫌を取ってから有耶無耶にする以外にない。

 

「贈り物ですの?あらあら、ようやくこのわたくしの素晴らしさにお気づきになったのかしら?」

 

「その通りにございます。こちらが貢物である天の国の胡麻団子でございます。」

 

彼女の前に跪いて頭を下げ、恭しく胡麻団子を捧げてみせる。

 

「これが天の国の?ただの胡麻団子にしか見えませんわ。」

 

ひょい、とそれを手に取ると片目を閉じて、上から横から真下からと様々な角度から眺め回す。

 

「本日は天の国では、愛しい人や尊敬に値する方に贈り物を捧げる日でして、是非、袁本初様にも受け取って頂きたいと参上した次第でございます。」

 

「まぁ、一刀さんは中々見る目がありますのね。この、わ・た・く・し・の美しさと聡明さに敵う者など、この大陸広しといえ存在し得ませんわ。」

 

そのまま、おーっほっほっほ!と踏ん反り返る。

 

 

「聞く所によれば、何でも新たにむねむね団を設立されるとか……。」

 

程良く機嫌を良くした麗羽に本題を切り出す。

むねむね団、という単語に反応したのか、眉をぴくりと動かすと高笑いを止め、こちらに注意を向けた。

頭と連動して金色の髪がふんわりと広がる。

 

「あら、もうご存じでしたの。大方、白蓮さん辺りがあちらこちらと吹聴して回ったに違いありませんわね。

 全く、嫌ですわね、口の軽い人は。」

 

そう言うと彼女は自身の髪の毛をくるくると指に巻き付けた。

聞こえてるぞ、麗羽、との白蓮の声は、彼女には聞こえていないようである。

 

「その新生むねむね団ですが、わざわざ麗羽様のお手を、その白魚のような指を煩わせなくとも、

 この私めに命じて頂ければ一切を取り仕切って見せましょう。」

 

俺の言葉に、彼女はその白磁のように透き通った指を形の良い顎に当て、考え込む素振りを見せた。

もう一方の手では未だに髪を弄んだままである。

時折、するりと指を抜けた金色の糸が宙に遊ぶ。

 

「そこまでどうしてもと仰るのなら仕方ありませんわね。一刀さんにお願いしますわ。」

 

どうにか一仕事を、彼女を騙す形になってしまったのは申し訳ないが、終え俺は安堵の息をついた。

後は俺の所で握り潰しておけばいい。

彼女の行動力を顧みるに、まぁ、時間稼ぎにしかならないだろうが、その間に華琳とでも対策を練ればいいだけの話だ。

後は任せましたわよ、と麗羽は白蓮の部屋から出て行った。

 

「あの、一刀さん、本当にあんなこと言って良かったのですか?」

 

両手を胸に置いて、気遣わしげに問い掛ける斗詩に曖昧な笑みを返す。

 

「麗羽には悪いけど、あの話は俺の所で止めておくつもりだ。」

 

また騒ぎを起こされたら流石に不味いしね、と続ける。

そんな俺に、済みませんと彼女は頭を下げた。

斗詩が謝ることじゃないさ。

 

「そうだぜ、斗詩が気にすることじゃない。」

 

笑いながら彼女の肩に手を添える猪々子に、少しは気にして欲しいと思ったのは内緒である。

咎めるような視線を彼女に送るもどこ吹く風といった風で笑みを崩さない。

いや、これは気にしてない、と言うよりは視線の意味に気付いていないのかもしれない。

 

「ところでアニキ、天の胡麻団子は当然、アタイらの分もあるんだよな?」

 

にこにこ顔で手を伸ばす彼女に袋の中から胡麻団子を一つ渡す。

それをすぐさま口に放り込んでもぐもぐと咀嚼、ごくんと飲み込み、普通の胡麻団子じゃん、との有り難いお言葉を頂く。

失礼でしょ、と呆れ顔の斗詩にだってよー、と腑に落ちない様子である。

 

俺は乾いた笑い声を上げながら、

「別に特別な胡麻団子ってわけじゃないからね、こっちの材料と調理法で俺が作っただけだよ。」

と袋からもう一つ、斗詩の前へと差し出した。

 

「これ、一刀さんが作ったんですか?」

 

目を丸くしながら布の結び目を丁寧に解いていく。

何だか勿体なくて食べ辛いですね、と笑顔を見せる斗詩に自身の顔も綻ぶ。

作って良かったと心から思える笑顔だ。

もし、天の御遣いとして生きていなかったのならば、料理人として生計を立てみても良かったかもしれない。

自分の料理で人を笑顔に出来るというのも素晴らしいことだ。

 

「天の胡麻団子って言うのは嘘だったけど、今日が大切な人に贈り物をする日だと言うことは本当だよ。」

 

俺は団子が詰まった大きな袋を担ぎなおすと、ぼうっとこちらを眺めている白蓮に手に持っていた一つを手渡す。

 

「わ、私の分もあるのか?」

 

何故か酷く驚いた様子でこちらを見る。

視線は俺の顔と、胡麻団子とを往復していた。

 

「自分で言うのも何だけど、この流れでは忘れられてたと思ったよ。」

 

私って影薄いだろ?と頬をぽりぽりと掻く。

その頬は真っ赤に染まっており、少し照れくさそうである。

そんな訳ないだろ、と笑ってみせれば、彼女は安心したように胡麻団子へと手を伸ばした。

 

 

白蓮の部屋を出て、もう一方の袁家はどうしているかな、とそちらへと足を向けた。

美羽あたりは胡麻団子よりも蜂蜜の方が喜ぶかね、と今更なことを思う。

静かな通路を歩けば、身を切るような二月の風が冷たい。

温かい蜂蜜水でも貰えたらなぁと手に息を吹きかける。

白い息は僅かに手を温めるも直ぐに霧散していった。

冬の昼間は短い。

足を止めて庭に見遣れば既に太陽は傾き始めていた。

道理で冷えるはずだ、と独り言つ。

急がないと団子が固まってしまう。

前を向き足を一歩踏み出すと前から翠が歩いて来るのに気付く。

彼女も俺に気付いたようで、こちらへと足を速めた。

 

 

「何だ?その荷物は?」

 

翠が真っ先に発したのはそんな言葉である。

当然だ。これだけでかい袋を抱えていて疑問に思わない者など居ないだろう。

 

「これは俺が作った胡麻団子だよ。」

 

よいしょ、と袋を下ろして中を広げてやる。

それを覗きこむ彼女と俺との顔は直ぐ触れ合う程の近さにあった。

いつもの様な奇声が上がらないのはお互いの距離に気付いていないからだろう。

 

「なぁ、こんなに作ってどうするんだ?」

 

そのままこちらに顔を向けるので自然と見詰め合う形になる。

きょとん、とした翠の表情はあどけなさを残しており、世に名高い錦馬超などではなく、一人の少女のものでしかなかった。

そんな彼女に、この場で抱きしめて唇を奪いたい衝動を覚える。それを何とか堪えて、みんなに配るんだよ、と答えた。

 

「じゃ、じゃあ、あの、あたしもっ!あたしも貰っていいかな?」

 

上目づかいで、更にこんな至近距離から見詰められて断れる男など居やしないに違いない。

しかも、頬を赤く染めて、相手が超絶美少女と来ているのだ。

断る理由なんてどこにもない。むしろ、断る奴が居るなら殴りに行ってもいいだろう。

 

「勿論だよ。そのために作ったんだからね。」

 

そう言ってやると、彼女の顔は蕾が開くように笑顔を形作ってゆく。

覗きこんだ袋へと手を伸ばすも、途中でそれを止めた。

不思議に思って見守っていると再び彼女と目が合う。

 

「どうかしたか?」

 

こちらを見たまま、動きを止める翠に問いかけるも答えはない。

何をかを言いかけて口を閉じる。それを繰り返すこと数度。

ようやく決心をつけたのか、大きな目をきゅっと閉じて不意に立ち上がる。

 

顔を、先程よりもより一層、トマトよりも真赤に染めて、大きなその目を瞑ったままに。

「で、できればっ、できればでいいんだっ! ご、ごごごごご、ご主人様から、直接渡してくれっ!」

と、こちらに両手を思い切り突き出す。

 

その仕草に俺はもうめろめろだった。

愛しいだとか、可愛いだとか、萌えだとか。

そういった感情全てを振り切って俺の胸を貫く。

その衝撃に、雷にでも打たれたような衝撃に、俺は膝から崩れ落ちそうになった。

 

袋から胡麻団子を一つ、翠の両手に乗せてやると恋の食事を眺める愛紗よりも顔を蕩けさせる。

いつもの俺ならこの場で次に渡すべく蒲公英の居場所を聞くだろう。

しかし、今日の俺は一味違う。

バレンタインデーの今日は、世界中の女の子よりも乙女心が分かる日なのだ。

幸せそうな女の子の前で、他の女の子の話をするような無粋な真似は、しない。

胡麻団子を見詰め、百面相をする翠を優しく見守り続けた。

 

 

  続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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