No.361148

霊夢対岩落としの妖怪

やくたみさん

霊夢が心配シリーズのふたつめ。アクションものを目指した結果がこれだよ!

2012-01-09 21:15:21 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:696   閲覧ユーザー数:693

 (ぬか)をかき回す霊夢。袖が邪魔になるので、上をはだけてサラシ姿だ。

 水場の窓の向こうでは鶯が鳴いていた。生ぬるい風が、開け放した勝手口から入り込んでくる。早朝からぼんやり暑く、ゆっくり茄子やきゅうりをかき回していると、汗ばんだ腕から自分の匂いがした。

 その日は珍しく萃香がいなかった。前日から地底に招かれていて、帰ってくるのはいつになるのか分からない。

 霊夢は味見に、きゅうりを一つ摘み、指で簡単に洗ってかぶりついた。歯を立てると、口の中で瑞々しくて小気味良い小さな破裂音がして、舌に糠漬け独特のぷりぷりした柔らかい感触がした。もう一度歯を立てると、果肉の中から塩っけがあって風味の強い汁が溢れてきた。

「おいしい」

 霊夢は自分の作品の出来に感動し、独り言を言った。

 おいしいきゅうりを口から宙ぶらりんに咥えたまま、霊夢は糠を納戸にしまい、手を洗うべく井戸へ向かった。

 霊夢が勝手口から外に出ると、突然、背中から大木をなぎ倒すような大きな音が聞こえ、その直後、よほど重い物が落ちたような大きな轟音が辺りに響いた。

 振り返ると、自分が先ほどまで糠をかき回していた場所に、人間よりも大きな岩があった。

 その上方、神社の天井はその岩と同じくらいの穴が開き、ぽっかり水色の空が覗けた。

「何よこれ!」

 素っ頓狂な事態に数瞬思考が止まったが、霊夢は何かを感じ取り、その場から素早く移動した。

 今度は霊夢の頭ほどの大石が、天井の穴から、今まさに霊夢がいた場所に落下した。

 石は風を切る音と共に、灰色の残滓を残して、床板を事も無げに貫いて見えなくなった。

 霊夢は背筋が寒くなり、特に考えがあったわけでもなく、外に飛び出した。

 上空を警戒しながら、落ち着かない目で辺りを探る。

 神社の周囲は杜に囲まれていて、見通しが悪い。

 思えば、この場所は姿を隠しながら攻撃するのにうってつけの場所だった。

 神社から離れるか? でも敵の位置も能力も分かってないのにどこへ逃げればいいのか。

 いや、その前に、武器だ。御幣と陰陽玉が無いと戦えない。

 また岩を落とされるのを覚悟で、神社に戻る。

 その瞬間に、またさっきまで自分がいた地面に、鋭い大石が鈍い音を立てて突き刺さった。

「無い! そんな!」

 いつもすぐに取り出せるように、陰陽玉は玄関に置いていた。

 しかしあるべきはずの場所に、それは無かった。

 御幣はいくつかスペアを用意し、神社の何箇所かに置いていたが、それも全て見つからなかった。

 焦燥と悲観に飲み込まれながら霊夢は、その絶望的な事態を努めて冷静に判断しようとした。

 しかし、息着く間もなく岩や大石が、天井や家具を打ち壊していく。

 普段は仲間と団欒する居間も、床に穴が開いた。

 ちゃぶ台も粉々になって部屋に散乱した。

 箪笥も茶棚も有り得ない場所に吹っ飛んだ。

 壁もずたずたに割れ、崩れた。

 そして、どうも敵の攻撃は少しずつ精度が増しているようだった。

 ほんの数十秒後には、霊夢は一秒たりとも足を止められなくなった。

 さもなくば、霊夢もちゃぶ台と同じ運命を辿ることになった。

「なんなのよもう!」

 絶望を振り払うように霊夢は叫んだ。

 武器も無く、反撃の方法も無い。

 敵の居場所すら分からない。

 霊夢は、冷静に事態を認識すればするほど、半ばヤケになったように喚くしかなかった。

 攻撃は止まない。岩、大石、時々、拳ほどの石も降った。

 その大きさでもあっさり人間の頭蓋骨を砕けることは、霊夢には容易に理解できた。

「せめて敵の位置が分かれば!」

 霊夢は神社を出て屋外を走り回っていた。

 時々、霊夢の走る先を予測して岩が落ちた。

 恐ろしい集中力と勘で、そのタイミングの岩だけは確実にかわした。

 しかし、小さい礫は二、三、腕と肩にかすっていた。

「このままだと体力が」

 と、その時、忘れていたあることに気付く。

「飛べばいいじゃない!」

 霊夢はなぜ今まで気付かなかったのか不思議だったが、とにかくこれで一時凌ぎにはなると、少しばかり安堵した。

 しかし、霊夢の足は地面から離れても、すぐに着地した。

 それは単なる跳躍であった。

「なんで? ちょっと!」

 何度か試すが、全て失敗した。霊夢は飛べなかった。

 礫の雨は止まない。

 霊夢は上空から目を離せなくなっていた。

 そして、足元に突き刺さったままの石に気がつかなかった。

「あ」

 一瞬で全てを悟った霊夢の、無感情な声。

「無理だ」

 霊夢が体勢を崩した瞬間を狙い打つ大岩が頭上に現れた。

 今まではかなり上方から落ちてきたのに、最後の一番大きな岩は、ほんの数メートルの高さだった。

 考えてみれば人間一人殺すのに、位置エネルギーなど必要ないのだ。

 岩を落とせるなら、単純にその重さで粉砕すればいい。

 今まで敵は、その機を窺っていただけなのだ。

 岩は妙にゆっくり落ちてくるように見えた。

 霊夢はこのような体験を何度かしたことがある。

 手ごわい妖怪を相手に戦い、時には命の危機に直面することもあった。

 ちょうどそんな時に景色がゆっくりになるのに似ていた。

 今までと違うのは、霊夢自身が、今回は無理だと悟り切っているところだった。

「いつかはこんな日が来ると思ってたわ」

 霊夢は、今まで自分が殺した妖怪達に、これで償えるだろうか、と他人事のように考えた。

 目を閉じた時、黒い影が現われ、霊夢の腕を強引に引っ張った。

 大岩が落ち、土煙が上がった。

 霊夢はその隣で息を切らしていた。

「気をつけて魔理沙。敵は無尽蔵に岩を落としてくる」

 言い切る前にまた礫が目の前に落ちた。霊夢は臨戦態勢を取り、再び辺りを警戒した。

「なんかしゃれにならん能力みたいだな。私も飛べないぜ」

「それにしても敵に都合が良すぎる。一種の結界の能力かもしれない」

「どうすりゃいい?」

「敵の位置が分かれば、私の術で捕縛できる」

「分かったぜ」

 魔理沙は星型の弾幕をそこかしこにばら撒きはじめた。

 その間にもやはり礫が降り注いだが、二人になったことで、一人当たりに降る量は少なくなっていた。

 霊夢もようやく術の詠唱をする余裕が出来た。

 と、その時、爆竹が爆発するような乾いた破裂音がした。

「ぐお!」

 魔理沙が呻いた。その腕に赤い染みが付いていて、その染みはゆっくり黒い服の袖に広がった。

「なんだこれ! なにかぶつけられたのか?」

「銃よ! 魔理沙、伏せて!」

 火薬の臭いに気付いた霊夢が叫ぶ。続いて同じ破裂音がして、霊夢の耳元を、見えない何かが風切音と共に横切った。

「物騒なもん持ち出しやがる!」

 伏せたまま二人は大岩の影に隠れた。

「銃は鉄の玉を火薬で撃ちだす武器よ。だから遮蔽物に隠れれば安全になるけど……」

 また、頭上に岩が現われた。

「だよなあ!」

 二人はその場から跳び出して、地面を転がった。

 そこを狙い打つ破裂音。霊夢の肩にそれが当たった。

「つう!」

 苦痛に顔を歪めながら、霊夢はまた岩の陰に隠れた。また頭上に現われる岩。

「位置は大体分かったのに!」

 霊夢はそれを済んでのところで避け、片手を目の前にかざして詠唱を始めた。

「どうやら敵は岩と銃を同時には使えないようだぜ! 勝機が見えてきたな!」

 魔理沙は岩を避けながら、霊夢に叫んだ。

 その瞬間、また破裂音がした。

「え?」

 頭上の岩を見ながら魔理沙は、自分のふくらはぎに先ほどと同じ衝撃を感じた。

 それは人が虚を突かれた脆さ、油断。

 魔理沙は、その岩をかわし切れなかった。

 魔理沙は両足を岩の下敷きにされた。腹ばいに倒れて、そのまま動けなくなった。

「ちくしょう! わざとか! ちくしょう!」

 己の浅はかさを、地面に拳を叩きつけて呪った。

 そしてまた破裂音。魔理沙の耳の数センチ隣を、死神の鳴き声のような風切り音がした。

 岩に着弾した弾丸は砕け、魔理沙の頬を刺すように叩いた。

 彼女の円い目は、杜の中から自分を真っ直ぐに狙う何者かがいるのを、はっきり認識した。

 奥歯がカスタネットのように激しく鳴った。

「魔理沙!」

 岩の陰から霊夢が叫ぶ。それ以外、どうしようもなかった。

 ……二人の予想に反して、何も起こらなかった。

 どこか遠くで、鶯が鳴いた。

 魔理沙は正面の何者かが誰か見極めようとしたが、草むらの中で暗がりにいて、人型をしている以上のことは分からなかった。

「そこの黒いの。貴様の命には用は無い。用があるのは赤い方の命だ。岩の陰から出て来い」

 敵は、草むらから出て来て二人に語りかけた。

「出ちゃだめだぜ。絶対殺される」

「私は今、黒いのの命を握っている。貴様が出てこなければ黒いのを殺す。それでもいいというなら隠れているがいい」

「私が死ぬのと、霊夢が死ぬのなら、霊夢の方が重い。私のことは気にするな。このまま逃げて、紫に助けを求めるんだ」

 霊夢は、数秒考え、姿を現した。

「やめろよ。お前がいなくなったら幻想郷は誰が守るんだよ」

 魔理沙は鼻声だった。

「私は貴様に恨みがある。私の家族を殺した貴様を、私は許すことが出来ない。ゆえに、貴様の命を頂くことにした」

「あなた、夜雀?」

「そうだ。貴様が殺したのは私の母だった。そして、貴様が焼いた卵は私の姉妹だった」

 霊夢は唇を噛んだ。

「貴様は幻想郷の管理をしている。妖怪退治もこの里にも人間にも、妖怪にも必要なことなのだろう。しかし、母は殺されるべきことをしたか? 人を襲ったのは確かだが、子供を奪われてあのようにならない親がいるだろうか。母は卵を取り返そうとしたのだ。卵を奪ったのは人間の子供らしいが、その後、なぜすぐに返さなかった」

「私たちが気付いた時には、卵は孵化する直前だった。里の中で生まれた妖怪は、妖怪の世界に戻ることが出来ない。でも生まれた妖怪を育てることも、人間にはできない」

「だから、焼いた? つまり、わが姉妹が生まれることが出来なかった理由は、『里の子供が孵化直前に人間の里に持ち帰ったから』、ということか」

「ええ、そうよ」

「人間は偉いものだな。反吐が出るよ」

 夜雀は長い爪の手で、器用に拳銃の撃鉄を起こした。

「何か言いたい事があれば聞くが」

「いいえ、無いわ」

「おいおい待てよ!」

 魔理沙が叫ぶ。

「お前には同情するが、霊夢だって好きであんなことしてるんじゃねえんだぞ!」

「私だって好きでこんなことしてるんじゃない。これは妖怪の誇りの為に必要なのだ。今後も同じように無闇に同胞が殺されば、母や姉妹は何の為に死んだのか分からん。私の恨みも確かにあるが、これは単なる復讐ではないのだ」

 夜雀は霊夢に銃を向けた。

 その時、夜雀が己の異変に気付いた。

 指が動かないのだ。

 どんなに力を込めても、その場の大気にくっついたように動かない。

「貴様!」

 夜雀が奥歯を歯軋りする音が、霊夢の耳にも届いた。

「ごめん」

 次の瞬間、夜雀の周囲に大量の札が現われ、輪になって、目まぐるしく回転した。

 その輪が徐々に縮まり、その輪と共に夜雀はその場に小さくなっていく。

 人の頭ほどの大きさになったその輪は、最後まで恨めしそうな目をした夜雀と共に、消えた。

 後には数枚の札が地面に残っていた。

 霊夢は身じろぎせず、ずっと夜雀がいた場所を見ていた。

 神社がぼろぼろになったので、しばらく魔理沙の家に住むことになった。

 神社は河童や鬼達に任せ、数週間で元通りになる予定だった。

 永遠亭で傷の手当をしてもらった後、二人は魔理沙の家の居間で、緑茶をすすりながらお互いの疑問について話した。

「魔理沙、二箇所も撃たれててよく平気だったわね」

「痛がってる場合じゃなかったからな」

「魔理沙が来てくれなかったらあのままやられてたわ。ありがとう」

「しかし今朝はあれ、本当にたまたまだったんだぜ。特に用事があるわけでもなく、なんとなく霊夢の漬物が出来るころと思って行っただけでさ」

「それはすごいたまたまね。そういえばあの糠漬け大丈夫かな? 明日持って来るわ」

「ところで、あの夜雀なんだが、あいつは結局どういう能力だったんだろうな?」

「私の見た感じだと、『上から物を落とす程度の能力』ってところかしらね」

「私らが空を飛べなかったのは?」

「私達を上から落としてたのよ」

「なるほど。でも銃はどっから手に入れたんだろうな? 香霖堂にもあんなもん置いてないしなあ」

「香霖堂がどこから仕入れてるかって考えると、まあ答えは一つでしょうね」

「あの夜雀はゴミを漁ったのか。ま、それくらいしかないな」

 二人とも風呂を済ませ、ベッドに並んでいた。

「この間の宴会の後でさ、アリスが霊夢のことを話してたんだ」

「私が辛そうって話?」

「知ってたのか」

「たまには嫌な思いもするけど、別にこの役目が嫌とか、自分が不幸だとか考えたことは無いわ。そんなに心配しなくていいわよ」

「お前がそう言うんならあんまり聞かないけどさ」

「そんなことより、久しぶりに二人で寝るんだから、仲良くしましょうよ」

「いや、今日は止めようぜ。霊夢も疲れてるだろ」

 魔理沙には、霊夢が元気のあるようには見えなかった。

「神社が直るまではここに居るんだろ? 今日は休んで、明日の夜にでもさ」

「ん、そうね」

 霊夢は不満げに唇を僅か尖らせた。

 眠りに就く直前、魔理沙は、アリスが言ってた霊夢に対する心配ごとを、ぼんやり思い返していた。


 
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