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真・恋姫無双~君を忘れない~ 六十九話

マスターさん

第六十九話の投稿です。
荊州にて一刀から江陵を任された麗羽。溜息ばかりを吐く彼女は何かを悩んでいる様子。それを心配した斗詩と猪々子が七乃にそれを相談するのだが……。
この物語の麗羽様は原作とは別物と考えて下さい。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-11-29 01:47:14 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:7441   閲覧ユーザー数:5494

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*注意*

 

 この物語は麗羽様の拠点回となっています。

 

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斗詩視点

 

「ふぅ……」

 

 何だか最近の麗羽様は溜息を吐くことが多い。今も政務の途中で片手を顎に乗せたまま憂いを帯びた冴えない表情を浮かべている。普段よりも元気がないというか、何か悩み事でも抱えているのだろうか。

 

「あの……麗羽様?」

 

「…………」

 

「麗羽様っ」

 

「あら? 斗詩、どうかしましたの?」

 

「どうかした、じゃないですよ? 一体どうしたんですか? 最近の麗羽様は少し変ですよ?」

 

「変……ですの? わたくしは特に変わりないですわよ」

 

「……そうですか」

 

 やっぱり変だ。少なくとも私や文ちゃんが呼びかけても、さっきみたいに気付かないことが多いもん。ぼーっとしているというか、何をしていても心をここにあらずって感じで、そういえば御主人様が永安に戻ってから、そういう傾向にある気がする。

 

「おい……、斗詩」

 

「え?」

 

 振り向くと、窓の外から文ちゃんが手招きしていた。何だろうと思って、麗羽様に一言断ってから、文ちゃんの許へと向かった。

 

「どうしたの?」

 

「姫の様子、どう思うよ?」

 

「どうって……、やっぱり変だと思う。何か悩んでいると思うんだけど……」

 

「アタイもそう思ってさ。それで、ここはあの人に相談しないか?」

 

「あの人?」

 

「決まってんだろ? 七乃さんだよ」

 

「え……」

 

 麗羽様のことを心配する気持ちは文ちゃんも一緒のようだけど、それを七乃さんに相談するっていうのは少しだけ不安――確かに、人の心情の変化には目敏く察するとは思うけど、本当に頼ってしまって大丈夫かな?

 

「ほら、そうと決まれば、早く七乃さんのところへ行こうぜ?」

 

「え? ちょっと待ってよ、文ちゃん、私はまだ賛成してな――」

 

「ほらーっ! うだうだ言ってないで、早く行くぞっ!」

 

 文ちゃんは私の手を強引に引っ張って、七乃さんのところへ連れていこうとしました。七乃さんはきっと自室にて美羽様と戯れているだろうから、見つけるのは簡単だと思うけど、やっぱり私は少しだけ心配です。

 

「ふむふむ……、なるほどー」

 

 七乃さんはやっぱり自室にいた。私たちから麗羽様の近況を真剣そうな表情で、何度も頷きながら聞いている。文ちゃんは気付いていないみたいだけど、その真剣そうな表情の奥に、何だか笑いを噛み殺している気配があるのを、私は察していた。

 

「何か、姫の悩みに心当たりはありますかぁ?」

 

「そうですね……」

 

 文ちゃんの問いかけに、七乃さんは思わせぶりに間を置いた。

 

「ず、ば、り、それは恋ですねっ!」

 

「なーんだってぇっ!?」

 

「しかもお相手は、あの一刀さんだと思います」

 

「ま、まさか……、あの姫がアニキに恋してる……だと」

 

 文ちゃんは七乃さんの言うことを本気にしているようだけど、それって本当かなぁ。確かに御主人様は素敵な人だと思うけど、私もまさか麗羽様がそんな御主人様を慕っているなんて思えないよ。

 

「間違いないですよ。それに、斗詩ちゃんも言っていたじゃないですか。麗羽様がおかしくなったのは、一刀さんがいなくなってからだって」

 

「確かにそうですけどぉ」

 

「それはすなわち、麗羽様は一刀さんがいなくて、寂しいと思っているに決まっています。そして、間もなく一刀さんが江陵に戻ってくるという知らせも受けているのです」

 

「そっか。じゃあ、姫の悩みも解決だな」

 

「いーえ、何を言っているんですか、猪々子ちゃん?」

 

「うが?」

 

「ここは麗羽様のために私たちが一肌脱ぐときですよ」

 

 きらきらと瞳を輝かせた七乃さんがそう付け加えた。

 

「一肌脱ぐって、アタイは恋なんて全然分かんねぇぞ? 生まれたときから斗詩とは両想いだしなぁ。なぁ、斗詩?」

 

「生まれたときからかどうかは分からないけど、私もそういうのは疎いです。七乃さんは、何か具体的に考えがあるんですか?」

 

「勿論ですよー。ここは困った者の頼れる相談役、正義の味方、七乃さんにどどどーんと任せて下さい」

 

「さすがは七乃さんだぜっ!」

 

「本当に大丈夫かなぁ……」

 

 七乃さんは私たちに、名付けて『麗羽様に一刀さんが蕩けちゃう作戦』の概要を説明してくれた。七乃さんが、私たちが部屋を出るときに、私たちに聞こえない程度の小さな声で、これでまた楽しくなりそう、と囁いていたのは聞かなかったことにしておこう。

 

一刀視点

 

 俺たちは南蛮制圧の後に、少しの間だけ永安に滞在したが、すぐに江陵に向かって発っていた。そろそろ雪蓮さんたちから同盟のことについて、何か知らせが届いてもおかしくないし、ずっと麗羽さんに任せているのも気が引ける。

 

 雪蓮さんたちとは正式な形で会うことになるからと、江陵を発ったときは、俺と紫苑さんと焔耶だけだったけど、戻るときはそれに桃香、朱里、愛紗、桔梗さんも同行している。

 

 江陵に戻って確認すると、まだ雪蓮さんたちから何の音沙汰もないようだった。ずっと留守にしていたこともあって、民たちの様子を視察する前に、麗羽さんにきちんと戻ったことを報告しようと思っていたときのことだった。

 

「アーニーキーッ!!」

 

「どわぁっ!」

 

 俺の背中の上に強烈な衝撃と共に誰かが飛び乗った。桜や美羽も偶にこういうことをするが、彼女たちは小柄の体躯をしているため、大した威力も持っていない。しかし、こいつ程の力を持っていれば、ひと一人くらいは殺せそうだ。

 

「猪々子っ! そうやって飛び乗るのはいけませんって何回言ったら分かってくれるんだっ! お父さんはそんな娘に育てた覚えはないぞっ!」

 

「うが? まぁいいじゃんかよ。そんなことよりも、今暇だろ? 暇だよな? 暇に決まってるよな?」

 

「いや、暇では――」

 

「よーしっ! じゃあ、ちょっと話があるから、一緒に来てくれっ!」

 

「ちょっ、おまっ、待て、そんなに強く引っ張ったらあぁぁぁぁぁっ!?」

 

 俺の言葉を一切聞くことなく、強引に俺の腕を引っ張って、俺をどこかに連れ去ろうとする猪々子。その剛腕で、俺の身体が浮き上がる程に強く引っ張るものだから、関節が抜けるんじゃないかと思った。

 

 そして、猪々子に誘拐されて、連れて来られた場所は普通の茶屋だった。そこには斗詩と七乃さんもいた。斗詩の方は何故か少し心配そうな表情を浮かべ、そして、七乃さんは珍しく心から嬉しそうにニコニコとしていた。

 

「どうしたんですか? 三人も揃って……」

 

「アニキっ!」

 

「はいっ!」

 

 猪々子の剣幕に、思わず俺は背筋を伸ばして返事をしてしまった。何だ? 何か俺は彼女たちを怒らせるようなことをしてしまったのか?

 

「アニキを男と見込んで頼みがあるんだっ!」

 

「た、頼み?」

 

「姫をどこかに連れて行ってやってくれっ!」

 

「麗羽さんを? どうして?」

 

「それについては私が説明します」

 

 今度は七乃さんが口を開いた。この人の表情――普段から浮かべている無機質な笑顔もそうなのだが、満面の笑みというものも非常に疑わしい。何か心にどす黒い何かを隠しているような気がして、俺は命の危機すら案じてしまう。

 

「何か、最近の麗羽様は何か悩みを抱えているみたいなんですねー。そこで、それが何かを一刀さんに探って、それを解消して欲しんですよー」

 

「悩みですか? それだったら、俺よりも麗羽さんに詳しい斗詩や猪々子の方が適役なんじゃないですか?」

 

「二人じゃ駄目だから、一刀さんにお願いしているんじゃないですかー」

 

「頼むよ、アニキっ! これはアニキだけしか出来ないことなんだよっ!」

 

 ふむ……、まぁ、珍しく猪々子が頭を下げてお願いしていることだし、麗羽さんが何かに悩んでいるのなら、それは俺としても何とかしておきたいものではあるから、その頼みを聞くのは吝かではないな。

 

 だけど、斗詩にも猪々子にも、況してやあの七乃さんにも解決できないような悩みを、俺みたいな男が解決出来るのだろうか? 特に麗羽さんは精神的に結構ナイーブなところもあるから、俺も注意してやらないと、逆に傷つけてしまう可能性もある。

 

「分かりました。やりましょう」

 

「本当かっ!?」

 

「あぁ。俺も麗羽さんにはいつも世話になっているからな。ここで恩返しをしないといけないだろう」

 

「さすがは一刀さんですねー。それでは、行く先についてなんですけど――」

 

「え? どこに行くかは決まっているんですか?」

 

「当たり前ですよー。一刀さんは女性のことを分かっていませんからねー。算段については既に私が考えてあります」

 

「そうですか」

 

 まぁ確かに俺も女性慣れしている訳でもないからな。猪々子とか恋さんとかなら、とりあえずは食事にでも連れて行けば何とかなるけど、麗羽さんって、そういえば趣味とかも知らないもんな。

 

 麗羽さんの趣味か――紫苑さんや桔梗さんみたいに大人の女性の部類に入るみたいだけど、特にお酒が大好物とも聞いたことがない。そう考えると、俺は麗羽さんとプライベートでどこかに行くという経験をしたことがないな。

 

 何だろう……。いくらお世話になっているとはいえ、麗羽さんとお出かけ――すなわち、麗羽さんとデートすると考えると、非常に緊張してくるな。失敗したら、軽蔑の眼差しを送られそうだ。

 

 七乃さんからその計画を聞いて、俺は麗羽さんの部屋へと行った。

 

「あら、一刀さん」

 

「ただいま帰りました」

 

「南蛮制圧お疲れさまでした。御無事なようで何よりですわ」

 

「はい。ところで麗羽さん」

 

「はい? 何ですの?」

 

「俺とデートへ行きましょう」

 

麗羽視点

 

 斗詩が部屋から出て随分経ちますわ。あの娘には言えないけれど、確かにわたくしには一つだけ悩み事がありますの。最近はずっとそればかりを考えてしまっていて、政務に身が入らないのは事実ですわね。

 

 その悩み事とは、猪々子と恋さんと美羽さんのおやつの食費がとんでもないことになっていることですわ。

 

 あの二人は城内の食料庫から勝手に食べ物を取っていきますし、美羽さんも高価な蜂蜜ばかり御所望になって、しかもそれを七乃さんが叶えてしまうものですから、江陵の財布事情を纏めているわたくしとしては非常に悩みですわ。

 

 しかも、そのことを当人たちに最初は間接的に言っていたのですが、気付いてもらえず、そして、意を決して直接的に告げても、猪々子は、まさかー、の一言。恋さんは首を傾げるばかりで、七乃さんに至ってはそれが財政的に圧迫していることを知っての確信犯だったのですから、本当に手が負えませんわ。溜息だって出てしまいますもの。

 

 そのことを斗詩に相談しようとも思ったのですけれど、あの娘もあの娘で、猪々子の犯したことを自分のことのように受け取ってしまいますから、このような些細なことで――わたくしにとっては重要なのですが、斗詩の心に傷は残したくありませんわ。

 

「あら、一刀さん」

 

 そのときでしたの。部屋が『のっく』されて、一刀さんが部屋に入ってきましたわ。そういえば、今日中には桃香さんたちと一緒に江陵入りなさるって知らせが届いておりましたわ。わたくしとしたことが出迎えの準備を怠るなんて、失敗ですわね。

 

「ただいま帰りました」

 

「南蛮制圧お疲れさまでした。御無事なようで何よりですわ」

 

 とりあえずはわたくしだけしかおりませんが、きちんとお迎えの言葉を差し上げなくてはいけませんわね。後で桃香さんのところにも参りませんと。

 

「はい。ところで麗羽さん」

 

「はい? 何ですの?」

 

「俺とデートへ行きましょう」

 

「……『でーと』ですの?」

 

 何やら聞き慣れぬ言葉ですわね。また天の国のものでしょうか?

 

「あぁ、街へ俺と一緒へ行きませんか?」

 

「街へですの? それは構いませんが、今はまだ政務が――」

 

「それは七乃さんたちがやってくれます。だから心配しないでも大丈夫ですよ」

 

「そ、そうですの……?」

 

 どうしていきなりこんなことを言い始めたのでしょうか。わたくしとしても、最近は先述の悩みか政務のことばかり気にしてばかりで、街へと繰り出すなんてこともしていなかったものですから、それに関しては嬉しいお誘いなのですが。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

「い、今からですの?」

 

「勿論です」

 

 一刀さんはやや強引に――一刀さんにしては珍しく、私の手を握って外へと連れ出してくれましたわ。

 

 街へと降り立つと、そこは活気に溢れていましたわ。市場には自分の店の品物を声高に宣伝する店主や、それをまじまじと興味深そうに見つめるお客、そして、楽しそうに走っていく子供たち――やはり、こうして民の姿を見るのは心が晴れやかになりますわ。

 

 孫策さんや華琳さんとの戦いの戦禍も既にほとんど癒え――もとからそこまでの被害はなかったのですが、わたくしたちが布いた政にも慣れてきたこともあり、前と変わらぬ繁栄ぶりを見せてくれるのは、為政の一端を担った者としては嬉しい限りですわ。

 

「さすがは麗羽さんですね」

 

「……何がですの?」

 

「いや、江陵もすごく栄えているようで、麗羽さんに任せて正解でしたよ」

 

「嫌ですわ……。そんなことありませんもの。わたくしは少しでも民を想っただけですから」

 

「それが素晴らしいって言っているんですよ。本当に俺は麗羽さんのことを尊敬しますよ」

 

「そんなこと……」

 

「謙遜しないで下さいよ。今日はいつも頼ってばかりいるんで、そのお礼も兼ねているんですから。今日は羽目を外して、酔いつぶれたって良いんですからね。今日はずっと麗羽さんと一緒ですから」

 

「そうなんですの……?」

 

 わたくしもかつては袁家の当主でしたから、他人からつらつらと賛辞を述べられた経験が多くありますわ。なので、それが本音なのか、それとも建前なのかは、その人の顔を見ればすぐにわかりますの。

 

 一刀さんは本心からわたくしのことを誉めて下さっていますわ。それが分かってしまうものですから、こんな直接的に誉められるのは嫌ではありませんけど、少しばかり恥ずかしいですわね。

 

 しかも、この人の性質が悪いところは、恥ずかしい台詞を平気で言ってしまうところですわ。ずっと一緒にいる――なんて、その言葉に胸が思わず高鳴ってしまったじゃありませんの。全く、本当に天性の人たらしなんですから。

 

「それで一刀さん?」

 

「何ですか?」

 

「今日はどこに連れて行って下さるのかしら? 私へのお礼ということですから、期待しても構いませんわね?」

 

「う……、頑張ります。それで、最初はあそこですよ」

 

 一刀さんが指した方向に目を向けると、多少の人だかりが出来ていましたが、何や出し物をしているように見えますわね。

 

「最初は劇です」

 

一刀視点

 

 何とか麗羽さんを外に連れ出すことに成功した。

 

 二人きりで街を歩くことすら初めてだというのに、しかも、麗羽さんは誰もが認めるような美人なのだから、通り行く人々はすれ違いざまに彼女に見惚れている様子だ。

 

 その艶姿はどんな男も魅了するだろうし、彼女の華美な服装、髪型に関しては少しだけ独特ではあるけれど、その金髪縦ロールは彼女の華やかな印象に拍車をかけている。歩いているだけなのに、高貴な雰囲気が滲み出て、本に出てくるお姫様はきっとこんな感じなんだろうと思ってしまう。

 

 隣を歩いているのが、仮に天の御遣いを自称する人物とはいえ、敵には服装だけで俺と判断される程に凡庸な顔つきなのだから、少しだけ気後れしてしまうけれど、横にいるだけで――香水か何かなのか、麗羽さんから甘い香りがして、役得である。

 

「それで一刀さん?」

 

「何ですか?」

 

「今日はどこに連れて行って下さるのかしら? 私へのお礼ということですから、期待しても構いませんわね?」

 

「う……、頑張ります。それで、最初はあそこですよ」

 

 麗羽さんに期待しているって言われるだけで、非常にハードルが上がってしまう。麗羽さんは名家出身だから、庶民的なものには慣れていないはず。だから、逆にそこを突こうというのが七乃さんの策だった。

 

 よし、頑張れ、俺。かつての親友、及川も言っていたじゃないか。どこへ行くやない、誰と行くかや――どや顔でそう言っていたあいつが、確か未だに恋人がいなかったことに気づいてしまい、逆に俺の不安を煽った。

 

「最初は劇です」

 

 七乃さんが教えてくれた最初の目的地は――そう劇である。

 

 俺たちが劇を公演しているステージまで近付くと、劇団の座長らしき人物が、俺たちに近づいてきて、最前列の席に通してくれた。七乃さんが手配してくれたのか、俺たちが江陵を治めている者であると知っているのか、それは分からないが、助かる気配りだった。

 

 俺たちが席に着くと、すぐにも劇が上演した。

 

 どうやら江陵では初公演らしく、結構賑わっているようだ。周囲の人の話を聞いてみると、どうやらオーソドックスな――この時代でいえば、項羽と劉邦の鴻門の会や、項羽とその愛人である虞妃との別れを描いた作品ではなく、オリジナルのストーリーらしい。

 

 劇が始まると、皆も静かにそれを見守った。

 

 どうやら、太守と彼を慕う一般人の女性の話らしい。その女性は、その太守のことを慕っているようだが、彼には既に正妻がいる。身分も異なり、またその正妻には前々からお世話になっているらしく、自分の想いが叶わないと思っているようだ。

 

 ずっと直向きにその太守のことを想い続けるも、それを誰にも口外することなく、ひっそりと自分の胸に封印し続けていて、前半部分はその苦悩を中心に描かれていた。その女性の直向きさや健気さには、俺も心を打たれた。

 

 そして、後半部分になると、その太守が治める街を度々襲っていた盗賊団との最後の決戦のために、太守自らが戦の指揮を執ることを決断した。出立前夜、太守は誰にも知られないように、そっとその女性の家を訪れたのだ。

 

「私は二度とここに帰って来られないかもしれない。もう君とも会うことが出来なくなると思うと、本当に辛い」

 

「…………」

 

「今だからこそ、君に伝えたいのだが――」

 

「太守様。もう夜も更けましてございます。明日の戦に障るといけません。どうか、今日はもうお休みになってください」

 

 太守が戦で死を覚悟していて、二度と戻れないと告白した。そして、太守が何かを言いかけたときに女性はそのまま太守を帰らせてしまうのだ。

 

 太守が帰ってしまい一人になった女性は、そのときに自分の想いを伝えようか迷った挙句に、太守の心に無駄なことを吹き込んではいけないと自重してしまったと言ったのだが、どう考えても、あのとき太守も告白しようとしていた。

 

 そして、戦は終わり、太守の率いる軍は勝利することが出来たが、戦の最中に太守は非業の死を遂げてしまい、二度と帰らぬ人になってしまったのだ。

 

 そのことを知った女性は、自分があのときに自分の気持ちを伝えなかったことを激しく後悔するが、既にとき遅し――女性は二度と太守に再開することが出来ず、物語は終えてしまった。いつの時代も戦はあり、最愛の人を亡くしてしまうのだ――という悲劇として幕は閉じられた。

 

 この時代にもこんな話があるのかと、多少は驚いたが、何よりも主演として女性を演じた黒髪のボブカットの女の子と、太守役を演じた水色の髪をした少し中性的な顔立ちの俳優が、実に見事な演技を披露していて、俺も恥ずかしながらとても感動してしまった。

 

 その二人をどこかで見たことがあった気がしたのだけれど、物語にのめり込むあまりに、そんな些細なことなど途中で忘れてしまった程である。

 

「いや、良い話でしたね、麗羽さん」

 

「…………」

 

「……麗羽さん?」

 

「あ……」

 

 返事がなかったので、麗羽さんの方を向くと、彼女の頬には涙が伝っていた。どうやら感動のあまり泣いてしまったようだ。

 

「ごめんなさい……。わたくしったら」

 

 泣いている麗羽さんの表情は、普段の凛々しい麗羽さんとは異なり――そんな麗羽さんも素敵だとは思うが、今の涙を流す女の子らしい仕草を見せる麗羽さんに、一瞬だけドキッとしてしまった。

 

 俺はそんな麗羽さんにハンカチを渡して、その場を後にしたのだ。

 

 

 その後、丁度夕暮れ時だったこともあり、俺たちは江陵の少しばかり高級な食事処に足を運んだ。最近出来たばかりの噂のお店のようで、七乃さんから教わったのだが、華やかな店内にはロマンチックな雰囲気が漂っていた。

 

 俺たちは店内に入ると、店主らしき人物が店の奥まで案内してくれた。そこは仕切りがしてあり、場所は少しだけ狭かったが、二人で飲み食いをする分には、誰の目にも入らないため、快適だと言えるだろう。正しくカップルにはもってこいといった席だ。

 

 これも七乃さんが手配してくれたのか、あるいは俺たちのことを知っているのかは分からないが、麗羽さんと二人で過ごすにはやっぱり緊張してしまう。どうやら俺たちはカップルに間違われているようで、それも気遣ってくれたようだ。

 

「いやぁ、何だか恥ずかしいですね」

 

「そうですわね……」

 

 俺も緊張してしまって、口数が減ってしまう。いいや、ダメだダメだ。こういうときこそ、俺がリードして麗羽さんから悩み事聞きださなくてはいけないんだから――と決意を固くして、とりあえずは先ほどの劇について感想を訊いてみた。

 

「とても感動的でしたわ。恥ずかしいところ見せてしまいましたけど」

 

「いや、俺だって感動しましたよ。まさかあんなに悲劇的に終わるとは思いませんでした。でも、最後のあの語り手の女性が言っていた『いつの世も、戦は起こり、人が死ぬ――況や、この乱世をや。きっと彼女も、二度とこのような悲劇が起こらないことを願っているでしょう』って台詞、少しわざとらしかったですけど、説得力はありましたね」

 

「…………」

 

「麗羽さん?」

 

「……ごめんなさい。わたくしは……その、恋愛とかには縁がない身でしたので、もしも、自分にもあのような殿方がいたら、どうするのかと思っていたのですわ」

 

「そんな……。麗羽さんみたいな美人だったら、きっと良い人が出来ますよ」

 

「まさか。わたくしのような女、魅力なんて全くありませんわよ」

 

「何言ってんですか? 気付いていなかったんですか? 街ですれ違う男たちは、みんな麗羽さんのことを振り返っていましたよ?」

 

「からかうのは止して下さい、一刀さん。そんなことありませんわ」

 

「もう。謙遜しすぎですよ。俺なんか、今日ずっと麗羽さんの横にいて、ずっと緊張しているんですからね。こんな美人とデートしているんですからね」

 

「そういえば、気になっていたんですけど、その『でーと』って言葉は一体どんな意味ですの?」

 

「うーん、デートっていうのは恋人たちが遊びに行くってことですかね?」

 

「…………っ!」

 

「あれ? どうかしました?」

 

「い、いえ……」

 

 麗羽さんは何故か顔を赤らめたまま、酒を呷っている。あまり酒に強くないのだろうか。だが、麗羽さんがお酒を飲む仕草は、非常に様になっていると言うか――いや、麗羽さんなら何をやっても映えるのだろうが、優雅に盃を口に寄せるときも、そのあと、ふぅと溜息を吐くときも、その妖艶な姿に俺の目を惹きつけてられていた。

 

「あ、あの……、その……」

 

「はい? どうしました?」

 

「一刀さんは、わたくしと……その『でーと』をして、楽しかったです……の?」

 

「当たり前じゃないですか。麗羽さんみたいな美人と、一緒に劇を見て、こうしてお酒を飲むなんて滅多に出来ないことですよ。兵士たちに自慢したいくらいですよ」

 

「……ぁぅ」

 

「え? どうかしました?」

 

「い、いえ、何でもありませんわ。少々酔いが回ってきただけですわ」

 

 既に麗羽さんの顔は真っ赤である。これ以上飲んじゃったら、本当に酔いつぶれてしまうかもしれないな。いや、そのくらいの方が悩みを打ち明けやすいと思うのだけれど、きっと麗羽さんは、自分が酔いつぶれたことを知ったら、俺に対して申し訳ないって思うだろうから、出来ればそれは避けたい。

 

「麗羽さん、あの、もしもの話ですけど」

 

「何ですの?」

 

「俺は麗羽さんのずっと側にいます。困ったときは絶対に助けます。だから、何かあったら、いつでも俺を頼って下さいね」

 

「……はい」

 

 よし、これで今日はダメかもしれないけど、俺に助けを求めてくれるかもしれないな。斗詩や猪々子には悪いけど、今日中に麗羽さんの悩みを解決するのは無理そうだ。

 

 麗羽さんはその後も酒を飲み続けていた。この店の酒は――さすがに高級店だけあって、非常に美味しかったこともあるのだろうが、そんなにハイペースで飲んだらすぐに酔ってしまうという俺の言葉も無視して。

 

 勿論、俺の予想通り、すぐに麗羽さんはふらふらになってしまった。そんな姿も可愛らしくて好印象なのだが、これ以上いると本当に立てなくなってしまいそうだから、まだ麗羽さんの意識があるうちに、俺たちはその店を後にすることにした。

 

 結局、麗羽さんの悩みを聞くことは出来なかったけれど、今日は麗羽さんのいろんな面を見ることが出来て、また多少は麗羽さんとも仲良くなれたということで満足することにしたのだ。

 

麗羽視点

 

 ――うーん、デートっていうのは恋人たちが遊びに行くってことですかね?

 

 ――当たり前じゃないですか。麗羽さんみたいな美人と、一緒に劇を見て、こうしてお酒を飲むなんて滅多に出来ないことですよ。兵士たちに自慢したいくらいですよ

 

 ――俺は麗羽さんのずっと側にいます。困ったときは絶対に助けます。だから、何かあったら、いつでも俺を頼って下さいね

 

 一刀さんの言葉が何度も頭の中で繰り返されましたわ。

 

 本当に、今日はどうしてわたくしを……その『でーと』に誘ったのでしょう? 確か、わたくしへのお礼と言っていましたが、あまりにもわたくしにとっては刺激が強過ぎますわ。

 

 これが天の国での女性へのお礼なのでしょうか? だとしたら、わたくしは天の国の女性の皆様を尊敬致しますわ。それともわたくしが普通ではないでしょうか? いいえ、こんなことをされたら、わたくしだって……。

 

 一刀さんが連れて行って下さったお店は、とても良い雰囲気でしたわ。静かな場所で、愛し合う者同士がお互いの想いを囁き合うにはぴったりでしょうけど、その雰囲気が逆にわたくしにとっては緊張を誘いましたの。

 

 それに一刀さんのあの言葉――わたくしは顔が熱くなる程に赤面してしまったでしょうから、酒を次々に呷りましたわ。しかも、わたくしはそれ程お酒に弱いはずではないのですが、そのお店のお酒は美味しい割にはとてもきつくて――よく一刀さんは平然と飲み続けていられるのか不思議でしたわ。

 

 おかげで気付いた頃には酔いが身体中を駆け廻っていて、身体が宙に浮いているかのような感覚に襲われてしまいましたの。途中で一刀さんが制止の声をかけてくれましたが、今のわたくしは酒に頼らざるを得ませんでしたわ。

 

「そろそろ、行きましょうか?」

 

「……そう……ですわね」

 

 いけないですわ。もう呂律もあまり回っていませんわ。このままでは帰る前に一刀さんに迷惑をかけてしまいますもの。いくら一刀さんが今日は酔いつぶれても大丈夫って言って下さったからって、甘えるわけにはいきませんものね。

 

 何とか自分の力で立ち上がって、お店の外まで出ましたわ。既に夜の時間帯になっていましたが、外にはまだ人がたくさんいましたの。さすがは江陵だけあって、こんな時間でも活気に溢れているのですわね。

 

 ――うーん、デートっていうのは恋人たちが遊びに行くってことですかね?

 

 ――当たり前じゃないですか。麗羽さんみたいな美人と、一緒に劇を見て、こうしてお酒を飲むなんて滅多に出来ないことですよ。兵士たちに自慢したいくらいですよ

 

 ――俺は麗羽さんのずっと側にいます。困ったときは絶対に助けます。だから、何かあったら、いつでも俺を頼って下さいね

 

 あの言葉は本心なのでしょうか? いいえ、そんなこと考えるまでもありませんわ。一刀さんは嘘が下手な方ですから、すぐにわたくしには分かりますもの。あれは紛れもなく本気で言ったものですわ。

 

 そんなことを考えていたからでしょうか、お店を出てからすぐにわたくしは何かに躓いてしまいましたの。

 

「きゃっ!」

 

「危ないっ!」

 

 一刀さんがすぐに手を伸ばしてくれたおかげで転ぶことはありませんでしたが、わたくしは一刀さんに抱きかかえられるような形になってしまいましたわ。

 

 あぁ、こんなに一刀さんの顔が近くにあるなんて……。わたくしはきっと酔って酷い顔をしているでしょうし、口だってお酒臭いに違いありませんわ。そんな醜態を一刀さんには見て欲しくありませんのに。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ。申し訳ありませんわ」

 

 一刀さんに謝ってから、わたくしが躓いた場所に目を向けましたの。確かに何かがわたくしの足を弾いたように感じましたのに、おかしなことに、そこには何もありませんでしたの。わたくしの酔いが原因なのでしょうか。

 

「気を付けて下さいね。怪我でもしたら大変ですから」

 

「ええ」

 

 では行きましょうか――と一刀さんは歩き出しましたわ。どうしてでしょう、一刀さんに優しい言葉をかけられるだけで、さっきからわたくしの胸の鼓動がどんどん大きくなっていきますの。これも酔いが原因なのでしょうか。

 

「あ、あの……一刀さん?」

 

「はい?」

 

 え、わたくしは何を言おうとしているのでしょうか?

 

「そ、その……手を握ってもよろしい……ですの?」

 

 何を言っているのでしょう。いけませんわ、そんなことを言ってしまったら、一刀さんに迷惑をかけてしまうに決まっていますわ。きっと一刀さんを困らせてしまいますわ。

 

「……いいですよ」

 

 わたくしの意志とは反して、口からは勝手に言葉が出て、わたくしの予想とは反して、一刀さんは全く迷惑そうな顔をせずに、わたくしの手をそっと握って下さいましたの。

 

 一刀さんの、優しくて、大きな手……。

 

 そこから伝わる一刀さんの温もりに、わたくしは何故かとても嬉しくなりましたの。どうしてそんなことを言ってしまったのか、どうしてわたくしはこんなにも嬉しいのか、今日は分からないことが多過ぎですわ。

 

 ですけど、一つだけ分かっていることがありましたの。今日、わたくしは一刀さんと『でーと』をして、本当に楽しかったですわ。殿方とこうして過ごすなんて初めてのことですけれど、思ったよりも悪いものではありませんのね。

 

あとがき

 

 第六十九話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回は麗羽様の回でした。

 

 本作品の麗羽様は完全にキャラ崩壊をしており、原作とは既に似ても似つかぬものになっており、また、原作においても麗羽様だけに焦点を当てた回というのはなかったものですから、作者の完全なオリジナルになっております。

 

 結果、何故か、こんな麗羽様になってしまいました。

 

 いや、作者は思うのです。麗羽様って原作ではあんなキャラですが、静かにしていればとんでもなく美女ではないかって。勿論、お姉さんキャラ好きの作者としては、紫苑さんや桔梗さん、祭さんも堪らないのですが、こんな麗羽様も溜まりません。

 

 麗羽様は読者の皆さまからも多少の好評を得ているようで、また作者の贔屓もあり、登場から番外編であったり、荊州激闘編であったりと活躍する回が多いのですが、こうしてヒロインとして描くのは非常に難しかったです。

 

 皆様の期待を裏切るような感じになってしまったかもしれませんが、恥ずかしがって顔を赤らめるお馬鹿じゃない麗羽様なんて、既に反則もいいところだと思いませんか?

 

 さてさて、そんな麗羽様との拠点でしたが、ところどころに突っ込みどころがあります。劇の話であったり、麗羽様が転んだところだったりと、果たして誰の仕業なのかは定かではありません。

 

 ちなみに本文でも描写がありますが、七乃さんは麗羽様の代わりに政務をすることになっているはずなのです。それを瞬時に終わらせたのでしょうか? そうでもしない限り、七乃さんはその場にいることは出来ません。

 

 どうして、七乃さんがここまで他人と一刀くんをくっつけることに対して協力的なのかも、書いている作者にも分かりません。もしかしたら、本当に困った者の頼れる相談役、正義の味方なのかもしれませんね。

 

 さてさてさて、翠回と麗羽様回で作者のネタは尽きました。これ以降は未定です。今のところ、誰を書くかも決まっていません。何を書くかも決まっていません。

 

 前回でも言いましたが、何か要望があれば、可能な限り採用すると思います。時間の都合上、次回から話が進むかもしれませんけど、そこはご了承ください。

 

 では、今回はここら辺で筆を置かせて頂きます。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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