No.341569

真・恋姫無双~君を忘れない~ 七十話

マスターさん

第七十話の投稿です。
雪蓮たちが江陵へと訪れた。そこで組まれた同盟によって、一刀は曹操軍と互角の戦いをすることが出来ると確信する。一方、冥琳は雪蓮がまた良からぬこと企てているのではと危惧するのだが……。
数話に渡って、雪蓮たちとの絡みをお送りします。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-11-30 19:08:01 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:7272   閲覧ユーザー数:5432

一刀視点

 

 江陵に戻ってから数日後、やっと雪蓮さんから使節団が派遣されることを知らせる使者が訪れた。雪蓮さん自らが江陵に訪れ、俺達との同盟を締結するとともに、両国の友好を温めようというものであった。

 

 前回のとき――雪蓮さんと戦い、そして曹操軍を撃退した戦いの際には、雪蓮さん以外には周瑜さんと太史慈さんしかいなかったが、今回は彼女たち以外にも孫呉の重臣級の面々も来るそうだ。

 

 曹操さんは強大な相手だ。国の豊かさも兵力も、俺たちそれぞれでは対抗することは、今のところは厳しいだろう。それだけでなくとも、曹操さんは才能を何よりも愛する人だから、人材の豊かさでも、俺たちの上をいっているかもしれない。

 

 昨日の敵は今日の友――ではないが、雪蓮さんたち固い絆で結ばれれば、いずれ来るべき曹操さんとの決戦でも、同等の戦いをすることが出来るだろう。

 

「桃香は雪蓮さんと面識があるんだよね?」

 

「うん。親しく言葉を交わしたわけじゃないけどね」

 

「今日は益州を代表して会うんだから、頑張ろうな」

 

「うんっ!」

 

 桃香も益州に受け入れられてから随分のときが経っている。最初は民からなかなか受け入れられず苦しいときもあっただろうが、意外にも桃香の心は強かだった。諦めることなく、民と向き合い続けたのだ。

 

 俺との出会い――それが桃香自身を変えたなんてことは思わない。元から桃香も三国志を代表する人物なのだから、持っているポテンシャルは高い。俺は彼女が龍として舞い上がるきっかけを作ったに過ぎないんだ。

 

 漢中王を自称するようになってから、桃香は人が変わったように――以前の桃香を知っているわけではないが、少なくとも俺たちが初めて出会ったような気弱な部分は見られなくなった。

 

 まぁ変わったといっても、元から桃香は武芸にも智謀にも長けているわけではない。今でも愛紗や鈴々とともに修練を積んでいるみたいだし、朱里や詠から軍学の知識を授けられているようだが、それでも俺と同様に実戦で活躍できる類のものではない。

 

 それでも彼女自身が自分の手で乱世を集結させたいと思っているのだ。それは以前のように民のためではない。己のためである。己を理由に戦う桃香は、前のように曹操さんと対峙しても、堂々と渡り合えるはずだ。彼女は自分の意志で戦っているのだから。

 

 見た目に関してはこんなに可愛い娘だというのに、その瞳には王たる覚悟を強く定めている。雪蓮さんや曹操さん――彼女は一度しか見たことないが、二人とも正に美女であるが、二人もまた王たらんとする覇気を纏っている。

 

「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

 

「いや、ごめんごめん。桃香が可愛いから見惚れちゃって」

 

「もうっ! すぐ、そうやってからかうんだからっ!」

 

 もう決戦も近いのかもしれない。大陸の覇権をかけた王たちの戦い――三国による熾烈な戦いは始まる。先の戦いなんて前哨戦に過ぎない。おそらく曹操さんは翡翠さんとの戦いのダメージも回復させているだろう。

 

 いつ曹操さんが軍を動かすか分からない。雪蓮さんも密偵部隊をフルに稼働させているだろうし、俺たちも雅を中心に情報を集めてもらっている。それでも、曹操さんは情報を漏らさないように、巧みに情報を操っている。

 

 こうやって桃香と穏やかな日を過ごすことも――紫苑さんと愛し合えることも少なくなるだろう。もしかしたら、俺自身も戦の最中に命を落とすかもしれない。しかし、俺たちはもう立ち止まるわけにも、負けるわけにもいかないんだ。

 

 そのためにも今回の雪蓮さんたちとの同盟は決して揺るぐことのない、確固としたものにしなくてはいけない。雪蓮さん自身は同盟に積極的ではあるだろうが、他の人たちはどう思っているのだろうか。もしかしたら、同盟の反対を望んでいる者もいるかもしれない。

 

 俺たちとの同盟は彼女たちにとって――孫呉の地を守るためには決して悪い話ではない。しかし、雪蓮さんも言っていたが、彼女の陣営の中には、曹操さんと積極的に戦うことに反対する声もあるらしい。

 

 仮に同盟が組まれて、俺と雪蓮さんの間で信頼関係が築かれたとしても、それは飽く迄も俺たち個人の間に過ぎない。国を挙げての同盟が組まれない限り――俺たちが完璧に同調しない限り曹操さんには勝てないのだから。

 

「御主人様、桃香様、こんなところにいらしたんですか?」

 

「ん? 愛紗か。どうしたの?」

 

「はっ。州境に駐屯してあった部隊より伝令が参りました。孫策殿たちが到着した模様です。既にこちらに向かっているそうです」

 

「分かった。他の将たちにもそのことを伝えてくれ。皆で出迎えの準備をしよう」

 

「承知致しました」

 

 直立して愛紗は去っていった。

 

 ついに雪蓮さんたちが到着する。そのときこそ、俺たちが曹操さんと対抗し得る勢力になれるかどうかが決まるのだ。決して失敗は許されない。

 

「大丈夫だよ」

 

「桃香?」

 

「御主人様ならきっと大丈夫。何を心配しているのか分からないけど、きっと上手くいくよ」

 

「そっか。桃香がそう言ってくれるなら心配ないな」

 

「うんっ!」

 

 俺は桃香と共に雪蓮さんを迎えに向かった。俺はもう一人じゃない。多くの仲間がいるんだ。だからもう心配はいらない。

 

雪蓮視点

 

 私たちは御遣い君たちと同盟を組むために江陵へと到着した。

 

 御遣い君たちと戦い、そして曹操軍を撃退した後、私たちは一度本国へと戻り、御遣い君たちと同盟の是非について話し合ったわ。中には御遣い君たちと同盟することが、曹操軍を刺激することになるということで、反対する声もなかったわけではない。

 

 しかし、私はその意見を拒絶したわ。だって、当たり前でしょ? 少なくとも、私はあのとき袁紹に敗れたの。その後の曹操軍との戦いで、それがうやむやになってしまったけど、あれは紛れもなく私たちの敗北だったわ。

 

 それに御遣い君とは私の真名をかけて信頼関係を気付くと誓ったのよ。今になってそれを反故にすることなんて、私の誇りが許すはずもない。消極論を並べる文官たちは、冥琳に対処してもらうことにした。それが一番でしょうね。私だったら、我慢できずに斬り捨てちゃうかもしれないもの。

 

 江陵へは、私と冥琳のほかにも私の妹の蓮華と小蓮、護衛として思春と明命、更には若手の軍師を代表して亞莎も同行している。そして、一番厄介というか、何か嫌な予感がするのは、母様の代から仕えている張昭も来ているのよね。

 

 張昭は穏健派の代表格――しかも、それは保身のためではなく、誰よりも私たち孫家に忠義を誓い、孫家のために身命を賭している。だから、彼の言葉は他の文官たちとは重みが違うの。

 

 まぁそれでも私と冥琳の意志を尊重してくれたのは嬉しいのだけれど、きっと自分の目で御遣い君たちの器を測るつもりなのね。天の御遣いと称される人物がどれ程のものなのか、もしも、自身の目に適わなければ何をするか分かったものじゃないわ。

 

 張昭の気持ちも理解出来ないわけではないわ。だけど、もう戦を避けていられないの。曹孟徳の勢力は最早看過出来るものではない。既に大陸の半分以上を保有している以上、必ずや私たちの領土に侵食するに決まっているわ。

 

「雪蓮? どうしたの、惚けているぞ?」

 

「え?」

 

「もうそろそろ江陵に到着する。しっかりしろよ」

 

「分かっているわよ」

 

 いけないわね。ついつい考えごとに没頭してしまったわ。あまり心配し過ぎても仕方ないわね。それに御遣い君は私が認めた男の子だもん――きっと張昭も彼のことを私たちの同盟相手と納得してくれるわ。

 

 私たちが江陵に到着すると、御遣い君が自ら私たちを迎え入れてくれた。どうやら、私たちが去ってからもしっかりと江陵を治めてくれていたみたいで、街は栄えていた。

 

「久しぶりですね、雪蓮さん」

 

「ええ。元気だった?」

 

「勿論です。じゃあ、早速城に行きましょうか」

 

 御遣い君たちに案内されて入城を果たした。明命と思春、益州陣からは関羽と厳顔が合同演習をすることになった。残りの者――私、冥琳、蓮華、亞莎、張昭、そして、御遣い君、劉備、諸葛亮、袁紹、黄忠が、両国の会見に参加することになった。

 

「あ、孫策さん、お久しぶりです」

 

「劉備も元気そうね」

 

「はいっ!」

 

 劉備はあのときと――初めて会った反董卓連合のときと変わらずにニコニコと微笑んでいた。誰が見ても善人そうで――いや、悪く言ってしまえば、それだけが取り柄の普通の女の子の姿だった。

 

 だけど、この娘は変わったわ。

 

 御遣い君たちが劉備を益州に迎え入れて、共同統治という形にしたという報告が入ったとき、私たちの陣営でも議論を呼んだわ。それまで腐りきった体制を打ち壊し、反乱を成功させた彼らが、劉備を受け入れる理由なんてないと思っていた。

 

 劉備の配下には有能な人材が多い。義妹である関羽と張飛を始めとして、謀臣として名を馳せる諸葛亮と鳳統もいる。しかし、彼女自身の甘い感情論が、その人材の足枷になっていたはずだったわ。

 

 でも、目の前にいる劉備は――見た目はほとんど変わっていないというのに、その身に纏っている雰囲気は大きく変貌を遂げている。何が変わったのかは分からないけれど、この娘はもう優しいだけの女の子じゃない。確実に私と――いいえ、曹孟徳とも同じ舞台に立とうとしているのね。

 

 そういえば、袁紹もそうだったわね。彼女については分かりやすい変化ではあった――分かりやすい程に大きな変化ってことなんだけど、彼女もまた名家を鼻にかけるような小人ではなくなっているわ。そのせいで、あのときは負けたんだけどね。

 

 そう考えると、彼女たちが大きく変化――成長した要因になっているのって、もしかしたら御遣い君にあるんじゃないかしら? これだけの人材に囲まれているというのに、彼の存在感は一切消えることがないんだもの。

 

 ふふふ……、やっぱり君は面白い子ね。ますます君に興味が湧いてきちゃった。

 

 君が本当に天の御遣いであるという証拠はないわ。だけど、私はそうだって確信しているのよ。私の勘がずっと囁き続けているんだもの。君は曹孟徳を除けば、この大陸の中でもっとも注目しなくちゃいけない人物だって。

 

 もっと早く君の存在に気付いていれば良かったわね。大陸屈指の密偵部隊を抱えている孫呉がこれではお笑いだわ。

 

 だから、皆には内緒だけどずっと考えていたことを、やっぱり実行に移すべきよね。だって、そうすればきっと御遣い君も心配しているであろう、私たち孫家との関係が、何よりも固く繋がれることになるんだもの。

 

一刀視点

 

 雪蓮さんを迎えた俺たちは江陵で同盟を誓った。どうやら、同盟を組むことに関しては問題ないらしい。まぁ、むしろ問題なのは俺たちがこのままずっと有効な関係を築き続けることが出来るかどうかなんだけどね。

 

 その後は、同盟をするにあたって、麗羽さんが提示した条件――孫呉が美羽に恩赦を与える代わりに、江陵に孫呉に譲渡するという権に関して、雪蓮さんから美羽のことを赦すが、江陵は受け取ることが出来ないと言われた。

 

「私たちは君たちに負けたんだから、それは当然よ。それにそんなことをしなくても、私は御遣い君を信頼するわ」

 

「そ、そうですか……」

 

 何故か雪蓮さんから熱い視線を向けられているような気がするが、それは気のせいなのだろうか。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 俺は視線で朱里と麗羽さんに問いかけた。二人とも静かに首を横に振っている。確かに美羽のことを赦してもらえるのは嬉しいのだが、江陵に雪蓮さんに譲り渡すのは、それだけが理由ではない。

 

 実際問題、俺たちの力だけでは、江陵の地を曹操さんから守り抜くことは難しい。ただでさえ、先の南蛮制圧で国力は多少疲弊しているというのに、漢中だけではなく、江陵まで前線として機能させるには余力がなさ過ぎる。

 

「いえ、やはりお譲りします。正直なところを言えば、俺たちは反乱の傷が完璧に癒えたわけじゃないんです。雪蓮さんたちに比べると、益州自体を完全に掌握しきれていません。もう知っていると思いますが、つい先日も反乱した南蛮を制圧したばかりですし」

 

 ここは本当のことを伝えておいた方がいいだろう。別に変に意地を張ったところで、何か得をするわけじゃない。体裁を守ったところで、領土を削られてしまえば何の意味もない。

 

「だから、俺たちが荊州南部を治めて、もしも、曹操さんが襲来したときには、後方支援に回った方がいいと思うんです」

 

「お言葉ですが、北郷殿、よろしいですかな?」

 

「はい、何でしょう?」

 

 発言の許可を求めたのは、孫呉の重臣である張昭さんだった。小柄な身体に、顎に白くなった髭を蓄えている老体だが、その視線は鋭い。呉に二張ありと謳われる程の人材であり、雪蓮さんの陣営でもその発言は大きな影響を与えているようだ。

 

「我々も国力は曹操軍に比べるまでもない。先の発言、受け取りようによっては、我々が曹操軍の矢面に立ち、その攻撃を一身に受けてくれと、言っているとも考えられますぞ。それに逆に南部を我らに譲り、後方支援に回ることも可能では?」

 

 なるほど。そう来たか。どうやら、やっぱり俺たちとの同盟が、曹操軍との衝突を闇雲に増やすだけと捉えて、同盟自体を危惧する声はあったみたいだな。そして、この人はそちら側の人間だ。

 

「では、包み隠さずに言えば、俺たちも孫呉の皆さんから完璧な信頼があるという前提ならば、それも可能だと思います」

 

「北郷殿、口が過ぎませぬか? それでは我らが――」

 

「信頼していないでしょ? 雪蓮さんや周瑜さんは別にして、この場にいる人間だけでも、あなたとそちらは雪蓮さんの妹の孫権さんですよね? ここに来たときからずっと俺を見定めるような目で見ている。そんな人を抱えたあなたたちが、速やかに援軍に来てくれるかどうか、俺は疑問に思います」

 

「…………」

 

「…………」

 

 雪蓮さんから鋭い視線を受けて、俯く孫権さんと張昭さん。さすがに俺だってその視線の意味くらいは分かる。

 

「だ、だが、それはそちらも同じでしょう。北郷殿以外の者が我々を――」

 

「それはあり得ませんわ。わたくしたちは一刀さん――いいえ、我が君の決定には従いますもの。少なくとも、同盟軍である貴方たちの窮地には必ず救援を送りますわ」

 

 反論しようとする張昭さんに、さらに反論したのは麗羽さんだった。彼女は妖艶に微笑みながらも、瞳に怜悧な色を浮かべて、それに、と続けた。

 

「もし、この同盟を利用してわたくしたちが貴方たちを亡き者にしようとするのなら、あのときの戦いでとっくにそうしていますもの」

 

 麗羽さんは決然と言い放った。彼女の瞳にはそれが冗談であるとは思えない威圧感があった。この同盟自体は、麗羽さんが江陵を占領した段階で提案したものだ。あのときに孫策軍を壊滅させることも不可能ではなかった。

 

「ハァ……。蓮華、後で話があるわ。それに張昭、これ以上無駄口を叩くようであれば、あなたであっても容赦しないわよ。これ以上、私の顔に泥を塗らないでちょうだい」

 

「……はい」

 

「申し訳ありませぬ」

 

 孫権さんはきっと雪蓮さんからお叱りを受けることになるのだろうか、顔を暗くしている。張昭さんもこの場はこれ以上食い下がる気はないようで、潔く退いてくれるようだ。

 

「御遣い君、ごめんなさいね」

 

「いいですよ。それよりも、そういう理由がありますので、江陵をお願い出来ませんか?」

 

「いいわ。君たちがよく治めてくれたこの地を、更に発展させることを約束するわ。それに何があっても、私は君を信じているからね」

 

 そうウインクして約束してくれた雪蓮さん。

 

 少し不穏な雰囲気が流れていたこの場も、それで少し和やかになった気がするな。多少は反対意見があるのは予測していた。それは、俺たちがこれから真摯な態度で対応し続ければ解消されるだろう。

 

冥琳視点

 

 張昭殿の言葉は、単純に北郷たちとの同盟を望んでいないということから生じているのではない。まぁ、それも何割かは占めているのだろうが、この同盟で我々が益州の下に思われること危惧してのものなのだ。

 

 雪蓮の意識としては、我々はあのときの戦いで袁紹に敗れたということがあるので――それだけあの敗戦が悔しかったのだろうが、北郷たちの条件は呑もうと考えがあるのだろう。だが、そうなると、我々が益州軍に従っていると捉われ兼ねない。

 

 張昭殿はそれを避けるために、敢えてあのような発言を為さったのだ。自分たちは益州軍と対等であると主張するためには、確かに有効な手段であっただろう。国同士の関係なのだから、様々な思惑が交差するのは当然だ。

 

 北郷自身は、対等の同盟を望んでいるのは分かっているだろう――それは雪蓮だって同様だろう。あの場はああしてお互いの本音を吐露することによって、これからどうしなくてはいけないかが如実に浮かび上がったことになるので、結果的に悪いわけではない。

 

 まぁ蓮華様に限って、おそらくは心から北郷のことを疑っているのかもしれないが。元から雪蓮と違って頑固なところが強いから、きっと天の御遣いという妖しい名に疑念を抱いているのだろう。しかし、それもいずれこの男が只者ではないことを分かって頂けるだろう。

 

「いいですよ。それよりも、そういう理由がありますんで、江陵をお願い出来ませんか?」

 

「いいわ。君たちがよく治めてくれたこの地を、更に発展させることを約束するわ。それに何があっても、私は君を信じているからね」

 

 とりあえず江陵はこれから私たちの領土になる。私は亞莎に目配りをして、これからの統治に関して考えるように伝えた。ここはおそらく蓮華様が治めることになるだろう。それを支えるのは、これから飛躍すべき亞莎になる。

 

 それよりも、私が気がかりなのは先ほどの雪蓮の言葉と態度だ。

 

 北郷とは確かに面識がある。しかし、それは曹操軍と対峙したときだけであり、それ以降は私たちも本国に帰還していたのだから、会うのも久しぶりであるし、最初から親しい間柄にあったわけではない。

 

 だが、どうして、こやつはこうも北郷と親しく接しているのだ? いや、雪蓮自身が人懐っこい性格の持ち主であることは重々承知しているのだが、少々度が過ぎてはいまいか? これが私の杞憂であれば良いのだが、何やら嫌な予感がする。

 

 雪蓮とはもう随分長い付き合いになる。こやつが何を考えているかは表情を見れば、何となくは分かる。こやつは北郷の顔を見てから、やけに上機嫌で、こんな表情を浮かべる雪蓮に良い思い出が全くない。

 

 そして、私だけは憶えているのだ。かつて北郷たちと協力して、死力を尽くしながらも曹操軍を撃退した直後、雪蓮は北郷に真名を預けた。そして、おそらくは北郷自身すら憶えていないと思うのだが、雪蓮は確かにこう言った。

 

 ――それに……いいわ。これは後のお楽しみにしておきましょう。

 

 あの台詞は一体何だったのだ? 『これは後の楽しみ』だと? 私は本国に戻ってからもその話を一度も聞いていないぞ――いや、私の方から雪蓮に問い質してみたが、言葉を濁すばかりで何も教えてもらっていない。

 

 何故だ? 何故、私はこうも嫌な予感に襲われているのだ? 雪蓮ではないが、私の勘が、これから雪蓮が何かとんでもないことをしでかすのではないかと告げている。おそらく、それは経験から来ているのだろう。

 

 これまで自由勝手に振舞う雪蓮に何度頭を悩まされただろう。もう既に数えることすら諦めているのだが、身体が本能的にこれから起こるかもしれない出来事を予測しているのだろうか。

 

 それからは和やかな雰囲気のまま両国の会見は終わりそうになっていた。どうせならと、北郷がお互いの友好を温めるために酒宴でも開いたらどうかと提案し、雪蓮がそれを喜んで承諾した。

 

「では、これで俺たちの同盟は成りました。お互いの国の信頼関係を築けるように頑張りましょう」

 

 そう言って、北郷が会見を終わらせようとする。多少の緊張感を含んだ良いものであったと思う。益州の面々が宴の準備に向かう者、思春たちの合同演習を見学に向かう者とそれぞれ動き出しそうになった。

 

 私自身も諸葛亮と袁紹から軍学について話し合いたいと言われて、頷いたところであった。天下に名高い伏竜こと諸葛亮と、私を打ち破る程の実力にまで成長した袁紹とは、確かに有意義な時間が過ごせそうだと思った。

 

 そうだ。このまま何もない。特に何もないまま我々の同盟は成ったのだ。これは私の杞憂――雪蓮と違って、私の勘が当たることなどないのだ――と思ったときだった。

 

「あ、御遣い君、一つだけ良いかしら?」

 

「はい? 何でしょう?」

 

「あのね、私から一つ提案――いいえ、お願いがあるんだけど……いいかしら?」

 

「何ですか? 可能な限り叶えてみますよ」

 

 背筋に戦慄が走った。

 

 額から汗が伝うのを感じた。雪蓮の浮かべる表情――私が愛する彼女の笑み。だが、今の雪蓮は違う。その笑みにはとてつもない考えがあるのだと、私は気付いてしまった。

 

 北郷の方は、そんなことを露知らず、ニコニコとこちらも人懐っこい微笑みを浮かべている。こいつは知らないのだ。これから何かとんでもないことが起こるかもしれないということを。

 

 雪蓮を止めようとしたが、遅かった。雪蓮の口からはとんでもない発言が飛び出したのだから。

 

「御遣い君――いいえ、一刀、私と結婚しましょう」

 

あとがき

 

 第七十話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回から話を続けることにしました。拠点に関しては読者の方からご要望があったので、出来る限り書きたかったのですが、考えてみたら、もう十一月も終わりに差し掛かっているではありませんか。

 

 皆様、風邪などに充分機を付けて頂いて――ではなく、この物語はなるべく年内中に終わらせたいと作者は思っております。そう後たった一カ月しか残っていないのです。

 

 しかも、十二月は何やら忙しくなるような気配がいして、これまで通りの投降頻度で執筆できるかどうか非常に怪しいところではありますので、今回は話を続けることにしました。

 

 ヒロインに関しては、紫苑さんをメインに、焔耶、翠、麗羽様になりそうです。何か珍しい組み合わせだなと思いますが、これ以上ヒロインを増やし、フラグ立てからその回収となると、話が終わりそうもありませんので。

 

 どうしても、この娘だけはヒロインに入れて欲しいという強い要望があれば、もしかしたら採用するかもしれませんので、コメントあるいは個別にお知らせ頂けると幸いです。

 

 さてさて、今回の話ですが、孫呉との絡みになります。まぁ正直に言えば、作者は最後の雪蓮の台詞が書きたいがために、それまでの流れはほとんどおまけに過ぎないのですが、雪蓮のフリーダムっぷりが炸裂しました。

 

 雪蓮の視点辺りからもしかしたら、と察しの良い皆様ならばお気づきになったかもしれませんが、正しくその通りです。

 

 まさかの雪蓮からの求婚、果たしてなぜ彼女はそのような発言に至ったのでしょうか?

 

 そして、我らが種馬は絶世の美女からの告白を受けて、どのように思うのか?

 

 さてさてさて、フリーダム小覇王様の発言で、冥琳の悩みが尽きることはなさそうですが、それが果たして、どのように物語に反映されるのか。

 

 御存知の通り、この物語は紫苑さんがメインヒロインであり、ハーレムにはしないと明言しているので、単純にその求婚を受け入れることはないと予め言っておきます。

 

 今後の展開を妄想して頂いて楽しんで頂ければ成功かなと。

 

 それでは今回はこの辺で筆を置かせて頂きます。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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