No.333102

真・恋姫†無双~猛商伝~第三話

砥石さん

まず最初に、作者の拙作を開いていただいたことに感謝を。
区切りのいいところまで書こうと思っていたら、つい長くなってしまいました(汗)

さて、本作には
・作者の勝手な解釈

続きを表示

2011-11-11 22:54:26 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2883   閲覧ユーザー数:2279

第三話"Chaos Diver"

 

 

長安太守『鍾繇』に関する調査報告

 

・町人の女

「今の太守様になってから、税も安くなったし助かってるよ」

・商人の男

「太守様?ああ、元常様のことか。ここ最近で治安がとてもよくなったから、遅くまで店を開けていても全然心配ないよ。

 しかも市の整備なんかもあったし、今までに無いくらい賑やかになったね。」

・職人風の男

「太守様は俺達みたいな卑しい身分の人間にも仕事をくださる。

 こんな街に住めて、おれたちゃ幸せ者だよ」

 

民からの印象はかなりの高評価。上記はその一部である。

加えて、治安は周辺地域の中でも群を抜いている。

そして、派遣当時に疑われていた王美人との繋がりは薄い模様。

調査開始から数回にわたり竹簡の遣り取りがあったが、仕事以上のものは見受けられず。

統治の手腕から、実力による推挙と判断。

中央への野心は薄いと見られる言動が確認されている。

以上から長安太守鍾元常に対する警戒を部分的に下げることとする。

尚、政治内容に関する記述は別項参照。

これにて第十五次調査報告を終える。

 

<Side 鍾繇/長安/太守執務室>

 

廊下のほうからドタドタと誰かが走ってくる足音が此方に向かって来る。

それが誰なのか予想が付いている俺は、続いて響くであろう大音響に備える。

バーンと、扉が開け放たれると同時に

 

「殿ぉ!!」

 

男が大声とともに入ってくる。

部屋に駆け入って来たのは、白髪の生え揃った初老の男だった。

しかし、体に一本芯が通っているような彼の姿からは年の衰えは全く見受けられない。

むしろその数多の戦場を駆け抜けてきた風体からは、頼もしさを感じる。

 

そんな彼が話しかけている青年の歳は、二十の前半ほどだろうか

耽美な顔立ちに、仕立ての良いノーネクタイの黒いスーツを着込んだ彼は

 

「落ち着いてくれよ先生。先ずは茶でも飲むかい?」

 

そう言って、笑いながら茶器を取り出した。

 

 

「結構ですぞ。そんな事よりも鍾繇様っ!あの少女を寄越して、儂の補佐に付けるとは、いったいどういった御了見なのですか!?」

 

その問いに青年は答える

「どうもこうも前に先生に説明したじゃないか。それに彼女はすぐに裏方の方に戻ってもらいますよ。

 と言うか、先生たちも一緒に仕事してくれれば全て解決するんですが……」

そう言いながらため息を吐く。

 

「それこそいつも言っている事ですぞ。儂らは殿の臣下ですが、社員とやらになる気は無いと。

 それにどうにも儂らにはあそこの空気は肌に合わんのです」

相変わらずつれない返事をする老人―――盧子幹

 

「じゃあもう一度説明するんで、今回こそは納得してくださいよ」

 

 

そう言って彼は今度こそこの頑固な老人を説得すべく話し始める。

 

鍾繇たちは今、長安を拠点としている。ここは歴史もあり人材も多いのだが、完璧な土地というわけではない。

いくつか理由はあるのだが、其の最たるものの一つは糧食だ。昔は運河による糧食及び物資の大量搬送が可能だったが、

彼以前に赴任していた太守たちのせいで、そんなシステムはすっかり機能していなかった。

大雨が降れば支流までもが氾濫するような有様だ。

彼は着任と同時に様々な事業に着手し始めたが、この運河管理も其の一つだ。

ただ、中央に対し大きく目立つ行動を避け、少しずつ少しずつと進めているので、彼本来の予定よりも少し遅れている。

また、各方面からちょっかいを出されないようにと中央の宦官たちに送っている賄賂もちょっとした出費となっている。

それについては、時が来れば債権回収させてもらうつもりでいる。

 

話が脇にそれたようだ。

つまり、今の長安は自分で自分の腹を満足に満たす事は出来ないのだ。

その気になれば渭水近辺の肥沃な土地を生かし、穀倉地帯とする事もできるのだが、彼らは未だその行動に移らない。

そして、彼らは次なる目標として漢中を手中に収める事を密かに掲げた。……のだが、それについては問題が付き纏った。

それは人材不足である。

まったく居ないわけではないが、漢中と長安の同時統治を平行するには少し厳しいのが現状だ。

漢中の官吏のスキャンダルは腐るほど掴んでいるので、いざ事を起こせばあっという間に済むであろう事は分かっている。

だからこそ、なかなか次の段階に進めない事にイライラしていた。

 

それが少し解決したのがつい先日。早速彼女を先生の補佐に付けて自分たちの現状把握をさせることにした。

彼女には早めに色々と学んでもらいたいので、今回の人事と相成ったのである。

 

 

「それで殿、あなたが選んだからには間違いはないとは思っておるのですが、あの少女は使えるのですか?」

 

それに彼は満面の笑みをもって応える

 

「ああ、間違いない。彼女こそ俺が探し求めていた人材の一人だ。

 純粋な才で言えば俺と同等、若しくは上だ。これで一気に事を進められる。」

 

「あなたにそれ程までに言わせるとは……

 いったいどこで出会ったのですか」

 

その問いに彼は、彼女との出会いを老人に語って聞かせた。

「あぁ、実はな――――――」

<Side 一刀/長安>

 

俺は自分の机に向かいながら、今日分の仕事を片付けている。

今日は月末だったので処理しなければならない書類が多かった。

「これ仕上がったから、向こう持って行ってくれ。

 これはそっちね。例の船のやつは楊儀に任せてあるからそっちに当たってくれ」

 

まさに息をつく暇もない。経営はうまくいっており、日々勢力の拡大に向けて邁進している。

ただ、ここ最近深刻な事態に直面している。

それは……

 

 

      「何度計算しても、事業に対しての人数少なくない?」

 

 

部屋の隅に控えていた侍女にそうぼやく

 

「は、はぁ。私に言われましても……」

 

まあそれはもっともだ。その子がどうにかできる事ではないのだが、最近の悩みは一先ずこれに尽きる。

今現在、俺たちの活動は長安を拠点とし、広範囲で行われている。

それにここは洛陽などからの左遷先となっていた為、人材には事欠かない。

ただ、それは政務や軍事などの表向きの人材であり、本命の人材はなかなか増えていないのが現状だ。

今の規模の事業をこの人数でやれているのは、ひとえに皆が優秀だという証明なので喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙なところだが……

 

何人かには声をかけてみたんだが、色よい返事はあまり貰えなかった。

よって、これ以上勢力を拡大させた場合にどこかでぼろが出ることは必死だろう。

「旅に出ようかな」

「はい?」

 

侍女の子が素っ頓狂な声を上げる。

だがこの長安や、その周辺の目ぼしい人物には全てあたった今、これ以上の新規社員補充の見込みは無い。

裏の方の軌道も順調なため、俺が居なくても通常業務に支障はきたさないだろう。

ならばいっその事、新たな取引先の確保や新事業の開拓を兼ねての人材発掘の旅に出るのもいいが、まだ時期尚早か・・・・・・

 

「今日残っている仕事は?」

 

手元にあった竹簡と書類を処理済スペースに置きながら侍女に尋ねる。

日はもう傾き始めてから久しく、一時間もせずに空は赤く染まり始めるだろう。

 

「商会のほうで奴隷商が新しく何人か買い取ったので、それを含めた業務全体の視察がございます。

 それ以外は全て終わっております」

 

そう言って数名の名前が書かれた竹簡を差し出してきた。

十代から二十代ぐらいの女性の名前が書かれているそれは何度も見てきた。

親の借金などのやむにやまれぬ事情などで売り飛ばされたり、攫われて来た彼女たち。

基本的に彼女達が歩む道は三つ

 

一つ目、娼婦として娼館に引き取られる

二つ目、各勢力に送る草としての教育を受ける

三つ目、奴隷としてさらに売り飛ばされる

 

現代人の俺からすれば、余り気分のいいものではない。

その為人攫いなどによって連れてこられた者などは特例として、

商会の下請け仕事などをさせて自分たちが売られた代金分の金を稼がせたら、

故郷に帰すといった措置を執っている。

途中報告などで優秀な人物がいれば、借金帳消しに加え正式採用としている。

そして、そんな事ばかりしていたら今では『北の蝙蝠』とか、『北の怪物』などと言う渾名が付いてしまった。

蝙蝠を考えた人物のセンスには拍手を送りたいが、後者は頷けない。

正史や演技の董卓みたいで、あまり好きになれないからだ。

 

そして、通常ならこの後特に何もなく商館の方に出向き視察となるのだが、今回はそのリストの内の一人の名前が目に留まった。

 

「どうかなさいましたか」

 

そんな俺の様子に気がついた侍女が声をかけてくる。

俺の記憶が確かならこれはまさに天佑。ついつい笑みが浮かぶ。

 

「あぁ、もしかしたら悩みが解消されるかもしれないからね。

 善は急げと言う事だし、早速行って来る。」

 

奴隷商に引き取られたってことは、爺さんではなく少女なのだろう。

さて、どんな子なのか楽しみだ。

そう言うが早いか俺は荷物をまとめて部屋を出る。

 

 

 

「お待ち下さい!これはどうするのですか!?」

 

彼女の叫びは主の居ない部屋にむなしく響く。

部屋には大量の書類と侍女だけが残されていた。

 

<Side ???/長安/商館>

 

この街にはいるときに見えた景色から、どうやらここは長安のようです。

見聞を広めるために各地を周っていたのですが、まさかこんな事になるとは……

志半ばで終わってしまうのか

そう打ちひしがれていると、部屋の外から声が聞こえてきました。

 

 

「まさか社長が身請けに来るなんて思ってませんでしたよ。」

「しかも今日入ったばかりのあれをご所望とは、もしかしてそういったご趣m―――ッ!?」

「次くだらない事言ったら、お前ら全員半年の間減給な。ボーナス十銭、二人で分けろ」

 

「「すいませんでしたっ」」

 

最初の二人の声はこの商会に入るときに聞いた覚えがあった。しかし社長と呼ばれた声に聞き覚えは無い。

二人の態度から察するに、どうやら彼らよりも立場が上の人物のようだ。

 

鈍い打撃音の後に言われた謝罪の声から間を置かず、一人の男の人が入ってきました。

どこかの貴族の御曹子と言われても違和感の無いいでたち。

しかし、彼の身には包帯が巻かれ、その素肌はどこにも伺う事が出来ない。

そしてその包帯の隙間から、こちらを見透かすような鋭い瞳が覗く。

今までの旅の途中で身を寄せた何処の領主にも、彼ほどの覇気を感じさせる人物はいなかった。

それこそ、何故こんな商館にこれほどの人物が居るのかと感じさせるほどに

 

 

 

「はじめまして。程 仲徳殿」

「おや。字まで名乗った覚えは無いんですが、お兄さんは何者ですか?」

名乗った筈の無い字まで呼ばれて、つい身構えてしまう。

それに、字をつけてから数年もたっていない。

ならばこの目の前の人物は何故それを知っている―――

 

「俺かい?俺の名は、北郷。気軽に社長とでも呼んでくれ。

 色々聞きたい事や言いたい事はあるだろうが、こんな時間だ。

 一緒に夕餉でも取りながら話さないか?」

「ちなみに拒否権は?」

「無い」

たった一言で却下したお兄さんに連れられて風は外へ出ます。

そこには黒く塗られた豪奢な馬車がとめてありました。

「お手をどうぞ、仲徳殿」

お兄さんがこちらに差し出した手をとって、馬車に乗り込みます。

「風は何処へ連れて行かれるんですかー」

「本社だよ」

お兄さんのその言葉と共に、馬車は風たちを乗せて走り出しました。

 

◇   ◇    ◇    ◇

「これは……」

しばらく進むと木々が無くなり、一気に開けた場所に出た。

そして目の前には遠くからでもその大きさが分かる門と高い壁に囲まれた、初めて見る建築様式の屋敷が見えました。

 

「ん?ああ、自宅兼事務所って奴だよ」

「気にしたら負けですよ。というよりも、社長の行動にいちいち驚いていたらきりがない」

御者さんが私にそう言いましたが、正直右から左でした。

門のある家は何度も見たことがあるものの、ここまでの意匠の凝った物は、県や郡の城と比べても遜色ない。

それを何ともないことのように言っている彼の異様さが改めて分かりました。

 

「さて、到着だ」

通された部屋には、二人分の食事が用意されていました。

「丁度今日は俺が作った料理でね。お口に合うか不安だが冷めない内に食べてくれ」

食卓の上にあった料理はどれも見たことのないものばかりだった。

そして、どうしても手を出すのをためらってしまう。

「これは何という料理ですか?」

いすに座り、皿に盛られた野菜の入った白い料理を指差し尋ねる。

「それはシチューって言ってね、五胡の方で行っている酪農が軌道に乗り始めたから、こっちに何頭か牛を回してもらったんだ。

 それで、その牛乳を使って作ったってわけだ。

 それと、俺も作るのは久しぶりだから感想をもらえるとありがたいかな。ちなみに毒は無し」

そう言ってお兄さんは笑いました。

恐る恐る口に運んでみると、深いコクととろみがあり、少し塩味の効いたそれは、とても美味しかったです。

長い間まともな食事を取っていなかったため、ついつい匙が進んでしまいます。

「おかわりなら沢山あるから、もっとゆっくり食っていいぞ。誰も盗らないしな。」

お兄さんが笑いながら私におかわりをよそってくれます。風はそこでハッとし、少し食べる速度を落とします。

 

 

 

出された料理を二人で食べ終えたころ、ついに本題を切り出します。

「風はこの後、どうなるんですか」

商館で聞こえた事が確かなら、自分はこの目の前の人物に身請けされたことになります。

と言っても、身請けされた女性の末路なんて数えるほどしかないのですが・・・・・・

「どうもしないよ。本来あるはずの下請け仕事も全部免除、君は晴れて自由の身だ。」

予想外の答えに驚きます。しかし、続く言葉に風の動きは止まります。

「そんな君に提案だけど、この商会で若しくは長安で働く気は無い?」

「今回は拒否権は」

「もちろんあるよ。こればっかりは嫌々されても仕方が無い。だが、これだけは言える。

 俺の話を最後まで聞いたら、たぶん君 は入社以外の選択肢はなくなるはずさ」

お兄さんは自信ありげに笑う。

しかしそれは、

「どちらの意味でですか」

「いい方の意味でさ。断ったからどうこうってことは無いから、とりあえず聞いてくれ」

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

「まずは商会の業務内容から説明しようか。

 例えばほんの一例を挙げれば、行商・農業・墓掘り・博打。

 油売り・お茶・刃物の研ぎ屋・臓物屋・獣医・娼館。

 何か質問はあるかい?」

「お兄さん、それは風を試しているんですか?」

 

そう言うと、お兄さんは口元を歪め、とても愉快そうに笑い始めました。

「いやはや、すまないね。君はどうやら俺の想像以上に優秀なようだ。

 これまで声をかけた中で、その切り返しをしたのは、君が初めてだよ」

「扱う事業が多いのは確かなのでしょうが、いくらなんでもそれは偏りすぎです。

 つまり、作為的にその職名を出したと考えることができますからねー」

お兄さんが挙げた職業は、違法であったり、人でなしと見られることも少なく無いものが多い。

しかし、その中で、それぞれに成功して金持ちになった例はたくさんある。

 

『金持ちになるには、どの職業に限ることはないし、金そのものも、持ち主が決まっているわけではない。

 金は有能なものに集まり、無能なものから離れていくもので、億万長者になれば、王者と同じ楽しみが出来る』

という言葉が残っているほどだ。

 

「史記から引用すれば、『富は経業なく、すなわち貨は常主なし』と言うところかな」

「『史記貨殖列伝』の秦揚や田叔ですか……、お兄さんの目的はそこにあると?でしたら風は……」

「まぁ待ってくれ、本番はここからだ。仲徳、君は見聞を広めるために旅をしていたと言ったね。

 最終的にどこかへ仕官するつもりだったんだろうが、それは何のためか聞いても良いかい」

「風の智謀を世に役立てるためですかねー。今、大陸は荒廃し、乱世の兆しがありますので、それを防げれば重畳かと」

実際、大きな街から外に出れば、今の大陸のほとんどは無法地帯だ。

事実、風がこうして人攫いにあったことがその証拠に他ならない。

未だ大きな反乱はないものの、各地の諸侯の統治を見る限りでは、このままでは近からずそれがおきる事は確実と言えるだろう。

ならば、今のうちからそれを抑えるために手を打つことは可能なはずだ。

「その考えは素晴らしい。だが断言しよう、それは無理だ。いくら手を尽くしても乱は起きる。

 より正確に言うならば、今から十年後、場所は冀州鉅鹿、その数約三十六万の賊は、この大陸を混迷の只中に陥れる。

 つまり、春秋以来の群雄割拠・戦国時代の幕開けさ」

 

お兄さんが語った内容に、風は言葉を失った。

夕餉の最中の会話からも、彼がかなり高度な教養の持ち主であることは知れたが、今の発言は完全に常軌を逸している。

まるで見てきたかのような台詞。通常なら相手の正気を疑うところだが、目の前の人物から狂いは感じられない。

しかもその目は、自分の発言に絶対の自信を持つ者のそれだ。

「何故、正確な年数と場所まで……お兄さんは未来が見えるのですか?」

「俺はただ識っているだけだよ、この先のある程度までの大陸の趨勢をね」

何でも無い事のように言ったお兄さんに、思わず立ち上がってしまう。

「ならば何故、何故その知識を生かそうとしないのですか!?

お兄さんほどの知識人が、その未来でどれほど多くの命が失われるかが分からないなんて事は無い筈です!!」

「そうだね、数万じゃ済まないだろうし、漢王朝が形骸化することも確定だね」

「そこまで分かっているのならば、何故、何もしないのですかっ!!」

風の言葉にお兄さんは困った様な仕草をして、壁の書棚から数枚の紙を取り出し此方に差し出した。

「これは何ですか?」

すると、お兄さんはいたずらの内容を話す子供のような顔で言いました。

「本当は入社後に見せるつもりだったんだけどね。

 それは、この国が患ってる病気のカルテさ。知られちゃいけない秘密なのに、誰もその重要性に気づかない。

 これって悲しいと思わないかい?」

<Side 一刀/洋館>

 

俺が渡した紙を読み始めた程昱は、さっきまでの落ち着きを取り戻したようで、今は食い入るようにその書面に目を走らせている。

「面白いだろう?この国の人口は年々減っている。にもかかわらず地方豪族の私財は増えているし、税収の減少も見られない。

 それに、中央でやり取りされる賄賂の額も増える一方だ。そこに書いてあるのはほんの一部だが、この国の現状を知ってもらうにはそ れで十分だ。もし、その戸籍情報が本当ならそれはあり得ない事な筈さ。」

 

戸籍に記録されていない人間が大勢おり、それが増えているのは事実だ。

この国の税収入の推移が大幅な低下傾向に無いのも、また事実だ。

ここに矛盾が生じる。

 

減る人口に対し、以前と変わらない税収入という事は、税が年々増えている事の証明に他ならない。

只でさえ、今を生きるのに必死な民が多いのにもかかわらず、そんな事をしていれば民の不満は募るに決まっている。

少し思慮があれば税を減らすだろう。

しかし、税を減らすと言う事は支出の一部をカットすると言うことに繋がる。

本来ならば、無駄に豪奢を好む事を控えるべきだが、今まで欲望のままに生きてきた中央の官吏がそんな事をするはずが無い。

つまりは削減せずに余計な政策と放蕩を続ける。

それは不可避的に政府の歳入の大幅な減少を招いてしまう。

そのことは、よりいっそうの政府支出削減を余儀なくさせ、景況をますます悪化させる。

それは、さらに大幅な漢の税収の減少を惹起し、経済の不況と王朝の財政破綻は、悪循環的にますます深刻化していかざるをえない。

 

それを回避するための中央の政治家なはずなのだが、この数年、現状維持どころか明らかな下降を見せている。

このことが、さらなる不況の激化と、よりいっそうの王朝の歳入の落ち込み、したがって、国および地方の財政破綻をいやがうえにも深刻化させるという悪性スパイラルは、その症状をますます激しいものとしつつ続いている。

現代でも似たような話はいくらでもあった。ならば、この時代にあってもなんら不思議ではない。

そこまで説明した所で彼女が質問をしてきた。

「何故ここまで秘匿性の高い資料を……。お兄さん、あなたは本当に何者ですか」

ここまで話した以上、彼女ならばいずれは気づくだろう。

なら、ここで明かしてしまっても問題無しと判断できる。

「改めて自己紹介といこうか。北郷商会社長、北郷」

そこまで言い、俺は自身の顔に巻かれた包帯を外し始める。

怪我や火傷と偽っているが、表の俺にそんなものは無い。

「またの名を長安が太守、鍾元常」

「太守様!?」

慌てて礼をとろうとする彼女を止める。

「堅苦しいのは嫌いだからね、さっきと同じようにお兄さんで良いよ。

 さあ、続きだ。この状況でこの大陸を救うためにはどうしたら良いでしょうか?」

対する彼女の答えは無言。だが、それも当然だ。現代の人間である俺だからこれらの統計やグラフの作成が可能なのだ。

この時代の人間である彼女に質問をして、すぐに答えが返ってくるわけが無い。

「俺は、天下を取る」

「――――――ッ!?」

 

「正確には俺自身が天下人に成るわけにはいかないんだけどね。

『世界が不条理で溢れているなら、俺が正しい理を敷いてやる』それが、俺がかつて交わした約束だ。

 さっき君が言ったように、俺には来るであろう乱世を止めるだけの力がある。

 だが、それは問題の先延ばしにしかならない。

 今の王朝は傾きかけの家屋なのさ、補強の見込みの全く無いね。

 俺がその崩壊を止めたとして、もって数十年。それを過ぎればまた今の状態に逆戻りするだろうさ。

 で、そこでその友が俺に依頼した内容は、漢王朝を崩壊の一歩手前になるまで追い詰めさせ、

 もう一度俺の手によって漢王朝を復興させる事だ。

 ようは漢の名前を残して、残りの腐った部分は全部処分するのさ。

 仲徳、君はこの依頼は可能だと思うかい?」

「……まず無理でしょうね。

 百歩譲ってお兄さんが天下を手に入れる事が可能だとして、壊れた王朝の再興をしようなんて、普通に考えて不可能です」

「だろうね。百人に聞いたら九十九人がそう答えるだろうさ。だけどね、悲しい事に俺はその例外の一人なんだよ。

 不可能を可能にするのが、俺たち北郷商会の信条だからね。

 それともう一つ、程仲徳、大きな間違いを教えてあげよう。

 君は俺が天下を取るのが難しいと言ったが、それは誤答だ」

そこで俺は言葉を区切り、彼女の目を見ながら続く言葉を告げる。

 

「これまでの天下人は全て、その武で以って天下を御した。

 だからか知らんが、皆誤解している。

 文化人に、文官に、ましてや商人に天下が取れない?それは大きな間違いだよ。

 今までたった一本の矢が、戦況を大きく変えた事は何度でもあった。

 ならば俺たちは?

 俺たちはその言葉で世界をかえよう。

 知略を、計略を、その智謀の限りを尽くし、

 権謀策術を以って天下を手にする。未来を―――

  

 

 ―――その未来を、俺と共に歩まないか?程仲徳」

<Side 風/洋館>

 

なんて目をしているのだろう。

未来を見通すそれにではなく、こちらの心の深淵を覗き込むような其れにでもない。

お兄さんと出会ってからほんの数時しか経っていないが、彼がその友人との約束をどれほど硬い鎖としているかがありありと知れた。

きっとお兄さんは、その約束を果たすためにどこまでも進むのだろう。

大陸の大地を幾千幾万の血で染め、屍が築いた山の頂に立とうとも求めるのだろう。さらに前へと、さらに上へと、その鎖の果てまで。

足を、手を、目を失おうとも彼はきっと止まらない。

そして、お兄さんが今語ったのは、お兄さんの描く未来の本の一部なのでしょう。

お兄さんを表す剣は、きっと両刃なのだろう。

片刃には、契りを。片刃には、夢を。

そしてその未来は、今まで読んだどんな書物にもなく、今までに出会ったどんな博識な人物の口からも聞いた事が無い。

知が武の先を行き、この国のためにこの国を滅ぼす。一聞すれば荒唐無稽、完全に常軌を逸している。

しかし、その考えに、お兄さんに、強く、魅かれる

 

自分には武功を立てる才は無かった。だから、知略を磨き、その道で生きようと決めた。

だが、所詮この世界に置いて知が武の後ろを行く風潮があるのは否めない。

それを変えると言っているのだ、目の前にいる男は。

もしそれが可能ならば、そんな未来が来るのならば、それを自分は見てみたい。

 

そしてそれとは別に、自分の思いを語る彼を見ていると、自分の胸の奥が熱くなるのを感じる。

元々、壮大な夢を語る人物は人を惹きつける。

その例に漏れず、今のお兄さんが話す姿から目を離す事が出来ない。

お兄さんの目の奥に燃える、その身を灼くような焔が、彼から感じる覇気が、風の動きを縛る。

 

そして、既に答えは決まっている。

 

「姓を程、名を立、字を仲徳。そして、真名を風。お兄さんが描く未来を共に歩ませてくれますか?」

「ああ、もちろんさ。ありがたく受け取らせてもらうよ、風。そして、俺の真名は一刀。」

「それは、お兄さんがまだ隠している事も教えてくれるととっても良いんですか?」

「……わかるか?」

「最初に会った時に、風の字を知っていた理由をまだ教えてもらってませんからねー」

 

するとお兄さんは、それはまた後でと言って、棚から今度は瓶を取り出した。

「それは、お酒ですかー?」

「まあね。俺が誓いを立てるときの掟みたいなもんだ」

そういって風に杯を渡す。

 

自分と風の杯にお酒をついでお兄さんが口上を述べる。

「我が真名一刀に誓おう。たとえ我が智尽きかけようとも、

 往く道は荒れ、幾千の困難が立ちはだかろうとも、我が歩みとめず、その先の未来を君と共に見よう」

それに対し、風も答えます。

「我が真名風に誓います。我が智謀の限りを尽くし、この身、貴方の道を塞ぐ雲を吹き払う風となりましょう」

そして風の杯のお酒をお兄さんが、お兄さんの杯のお酒を風が飲み干す。

 

 

「もし俺たちの道が別れようとも、許しは乞わない。だが、後悔だけはさせない 」

「期待してますよ。きっと風は何処までも着いて行くのでそのおつもりでー」

 

 

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「そういえば、お兄さんの話に出てきた親友って誰なんですかー?」

差し支えなければと、風が聞いて来た。

彼女はもう仲間なのだから、教えても大丈夫だろう。

「王昭君だよ」

風が誰だか分からないといった顔をしているので、さらに説明を加える。

「今上帝劉宏の旦那さんだよ……

 風?」

「ぐーー……。」

「……って、寝るな!」

「おお! 風とした事があまりの展開に、ついつい寝てしまいました」

「そんなに驚いたか?」

「それはもう。例えるなら、黄河を上っていたら、長江の源流に着いたぐらいの驚きですかねー」

どんな例えだ、それは。

そんな他愛無い話をしながら、夜は更けていった。

 

<Side 一刀/長安/廊下>

 

「と言うのが彼女との出会いだよ」

俺たちは執務室を出て、先生と共に先生の部屋へ向かって歩いている。

「み、身請けしたのですか!?」

先生がまたもや大声で尋ねてくる。ちなみに、今は太守の鍾繇として城に居るので、包帯は巻いていない。

「身請けはしたが、彼女は自由の身だよ。俺に仕えるのは彼女自身の意思さ。」

そして、彼女が仲間となってくれたのはかなり心強い。

一見何を考えているのか分からない不思議系のような彼女だが、常に状況を客観視でき、冷静な判断が下せる彼女の能力は相当高いものだ。

経理にも明るく、柔軟な思考も持つ。

彼女なら此処に馴染むのも早いだろう。

気がかりな事があるとすれば、彼女の話に出てきた旅の仲間、趙子龍と、郭奉孝。

風が会いたがっているのもあるが、個人的にも彼女たちには会ってみたい所だ。

 

そんな事を考えているうちに彼女が待つ部屋に着いた。

「入るぞ」

ノックをしながら部屋を開ける。

空色の地に金糸、銀糸がこれでもかとふりちりばめられているのに、不思議と清楚さを失っていない振袖姿。

それに劣らず鮮やかな、ふわりと流れるような美しい金の髪。

しかもそれらが行き過ぎぬほどの化粧気もないのに美しい顔立ち。

どこか眠たげ双眸はご愛嬌だが、長安に来た当時の彼女の姿からは想像出来ないような装いをした彼女が居た。

「スーツのほうも着てみたか?」

「一応着てみましたが、侍女さんがこちらのほうが似合うと言ってくれたので。

 それよりもお兄さん、これは少し派手すぎませんかー」

「いや、よく似合っているよ」

そう言って褒めると、風は嬉しそうに微笑む。

しかし俺の後ろから先生が声を掛けてくる。

「殿、またそのような値の張りそうなものを!!」

どうやら俺が風に贈った着物のことを言っているらしい。

あれは俺が現代の知識から作り上げた、所謂『西陣織』だ。

作ってみたのは良かったんだが、なんだか売る気にはなれなかった。

そこで彼女が俺に真名を預けた翌日に、彼女の採寸を図らせてもらって、あの振袖を作ったのだ。

 

「そんな心配するなよ、先生。

 俺だっていつもいつも無駄遣いするわけじゃあないんだ。」

「む。それはすみませぬ。しかし、やっと殿も金銭感覚というものを身に着けてくれたようで、儂はうれしいですぞ」

なんとも失礼なことを言ってくる老人だ。

金銭感覚が狂っているなどと言われる謂れは無い。

なにしろ、

「ああ。たったの四千石ぐらいの価値だ。売ろうと思えばな」

「うむ。たったの四せん…こく…・・・」

急に顔を青ざめさせる先生。

振り向くと風も動きが固まっている。

「おいおいどうした?そこまで驚くような値段じゃないだろうに」

「お兄さん、石ですか?銭ではなく」

表情を余り外に出さない風が、珍しく動揺を隠せずに居る。

なんだ、君もか。

「先生はああ言っちゃいるが、俺は無駄な散財は趣味じゃない。

 その着物を君に送ったってことは、それだけの価値を君に見出したって事だ。

 それにその内、たかだか数百石の金額なんかじゃ収まらない仕事だって任せることになる」

そう言って風の方へと歩み寄る。

「期待してるぞ? 風」

そして風の頭を撫でる。

風は最初は抵抗をしたが、諦めたようで今はなされるがままになり、目を細めている。

「お兄さんはずるい人ですねー

 そんな事を言われたら、頑張らない訳にはいかないじゃないですか」

そんな言葉がうれしくて、今度は少し強めに撫でる。

先生はなんだか諦めたような顔をしているが、まあいいだろう。

 

「じゃあ早速だが仕事の話だ。表の仕事にも関係するから、先生も居てくれ」

すると、先生と風がそれまでの表情から、スイッチを入れたように切り替わる。

こういったところが、彼らの有能さを窺わせる。

俺は懐から書類を取り出してから彼らに言う。

「この長安に居を構えて三年が経った。ここの治安もかなり良くなり、経済的にも過去これまでに見ないほどの発展を遂げた。

 だが、発展には問題がつき物だ。その光に隠れて見失いがちだが、この長安にも問題が発生している。

 先生だったら良く分かっているんじゃないか?」

二人に書類を配り、俺は先生に尋ねる。

「人口ですな」

俺は先生の答えに満足げに頷くと、先の話を続ける。

「そう、人口だ。

 長安の今の人口は約三十万。二人にはもう話してあるが、この先の戦乱で必ず大量の難民が発生する。

 俺はこの北の地に混乱を入らせる気は無いし、流民を態々南の地にくれてやる気も無い。

 知識人が南へ流れれば、後に彼らを登用した勢力によって頭を悩まされる事は確実だ。

 だったらいっその事、多少の無理を覚悟で一人でも多くの難民を受け入れるべきだ」

実際この時代の南方は、はっきり言って田舎だ。

そんな場所で呉や荊州が勢力を保てたのは、戦禍を避けて中央から流れ出した彼らがいたからに他ならない。

しかし彼らや多くの難民を受け入れるには、既に今の時点で長安の人口は限りなく飽和状態に近い。

普通の太守なら、ここで諦めるのだろうが……

「風、君に大きな仕事を任せる。君は先生の下での状況把握が終わり次第、俺の補佐につき、ある大きな事業を進めてもらう。

 その内容は……」

「その内容は?」

先生と風の二人が尋ねる。

それに対し俺はニヤリと笑みを浮かべ答える。

「ここから南東に下がると、龍首原があるだろう?

 そこに新たな都市を作る。

 俺が持てる全知識をつぎ込む空前絶後の大都市だ。

 収容可能人数は百万を超え、運河を治め、街からは東西南北に道を伸ばす。

 果ては西域へ、果ては外海へ。

 この国の経済の中心を、俺たちが作る。」

人口に余裕が無いのならば、新たな都市を作ればいい。

つまり、あの碁盤状で有名な長安だ。

唐時代に作られるはずのそれを、俺はこの時代に作ることにしたのだ。

「まあ、新人研修みたいなものだと思って気楽にやってくれ」

「風は一流ですからねー

 お兄さんは大船に乗ったつもりでいてください」

なかなか言ってくれるじゃないか。

先生も未だかつて扱ったことの無いような規模の仕事に、期待の笑みを浮かべている。

「反対意見も無い様だし、今後はそれを基礎として動いていく。

 ここからが重要なところだ。今後の働きに期待してるぞ」

 

俺が立ち上がりながらそう言うと、二人はその場で臣下の礼をとった。

そんな二人に頼もしさを感じながら、俺はその部屋をあとにした。

 

                   ――――――To be continued

 

¥あとがき¥

 

超敏腕太守、『鍾繇』の正体は一刀君でした。

表では太守として善政を敷き、その裏で虎視眈々と時を待っています。

一刀の時の外見は志々雄の様に全身包帯で、普段は着物、交渉時は黒服です。

 

さて、原作恋姫、最初の登場キャラは風でした。

台詞とかに違和感ないかな?と、作者は心配しておりますが、大丈夫でしょうか。

何故彼女が最初かというと、一刀君の向かう先が血塗れだったり、時として善ではないので、仲間にできる人物は限られてしまうからです。

よって、一部恋姫からの受けは悪くなることをご承知ください。

 

新たな都市の造営に取り掛かる一刀たち。

北郷商会の明日はどっちだッ―――!?

そんな訳で、次回をお楽しみに!!ノシ

 

以下補足(作者の技量不足を補う場)

※商会について

『悪の組織』とありましたが、秘密結社という意味とは異なります。

本人達が、『理と利で動き、目的のために人を殺めている自分』は悪人だ。という自覚があるので、「そんな自分達が集まった組織」という意味で使っています。

下衆や、悪党ではなく、『悪の組織』という所に彼らなりの意味があったりします。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
30
2

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択