No.355496

恋姫異聞録年末特別編

絶影さん


短いですが、楽しんで頂ければ幸いです

今年度はお世話になりました
皆様のお陰で、挫けず続けることが出来ています

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2011-12-31 14:00:39 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8679   閲覧ユーザー数:6468

 

 

 

「ただいま」

 

玄関を開けるのは白く美しい指先

開かれた場所から現れたのは、小脇に竹簡を抱えた魏王、華琳

身を切るような冬の寒さに少しも動じること無く、何時もと変わらぬ様相を見せる

 

屋敷へ入ると、羽織っていた内側をうさぎの毛皮で覆った温かい外套を脱いで玄関の衣服掛けへと掛けた

涼風へ贈る際に、ついでにと自分用にと作ったこの外套は、思ったよりも使い勝手がよく、華琳自身も

普段から使用していた

 

「誰も居ないのかしら」

 

返事がなく、何時もなら必ず誰かが居る筈であるのに、珍しい事だと

居間へ足を進めれば、華琳の眼に映るのは今の中央に置かれた長机、その隣に置かれた火鉢に乗せられた炭が

赤々と熱を発し、部屋の空気を温めている様子

 

炭に火が入っているのなら誰か居るのね。消さずに出かけるなんて、彼はするはずが無いし

他の者も、彼に叱られるから誰も忘れるなんて事は無いし

 

などと考えながら自室へ(と言っても正確には春蘭の部屋だが)入り、様々な華の模様が染色された

ドテラを羽織って居間へと戻る

 

「コレはずいぶんと良い物ね。彼から聞いた時は見た目に問題があって敬遠していたけれど

使い出したら手放せなくなってしまった」

 

天日で干されたドテラは、まるで陽の光をその綿いっぱいに溜め込んだかのような暖かさを持ち

華琳は眼を細めて綿の柔らかさと暖かさに酔いしれつつ、長机の前へ座り、火鉢へ手をかざす

 

「ふふっ、あたたかい」

 

それにしても変ね、誰か居るかと思っていたのだけれど、人の気配が無い

もしかしたら自分の部屋で真桜あたりが寝ているのかしら

 

火鉢で暖をとりつつ辺りを見回すと、不意に土間の方から少女がひょっこりと顔を出す

 

「おかえりなさい、カリン様」

 

「ただいま。炭に火を入れたのは貴女だったのね」

 

「はい。あったかい?」

 

「ええ、外はとても寒かったから、ありがとう」

 

「えへへ・・・」と少し照れ笑いをする涼風。華琳は笑顔を見せる少女の愛らしさについ顔が緩む

 

「一人?昭と秋蘭は?」

 

「お父さんはもうすぐ帰ってくるよ。お母さんは夜までお仕事」

 

「秋蘭はそうだったわね、でも昭は」

 

「涼風、帰ってくるの早かったの。本当はもう少しお友達と一緒だったんだけど」

 

「そうだったの」

 

どうやらその友人は、急な用事で先に帰ってしまったらしい

涼風は父が帰るまでの間だけ、友達と遊んでいるはずだたらしいが、予定が狂ったようだ

 

話からすると、きっと炭に火を入れたのは友人の親ね。まだ一人で火を扱えないし

フフッ、それなら涼風と少し遊ぼうかしら?父と母をあまり側に居させてあげられない罪滅し・・・

 

いえ、それは建前。ただ単に私が涼風と遊んであげたいだけね

 

さて、それでは何をして涼風を可愛がってあげようかと、涼風に視線を移すと

 

「カリン様お腹いっぱい?」

 

「いいえ?」

 

「おもてなししてあげる」

 

急に涼風はそんなことを言うと、土間へ引っ込んでいってしまう

一体何だろうと思い土間を覗くと、涼風が鍋に水を張り、湯を沸かし始た

湯気が立ち上り始めるとそこに粉を入れ、箸を何本も束にして手に持ち、グルグルとかき混ぜ始めた

 

「?」

 

次第に粉を入れた鍋の湯は、粘り気を出し固まっていく

「フンフン♪」と楽しそうに鼻を鳴らしながら混ぜ続ける涼風

 

すっかり水気が無くなり、白く固まったソレを木ヘラでペタペタと丸くまとめると、お椀にポトリと落とす

最後に保存しておいた麺汁を小鉢に入れ、盆にのせて、興味深そうに見ていた華琳に笑顔を向けた

 

「どうぞ~」

 

涼風に促されるまま居間へと戻り、火鉢の横へ腰をおろすと

差し出される白い塊の入った椀と小鉢の麺汁。華琳は初めて見る食べ物に期待で眼が輝いていた

 

「・・・・・・蕎麦?」

 

「はい」

 

鼻を近づければほんのりと蕎麦独特の香りが鼻をくすぐり、華琳は蕎麦の実を使った料理かと頷く

 

「茎や葉ではなく、実を使う。昭が教えたのね?この間、蕎麦の実を粉にしていたのはそういう事か」

 

茎や葉では白くならない、だが香りは蕎麦の香りを凝縮したような物。ならばコレは実を使ったものかと

細かく分析し、涼風から差し出された木のサジで一掬い。麺汁に浸して口に運ぶ

 

「ん~~~!」

 

鼻で楽しんだ時よりもずっと強烈に、鼻孔へと広がる蕎麦の香り

そして口に含んだ時のふわりとした感触に驚き、顔を緩めて喜んでいた

 

「なるほど、実を使ったことで香りが弱くなって仕舞う事を避けるため、あえて茹でたり炒めたりせず

団子の様にしたのね。味も実を使っているからかしら、上品な味わいになっている」

 

華琳の評価は涼風にとって良く解らなかったが、良い笑顔と喜びように自分の「おもてなし」は成功したんだと

【そばがき】を味わう華琳を嬉しそうに眺めていた

 

「所で貴女の分は?」

 

「・・・?」

 

「無いの?」

 

「・・・・・・」

 

華琳の問に始め首をかしげ、次にキョロキョロと周りを見回し、土間へ視線を向け、最後に照れ笑いを浮かべる

 

「・・・おもてなし」

 

つぶやく涼風に華琳は口を抑えて笑ってしまう。なんと可愛らしい事か

この子は本当に両親によく似ている。似すぎているくらいだと

 

恥ずかしそうに頬を赤くしてはにかむ涼風に、華琳はサジでそばがきを掬い、汁に浸して正面に座る涼風の口元へ差し出した

 

「はい、あーん」

 

「?」

 

「少々行儀は悪いけれど、たまには良いわ。一緒に食べましょう」

 

「良いの?」

 

「一人で食べるより、二人で食べたほうがより美味しいわ」

 

優しく微笑みながら口元に差し出されるサジに、涼風は「うん!」とうなずいて

口に含み、華琳は再び一掬いして自分の口に入れ、涼風と交互にそばがきを楽しんでいた

 

「涼風の友人に感謝しないといけないわね」

 

「どうして?」

 

「こんなに楽しい一時を過ごすことが出来たのだから」

 

まるで母の様に柔らかく、優しい笑みを見せる華琳に、涼風は心から喜び笑顔を見てこの時を楽しんでいた

 

 

 

数日後・・・

 

 

 

「ただいま」

 

いつもの様に玄関で外套を脱ぎ、居間へと足を運べば、涼風の時の様に火鉢に入れた炭が赤く熱を放っていた

数日前と同じなのはそれだけではない。家には誰も居ない。そう、目の前で長机の定位置に座る涼風の姉、美羽を除いては

 

「貴女一人?」

 

「そうじゃ。七乃は商家へ行っておる。父様は涼風と夕餉の買い出しに、秋蘭はもう少しで帰ってくる」

 

「そう、でも貴女が居て良かったわ。部屋が温かいもの」

 

そういって、自室でドテラを羽織り、居間へ戻って火鉢に手をかざしていた

 

「聞いたぞ、妹から饗しを受けたそうじゃな」

 

「ええ、とても素晴らしい一時を過ごせたわ」

 

「ならば次は妾の番じゃな。妹が饗しをした者に、姉が何もせぬ訳にもゆかぬ」

 

「貴女も私を饗してくれるの?フフッ、嬉しいわ」

 

「何時も父様が、そして妾達が世話になっておるし、当たり前じゃ」

 

そう言うと美羽は立ち上がり、土間へ移動して戸棚に仕舞った壺の蓋を開け、柄杓でなかの液体を鍋へ移し火にかける

次第に液体は温まり、湯気を立ち上らせ始めた

 

「良い香りね」

 

鼻をヒクヒクとさせる華琳。居間まで香って来たのは柑橘系の爽やかな香り

美羽は沸騰する前に火から下ろし、温まった液体を湯呑みへと移す

 

そして盆に乗せ、華琳の待つ居間へと移動し前へ差し出した

 

「清々しい香りがするわ。蜜柑と近縁の果実かしら」

 

「うむ、似てはおるが少し違う。華氏城の方で取れる檸檬と言う名の実を輪切りにして漬けた、檸檬水と言うものじゃ」

 

「檸檬。楽しみね、どんな味なのかしら」

 

せっかく温めた檸檬水が冷めぬ内に口に運ぼうとした時、美羽がまだだと華琳を止める

 

「まだ、このままでは酸っぱくてとても飲めぬ」

 

「すっぱい?」

 

「コレで完成じゃ」

 

そういって、懐から取り出した小瓶の中から粘度のある、烏龍茶のような濃い色の液体を入れてかき混ぜる

 

「何を入れたの?」

 

「良いから試してみよ」

 

美羽の言葉に怪訝な顔をして、口へ運べば口いっぱいに広がる甘酸っぱく、爽やかな香りが突き抜ける

蜜柑とは違う、清涼感の強い酸味。少々べたつく甘さの有る蜜柑とは違う、口に含めば広がった甘さが一瞬で洗い流される

そんな感覚を受ける口当たり

 

「美味しい」

 

「じゃろう?」

 

「酸味や香りはきっと檸檬のもの、でもこのスッと消えてい行く甘みは」

 

「蜂蜜じゃ。それも唯の蜂蜜ではないぞ、他のものと比べ何十倍もの栄養を持つ蕎麦蜂蜜じゃ」

 

「蕎麦!?蕎麦の華から蜂蜜を!!」

 

「そうじゃ、色々と試したが、一番に栄養が高く生成することが出たのは蕎麦から取ったもの

じゃが香りや味に癖があって口にしづらくての、そこで父様が教えてくれたのがこの蜂蜜檸檬じゃ!」

 

小さな胸をコレでもかと張り、説明を始める美羽

どうやら身体の弱った人々が、内蔵に負担をかけずに身体を回復させる事が出来るようにと研究した結果らしい

 

お・・・驚いたわね。この子は一体何処まで化けるのかしら

この子も自分よりも他人の、皆の為を考えて動いている。血がつながっていないとは思えない

彼には悪いけど、ますますこの子が欲しくなってしまった。そのうち彼と喧嘩するかもしれないわね

 

「それで、貴女の分は?」

 

「む?」

 

「貴女の分よ」

 

「・・・・・・」

 

どうやら作り忘れたらしい。妹と同じように視線を泳がせ、土間を見て

「饗しじゃ」と一言いうと、土間へ消えていった。今度は自分の分を作るらしい

土間へ向かう横顔は赤く、照れ笑いを浮かべていた

 

本当に、同じね・・・フフッ

 

 

 

更に数日後・・・

 

 

 

「ねぇ」

 

「なんだ?」

 

「貴方はしてくれないの?」

 

「なんで家族を、毎日家にいて、ここ最近はドテラ着て火鉢の前から動かないで

ハチミツレモン飲んでるヤツを饗さきゃならんのだ」

 

庭で真桜と何かを作っている男に向け我儘を言うのは、居間から眺めながら火鉢から決して離れない華琳

男はぞんざいに言い放ち、華琳は不服そうに頬をふくらます

 

不臣の礼を取った最近は、側近達の前くらいならば普通に甘えるようになってきていた

 

「涼風はそばがきを食べさせてくれたわ。美羽は蕎麦蜂蜜を使った蜂蜜檸檬。娘二人がしてくれて、親の貴方はしてくれないの?」

 

「わかった、わかった。そう頬をふくらませるな。それと炭を投げるな。まったく、昔みたいに横暴になってきてるぞ」

 

「昔の華琳様ってどんな感じやったん隊長」

 

「んー?子供の頃は、河原で岩に座るのは尻が痛くなるとか言って、俺の膝に座ったり。足が疲れたとか言って背負わされて

馬のように駆け回させられたりだな」

 

「あんま変わらんような」

 

「最近はな。少し前を思い出してみろ、皆の前でこんなこんな行動はしてなかっただろう」

 

「・・・そういえばそうやね。頬ふくらませて炭投げるとかせんわ」

 

見れば火の消えた炭を火箸で挟み、男へと向けて投げ

男は子供の頃に戻った、というよりも子供が増えたと溜息を付いていた

 

「よっしゃ出来たで!居間は隊長に任せるわ、ウチは自分の部屋に設置してくる」

 

「ああ、手伝ってくれて有難う真桜」

 

「エエよー!こんなエエもん教えてくれたんやから」

 

ニヒヒと笑う真桜の頭を撫で、出来上がった木枠を持って居間へと移動する男

 

「今、俺流の饗しをしてやる」

 

「?」

 

男は長机をどけて、畳を外すと床板まで外してしまう。だが、そこから現れたのは、掘り下げられ

中央には火鉢の様な物が置いてある不思議な囲炉裏のような設備

だが囲炉裏にしては深すぎる。そして何かを吊るすにも、炭を置くであろう場所の真上には何も無い

 

男は華琳の目の前にある火鉢から赤く燃える炭を幾つか取ると、床下に置かれた火鉢へと炭を入れ

先ほど作った木枠を上へかぶせる

 

そして机をその上に置いて、板を外し布団を掛け、上から板で挟み込めば掘り炬燵の完成である

 

「ほら、コレが俺の国で一番人気の暖房器具、こたつだ」

 

どうやって使うものか、見当がついた華琳は早速布団をめくり、足を炬燵へいれれば

ブルッと身体を一度震わせ、顔が溶けたように柔らかいものに変わり、顎を机に乗せて眼を細めていた

 

「はふぅ~♪」

 

「気に入ったようだな。中に潜って寝たりするなよ。死ぬぞ」

 

「・・・うん・・・・・・・わかったゎ~・・・・・・」

 

まるで風呂に浸かったかのような暖かさに華琳はすっかり魅了されてしまったらしく

返事もそこそこに炬燵にあたりながらぬくぬくと恍惚の溜息をついていた

 

「お気に召したようで、此方は私からです。昭の国では良く食べる物のようですよ。お口に合えば良いのですが」

 

炬燵の完成と共に、土間から出てきたのは秋蘭。手には盆を持ち、乗せられた丼から湯気が立ち柔らかな出汁の香りが辺に漂う

 

華琳の目の前に置かれたのは天ぷらそば。大きなかき揚が乗せられ、薬味の刻みネギがたっぷり添えられたもので

一目で美味いと思わせ、香りで胃が刺激され、口の中は唾液が溢れ出す

 

「俺の国では蕎麦はこうやって食べるんだ。祖父さんが何時もこの時期は作ってくれた。美味いぞ」

 

「ええ、とても美味しいわ。今年の冬は蕎麦ばかり食べている気がする」

 

口に運んでは美味そうにモグモグと咀嚼し、顔をほっこりとさせ、また口に運んでは恍惚の溜息を吐く

 

「こんな快適な所で、美味しいものばかり食べていたら太ってしまうわね」

 

「おうおう、太れ太れ。太って豚のようになったら美味しく料理して喰ってやる」

 

「どうぞお好きに。王と言う名の豚を食べれば責任と言う名の胃もたれを起こすわよ」

 

「勘弁してくれ、背中どころか胃までもたれ掛かって来られたら、重くて動けんよ」

 

「ならば私が食しましょう。何時も美味しく食べられているのは私ですから、たまには趣向を変えるもの宜しいかと」

 

秋蘭の意外な言葉に華琳はよほど面白かったのだろう。最初は口を抑えて小さく笑っていたが

次第に耐え切れず、大笑いをしていた。対して男はといえば、秋蘭から「たまにはお前から私を食しても良いぞ」と

からかわれ、顔を赤くし「そのうちな」と答え、今度は秋蘭が笑っていた

 

「さて、お前ばかり肥え太らせても仕方がない。皆を呼ぼう、蕎麦は人数ぶん用意してあるからな」

 

「ええ、寒い冬にこたつで暖を取りながら食事を皆でとる。良いわね、これが昭の言う家族なんでしょう?」

 

華琳の言葉に男は笑顔で答える

 

庭を見れば、雪がチラチラと降り注ぐ

 

今年もまた終わる。来年もまた、暖かく、素晴らしい日々が続きますように

 

華琳はそう、心の中で呟くと、温かい蕎麦をすすり、ささやかな幸せを噛み締めていた

 

 

 


 
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