No.367129

恋姫異聞録132 -点睛編ー

絶影さん

遅くなりました、ごめんなさい

答え合わせの続きを、龍の成長を二話くらい書きます

何時も読んでくださる皆様、本当に有難うございます

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2012-01-22 23:12:23 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8131   閲覧ユーザー数:6267

 

 

交差する視線。櫓の中心から注がれる冷酷な視線を真正面から臆すること無く受け止め続ける劉備

羌族の王、迷当は自分の言葉に従う様に、劉備の隣に寄り沿い、常に付き従う蜀の軍神、関羽の如く

武器を構え、身体を劉備の盾になるように前へ立ち、重ねた

 

「お、お待ちくださいっ!内蔵をやられているのですよ、外傷とは違う。手当も此処では満足に出来無いというのにっ!」

 

衛生兵の言葉も聞かず、身体を紅く染め、巨大な刃を持つ砲撃武器を杖がわりに、地面までも己の流す血で紅く染めながら

身体を引きずり、鬼気迫る顔で笑い、劉備の元へと足を進める厳顔

 

劉備の周りで陣を作る兵士達は、厳顔の壮絶な姿に言葉を無くし、呆然と見続けていた

 

血に染まる鬼の姿。まるで新城で散った、西涼の英雄、韓遂かのような姿に

 

「おお、桃香様。ご命令下され、剣を持ち、舞王の首を獲れと!此れほどの戦場があろうか、我命を賭すに相応しい場所があろうか!

大軍を相手に天から雨を降らせ、此方の指揮を大幅に下げるどころか雨を囮に罠へ引きずり込む手管。なんと素晴らしき将達か!」

 

「おやめ下さいっ!眼すら血で濡れて見えてはおらぬのでしょうっ!?」

 

「クックック、腕もさほど動かぬ、足も・・・ホレ、引きずることすら簡単ではない。だが、行かねばならぬ

此れほど面白い状況が有るか?あれほどの勇を前に、退けば此方がやられる。我が轟天砲にて陣を崩すぐらいはして見せよう」

 

「何をおっしゃっているのですかっ!馬鹿な事をっ!!」

 

「桃香様、ご命令を。唯一言【剣を持ち、戦え】そうご命令くだされば良い。その一言で儂は敵陣で一人、舞王の眼に焼き付くよう

修羅を歌舞いて見せましょう!」

 

衛生兵が四人がかりで止めるが、四人を引きずり無理矢理、劉備の前へと進み、真っ赤に血で染まった瞳を劉備に向けて

無理矢理、地に膝を着いて命令を待つ。周りで止めていた兵士達も、厳顔の姿に彼女の意志を感じたことだろう

 

この地から膝を離した時、彼女が次に膝を地に付くのは、彼女が死ぬ時だと

 

背から感じる気迫、殺気、そして身体を染める赤き血が静かに物語る

主人の一言で我が体は一振りの槍と化す。敵陣深く突き刺さる、太く、長く、鋭利で返しの付いた、魂を貫く凶悪な槍へ

 

「・・・」

 

主人の言葉を待つ厳顔。だが、厳顔の耳に届いたのはブチブチと何かが千切れるような音。そして、優しく体を包むぬくもり

気がつけば、劉備は膝を着いて厳顔の体を優しく両腕で包む

 

「何時も、私のせいで血に濡れて」

 

「桃香様・・・」

 

「よくも、よくも私の大切な人たちを・・・。殺す、殺してやる。同じ傷でなんか済まさない、切り刻んで首を晒してやる」

 

元の彼女からは想像の出来無い様な言葉を呟き、荒く厚く巻かれた左手の包帯を思い切り、肩が震えるほど噛み締める姿

涙は流さず、涙を捨てた劉備は眼を大きく見開き、体からは彼女に似つかわしく無い、凶悪な殺気が包む

 

側にいた扁風はビクリと身を震わせ、小さな手で自身の服をしっかりと握りしめる

同じように、側に立つ迷当は無防備になってしまっている二人の前に、敵陣に向け体を盾のようにして立つ

 

劉備の心の中で渦巻く憎しみと怒りが体を蝕み、噛み締める腕はメシメシと音を立て始めた

 

近くの兵達は変化する劉備に、彼女から発せられる怒気に身を竦ませるが、全身を怒りに染める劉備を

先ほどまで気迫と殺気で身を固めていた厳顔は、体からそのすべてを剥ぎ取られた様に少しだけ驚いた表情で見つめていた

 

「・・・」

 

動揺の広がる本陣を、遠く木の上から見つめる二つの瞳

その姿は黒衣の老人。いや、真っ直ぐ伸びた背から老人では無いのかも知れない

かも知れない、というのは頭から顔を覆い、口元をマスクのように布で隠す。見えぬ表情から不気味な雰囲気が漂う

纏う布を剥ぎ取らねば老人なのか、それとも青年であるのか解らぬ様相をしていたからだ

 

見つめる隠者の頭に浮かぶのは、劉備がいかにしてこの場所まで、折れぬ心を携えあの太陽のような瞳を持つまでになったか

 

 

 

 

 

劉備が天の御遣いを手にするために、南蛮を一度で平らげてまでして武王を【演じた】後の一戦

三夏が魏武の大剣、知勇の雷光、そして夏侯昭が舞王と呼ばれるようになった一戦から

趙雲に一喝され、心が疲弊しきった劉備は、政務を一人、部屋にこもって誰に会うこともなく淡々と行うようになり

夜な夜な、彼女の部屋からはすすり泣く様な声が聞こえて来るようになっていた

 

将たちはそれぞれに心配をしていたが、掛ける言葉も見つからず。ただ、趙雲の言葉の通り

そして、関羽の思うままに、主人を信じる道を選んでいた。軍師を除いては

 

【残念だったね。曹操の真似をしてまで手に入れようとしたのに】

 

「・・・・・・」

 

【天の御使いが理想の世界を、私が望む世界を作ってくれると思ったのに・・・】

 

【なんて考えてる?フフッ、また他人に頼ってる。甘えてる。お嬢ちゃんは何時になったら大人になるのかな?】

 

「やめて、やめてよ。どうしてこんなに苦しめるの。力がないから、私一人じゃ出来ないから。出来る人に任せることが

そんなにいけない事なの?あの人の目指すものは私の理想に近い、ううん、遜色ない同じ物のはず。何故、曹操さんの所にいるの

同じ理想を持つなら私の所に居てもいいじゃない。居てくれても良いでしょう?曹操さんは私と違って、強くて賢くて

何でも持っているんだから」

 

【・・・違うだろぅ?自分の大器すら壊すつもりか?知ってるくせに、愚かで矮小で、ずるく、泣き虫で、意地汚い最低の卑怯者】

 

削られていく心。だが、それでも部屋から出ないことなど出来ず。人と会わないようにすることなど尚更、出来ることなど無く

協力を仰ぐ為、邑の村長や豪族と顔を合わせる際に、目の下に深く刻まれたかのような隈を隠すため

化粧を施し、鏡の前で無理矢理、笑顔を何度か作り、会談用の仮面を被ってから会うことを繰り返していた

 

もう嫌だ、自分にはきっと無理だったんだ。何度も何度も負けて、逃げて、沢山人を死なせてきた

こんな私に、理想を語る資格なんかない、実現するなんて出来るわけない。それなのに、口は勝手に動き出す

目の前に居る人に大きな理想を語ってる。捨て切れない、諦めてくれない、何故なの?

 

【また調子の良い事を言って。目の前のお爺ちゃんも死なせるの?笑えるね、自分が戦うわけじゃないから、自分は傷つかないから】

 

【あの人みたいに、両手を血だらけにして戦うことなんかしてないから、自分の手を血で濡らしてないから楽だね】

 

【私は王だし、力がないから皆に言えば良いんだもん。自分が傷つくなんて嫌。怪我したら痛いし】

 

【皆のために戦ってー!皆が楽しく暮らせる世界のためにー!弱い人を護るためにー!】

 

【そして、私の泰山よりも大く空よりも美しく、尊い理想の為に死んでー!】

 

うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!

 

【アハハハッ、馬鹿みたい。じぶんではじめたくせに、わかっていたくせに、つらいとめをそらすの?

いくらないてもだれもたすけてくれないよ。おうさまなんだから。おうさまはたいへんだね】

 

「うるさいっ!!」

 

「桃香さま・・・?」

 

いつの間にか、立ち上がり叫んでいた劉備。目の前では、驚き口を開けたまま彫像のように体を固めた老人の姿

一緒に居た関羽は、柔らかい表情で話していたはずの劉備が、急に顔を強張らせ怒鳴る姿に驚いていた

 

周りを見渡せば、此処は邑長の家で、わざわざもてなしを受けて話をしていた最中だったと思い出し

あわてて頭を下げて、椅子に腰を下ろしていた

 

その後、巧く事を進め、無事に帰路へ着いた二人だが、関羽は劉備の変化に何か危うさを覚え、声をかけたが

 

「あはは、ごめんね。私は大丈夫。頑張ろう、皆の為に」

 

と、笑顔を向けるだけ。強い主の言葉に、それ以上追求することは出来なかった

いや、追求するべきなのだが、関羽の中では葛藤があった。無理に追求することが良い事なのか

主の言葉を嘘だと言って、本当のことを話せと言う事は、主の言葉を信じぬ忠誠心の無い者なのではないのか?

だが調子の良いことばかり、佞言のような言葉を並べることが真に王を支えることではないはずだ

 

義兄弟の契りを交わしたが、自分はあくまで臣下。王で無ければ、ただの親や兄弟であるならば言葉をぶつけるべきだ

 

「ただ信じるというのは楽だが。楽をしているだけではないのか?政、戦ならば幾らでも苦言を言える。だが、これは・・・」

 

城へとふらふらとした足取りで歩く劉備の後姿を眼で見送りながら、関羽は眉根を寄せ歯をかみ締める

 

自分は、心の問題を、主の悩みを聞きだし正解に導けるような人間なのか?

そもそも、私が桃香様が望む正解が解らない。何処へ導けばよいのかも。私の答えを桃香さまに語っても、それは私の答えであって

桃香さまの答えではない。不用意に語れば、また桃香さまは【演じる】事になってしまう

 

此処に来るまで理解出来たことは、桃香さまは何時しか何者かを演じるようになっていたと言うこと

 

「なりたい自分を、御自分で見付けて頂く以外は」

 

拳を握り締め、無力な自分を責めた。そして心の中で呟く

昭殿、貴方ならば何と言うのか。目の前ではっきりと言うのだろうか?手を引くことも、道を示すことも出来ないと

 

「昭殿のようにはなれない。だが、私は私のまま、私の出来る事をやるしかない」

 

迷いを振り払い、関羽は自分に出来ること。桃香さまの側に常に居ること。たとえ、何も言う事が出来なくとも

自分は貴女を支え続けると、言葉ではなく態度で、行動で示す。それが、自分に出来る精一杯だと

 

その日から劉備の隣には必ず関羽が付き添っていた。ぴたりと離れる事無く、外へ出る際は必ず付き添い

部屋で休んでいる時は、扉の外で立ち。政務の際は、軍師の変わりに劉備の補佐を行う

始めは「一人で大丈夫」と断られていたが、政務であれば口を出すことが出来ると自分に言い聞かせ

食い下がり、最後は呆れ気味に小さく微笑まれ劉備に了承されていた

 

国に力をつける為に、政務や説得を繰り返す。疑問を抱えたまま理想を口にする劉備は、次第に化粧ですら表情を隠すことが

出来ないほどに顔をやつれさせていた。まるで言葉を理想を語るたびに魂を削られて行くかのように

 

そんな中、西涼の馬騰が討ち取られ、韓遂、馬超、馬岱、そして涼州の僅かな老兵達が落ちのびてきたとの話が耳に入る

この機を逃すわけはいかない、何故ならば韓遂は西涼の英雄と呼ばれた一人。知勇に優れた勇将

会って、必ず蜀に属してもらわねばならない。呉になど行かれてしまえば、強く優秀な将でかろうじて持っている蜀は

兵の弱い蜀はますます他国に劣ってしまう

 

考えたくはないが、もし呉ではなく戦をしたばかりの魏に戻り、降るなどとなれば、もはや手のつけようが無い

本来ならばそのようなことはないが、軍師二人は焦っていた

 

理由は一つ、夏侯昭が馬騰に息子として認められ、馬超と義兄妹になったというのだから

 

ありえないと顔を青くし、俯くのは鳳統。隣で諸葛亮も同じように項垂れる。最悪の事が起きるかも知れない

英雄が、そして英雄の娘が魏へ行けば、御使と英雄、そして天子までも手中に収めた魏に勝てる要素などないに等しい

 

鳳統は、韓遂が涼州より強力な騎馬兵を引き連れ蜀を攻める想像をし、唇を噛み締め体を震わせた

今の蜀に勝てるはずがない。諸葛亮も同じ考えなのだろう。本来するべきことを、しなければならないことを

劉備が武王を【演じる】為に捨ててしまったことを後悔しつつ、過ぎたことだと首を振り、此方へ落ちのびて来た韓遂達を

迎える準備を始めた。是非とも、劉備の力で蜀に引き込んでもらわねばと

 

「お初にお目にかかる。我名は韓遂。後ろに控えるのは馬超、馬岱。既に話は耳にしておられると思いますが

戦に敗れ、住む土地を追われ、恥ずかしながら大徳と呼ばれる劉備殿に縋りに参りました」

 

「ようこそいらっしゃいました。さぞ御疲でしょう、食事と休む部屋を用意しました。城壁の外にいる兵士の方たちも

中に入るよう門番に伝えました。詳しいお話は体と心が落ち着いた後にしましょう」

 

無理矢理笑を作り、礼を取るやつれた劉備の代わりに

側に立つ関羽が韓遂たちへ労いの言葉をかけると、韓遂は深く頭を下げ、馬超たちと共に案内された部屋へと下がった

 

「朱里、韓遂殿達は此方に縋りに来たと言った。もとより蜀で仕官するつもりであったのだろう。此れならば心配はない」

 

「はい、何方にせよ呉に入るのは難しいと思います。呉へ向かえば、周瑜さんは決して受け入れないでしょう

呉は魏と戦う理由を作りたいと思っていません。受け入れれば戦の火種となることが眼に見えていますから」

 

「我等は魏に狙われる理由を作ってしまったということか。だが拒むことなど出来まい」

 

「ええ、それに呉はまだ知らないから拒むと言うだけです。馬良と言う人が魏に降ったと言うことも、夏侯昭さんが

馬騰さんの息子になったということも。知っていれば官職も、魏国内でも重要な位置に居ないが、王や将、民にとって

重要な人物である夏侯昭さんの義兄妹と戦う事は考えない。うまくいけば手を組むことすら簡単に進められますから」

 

「西涼に近い事が救いとなったということか。下手をすれば呉に韓遂殿達が向かい、我等は魏と呉にやられていたかも知れない」

 

もとより蜀に降ろうと考えて来たのならば、桃香さまが心を削られ窶れることもない。話がうまく進むならば何も心配はない

 

そう考えていた関羽であったが、事はそう巧く進むことは無かった。馬超と馬岱は蜀に入り、将として仕える事を受け入れたのだが

韓遂だけは決して仕えようとせず、何度も説得を試みるが、韓遂はかたくなに首を縦には振らず、客将のままであった

 

軍師の二人は焦った。客将のままで居るとは、何時でもこの蜀を去れると言うこと

既に蜀へ入ってから数日が立ち、呉の周瑜の耳にも入っているはず

もし、急に韓遂が腹を立てるなり、不満を漏らすなりすれば、涼州の兵達と共に

下手をすれば、一度仕官したはずの馬超や馬岱までも引き連れ、呉、もしくは魏へ向かってしまうかも知れないのだ

 

そんな事をされてしまえば蜀は一気に不利な立場へと追い詰められる

軍師二人は焦った。何を考えているのか解らない韓遂に。ならば、少しでも機嫌を悪くされないよう

この蜀に長く滞在してもらえるようにと、韓遂には特別に部屋を用意し、食事も特別に良いものを用意させ何とか韓遂を

引きとめようと、この蜀に仕官してもらえるようにと知恵を絞っていた

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れですかな」

 

「い、いえ。大丈夫です。どうですか、蜀の暮らしは」

 

「はっはっは、過分な待遇をして頂き、なにやら王にでもなったような気分ですな」

 

「それは良かった。でも、何故そんな待遇を受けているのか韓遂さんなら知ってますよね」

 

「無論。だが俺など居らずとも、蜀には優秀な将兵が居る。翠も蒲公英も既に蜀の将として生きることを選んだ」

 

玉座の間に呼ばれた韓遂は、玉座に座る劉備の前で膝まずき眼を逸らさずに言葉を交わす

劉備の隣には、相変わらず関羽が立ち、反対には諸葛亮が。更には韓遂と劉備の間に厳顔と魏延が両脇を固めるように立っていた

 

呼んだのは誰にでも理解できること。韓遂を今日こそ蜀へ、客将などではなく将として登用しようとしているのだ

 

「はい、とても感謝しています。共に理想を目指し戦えることを。翠ちゃん達の力があれば、きっと皆が笑顔で暮らせる世界を作れる

でも、韓遂さんの力もあれば、もっと早くこの大陸を」

 

「ふむ。聞きたいことが幾つか、宜しいか劉備殿」

 

「えっ!?ええ、私の答えられることなら」

 

段階を踏んで、理想を語り韓遂を説得しようとしていた劉備は、韓遂の言葉に止められてしまう

韓遂は顎の髭を指でなぞり、一度眼を伏せると顔を上げ、真っ直ぐ劉備の瞳を見つめた

 

「力が、大陸を治めるには大きな力が必要ですかな?何者をも屈服させることの出来る、覇者の力が。出来ることなら

手を一つ、空に振りかざすだけで落雷を落とせるような神の如き力が。いや、現実的にいうならば曹操の様な力か」

 

「・・・いいえ、力はいりません。力で言うことを聞かせるなんて、曹操さんのような生き方は間違っていると

真似をして良くわかりました。弱い人たちを無視したような生き方は出来ません」

 

「ククッ、ならば俺の力も要らぬでしょう。我が力は武、武で有るからこそ戦場で人を殺し、敵を屈服させる力なのだから」

 

「い、いえ。弱い人達の為に使う力は、護るために使う力は違う!」

 

「弱い者の為に使うなら、弱いものを護るためなら強き者を殺しても構わぬと?」

 

「違うっ!殺しちゃダメ!殺さないで、話し合いでっ!」

 

「話しを聞かぬ者にはどうする?笑顔で近づき、話しが通じ無ければ、手に持った武器で斬りつけるのか?」

 

「違う、違うのっ!!」」

 

「何も違わぬよ。戦などは己の正義を、違う意志を、理想をぶつけ合うことなのだ。何方も間違ってなど居ない

正義など何処にでもあって、何処にも無いものなのだ。話し合いなどハナから通じはしないのだ」

 

「そんなの、そんなの間違ってる。戦わなくても、力がなくても、皆が笑顔で暮らせるはず」

 

「ならば力を捨てられよ。軍など要らぬ、蜀と言う国すら要らぬ。一人で戦場で声を上げ理想を語って見せられたら良い」

 

「・・・」

 

「名も無き兵士の一突きで貴女は命を落とすはずだ。何も語れぬままに」

 

視線を落とし、言葉を発する事すら出来なくなってしまった劉備

関羽達は韓遂の言葉に驚いていた。何度かこうやって話をすることはあったが、今まで韓遂が此れほど厳しい言葉をぶつけて

来ることは無かったのだから。そんな、座ったまま視線を逸らさぬ韓遂に、王を追い詰める言葉を吐いた客将に激怒する一人の将

得物の金棒を構え、座る韓遂に殺気を放つ魏延

 

「貴様、よくも桃香さまに無礼な言葉をっ!」

 

「無礼?客将で有る俺に武器を向ける事が無礼ではなく、問をした俺が無礼だというのか?」

 

「やめろ焔耶っ!」

 

「ふんっ、桃香さまの気分を害しただけで十分無礼だ。そもそも片腕の貴様が桃香さまの力になれるとは思えん

過剰な待遇も狙ってやっているのだろう?強欲なヤツめっ!!」

 

止めるのは関羽。何時もならば厳顔が魏延の行動を止めるのだが、この時は厳顔は魏延が構える姿を無表情で見ていた

予想外の厳顔の動きに慌て関羽が止めようとするが、距離は遠い。振りかぶった金棒は武器も持たず座る韓遂に襲いかかった

 

「げぅっ・・・」

 

だが、関羽の眼に映ったのは潰された蛙のような声を上げ、地面に這いつくばって居たのは魏延

頭上から襲い来る金棒に、韓遂は気を纏わせた片腕で軌道をずらし、流された魏延の腕を引き込み

地面に叩き伏せ、首に膝を乗せていた

 

「馬鹿が、貴様の行動一つで主人たる劉備殿の品位が問われるのだ。王と直接会わぬ者たちは、将や兵を見て王を想像する

貴様がやっていることは劉備殿を貶める事以外、何も無い。よく大徳と呼ばれる劉備殿の将になれたものだ、察するに軍師達は

貴様が蜀に仕官することを拒んだのでは無いか?王の風評を悪くする、いずれ立場が悪くなり裏切ると」

 

「なっ・・・なにをっ!」

 

「見てみろ、諸葛亮殿の顔を。俺の言葉を否定せず、悲しい顔をしている。貴様がそうさせているのだぞ」

 

膝の圧迫を緩められ、顔を上げれば諸葛亮は、はっとした顔をして口をつぐんでいた

魏延を擁護する言葉も無く、弁解の言葉もない。つまりそういうことだ。韓遂の言った言葉は真実だと

 

全てを知った魏延は、顔を伏せ抵抗する力が消え、歯を噛み締める

韓遂は膝をどけ、魏延の腕を掴むと厳顔の方へと乱暴に突き飛ばす。厳顔は、少しだけ韓遂に笑を見せると

背を向け魏延を体で隠し、魏延の顔を手で拭って居るのだろう。振り向いた時には、何事も無かったように厳顔の隣に

うつむいた魏延が立っていた

 

「話を続けよう。力は要らぬと言いながら、何故反董卓連合に参加された?真実を知っているだろう、反董卓連合は名を上げたい

諸侯が勝手に作り上げた罪を掲げ、洛陽を何進や宦官達の圧政から開放し、天子様の信頼厚い董卓殿を引きずり下ろす戦い」

 

「・・・っ!?」

 

韓遂の言葉に驚き、劉備は隣に立つ諸葛亮に眼を向ければ、諸葛亮は顔を逸らし、唇を噛み締める

 

「だからこそ、鉄心も俺も出なかったのだがな。知らなかったか。クックックッ、重要な事を知らされず

戦に参加し殺し合いをしていたとは、滑稽だ。だが名は上がっただろう?軍師のおかげで」

 

座り直し、衣服を正す韓遂は、眼を見開く劉備を真っ直ぐ見据えた

 

「先ほど、真似をしたとの言葉があったが、貴女の理想に俺は聞き覚えがある。そしてこの蜀と言う土地

貴女は劉焉を演じて居られたな?此れで合点がいった、劉焉と何かしらつながりが合ったのだろう。

劉焉は魯恭王であった劉余の末裔。中山靖王劉勝の末裔とは劉焉から聞いたのか、それとも演じるために

考えたのかは、本当に末裔であるのかは知らぬが、これで張魯が何故漢中から東へ逃げたのかよく解った」

 

韓遂の言葉に、まるで首を締められたかのように言葉を無くす。顔を蒼白に、汗を流し、眼は韓遂を捉えながら

視点が合わぬまま、宙を泳ぐ。劉備の尋常ではない様子に関羽は驚き、直ぐに手を握り、劉備を落ち着かせるように

韓遂との間に体を滑り込ませた

 

此のままでは劉備はダメになる。心を折られてしまうと考えた関羽は、話し合いを終わらせようと諸葛亮の方を見れば

諸葛亮も同じく、いや、どちらかと言えば恐怖で顔を強張らせ、歯をカチカチと鳴らしていた

 

「しまったっ!」

 

関羽が気がついた時は既に遅く、立ち上がった韓遂が既に関羽の肩を掴み、動きを封じると

震える劉備の目の前で膝を曲げ、目線を無理矢理合わせて韓遂は更に言葉を吐く

 

「劉焉は良き人物であった。貴女のような理想を語り、人々に文字など教え、貧しい者に食料を分け与えていた

張魯と深い交流があったのも、そんな理想と人柄に惹かれての事だろう。さらに蜀を最初に創り上げたのも劉焉だ

この蜀という国も、真似事なのだろう?」

 

「わた、わたしは・・・」

 

「貴女のお陰で色々と謎が解けた。劉焉がいたから我等は張魯には手を出さなかった。だが、劉焉が病で死に、継いだ息子が

暗愚の相。それを知った劉表は孫堅を唆し、蜀と五斗の米を狙うよう言ったのだろう。だが孫堅は劉表の土地を通る際に、

劉表の攻撃を受ける。もともと、劉表にとって蜀や五斗などどうでも良かった。昔から対立していた孫堅を殺そうとしていただけだ。

だが、事は巧く進まない。領土深く入り込んだ孫堅は、罠に気が付き善戦したが、最後は劉表と同士討ち」

 

明かされる孫堅の死。そして、劉焉と劉備の繋がり。隣で震えながら話を聞く諸葛亮は、韓遂の言葉に引きこまれていた

確かに、蜀を創り上げる時、劉備は嬉しそうだったのだ。曹操に見逃され、魏の地を逃げた後、この地に入ったことを

まるで生まれ育った土地に帰ってきたかのような。どの様な経緯で繋がりを持っていたのかは解らない

普通なら、劉備の生まれた場所と離れている劉焉と繋がりなど見いだせないだろう

だが、韓遂の言葉で確信をしてしまった。劉焉と劉備は何かしら繋がりがあったことを

 

「南から襲い来る孫堅を耳にした張魯は焦った。劉焉の息子は当てに出来ぬ。西を見れば我等が居る。一刻の猶予も無いと

孫堅と劉表の死を知らぬ張魯の取った行動は、劉焉と繋がりがある劉備殿、貴女の元だ。元々、劉焉の庇護の元、張魯の作った五斗は

貴女の為に用意された軍と兵糧だったのかもしれんな」

 

「わ、私の為に用意された。劉焉様が・・・あっ」

 

つい口を出た言葉に劉備は手で口を抑えていた。その反応に韓遂は諸葛亮を見てニヤリと笑を見せた

 

「軍師の貴女になら既に答えは出ているであろう?息子は駄目だ自分を継ぐのは劉備殿しか居らぬと、そう劉焉が考えただけだ

理想に生きる者の考えそうな事だ。張魯に遺言でも認めていたのかも知れぬ。だが、そこで誤算が生まれる。出会ってしまったのだよ

陳留に居る曹操とそして仕える天の御使、夏侯昭と」

 

韓遂の言葉を聴きながら、諸葛亮は口を開けて呆然としてた。もし、曹操が居なければ。もし、夏侯昭が居なければ

既に三国を、いや三国を手にしていなかったとしても、呉の治める地は手にし、魏を追い詰めていたはずだと

反董卓連合で見た、曹操の持つ豊富な糧食、そして衛生兵、精強な兵士。あの時に、その3つが揃っていれば

幾らでも勝つことが、全てを塗り替えることが出来ていた

 

「後は知っている通りだ。張魯を引き込み、医師と糧食、そして民を手に入れた。魏が、曹操が此処まで来るのは

全て決まっていたのかもしれぬな」

 

「や、やっぱり。やっぱり天の御使がっ、お兄さんがっ!」

 

「ふははっ、解りやすい。実に解りやすい。何かの責任にすれば、逃れられると?負けた言い訳に、兵を死なせた理由になると?」

 

「・・・」

 

「言い訳をしても反董卓連合の時は変わらぬ。たとえこの事を知っていたとしても。真の意味を知らぬまま戦い

殺し合いをさせたというならば尚更罪が重い。何故だか解るであろう?

 

その強き眼に、劉備は頭を抱えイヤイヤと首を振る。何も聴きたくない、聴けばまた心が削られる

だが、韓遂は気にすること無く言葉を続ける

 

「劉備殿は既に、飯を喰ったのだろう?」

 

「は・・・ぅ・・・」

 

これ以上は無理だ、声を上げ兵を呼び寄せるしか無い。出来るなら、張飛を呼び、韓遂を討つ事も

劉備の負担になるならば、殺すことも考えねばならないと、声を上げようとすると

肩にがっちりと食い込んだ手が外れ、韓遂は体を離し、元いた場所へ戻ると服を正して座り直す

 

「どうやら劉備殿は色々な物を置いて来てしまったようだ。最後に我が友の言葉を、貴女に贈ろう」

 

「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」

 

小さく息を吐き出す劉備は、次に言われる言葉を聞かぬよう、耳を塞ごうとするが

身体が恐怖で、自責の念で固まったように動かない。まるで今まで死なせてきた兵の霊が、怨みを晴らすかのように

手を、腕を動かす事ができなくなっていた

 

「空腹を知らぬものは、まことの飯の旨さを語れぬ」

 

「・・・」

 

「まったく鉄心は上手いことを言うものだ」

 

豪快に笑うと「それでは失礼する」と一言。そして頭を深く下げ、玉座の間から姿を消した

 

「桃香さま、大丈夫ですかっ?」

 

「・・・・・・空腹、ご飯・・・美味しい」

 

「桃香さまっ!?」

 

韓遂の言葉を呟き、何度も反芻する劉備に関羽は唇を噛み締める。そして、韓遂をこのままにしては置けないと

王を、劉備を追い込んだ韓遂に、一言いわねば気が済まぬと、偃月刀を持ち韓遂を追おうとするが

関羽の腕は、玉座に座る劉備に掴まれ足が止まる

 

「良いの、行かなくて大丈夫。ありがとう」

 

「しかし、桃香さまをこのように」

 

「ううん、愛紗ちゃんには解らない?」

 

「は、解らないと言いますと?」

 

急に、付き物が落ちたかのように、先ほどまで青白い顔であった劉備は、何か遠くを見つめて

前で偃月刀を持つ関羽に問いかけるが、問の意味が解らず少しだけ首を傾げた

 

「ご飯」

 

「先ほどの言葉ですか?」

 

「うん、ご飯がすごく美味しいって私は言える。だって、食べられない時が沢山あったから。愛紗ちゃんは?」

 

「私はそれほど、桃香さまに会うまで用心棒などをしていましたし。ですが、食事の良さは知っています」

 

「多分、私の知ってると愛紗ちゃんの知ってるは違う」

 

意味が解らず、困ったように隣の諸葛亮へ視線を向ければ、諸葛亮は劉備の表情を見ながら

何かを決意したように、ぐっと手を握り締めるとつぶやいた

 

「現実を知らぬ者が、理想を語れない」

 

「あっ!」

 

諸葛亮の言葉に声を漏らす関羽。そして関羽は同時に劉備の言葉も理解した

現実を知っている。今まで自分が居た場所の事だから。そう言っているのだ

 

「だから、韓遂殿は【色々な物を置いて来てしまった】と言ったのか」

 

「そうだよ、だから追いかけなくて良いの。ねぇ、朱里ちゃん。私に報告していない事、沢山あるよね

私が皆に守られていたのはよく解った。村長さんと話すときも、酷い状態の邑から来る人は会ってない

お願い、悪い人たちに襲われている、狙われているっていう場所を教えて。後は、まだ手を着けられていない

食べることにも困っているような邑を」

 

今までは、劉備を守るため。劉備の心を、負担を少しでも減らすために隠していた、目を覆いたくなるような惨状の邑や

賊に襲われ続け、正常な精神状態では居られない邑。そしてやられるならば、此方からやってやると邑全てが賊のような邑など

全てを隠してきたが最早、今の劉備に逆らう事も、隠すことも出来無いと判断した諸葛亮は、一つ頭を下げると

全てを纏めた竹簡を取りに、玉座の間か姿を消していった

 

「お願い、着いて来て愛紗ちゃん。私は、無くしたものを。ううん、違う。王様って人になって捨てちゃった

大事なものを拾いに行く」

 

「はい、私は何時でも貴女の側に居ます」

 

真正面に立つ関羽は、良い笑顔で座る劉備に側に居ることを誓えば、劉備は玉座から立ち上がり

久しぶりに、心からの笑顔を見せて関羽を優しく抱きしめていた

 

「ほう、良い筋だ。まだまだ動きムダがあるが、それが良い虚実を作り出している」

 

「ん?おっちゃん話は終わったのか?」

 

庭園で蛇矛を振るう張飛は、背後から声を掛けられ振り向くと、鋭い動きに感心した韓遂が顎に蓄えた髭をなぞりながら

張飛の近くへと足を進める

 

「嬢は話し合いには参加せぬのか?」

 

「鈴々は難しい話は苦手なのだ。それに、あくびしたら愛紗に怒られた」

 

「はっはっはっ、嬢は賢いな。そうだ、わざわざ怒られる場所に行く必要は無い」

 

「おお!おっちゃん話がわかるのだ!愛紗は何時も鈴々を怒るから嫌いなのだ」

 

「そうか、何時も怒るとは酷いな。そのうちひどい目を見るだろう。因果応報と言ってな、己がした行いは必ず自分に返ってくる

何時か、死ぬほどの目に会うであろうな」

 

口を尖らせて、いかにも面白くない。不満だと顔いっぱいに表現していたが

韓遂の言葉を聞くなり、口を開いた両手で覆い、慌て始め、韓遂はそんな姿をみて優しく微笑んでいた

 

「愛紗が死ぬのは嫌なのだっ!!」

 

「だが、何時も怒るのだろう?嫌いなのでは無いのか?酷い事をするような人間は死んだほうが良い」

 

「うぅ、違うのだ。悪いのは何時も鈴々なのだ。だから、怒られるのは仕方が無いのだ」

 

「嫌いなのだろう?」

 

「嫌いじゃ無いのだ。本当は、本当は・・・大好き」

 

顔をうつむかせ、耳まで真っ赤にしてつぶやく様に話す張飛の頭を「そうか」と撫でる韓遂は、とても優しい顔をしていた

 

「ならば、簡単に嫌いだと言ってはならぬな。何時、会えぬようになるか解らぬ。戦場に出ているならば尚更だ」

 

「うん」

 

「素直であって、悪いことはない。きっと、関羽殿も嬢が大好きであろう」

 

「そうかな?」

 

「ああ、そうだとも」

 

ニッコリと満面の笑みを見せる張飛に、韓遂は頷く

なんだか気恥ずかしくなった張飛は、笑いながら稽古の続きを、蛇矛を一心不乱に振り始め、韓遂はその姿を見つめていた

 

「先程は世話になった。礼を言うぞ韓遂殿」

 

張飛の姿を眺める韓遂に、声をかけるのは厳顔。話が終わり玉座から退室した厳顔は、手を引いて魏延を部屋に置くと

真っ直ぐ庭に居る韓遂の元へ足を運んでいた

 

「殴られると思っていたが、礼を言われるとはな」

 

「なに、躾がなっていない娘を叱ってくれたのだ。礼を言うのは当たり前だ」

 

「フフッ、忠誠心が高い、身体の動きも良い、俺を前にして怯む事無く武器を振り下ろした。良き将になるぞあれは」

 

「そう言ってもらえると有り難い。教えを間違えたと少々気に病んでいたのだが、まだまだ見込みはあると他人に言ってもらえると

ずいぶんと違う」

 

笑いあう二人は、まるで遊ぶように武器を振るう張飛を視線を移す

 

「劉焉殿の事を見破られるとはな」

 

「厳顔殿がヤツの息子、劉璋に仕えていたのは劉備殿を待っていたのか?」

 

「いや、遺言だ。我が意志を継ぎし者に仕えてくれと、ただそれだけ。劉璋では無いと言うことは解ったが、誰であるかは」

 

「面白い奴だ、理想に生きた男らしい。いずれ引きあうとでも思ったか」

 

「もし劉備殿に会わず、張魯のように夏侯昭に先に会っていれば、わしは魏にいたであろうな」

 

「違うな、会っていても厳顔殿は蜀に居ただろう」

 

「ほう、何故だ?」

 

「此方の方が、戦が面白い」

 

ニヤリと笑を浮かべる韓遂。そして二人はまた豪快に笑うのだった

 

 

 

 


 
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