No.339909

真・恋姫†無双~猛商伝~第四話

砥石さん

まず最初に、作者の拙作を開いていただいたことに感謝を。
第四話となります

本作には
・作者の勝手な解釈

続きを表示

2011-11-26 23:45:37 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2944   閲覧ユーザー数:2237

第四話"sanction"

 

<Side 一刀/長安/太守執務室>

 

パチリ‥パチリ…………

部屋に響くのはその音だけ。

その連鎖を破ったのは少女の声だった。

「お兄さんの部屋のお茶は、いつ飲んでもおいしいですねー」

先生と碁を打つ俺の後ろから声を投げかけてきたのは、

美しい空色の着物と、それによく映える金の髪を持つ少女。

飲んでいるのは、俺の部屋でも一・二を争うお茶だ。そりゃ美味かろう。

「どこから出したんだ。隠してたと思ったんだが」

・・パチリ・・パチリ…………

「にゅふふ。お兄さんが隠しそうな場所くらい風はお見通しなのですよ」

風は毎回その様なことを言っては、俺の秘蔵品をことごとく発見している。

今回も仕方無しにお茶請けを出してやることにした。

「おや。さすがお兄さん。やさしいですねー」

最近は風も忙しいので、それぐらいは大目に見てやってもいいかもしれない。

 

一方、先生はと言うと

「むむむ」

唸っていた。

 

……パチリ…パチリ…………

長考の末にようやく石を置く先生を尻目に、俺は無造作に次の一手を打つ。

残っている目はもう少なく、後は消化に近い。

「参りました。また儂の負けですな」

そして先生が最後の一手を打ち終え、そこで勝負が終わる。

「おや、意外と接戦でしたねー」

決着の付いた盤上を見て、風がそんな感想をこぼす。

白と黒、その差は五目。

しかしそれに対し先生は首を振りながら言う。

「いえ、そこが殿の性格の悪いところでしてな、何度挑んでも殿は五目差で勝つのです」

 

……本人を目の前にして、性格が悪いとは言ってくれるじゃないか。

「お兄さん、門番さんにでもなる気ですか?」

俺は別にそんな年じゃないんだが。

碁石を片付けながら、二人に話を振る。

「それで、どうだ?」

何が、とは敢えて聞かない。

それでも、彼らは正解を用意してくる。

「土地自体は二束三文でしたので、かなりの広範囲を買い叩きました。お兄さんが予想した人口増加の『ぐらふ』を元に、余裕を持った範囲ですよー」

「周辺への根回しも、ほとんどを終えましたぞ。中央は、中常侍辺りに砂金を送ったので、当分介入の心配はないはずですな」

 

風は笑顔で、先生はげんなりした顔でそれぞれ答える。

先生は中央から左遷されてきた身だから、中常侍への心証が良くないのは当たり前だ。

だが、中央へのつながりが一番強いのは彼なので、そこのところは我慢してもらうしかない。

「苦労をかけるな、先生」

「いやいや、老骨とはいえ、これぐらいはお安いご用ですぞ」

「風、労働者の確保は?」

「五割強です。それと、お兄さんの指示通り、五胡やその付近、南蛮や山越付近などの辺境での募集を多くしておきました。

 また、今後さらに増えるだろう反乱兵を接収していけば、すぐに集まると思います。」

「そうか。予定よりも早く済みそうで、なによりだ」

 

隋の煬帝は、十万人を動員して三十年掛けても完成させられなかったらしいが、俺の計算では十年あればほぼ完成するだろう。

第一、宮廷などの華美な建物を作る必要が無いので、実用性重視、生産コスト重視の工事を行う事が出来る。

そして、現代の知識による作業工程の効率化及び、技術の革新がそれらを後押しする。

五年以内に概要を完成させ、後はゆっくりと完成に近づけていけば良い。

新都市が完成すれば、そこを経済の中心・足がかりとして、漢中を取る。

武力による制圧ではなく政治面での侵略なので、かかる費用も少なくすぐに済むだろう。

何故か漢中の扱いは杜撰だが、漢中は秦嶺山により寒波の進入が無く気候は温暖。

穀倉地帯にすれば、三つの都市の腹を満たして、更にお釣りが来るだけの収穫が見込める。

また、高祖縁の地ということで、名が持つ力もある。

西域との交易も今以上にしやすくなり、一石二鳥以上の利がある。

「我が覇道は四強を作りて至境へ到る……か」

「まだまだ策があるんですかー?」

「あるさ。商人の本質は『欲』高みを目指すんじゃなくて、そもそも高みが無いのさ。それこそ、はるか天を目指した塔のようにね」

「儂らは苦労しそうですな」

先生がそんな事を言っているが、本心では嫌ではないのだろう。

 

 

後漢が謳歌してきた平和の時代は、とうに終わりを告げた。

すでにこの大陸は地獄の賭場で戦場なのだ。

俺たち商人がする戦は『商戦』。流れるは血ではなく金。

賭けられているのは、掛けがえのない自分の魂。

飛び交うのは言葉の銃弾。交えるのは裏切りの刃だ。

そして注がれるは勝利の美酒。

一度飲めば忘れられないそれは、人をバベルの頂上へと誘う。

 

「実力の見せ所だ。思う存分地獄の釜に火をくべてやれ」

「「御意」」

そして二人の顔に浮かぶ表情は、神を踏みつけてでも勝利を手に入れようとする、俺たち商人と似た気概に溢れたそれだった。

 

 

<長安/洋館>

 

皆さんは釣りをした経験があるだろうか。

水面に釣り針を垂らして、獲物を待つ。

浮きが沈み、確かな手応えと共にリールを巻く。

そうして魚を釣り上げたときの達成感は、なかなかのものだ。

長安は内陸で海がないのが残念だが、たまの休みには川で釣りを楽しんでいる。

何で俺がこんな話をしているかというと

 

「ようやく釣れたか」

しかしその手に持っているのは、竿ではなく紙。

まいた餌は撒き餌ではなく、もっと下劣なもの。

「下がって良いよ」

俺の言葉に頷いた男が音もなく部屋を出る。

そして俺は手元の紙に視線を落とす。そこにはここ最近の俺の『釣り』の成果が書かれていた。

書かれている人物はバラバラで、普通の町人もいれば官吏や豪族、商人なんかもいる。

何も知らない人がそれを見れば、何の共通点も見いだせないが、そこにはしっかりと共通点がある。

彼らは最近、長安付近で活動が活発になってきた組織の幹部だ。

表向きは一般人だがその裏で犯罪もとい、私腹を肥やすことに勤しんでいる。

その中には知った名前もあり、俺は顔をしかめる。

 

さっきの釣りの話ではないが、彼らの行動はまるで魚だ。

人類が釣りという行動を始めてから幾千もの時が経っている。

いい加減魚も釣り人に気づかないのかと思うが、実は気づけないのだ。

中学で全反射については習っただろうか。あれと同じで、魚の視点からでは水の外の世界は全て銀色に見えている。

当然、釣り人に気づけるはずもない。

今日も魚達は釣り人が垂らした針の先の餌に、何も知らずに食いついている。

そして、今回の彼らも俺という釣り人に気づけなかった。

釣られた魚の末路など、今更考えるまでもない。

 

「さて、出撃準備といきますか」

兵の招集は既に済んでいる。

ただ、今回は裏の仕事としての色が濃いため、集めたのは商会の特務の連中から手練れを数人だ。

彼らは主に正規兵では出来ないような仕事、主に汚れ仕事を引き受けることが多い。

今回のような仕事は特に、彼らの持ち受けだ。

それにしても、最近は先生や風と一緒に仕事をすることが多かったので、独りというのは久しぶりかもしれない。

ここに来た当時では一人仕事は当たり前だったので、そんな感想を浮かべたことに苦笑いしてしまう。

「社長、準備整いました」

闇に溶け込みやすい黒い装束を着た男が報告をする。

その後ろには数人が控えているが、その全員がかなりの手練れだ。

万が一にも失敗することはないだろうが、やはり少し緊張する。

そんな緊張をほぐすように、彼らに語りかける。

「これより状況を開始する。全員、怪我するなよ………」

「「「応っ!!!!」」」

 

「……労災は出無いからな」

「「「…………応」」」

 

 

<Side とある屋敷>

 

ぬははははは、笑いが止まらん。

目の前にある麻袋一つ売るだけで、一生遊んで暮らせる程の大金が手に入るのだ、それも複数。これが笑わずに居られようか。

こんな草を干して刻んだような物にそれ程の価値があるなどと一時期は訝しんだが、これほどまでに美味い話はないだろう。

ただ、忌々しいのは太守の鍾繇のヤツよ。

聞く所によれば、風紀の取締りなどと抜かして警邏の兵を増やしているとの事。

全くもって邪魔なヤツだ。ただ、そのおかげで薬の価値が上がっているという点では感謝してやらんでもない。

希少価値が付き最近では値が上がる一方だ。昨日も大口の買いが入ったばかり。

我らの首を絞めようとしたはずなのに、我らの利益をあげるとはなんとも間抜けなヤツめ。

そうだ。いっその事、ゆくゆくはこの商売で得た金で太守の職を買えばいい。

間抜けな鍾繇の代わりに儂がこの長安を治めるのだ。

そうすれば、今まで以上の金が儂の元へ入り込んでくるはず。

中央での出世も夢では無いやもしれん。

ああ、全くもって笑いが止まらんわ。

 

一人笑う男の名は許陽。

年は四十を越えたぐらいで、その腹は突き出ており、いかにも悪徳商人といった風体である。

元々は薬草などを売っていた商人で、今は商会の傘下となっている。

しかしこの男、生来人の下につくというのをよしとしない性質(たち)であった。

そのため現在彼の上にいる一刀のことを快く思っておらず、それは太守に対しても同じであった。

「許陽様、そろそろ先方との約束の時間です」

男の部下が報告に来る。

今日の商談のため、屋敷には警備の兵を多数配置している。

万一に備えてのことであり、この部下もその例に漏れず腰に剣を下げている。

 

この時代の時間の感覚はとてもルーズなものだが、ここ長安の付近はその例外だった。

発条による時計を使い、朝から夜にかけて一時間おきに鐘が鳴らされている。

そのため、他の土地とは比べ物にならないほど正確なタイムスケジュールを組むことが可能となっている。

よって、待ち合わせの時間を指定して、何時間も待たされるような事はほとんど無い。

彼らもその恩恵にあずかっているという訳だ。

「おお、もうそんな時間か。すぐに行こう」

そういって彼は商人としての笑顔を顔に貼り付ける。

ただその何割かは、この後手に入る利益を想像しての本心からのものだった。

 

彼が立ち上がり応接室へ向かおうとした丁度その時、外から馬蹄の音が聞こえた。

その数はけして多くは無い。

しかし、おかしい。この屋敷に用があるのなら連絡があるはずだし、それにもう馬を止めているはずだ。

違和感を感じ、彼が様子を見に行こうと決めたとき、屋敷の入り口から派手な音が響いた。

それは門が吹き飛ばされる音であり、侵入者が乗り込んでくる音だった。

 

彼の栄光への夢物語は、ここから急転落を始める。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

この屋敷が、街の外にあってよかった。

市街地で武装した人間が馬を駆っていたら、否応にも人目を引いてしまう。

門と、屋敷の玄関を派手に吹き飛ばしながら一刀はそんなことを思った。

騒ぎを聞きつけてやって来た警備の兵は、報告よりも少し多い。

どうやら以前よりも警備を強化したようだ。

 

「許伯節は協定を犯した。依ってここに誅を下す」

低く、それでいて体の芯に迫るような声でそう告げる。

突然の宣告に動揺した兵だが、侵入者はたったの十人。

対する自分たちはその五倍以上もいるという精神的優位性からすぐに持ち直し、嘲るような笑みを浮かべる。

たったそれだけの人数で何ができるのか、と。

もとより侵入者は殺せとの命令だ。こいつらも殺してしまってかまわないだろう。

一刀の近くにいた警備兵が、その剣で切りかかろうとする。

 

「降伏の意思は無しか、残念だよ。

 総員抜刀、歯向かう者は斬って捨てよ」

丁度向かってきた兵を斬りつけ、そう命令する。

こうなることは既に予想済みだ。はなから無血開城なんて期待はしていなかった。

むしろ、正直しんどいというのが今の彼等の心情だった。

 

一応、警備『兵』と名は付いているものの、彼らの練度は低く、彼我の戦力差は歴然だった。

一人、また一人と一刀達によって斬り殺されていく。

その惨状を見て仲間を見捨て、逃げ出そうとする者もいたが、容赦なく後ろから斬り捨てられる。

この時代の多くの武人は、武器を捨てて逃げたり降伏する者を斬ることを是としない。

しかし、それを気にせずやってのけるのが商会の荒事を引き受ける『特務』が特務たる所以であり、一刀が彼らをよく用いる理由である。

「残りは?」

警備兵の内の一人を殺しきった事を確認してから、周りに問いかける。

「今ので最後のようです」

一刀の問いに、近くにいた者が剣に付いた血を拭きながら答える。

庭には既にちょっとした池ができていた。ただしその色は、深い赤。

むせ返るような血の臭いの中、顔色を変える者は一人もいない。

「許陽の身柄を押さえる。絶対に逃がすな」

一刀の指示で裏口に二人、正面からは一刀を含めた三人が入る。

表の警備は沈黙させたが、中にはまだいるかもしれないし、何より取引を行っている面子を逃せば元も子もない。

手勢を割いてでも、取り逃しを無くす事を選んだのだった。

「何だ何だ何だっっ!!一体何がおきているんだ!?」

許陽は動揺していた。

ついさっきまで自分は、大きな取引に胸を躍らせていたはずなのだ

許陽は困惑していた。

何処に取引がばれたのか!何処で取引がばれたのか!

許陽は懼れていた。

太守ならばまだマシだ。もしこの事があの化け物にばれていたとしたら、自分は明日の朝日を見ることさえかなわない。

そんな彼の動揺が伝わったのか、背後に控える者達も怯えたような顔をしている。

そのとき、部屋の扉が派手に吹き飛んだ。

 

「探したぜ?許陽」

立ち込める粉塵の向こうから若い男の声が聞こえる。

「何者だっ」

「官兵かっ!?」

許陽の部下達がいまだ見えぬ敵に対し武器を構える。

しかし、許陽は姿見えぬ敵に対し一人何もできずにいた。

否、彼はその声の主を知っていた。彼は今一番聞きたくなかったその声の主を知ってしまっていた。

故に動けない。動くことを、本能が許さない。

 

「ああ、俺たちか?」

粉塵はゆっくりと地に落ちていく。その向こうに青年の姿があらわになった。

「北郷商会―――通りすがりの悪の組織だ」

包帯を巻いたその青年の身を包む着物。それに刻まれた代紋に、男たちの視線は釘付けになる。

暗い世界に住む者ならば誰もが知っている紋。その代紋を身に纏った青年が目の前に立っている。

「「『銀の蝙蝠に十文字』」」

「北郷……社長…………」

許陽がその顔を絶望に歪める。

この化け物は自分の行動をすべて知っていた。知っていた上で、自分は泳がされていたのだ。

あの全てを見通す瞳から逃れたと、逃げおおせたと思っていた。

だが、それは全て虚構であり演出だった。目の前が暗くなって額を押さえてしまう。

いったいいつからこの日、この時を、この局面を描いていたのだろうか。

先月会った時も、先週会ったときも昨日会った時にもそんな素振りを欠片も見せなかった。

何故自分は失敗した。訳がわからない。

 

何者だと言うのだ、俺たちの目の前に立つこの青年は。同じ人間とは、思えない。

思いたくも無い。それが彼らの心情だった。

 

化け物

 

目の前のこの商人は、この蝙蝠は、正真正銘の化け物だった。

 

 

 

<Side 一刀>

 

そこからはトントン拍子に事が運んだ。

許陽やその部下は大した抵抗も無く降伏し、取引相手の男の身柄も押さえた。

戸籍の上ではその男は最近長安に移り住んだ事になっているが、こちらが調べた限りでは現体制に不満を抱いている豪族の手の者だということが分かっている。

俺が長安で行っている政策は、基本的に豪族に対して厳しい。

例えば豪族が抱えている大量の戸籍未所有者をなんとかするため、奴隷の所持は一代限りとした。

奴隷の子は奴隷というのが普通だったが、長安ではそれを認めずに戸籍を与えることを義務としている。

豪族としてはいちいち買い換えねばならず、この政策に反対するものもいたが、彼らの不祥事の一切を知っている此方に対して強く出ることはできなかったようだ。

ただ戸籍を与えるだけでは路頭に迷うのが目に見えているため、成人後三年までの無償支援を行っている。

これは長安が他の地域よりも貨幣経済が細部まで浸透しているので、とてもやりやすい。

今度の新都市建設のような肉体労働も、日雇い労働の現金支払いとなっている。

そして貨幣経済が浸透しているということは、我が商会の戦いの場が広がっているということだ。

商会の強さは、端的に言えば金や物の流れを強引に味方につけるところにある。

 

想像して頂きたい。

ここに全世界が素晴らしいと絶賛するプログラムソフトがあり、これを商会だと仮定する。

ただしそのソフトが最高のパフォーマンスを発揮できるのは、その使用を想定したOSに限られる。

つまり今の商会は、7のソフトを98で無理やり使用しているようなものだ。

そのため、金の行き来などの効率もすごく悪い。PCのボタン一つで何百億と動かしていた事を思い出すと、懐かしさと便利さで涙が出そうだ。

今は、その百分の一を洛陽とやり取りしても数週間かかったりする。

中原ならまだマシだが、辺境の地は良くて米の通貨、悪くて物々交換がまかり通るのだからもうやっていられない。

俺が閑農期を利用して全国各地で日雇い労働者を行い、それらの地域で 「手配師」という労働斡旋を行うのも貨幣経済を浸透させるためだ。

ただこの商売、そのピンハネでかなりの財を成す事が可能だったりと意外と一石五鳥で美味しい商売だったりする。

 

残りの三つは、各地の民の心象と風評そして豪族の弱体化だ。

仕事を斡旋し給金を払うことで、それをもらい使用した民は今まで以上に飢えをしのげる。

さらにそれらの行動を額面どうりに『善』と受け取ってくれた連中たちが、商会の良い話を各地でしてくれる。

風評は随時手を加えて、辺境の地では良いものを、都に近いほど苛烈なものをとしている。

豪族については即効性は無いものの、鎌倉末期の武士の弱体化と同等の効果が得られるものと概算している。

この話をしたとき、風や先生などは「腹黒い」とか「陰湿」「陰険」などと言ってきた。

だが彼らがそう言うということは、その策がいかに有効かという事の証明だろう。そう思いながら自分を慰めていた。

天地人の三つがそろっているこちらに、負ける要素はほとんど無い。

実際、俺に不満を持つ豪族連中が優勢かというと、向こうの方が劣勢だ。

その状況を何とかするための今回の薬物工作だったようだが、どうやらそれが諸刃の剣と気が付いていないようだ。

 

 

さて、話を目の前の男に移すとしようか。

荒縄でぐるぐるの簀巻きにされている目の前の男に目立った外傷は見受けられないが、一目見れば散々暴行を受けた後だと分かる。

外傷が無い理由としては、以前尋問を部下に任せておいたら相手の歯を全て折ってしまい、何を言っているのか分からないという事があったのでこういう際は顔を責めるのは禁止としたからだ。

その分この男は腹回りを中心に責められている。運が悪ければあばらが何本か逝っているかもしれない。

肺を突き破っては元も子もないので、この方法も再検討が必要かもしれない。

男は俺が部屋に入り近付いて来たのに気がつくと、こちらに懇願するような視線を向けてくる。

その口の端には、血と涎が混じったものが乾いてこびりついていた。

 

豪族の子飼いとは分かっているもののそいつが誰か、また、他に関係している組織はどこかということをまだ吐いていない。

「なあお前、自分たちが何人に薬撒いたか知ってるか?」

「そんなもん知る訳ね……無いです」

俺はその答えに首を振りながら彼の右肘に足を乗せ、体重をかけながら教える。

「報告で上がったのは438人だ。実際はもっと多いだろう」

「ぐ、が、あああァアァァァ」

ボギン だけでは表せない低く不快な音がして、足から嫌な振動が伝わる。

今度は左肘に足を乗せ、尋ねる。

「お前らが撒いた粗悪な薬のせいで、何人が薬物中毒になったか知ってるか」

「ごめんな……さい。もう、許してください」

そんな答えを聞いてるわけじゃない。

部屋に二度目の低音が響き、男の叫び声が木霊する。

 

彼らの撒いた薬は依存性が高く、その被害は甚大だった。

父親が中毒になり働き手を失った家族。

妊婦が薬物を使用し、流産したという報告もあった。

ひどいときにはまだ小さな子供が路地裏で薬を求めていることもあった。

「悪党には、悪党の報いがある」

律を破ったことからも、多くの民の笑顔を奪ったことからも、この男の死は確定事項だ。

だが、今すぐここでこの男を殺すのは簡単だが、証人としての役割を果たしてもらわねばならない。

「さあ、まだ吐いていない事を吐いて貰おうか」

その言葉に、男は顔を絶望にゆがませ、首を振る。

 

結果、この男の証言から背後の豪族や組織の特定とその規模も把握し終えた。

分かりやすく言えば、もう用済みというやつだ。

「……知ってることは全部話したんだ、もう許してくれよ」

泣きそうな男の声が漏れる。

「お前らは分かったいたはずだ。長安で薬を撒けばどうなるかを。

 それでもやったというのか?それがどういう事かわかっているのか?

 想像してみるといい、簡単なことさ。お前達の家族や友人、隣人に至るまで

 全員が全員最悪な状況になることを想像するだけでいいんだ」

「北郷…商会」

「なんだ。知ってたんじゃないか」

「や、やめてくれ。殺さないでくれ」

「もちろん。君達を殺しても俺たちには何の利益も無い 、はずだった」

 

だが彼らは協定を破った。守られない掟は何も守ることができず、また存在価値も無い。

それを犯した時点で、交渉の余地はほとんど無い。

「ただ一応お前は供述をしたからな、関係ない奴まで巻き込んだりはしないと約束しよう」

立ち上がり、部屋を出る際に男にそういう。

部屋にはただ男が咽び泣く声だけが響いていた。

 

「お疲れ様です、社長」

部下の一人が声をかけてくる。

俺は適当に返事をし、それからいくつか指示を出す。

「じゃあ、後は任せた。俺は先生に報告に行ってくる」

屋敷の外に出て馬の背に跨る。

 

空は雲ひとつ無い、吸い込まれそうな星空だった。

だがその下で俺たちは血みどろの殺し合いを演じ、たくさんの命を失った。

こんな風に空を見ていると、ふと自分に疑問を抱くことがある。

ほとほと呆れてかぶりを振りながら、一刀は口に銜えた煙草に火をつけた。

まだまだ俺も、甘いのかもしれない。これからもっと辛い道を歩むというのに。

……今更のように痛感しながら一刀は溜息と共に紫煙を吐き出した。

 

あとがき

 

こんにちは砥石です

なんか一刀君が遠い所へ行ってしまった気がする。

まあそんなことは気にせずに逝きましょう(ゑ

基本的に本作の一刀君は性格に難ありです。

 

 

一刀君の政策は、過去の事例を探したのではなく作者が勝手に考えた事も多分に含まれているので注意してください。

矛盾点を孕んでる可能性があります。

そろそろ明るい話を書きたいと思いながらも、それは少し先になりそうです。

 

ではまた次回ノシ

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
31
3

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択