No.361154

早苗の極上三点倒立物語

やくたみさん

んにー

2012-01-09 21:22:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:595   閲覧ユーザー数:595

早苗は境内の異様な光景を目の当たりにして、しばらくその場に動けなくなった。

 目に見えない不可解な質量が、その広い空間に満ちている。

 濃厚なおどろおどろしい異様な雰囲気によって、大気が重く山頂にのしかかっている。

 息を吸うのにも胸の筋肉を叱咤しなければいけないほどの息苦しさを感じた。

 

 神社の石段を登り切り、鳥居をくぐった所で、目に飛び込んだのは、見慣れた人物達だった。

 しかし、その全てが早苗の知らない世界の常識に従っていた。

 霊夢、魔理沙、アリス、萃香。

 よく見知った四人は、賽銭箱の前で、完璧な三点倒立をしていた。

 全員、素の顔をしていた。

 

「三点倒立は……! 中学生のときに習いました……! しかしなぜ! こんな……!」

 我に返った早苗は膝から崩れ落ち、地面に両の拳を叩き付けた。

 何度も叩きつけて、手には赤い傷が出来た。

 しかし、早苗は湧き上がる憤怒の念に突き動かされ、その行為を止められなかった。

 そして、何度も拳を叩きつけることによって、たまたまそこに置いてあったうどん生地に、信じられない程のコシが生まれた。

 

 だが、早苗はそれではだめだと思った。

 自分を騙そうとしても、それは単なる一時凌ぎにしかならない。

 そして両方の頬をつまみ、左右にゆっくり引っ張った。

 早苗の頬はそれぞれ右が2.02センチ、左が2.39センチ伸びた。

 早苗はいつも、己に打ち勝とうとすると、必ず儀式をしていた。

 儀式をしている時の早苗の顔には間の抜けた愛嬌があって、近所のおじさんやおばさんによく褒められていた。

 

 早苗はそうやって『んにー』ってやりながら四人に近づいた。

 ゆっくり歩を進め、ようやくあとマイナス4歩で霊夢に辿り着く、と言う位置にまで来た。

「そんなことしても! 何もならないわよ!」

 霊夢は突然叫んだ。

 6時間12分20秒もの間、三点倒立をしているせいで、頭に血が上って顔が真っ赤だった。

『ゆでだこかな?』、と早苗は思った。

 

「思い出すのよ早苗!」

 ゆでだこはまた叫んだ。

 五月蝿いゆでだこだと思ったが、よく見るとそれは霊夢だった。

「霊夢さん! どうしたんですか?」

 早苗は背中越しに顔を向けて心配した。

 

「大事なのは今なのよ! 思い出して、あの約束を! そして私達の未来を!」

「すいませんもっと分かりやすく言ってください」

 早苗は意味が分からなかったので霊夢に質問した。

「つまり、異変が起こっているのよ」

「分かりやすいです」

 早苗は分かりやすかった。

 

「きっと霊夢さんは頭に血が上ってラリっていたのですね」

 早苗はふざけるのをやめて、普通に異変を解決することにした。

「早苗、聴こえてるわよ」

「ゆでだこが喋った!」

 早苗はゆでだこが喋った。

 

「でもよぜ。ぜ早苗で大丈夫かなぜ? ぜ」

 黒い服の人のスカートは完全にぜめくれ、かぼちゃパンツが満開に咲き誇っていたぜ。

 ぜ早苗は日本酒ぜを持参しなかったことを心から悔いぜた。

「大丈夫ですよ、よく分かんないけど誰か適当にぶっ殺せばいいんですよね?」

「まあぜ、ぜ分かってるならいいんぜ」

 かぼちゃパンツはそれきり黙ったぜ。

 

 早苗は残りの萃香とアリスに話しかけるのは面倒だった。

 しかしCG回収に必要かも知れないと考え、話しかけることにした。

「特に無いよ」

「特に無いわ」

「そうですか」

 特に無かった。

 こうして早苗は幻想郷を旅立った。

 青春18切符を購入し、のんびり電車の旅へとしゃれこんだ。

 18切符は安くて分割的な利用が出来るのが非常に便利だ。

 一度、財布を落として困ったが、親切な人に助けてもらったりした。

 長い鉄道の旅を通して人々の温かみを知ることができ、それは早苗にとって有意義なものになった。

 

 その後、敵の情報を求めて、岩手県警、青森県警、大阪府警、警視庁、CIA、モサドを巡った。

 地道な聞き込みと資料による捜査が基本だった。

 雨の日も風の日も、早苗は休むことなく捜査に当たった。

 今度のホシは、ぜひとも捕まえたかった。

 

 それというのも、そのホシはあと2週間で時効になってしまうのだ。

 また、定年間近になった自分の最後のヤマだった。

 思えば、女房に逃げられても、借金取りに追われても、自分はこのホシを追いかけていた。

 このホシを捕まえられたら、ちっぽけな自分の人生にも、少しは納得できる気がした。

 

 早苗は時々『んにー』ってやりながら資料とにらめっこしていた。

 そしてついに運命の日が来た。

 ホシが網にかかったという部下の連絡を受けた。

 早苗はすぐにバカンス気分を止め、オーストラリアから横浜漁港へ向かった。

 

 早苗は連絡を受けてから187時間後に横浜漁港に到着した。

 黄色いタクシーにチップを支払い終わると、タクシーはまたもとの場所へ帰っていった。

 ホシは獲れたてで、まだ体力いっぱいの様子で網の中でピチピチ跳ねていた。

「ぜこいつは、キロ4万ぜはいくぜ」

 早苗はその日、部下と共に飲めや歌えやの酒池肉林の乱痴気騒ぎで、今までがんばった自分へのご褒美をした。

 長い旅を終えて、早苗は幻想郷に帰ってきた。

 旅立った時とは全く違い、精悍な顔つきだった。

 もう守られるだけの子供じゃなかった。

 一人前のかぜはふりとして、十分な度胸と自信を手に入れていた。

 

「早苗、見違えるようだわ」

 三点倒立したゆでだこが、惜しみない賛辞をした。

 早苗は感極まって、涙を一つ零した。

 それを木の陰から見ていた諏訪子と神奈子は、我が子の成長にむせび泣くのであった。

 

 それ以来、一層深まった洩矢家の家族愛のおかげで幻想郷が明るくなり、株価も上がった。

 早苗は今日も、罵ってくれ罵ってくれと神社に大挙する醜い豚どもを素足で蹴り飛ばす仕事をしていた。

 本場タイで修得した早苗のムエタイ式のハイキックは、きれいに意識が飛ぶともっぱらの評判であった。

 洩矢神社は今日も平和です。


 
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