No.213634

漆黒の守護者~親愛なる妹へ18

ソウルさん

翡翠と三国の王で交わされる約束。物語は終息を迎える。

2011-04-26 23:57:57 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2989   閲覧ユーザー数:2490

 暖かく心地よい風が玉座の間に吹き意識を刈り取る。微かに見える視覚が迷い込んだ桃の花を捉えた。光を失いかけている目を凝らしては鮮やかな桃色で染め上げる。そこに浮かぶ三つの人影。淡く鮮やかな桃色の髪の女性と桃の花のように光り輝く桃色の髪の女性。そして金色の髪を左右に結んだ女性。心から待ちわびた三国の王が玉座の間に到着した。

 

「兄様、その姿は………」

 

華琳は目を見開いた。かつて覇気を纏った凛々しい姿だった兄の朽ちた姿を目にしたからだ。生気を感じられず、瞳は白く濁っていた。

 

「よくきてくれた。もっと前まで来てくれ。もう良く見えないんだ」

 

三人の王を手招く。敵国の主にも関わらず、三人は無防備に近づく。俺が反撃できる状態でないことを悟っていた。

 

「王の顔つきになった。本当に立派になったな」

 

玉座に座りながら三人に手を伸ばして顔に触れる。輪郭をなぞり、力の入らない弱い力で頬を撫でる。霞んだ視覚でも赤面しているのが確認できた。

 

「私たちが貴方の敵だと理解しているのかしら?」

 

雪蓮は赤面しながら訊いてきた。

 

「理解している。だからここまで来てもらった」

 

手を顔から外して肘掛けに置く。背を玉座に預けて三人の顔を見る。

 

「明王の曹臨が問う」

 

朽ちた体から全覇気を放出させる。

 

「お前たちが目指す時代とは?」

 

王として君臨する前、旗揚げした時に掲げる志。この時代に身を置く者の誰もが一度は誓う。王とはそれを成し遂げる為の近道でしかないのだ。

 

「誰もが手を取り合い笑顔で覆われた時代を」

 

稀有な優しさに苦しみながらも曲げることのなかった劉備の志。

 

「大事な家族が幸福でいられる時代を」

 

ただ大切な絆を守るために進んできた孫策が見る未来。

 

「生きることを怯える必要のない太平の時代を」

 

自分を押し殺してただ覇道を突き進んだ寂しがり屋の華琳の夢。違うようで似ている三立の志。彼女たちが求める答えは一緒のはずなのに、時代がそれを拒み敵対の関係を確立させた。

 

「ただ太平の世の為に!」

 

三人の志が重なった。望むは太平。求める民の安寧。願うは永遠の絆。神の悪戯か、引き離されていた希望の均衡は今回の戦で砕かれた。互いに手を取り合い、求める時代を語り合い、気づく。自分たちが皆、同志なのだと。

 これまでの歴史に完全な太平が訪れなかったのは助け合う同志が存在しなかったから。王は孤独であれ。王は非情であれ。それが国を失墜させて乱世を導く最大の原因だと過去の英傑たちは気づかなかった。

 

 その負の連鎖も断ち切った。三国同盟は各国の英傑が望む未来が一緒なのだと気付かせる為の策。天下三分の計は絆を育む為の策。だがその両方を遂行させるには確固たる敵が必要だった。それが明国。つまり俺たちだ。

 

「それは兄様が病に伏せたから実行した策なのですか?」

 

妹として兄の考えが納得いかないらしい。

 

「関係ないさ。正常であろうと異常であろうと、俺は君たちの敵となっていた」

 

「何故です! 兄様も加えた四国同盟で事は成せたはず」

 

息を荒くして反論する華琳。それを否定したのは隣にいた雪蓮だった。

 

「それは違うわよ華琳。明確な敵がいて、それを協力して倒すからこそ絆は生まれる。絆のない同盟は仮初でしかないのよ」

 

「そう。そして俺が病に伏せたのは好都合だった。ただ規格外の事故もあり強行策にはなったが、偶然の上に必然は成り立つものだ。事故も必然だったんだ」

 

だけど事態は俺の思惑通りに動いてくれた。立派な王となり、互いに絆を深めあい、俺の前に立つ。これで安心して逝ける。

 

「これから曹臨さんはどうするのですか?」

 

「それは愚問だよ、劉備。俺の命はもう尽きる。だからお前たちに未来を託した」

 

おそらく争いが潰えることはない。少なくとも人の一生ではそんな時代はこないだろう。それでも彼女たち次世代ならもしかしたら。

 

 三国が勝鬨をあげて勝者の雄叫びが玉座まで響かす。生命の灯火が消えていく中で歓声に耳を傾ける。戦は敗北したが俺自身の戦は勝利をあげていた。だからか心地よく聞こえる。桃の花が眼前をたゆたう。隣には琥珀と聖、眼前には戦場に赴いていた将が集っていた。

 

「これまで俺についてきてくれてありがとう」

 

皆はじっと耳を傾ける。

 

「幸せだった。皆と過ごせた人生は俺にとって宝物となった」

 

静寂は喘ぎ声と鼻をすする音にかわる。

 

「苦渋に満ちた人生だった」

 

手を天に掲げ

 

「悪くない人生だった」

 

こぶしを握り、

 

「安心して………逝け……る」

 

全身を襲った脱力感と一緒に腕は下がった。視界が閉じ、漆黒が迎える。俺の人生は漆黒で始まり、漆黒で終息を迎えた。

 陳留から少し離れた森林の中枢に桃園がある。小川のせせらぎと小鳥の囀り。野生の動物の憩いの場。そこに聳えたつ桃の木の根元に墓石が二つ。

 

【曹臨・曹嵩――この地に眠る】

 

魏・蜀・呉、すべての英傑たちが創りあげた墓である。そして今日は曹臨が残した太平の記念日。そして二人がこの世を去った日でもある。

 

「兄様、あれから小規模な戦はあるけど昔に比べたら平和なりました。これも兄様のおかげです」

 

墓の前で華琳は微笑む。まだ完全に悲しみから立ち上がれたわけではないけど、桃香や雪蓮のような親友がいて、信頼できる家臣が支えてくれる。これが曹臨が言っていた絆なのだと。

 

「華琳、宴を始めるわよ」

 

既に酒を飲み始めている雪蓮の呼び声。

 

「まったく騒がしいね。兄様、母様、天から私たちが築く未来を見守っていてください」

 

華琳はそう言い残して墓に背を向けた。その瞬間、風が強く吹く。

 

「未来を頼んだぞ、華琳」

 

「私の娘で翡翠の妹。華琳なら叶えられると信じているわ」

 

華琳は墓に振り返るが誰もいない。風の悪戯か本当に二人の声なのかはわからない。それでも二人の言葉を華琳は心に秘めて明日へと歩みだした。

 

ただ太平の世の為に。兄が命をかけてまで創りあげたこの時代を完成させるための道へ。

 

 

                                ~完~

 初めて1作品を完結できました。正直、微妙な終わり方かもしれませんが、その経験を次作につぎ込みたいと思います。

 

 


 
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