No.374659

False World

偽りだらけなんだってば
(過去文発掘)

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2012-02-08 01:41:03 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:191   閲覧ユーザー数:191

女の細首を絞める私の手には

リアルにその感触が伝わる

それでも女は微笑む

 

にこやかに、にこやかに

 

まるで人形の様に

 

---

---

 

 

さてさて

貴方のささやかな望みを叶えましょう

大それた事は叶えられませんが、簡単な事なら出来るでしょう

 

ほら、何となくやってみたい事

やりたいけどそれを実行すると確実に怒られる

もしくは痛みがくるようなこと

世間の眼が気になるようなこと

プライドがあって出来ないこと

やっても良いことはなさそうなこと

 

そんな事ですよ…、

 

例えば

買ったばかりの新型テレビ、

それを5階くらいの高さから投げ捨ててみたり

目上の人の持ち物、

そうですね、携帯電話等を相手の目の前でパキッと折ってみたり

どこぞの超人みたいに素手で壁をぶち抜いてみたり

街中を全裸で走ってみたり、そんな事です。

 

誰にでもあるでしょう、このくらいの望みは

 

さぁ、どうでも良さげな願いをどうぞ

 

 

え?

ああ、そういうのは駄目ですよ

殺人やら暴行行為は重罪じゃないですか

やらせてあげるのは簡単ですが

それをやって変に自信がついて現実でまでやられても困りますんでね

 

だ・か・ら、…大それた事は駄目ですよ

そうです、誘拐も駄目

…はぁ、

自殺っていうのも人の生死かかってますんで却下です

そうですよ、ご自身の生死も駄目なんです

決まりですから

何でかって?

面倒だからに決まってるじゃないですか

貴方が人を殺す、

それが現実じゃなくても世間ってのはうるさくなるんですよ

“そんな殺人鬼を作るようなのはいけない”

“殺人を助長する”

“こんなものはなくしてしまえ”

 

ってね、

そんなのにいちいち対応するのは面倒なんですよ

ましてや頭を下げて謝る、なんて…、ね?

 

我がまま?

何を言うかと思えば…、

私が我がままならば貴方は何かな?

下らない望みを叶えるために人の力を借りる貴方たちは…ね、

 

…おっと失礼

つい本音が…

フフッ…気にしないで下さい

 

さて、そろそろ貴方の望みを仰って下さいな

話しが全然進まない、

 

…はい、

…そうですね、

…いえ、できますよ、暴行行為にいたらないのならば

 

…わかりました

ではその設定でいきましょうか?

では、新規設定を開始しますので質問に応えてください

まず、好みのタイプをできるだけ細かく具体的に

…次は背景の景色の設定ですが場所はどこがよろしいですか?

…そうですね、楽しそうだと思いますよ

背景音楽等はいりますか?

…じゃあ適当にこちらで用意しましょうか?

…では、そうしましょう

 

…はい、こんなとこで良いですかね

設定がほぼ完了しました、

後は多少の微調整を経て終了です

お疲れ様です

では専用の服に着替えて装置に横になって下さい

…そうです、こちらに頭を向けて下さいね

あ、そこには触れないで下さいね?

変なとこ触ると設定が変更されて

へたしたら警察の方からの依頼で作ったプログラムに飛んでしまいますから

…どんな内容か?

うーん…言っても良いのかな…?

まぁ、良いでしょう

説明しますと現在の法律では肉体的な拷問が行えないので

この装置を使って擬似的に痛みを与えるんですよ

まぁ、精神的なのもいけないんですけどね…それはそれ、

当然ながら使うのは凶悪犯罪者が大半ですね

たまには強制的に真実を話してもらう際にも使用します

…貴方がこのプログラムを経験することがないよう祈ってますよ、

…神以外の何者かに、ね

 

ああ、話しがそれましたね

そんなに不安そうな顔しないで下さいよ?

そう簡単に拷問プログラムには繋がりませんから

 

…では閉めますので楽にして下さい

 

 

…―Welcome to the False world―

 

 

横になった私は言われた通りに蓋がしまるのを見ていた

右から灰色をしたプラスチックのような蓋が眼前20cmを覆ってゆく

不安がないとは言わない

初めてのことだし、説明していた男もいまいち信用ならない雰囲気だったからだ

喋り方や態度が時折癪に触る

しかし、ここでは彼に従って大人しくしたほうが良いと理解している

私は疑似夢体験をするのは初めてなのだから、ミスは避けたいものだからな

 

彼は私より2つ、3つくらい年下だったと思われる

説明中は終始営業用の微笑を張り付かせていた

それが先ほど蓋が閉まり始めた時に変わった気がしたのだが

その時、彼は私に背中を向けて、何らかの機器を触っていたため見てはいない

それでも言えることは、彼が親切心に溢れている好青年とは思えない…

それに尽きる

 

「いやだなぁ、“親切心に溢れた好青年”?そんなのいませんよ世の中に、いるように見えたら、それは偽善者…かもね」

 

――…!?

 

「…あぁ、失礼、その装置は貴方の脳に直接疑似五感を送るものなのは言いましたよね?」

 

…………

 

「だから多少なら貴方の思考を読むこともできるんですよ、気にしないで下さい」

 

……、

そんな事実は今初めて聞かされた

しかし文句を言うことはできなかった…

 

徐々に薄れる現実に代わって

徐々に浮かび上がる疑似夢の世界

それは簡単に言うと、白く染まる世界に一つ小さな穴が開き

そこから現実ではない景色が染み出してくる

そんな感じだった

白かった現実に色がつき、非現実が広がる

 

少し後頭部に痺れがある以外はいたって問題無し

この体験では副作用により酷い時は頭痛、吐き気がくる奴もいると聞いていたが

私は相性が良かったみたいだ

そう思うとその幸運に口元に笑みが浮かぶのを隠せそうにない

 

 

視界が鮮明になっていくと疑似夢内に入ったと実感した

横になっていたはずの私は、今は明るい室内に立っている

5~6人がゆったり座れる大きさのソファーがあり、その前にはローテーブルが置かれている

部屋の広さはそれなりにあるはずだが、酷く狭く感じる時もあるようで、それが疑似空間の不安定さを表しているようだ

 

さて、どうしたものか

 

部屋を見回して立ち尽くしているだけではなんの意味もない、人がいないな…

そう思った時に室内に複数の気配が増えた気がした

すると、今まで誰もいなかったソファーに二人の女が腰掛けているのが見えた

女は背もたれに寄りかかって足を投げ出し、ぼんやりとこちらを見ていた

二人とも私の好み通りの美女だ

 

「こんにちはぁ」

そう言って一人が立ち上がり、歩み寄ってくる

上目遣いでゆっくりと近づく女に目をやっていると、横からもう一人が抱きついてきた

触れた感触も体温も、全てがリアルだった

 

 

「好きよ…」

ソファーに座る私の耳元で女は呟く

 

 

「****さんは私のこと好き?」

「私はっ!?****さん!」

「あら、私のが好きよねぇ****君?」

 

数人の髪も肌も背丈も年齢も違う、しかし一様に美しい女たちが私を囲んで騒いでいる

 

私は皆に愛していると言ってやった

 

ソファーに寝そべる私の髪を女がクスクス笑いながら梳いている

 

部屋を歩いていた私の足に女がじゃれてくる

幸福だった

女が皆、私を愛してくれている

 

楽しかった

目に映る人全てが美女だ

それが私に笑いかけてくる、触れてくる

 

全ては過去形“~だった”

確かに素晴らしいのだ

美しい女たちが私を本気で好いてくれて

腹のすかないこの空間、環境も最適で…

そんなのがいつまでも続くのだ

いつまでも、いつまでも、いつまでも…永遠に…

最初は楽しかったし、嬉しかった

 

 

あぁ…もう駄目だ…

 

女たちを振り払いソファーから立ち上がる

部屋の窓を開け放ち外を見ればそこには白い空間が無限に広がっている

そう、白だ、陰影のない、ただの白、

そこへ飛び降りるようにして入り込む

それでも数秒の間を置かずにまた部屋に引き戻される

いつものソファーいつもの女いつもの部屋いつもの…私……、

 

壁に頭を叩き付けようとも痛みはなく、

死なない、老いない、終わらない

 

半永久的に続く偽りの幸せよりも

断続的で、そして終わりある、存在するかしないかもわからない現実の幸せを望むなんて…贅沢だろうか?

 

今の私にはそれが一番の望みだった

愛を語る偽りの女より、嘲笑ってくる女に会いたい

時には厳しい事を言ってくる上司に会いたい

よくイタズラを仕掛けてくる近所の子供に会いたい

綺麗な部屋よりも生活感に溢れた部屋が見たい

1DKの狭い部屋でもいいから一人になりたい

眠りたい、目覚めたい、夜が見たい、朝日が見たい、四季を感じたい

 

この時の止まった世界で、半永久的に存在し続けるのは、今や苦痛にしかなりえなかった

 

すでに自分の顔すら忘れた

どれほどの時が経過したかもわかりづらいこの場所に、ただ在る私、

“生きている”とは言い難いこの現状

 

思い出すのは数日放置して異臭を放つカップめん、乱雑な玄関の靴

積まれた雑誌、寿命間近の蛍光灯の点滅、ゴミ袋の臭い

風当たりの強いベランダ、錆びた物干し竿、割れた植木鉢

充電し忘れて沈黙する携帯電話、埃を被ったランプシェード…

それらはここにはない

気が狂いそう…なんて思っていても、全てが管理されたここでは精神に異常が起きることはなく、半永久的に正常を保ったままでいるしかないのだ

 

今頃、私の肉体はどうなっているのだろうか

脳だけ残して、あとの臓器は既にリサイクルされた頃だろうか

この空間はいつまで続くのだろうか

 

私は今、何をしているのだろうか

 

 

 

 

両手で絞めた偽りの女の首の感触がリアルに伝わるなか、女は微笑んでいる

 

にこやかに、にこやかに

 

偽りの私も微笑む

寂しげに、寂しげに

 

まるで人形の様に


 
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