とある旅行代理店の若手営業である彼は、「世界一周。ダンゴムシの背で遊覧旅行!」というびっくり仰天の観光プランを立ちあげた。
ダンゴムシといっても、もちろん庭石や、げた箱の下で這いずっているようなダンゴムシではない。巨大な――それこそ、ええと……なんといったか、あのオーストラリアのシドニーにあるやつ。そう! オペラハウスだ! あの真白で、ぎざぎざと丸っこいのこぎりのような屋根をした奇妙な形のオペラハウス。あんな感じの巨大ダンゴムシに乗って、世界をゆるりのんびりと一周旅行するのだ。
企画が通るや、彼はさっそくダンゴムシを探すことにした。折よく、裏山に一匹でかいのが住んでいたので、嫌がるそいつに鋼鉄の鎖をかけ、ダンプカー五十台で引きずって、近くの飛行機工場へと連れ込んだ。それから、おかかえの化学者の調合した、バナナと、リンゴと、ナスビと、ウナギの混ぜこぜの腐臭のする紫色のフェロモンをかがせ、ころりと眠りこんだそのすきに、ダンゴムシに遊覧用の改造を施すことにした。
まず、色を灰色から変更することにした。彼はデザイナーのスケッチに従い、身体を濃緑に塗り替えた。汚らしい庭石やげた箱よりも、大自然のジャングルを感じさせる色にしたかったのである。
続けて、身体の表面を加工することにした。彼はユーザビリティーの専門家の涙ぐましい努力を受け入れ、身体中に細長くざらついた突起を無数に植え付けた。見た目を雄々しく、たくましく。それ以上に、乗客が手で掴める部位を設けることで乗り心地を改善するための工夫である。
さらに続けて、脚の位置を変えることにした。ダンゴムシの脚というのは身体全体に均等にムカデのように――実際、ムカデの親戚なのだが――散らばっている。これは荒れ地を歩くには向いているが、平野を高速で移動するには必ずしも向いていないのだ。そこで彼はお抱えの物理学者との相談のもと、脚を身体の前面に集中配置することにした。こうすることで、ベクトルが前一点に集中し、推進力が大幅にアップするのである。
それからさらに続けて、眼の位置と数を修正することにした。なんせ眼はダンゴムシの感覚器なのだ。たくさんついていた方が、乗客の身の安全が図れるというものである。彼は安全管理者の意見を参考に、目玉を身体の前面に二段に分けて放射状に分散配置することにした。それから完成したその姿を眺め、ついでに眼に電飾加工を施すことにした。例えばこの眼が赤や、青にちかちかと光ったとしたら――、乗客はきっと眼をピンポン玉のように丸くして、驚き、喜んでくれるにちがいない。
彼はその想像に満足した。巨大なダンゴムシを見上げながら、くつくつと押し殺した笑いを喉の奥からもらした。お客さんに喜び、満足してもらうこと。それこそが、彼の生き甲斐であり、仕事の崇高な目標なのである。
世界一周。ダンゴムシの背で遊覧旅行!
そう銘打たれたこのツアーには全国から応募者が殺到した。厳選に厳選を重ねた末、二千の応募者からようやく百名にまで絞り込んだのが、プランを練り始めてからちょうど一年がたったころ。
旅行当日。華やいだ空気と共に、旅行者たちがアリの行列のようにぞろぞろと群れをなして、ダンゴムシのもとへやってきた。
案の定、旅行者らは驚いた。それも眼を丸々と見開き、眼球を転げ飛ばすほどに驚いた。
企画者である彼は、もちろん大いに満足した。そして、誇らしげに胸を張って、背後の巨大ダンゴムシを得意満面の笑みと共に、意気揚々と指し示した。
「さあ、どうです! 見事なダンゴムシでしょう! あなたがたは、このダンゴムシに乗って、世界のだれもが知ることのできなかった、まったく新しい体験をするのです!」
沸き起こる拍手と口笛の嵐。そして、何度も何度もお辞儀をしながら、眦に感動の涙すらにじませ讃嘆に応える旅行代理店の彼。
だが、そのとき乗客の列から一人の女性客がゆっくりとした足取りで近づいてきた。
彼女はムツゴロウのように眼をぎょろつかせながら、眼の前のダンゴムシをしげしげと眺め始める。そして、しばし哲学者のように腕組みをして熟考した後、やがて沈黙を打ち破った彼女は、戸惑いを顔に乗せ、遠慮がちにぽつりと、
「……ねえ、これってナウシカのオウムじゃないの?」
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世界一周。ダンゴムシの背で遊覧旅行! ……そんなびっくり仰天のプランを立ち上げた旅行代理店の彼。果たして企画は成功するのか?