とある大きな屋敷の大広間にて、幾人かの人間達が集い何かを話していた。
集う者達は、この屋敷に住まう家族の一族であり、大人も子供も全員がその場にいた。大人達は誰もが皆、見た目からすれば、若者といっても過言ではない者ばかりだ。子供達は、普通の子供とは少し様子が違っていて、幼い容貌の割には、話に交わり時には発言する様子を見ると、年齢には似合わない大人びたものを感じる。それに彼らの瞳や髪の色は、外つ国にいると言われる者達、あるいは人ではない者達のように、緑や水色などの色彩を持っている。肌の色も普通の者よりも青白かったり南国生まれなのか褐色だったりと、普通の者よりもどこか変わった者達だった。
「以上、話はこれにておしまいです。異論のある者は?」
そう言って、ゆるい曲線を描く緑髪を肩で切り揃えた娘が周囲を見渡した。一見するとこの娘は成人もまだしていない様子で、大きな瞳やふっくらとした頬の曲線など、どこか幼い空気を纏ってはいるのだが、他の者よりも落ち着いた雰囲気があり、上手くこの場を取り仕切っている。彼女の名前は湖々。一族の当主である。
沈黙の後、皆が否の意思を示したのを見て取ると、娘は散会を告げた。
一人二人とその場を立ち去る者達を見送り、誰もいなくなった事を確認してから、娘もその場から立ち去ろうと、腰を上げた。
その時、皆が去った廊下の方より、軽い音が聞こえてきた。律動的なその音を聞くと、娘は困ったように笑い、そちらの方へと声を掛ける。
「……廊下は走っちゃだめでしょう? 疾風(ハヤテ)ちゃん」
その声に反応してだろうか、足音が止まる。そして音を立てないようにゆっくりと歩きながら、障子の向こう側に現れた人影に、娘は笑みを含ませた声で入ってくるように促した。
現れたのは娘と比べても小さな、子供と言って良い年齢の少年だった。まだ伸びるのであろう背を屈めるように、恐る恐る娘の様子を伺うように中に入ってくる。
その様子に瞳の端を下げると、娘は会合の時に出したままであった座布団を少年に勧めた。
おとなしく少年が正座するのを見ると、娘もその横に静かに腰を下ろした。
隣に座る娘の横顔、その輪郭をなぞるように視線を向け続ける少年。そこに己の瞳を合わせると、娘は軽く頭を傾ける。
「どうしたの?」
会合の時に見せた大人びた声とは違う、柔らかな、おそらく娘本来のものであろう穏やかな声音。それに押されるように、少年は視線を落とすと、両手の拳を堅く握った。
少しの間の後、ようやく少年は言葉を発した。今まで溜めていたものが多すぎて言葉が出ず、ようやく口から声が出た、そんな感じだった。
「本気、なのか……勇魚(ユウナ)」
湖々とはこの一族の初代当主の名前であり、代々の当主は皆その名を名乗るしきたりとなっている。当主就任前に名乗っていた、己の本名を呼ばれた娘は軽く首を傾けて、その先を促す。少年は唇を噛みしめると、半ば睨み付けるように娘の顔貌を見遣った。
「貴方は、子供を作らないって」
「ええ、そうよ」
あっさりと答えると、娘はにこやかに少年へと手を伸ばした。娘の指が、少年の固く閉ざされた拳へと伸び、そっとそれを包み込む。
「すべて、あの会合で告げた通りよ。私の血は、私の代で終わらせる。そして、私たちの血は……」
ふんわりと、少しだけ指先に力が籠もった。
「貴方が継ぐの。次の、世代へ」
娘の一族には呪いが掛けられていた。一つは短命の呪い。一族の者は皆ほんの少しの間しか生きられない。最長二年、多くは一年半過ぎになると皆寿命を迎えてこの世を去る。一つは種絶の呪い。彼らは普通の手段で子供を残す事が出来ない。この二つの呪いを掛けられた一族の力を神々が惜しんだ。そして、自らと交わり子供を成す事を許したのだ。
以来、彼らは神々と交わり子供を成しながら、力を蓄え、何時の日かこの呪いを掛けた張本人を倒して呪いを解く為、日夜鬼と呼ばれる魑魅魍魎どもと戦いを続けている。
彼らは急速に成長し八ヶ月で成人する。それに対して老化は、外見的には緩やかなものであり、死に到るまで成人時と同じ若々しい外見を保っている者が殆どであった。
娘の一族は、現在4つの血統に別れている。娘は現在一族の長であり、先ほどまで行われていた会議は、これから一族がどういう予定で動いていくかを話し合う会議だった。
「何度も説明している事なのだけれども」
固く引き結ばれた唇の端が、僅かに震えているのを見て取り、娘がそっと、少年の手の甲を撫でる。
「私たちには、呪いを掛けた宿敵を倒すという悲願がある。その為に、少しでも早く、力を付けないといけないの。私たちに力を貸してくださる神様達の力。それは、私たちの中で蓄積されて、何れは大きな力になる。力を分けて頂く為の儀式が交神の儀」
交神の儀に参加した者は子供を授かる。そうやって一族は血を繋いできた。その儀式は、一族の者が成人を迎えて暫くすると、順番に受けることになっていたのだ。そして次の順番は、娘であったはずなのだ。しかし。
娘が手を引くのに合わせるかの如くに、少年は激しく頭を振る。
「だから、って、……」
「私には、素質が足りないの」
何の感情も秘められてはいない、事実を告げる重みだけを持った、淡々とした娘の言葉が、流れる。
「この家には、人の素質を見る為の鏡があるでしょう? 私たちの中にある神様の力、それを見る為の鏡が。その鏡は、私にはその力が余りないという事を告げた」
「でも、……」
「素質がない者の血を残しても、仕方ないわ。私たちの一族には余裕がないの」
少年は、もともと喋るのが得意ではない様子で、言葉がなかなか出ず、眉をしかめながら、ぽつりぽつりと言葉を返す。
「……隔世遺伝の、可能性だって…」
優れた資質を持つ者の血を交わらせても、それがすぐに子供に現れる場合ばかりではない。何代も代を重ねてから、隠された素質が表れるというのもよくある話だった。
「もちろん、血を重ねて、時間を掛ければ私の中に隠れている、素質が顔を出す、その可能性だってあった。でも、疾風」
娘は、肩を震わせている少年の頬にそっと手をやった。そして、その顔を覗き込もうと身を寄せ背を屈めた。
縮まった距離に驚いた少年が身を引きかけるのを見て取ると、小さく笑って顔を離す。
「貴方の中には、今までの私たち一族とは及びも付かない位に、神様の力が集まっている。本来ならば、次の交神の儀は私が受ける筈、だったのだけれども……」
末子である少年には、今まで交神を重ねてきた神々の力が、一族の誰よりも強く表れ出ていた。少年の素質を知った一族は、協議の末、交神の儀を少年が成人し次第受けさせる事に決めた。そして、少年に、子供を他の者よりも多く残させる事にしたのだ。勇魚の交神の儀は、疾風の交神の儀を増やす為に取り消しになった。
「私たち一族は、貴方に掛ける事にしたの。貴方の血が、貴方の子供達が、貴方の血統の子供達が、私たちの呪いを解いてくれる、その可能性に」
再び俯いた少年の唇が噛みしめられるのを見た娘は、そっとその肩を抱いた。
驚いて身を固まらせる少年を壊さないかの如く優しく、そっとかいなを肩にまわす。
「……勝手な事言っちゃって、ごめんね。まだ子供なのに、貴方にたくさんの、みんなの重みを背負わせてごめんね」
耳元で少年に囁きかけながら、少年の髪をそっと撫でる。
「私、一族の纏め役なのに、当主なのに、貴方を辛い目に遭わせていて、ごめんね」
優しい響きの言葉に、少年はただ、ただ首を振った。
「勇魚は、悪くない。……誰も、誰も」
胸の中に溢れ出た思いが細い筋を少年の頬に形作る。娘は小さく笑うと、少年の目元に静かに唇を寄せた。
「勇、な……」
顔を離し、その行動に驚く少年の見開かれた眼を見つめる娘の瞳は、とても優しい色に満ちていた。
「血は残らないから、その代わりに、貴方の心の中へ私が残るといいな」
唇を引き結んで一つ、頷く少年。
「俺、忘れない。絶対、忘れない」
「約束、ね」
「うん」
柔らかな少年の髪にまた手を伸ばして触れながら、娘は心の中だけで言葉を続けた。
(忘れないでくれたら、私も貴方の、心の痛みの味をずっと、胸に抱えて行ける)
指を髪に絡めて、梳いてゆく。心の想いが、叶うようにと祈りながら、そっと。
(そして、この世界から魂が消えてしまう最後の瞬間まで、貴方を覚えていられる、そんな気が……するから)
了
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俺の屍を越えてゆけの二時創作小説です。
というよりも、一族の、交神の儀を巡る会話の断片です。
ゲーム内で分からない設定は捏造しています。