No.378876

SF風小品

バレンタインデー? そんなもんないですよ。とまあ、とりあえずしばらく何も書いてなかったので、勢いに任せて適当に書いてみた小品。タイトルなんて考えてません。マニアックなゲームが好きだったり、マニアックな音楽が好きな人だと、おい聞いたことあるぞおいって部分があるやもしれません。大変どうでもいいですが、このどこにでもいそうな設定の少女は、私の作品だと大変出やすい少女ですはい。

2012-02-16 17:32:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:292   閲覧ユーザー数:292

 過密化しすぎた人口を収容するために作られた地下都市。大規模なシェルター群は、最初の十年ばかりは"新しいもの"としてもてはやされ、シェルター族と呼ばれる人間が多数誕生した。

 しかし、無秩序に増えるシェルター族にあわせ、無秩序な増改築を繰り返したシェルター群は、やがて無理が生じ始めた。水は低きに流れるが故の浸水。排水設備など、急造のシェルターに用意などされておらず、さらに増改築し、その場所を閉鎖することによって、その場しのぎの対策を続けてきた。

 やがてシェルターは危ない、やはり地上だ、と地上へと回帰する運動が高まり、無数に作られしシェルター群の大半は放置され、穴だらけとなった大地を捨て、シェルター族と持て囃された一部の人々は、空へと飛び立った。

 

 では、シェルター族ではなかった、つまりシェルターに移住することなど到底できなかった人々は? 政府や建築業に追いやられ、辺境へと追いやられた挙句、要らなくなったらそのまま土地を捨てられた、残りの人々は? 今や空へと飛び立った人間からはとうの昔に忘却された、LINBOに住まう人々は?

 

 ざぶ、ざぶ、と水の中を進む音がした。浸水により水没し、放棄・閉鎖された商業区。鍵などとうの昔に消え去り、今やリンボに残された人々でさえ入ることのできないこの場所を、少女は一人、さまよっていた。

 濡れたような黒い髪は肩胛骨を覆う程度まで伸びており、素肌には黒い、半ば布きれと化したワンピースを身にまとう。白い陶器細工のような白い顔には、精巧なガラス細工のような、血のように赤黒い瞳が二つ。

 少女は、水に濡れることをさほど苦にはしていないようだった。ワンピースらしき布きれにしても、膝の上辺りまでの長さ。撥ねた水以外で、布きれが濡れる要素はない。しかし、一体彼女は何を目的に――?

 

 やがて水没した細い通路を抜け、はしごを登る。そこはまるで、お店のバックヤードのような、殺風景な場所だった。そして事実、ここは店のバックヤードだった。辺りには多数の段ボールが散らかっている。まだいくつか、手のつけられてない食品のようなものさえある。もっとも、今もそれが食べられるかは別の問題だが。

 観音開きの扉の片方を押し開けて、少女は店の中へと入った。店の中は、音楽が流れ、店員がいて、そして買いに来る客がいる。そうであれば、間違いなくお店と呼んで差し支えないはずだ。そう言い切れるほど、あまりにも整然としていた。ここは閉鎖された区画であり、閉鎖前に店じまいをし、必要な物はすべて撤収されて然るべきなのに。増改築された区画へと移住したのだから、そちらへと運び出されているべきなのに。まるで、今さっきまで営業していて、突然と人がいなくなったかのような状態だった。

 少女は商品棚の間を通り抜け、店内を通り過ぎていく。置かれている物からすると、おそらく現代のコンビニのような店だったらしい。生活用品から雑誌、レトルトの食品まで、幅広くそろっている。もっとも、今はそこに品物を置く人間も、その品物を販売する人間も、購入する人間もいない。

 少女は雑誌コーナーを抜けて、店の入り口へと行く。『怪奇! 地下都市ニ跳梁跋扈セシ怪人』といった、雑誌の表紙の上半分を占拠するほど大きな見出しの躍るゴシップ雑誌が、多数置かれていた。多数の人間が立ち読みしたのか、ページは開き気味になり、商品としての価値は相当に低下している。

 店を出る。その時だった。外に、人影が立っていた。いくら放棄されているとはいえ、ほとんど自然に、気温は一定に保たれている。そんな場所で、分厚い外套を、襟を立てて着込み、黒革の手袋で手を覆い、山高帽を深くかぶっており、素肌は一切見えない。身長は、少女が見上げなければ、顔を見ることができないほどに大きかった。

「ルーチンBに移行」

 壊れたスピーカーから発せられた男性らしき声が、男の口から流れた。同時に、男は左足を一歩踏み込み、右腕を引いた。そして一直線に、少女の喉元へと貫手を放った。

 その貫手は、少女の鼻先わずか三センチほどのところで止まった。相手が意図して止めたものではない。明らかに、何か物体にぶつかって止まった、という具合だ。

 少女が何かをしたわけではない。が、明らかに何らかの力が働いて、男の攻撃は『何か』に受け止められた。

 みると、男の手は青白く光る半透明の壁に受け止められていた。中空にそれは浮いており、ハッキリとした実体はない。一種の結界か、障壁の類だ。表情のない顔で見つめていた少女が、そっと瞳を閉じる。すると少女を包み込むように青白い球体が一瞬現れた、と思うと、一瞬閃光が走る。再び世界が見えるようになったとき、男の体は宙を舞って、反対側の壁へとたたきつけられていた。まともに衝撃を受けた右腕は『砕け散って』いた。黒革の手袋、厚い外套の下には、金属質の腕があった。歯車やコードが飛び散り、赤黒いオイルが、血液の代わりに、失われた腕から漏れ出している。

 山高帽は先ほどの衝撃で、どこかへと吹き飛んだのだろう。壁にたたきつけられ、動かなくなった男の顔を見ることができた。

 銀色の顔。髪などなく、大きな単眼レンズが一つ。口の部分には旧式か、あるいはコストダウンのために使われていた安物か、スピーカーが飛び出ていた。

 少女は男の姿をひとしきり眺め、完全に動かなくなったのを確認してから、薄暗く、広く、そして長い通路を、ふらふらと歩き始めていった。

 

 同じく衝撃によって吹き飛んだ、コンビニの店内。車が突っ込んだかのように、店の中は荒れ果てている。入り口付近においてあった雑誌が床に転がっている。先ほどの、すさまじく大きな見出しの躍るゴシップ雑誌も、同じように転がっていた。その雑誌の左下の隅。他の記事と並列に書かれた、いくつかの見出し。

 

『地下都市政府ニヨリ行ワレシ人体実験、ソノ残虐非道ナリシ実態』

『人体実験ノ被検体トナリシ少女、監獄ヨリ脱走』

『衝撃ヲ放ツ悪魔ノ子』

 

 ちょうど弱っていたのであろう。直後、天井が崩れ落ち、店内は完全に埋まってしまった。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択