降り積もる雪。白銀の大地。
黒すら飲み込んでしまうそれ。
夢の奥底に眠る現への願望を白に染めて、悠遠と刹那の扉を閉ざす。
「濁り嘆く空の心のうた。最愛の大地を犯し穢すしらべ」
軽やかに手を広げて、身に纏う空気の重圧を示す。
囚人の鎖。本来手足の枷になるそれ。しかし今は、その身体全てに巻き付いているかのようで。
望んでいない。望まなかった。
「天にある者が天に唾吐く。あらゆる事象の結末と因果を知りながら尚」
そうせずにはいられなかったのだろう。
例え自身で自身を汚すことになろうとも。その結果をようく知っていたのだとしても。
空の向こうにいる「彼」は、あまりにも無責任であるから。
「起因する……私は魔王」
いい加減、独白を待つ彼女の相手をしなければならなかった。
彼女はやつれた顔で、片手に剣を握りしめている。けれど瞳だけが、凛と輝いていた。
この世界に於ける存在意義を知っていて、それに疲れていて、けれど果たすことしか知らない。
無知。傲慢の象徴であると同時に、無垢と純粋の証明。
枷を外すという選択肢自体が、内的宇宙に存在しない。
「この世界を混沌で満たし揺蕩う海に導く指揮者。奏者はあらゆる存在、音は悲鳴」
きっと無感動な感嘆を齎す。
「――終焉の戦いをしよう、英雄の姫様」
雪原に立つふたりを終わらせる戦い。ひとりは死に、ひとりは存在意義が死ぬだろうから。
英雄も魔王もこの戦いが双方を殺すものになると気付いていた。
気付いていたが、英雄が英雄たりえる為には、今いる足場から飛び降りるわけにはいかない。
魔王は、例え何があろうと魔王として座すこと以外の権利を持たない。
ならば。
「初めまして、魔王さま。突然ですけれど、死んで下さい」
乱れる呼吸。否。最初から乱れっぱなし。
枷が自律の意志を持って英雄の腕を動かす。銀に濡れた剣の先が、魔王を指す。
「この世界が平和である為に」
献身的。
一つ問うてみようと、世界を滅ぼすものは思う。
無垢な娘にひとつの悪戯と、悪知恵を。汚物に塗れた人生の先輩として、
ほんの少しばかり教えてやろうかと。
あらゆる枷の破壊という選択肢を。
魔王にできるのは、それだけ。
選び取るのは、英雄の役目。
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Bestrew.