南陽───。
「わらわの…わらわの兵隊がたった二人に全滅じゃと!? ありえん、ありえんのじゃあああ…」
「美羽さまぁ…」
袁公路の居城、南陽の城は無残にも焼け落ち、贅の限りを尽くした庭園も既に灰の積もる更地と化していた。
そう、たった二人の旅人によって。
「貴女たちが大人しく、あの様々な花で作られた珍しい蜂蜜の数々の製作者の居場所を大人しく吐いていれば、
こんな焼け野原にならずに済んだものを…くすくす…哀れな事」
「この私を歯牙にもかけないなんて、なんて化け物なのよ…」
「虎といえど、天に勝てるはずもなし。我は天を統べる者」
利き腕があり得ぬ形に曲がり、愛剣すらまともに握る事もできず、
全身に刻まれた無数の切り傷からは出血が止まらず、手当てを直ちに施さねば、命の灯火もいずれは消える。
それが今の孫伯符の状態であった。
孫呉の虎の娘は、名もまともに名乗らぬ、たった一人の小柄なウェーブがかった金色の長髪の少女の前に、膝を屈している。
本来は両頬の辺りで髪をカール状にまとめているのが彼女の流儀であるが、
旅路ということと、身分を隠すという意図もあり、あえて風になびくままに任せている。
返り血にまみれてさえいなければ、街行く男の大半が思わず振り返るほどに、
綺麗さと愛らしさを見事に同居された麗しい美少女であっただろう。
「客将の身分というのも哀れね。そんな子供に忠義を誓わねばならないのだから」
妖艶に微笑む口元から発せされる言葉は、冷血かつ辛辣なもの。
「こっちの勝手よ。私は強いものと闘うのが好き。ただ、今回は想像以上だったというだけ。
それに貴女はこの土地にも然程興味がないでしょう?」
「ええ。いずれは手に入るのだから、焦って手に入れる必要などないもの。
私が今為すべき事は、この『滅』に天の血を吸わせ、そのむせ返る臭いに酔うことよ」
ま、殺すつもりはないけど、と心の中で付け足す。
ただ、永遠の服従の儀式に、彼の血が多少必要なだけ。
卑弥呼…白髪の立派な髭をたたえた威丈夫、と言えば聞こえはいいが、
裸体を惜しげもなく晒し、最低限の布地ではその象徴が逆に主張を強くする結果となり、
さらにそこに吸血鬼風のタキシードにネクタイを締める、乙女を自称する立派な変態である。
その漢女が突然、華琳の前に現れても、彼女が気を失わずに済んだのは、
『一刀』というキーワードであり、また彼女が精神的に病み掛けていた為、
多少のあり得ない出来事など、些細な問題になってしまっていたということもある。
ともかく、その怪しい者から得た情報を元に、華琳は拠点の管理を稟に丸投げした上、
一刀とは全く異なるやり方に深遠に至り、『全てを滅する滅びの覇王』などと評するべき力に目覚めてしまっていた。
「ただ、ちょうど綺麗な更地には出来たから、もらってはおくわ。秋蘭、草には知らせたわね?」
「はっ、華琳様。街や民には傷一つございません」
「それは上々ね。では、秋蘭。後続が来るまでこの街のお守りを頼むわよ。
私にこの力を目覚めさせてくれた天に、礼を言わなくてはね…ふふっ」
「華琳様…」
不安を隠そうとしない、自らの側近に、彼女は微笑みながら声をかける。
その笑みは少なくとも、側近が以前から良く知る彼女の笑顔だ。
「大丈夫、人ではありえない漆黒の覇気を纏っていようとも私は私。が、正しいやり方を取れていない以上、
一刻も早く、一刀…天の御遣いと儀式を結ばなければ、私の身も、この大陸も破滅を迎えるしかないのだから」
秋蘭に告げれば混乱させるだけなので口にはしないが、
大陸が滅ぼう滅ぶまいが、一刀が手に入ればそれでいいと考える華琳は立派に病んでいた。
「この大陸ではあり得ない嗜好品、蜂蜜…足取りを残し過ぎよ、一刀、風?」
ちなみに、秋蘭たちは『一刀』という言葉に引っかかりを感じてはいるが、
主君の豹変振りにそれどころでは無いという状態であった。
「なぁ、風。またおっそろしい殺気を感じたんだけど」
「さすがに風も全力で逃げたい気分にしかなりませんね~。もうお兄さんへの世界の道を無理やり開く方向でいきましょうか」
「「が、その前に」」
そう、俺たちにはやらねばならぬことがある。
「雛里ちゃんは愛玩動物のような可愛さがあるのですよ~。もふもふ~」
「俺が造った即席生クリームをゆっくり味わいながら、喜びの余りに瞳を潤ませつつペロペロする雛里は可愛いなぁ~」
「あわあわ…でも、これ本当に美味しい…朱里ちゃんごめんね…でも、止まらないの…」
まぁ、そういうことだ。
警戒心を解く為に、卵とか牛の乳を使ってちゃっちゃと創造してみたわけです。
風が、前の歴史で、雛里のことは詳しく知っていて、お菓子作りが大好きだと言っていたのだ。
もっと好きな事があるけど、乙女の秘密とか言ってた。アナライズはまだ駄目だって。
予想するのが楽しいですよ、ってことらしい。
そしたら、笑顔が素…ごにょごにょ、って言いながら、真名を預けてもらえました。
この可愛らしい少女が鳳士元って言うんだから、この外史ってのはホントにすごい。
風の見立てでは、政略だと完全に一歩リードできるものの、知略は自分より上、ってことだから、
風の知力である、95以上なのは間違いない。
ただ、風は補正が入るからなぁ。現在値がいきなり100の大台越えってこともありそうだな。あとでアナライズしてみよう。
「私は竹さえあれば、主が作り出してくれるこのメンマ! 愛らしい少女を見ながら、味わう酒とメンマは格別ですな!」
「自分に被害が及ばない騒動なら、必ず酒とメンマのオカズにしてしまえる星の自由さぶりにしびれるっ! 憧れるっ!」
「はっはっは、主よ、褒めても何も出ませんぞ!」
星は通常運転だ。なんという安心感。
よしよし、ではアナライズ、っと。
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○乙女の秘密を望みこむ不埒なお兄さんへの検索結果ですよ~
名前:程昱(仲徳)
真名:風
統率:70+5+2/お兄さんの愛情次第
武力:8
知力:95+5+更なるお兄さんの愛情次第
政治:95+3+更なるお兄さんの愛情次第
得意:寝たふり、日向ぼっこ、交渉事。お兄さんの心の声を聞くこと。お兄さんの魔力調整の補助。
備考:呪文を聞こえない振りして使うお兄さんはやっぱりスケベなのです。
ただ、風はとっくにお兄さんの奴隷なので致し方ありませんね。
そういえば、お兄さんの能力の影響か、宝譿が自分で話せるようになったようです。
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やっぱりステ上がってるし…。愛情注いだらもっと伸びますよ、ですか。風さんや。
100って助言率100%って奴か? 孔明には負けないぜ、って奴ですねわかります。
検索結果への干渉とか、備考が完全に風からの秘密の伝言化してるとか、いろいろ突っ込んだら負けだよな、うん。
へー、宝譿が自立意志持ったってことか。使い魔みたいだよね、それ。
「ところで、兄さんや」
「なんだい、宝譿さんや」
「女学院に行く必要は無くなったみたいだぜ」
俺の肩に何故か乗っている宝譿。しかしなんで背中向いて乗ってるんだか。
「えー。なんでさ」
「兄さんの自由はもう無いからだよ」
「ははは、俺の首から血が流れ始めているのはそういうことかいホーケイ?」
「絶妙な力加減だぜ。頚動脈に触れない程度に鎌の刃をめり込ませる匠の技術、流石だぜぃ」
うん、クリームなめてたはずの雛里が気絶してるし、風の表情も完全に凍ってることぐらい知ってた。
星もメンマの壷を守り抜いたまま、前のめりに倒れてるしさ。やりきったって表情で安らかに瞳を閉じてる。
ただ、ほら戦わなきゃ現実と!…って言われてもさ、逃げたい時ってあるじゃん、そういうことだよ。
「ご機嫌はいかがかしら?」
「いやぁ、一気にしゃきっとしたよ。浮かれていた自分に活っ!・・・って感じでもう、はい、ええ」
「それは良かったわね、ふふ」
「しかし、空気が黒く淀む現象って俺初めて見たよ…すごい妖術師がいたもんだよなー」
「あら? 目覚めさせてくれたのは貴方のお陰よ? ねぇ、か・ず・と?」
ああ、振り向いた瞬間、俺の人生は終わるんだな。それはハッキリ判った。
「風、達者でな」
「お兄さん…風は、風は強く生き…」
「一刀も風も連座責任よ、わかってやるのは見苦しいわね」
「「デスヨネー」」
俺達の明日は見えない。
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覇王は魔王となり、世界に破滅をもたらす!・・・かもしんない。