『漆黒の守護者~異端編』
第一話 『第七師団師長翡翠』
総数九席、背の長い椅子が設置された部屋がある。ひな壇のように段差があり、一段ごとに三つの椅子が並べられた椅子に腰下ろすは老若男女が九人。その者たちの視線は眼前で直立している青年に向けられており、自然と見下ろす形になっている。
青年は見上げる。
「天界軍第七師団師長――((曹臨・秋雨|そうりん・あきさめ))、只今参上いたしました」
踵を打ち鳴らし、利き手は腰に差した刀の柄に添える。見上げる形となって前方に存在しているのは天界軍の各師団を手駒として保持している頭領。天界を治める絶対神から戦力を保持することを許された天界の守護者だ。
((九第天使|くだいてんし))――それが老若男女の総称だ。
「曹臨よ、そちをこの((九天宮|きゅうてんぐう))へと招いた意図は分かるか?」
第七師団を手駒としている権天使アルケーが試してきた。師団の数字は九第天使の中で位置づけされた数字と比例する。だがその数字が実力順というわけではない。
「器量のない自分には九第天使様の考えを推し量れるものではありません。よろしければ私をこの九天宮へとお呼びされた意を教えてはもらえないでしょうか?」
曹臨はなるべく言葉を選ぶ。他の九第天使は存知ないが、第七師団の頭領である権天使アルケーは身分の差をはっきりさせた権力者だ。目下の者は目上の者を敬うことを絶対としている。
「ふはは! 己が器量を心得ている者は好きだ。すべての実力において平凡……否、平凡より劣る貴様を師長を任じさせているのはそういった部分でな。その心構えを忘れるなよ」
高笑いしながら権天使アルケーは満足そうに頷き、
「少々、話が逸れたな……本題に移ろう。まずはこれを見てもらおう」
巨大な鏡が出現した。地上界を映す鏡として神器のひとつとして数えられている神鏡だ。
鏡に映ったのは戦で明け暮れているどこかの世界だった。流れていく世界の情景に曹臨は訝しむ。
その世界には人間だけではなく獣人やその他の種族も混在していたからだ。絶対神の意向で人間は人間の世界を、獣人には獣人だけの世界を創ったとされている。つまり神鏡に映された映像はありえない。
「低能な貴様でも理解できたであろう。この世界はあらゆる世界が入り組んだことで創生された、いわば融合世界。元は三国志をモチーフとされた外史だった…………ここまで言えばわかるな?」
権天使アルケーの言いたい事を理解した曹臨は目を見開いた。
「この世界は貴様の故郷だ」
「な、何故だ!? あの世界は比較的平和な道を歩んでいたはずだ。時空の歪みも感知されなかった。それがどうしてこんな形になっている!」
我を忘れて曹臨は言葉づかいを気にすることなく叫んだ。その狂乱した姿に九第天使の誰もが静かに笑みをこぼし、高笑いとなった。
「アルケー、そんなに笑ってはかの世界を救った英雄殿に申し訳ありませんよ」
二段目の一席に腰を下ろしている能天使エクスシアが押し殺した笑みを浮かべながら権天使アルケーを窘める。だがそのやり取りさえも笑いの糧となり、曹臨は鋭い眼光で睨みつける。その眼は瞳孔が開いて焦点が定まっていない。
「お~怖い怖い。視線だけで殺されそうですわね」
動じるどころか軽口を叩く能天使エクスシアの態度に曹臨は奥歯を噛みしめることで怒りを抑えてその場をやりすごす。
息を大きく吸って一息。なるべく心を落ち着かせてから、
「お見苦しい姿を見せて申し訳ありませんでした。この世界はいかにしてこのような状態に?」
「我が融合させたのだよ」
「……私の聞き間違えでしょうか? 今、アルケー様が融合させたかのように受け取ったのですが……」
曹臨は訊き返した。
「その通りだ。間違っていないぞ、くはははは! どうして、という顔をしているな。簡単なことさつまらなかったのだよ。狂乱の渦中にあってこそ世界とは輝けるのさ。争いのない平和な世界など腐った林檎と同様、不要物でしかないのさ。
世界を潰すことは簡単だがそれでは興に欠ける。そこで他の世界と融合させたら面白いのではないか、と我が頭脳が弾きしだした。さすがは我、権天使アルケーだ。見ろ、この混沌ぶりの世界を。見ろ、この狂乱に包まれた世界を。これほど心を躍らす世界はないだろ、くはははっはっは!」
「………そんな理由であの世界を……皆を……」
曹臨は拳を強く握った。爪が皮膚を貫いて肉を刺し、鮮血が垂れ落ちる。
「うん? 何か言ったか?」
前屈みになって耳を傾けてくる権天使アルケーの表情はにやついている。
「……いえ。ですが今の映像を見て私が招かれた意味を理解しました」
「どう理解したのか聞かせよ」
「私を……我々、第七師団があの世界へと赴きその狂乱の宴へ参加せよということですね」
「わかっているじゃないか。なら行って我をもっと楽しませよ!」
「御意」
曹臨は踵を返して九天宮を後にした。
(アルケーのつまらない矜持かと退屈していたが……ふふふあの男の眼、少し楽しめそうね)
第九天使の中でただ一人、静かに心の中で笑った。
大理石の廊下にブーツを打つ足音が響く。九天宮を後にした曹臨の足音だ。裾長の純白のコートが時折吹く風で靡く。コートの背には第七師団の刺繍が施されている。師団に支給されている戦闘服だ。
曹臨が向かう先はターミナル。そこにすべての飛行艦が置かれている。第七師団の隊員たちには皆、電報を送って既に出航準備に移っているだろう。
出入り口が視界に入る。その先には蒼天と雲の廊下が広がっている。その出入り口で純白のコートを羽織った少女が腕を後ろで組んで直立していた。青色の長髪に漆黒の双眸を持ち、純白のコートの中には同じく白のシャツで、下も同じく純白のホットパンツだ。露出している太腿から下は病的に肌白く、その足を黒のニーソックスが締め付けている。腰に曹臨と同じく刀が一本、締まってある。
第七師団副師長――((東原・棗|あずまはら・なつめ))それが少女の名前だ。
「翡翠師長、出航の準備は整っています」
翡翠とは親しき相手にしか教えていない名前だ。故郷の古きしきたりで、真名と呼ばれている。
棗は曹臨の隣に並んで歩く。
「目的地は?」
出航の準備をすること以外、しらされていなかった棗は曹臨に訊いた。しかし返事はこず、訝しんだ棗は曹臨の顔をのぞいた。
「……っ!」
血の気が一瞬にして引いたのを棗は感じた。ただでさえ蒼白な肌がさらに白くなり、全身から汗と鳥肌が泡立つ。戦場で命の危機をに遭遇したときでもここまで寒気を覚えた事はない、と棗は思う。同時に九天宮で翡翠に何があったのか心配を募らせ、
「ひ、翡翠様!」
意を決して曹臨の真名を再度言葉にした。まさに鬼の形相、瞳孔は完全に開いており、今でも全てを破壊すかのごとき衝動を棗は肌身で感じた。
「……目的地はアルケーが創った融合世界【パラレル】だ」
「は、はい」
棗はコートの懐から携帯を取り出して飛行艦で待機している隊員に目的地の報告を始めた。
「くくくく……覚悟していろ九第天使。俺の故郷を、俺の大事な人たちを狂わせた罪、貴様たちの命で償ってもらうぞ」
曹臨の静かな笑い声は蒼天へと溶け込んでいった。
第一話 第七師団師長翡翠 完
久々に更新します。前作の漆黒の守護者の続編として開始させていただきます。
追伸
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前作の続編です