こんにちは。
龍です。
霊獣の王様にして、角は鹿で、頭は駱駝で、眼は兎で、身体は蛇で、腹は蜃で、鱗は鯉で、爪は鷹で、掌は虎で、耳は牛とかいうあの龍です。西洋のドラゴンじゃありませんので、お間違えにならぬように。
そうそう、申し遅れましたが、わたくし今年の干支でもあるんですよ。ええそうです。十二年ぶりの再会です。なのでこの場をお借りして、「明けましておめでとうございます」と言わせてください。多少遅いですが。
さて、今日、私がここにやって来たのは、みなさんに愚痴を聞いていただくためです。
え? 正月から愚痴なんて聞きたくないって? まあ、そう言わずに。私も十二年間いろいろと我慢してきたんですから。十二年に一度ぐらい愚痴を言わせてください。お願いします。
悩みは私の身体に関することです。先ほど申し上げました、「角は鹿で~」うんたらのあたりです。
まずは胴体です。なんでこんなに長いんでしょうか? フランスの詩人ルナールは、「蛇、長すぎる」と詩で詠んだそうですが、まあそんな感じです。それから手足。なんでこんなにも貧相で短いんでしょうか? 長い長いスギの大木のような胴体に生えたツマヨウジのようなぽつぽつとした腕と足。正直、かっこ悪い以前にバランス悪すぎなんです。歩くにも泳ぐにも苦労します。
なによりも最悪なのが「とぐろ」を巻くときです。「とぐろ」って分かりますか? そうです。あの蛇がぐるぐるとやるやつです。
このとぐろ。これを巻くのが大変なんですよ。何が大変かって、あのツマヨウジみたいな手足の処理が。なんというか、身体をうねうねと巻いていく途中に、胴と胴の間に手足が挟まっちゃうんですよ。なによりも、そのときの壮絶な痛み! 痛いなんてもんじゃありません。筆舌に尽くし難しとはまさにこのこと。擬音で表すならベキャペキボキゴキキュグキキベキョギ! ……比喩表現じゃなくて本当に骨が折れます。いわゆる骨折というやつです。それも橈骨、尺骨、上腕骨の瞬間同時複雑骨折! あなた方の世界で例えるならば、腕がロードローラーに引きつぶさる痛み、とでも申し上げれば分かりやすいでしょうか。
わたくしども龍にとってとぐろを巻くという行為は、ロシアンルーレットのように命がけなんです。ならとぐろなんて巻かなきゃいいのに、と思われるかもしれませんがそうはいきません。とぐろは私たち龍族にとって、本能であり習性でありアイデンティティー なのです。それに困難に打ち勝ち身体を巻き終ったときの、脊髄に桃色の稲妻が駆け抜けるようなあの快感! ……まあ、言ってみれば麻薬のようなものかもしれませんが、しかし、その快楽を得るための代償はあまりにも過酷。私も今まで何度腕の骨を折ったことか……。
私をこんな身体にした造物主。恨んでいいですか?
次に髭。なんであんなに長いひげが生えてるんでしょうか? ぶっちゃけあんなものいらないんですよ。髭ってのは、アホで頭の悪い生き物のための感覚器なんですから、私みたいにお利口さんな生き物には必要ないんですよ。
私ねえ……、自分の顔は結構気に入ってるんですよ。いかにも厳めしい骨格、それから鋭い眼差し、雄々しい角。だから、そんないわゆるイケメン面をみなさんに見ていただくためにも髭をそりたいんですが、いかんせん腕が短すぎて髭剃りが届かない。かといって床屋に行ってみても、みんな怖がって相手にしてくれません。
どこかで永久脱毛してくれないんでしょうか?
最後に鱗。まあ、龍なんてしょせんヘビの進化形ですから鱗があるのは当然なんですが、この鱗がとにかく問題なんです。私の鱗、ヘビの鱗じゃないんです。鯉の鱗なんですよ。で、魚に詳しい方ならご存知かもしれませんが、鯉の鱗って剥がすと寄生虫がうじゃうじゃいるんですよね。なんて言うのか知りませんけど、あの、赤い棘みたいな形したやつ。私の身体にもあんな汚らわしい連中が住み着いてると考えると……、おぞましくて夜も眠れません。
じゃあ確認すればいいじゃないの、とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、それはしょせん他人ごとだから言えるんです。自分の身体にあんな真っ赤な寄生虫がうじゃうじゃと蠢いてる光景を想像してみてください。あなたその光景を見る勇気ありますか? ほらね、ないでしょう。
で、当然ながら私の短足では満足に身体を洗うこともできず。一度、勇気を振り絞ってガソリンスタンドの自動洗車機に入ろうとしたこともあったんですが、スタンドのあんちゃんったら、私を見るなり悲鳴を上げて逃げちゃったんですよ。まったく、客のつら見て悲鳴を上げるなんて! 客商売の基本がなってません。あんなスタンドつぶれちまいやがれ! です。
……長々と愚痴を言ってきましたが、私の悩みはこんなところです。いわゆる、肉体コンプレックスというやつでしょうか。生まれもった身体なんてどうしようもないことは分かってるんですが、それだけに余計悩みは尽きません。
私もたまには誰かに愚痴を聞いてもらいたいんですが、なんせ私、獣たちの王様ですから。威厳を保つためにいつも「でん!」としてなきゃならないんですよ。王様ってのも辛いもんです。
はあ……、なんで私は龍になんてなってしまったんでしょう。
別になりたくてなったわけじゃないのに。千年前はこんなことはなかったのに。
私も昔から龍だったわけじゃないんです。こんな私にも、野を這い、山を登り、水辺を泳いでいた時代があったんです。何も考えず、日々を気ままに生きていた時代があったんです。
ああ、蛇だった頃が懐かしい……。
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霊獣の王者、龍。偉大なる竜神様。が、そんな彼にも人並みの苦悩があるんです。