エピローグ
拠点襲撃から三日後。春の真っ只中のとある日。
「……それじゃあ、また会えたらいいな!」
「皆さん、お世話になりました」
顔良と文醜は、都へ行く事を選んだ。
曰く。官軍の中に丁奉が居るなら都で情報を探すしかない。という事らしい。
確かに官軍なら都へ行くしかないが、だからと言って丁奉が宮仕えだったり近衛兵だったりする可能性は少ないというか。
むしろあんな(言っちゃ悪いが)汚れ仕事を任されている分どちらかといえば末端の人間だろう。
それに、名を重んじるこの世界では余り考えられないが、丁奉が本名だとも限らない。
……尤も、だからといって二人の決断に口を挟む気なんて無いが。
オッサンは俺に守らせようと思い預けたのだろうが、だからと言ってそれで二人を縛りつける必要は無いし。
七人もの多所帯、しかも男俺一人なんていう団体は否が応でも目立ち過ぎる。
よって、ある意味二人の選択は俺には歓迎すべき選択でもあった。
そして、色々な利害や損得の勘定を巡らせながら、俺は二人に声をかけた。
「文醜! 顔良! ……また会おうな!」
単純に友人の無事を祈る意味を込めて。それと、有効になるかは果たして分からないが将来のコネクションへの期待を込めて。
「おうよっ!」
「はいっ!」
そんな内心を知ってか知らずか、文醜と顔良は大きく手を上げて答えた。
俺はそんな彼女達の無事を再び祈った。偽善でしかないが、今度は友人としての気持ちだけで、だ。
俺の感じた強さとは、世間一般の言う強さでは無い、その程度の自覚はある。
強いて表現するならば、強かさ(したたかさ)だろうか。腹黒いなんて言われるかもしれないが、元々自覚はあるので大したことでは無い。
詰まりは心の持ちようが替わっただけである。
抑え込んだり隠し通そうとしたり、余計なお世話でしかないのに『霞を守りたい』だなんて尤もな理由をこじつけて見せて無理をしたりはしない。
黒い部分でさえ霞を信頼し受け入れて貰う事で楽になろう、というある意味逃げの一手とも取れる心持ちの変化であった。
だけどそれで俺は良い。
霞に二度も、しかも同じようなことで救われてんだ。二度ある事は三度あると言うが、俺はどちらかといえば仏の顔も三度までを推したい。
世間一般の夫婦がどんなのかは皆目見当が付かないけれども、俺と霞の在り方はこれでいい。
霞は俺を裏切らない、と今は胸を張って言える。尤も、馬鹿正直に信頼し続けるつもりは無いし、霞にも俺が不利益になった時は切って捨てる覚悟くらいある。
乱世の女、というか。ヤクザの女親分、この時代に合わせれば侠の女とでも言うべきか。
俺が真っ当な人生を送れない事を分かっていたのに付いてきたのが霞だ。その辺りの強さは持っている。
……何だか似たような決意表明を并州出る時にもしたなあ……もう1年以上経ってるんだから驚きだ。
そして俺が1年以上経っても内心で全く成長していなかった事はもっと驚きだ。次は無い、そう言い聞かせながら俺は生きる必要がある。
失敗しても取り返せば良い、同じ失敗を繰り返さなければ云々、なんて未来じゃ良く言ったが、失敗しても取り返しようがないのがこの世界だ。何て言ったって失敗の代償は命である場合が多々あるから。
取引でも戦闘でも賭け事でも何でもかんでも失敗すればお命頂戴。そんな世界だから。
もう二度と、こんな失敗はしない。霞との選択を間違えない。それを俺は己に深く言い聞かせる必要がある。
「……行ったな」
「行ったなぁ。はぁー、文ちゃんも顔ちゃんもどうなるんやろな」
「とりあえず風はあの二人は復讐云々置いといてしぶとく生き残る気がするのですよ」
「違いない。文醜顔良がぽっくり死んじまってる姿ってちょっと想像つかないもんな」
風の言葉に俺も同意を示す。
あれだけの腕っ節があればよっぽど化け物にでも遭遇しなければ死にはしないだろうし、文醜単体なら生水でも飲んで腹壊してそうなもんだが顔良もいればその辺の管理も問題なさそうだ。
何処となく朗らかに答えた俺とは相対的に、霞は心無し沈んだ声色で答えた。
「せやね……ウチはおっちゃんがぽっくり逝くんも想像できへんかったけど。あ、別に嫌味やないで?
ただな、ウチ未だに何となしおっちゃんがひょっこり出てきそうな気ぃもすんねんよ」
「っ……そうだな」
「風的にはですねー。『娘に何復讐させてんだ糞餓鬼がっ』。……なんて言いながら草むらから出てきそうなのです」
唐突に風が声真似をし、丁度良くまるで狙ったかのように草むらから兎が飛び出した。
風を見ていた俺は多少驚いた程度だったが、タイミング良く視線を逸らしていた霞は文字通り飛びあがった。
「にゃっ!? って……吃驚したわ。……声真似とか趣味悪いで風」
「いやあ、まるで狙ったかのようにピッタリ兎さんが飛び出して風も吃驚なのです。しかしお姉さん、にゃっ、て何なのですかにゃっ、て」
「えへへ、少女の茶目っ気やと思って許してぇな?」
霞が少女だからこそ許されるポーズで謝罪した。文字で表すならまさしくテヘペロって奴だった。
いや熟女でこれもアリだとは思うけどね。色々きつそうだ。精神的にも。見てる方も何となく悲しい気分になりそうだし。
「風は別に構いませんけど、流石に作り過ぎじゃないのですか? ねえお兄さん。……お兄さん?」
風が話を振って来たが俺は敢て聞き流した。下手な事を言うと藪蛇を突く気がしたからだ。
しかしそれにしても、だ。何となく霞の頭上辺りに偶に猫耳が見えるのは何かの幻覚なのだろうか。元々性格は猫っぽいところは確かにあるが……。
しかしねこっぽい霞可愛いなぁ……デフォで猫属性有るけど耳尻尾装備もアリだな……。風も猫属性あるし、これは猫々娘々展開も……」
「色々駄々漏れやで一刀」
はっ……!? いつの間に。霞にあきれた目で見られた。
だが我々の業界ではご褒美です まる
なんてアホなコトを考えていると風が袖を引っ張った。
「まあ風はやぶかさでは無いのですよ。にゃー、風は猫さんなのです」
「それはいけないよ風。ひぐらしが鳴いているアレに被っちまう」
寧ろ羽入派だがこの際割とどうでもいい。
「はっ! ……でも寧ろ被せても良いのではないですか? にぱー」
「っ!? 可愛いから許……しちゃ駄目だなうん。国家権力にゃ勝てん」
「なぁ、二人とも本当に何話しとるんよ? 風だけになんや教えとるんか一刀」
霞が拗ねたような眼で見て来た。
もしかしなくても仲間外れにされたと思ったようだ。
「いや? 俺が呟くと」
「風が拾い上げるだけなのです」
「え、じゃああの噛み合った会話って」
「普通に割と適当だよ?」
「風は宝慧が何か受信してくれてるだけなのです」
「風は意味わかっとらんってこと?」
「もちろんなのです。ぶっちゃけちゃうとこのお兄さん何ってんだ状態です。
それはさておきお姉さんお姉さん。にぱー、ってこれは中々良いものだと思いませんか? ほらお姉さんも、こう。にぱー」
「に、にぱー?」
「ふむ、まだ笑顔が堅いのです。これなら風が見事正妻の座に」
「にぱー☆」
「なんとっ!?」
風の発言に若干傷つきながらもその様子を眺めた。そう言えば沈んだ話題と空気をいつの間にか誘導していたり、今の様に作り笑いでも笑顔が見られるなんて少し前の風ではあり得なかった光景だよな。
空気を読むというか、雰囲気を感じ取るというか。そう言ったスキルがいつの間にか風に身に付いている事に俺は少し嬉しくなった。
どれだけ強く気丈に見せたって、風はまだ小さな女の子だ。敢て言い換えるなら幼女だ。
小さな女の子は守られてしかるべきなのは当然、敢て幼女と呼ぶ人種の言葉を借りれば『幼女は愛でるモノ』だ。
決して性的な意味では無いのであしからず。当方はアグネスにも児ポ法にも喧嘩売る気は有りません。
「おい、此方の用意は終わったぞ……と、貴様等何をやっているんだ?」
どうやら用意の終わったらしい思春が此方にやって来た。そして何故かツッコまれた。
因みに何の用意をしていたかと言えば、五人分の出立の用意だ。思春と幼平は恐らく壊滅しているであろう自分達の船へ向かう為に西へ向かう。
俺達はとりあえず行く宛からっきしだけれども如何にかして就職先見つけなきゃいけないので中央から離れる意味も込め北西へ向かう。
すると暫くはどちらも黄河流域を上る訳だから行動を共にしよう、という訳だ。
長々とした思考の末、腕を組んでいたのを解き俺は思春に尋ねた。
「は? いや何ってなにもしてないんだけど」
「か、かじゅとっ………………じゃない。後ろの二人だ」
流したよ、思春さん何事も無かったかのようにスルーだったよ!
此処は触れないでおくのが優しさだろう、と俺は思春が顎で指した方を、つまり後ろを向いた。
「にぱー☆」
「にぱー♪」
「な? 私には理解できない」
「お、おぉう」
台詞だけ見ればなんだかほのぼのとしている気さえするが実際のところは二人の後ろに『ゴゴゴゴゴ』なんてのが見えている。
ついでに俺と思春の後ろには『ざわ…ざわ…』ってのが見えていると思う。
恐らくあの『ゴゴゴゴゴ』も纏う黒いオーラも幻覚じゃない。二人が見せる思念波的な何かだ。絶対そうだ。
黒い感じと鬼気迫る効果音×輝く様な笑顔で異様な雰囲気は二倍三倍どころか二乗三乗。
後ろから追いかけてきた明命は『はうぁっ!?』と飛び上がると思春の後ろに隠れてしまった。
「おい北郷、二人はお前の妻なのだろう? あの状況をどうにかしろ。このままじゃ出発できないではないか」
「あー、うん。でも俺ちょっとアレ無理だと思うんだ。うん」
ヤダよスタント使い始めて時よ止まれとか余裕でやりだしそうな連中に関与するとか。俺は小悪党で主人公体質じゃねーんだ!
なんて思っても俺は口に出さない。何故かって報復が怖いからだ。主に風の。電波受信がデフォな風に下手なコト言うと酷い目に会いかねん。
「嫁の不始末は夫が責任とるものだろう。大体私や明命では本当に殺されかねない」
「ええー、触らぬ神に祟り無しと言ってだな」
「よし、ではこうしよう。明命、か、かじゅ……北郷が首を横に振ったらせーので取り押さえて放り込もう」
「お任せください思春様っ」
「前も後ろも祟り神ですかそうですか」
真名言うの諦めちゃったよこの娘! 幼平は安定の空気が読めるっぷりで全スルー。俺もそれに追随する事にした。
しかし思春は真名を呼ぼうとするたびに真っ赤になって何と言うか、新鮮なタイプの可愛らしさで……。ハッ、何やら殺気を感じる……。
ふと振り返れば思春で邪なことを考えたせいだろうか。明命が射殺さんばかりの視線を俺に注いでいた。
どうでもいい事だが、俺は俺なりに幼平への接し方、というモノを考えてみた。
そうして至った結論は。
「ふふふっ。寧ろ前門の虎、後門の狼ですね」
「やだ幼平さん後門の狼なんてやだ卑猥」
幼平は俺を嫌う。でも思春は俺を友人として大切に思っている。すると幼平自身が俺に何か言う事で思春が傷付いたらどうしようと悩み結局何も出来ない。
この負のパターンが思い浮かんだ。予想は概ね外れていないと思ったが、俺一人の判断では不安が残る。
という訳で心理を読みとるチートスキャナー風さんに答え合わせしたところでも殆ど間違って無いとお墨付きをもらった。
「はうあっ!? な、何言ってるんですが北郷さん! お、女の子に肛門とか信じられません! 最低!変態!変態!!変態!!!」
こうして俺は幼平が鬱憤を晴らす事の出来る環境を擬似的に作り出す事にした。
主に俺が幼平の上げ足を取るような発言をすることで彼女に罵声を浴びせられる機会を作ることだ。
ポイントは余り度が過ぎて幼平が叱られたりしない程度に、かつ彼女の鬱憤も晴らせる程度に、という微妙なさじ加減を間違えない事だろうか。
「何言ってるんですか幼平さん誰もケツの穴なんて言ってないのにやだ卑猥」
「っ~~~! 最低です! 本当に最低ですっ!!」
そう言っているうちにも幼平の内に溜った鬱憤(約半日分)が抜け落ちたのか何処か恍惚とした表情になって来た。……えっ?
……ああよかった。俺の見間違えだった様だ。うん、そうだったんだ。そうなんだよ。お願いしますそう言う事にさせてください。
ではやり直して……鬱憤(約半日分)が抜け落ちて何処かすっきりした表情になった。
と、俺は人間関係のこじれをする心配が無くなり偶の経験であるボケ側に回る事が出来る、幼平はすっきり出来る。まさにwinwinの理想的な関係となった。
……唯一、と言って良い程の弊害があるとすれば。
「はぁ……二人の仲が良いのは一向に結構だがな。貴様等まで喧騒する側になってどうする。止められぬではないか」
「なっ!? し、思春様っ! 何度も言いますが私は北郷さんと仲良しなんかじゃありませんっ!」
「あらやだ照れちゃって幼平ったら」
「照れてませんっ!!」
思春まで幼平を弄……幼平のガス抜きに参加してきている辺りだろう。
どう見ても仲良しでは無いのに、こう俺と幼平が騒ぎだすと仲が良いだのなんだのとからかって来るようになってしまった。
尤も、それさえネタに幼平で遊……幼平のうっぷん晴らしに使っている俺が文句を言う権利は無いのだけれど。
「兎も角だ。かじゅっ……北郷、あの二人の異様な戦いを停めてきてくれ。一刀っしか適任が居ないんだ」
おお、久し振りに呼ばれた気がする、なんて俺が思い思春を見ると……感涙極まった、という表情で幼平を抱きしめくるくる回っていた。
うふふ、とかあはは、とか笑ってるよあの娘。キャラ崩壊どころかキャラ改悪変だよ……。
トリップしてしまった思春は置いといて。俺はそろそろ腹を決めると霞と風の異能バトル空間に突撃した。
「あ、あの、二人とも」
「ンなんやゴルァ!? こちとらマジな勝負しよって忙しいんじゃボケェ! って」
「はいはいー、部外者さんはちょっとお口閉じてましょうねー。って」
もうやだこの集団大体エピローグだからってはっちゃけ過ぎだろもうやだキャラ崩壊と改悪もうやだぼくおうちかえりたい。
なんて一瞬尻尾を巻いてどころか尻尾引きちぎって囮にして逃げてやんよな精神状態の俺の元へ特殊空間から帰って来た二人が声をかけて来た。
「なんや一刀やん。一刀、一刀、ウチの笑顔ってどや? 風と比べてどっちがええ?」
「お兄さんお兄さん。お姉さんと風、どっちの方が可愛らしいと思いますか?」
しかもあの物凄い空気とドスの利いた声とか笑顔で人を寸刻みにしそうな雰囲気を一瞬で引っ込ませ、女の子特有の甘々桃色フィールドを展開させていた。
あの光景と声さえ聞いて無ければ赤面の一つや二つして理性をちょっとばかし蕩けさせられそうにすら感じた。女性不審になりそうです。ハイ。
「え、あー……そうだな……」
口元が自分でも引きつってるのがわかる。
しかもあの絶妙な質問。どう答えろと。畜生前門は虎だったけど後門はブロリーでした的な絶望感だよ! これなら虎と戦った方がよっぽど良かったよ!
俺の答えその一。『どっちも素敵さ』→『その中でも選ぶなら?』以下無限ループ。
俺の答えその二。『霞が』→『風は要らない娘なんですねそうですね。なら要らない娘の風はお兄さんの秘密と感情をりあるたいむでらいぶちゅうけいなのです』
俺の答えその三.『風が』→『……そっか。せやよな! うん、ウチみたいな男女より可愛い風がええもんな! あっはっは、せやな……ぐすっ』
駄目だdese or dieだよ。バットエンドか中に誰もいないか泣きゲ―チックになるか程度の差しか無かったよ! どこで俺はルート分岐間違えたんだよ!
こうなれば、俺のスキル
「風は凄く可愛いよ。風が一番可愛い。そんな笑顔を向けて貰える俺はとんだ幸せ者さ。
おっと霞落ち込むにはまだ早い、霞は凄く愛らしい。霞が一番愛らしい。そんな妻を持てた俺はとんだ幸せ者だよ」
「むぅ、結局どっちが上かお兄さん誤魔化してますね」
「せや一刀。問題の先送り良く無いで」
「あはは……俺にはどっちが上とかどっちが良いなんて決められない」
「……このヘタレ」
「優柔不断は死すべしなのです」
「うっ、ゴメン……」
でも許して欲しい。俺、死にたくない。風と霞、傷つきたくない。俺、答えられない。悲しいけど、これ世界の摂理なのよね。
そんな様な色々な思いを込めて二人の頭を撫でた。すると。
「でもですねー」
「にゅふふ、可愛いー、とか、愛らしいー、なんて言ってくれたんは嬉しかったで」
「陳腐な口説き文句でもお兄さんが言えばあら不思議、風もお姉さんもドキドキが止まらなくなっちゃったのです」
「霞……風……」
しな垂れかかって来た二人の柔らかさに俺の理性はあっけなく音を立てて崩れ落ちた。今なら言える、来いよアグネス。
そして俺は二人の頬に手を添えて──
「うぉっほん、あのー、そろそろ出発したいのですけど」
無遠慮極まりない咳払いの所為でその空気は瞬く間に消えた。
「チッ」
「……さのばびっち、なのです」
「幼平、コレ読める?」
「……“空気”ですか?」
『はぁ~っ』
きょとん、と首をかしげる幼平に四人が皆溜息を吐いた。
「何ですかその反応っ! というか思春様っ!?」
「あ、いや決してあの続きが気になったとか、かじゅっ……北郷の雰囲気にあてられたとかそういう訳では無くてだな……」
まさかの裏切りに動揺した幼平は思春に問いかける。ソレに動揺した思春はぼろぼろと色々駄々漏らした。
「思春、色々駄々漏れやで」
「五月蝿いっ!!」
「思春お姉さんお顔が真っ赤なのです」
「風までもかっ!?」
「思春、俺は何時でもバッチコイだぜ」
「か、かじゅとっ!?」
「おいコラこの浮気野郎。風、締めるで」
「あらほらさっさー、なのです」
「ちょ、おま、待っいぎゃああっ!? 霞さんそれ以上いけない! 腕ソッチ曲がらない!」
「五月蝿い節操無し。ウチは腕キメた。風は足を頼むで」
「お任せあれー。ほーれお兄さん、こしょこしょー」
「いぎゃはははっ!? 痛痒い!! 凄い痛痒い!!」
因みに、霞は思春を思春と呼ぶ事にした。一度手合わせし、そして何やら霞と風と思春の三人で秘密会議をした後からこうなった。
俺の幼平遊……幼平への配慮もその時から始まってたりする。え、そんなこと聞いて無い? 無駄なコト考えて無いと辛いんだよ言わせんな恥ずかしい。
「思春、幼平、アンタらも一刀になんやしたれ!」
「幼平ちゃんとかは“日頃の鬱憤”とかも込めちゃったりしても良いと思うのですよ?」
「そ、そうか? では、こほん。か、かじゅ、一刀っ。失礼する」
「うふふふっ、これは天から降って来た素敵な好機、周幼平、全力を持って当らせて頂きますっ!」
いや思春さん礼儀正しさ使い間違えてますからね。
あと幼平、うふうふ笑いながら縄構えるの止めてください怖いです凄く怖いです。
「ちょ、まっ……ッアー!?」
**
薄暗い、とある都の政務室の一つ。
丁奉は主首と人数分の耳を持ち返ると、直ぐ様ここへ案内された。
まるで玉座の様に彩り飾られた椅子に座る、一人の美丈夫。
それは一枚の名画の様な均衡のとれた、思わず息を呑むような美しい様相。彼の名を、張讓。今を時めく十常侍が筆頭である。
本来彼に将軍任命の権限などこれっぽっちも無かった。しかし、彼はそれを得た。
理由は至ってシンプルであり、大尉(軍権の最高責任者)の地位を購入したのだ。先ずは皇帝の傍から、そして宦官の人間を、後宮の妃達を、そして行政の役人たちを。
彼は、全てを買い尽くしそれで尚莫大な金銭を得続けた。
「丁承淵。貴官を討馬将軍に任命する」
「御意っ。有難き幸せに御座います」
つい数瞬前まで彼が主と仰ぐ孫伯符がいたその場所。
そこで彼は、主と同等の地位を承ろうとしていた。しかし、それに対し彼が感じた感情は、悲嘆。
将軍位に付くと言う事は、恐らくは都勤めとなるのだろう。
主の様に祖先から受け着いた土地を持ち、そこで指導者と認められていない限りは、将軍位を得た人間が都尉と兼任される事は無い。
「良い。ところで貴官、何やら着任先に希望があると聞いたが」
わずらわしそうに、まるで蝿でも払うかのように張讓は続きを促した。
「はっ。しかし……」
丁奉は思わず続きを語る事に恐怖を感じ口ごもった。
この先の理由はどれだけ取り繕おうと彼の私情でしかない事を、彼自身が良く理解していたからだ。
「良い、申せ」
しかし張讓は恐らくそれを理解したうえで、にんまりと凄惨な笑みを零しながら続きを促した。
丁奉はまるで蛇に睨まれた蛙の様な心境の中、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……南方、江東の地に御座います」
「ふむ……何故だ」
「私には、孫伯符殿、いえ。孫将軍に御恩が御座います。故に、あの方のお力になりとう御座います」
「……成程。相分かった。しかしそれは少々難しいな。……貴官が討った安邑馬賊団、その功績に対する報償全てに匹敵する程に、な」
安邑馬賊団を討伐した報償は三百万銭。下級仕官や地方太守の権ならば買える程の大金である。
その大金を張讓は事もなさ気に請求し、そして丁奉も一切の躊躇いすら見せる事なく頷いた。
「では、お願い申しあげます。己の得た報償は、いえ。この将軍位でさえ、孫将軍へ恩を返す事が出来るのならば貴方様に献上したく存じ上げます」
「よい……。将軍位は持って居った方が何かと便利であろう。貴官の要望、しかと受け取った」
「はっ。有難き幸せにございます。では、私はこれで……」
「うむ、下がれ。……おっと、一つ言い忘れがあったな」
「は。何で御座いましょうか?」
「孫……伯符と言ったか? あ奴の母が死んだ」
瞬間、丁奉が遠目からもはっきり分かる程に、びくり、と肩が揺れた。
「何故、私にその話をされるのでしょうか?」
「孫堅殿は真武勇に優れた奴であったが、短気が幸いし、哀れ江賊の船と共に最期となった……そうだがな。
奇妙な事に、あ奴が乗り込んでおった船だけが何故か船底に、水に長い間浸っておると穴が開く様な細工がされておってな。そのまま沈没して、針山のように無数の矢を突き立てられ辱められたそうじゃ」
「……貴方様は、一体」
「のう丁奉よ。復讐をするのならば、先ずは私の元へ来ぬか?」
「は?」
唐突な提案に、思考が停止し普段の丁奉ならばあり得ない程の無礼を口にした。
取りつくろったり礼儀に習わない言葉をそのまま目上の人間に投げかけると言う大失態である。
「ふふっ、江東で独自に発展するのは大いに結構、じゃが、それも行き過ぎれば毒と成る。金と支持を集めた彼女達は、少々漢朝には眼の上の瘤。
忠臣は何時しか奸臣へなり変わり、奢り高ぶった旧名族の血は、新たな天を欲する様になる」
「わ、私には何を言っておるのか皆目見当が」
「隠さのうても良い。貴官は、憎くて仕方が無いのであろう? 賊も、孫家も、そして漢の国も!」
「……」
その問いに丁奉は答えなかった。否。どう答えるべきか皆目見当さえ付かなかった。
しかしその沈黙を否と取った張讓は、さらに言葉を続けた。
「ふむ、沈黙を選ぶか。ではこう言いかえればどうだ?
妹を犯した賊が憎い。妹を人質に交渉を持ちかけられた時それを蹴った孫家が憎い。そして、孫家の者をあの戦場に送った漢が憎い。どうじゃ?」
「っ……。ええ、貴方様の言うとおりです。それでは、それを知った貴方様はどうするのですか? 私を殺すのですか?」
この方は既に全てを見通しておられる。
敵う訳が無いと直感的に理解した丁奉は、半ば投げ捨てる様に無造作に答えた。
「はっはっは! 無論そうならばこの事を知った瞬間に貴官を殺しておるわ!」
首が飛ぶのか、それとも投獄されるのか。そんな予想を繰り広げていた彼を驚かせるのに、張讓の言葉は充分だった。
「……では、貴方様は私に何を求めるのですか?」
「私が求めるのは、貴官のその憎しみよ! 情け容赦なく五十の人間を切り刻める天を焦がさんばかりの憎しみよ!
そして、その甘美な情に身を任せる貴官はとても愉快じゃ。害悪が蔓延り、官吏はただ媚び諂うだけの世で何と純粋な事か」
「貴方様は……狂っている」
この、己の旨の内に秘めた感情を、純粋の一刀の元切り捨てる様な人間。そんな人物に、丁奉は出会った事さえ無かった。
そうして張讓の存在感でとうの昔にマヒした脳から、ぽつり、と張讓という人物の本質がこぼれた。
「ふふふ、そうじゃな、私はとうの昔に狂っておる。じゃが、それは復讐に身をゆだねた貴官も同様であろう?」
「……ええ、その通りです」
「ならば、私は貴官に与えよう。復讐の機会と、それを成すだけに十分な力を。さて……貴官はどうする。私の元で仕えるか、孫家の地へ向かうか」
「私はは、私を初めて理解されました」
「ほお、貴官は誰にも理解されなかったのか」
「はい。精々が陳腐な同情と、いつまでも復讐に囚われる私を辱める者ばかり。しかし、貴方様は私を理解した。私は、貴方様の元で仕えとう御座います」
「はっはっは、素直な事よ。いっそ愛でてしまいとうなるわ」
「御冗談を」
男性器を切除された宦官に愛でられる。それは、男として最悪の部類の体験になるだろうと言う事は想像に難くない。
張讓という人物に気押され、そして忠誠こそ誓ったものの丁奉にその様な気などまるで起きなかった。
「冗談では無い。ふふふっ、眼を見開いておるが良い」
「なっ!? 一体何を!?」
張讓は、あろうことか椅子から立つと、着物の腰帯を勢いよく解いた。宦官の簡素な服が、帯という枷から逃れた事でふわり、と両に開いた。
そうして現れたのは、男性には決して無いであろう胸部の膨らみを持ち、男性ならばあるであろう男根の切除痕の無い肢体。
均一のとれた美しい体線と、真珠の様に白い玉の肌。いつの間にか解かれた長い髪は艶々と黒色を湛え、完璧な美を生まれ持った、一人の女性がそこに居た。
「そうじゃ、私は女じゃ。どうだ? 我ながら美しいという自負はあるこの身体は」
「え……あ……」
「はっはっは。言葉も出ぬか」
「あ、貴女様は……」
「私は張讓。宦官の頂点に立つ女じゃ。そして、私の真名は蘭蓮(らんれん)。お主の主になる人間じゃ」
とうに丁奉が理解できる次元は超えていた。唯唯目の前で起こり続ける異常な事態に困惑し、そして畏怖を抱いた。
しかし、同時にそれを上回る程の感情が溢れ、気付けば丁奉のこうべは自然と下がり、眼には涙があふれていた。
私を理解して下さったお方は、その身に抱えた大きな秘密と、そして真名まで授け礼を尽くしてくださった。
彼は、丁奉はそうして張讓に絶対の忠誠を誓った。
時は183年。
戦乱の季節は、もうすぐそこまで来ていた。
ほい四章終了ーっ
三章って馬賊成り上がり編とかいうサブタイトルがあったはずだけど結局何も成り上がらなかったぜ!
こんばんわ、甘露です。
オリジナルさん(♀)一人ぶっこみました。
イメージはこんな感じ↓
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=8482790
でもぐーやみたいにニートでも貧乳でも無いのであしからず。
髪の毛は普段超結上げてます。
※この娘は一刀くんに攻略されません
まさかの悪役代名詞十常侍さんに女の子をぶっこんじゃうとかどう考えても縦ロールLにふるもっこEndしか見えないのに真名つけちゃって可愛いようふふが甘露クオリティ。
実は十常侍総女体化計画とかもあったけど止めました
凄く疲れそうだし面倒だなんて思って無いんだからね!
にしても黄巾の乱が始まるまでで計499kb
500文字で1kbなので……大体二十五万字。文庫本2,5冊分。
そして未だに始まらない三国時代。
次から漸く黄巾の乱が始まります。完結なんて一体何年先何ですかwwwて感じですが
これからもマターリと呼んで暇つぶしにでもなればなぁ、なんて思ってます。
ではー。
追伸 感想お待ちしております。時間があるのでコメ返も再開しましたー。
追伸2 書いててふと思ったコト。 ……思春と明命逆になってね?
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・宦官夢想(誤字に非ず)
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