No.337699

新世代の英雄譚 十話 Day6

今生康宏さん

先週には書き上げていたのに、何故か投稿していませんでした……お待たせしました。三段構成の二話目です。短めですが、次回で色々と決着です!

2011-11-21 22:58:47 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:313   閲覧ユーザー数:313

Day6「彼もまた、彼の理由を持ちて」

 

 

 

「いよいよ、か」

 ――何が?祭りの開催が。

 唐突に三日間もの間、祭りを開くというのだ。しかも商店への資金援助も惜しまないという。

 ばら撒かれる金は、いくらになるのか……恐らく、騎士が見たことのある桁ではないだろう。

「何か、手がかりは掴めたのか?」

「今はまだ。でも、尻尾を出すとしたらこれからよ。祭りで浮かれるのは、民衆だけではない」

「熱気に当てられ、舞い上がるのは鳥も同じ、か」

「しかもそれが酒を呑んでいて千鳥足なら、尚更ね」

 意図していなかったのに、比喩どころか暗号の様な会話になった。

 それでも、十分ビルはついて来てくれている。それが気持ち良い。

 鳥……貴族。ここではそのまま、伯爵を指す。

 結局、ビルはあたしが本格的に動くことになってから、協力してくれるらしい。

 バート青年にも話はしているが、彼もそれとなく探ってみてくれるという。もうすっかり、彼の前での役作りを放棄したあたしだが、まだ彼は恋情を抱いているらしい……というか、今では別方向に魅力を感じている様だ。面倒なことに。

「俺の中では、こういう面倒ごとに首を突っ込みたがるのはルイスの専売特許だって認識だったんだがな……」

「ええ。あたし自身、自分が信じられないわ」

 事実。

 初日ではまだぎりぎりの所で悩んでいたが、翌朝には腹が決まってしまっていた。

 あたしは、あたしの騎士道――多くの騎士から失われて久しい、師匠が大事にしていたもの――を貫き通すことを決めた。

 弱きを助け、強きを挫く。悪には鉄槌を下し、正義を推奨する。嘘を嫌い、真実のみを友とする……そんな、昔物語の中の理想の騎士の道を。

「この話、これからどう転ぶかわからねぇが……俺は、お前の後悔の残らない様にするのが一番だと思うぜ。何、ルイス達は雇い主側に知られてないんだ。いざとなりゃ、バートでも囮にして俺達だけで逃げれば良い」

「ふふっ、そうね。後悔が残らない様に、というのはあたしも完全に同意見。もう後悔はしたくないもの。……でも、形振り構わず逃げたりはしないわよ。無様な逃げ方をするのも、騎士道に反するもの」

「じゃあ、どうするんだ?討ち死にとか、つまらねぇことはしてくれるなよ」

 思わず、笑う。

 騎士の死を些事なことだと言い切る。それは、騎士に余計な幻想を抱いていない証拠だ。

 名前こそ立派だが、騎士の仕事と傭兵の仕事はほとんど変わらない。結局は人殺しであり、貴族の飼い犬。にも関わらず、立派な甲冑と軍馬が、まるで神話の中の存在の様なイメージを振り撒いている。

「散々引っ掻き回した後で、堂々と背を向けるわ。幸い、ここの馬はどれも優秀そうよ。多分、あたしが跨ったら手綱を握る必要もなく、思う通りに走ってくれるわね」

「えらい自信だな」

「実は槍の腕より、乗馬の腕の方が褒められていたのよ?どんな暴れ馬でも、五分で乗りこなせるわ。あれでピューリも、もっと小さい頃はやんちゃで……」

「あ、長そうだからもう良い」

 今の話には付き合っても、思い出話まで聞くつもりはない、と手を振られる。

 貴族というものは、過去の栄光を語りたがる生き物だというのに、この辺りは無粋だ。

 彼の場合、だからこそ「らしい」訳だが。

「で、今日はいつも通り仕事か?」

「……あなたのその、関心のない話を無視したがるのは悪癖ね……昨夜、連絡されたでしょう?今日は唯一の休暇日よ」

「マジか?それはつまり、あの執事服を着なくて良いってことだな?」

「……当然よ。あなた、休む休まないは二の次なのね」

 案外、あたしは執事服も似合っていると思うのに。

 ――確かに、服の上からでも筋肉が付いているのはわかるし、何よりバート青年と比べて、頭一つ分は身長が高いものだから、目立って仕方ないが……上品さに欠けていても、頼もしさはあるだろう。

 貴族の使用人としては、案外向いている人材なのかもしれない。本人は転職するつもりなんて絶対ないだろうけど。

「よし、久し振りにシャバの空気が吸えるぞ!」

「娑婆って、そこまで悪い環境かしら?ここ」

 大金持ちの屋敷にしては、嫌味な装飾も少ないし、調度品は全体的にシックな雰囲気でまとめられている。

 中庭には季節の花が植えられ、その見栄えも中々。素人ではなく、専門家の仕事だろう。

 使用人に与えられている部屋も、適当な宿屋よりは余程上等、ふわふわの羽毛布団に包まれての眠りは、規則正しい生活を心がけているあたしでも、寝坊しそうになるほどに快適なものだった。

 ここまでの屋敷は、並みの貴族では建てられないし、あたしの実家など遠く及ばない。

 怪しんでいる相手の住居とはいえ、一週間近く住んでいて悪くない気分だ。

「雑魚寝、野宿が基本だったからな。どうも、ちゃんとしたベッドで寝るのが落ち着かねぇ。後、金かかってる雰囲気に酔う。なんかもう、そこら中から貴族臭がすんだよ」

「ああ……」

 実際、大貴族の邸宅なのだし、その雰囲気は当然だろう。

 確かに……今までの生活とはかけ離れ過ぎている。変な気分がしてもおかしくないだろう。

 思えば、あたしの感じているこの心地よさも、ビルのそれとは違うが、この屋敷に酔わされているのには違いないのかもしれない。

 過度の贅沢もまた、騎士の敵な訳なのだが。

「そんな訳で、とっとと酒場にでも顔を出したいんだが、休みってことは、何しても自由だよな?」

「そりゃ、休暇中まで監視される訳ないでしょうけど、明日も早いわよ。呑み過ぎて寝坊しない様にね」

「あー、そりゃ約束できね。というか、ぶっちゃけ潰れるまで呑む勢いだ」

「馬鹿……遅刻は減給よ?酒代を稼ぐと思って、仕事ぐらいはきちんとして」

 ……飲兵衛の亭主を持った妻の心地がして来た。

 決めた。絶対に酒好きの男とは結婚しない。むしろ、酒に溺れそうになったら殴ってでも矯正する。

 下戸の身からすると、本当に酒にお金を注ぎ込むその心理がわからない。

「……で、あたしはついて来て、なんて一言も言っていないのだけど。バート」

「いえいえ、ロレッタさん!僕は貴女の為なら、たとえ火の中水の中、馬の足に蹴られてでも馳せ参じましょう!」

「そして、口上がいちいちステレオタイプよね。後、本当に馬に蹴られたければ、宿にあたしの馬を預けてあるから」

 ビルが一人で呑みに行ってしまった為、あたしはあたしで小金を使いに行こうと思ったところ、あのバート青年が駆けて来た。

 ある意味、この執念は感服に値し……ない。間違いなく、見習って良い類の情熱ではない。

 ここまで来ると、軽くストーカーが入って来ているだろう。プライベートも何もないというのか。

「ははは。冗談もお上手で」

「……まあ、良いわ。一人で遊びに行くのも寂しいし、一緒に行きましょうか」

「ありがとうございます!」

 あまり邪険にしてやるのも可哀相だし、たまには貴族と触れ合ってみるのも面白いかもしれない。

 そう思い、軽い気持ちで同行を決めたのだが……これは明らかに間違いだった。

「ロレッタさん!お食事などどうでしょうか!?あちらに良いお店が……」

 

「ロレッタさん!こちらの服など、お似合いになるのではないでしょうか!とっても可愛らしいですよ!」

 

「ロレッタさん!たまにはヒールの高い靴など履かれてはどうでしょうか!僕の背中で試し踏みをして頂いても大丈夫ですよ!」

 

「ロレッタさん!この可愛らしいビスチェなんて……うぶっ!は、はは……ご、ごめんなさいっ」

 

「ロレッタさん!今日はとても楽しめましたね!」

「ええ……あなたがそう思っているなら、そうなんじゃない。あなたの中では」

 今までの屋敷での仕事より、どっと疲れた気がする。この状態はもう、過労なんて言葉では言い表せない。

 あえて言葉にするなら、過労の向こう側だ。軽くあの世が見える様な、見えない様な。

 尚、お金はバートが持ってくれるということなので、貢いでもらうだけ貢いでもらった。

 と言っても、後から恩着せがましく言われても面倒なので安いものばかりだ。

「ああ、それから、ロレッタさん」

「なに?」

「侯爵について、友人に手紙で訊いたところ、早速返信が来ましたよ。……少し、人気のないところで話しましょうか」

 ……今日一日振り回したのは、情報料といったところか。中々にしたたかだ。

 実際、お金を使ったのは彼の方だが。

「そんなに真っ黒な情報が掴めたの?」

「はい。……この手紙は、直ぐに焼いて処分しないといけませんね」

「それほどの」

 少し意外だ。

 バート青年の友人が、果たしてどれほどの身分の貴族かは知らないが、自分と繋がりのある有力貴族を売る様なことは、そう易々としないだろうと思っていた。

 理由は勿論、一人で金を稼ぐよりは、徒党を組んだ方が効率良く稼げるから、だが……隠すのも憚られるほどの手段を取っているのだろうか。

「……よし、誰も居ないな。念の為、お耳を」

「ええ」

 すぐ耳元にバート青年の顔が近付き、息遣いが耳に入って来る。

 息が荒いのは、欲情ではなく、緊張の為だと信じたい。そうでないと、股間を蹴り上げようと思う。

「――――、――――という話です」

「……にわかには信じがたいけど、信頼できる相手の話なのね?」

「はい。侯爵と直に何度も会っているということはわかっていますし、誠実な人です。かの伯爵の悪行を、許せなかったからこそ、なのでしょう」

「わかったわ。信用しましょう。……でも、流石に話が大きいわね。慎重に探りは進めないと」

「まだ、何か探るのですか?」

「確かな証拠を抑えないとね。平民や、傭兵をやっている貴族の話なんて信用されないわ」

 仮に話が通ったとしても、のらりくらりと逃げ回る手段なんていくらでもある。

 動かぬ証拠を叩き付け、逃げ道を完全に断ってしまわなければならない。

「……でも、そうね。その話を知れただけで、かなり大きいわ」

「え?」

「無理に伯爵の不正を暴かなかったとしても、あたし達的には収穫があったということよ」

「は、はあ。そうですか」

 言うなれば、仇を知ることが出来たということになる。

 復讐を美学だと言えるほど、あたしは単純な人間ではないが、仇を知らず釈然としないまま旅を続けるよりは、ずっとマシというものだ。

 ――そして、機会があれば、仇を討つとまでは行かなくても、脛を蹴り上げるぐらいはしてやろうと思う。


 
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