No.339347

真説・恋姫†演義 仲帝記 第十二羽「虎の親娘が咆哮し、地は赤き大河に染まる」

狭乃 狼さん

はい。仲帝記のその第十二話をお届けです。

ども、駄作家の狭乃でございますw

さて、今回の講釈は孫家の戦いを、そのメインといたします。

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2011-11-25 21:19:55 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:10494   閲覧ユーザー数:7982

 大気を揺さぶるは獣の咆哮。

 

 咆哮せしは赤き髪の猛虎。

 

 振るいしその腕は強大なる牙。地を蹴るその脚は力強き四肢。その身を覆いし赤き衣は、燃え盛る炎の如し。

 

 苛烈にして剛毅なる、その猛々しき者。

 

 姓は孫、名は堅、字は文台。

 

 大陸南部、江東は呉郡にその生を受け、幼き頃には江東の麒麟児と呼ばれ、成長せしその後は、呉郡を中心とした江東一帯において暴れる江賊を、その天性の武と勇を用いて全て屈服せしめ、江東の虎と呼ばれるに至った偉丈夫である。

 

 その活躍の程はまさに目覚しく、既に腐敗の始まりかけていた時の朝廷にも珍しく届くほどで、彼女はその武功によって荊州は南郡の長沙へと、その郡太守、及び荊州全体の治安維持官である刺史兼任という、破格の大抜擢をされ、かの地に一族郎党を率いて赴任した。

 

 そんな孫堅には、現在一つの悩みがあった。それは、彼女に居る三人の娘達のことである。

 

 長女の孫策、字を伯符。次女の孫権、字を仲謀。そして三女の孫尚香。

 

 次代、つまり時期孫家の家長となるのは長女の孫策である、そのことはもう、内外的にも決定事項であるといって良い。しかし、主としての力量の方は十分としても、孫策は母である孫堅に似て、その性の本質は生粋の武人である、と。孫堅は長女の器をそう見ている。それがゆえに、少々の不安が残りでもしない、孫堅であった。

 

 では、次女の孫権はどうかといわれると、それはそれで答えに窮してしまうのが、孫堅の率直な感想である。実際のところ、王としての器と言うか総合的な器量は、孫策より孫権の方が上かもしれない、と。彼女自身はそう思っては居る。しかし、その為には決定的なものが、今の孫権には欠けているとも、孫堅はそう感じている。

 

 それは“柔らかさ”。

 

 持って生まれた性故に、生真面目であるのは良い。だが、王たる者、時にはあらゆる事柄を許容し、その言動に表せる位の柔軟さをも持ち合わせていなければならないと、孫堅は次女の唯一足りない点をそう指摘している。

 

 ちなみに、三女の孫尚香は、完全に次期家長候補としては対象外である。能力的にも精神的にもまだまだ幼く、一人前なのがプライドだけという今の彼女では、一家を率いるどころか部隊の一つを率いることすら、満足に認められないからである。

 

 つまるところ、三人が三人とも、揃って君主としては何処かが足りておらず、それを補える何かを、孫堅はずっと欲していた。

 

 己が生命の短さ、それを彼女に感じさせているその左胸に走る痛みを、けしておくびにも出す事無しに……。

 

 

 

 第十二羽「虎の親娘が咆哮し、地は赤き大河に染まる」

 

 

  

 

 荊州は南部、長江沿いの山間(やまあい)に立地している街、武陵。同州においてもさほど重要ともいえる土地で無いにも関らず、黄巾の徒たちはこの地を南部方面における拠点とし、およそ五万ほどの軍勢が集結していた。

 

 「文台様、蕈華(シェンファ)様より伝令が参りました。連中の補給線を予定通り叩き終え、これより合流を果たすとのことにございます」

 「あいよ。さて、それじゃあこれからが本番だね」

 

 孫堅たち長沙軍は、現在この武陵に陣取っている黄巾賊を一気に殲滅し、同地を解放すると共にあわよくば自領に組み込むため、彼女らの現在動員できる総兵力、およそ二万で持って武陵の地を急襲した。

 その手始めに、武陵周辺に警戒要員として陣を敷いていた、自軍とほぼ同数の黄巾部隊を一気に急襲して壊滅せしめ、その後、自軍の一隊を率いている彼女の姪、孫皎、字を叔朗に対し、武陵への黄巾軍補給部隊を全て叩き潰すように指示を出し、武陵への包囲を完成させつつ待機していた。 

 

 そして包囲網の完成から半刻後、その待ちに待った報せがようやく届けられ、周瑜から告げられたそれに満面の笑みで返した孫堅であった。

 

 「それで、どうするのだ堅殿?連中、先のわれ等の戦いぶりに恐れでもなしたか、城に篭ってしまって全く討って出てくる気配が無いですぞ?」

 「祭の言うとおりです、母様。かといって無理な城攻めは、こちらに甚大な被害をもたらすのは明白ですし」

 

 不敵な笑みをその顔に浮かべつつ、黄巾賊が篭城をしている武陵の街を眺めている孫堅の背後から、二人に女性がその声をかける。

 

 片方は薄い紫の髪をし、その背に弓を背負った妙齢の女性。若い頃から孫堅にとっては公私共に無くてはならない、その右腕たる宿将、黄蓋、字を公覆という。そしてもう一方の女性、いや、その外見はいまだ少女と言う表現の方が似つかわしい、薄い桃色の髪をした褐色の肌に孫堅と良く似た顔立ちの、とても生真面目そうな人物。孫権、字を仲謀という、孫堅の次女である。

  

 「このまま兵糧攻め……はちっと時間がかかりすぎるしねえ。冥琳、何か良い手は無いかい?」

 「そうですね……撤退でもいたしますか」

 『は?』

 

 一瞬。周瑜のその口から出た言葉を理解する事ができずに、思わず固まる彼女達。

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ冥琳!せっかく連中を包囲したって言うのに、むざむざそれを解いて撤退するだなんて……ッ!!」

 「落ち着け、雪蓮。……何も本当に撤退するなどとは言っていない。そう見せかけるだけさ」

 「……ふむ。となると、“捨て置く餌”は多いほうが良いかい?冥琳」

 「はい。いっその事、荷駄の全てでもよろしいかと」

 

 あ、と。周瑜の策に気付いたらしい孫堅と、その周瑜のやり取りを聞いているうちに、彼女が言わんとしている所に遅まきながら気が付き、自身の手を叩いて納得顔をする孫策。

 

 「それじゃあ雪蓮も理解できた所で、早速行動に移ろうか。祭、蕈華にもそれを伝える伝令を出しておいてくれ。冥琳から合流の一番良い機を、しっかり教わっといてな」

 「承知。公瑾よ、策の簡単な流れ、紙片にでも記しておいてくれ。皎殿であればそれで十分、全てを理解してくれるじゃろう」

 「分かりました、祭殿」

 

 彼女達のその会話が行なわれてから、およそ三十分もした後。一斉に陣を引き払い、慌てた様子で移動を開始する孫堅軍のその様子が、武陵の城にこもる黄巾の者たちにもしっかりと見て取れていた。

 

 

 

 「お頭あっ!連中引き上げて行きますぜ!」

 「分かってる!どうやら本国で何かあったんだろ!荷をほとんど置き去りにしていきやがった!へっ、江東の虎だかなんだか知らねえが、間抜けな連中だぜ!よしお前ら!連中の姿が完全に見えなくなったら、外に出て荷を頂きに行くぞ!」 

 『おおうっ!!』

 

 城内の食料がほとんど尽き掛けていた。そのことも相まってか、彼らは孫堅軍の急な撤退に一切疑いを持つ事無く、去り行く軍勢が地平線の向こうへ見えなくなるその時を、今か今かと待ち構えていた。そして、孫堅軍の最後尾の兵がその視界から消えたその瞬間、彼らは雪崩打って城外へと駆け出し、その場にあざとらしく捨て置かれた大量の荷(エサ)に群がった。

 

 「ひゃっはー!食いもんだ食いもんだー!」

 「よーし、これでまた数ヶ月は食い繋げるぞ!手前ら!物色は後で良いから、とっとと荷を城内に」

 「……?なんだ?あの土煙は?」

 「どうしたあっ?!何かあったのかあっ!?」

 「お頭あっ!北の方からなにやら土煙が迫ってきてますぜえっ!」

 

 黄巾の兵の内の一人が、遥か北方から南下してくるその大きな土煙を確認し、その事を頭目の男に知らせる。

 

 「あんだあ?一体何処の連中だ?」

 「もしかして、俺らの補給部隊じゃあ」

 「……お?旗が見えてきたな……白地に……孫?…………え゛?」

 「……て、て、て、敵だあーーーーーっ!!」

 

 怒涛の勢いで迫り来るその集団の、先頭に高々と掲げられたその旗は、間違うことなき孫家の旗。白に染め抜かれたその地に、赤く孫の一文字が施されたそれは、孫堅の姪である孫叔朗のものであった。

 

 「敵は見事に餌に喰らいつきました!これより連中の真ん中を突き抜けます!全軍けして怯まず、己が持てる勇を全て振るいなさい!!」

 『おおーーーーっ!!』

 

 孫皎の号令一下、孫家にあって唯一のおよそ二千の騎馬隊が、大地に無造作に討ち捨てられていた食料に群がる黄巾兵たちに、一気に襲い掛かる。その先陣を切る孫皎は、紅い布で縛った薄い桃色の髪を風に揺らし、孫家の者特有の赤い衣装の上から羽織った白く長い衣を、まるで翼の様に大きく広げながら、その手に持つ両柄の剣でもって次々と賊兵たちを討ち取っていく。そして、その後に続く長沙軍の兵たちもまた、部隊の長である孫皎に負けず劣らずな働きを見せながら、奇襲によって大混乱に陥った黄巾兵たちの間を駆け抜けていく。

 

 「くそおっ!この荷は俺達をおびき出すための囮かあっ!?ええい!手前ら何をしてる!とっとと城への血路を開くんだよ!このままじゃあさっきの連中が……っ!!」

 「か、頭ぁっ!さ、さっきの連中が戻って……っ!!」

 「げえっ?!も、もう戻ってきやがったのか?!」

 

 賊兵の一人が叫んで示したように、彼らの側からすれば東と南、つまり、武陵の待ちのある方向以外の全てから、孫の旗を掲げた軍勢が赤い波と化し、彼らを完全に飲み込まんとして襲い掛かってきた。

 

 ……そこから先は、まさに、凄惨を絵に描いた様な光景であった。 

 

 

 

 紅い煙が空を覆い、悲鳴と断末魔が大地に轟く。

 

 「あーっはっはっはっは!!ほらほらどうした!!一人ぐらい手向かって来ようとか思う奴は居ないのかい!!この江東の虎の牙!落としてみようって思う奴の一人ぐらいは居ないのか!!」

 

 赤き鬼神と化した孫堅のその戦いぶりは、凄絶極まるという言葉が裸足で逃げ出すほど、情け容赦の無いものだった。一人、また一人、と。彼女の手の中で更なる輝きを増し続ける、孫家の家長たる者を示す剣、『南海覇王』が、次々と賊兵達の生命のともし火を消し去っていく。

 

 「やれやれ、堅殿も相変わらずじゃの。ま、下手に止めようものならわしらの命が危ないし、好きにやらせておくが上策よな」

 「そんな暢気なことで良いの祭?ちょっと、やりすぎじゃあ」 

 「権どのの仰る事も分かりますがな、ああなった堅殿…ちとややこしいの。……蓮樹は誰にも止められはしませぬよ」

 

 孫堅が思い切りその武を振るっている戦場の中心から、少しばかり後方に下がった所で別の隊を指揮している黄蓋と孫権が、完全に戦闘に酔ってしまっている孫堅の事を眺めつつ、そんな会話を交わしていた。

 

 「それに今頃、蓮樹のみならず、もう一人の血狂い殿も、公瑾の奴の胃を痛めさせておりましょう」

 「……そういう意味じゃあ、姉さまが一番、母様に似ているかもしれないわね」

 

 黄蓋の言うもう一人の血狂い、すなわち孫堅の長女である孫策もまた、現在は母親同様戦場の真っ只中にその身を置き、己が血の猛りにその身を任せていた。

 

 「あははははははっ!ほらほらほら!!死にたい奴はいくらでもかかってきなさい!!死にたく無い奴は必至に逃げなさい!?でないと無残に屍をさらすだけよ!!」

 「ちょっと雪蓮!少しは落ち着きなさい!!」

 「あ~ら、蕈華じゃない。……落ち着け、なんて無理な事いわないの。……フフフ、だって、もう抑え切れないもの、この血の滾りは、ね?」

 「……後でそれを収める、冥琳の身にもなってあげなさいっての。って、言ってる傍からこの血狂い姫は!!」

 

 従妹である孫皎のそんな抑制の言葉など、今の彼女にはまさしく馬耳東風というやつらしく、一切それに聞く耳を持つ事無く、孫策は自らの血の滾りが求めるままに、黄色い布を付けた、彼女にとってはただの獣と同義なモノたちを、さらに切り刻んでいく。

 

 そして、戦闘…というか、孫堅軍による一方的な殲滅戦が開始されてから、およそ二刻も経った頃。かつて黄巾の賊徒だった者達の屍によって、武陵の城の東側一帯は、大地の色を見ることも出来ないほどに埋め尽くされていた。

 

 「……本当に、ここまでする必要があったのかしら……」

 「蓮華さま?」 

 「……なんでもないわ。ごめんなさい思春、変な事を聞かせてしまって。……今のは、忘れて頂戴」

 「……はっ」

 

 その、余りにも凄惨過ぎる光景を見た孫権は、母と姉…いや、自分達がこの戦でもたらした今の結果という物が、本当に正しい事だったのかどうか、ふと、頭によぎったその疑念を、思わず口に出していた。その台詞を、自身の親衛隊を率いる甘寧、字を興覇に聞かれはしたものの、すぐに平静を装って先の自分の言を忘れるよう言い、彼女は再びその双眸の蒼い瞳を、先ほどまで戦場だった場所へと戻し、無言で見つめ続けたたのであった。

 

 

 

 そして、孫堅たちが武陵の黄巾軍を壊滅させていたのと、ほぼ同じ頃。

 

 「州牧さんから命令……ですか?」

 「はーい。えっと、今現在、長沙の孫文台さんが武陵の黄巾さん達を壊滅中との事でして、で、それが済み次第、襄陽から東にある烏林、っていうところに集結している、黄巾賊の江南方面軍の本隊を、州軍の名の下に、一緒に蹴散らしちゃいましょう、ってことだそうです」

 

 宛県を襲撃した黄巾勢を破り、全員無事に城へと戻ったちょうどその時、袁術の下に荊州の牧である劉表、字を景升から、先に張勲が語ったその内容の命令書が届けられた。

 

 「のう、七乃?孫文台…と言うことは、蓮樹のおば様のことかや?」

 「……えっと、お嬢様?それって…文台さんの真名…なんですか?」

 「ああ、そういえば七乃は詩羽さま…袁逢さまがお亡くなりになられたその後に、美羽様にお仕えしたのだったわね。……長沙太守の孫文台様は、袁逢さまとは私的に仲がよろしかったのよ。美羽さまもご幼少の頃にはとても良くして頂いていたわ」

 「真名もその頃に預けてもらったのじゃ。……その、隠すつもりは無かったのじゃが、言いだす機会がなくてな?……怒って…おるか?」

 「いえいえ~。お嬢様の知られざる、そして新たな一面を知れたことは、七乃めにとってはと~~っても嬉しい事ですよー♪」

 

 (……やっぱり、おどおどしながら上目遣いに私を見るお嬢様が一番素敵……)

 

 子リスの様に自分のことを上目遣いに見る袁術を見て、張勲がそんなことを考えながら恍惚とした表情をしているその間にも、会議自体はそのまま進行して行く。まあ要するに、張勲のそういった反応は、もう余り気にしない方向で、彼女以外の全員の意見が一致していたからであった。

 

 「それで、実際どうするんですか、美羽さま?千州直下の草組が集めた情報によれば、確かにかの地には黄巾の本隊らしき連中が集まってはいるようですが」

 「さすがに、南部方面の本隊だけあるよ。……その総数、およそ二十万ってところだってさ」

 「に、二十万かや?!そ、それはまた随分……」

 

 陳蘭は現在、南陽袁家における草組の長として、情報の収集と分析を担当している。だが、それは彼の他に草組を束ねるに相応しい能力を持った者が、今の所袁術軍に居ないためによる仮の措置であり、現在その地位に一番適した人材を、諸葛玄の人脈や一刀の知識を基にして探している真っ最中である。

 

 「……州牧さんは、どれぐらいの兵力を出せるんですか、七乃さん?」

 「……えーっと。書状によれば、劉州牧さんは五万の軍を出す予定だそうです。あと、孫文台さんのところが、大体二万とちょっとって所らしいです」

 「……妾たちの出せる戦力は、まだ一万程度のまま……じゃろ?じゃから全部で……八万…で良かった…かの?一刀?」

 「ああ、それで合ってるよ…じゃない、合っていますよ、美羽様」

 「……またそうやって敬語に戻しよる……この石頭の朴念仁(ボソ」 

 

 袁術の最後の呟きが一刀に聞こえたかどうかはともかく、州牧軍、孫堅軍、そして袁術軍を合わせても、烏林に集結している黄巾軍の半分にも届かない程度の戦力にしかならない。如何に相手が農民の集まりでしかない烏合の衆といえど、まともにぶつかれば相当の被害が出る事は、その想像に難く無い。

 

 それでも、一郡太守でしかない袁術側からすれば、州の牧である劉表の命令に逆らうと言うわけにもいかず、やむを得ず彼女らは出兵を決断。その十日後には宛県を発ち、まずは劉表の率いる州軍と合流を果たすべく、襄陽の地へと向かったのであった……。

 

 ~つづく~ 

 

 


 
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