No.348022

ルパン三世~RED FAKER~

ルパン三世 二次創作
オリジナルキャラクターが主人公の長編シリアスです。
全年齢・一般向け。

刹那ですが、「小説家になろう」に掲載していましたが、そちらは削除しました。テヘペロ

2011-12-16 08:54:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1928   閲覧ユーザー数:1923

 

 

 

プロローグ

 

 

「おはよう、ルパン三世」

 声がした。意識が覚醒して、初めて耳にしたのは、しゃがれた低い声。

 誰だ?

 うっすらと瞼を開ければ、眩しいライトがあたった。咄嗟に目をきつく閉じる。

「目を開けたまえ、ルパン三世」

 ルパン?

「そうだよ、君は、ルパン三世だ」

「違う」

 俺がルパン三世? そんな寝言は寝て言え。いや、今の俺は夢を見ているのかもしれない。そうだ。そうに決まっている。

 ぎゅっと瞼を閉じる。決して開けないぞ、と堅く手を握りしめる。

「残念ながら、これは夢じゃない」

 額に冷たい硬い感触。ぞわりと肌が粟立った。

「君に用意された選択肢は二つ。一つは、目を開けて私の言葉にイエスと頷くこと。もう一つは」

 ガチリ。嫌な音だ。映画でよく聞く拳銃の撃鉄が起きる音にそっくりだ。

「このまま、永遠に夢を見ることだ」

 額にあたっている硬いものが、ぐりぐりとそのまま穴を開けるように強く押される。あまりの痛さに目を開けてしまった。

 舌打ちしたい。でも、死にたくはない。

「おはよう、ルパン三世」

「……」

 奥歯を噛みしめる。相手は、イエスという言葉を待っている。そう言わなければ、俺は、殺される。

「返事は?」

 くそ。俺が何したっていうんだ。

「……ああ」

「君の名前は?」

「……ルパン三世」

「その通りだ!」

 男は哄笑する。天井にあるライト。手術台に横たわる俺。眩しくて、目が痛い。

 どうして俺はここにいるんだろう。

 どうして俺はルパン三世だと頷くように言われているのだろう。

 どうしてこの男は笑っているのだろう。

「さあ、ルパン。服を用意している。着替えたまえ」

「……」

 もう、何も考えたくもない。

 用意されている服を見る。

 黄色いネクタイ。黒いワイシャツに、黒いスラックス。ぴかぴかに磨かれた茶色の革靴に、炎のような、血のような、赤いジャケット。

 いつかのテレビで見た、かの有名なルパン三世が着ていた服と同じものだ。

 前髪にかかる髪がうざい。まさか、この服に着替えたら、髪までルパン三世そっくりにセットされるのだろうか。

 ぞわりと寒気がした。

「あんたは、俺に何をさせる気なんだ?」

 口ひげを蓄えた上品な顔をした男は、笑みを浮かべた。モノクル越しの目は虚ろだというのに、もう一方の目は爛々と輝いている。

「ふふっ。ルパン。君には、ルパン三世を殺して貰いたい」

 この男の言葉は、荒唐無稽だ。

 これ以上の会話を続けたくない。

「本物を殺せるわけがない」

「いいや、君が、本物だ」

 本物。

 何を言うんだ。この男は狂っている。

 俺は、ルパン三世じゃない。

 俺は……。

 俺は?

「……あんた、俺に、何をしたんだ……!」

 思い出せない。

 俺の名前。俺の誕生日、血液型、星座。俺の家族。俺の家。

 うっすらと霧がかかっている。思い出せそうで、思い出せない。このもどかしさ。心臓が痛い。どくん、どくんと強く動く。

「ふふっ、ははっ、何を言っているんだね、ルパン三世」

「俺に何をしやがった! 答えろ!」

 男の襟元を掴みあげる。男の目がよく見える。男がモノクルをしている右目。これは義眼だ。

「選ばれたのだよ、君は。ルパン三世になるために」

 これは、夢だ。

 夢なんだ。

 どうして、目を開けたんだ。あのまま、ずっと、夢を見ていればよかった。

 でも、死にたくなかった。死にたくなかった……。

 力が抜ける。

 この男は、恐ろしい。狂っている。

 足を動かす。この男から離れよう。ここに居てはいけない。

「さあ、ルパン。衣装に着替えたまえ。君が、ルパンになるために」

 視界に拳銃がちらつく。

 死にたくないだろう? と、銃口が囁く。

 震える手で、黒のワイシャツを手に取る。羽織って、袖を通して、ボタンを留める。スラックスを履いて、ベルトを締める。

 ネクタイを襟に通して、何とか結ぶ。ネクタイを結んだことがあったのか。ないんだろう。わからなくて、無茶苦茶な結び目になった。

 余計に泣きたくなった。

 乱暴に結び目を解いて、赤いジャケットを羽織る。ネクタイはスラックスのポケットに押し込んだ。

「ネクタイの結び方は覚えなさい」

「……ああ」

「部屋に案内しよう」

 拳銃を奪って、米神に弾を撃ち込めば……。

 そんなこと、出来やしないけど。

 みじめだな。心の中で嗤って、男のあとをついて行く。

 目を閉じて、問いかける。

 俺は、ルパン三世か? いいや、違う。俺は、ルパン三世じゃない。

 それだけは、強く自分の中で響いた。

 記憶もない状態で何を信じればいいのかわからない。けれど、これだけは自分の中で「本当」のことだ。これだけは、信じよう。これだけを信じて、生きよう。

 そして、記憶を取り戻して、この男の下から逃げだしてやる。

 

 

「では、また夕食の時に」

 男に案内された部屋は、簡素な造りをしていた。

 ベッドに、ライトがある机、ソファ、本棚。生活感のないモデルルームのようだ。

 部屋の中を探索してみれば、台所はないがトイレと風呂があった。

 あの男は夕食と言っていた。食事以外の時はここで過ごせることだろうか。そう願おう。

「……え、待てよ」

 独り言が多くなるのはしょうがない。少し虚しいけれど。

「これからずっと、俺はここで暮らすってことか……?」

 独り言はいい。ただ、もっとずっと虚しくなることに気付いてしまった。

「……モデルルームとか、テレビで見たことのあるルパン三世だとか、昨日の天気は覚えてるのに」

 俺が何歳なのか、俺の名前だとか、俺は昨日どこで何をしていたのかとか。

「覚えてないんだな……」

 本当に、ルパン三世にされるんだろうか。

 長い前髪。切ったほうが良いだろう。睫毛と擦れて、目が痒い。

「切りたくないなぁ……」

 俺は、ルパン三世じゃないんだから。

 風呂場の脱衣所に入る。大きな鏡が、俺を映す。真っ黒な髪。長い前髪はほとんど目を覆っている。何より、ルパン三世の特徴でもあるもみあげがない。

「あの男の様子だと、髪も変えられるだろうなあ」

 ……。

 ふと、視界にかみそりが目に入った。もしも、顔を傷つければ用無しになるんじゃないんだろうか。利き手が使い物にならなければ、お役御免になるんじゃないんだろうか。

 ぴたりと手が止まる。

「……俺に用意された選択肢は二つ」

 ルパン三世であることを肯定するか。拒んで殺されるか。

 つまり、ここでルパン三世であることを拒めば、待っているのは死?

 いや、ただの推測だ。けれど、あの男は読めない。

「それに、親に貰った体だ。傷つけちゃ……」

 ふと左手首を見た。そこには、痕があった。何か鋭利な刃物でずたずたに切り裂いた痕。

「…………なにやってんの、俺」

 死にたかったのか? 俺は。

 どうして? 今の俺は、死にたくないと思っているのに。

 記憶がないから? 記憶がないから、死にたくないと思っているのか? 本当は、死にたかった?

 いや、この傷はもう痕だ。かなり前だろう。

 それでも、心に引っかかる。

 ズレを感じる。

 今の俺と、過去の俺。

「……」

 ベッドの上に腰かける。膝を抱えて体育座りをして、考え込む。

 俺のこと。男のこと。今の状況。これからどうするのか。

 男が呼びに来るまでの間、時間はたっぷりとある。正直、考えたくない。けれど、手首の傷を見てしまった。

 俺の中にある「死にたくない」という気持ち。ルパン三世じゃないと強く思っているのも、死にたくないっていうのと繋がっているような気がする。

 俺は一体何なのか。男は一体何なのか。それがわからなきゃ、始まらない。

 男は俺がなんであるのかを知っているはずだ。

 ひとまず、男に従順でいよう。

 左手首を強く掴む。

 忘れない。一度は死のうとした俺を。そして、死にたくないと思う今の俺を。

 

 

 

 

 

 
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