No.336913

スティナ山賊団日誌 5話

今生康宏さん

初の戦闘描写があります!
そういうものに触れて来なかった人間としましては、格好良く機械を書けないのが歯がゆいです……

2011-11-20 02:31:15 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:319   閲覧ユーザー数:319

五話「双振りの忌剣」

 

 

 

「ティナちゃん。質問しても良い?」

「なに?お姉ちゃん」

 二日目。

 寝て起きたら、私のことをお姉ちゃんと呼ぶのも馬鹿らしくてやめてしまうかもしれない、と思っていたけど、ティナちゃんは律儀にも与えられた「刑罰」をきちんと受け入れていた。

 シロウさんに言わせれば、これはティナちゃんの意地らしい。理不尽な命令は絶対聞かないけど、正当な理由があった上で課せられた使命は全うする。それが彼女の道徳観であって、それに背くはことは絶対に出来ない。したくないのだという。

 可愛い妹分が出来て嬉しいけど、どうもくすぐったさが抜けない。可愛いから良いけど。

「その、ティナちゃんの剣についてなんだけどね」

 私が気になっているのは、ティナちゃんが常に背負い、着替えの時ぐらいしか体から遠ざけたことがないほど大事にしている大剣だった。

 白銀の様に真っ白いに収まっており、刃渡りは百五十センチほど。柄がかなり長くて、三、四十センチはある。

 かなりの重量がある様で、背負い慣れている筈のティナちゃんでも、時々バランスが取り辛そうにしたりしている。どう考えても、彼女には大き過ぎる得物だ。

「ああ、そういえばまだ、お姉ちゃんには説明してなかったっけ」

「うん。機巧剣、という種類?とは聞いたけど」

 そう。この大き過ぎる剣は、機械の名を冠している。

 だからこそ、ティナちゃんが大切にしているのだと認識していたが、一度も鞘から抜かれ、振るわれた姿を見たことがないのだから、そろそろ詳細が気になって来る。

 元々、私は機械の類にそれほど興味を持っていなかったが、考古学と機械は必ず結び付いて来るし、ティナちゃんの影響も全くない訳ではない。

 一体どの様な剣で、内部にどんな機構を備えているのか、知りたくなってしまった。

「そうだったわね。良いわ。この剣の素晴らしさ、旧文明の高い技術力、すなわち、あたしが機械に魅せられたその理由……全てを語ってあげる。長い話になるけど、ちゃんと聞きなさいよ。お姉ちゃん」

「うん。しばらく平坦な道が続きそうだしね。ゆっくりと、思う存分話してくれて良いよ」

 

 ……この言葉は、私が人生で数多く犯した失敗の内でも、五本の指に入るぐらい大きな失敗だった。……気がする。

 その長い長いお話は、対話の形式を取らず、ただひたすらにティナちゃんが一方的に話すだけのものだった。

 つまり、その一切を書き留めることは、通常の小説の範疇を逸脱してしまうのだが……「彼女」という人物を記す上では、必要不可欠のエピソードだと思う。

 つまり、えっと、その、ノーカットでお送りします。

「まず、ね。ふふっ、この剣を抜いて見せてあげるわ。それだけで圧倒されるほどよ。こんなに美しい剣が、何百年もの時を越えて今の時代に存在している……ああ、ロマンだわ。どんな小説よりもドラマチックでロマン溢れるファンタジーよ」

 吟遊詩人が詩歌を謳い上げる様に高らかに言って、ティナちゃんは白銀の鞘から古の機巧剣を抜き放った。

 瞬間、鏡の様にその剣身は陽の光を反射して、辺りを照らし出す。比喩ではなく、二つ目の月が誕生した様な心地がした。そして、ティナちゃんがこの剣に惚れ込む理由の一端を理解する。

 極限まで磨かれた鋼の剣身には、昨日完成した全くの新品の様な美しさがある。一ミリの歪みもなく、綺麗に形作られたこの剣には、人間の様な曖昧と適当の世界の住人の手など一切かかっていない。

 ゼロと一。直線と円弧。数学の世界の言語だけで話す、機械の手が作り上げた傑作だというのがわかった。

 「優れた機械は、人間を必要としない」そんな言葉が旧文明にはあったという。

 今までの私は、それは言い過ぎだ、と否定していたが、今となっては素直に受け入れてしまいそうになる。

 現在の文明では……今の人と、道具ではとてもこんなものは作れない。

 しかも、この剣はただ美しいだけではなく、機械構造をその剣身に隠している。

 芸術品であり、兵器。人を戦慄させる一方で、この剣は人を感動させる……歪な二つの役割の同居。しかし、それでも不思議と調律が取れている、そんな気がした。

「どう?素晴らしいでしょ?多分、当時の技術力ならこの子を喋らせることも簡単だったんだろうけど、プロ仕様のこの子は音声ガイド機能がないのよね。だから、この子の代弁をするつもりであたしが話すわ。

 まず、この子の名前……といっても、型番に近いわね。それは、FM-194。FMというのは、フォトンアームズの略らしいわ。フォトンといっても、発光するという訳ではなく、この美しく輝く剣身を表しているんでしょうね。

 194というのは、単純に百九十四番目の型、ということみたいだわ。この子はFMシリーズの集大成として最後に作られたみたいだから、恐らくこれがそのままFMシリーズのラストナンバーよ。

 さて、そもそもこのFMシリーズに代表される、『機巧剣』というのは何か、についても説明が必要ね。

 機巧剣というのは、飽くまで俗称だけど、当時からこういう言葉が使われていたそうだわ。機巧というのは、巧みな機構を持つもの、みたいな感じの造語かしら。まあ、このネーミング自体に深い意味はないと思うわ。

 この機巧剣というのは、見た目の通り、旧文明の大戦の末期に製造、実戦登用をされた対人兵器よ。当時の武器の主流は、銃と大砲だったみたいだけど、そういった武器は全て機械兵士が装備していたのね。

 あ、機械兵士というのはわかる?旧文明は、戦争において、数に限りがあり、簡単に死んでしまう人間の兵士ではなく、機械で作った兵士を重用したみたいなのよ。当時の技術力では、機械に機械を使わせ、機械に機械を作らせる、という無限ループみたいなことが出来たのね。

 でも、いかに高度な人工知能を作っても、機械兵士は基本的に単純な馬鹿で、ただぶつかり合うことしか知らない。機械兵士は銃に対する厚い装甲を持っていたし、末期には大砲さえも無力化出来たみたい。

 だから、最後には結局人間が銃を持ち、剣を取って戦うことになったの。銃はあらゆる局面で使える武器だったけど、狭いところでは跳弾が怖いし、防弾チョッキごと切り裂ける、ということで剣も人気だった様だわ。

 けど、もっと効率的に戦えないだろうか。そう考えた末に、この子達、機巧剣が生まれたのよ。

 一つの銃のパーツを組み替えて、様々な火器の役割を兼ねさせる、というアイデアは前からあったんだけど、それの剣への応用って感じのコンセプトね。ついでだからそれを全自動にしてしまおう、と当時の技術の粋を集めたのが、“完成試作品”であるこのFMシリーズなのよ。

 簡単に説明すれば、一見するとこの剣の刃は一枚の鋼の板で出来ているみたいだけど、無数に切り込みが入っていて、その中にはそれを動かす為の小さな仕掛けがやっぱり無数にある。

 で、予め登録しておいた使用者の声による命令だけを聞いて、変形するのよ。その形は槍だったり、斧だったり、銃だったり、色々と。

 ……ふぅ。これでやっと、この子の話に移れるわね。

 ここまでのは、機巧剣全般に言える話。旧文明では機巧剣が……そうね。FMシリーズに至るまで、数千種類の試作品が作られ、FMシリーズも改良に改良が重ねられ、194までにやっぱり数千本作られた筈よ。この子は、それらの試作、改良の末に生み出された、機械として最高の機械。そうね……機械を超える機械、かもしれないわ。

 お姉ちゃん、あんたもわかるでしょ?この子は、本当は人の命を奪い、大地も抉り取り、もしかしたら自然のバランス全てを破壊したかもしれない恐ろしいものなのに、人を魅了する様な力がある。あたしはそんな人間、あたし以外に知らないけど、本来は選ばれた人が持つ様な、人を引き付けるオーラがあるのよ。この子には。

 この子にそんな機能はないから喋らないけど、音声機能があったとしたらこの子は、普通の人間みたいに喋って、普通の人間みたいに怒ったり泣いたりすることが出来ると思うわ。

 そんな最高の剣だからこそ、元々は軍隊の指揮官か、余程位の高い人間が使っていたみたいね。この子のメモリーの中には、その使用者の命令の履歴が残っていたわ。幾度となく戦闘を繰り返して来て、その度にこの子は勝利を導いて来た……でも、最後の履歴には、使用者の断末魔の声が残っていたわ。必死に振り絞られた声で、それでもこの子の導く勝利に縋り付いていた……。

 っと、そんな話は良いのよ。頭の良いことに、この子は使用者が死ぬと……といっても、この子に目はないから、最後の命令からしばらく時間が経過すると、使用者情報が初期化されて、再び使用者登録が可能になるのよ。

 勿論、すごい兵器なんだから、誰でも登録が出来ない様に、複雑なロックがかけられていて、暗号を五つも入力する必要があったわ。でも、あたしは十歳の時にそれを全部解読して、この子の新しい使用者になったの。本当、運命としか言えない出会いよ。あんな田舎の村にこの旧文明の超兵器が埋まっていて、その場に丁度あたしが居合わせたんだから。

 ふふっ。その時の思い出話もしたいんだけど、まずは機能説明ね。

 さっきからいくつか出してるんだけど、まず、音声認識機能。

 この子の操作には、基本的に使用者が指で何かをする必要はなくて、全て声で命令するの。予め登録されている単語を話せば、ちゃんとそれに従ってくれる。それにすごいのは、多少発音が違っていても、勝手に判断して命令を聞いてくれるの。それからわかる様に、この子にも人工知能が搭載されているのよ。

 次は、メモリー機能。これはそのまま、今までに受けた命令を全て音声で記録しておいてくれるの。文字じゃないのは不便だと思うかもしれないけど、旧文明と今とでは、言葉が違うものね。文字は学者しか読めないんだし、音声で良かったわ。あたしが命令する時は、この記録を真似して言えば良いんだもの。

 そして最大の機能。全九十種類もの形態への変形。ある言葉……コードっていうみたいなんだけど、それを言えば、対応した形に変形してくれるわ。たとえば、メモリー機能を呼び出したければ、code02:MEMORYね。ちなみにcode01はBLADE。一番最初のこの形ね。

 code03以降は、全て武器としての機能で、code79までわかっているわ。剣だけではなく、槍、斧、光線を放つ弓、あらゆる口径の弾に対応した銃、鎖の先に刃や鉄球の付いた暗器類、蛇腹剣、燃料さえあれば火を吹く火炎放射器、剣の一部を分割して、自動偵察機や支援機にすることも出来るわ。どう考えても非効率的な他の形態の下位互換ともいえる機能まで搭載されているのは、作り手の趣味かしら。

 そして、code80以降は製作者のみ知るシークレット・コードとされていて、当時の使用者も知らなかったから、当然あたしが知る術もないわ。あたしが今までの旅の中で集めた他の機巧剣の情報によると、やっぱりこんな秘匿とされた命令はこの子以外の剣にもあるみたいで、戦争の最終局面で使用される筈だった禁断の破壊機構とも、平和な世になってから使われるべき娯楽や生活に便利な機能だともされるけど、今の世の人間は推測することしか出来ないのが実情ね。

 機巧剣の分解が出来れば、或いはわかるかもしれないけど、他の機械とは段違いの複雑さだし、一度ばらして修理が出来なかったから、大損害だもの。ほとんど進んでないわね。勿論、あたしも大事なこの子をばらばらにするなんて出来ないわ。

 それに、仮に複製が可能になってしまったら、その時こそ人間は絶滅しかねないわ。巨大な研究機関が尻込みするのも道理ね。

 はぁ……まあ、そんな感じ。機械はどれも素晴らしいけど、本当にこの子は最高の機械だわ。どう?お姉ちゃんもその素晴らしさが分かったでしょ?もう、あたしも話しててすごく興奮して来ちゃって、なんかもう、今晩はこの子を抱いて寝たいというか、更に愛が深まったというか……ちょ、ちょっとお姉ちゃん、聞いてる?」

「……ぐぅ」

「………………ぐぅ?あんたまさか、あたしの最高に為になる話を聞き流してたの?」

「……ふぇ?あ、ティナちゃん、おはよ」

「おはよじゃないわよ!後、『ふぇ?』って何よ!寝起きの可愛さをアピールして、全てを許してもらおうと思ってもそうはいかないんだから!」

「う、嘘だよ。嘘々。ちゃんと聞いてたよ」

「……じゃあ問題、メモリー機能の呼び出し方は?」

「code02:MEMORYだよね」

「そこは間違えなさいよ!」

「いや、だってちゃんと聞いてたもん」

「……はぁ。それなら良いわ。山が近いみたいだし、ここからは余計なお喋りはやめておきましょう」

 見ると、薄もやの先になんとなく黒い山影がこちらを見返していた。

 それほど高い山ではなさそうだが、この辺りになると街道に草木はほとんど生えていない。ということは、あれはむき出しの岩山なのだろう。

 慣れているティナちゃん達ならまだしも、私にはきつい登山になりそうだ。

 緑が人間に与える安らぎの効果というのは、存外に大きい。

 今までは意識しなかったことだが、赤茶けた地面ばかりを見ていると、それを意識せざるを得なかった。

 町に住んでいても、孤児院にはささやながら花壇があったし、木もいくつか植えられていた。ちゃんと木は緑は身近にあって、その優しさが当たり前の様に感じられていたけど、当然ながら不毛の地というものはある。

 ティナちゃんの怪談じみた昔話は本当で、一切の植物が失われるほどの大戦がこの地に巻き起こったのだろう。

 そう思うと、砂利と石ばかりの地面を歩く感触が、死体の上を歩いている様に感じてしまう。

 そのことをティナちゃんに言ってみると、予想に反した方向性でのクールな答えが返って来た。

「多分、死体すら残ってないわよ。粉微塵になったか、完全に蒸発したか……」

 全く関係のない他人のことだというのに、私の目には涙が浮かんだ。

 修道女然とした慈悲や慈愛の情ではなく、もっと根源的な恐怖の涙だった。

 彼等は苦しかったのか、それすら感じる間もなく死んだのかわからない。だが、一見すれば野蛮、しかし人間が生物である以上は避けられない、戦争というものの恐怖が一気に押し寄せて来る様で、音もなく涙を流した。

 ティナちゃんは驚いた風で、何故か謝ってくれたりしたが、中々私は彼女を安心させてあげられない。

 けど、なんとか言った言葉は。

「――ティナちゃん。夢、叶えてね」

 彼女の夢。兵器達を……多分、他の機巧剣達を集めて、最強になること。――ああ、世界を掌握することも含まれていた。

 途方もないことだけど、彼女ならやれそうな気がする。なんとなく私はそう思った。

「え?ええ、もちろん!あたしは最強になって、戦いの為ではなく、愛でる為に機械を生産させるんだから!」

 後半部は、彼女の個人的趣向が多分に入っているけど、改めて聞いたその野望は、何故か素晴らしいものに思えて、すごく心地が良い。

 私はそんなティナちゃんを抱き締め、頭に手を置いていた。

「ふぁあ!?ちょっ、ちょっと、何を!」

「慰めてくれたお礼だよ?妹を困らせちゃう、駄目なお姉ちゃんでごめんね」

「お、お姉ちゃんって、あたしはあんたの妹じゃ……い、いや、今はそうだけど、もう後一日もすればそうじゃないというか、というか、そろそろその肉圧というか乳圧が暑苦しいというか、あーもう!離れろー!!」

 ばたばたと暴れるので、直ぐに温もりを解放する。

 私にしてみれば、柔らかな彼女の体と甘い香りを堪能出来ていたから、もうしばらくこのままで良かったのだが。

「……あんた、意外と抱き付き癖があるのね」

「そ、そんなことは」

 思えば、孤児院時代から褒めるといったら、抱き付いて頭をなでなでしていた気がするが、これは子供に対してだけすることであって、間違っても年上の女性や一定以上の年齢の男性には抱き付いたりしない訳で……。

 頭一つ分ぐらい小さいティナちゃんが、丁度抱き上げるのに最適だというのも悪いだろう。

 それに、私から見ればまだまだ幼いのに、人並み以上に頑張っているティナちゃんがすごく愛おしい。ふわふわで抱き心地もすごく良いし。

「まあ良いわ。お兄ちゃん、そろそろご飯!」

「へいへい。直ぐに準備しますぜ、妹様」

「いもう……ばかっ!そこは普通に団長かスティナで良いでしょ!」

 二人が軽快に言葉を交わし合って、再び騒がしくなって来る。

 私はとりあえず、荷物の整理をしておくことにした。

 といっても、食料の類はシロウさんが管理してくれている。一応、会計も兼ねている私の仕事は、お金やその他財産と呼べる物の管理だ。

 その中には私が持って来た書物も含まれているので、旅の中で落丁などしていないかをざっと確かめる。

 孤児院から持って来た経典も、一応確認しておく。有名な文句は諳んじる事も出来るが、とりあえずこれを見せるだけでも、修道女の端くれとしての身の証となるので大事な物だ。

 白髪であることが魔女である証明、とされている地域では無用の物だったが、この辺りではそんな考えはほとんど無い様で、物珍しそうに見られはすれど、軽蔑的な視線はまず向けられない。

 勝手な話だが、もうこのまま定住してしまっても良い、と思えるほどに幸せな心地がした。

 ささやかな修道院を建て、そこで説教と学者業とをして暮らす……以前の私なら、それで満足出来ていたかもしれないが、今となっては二人と別れ難い。神の後ろ盾なく、信頼し合える関係というものを知った今となっては。

 食事の後は、再び登山。

 山の風は平地のそれに比べるとずっと涼しく、一瞬で汗を連れ去ってくれる様だ。

 今日はそんな風が多く吹き、標高の高い所為で涼しいのもあり、昨日ほど汗だくにはならなかった。

 せっかく綺麗に洗濯した服が、またぐしょぐしょになってしまうのも嫌なので、空気を読んでくれた山の神様には感謝。教会的にはそれは、異教の悪魔だけど。

 それでも、登山二回目の私に山道はきつく、一時間もしない内に息が上がっていた。

 対して、ティナちゃんはどこかに兵器がないか、細い岩肌の隙間や、何か埋まっていそうな所を調べながらだというのに、驚くほど俊敏に、疲れ知らずで歩いている。

「大丈夫か?無理して倒れたりする前に言ってくれよ」

「はい。ありがとうございます」

 団の中では唯一の男性。正に大黒柱で、やはり疲れていないシロウさんは、私と歩調を合わせて歩いてくれている。

 ティナちゃんが「背負ってあげなさいよー。男でしょ?」と、シロウさんが出来ないと知っていて冷やかしていたけど、私にとっては一緒に歩いてくれるというだけで安心感があった。

 手を引かれる様に穏やかな気持ちで進んでいると、急にティナちゃんが歩みを止めた。

 にわかに空気が張り詰め、沈黙が訪れる。

「――リア、下がって!」

 静寂の中を突き抜ける、ティナちゃんの鋭い声。

 私は怯える様にシロウさんの後ろに隠れ、反射的に渡されていた拳銃を探した。

 ずっしりと重い凶器は、私の荷物の中、書物とは別のポケットに収まっている。

「下手に撃つなよ。俺とスティナがヤバイと判断した時だけ、空に向けて撃ってくれ。その一瞬で立ち直してみせる」

「は、はい」

 背負っていた槍を構え、シロウさんは前に出た。ティナちゃんと並び、敵を見据える。

「女のガキと、猿一匹か。荷物を置いて引き返せば、許してやるが?」

 相手の姿は、私からは見えない。岩陰に居るのか、シロウさんの長身に隠されているのか……酷く冷ややかな声だけが聞こえて来た。

 口は悪いが、いきなり襲いかからない辺り、相手もただの賊という訳ではなさそうに思える。

「黙りなさい。シロウを愚弄して良いのはあたしだけよ!それに、これでもこいつ、九九は言えるんだから猿よりマシよ!」

「おま、それフォローになってな……」

「code07:SNAKE!身包み剥がれるのはあんたの方よ!」

 不意打ちの様にティナちゃんは剣に命令し、それに応じて機巧剣は自らの形状を変化させた。

 遠目でも、その印象的で長大なフォルムはよくわかる。そのシルエットは、鞭かひたすらに長い両刃剣。

 しかし、よく見ると刃は細かく分離しており、それらが鎖の様なもので一繋ぎにされている。

 実物を見たことはなかったが、「蛇腹剣」、「鞭剣」と呼ばれる武器そのものだ。

 扱いが難しいことは容易に想像されるそれを、ティナちゃんは意外にも軽やかに振り上げ、撃ち付けた。

 地面が砕け、抉れ、砂煙が上がる。

「機巧剣だと?お前の様な子供が……」

「子供とかガキとか、うっさい!戦いに大人も子供も、女も男も関係ないのは数百年前からの常識でしょ!」

 蛇腹剣に変じた機巧剣は、まるでそれ自身が意思を持った蛇の様に地を、宙を、のた打ち回り、敵の賊を追い詰める。

 振るい、打ち付け、時には射程を活かした突き。刀身を連結させ、長剣として斬り付ける時もある……正に変幻自在、捉えどころのない武器に、相手も苦戦している様だ。

 ……それにしても、相手は機巧剣の存在を知っている?

 機械に詳しい人なら、知っていてもおかしくないかもしれないが、一般人がそう簡単に機巧剣の様な複雑な機械に触れることはない筈だ。

「くっ……俺の剣にその命令は組み込まれていない……。その剣、さてはFMシリーズか?」

「へぇ。よく知ってるじゃない。あんたもさっさと剣を抜いたら?それとも、取り上げて欲しいの?」

「剣を奪われるのは、お前の方だ!その剣、最早逃す訳には行くまい。code14:DRAGOON!」

 怒号の様な命令と共に、相手方の剣が抜かれたらしい。

 風を斬る音と、銃声がほぼ一時に放たれた。

「DRAGOON……この子にもある形態ではあるけど、それがガンブレードの形で採用されているのはLMシリーズが初にして唯一。ふぅーん。この子の直系の先祖ね」

 ガンブレード?聞き慣れない言葉だが、ニュアンス的には銃と剣の一体化した武器、といったところだろうか。

 剣を振り下ろすと共に発砲した様だが、撃ち出された筈の弾は、シロウさんの槍に防がれていた。

「武器のスペックで負け、人数でも不利。これ以上続けるのは賢明とは思えないぜ?」

 槍を持ち上げ、その先端を相手に向ける。その狙いは喉元。

 ティナちゃんの蛇腹剣もまた、いつでも相手の急所を貫ける様にその首をもたげた。

「……次に会う時には、万全の態勢を整える。お前達も、後ろの女も、残らず殺してその剣を奪ってやろう」

「見逃されておいて、随分な言い草ね。ま、本当にシロウやリアに手を上げるっていうなら、あたしが八つ裂きにしてやるけど」

「その剣は子供の玩具ではない。命が惜しければ、捨てろ。さもなくば必ず死ぬことになるぞ」

 最後に呪いの言葉を残し、彼は去って行った。

 二人は小さく息を吐き、得物をしまうと、私の方に駆け寄って来てくれる。

「『機械狩り』ってやつね。機械専門の強盗って感じ。都会か、遺跡に現れるのが普通なんだけど……この近くにそんなものあるのかしら」

「おい、それより先に言うことがあるだろ。大丈夫か?このバカが滅茶苦茶に剣を振り回すから、相当砂が舞ってたけど……」

「あ、はい。大丈夫です。……機械狩りという言葉は、初めて聞くけど」

 ティナちゃんは、機巧剣の時とは打って変わって、簡潔にその言葉についての説明をしてくれた。

 詰まるところ、遺跡の盗掘者であり、他人の使っている機械を盗む人達らしい。

 そして、さっきの彼はその標的を機巧剣に絞っているのだと考えられる、と。

「今までにも、ああいうのに絡まれたことは何度かあったが……あいつはその中でも特に厄介そうだな。ただの金目当てには思えない」

「どんなのが相手でも、向かって来る以上はぎたぎたにするだけだけどね」

 ティナちゃんは剣の柄を一撫でして、相手の消えた方向を見た。

 そこを冷たい風が吹き抜け、赤褐色の砂がさらわれて行く。

 幾人もの血が流された地で、再び血が流されようとしていた。


 
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