No.361095

天馬†行空 九話目 各々の歩む道

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。

続きを表示

2012-01-09 20:06:42 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6125   閲覧ユーザー数:4745

 

 

 

 

「お早うございます、北郷殿」

 

「あ、李正。お早う」

 

 戦が終わったことを子龍から聞かされた日から三日ほどして、俺はようやく動けるようになった。

 俺が眠っていた時の医者の診断によると骨は折れておらず、ただの打ち身で済んだようだ。

 本当は三日も寝るだけの生活はしたくなかったのだけれども、子龍とおやっさんを始め李正、雍闓さん、李恢さん、張嶷さん、馬忠さん、部隊の皆に止められた。

 二日目にちょっと表に出た時には李恢さんに見つかってどこからとも無く『頭親衛隊』が出現。驚く間も無く寝台に強制送還される羽目に。

 その後、李恢さんの命により監視が付いてしまい、何かしようとする度に「アニキは寝てて下せえ」と寝かしつけられることになった。

 

「お体の具合はどうですか?」

 

「うん、もう大丈夫だよ。わざわざ来てくれて有り難う」

 

「い、いえ。こちらこそなかなか来る時間が取れなくて申し訳ありません」

 

 頭を下げると李正は慌てたように顔の前で両手をパタパタと振る。

 

「その北郷殿、もし宜しければ着いて来て頂けますか」

 

「? ! あ、ひょっとして新しい情報が入ったとか?」

 

 張任さんの部隊は一旦陣に退いた後、篝火(かがりび)を陣に灯したまま夜の内に成都へと引き返したことを目が覚めた翌日に李恢さんから聞いた。

 夜の内、或いは明け方に再び攻めて来るのかと皆は警戒して一夜を過ごしたらしい。

 だが、翌日の明け方どころか昼になっても動かない敵軍を不思議に思い斥候を出すと、陣は既にもぬけの殻だったそうだ。

 

「その事も有ります。少し話が長くなりそうですが……」

 

「俺なら心配要らないよ。あっと、ちょっと外に出ててくれるかな? すぐ用意するから」

 

 そのまま着いて行こうとして着替えて無いことにはた、と気付く。

 

「こ、これは気付かなくてすいませんっ! ご、ごゆっくり!」

 

 李正が慌ててる姿なんて珍しいな、そんなことを考えながら体をほぐすように大きく伸びをして着替え始める。

 

 

「――にゃ……こおお……っ」「竜胆ちゃ……ここで……自重……さい!」「も……僕……駄目……後……頼……」

 

 ……着替えてる最中、どこかで聞いたような声が遠くから聞こえてきたような気がしたけれど。

 幻聴だよ……な。なんか聞いたことも無いぐらい普段と違って可愛らしい張嶷さんの声が聞こえたなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 李正に着いて行った玉座の間。

 そこは――

 

 

 

「だあああああっ!! 美以! ミケ! トラ! 抱き付くなとは言わないけど、三人がかりはヤメロ……って、わああああああっ!? どこ触ってんだー!!」

 

「むむむっ! しえんまたおっきくなってるじょ!」

 

「しえんさまはふかふかにゃー」

 

「しえんはぽよぽよにゃー」

 

 

 

「ああ、にゃんこ、にゃんこだぁ……」

 

「……すぅ、むにゃむにゃ」

 

「ああ……可愛いよう。……なあ輝森、このままこの子お持ち――」

 

「駄目ですっ!!!」

 

「あはハ、……僕には何モ聞こえナい、何も見エないヨー」

 

「しっかりして蓬命ちゃん!?」

 

「こら輝森、あまり騒ぐとこの子が起きてしまう。今寝付いたばかりなのに可哀想だとは思わんか?」

 

「そもそも元凶は竜胆ちゃんでしょうにー!!!」

 

 

 

「うむ、ではこれでどうですかな」

 

「ぐ、子龍! その手待った!」

 

「待ちませぬぞ藩臨殿、もう何手待ったを掛けたと?」

 

「ぬ、ぬぬぬぬぬ。……参った」

 

「ははは、これでその瓢箪(ひょうたん)も私の物ですな」

 

「ぐぐぐぐぐ、くそ! 子龍、もう一丁だ!」

 

「ふむ、私は構いませぬが、次に負けると手持ちの酒が無くなるのでは?」

 

 

 

 ――えーと……何このカオス。

 

 一応、見たままを解説すると。

 雍闓さんが猫っぽい三人の女の子に抱きつかれて、大変素晴らし……げふんげふん。もとい、大変な状態になっている。

 張嶷さんは長い桃色の髪の猫っぽい女の子を膝枕しているのだが……思わず「誰!?」 と突っ込みたくなるくらい普段とは全然違う緩み切った表情でその子の頭を撫でており、李恢さんは垂れ切った張嶷さんに突っ込みつつ、虚ろな表情でブツブツと誰も居ないところを向いて何かを呟いている馬忠さんをがくがくと揺さぶっていた。

 子龍とおやっさんは我関せずとばかりに賭け軍棋(ぐんぎ)をやってる。子龍の座ってる卓の方には瓢箪が三つ置いてあるが、おやっさんの方にはもう一個しか残っていない。

 ……あ~あ、おやっさんあんまり強くないのにやり始めると熱くなるから。

 

 お、子龍がこっちに気付いた。

 

「おお北郷、やっと来たか。――雍闓殿! 李正殿が戻られましたぞ」

 

「おっ! 李正、丁度良いところに! 北郷もよく来てくれた! ほら美以、ミケ、トラ、オレはこれから大事な話し合いがあるから抱きつくのはまた後でな?」

 

「わかったにゃ!」「にゃ!」「にゃー!」

 

 

「ほら竜胆ちゃん、始まるからその子と遊ぶのは後にしなさい」

 

「……………………分かった」

 

「……ちょーぎょくしゃん、またあとでにゃん」

 

「……えへへ」

 

「僕ヒとリじゃムリだヨー……」

 

「ていっ!」

 

 びす!

 

「はうっ!? ……え、あ、あれ? 輝森? うわ、僕いつの間にここに?」

 

 ……李恢さん達に関してはスルーしておこう。今話し掛けるのはマズイ気がする。

 

「私は何も見ていませんよ?」

 

 李正、俺に言わなくてもいいから。と言うか出来るなら俺も見なかったことにしたい。

 

 

 

 

 

「では退却した劉焉軍の続報ですが」

 

 一騒ぎあった後、当事者達で片付け(軍棋盤など)をして今は皆で椅子に車座(くるまざ)になっている。

 他の武官や文官さん達の姿が見えないので、俺達だけ(猫娘……孟獲さん達もいるが)での話し合いのようだ。

 

「北郷殿が聞いておられない情報もあると思いますので、始めから話したいと思います」

 

 頷く俺に李正は張任さんが撤退した理由について説明してくれた。

 それによると、張任さんとの戦が始まった時に劉焉の領地の梓潼(しどう)(成都の北)と江州で豪族と農民による反乱が起こったようで、それが原因で撤退したそうだ。 

「密偵の情報によると反乱は更に武都(ぶと)(梓潼の北)にも拡大したようで、そちらの方には五胡(ごこ)の姿が見られたそうです」

 

 ――五胡と呼ばれる異民族についてはよく分かっていない。威彦さんが言うには五胡と一纏めに呼んではいるものの、大陸の北と西などで幾つか独自の呼称があると聞く。

 異民族と言えば『三国志』では孟獲さん達の南蛮、北の烏丸(うがん)西涼(せいりょう)の西の(きょう)などが思い浮かぶが。

 

「五胡ぉ!? 確か劉焉って初めは敵対する豪族達の討伐に五胡の力を借りてた筈じゃなかったのか? なんで五胡が劉焉と争うんだよ?」

 

「そこなのですが雍闓殿、劉焉は討伐に力を借りた後、五胡に礼物を贈らなかったそうです」

 

「……うわー」

 

 うわぁ……タダ働きさせた訳か、それは攻められても仕方ないかも。

 

「話を戻しますが、江州の密偵からの情報でそちらの反乱は二日ほどで沈静化、しかし死者、怪我人共に驚くほど少なかったとのことです」

 

「ふむ? 江州の治安を乱したのは劉焉だと思ったが……李正殿、鎮圧に当たったのは?」

 

「……巴郡の統治に当たっている劉焉軍でも名将と名高い厳顔(げんがん)黄忠(こうちゅう)、そして名を聞くのは初めてですが魏延(ぎえん)という名の将の三人です、子龍殿」

 

 ! 厳顔は分かるけど黄忠や魏延もいるのか! もし、この前の戦で張任さんの軍にその三人がいたら……やめよう、かなり怖い想像になった。

 

「江州の反乱なのですが……実はこちらへ攻め込んできた楊懐、高沛が残した県令が起こしたものだったそうです」

 

「オウ、そいつはおかしくねえか? あいつ等は馬鹿だったが兵の数や身なりは悪くなかったぜ? その腰巾着(こしぎんちゃく)の県令がなんだって反乱なんか起こすんだよ?」 

 

「おそらくですが楊懐、高沛の敗戦の報が劉焉に届いたのが原因ではないかと」

 

「? どういうこった?」

 

「劉焉は逆らう者に厳しいですが、部下に対しても厳しいらしく……」

 

「ああ、成る程な。あいつ等の部下だったからこそ自分に飛び火してくんのが怖かった訳だ」

 

「はい、その県令は農民を焚き付けて反乱を起こさせ、自分はその隙に官舎の蓄財を奪って姿を眩まそうとしたそうです」

 

「……へっ! 流石はあいつ等の部下だな。反吐が出る」

 

 おやっさんが苦虫を噛み潰したような顔になる。同感、何でそんなのが県令になってるんだか。

 

「李正さん、それからどうなったんですか?」

 

「はい、どうもその県令の素行は常に黄忠の配下の者に監視されていたらしく、行動を起こすとすぐにその報が伝えられて」

 

「あっさりと捕まった、ですか?」

 

「その通りです、徳昴殿」

 

「えっと李正さん? 僕も質問していいかな?」

 

「馬徳信殿ですね? はい、どうぞ」

 

「死人や怪我人が少しは居たってことだよね。……やっぱり、江州の農民の人達から?」

 

「……話が重複しそうなので鎮圧軍が江州に入ってからの話をしましょうか。実はですね――」

 

 李正の話を纏めるとこうだ。

 

 ・実際に江州に入ったのは厳顔と魏延の二将が率いる五百の兵。

 ・黄忠の配下の情報で県令はすぐに捕まって民の前に引き出された事。

 ・その場で全ての事情が明かされ、県令は処断。

 ・楊懐、高沛によって不正に徴発されていた蓄財と食糧の返還。

 ・それに加えて二将は持ってきた兵糧の幾らかを民に提供した事。

 

 厳顔と魏延の部隊は民に一切の危害を加えず、不正を働いた役人に民の前で厳罰を加えて反乱を沈静化したらしい。

 ……ここまで聞いてほっとしている自分に気付く。

 理由は簡単。厳顔や黄忠、魏延などの『三国志』で有名だった武将が、この世界でも物語と同様に器の大きな人物だった事だ。

 

「そっか……」

 

「うむ、市井(しせい)の人間に被害が出なかったのは良い事だな、蓬命」

 

「うん、竜胆!」

 

「ふむ、しかし劉焉の配下にもその様な人物がいるのだな」

 

「だね、少しでもそんな人達がいるなら…………あ~でも、肝心の君主がアレじゃあ……」

 

「これから先も戦になる可能性は否定できん、か? 北郷」

 

「うん、劉焉の行動を聞いてる限りじゃ益州を先ず完全に支配下に置きたがってるみたいだし」

 

 子龍の言葉に相槌を打つ。

 

 

 

 

 

「へへ~、そっちはなんとかなりそうだぜ」

 

「雍闓殿?」「雍闓さん?」

 

「建寧と永昌付近に居た劉焉の軍が引き揚げた時点で両方に同盟の使者を送ったんだ」

 

「ほう」「そうなんですか」

 

「建寧の朱褒(しゅほう)と永昌の王伉(おうこう)とは普段から付き合いがあるからな、流石に今回みたいな事態があった以上はお互いに組んだ方が良いと思ってな」

 

「成る程」「それで、同盟は成立したんですか?」

 

「ああ、バッチリだ!」

 

「こちらが出した使者が戻るよりも早く双方からも同じ意図の使者が来たのですよ」

 

 ぐっ! と親指を立てる雍闓さんに付け加える李正。

 

「美以とも正式に同盟を結んだしな!」

 

「にゃー!!」

 

「あ、大王しゃまだけずるいにゃ! ミケもだっこー」「トラも! トラも!!」「シャムも……」

 

「おわああああああああああっ!? だから一遍には無理……おうふっ!?」

 

「にゃんこ、ああ、にゃんこ可愛い……えへへへへ」

 

 孟獲さんを高い高いした直後、他の三人に飛び掛られ押し倒される雍闓さんとその光景を見て再び垂れ始める張嶷さ…………本当に張嶷さんだよね!?

 

「……えー、更にですね。交趾の士燮殿とも同盟を結ぶ案が出ています」

 

 李正もスルースキルが……って、え?

 

「り、李正!? 交趾も!?」

 

「あ、北郷殿は交趾から来られたのでしたね。実はですね、士燮殿は以前にも南蛮に疫病が流行った際に薬を贈っておられたらしく、孟獲殿も口添えをして頂けるそうなので……今は送る使者を検討中です」

 

 ……そう言えば交趾にも南蛮から来た人もいるって威彦さん前に言ってたっけ。流れて来た人達だけかと思ってたけど交流もあったんだ。

 

「これらの同盟が成れば南中一帯と一部とはいえ交州の主要都市が含まれる為、益州の北部から中央を領地とする劉焉とも張り合える勢力と成れるでしょう」

 

「はあはあ……って言ってもオレ達は劉焉を攻める訳じゃないからこの同盟は領土の防衛に関するものなんだけどな」

 

 あ、雍闓さん帰還。 

 

「? 雍闓殿は劉焉を討伐されないのか?」

 

「子龍、オレは飽くまでも漢王朝の太守としてここを預かってんだ。オレの仕事は街を守る事であって、任命されても無い土地を攻めて奪う事じゃ無え」

 

「しかし、それでは!」

 

「……言いたいことは分かってるつもりさ。だけどよ、いくら世が乱れてるからってオレ達太守が(くに)の定めた法を勝手に破るわけにもいかねえだろ?」

 

「……くっ!」

 

 雍闓さん……

 

「子龍殿、安心して下さい」

 

「李正殿?」

 

「梓潼と武都の反乱は長引きそうです。更に劉焉は領地を隣とする荊州の劉表にも備えねばなりません」

 

「あれ、でも李正? その二人は親戚みたいな間柄じゃないの?」

 

「北郷殿、両者の間に同盟はありません。劉焉は成都に入ってからは都との連絡を断ちました。劉表は荊州を任されてはいますが荊北に留まり戦力を密かに集めているとの情報があります」

 

「……! まさか!?」

 

「両者が戦をするかは分かりません、私のただの推測です。……ですが、劉焉は今回の戦で兵を減らしました。その状態で豪族に農民、五胡の相手もしなければならず、更には荊州との境の防備を解く訳にもいかない」

 

「しかし李正殿、それで劉焉がこちらに攻めてこないとも限らない」

 

「はい、その通りです子龍殿。……ですから一つ、手を打ってみようかと」

 

 思わず子龍と顔を見合わせた。

 

「皆さん、私の話を聞いて頂けますか……?」

 

 言葉を切り、俯いた李正はやがて顔を上げる。

 その瞳には強い決意が宿っているように感じた。

 

 

 

 

 

「先ず初めに皆さんに謝罪致します。……私は名を偽っていました」

 

「「「え?」」」「「む?」」「ン?」

 

「みぃたちにはなんのことかわからんのにゃ」「にゃ」「にゃー!」「……ふぁぁ」

 

「やっぱり、か」

 

 雍闓さんと孟獲さん達を除いた全員が驚いて……え?

 

「よ、雍闓殿!? え? い、いつから!?」

 

「お前が李権殿の縁者じゃ無かった、って聞いた辺りでだよ」

 

「な、何故ですか?」

 

「俺は生前の李権殿と交友があった。……李権殿の食客に李と言う姓の奴はいないんだ、珍しいことにな」

 

 ……李の姓は確かに結構ある。交趾の知り合いにも何人もいるし、確かに一人もいないのは珍しい気がする。

 

「ちなみに縁者には正の名が付く者は居ない。だが食客にはその名が付く奴なら一人いる……そうだな?」

 

 雍闓さんが李正に語りかける眼差しと口調はきついものじゃなかった。寧ろ、優しく労わるようなもので。

 

「……よう、がい、どのっ! 私、わたしはっ!」

 

「言えよ。……お前自身で」

 

「はい……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私は、姓を(ほう)、名を(せい)、字を考直(こうちょく)。真名を(ゆう)と申しますっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その涙は後悔からのものなのか、それとも雍闓さんの優しさによる歓喜から来るものなのか、俺には分からない。

 だけど涙を流しながらもどこか憑き物が落ちたような彼女の表情を見て、何故だろうか、心が温かくなって行くような気がして。

 日の光が差し込む室内で彼女の茜色の瞳がまるで夕日のような色彩を帯びて――ああ、だから夕なのかな――とても綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

「む、法正。聞いて良いか?」

 

「グス。は、はいっ、張伯岐殿!」

 

「偽名を名乗った意図はなんだ?」

 

「はい、それは先程申しましたが私が打つ手の為です」

 

「聞かせて……貰えるんですよね?」

 

「はい、徳昴殿。それは――」

 

 それから法正は語り始めた。 

 法正が暮らしていた村で飢饉が起こった時にさっき雍闓さんが言っていた李権という人のお蔭で助かった事。

 そこで同郷の友人と共に兵法の勉強をさせて貰えた事。

 ……劉焉と対立した豪族の勢力に加わっていたことで李権さんが処刑された事。

 その後、友人(孟達(もうたつ)さんと言うらしい)は益州に残って劉焉に仕えながら密かに反対勢力を作ろうとしている事。

 法正は劉焉の侵攻を少しでも食い止める為に対立する勢力に助力しようと、友人と離れて行動し始めた事。

 (いず)れ友人の元に戻ってその手伝いをしようと思っていた為、外に出ている際には偽名を名乗るようにした事。

 

「ふむ、今回の勝ち戦と益州内部での反乱が起こったことでその孟達殿が動き易くなったと――」

 

「――しかも、今回の楊懐達と張任さんの不仲や江州の反乱の顛末(てんまつ)とかからも劉焉も内部は一枚岩じゃないことが分かったし……法正も帰って動こうと思った、のかな?」

 

 子龍の発言の後を俺が引き継ぐ。

 

「はい……すぐには劉焉を打倒することは難しい、少し時間が掛かっても同志を増やしていき同じ(てつ)を踏まぬように万全を期したい……それが私達の考えている計画です」  

 

「そっか、法正さんも……」

 

「むう、私達はあの時逃げることしか考えていなかったからな……」

 

「ええ、法正さんがとった行動を思うと責める気にはなれません……」 

 

 李恢さん達三人が俯いている。……そういえば李恢さん達とは会ってからすぐに戦が始まったからあまり話をする機会がなかった。

 李恢さん達の表情はどこか辛そうだ……張嶷さんの言葉を聞く限り三人も益州の出身なのだろうか? ……あまり詮索するのは良くないか。

 

「オレは気にしてないけどな」

 

 少し湿っぽくなった雰囲気の中、雍闓さんは極々普通な調子でそう言った。

 

「雍闓殿、どうして……」

 

「あのなあ、夕。オレはあの時言っただろ」

 

「?」

 

「この戦いには多かれ少なかれ復讐ってだけで加わってる奴は何人もいる、お前だけじゃあ無いってな」

 

「! し、しかし私は!」

 

「おいおい、オレは一応総大将で、そんな奴等の命を預かって戦をやったんだ。だからオレがお前を責める訳無ぇだろ?」

      

「あ……」

 

「名前にしたってそうさ……他所から逃げて来たり、(いわ)れのない罪を着せられたり、色んな理由で元の名前すら捨てなきゃいけなくなった奴等だって結構いるんだぜ?」

 

 雍闓さんはそこで法正をしっかりと抱きしめて、

 

「あん時、オレが言ったことをもう一度言うぜ、夕。『いいんだよ』……ダチと二人でよくやったな」

 

 子供をあやす様にぽんぽんと背中を叩いた。 

 

「あ、ああ、う、ぅあああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 うわやばい、なんかこっちまでもらい泣きしそうになる……雍闓さん、格好よすぎるだろ。

 

「……オウ、なんでぇ北坊。手前までみっともなく泣きやがって」

 

「そういうおやっさんこそ、目が潤んじゃってますよ?」

 

「ケッ、目にゴミが入っただけだよ」

 

「ふっ、藩臨殿は素直ではないですな」

 

「うるせぇよ子龍、そう言う手前も同じじゃねえか」

 

「法正さん……」

 

「……」

 

「蓬命ちゃん、竜胆ちゃん。はい、手拭い」

 

「にゃ? けんかはいかんじょ! ……ゆー、大丈夫かにゃ?」

 

「けんかはだめにゃ!」「だめにゃー!」「……だめにゃん」

 

 俺達が騒ぎ、孟獲さん達がにゃーにゃー鳴いてる中、雍闓さんは法正が泣き止むまでずっと優しく背中を叩いていた。

 

 

 

 

 

「も、申し訳ありません。みっともないところをお見せしてしまって……」

 

 目を真っ赤に腫らした法正が顔も真っ赤にしながら頭を下げる。

 

「いやいや、なかなかに美しい光景を見せて頂いた。眼福眼福」

 

「し、子龍殿っ!?」

 

 悪戯っぽい目をした子龍の言葉に、更に真っ赤になって両手をパタパタさせながらうろたえる法正。

 …………。 

 親指をぐっ! と立てて子龍とアイコンタクトするとニヤリと笑って子龍も同じポーズで応える。

 

「も、もう! 話を元に戻しますよっ!!」

 

「む、で法正は成都へ行くのか?」

 

「いえ、伯岐殿。一先ず友人のいる巴郡へ行こうかと思います」

 

「あ、さっきの話で出た厳顔って人が治めてる所だね?」

 

「はい、そうです徳信殿」

 

「……あー。夕、ちょっと良いか?」

 

「あ、は、はい。雍闓殿」

 

「ここにいる奴等の前じゃあもうそんな馬鹿丁寧な喋り方じゃなくて良いだろ。と言うかオレの真名、墨水と美以達以外にも預けとくぜ。獅炎だ、これからはそっちで呼んでくれ」

 

「よう――」

 

「獅炎だ」

 

「獅炎……殿」

 

「……殿も要ら無えんだが。まあ、今はそれで良いぜ夕」

 

「オウ、じゃあ次は俺だな。真名は墨水だ、獅炎と同じで呼び捨てで構わねえ」

 

「む、竜胆だ。今後ともよろしく」

 

「蓬命だよ! 改めて皆、よろしくね!」

 

「輝森です。同じく、よろしくお願いしますっ!」

 

「しえんの友達なら、みぃとも友達にゃ! みぃは美以にゃ!」「ミケにゃ!」「トラにゃー!」「……シャムにゃん」

 

「ふむ、次は私か。真名は(せい)だ。ふふ、こちらこそよろしくな」

 

「一刀です。皆よろしく! ……あ、でもおやっさんの呼び方は変えませんよ? 何かおやっさん以外の呼び方に違和感が……」

 

「安心しろ。俺も呼び方を変える気はねえ」

 

「……さてっと、夕がどうするかは聞いたし……星、一刀。お前たちはどうするよ? 良かったらウチに来ねえか?」

 

「ふむ、誘って頂けるのは有り難いのですが……私のこの槍は万民を救う御仁(ごじん)に捧げたいと思っている故」

 

 表情を真面目なものに変え、し、じゃなくて星が応える。

 

「……そっか、一刀は」

 

「まだ考えは纏って無いんですが。……今回の事で戦を身を持って知ることが出来ました。次は、この国の中心で何が起こっているのか……それを実際に自分の目で見たいと思っています」

 

 本当に、まだなんとなくといった思い付きなのだけれども。

 

「へぇ……そっかあ!」

 

「オウ、獅炎よ。振られたってのに何か嬉しそうじゃねえか」

 

「良いじゃねえか墨水。こういう志を持ってる奴等は最近じゃあんまり見なくなったからな、だからちょっと嬉しくなっただけだよ」

 

「む、三人とも行くのか……」

 

「北、じゃなくて一刀さん、星さん、夕さん……」

 

「良い仲間に成れるかと思ったのに、残念です……」 

 

 張、いや竜胆さん、蓬命さん、輝森さん…………正直俺も寂しい、折角仲間に成れたのに。  

 

「? 皆はなんで悲しそうな顔してるにゃん?」

 

「美以、墨水と星、夕に一刀とはしばらく会えなくなるかも知れないからだよ」

 

「? しえんはおかしいのにゃ! 友達ならまたいつか会えるのにゃ!」

 

「大王さま、いいこといったにゃん!」「だいおー、しびれるにゃー!」「……大王しゃまかっこいいにゃん」

 

「ふふ~んにゃ! 皆、えんりょなくハハーッって言っても良いのにゃ!!」

 

「ハハーッ」

 

「どれだけ早いの竜胆ちゃん!?」

 

 

 

 

 

「……ははっ、こりゃ美以に一本取られたな。……ああ、確かにその通りだぜ、いつかまた――」

 

 獅炎さんが明るく笑う。

 

「――うむ、必ず」

 

 星がいつもの不敵な笑みを浮かべる。

 

「夕が行動を起こす時に、だね?」

 

 俺は夕を見て確認する。

 

「はい! 皆さんには必ずお知らせしますっ!!」

 

 夕がよく通る声で言う。

 

「オウ、そん時が今から楽しみだぜ!」

 

 おやっさんが力瘤(ちからこぶ)を作る。

 

「む、その時まで精進あるのみ」

 

 竜胆さんがいつもの冷静な口調に戻る。

 

「うん! 僕も頑張るよ!!」

 

 蓬命さんがガッツポーズをしながら笑顔になる。

 

「わ、私もやりますよっ!」

 

 輝森さんが蓬命さんに(なら)ってガッツポーズを取る。

 

「なんかよくわからにゃいけど、がんばるにゃー!!」

 

「おーにゃー!」

 

「おうにゃー!」

 

「……おー」

 

 美以ちゃんに続いて ミケ、トラ、シャムちゃんも続く。

 

「よっし! じゃあ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――江州から避難して来てた人達のことも有るし、四人はちょっとの間は残って手伝ってくれよな!! あ、墨水は強制な!!」

 

「なんじゃそりゃあああ!!!!!」

 

 笑顔で言い切った獅炎さん。

 脱力する俺達。

 おやっさんの突っ込みが入る。

 

 

 

 ――自然と、玉座の間には笑い声が広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 ゲーム本編では結局「ハハーッ」と言われなかった美以の為、お猫様同盟雲南支局(仮)のある隊員に言わせて見ました。

 

 天馬†行空 九話目です。ようやく李正のフラグを消化できました。

 当初想定していたよりも獅炎が男前になった気がします。

 交趾への帰途につく一刀達一行。顛末を士燮に報告した一刀は決意する……

 或いは、雲南での拠点(短めの話を幾つか纏めたもの)を次回お届けします。

 

 登場人物について補足

 

 ●法正

『三国志』では蜀取りを劉備に持ち掛けた三人(他二人は張松、孟達)の内の一人で、劉備が蜀を取った後は参謀として活躍した人です。

 この話では劉焉に殺された李権の食客という設定にしています。(史実ではそんな設定はありません)

 本来は偽名を名乗っていたこともあり、あまり他人とは親しく接することは無い筈なのですがそこは南中クオリティ。

 一刀、獅炎を含めたメンバーの前では仮面を被ることも出来ず仕舞いでした。

 

 

(読者様と獅炎への)お詫び

 2012/1/12時点、今の今まで獅炎の身長データを間違えて記述していたことに気付かず、慌てて修正しました(五話目です)。

 誤→五尺(約百五十センチ) 正→五尺六寸(約百六十五センチ)です。

 なんでこんなとんでもない間違いに気付かなかった私……獅炎、ゴメンよ。

 読者様も申し訳ありませんでした。イメージが固まってしまっていた方たちには本当に申し訳ありませんが獅炎はちっちゃい子ではなくなりました。      

 心よりお詫び致します。 

 

 

 

 


 
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