No.339176

外史異聞譚~幕ノ三十一~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-11-25 07:31:02 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2622   閲覧ユーザー数:1490

≪漢中鎮守府/張文遠視点≫

 

陛下が色々と無茶を言いよったんで大変やったんやけど、ウチは無事漢中へと到着することができた

 

引き連れてきた騎馬はウチの子飼いで81騎

これにはお忍び(?)で一緒に来とる陛下と、なぜか殿下も含まれとる

 

陛下はともかく殿下の同行にはさすがにウチもかなり抵抗があったんやけど、これについても陛下は頑として譲ることがなく、ついにはウチらが折れざるを得なかったちゅうのが本当のところや

 

陛下はなんちゅうか、宮中を泳ぎ回ってきた経験からなんやろな

殿下に身分によらない経験をどうしてもさせたいらしくて、それを可能にするのは漢中しかないと考えたみたいなんや

ああみえて実は我儘らしい事はなーんも言わん陛下がついには頭を下げようとまでしたんで、ウチらとしては折れざるを得なかったちゅうのが本当のところ

 

ホンマに殿下が大事なんやねえ…

 

こうなると本当は随員やらも大規模にならざるを得ないんやろうけど、そこはウチと恋が反対した

 

その代わり、ウチの小飼いの精鋭で目端の利く連中で、絞りに絞って護衛を兼ねさせてもらおうちゅうこっちゃ

 

そんな訳でウチの言うことには一切の反論も我儘も許さへんちゅうのを条件にしたんやけど、ええ経験になったやろ

なにせ、さすがに速度は落としたけど、ウチらの行軍速度やったからなあ

まだ元服も済んでいない殿下あたりはさすがに泣いとったけど、こういう経験は絶対に無駄にはならんよって癇癪起こして泣くに任せて放置したったわ

陛下にしてからがヘロヘロやったけど、甘やかす事は絶対にないと初日で思い知ったにも関わらず、結局帰るとか言わへんかったのはたいしたもんやで

 

 

そない訳で漢中に着いたんやけど、まずウチらは城門で揉める事になった

何が悲しゅうて大事な金剛爆斧を取り上げられにゃならんのや

これについては散々揉めたんやけど、ウチが折れなきゃこのまま戦争やっちゅう態度を崩さなかったんで、結局ウチが折れる事になった

特例としても認める理由がないと言い切られたら、どうにもならんわな

これについてはゴネた末に言われたんやけど、なんでも棍以外の武器の携帯は原則として鎮守府では認めてないちゅう事で、これは武官だろうが関係ないらしい

ただし、有事に備えて武器庫での保管は認められてるちゅう事らしいんで、ウチらみたいな場合には例外ちゅうもんがない、と決まっとるちゅうことや

 

なんちゅうけったいな話やろな

 

でもって、城門を入ったところで出迎えてくれたのは張将軍やった

 

「お早いお着きでなによりです、驃騎将軍」

 

「いやあ、なんや役職で呼ばれるとまだ尻がこそばゆくてかなわんわあ

 将軍も元気そうでなによりやで」

 

「その心情は拙者も理解でき申す

 拙者も役職で呼ばれるといまだにこう、ムズムズとするものがありますのでな」

 

天譴軍の武官連中は、基本カラッとしてて話し易い連中が多いのがウチにはありがたい

張将軍も白虎将軍とかいう名前で呼ばれとるらしくて、身に余るとか言うとったものな

 

「そうやろそうやろ

 やっぱこう、なんちゅうか、肩書きやないよな」

 

「着ている衣服の大きさにもいつかは慣れる、とは北郷殿がよくおっしゃってはおりますが、拙者にはまだまだ大きい衣服でありますな」

 

「あの男、ここでもやっぱ偉そうなん?」

 

鎮守府下では原則、乗馬も禁止されとるちゅうことで、ウチらは轡を引きながら会話しとる訳やけど、ウチも含めておのぼりさん宜しく街並みに圧倒されながらの会話だったりしとる

 

いやあ、確かにこれは陛下が自分の目ぇで言うてたのも、なんか納得や

 

そらあ洛陽程金がかかってるちゅう事はないし、どっちかといえば質実剛健ちゅうか無駄はないけど余裕はあるちゅうか、適度にゆとりはあるけど整った街並みには圧倒されるもんがある

 

「偉そうなのは会議の間くらいなもので、ここでの北郷殿の生活を見たら驚かれると思いますぞ」

 

張将軍はそう言いながらもウチらの様子に苦笑してる

 

ウチの従卒を見て本当は口にしたい事があるようやし、それが何かはウチも理解はしとるんやけど、道端で言える事でもないので敢えて流してる感じなのがちょっと気の毒なんやけどな

 

「人がゆとりを持って暮らすにはある程度の無駄というか、緑や空間がないと駄目だというのが北郷殿の意見なのですよ

 有事に際してもそういった空間は必要だというのが天の知識のようです」

 

ウチの従卒扱いで傍にいる陛下と殿下も、張将軍の言葉に「なるほど」と感心しとる

 

多分、ウチにじゃなく、従卒の格好をしとる陛下や殿下に説明するつもりなんやろな

張将軍は見える範囲で街の事を説明しながら歩いてくれとるのがありがたい

 

そうして説明を受けながら鎮守府に到着する頃になって、張将軍は少し表情を引き締めてウチに訪ねてきた

 

「さて、驃騎将軍の表敬訪問という事で仰々しい歓迎もでき申すが、将軍は漢中流の歓迎とどちらをご希望ですかな?」

 

そんなもん、言われんでも決まっとるわ

 

「どうせならトコトン漢中の流儀で頼むわ

 そうでなかったら意味ないよってな」

 

ニカッと笑って答えるウチに向かって、張将軍は重々しく頷く

 

「そうおっしゃるだろうと思っておりました

 では、覚悟は宜しいですかな?」

 

笑顔で頷いたウチやったんやけど、かなり予想と外れとったのに気付いて顎が外れるかと思ったのはそれからすぐの事やった

 

 

ホンマ、一筋縄ではいかんヤツらやで…

≪漢中鎮守府/劉協視点≫

 

僕はこの旅がとても楽しみだった

 

姉上が今上帝である事には不満はなにもないし、姉上が言うには

「協が元服する頃には穏便に帝位を譲りたく思うのでな、今はお前が元気に学んでくれるのが何より嬉しいのだよ」

このような感じで非常に僕の事を愛してくれているのも嬉しい

 

太后樣や皇后樣の意向は僕には判らないけれど、姉上としては正しい形で僕が帝になれる日が一番の楽しみだといって憚らない

教師として就いてくれているのは、政治や軍略・武芸については大尉と相国や驃騎将軍で、僕の目から見てもこれ以上は望めないだろうという感じだ

 

皇族として自分の幼さを自覚している僕だけど、それでも父上や姉上達の周囲にいたような連中のような卑しい視線がないというか、僕に気に入られようという姿勢がないというのは、姉上に言わせると皇族としては望むべくもない教師である、という事なんだそうだ

 

間違っている事を間違っている、としっかり言ってくれる教師を皇族が得るのは本当に難しいのだと、姉上が常々言っている事から、僕は本当に恵まれているのだと思う

 

そんな感じで洛陽にいる事そのものに不満などありはしなかったのだけれど、身分を隠して市井に混ざって旅をする、というのは僕には考えもつかない冒険だった

 

最初の数日は馬にしがみつくのが精一杯で涙しか出ないような状況で、弱音を吐いては驃騎将軍や姉上、そして周囲にいる人達に笑われていたのを不快に思ってもいたけれど、慣れてくるとやっぱりこれは洛陽では経験できない事ばかりなのだ、と気づかされている

 

姉上がしみじみと

「大半の皇族などというものは、戦乱で都を追われでもせぬ限り、一生このような事に直に接する事などないのだ

 そう思えば得難いものよな」

と呟いていて、僕もなんとなくだけどそれが理解できた

 

そういった驚きは漢中に入ってから増すばかりで、本当に楽しいことばかりが続く

 

最初のうちは不愉快だった子供として扱われる事も、鎮守府に着く頃には逆に楽しいものとなっていた

姉上が羨ましそうに僕を見ていたので、姉上は自分ができなかったことをさせてくれているんだなあ、と思うとやっぱり嬉しい

 

そうして張将軍の話を聞いて、見かけたものについて訪ねながら鎮守府に到着したんだけど、そこで僕はまたまたびっくりする事になった

何に驚いたかというと、僕と姉上と驃騎将軍が通されたのは普通だと思うんだけど、その部屋が綺麗な庭に面してはいるんだけど、単なる客間だったこと

 

さすがの僕でも、これが客に対する扱いではないという程度の事は理解できる

 

「なるほどなあ…

 これが漢中流ちゅうことか……」

 

「こうまで形式を飛ばされるとは思っていなかったな」

 

姉上と驃騎将軍が呆れたように呟いていて、案内をしてくれた張将軍も苦笑している

 

「相手にもよるのですが、将軍達には徹底してこちらの流儀を見せた方がよろしかろう、との北郷殿の意見によるものです

 非礼はお詫び致します」

 

姉上が天譴軍を称して

「あやつらは徹底的に実を執る連中ではあるな」

とか言っていたけれど、これは流石に行き過ぎなんじゃないかな、と僕は思う

 

「すぐに北郷殿も参ります故、しばしお待ちいただきたい」

 

張将軍がそう言ってすぐに、天の御使いの来訪が告げられる

 

「いらっしゃい、漢中へようこ…………」

 

あれ?

どうして固まってるんだろう?

姉上も驃騎将軍もニヤニヤしてるし、張将軍もなんか居心地悪そうだ

僕は年少で表向きは驃騎将軍の従卒という事なので、立ち上がって礼を取る

 

「この度は漢中へのお招きありがとうございます

 僕は李稚然

 そこにいる李文優の弟です」

 

天の御使いは呆れたような表情のまま、一応は礼を返してくれる

 

「いや、李稚然って……」

 

もごもごと

「陛下が来るのは予想してたけど、これはないんじゃね?」

とか呟いてる

 

僕に武を教えてくれてる時もそうなんだけど、ちょっとした悪戯が成功したときのように驃騎将軍の顔はとっても嬉しそうだ

なんとなくだけど、驃騎将軍は天の御使いが嫌いというか気に入らないんだろうなあ、と僕でも理解できる

 

姉上も非常に楽しそうだ

 

「そういう訳で朕…

 いや、今は私、だな

 私も漢中滞在中は“李文優”という立場であるからして、宜しく頼むぞ、天の御使いよ」

 

うん、僕でも理解できる

姉上、ものすごく無茶を言ってるよね

 

「はあ……

 まあ、あれです、来てしまった以上仕方ないんですが、おふたりは一体何がしたいんで?」

 

うん、僕もそこは気になるんだ

驃騎将軍は別にやることがあるので、それが終わるまでは漢中鎮守府に僕達を預けるって最初から言ってたもんね

 

だいたいがして、姉上の機嫌がいいときっていうのは、大抵無茶な事を言い出すって決まってるんだよ

笑いを堪えきれずに喉で笑ってる驃騎将軍も酷いなあ、と思うけど、僕も漢中で何ができるのか楽しみでしょうがなかったりする

 

「うむ

 漢中には洛陽にはない様々な施設や仕事があると聞いておるのでな

 協…

 いや、今は李傕であったか

 ともかく弟に“学舎”なるものを体験させてやりたいのだ

 私は贅沢は言わぬから警備やらでよいぞ」

 

そういえば漢中には同年代の子供を集めて読み書きを教えたりする場所があるって、天譴軍の人達が言ってたもんね

そうかあ…楽しみだなあ……

 

「俺も大概だけど、どんだけだよこれ………」

 

あ、頭を抱えてる

でも、姉上は言い出したら聞かないから、諦めるのがいいと弟の僕は思うよ?

 

天の御使いは何か疲れきった顔で張将軍の方に顔を向ける

 

「もうこれは俺だけじゃどうにもならないから、懿と公祺さんと巨達ちゃんあたり、呼んでくれる?

 驃騎将軍に関しては、伯達ちゃんあたりが仕切ってるはずだから、そちらにご案内して……」

 

相国あたりは慣れてきた気はするけれど、姉上の我儘ってやっぱりすごいなあ…

みんながみんな

「これだけは見習わないでください」

って僕に言うんだけど、ちょっと羨ましい

 

張将軍も呆然としたまま、それに答えてる

 

「それは構いませんが、食事はどう致しましょうか?」

 

「うん、それなんかも相談するからさ……

 これなんて罰ゲームだよ………」

 

『ばつげえむ?』

 

聞き慣れない言葉に、僕を含めた張将軍以外が異口同音にそれを口にする

天の御使いはそれに苦笑しながら返事をしてくれた

 

「いや、天の国の言葉だから気にしないで

 どうしてもたまに出ちゃうんだよね……」

 

でも、そうかあ

漢中での生活は宮中とは違う色々な事がありそうで、本当に楽しみだなあ…

 

僕は、明日からはじまる生活に内心わくわくしていた

 

そして、これが本当に掛け替えのないものになる、という事を後日思い返す事になる

≪漢中鎮守府/楽文謙視点≫

 

「真桜、気づいたか?」

 

私は大通りに面した菜館で給仕に身を窶しながら日々を過ごしていた

 

真桜は手先が器用で絡繰に資金を注ぎ込もうとしなければ生活力はあるので、小物の修理や漢中で一般に入手できる素材で小物を作って売ったりという形で日々情報収集をしている

 

私はそういう芸がないので、手遊びとしか言えないものではあるが一般向けの菜館に料理人として潜り込んだという訳だ

 

そうしてお互いに仕事の合間や宿でその日の事柄をお互いに報告しては、気付いた点を書き留める毎日で、その内容は実は結構な量となっている

 

「あー……

 そういえばなんや偉いさんが漢中にきよったみたいやな」

 

宿の机の上に愛用の工具を広げた状態で、真桜がのんびりと答える

 

「私達は直接顔を見る機会はなかったが、驃騎将軍となった張文遠が漢中に来たそうだ」

 

「ホンマに!?

 そりゃまたえらい大物がきよったんやな……」

 

驃騎将軍を拝命する前から“神速”として世に名高い張文遠の名は大陸中に轟いている

現在では漢室の軍最高位に位置するともいえる張文遠が、わざわざ漢中に赴いたという事は、それだけ漢室にとっても天譴軍が無視できない勢力であるという事の証明だ

 

「何か動きがあると思うか?」

 

本来はこういう事柄には絶対に沙和の方が向いているのだが、いない以上はなんとかするしかない

そう思って聞いてみたのだが、真桜がいきなりとんでもない事を言い出した

 

「んー……

 そやねえ

 ウチ、このままじゃ埒があかんよって、科挙でも受けてみようかと思っとるねんよ」

 

「科挙……だと?」

 

愛用の工具を丁寧に掃除しながら真桜が答える

 

「どうもなあ……

 天譴軍って、一定以上の技術は科挙を通った人間でないと、触る事もできないらしいねん

 こういうたらアレなんやけど、今ウチらが集めてる情報は、時間さえかければじきに手に入ると思うんよ~」

 

なるほど……

 

「そやったら、思い切って中に入ってまって、機会を見て戻るしかないと思うんよね

 ご不浄に関しても貯水池とかに関しても気になる部分は山程あるねんけど、肝心の部分はウチらみたいな流れもんには触れるのも厳しい状況やし」

 

確かに、浄水器とかいうものは中身の交換は私も見たことがあるが、理屈は私には解らないまでも難しいものではなかった

攪拌機に関しても、馬に乗る要領で足漕ぎ機を動かす事で羽を動かすだけという、絡繰としては単純なものだと真桜は言っていた

しかし、野菜屑や食べ残し、汚物といったものは毎日決まった時間に運び出されているようではあるが、それがどう扱われているかは知る由もない

それらの作業に従事しているのが、ここでは司法隊と呼ばれている警備兵と罪人、後は国に借金がある者達だという事で、一般にはそれらがどうなっているか、というのは詳しく知らされてはいないという事だ

 

確かに街は清潔であり、そういった部分に関して詳しく知る必要はないのだろう

真桜はそれらに関しても聞き込みをしており

「肥料ちゅうたかな?

 信じられへんけど、畑に撒いたり痩せた土地に埋めたりするらしいで?

 正直気持ち悪いんやけど、漢中の作物は全部そんな感じらしいわ

 詳しい事はまだわからんのやけどな」

世間話がてら、そのような話を聞いているとの事だ

 

他にも区役所とかいう、役人や医者、警備兵が常駐している施設等、どうしても流浪の立場では表からしか得られない独特とも言える事柄が多過ぎる

 

「大将は半年を目安に、とは言うてたけど、どうにも本腰を入れない事には難しい気がするんよ」

 

「確かにそうだな……

 だったら一度、華琳樣にお伺いを立ててみてはどうだろうか?」

 

ある程度腰を据えてとなれば、勝手な判断で動くのもどうかと思う

 

私の意見に真桜は少し考え込んでから頷いた

 

「そやね

 そこらは一度、手紙なりウチらが戻るなりして確認した方がええやろね」

 

「うむ

 もし真桜が役人として科挙を受けるのであれば、私は警備の方で登用される方向で考えてみようと思う」

 

ただし、私の場合は危険が付き纏うのも確かだ

先の反乱で天譴軍の将と顔を合わせている以上、身分が発覚すればなまなかな事で済むとも思えない

上手く誤魔化せればいいのだが、相手の失策に期待するのもまた無謀というものだろう

 

「無理なようであれば、私が交州に戻って別の方にお願いしてもいいだろうし、とりあえずはご相談する事にしよう」

 

私の言葉に工具を仕舞いながら真桜が頷く

 

「できれば劉備あたりがうろちょろする前に段取りつけたいとこやね

 天譴軍にはウチの顔は知られてへんけど、余計な事を言われたら厄介になるやろしな」

 

華琳樣への上奏は、事前に桂花樣が段取りをしてくださっていた連絡用の間諜にお願いすれば大丈夫だろう

 

私と真桜は、交州へと送る報告書の清書をはじめながら、改めて課せられた任務の困難さに溜息をつく

 

 

この日より少し後、漢中を揺るがすひとつの騒動がそのまま私達の命運を変える事になるとは、神ならぬ身の私には知る由もなかったのだが……


 
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