No.337119

【俺屍】元気伝―もう一つの兄妹の物語―

結城由良さん

前作( http://www.tinami.com/view/335298 )と同じ一族のさらに少し経過した世代での出来事です。縛りプレイのせいで不憫な兄が出たので、色々捏造してみました。ちょうどこの時期に特別解説本を読んでプレイスタイルの見直しをしたりしたので、それに絡めてみましたw

※2011/12/01追記※
サムネイル画像にて不用意に公式ロゴを用いましたことお詫び申し上げます。ご指摘ありがとうございました。

2011-11-20 18:01:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:773   閲覧ユーザー数:761

 元気(げんき)という名のまだ少年の面影を残す青年は、することもなく庭を眺めていた。

 

 彼の母の名は可憐(かれん)、一族の第11代当主である女剣士だ。物心ついて、下界に降ろされ、母を見たとき、その名の通りかわいらしい人だ、と思ったのを覚えている。

 

 しかし、彼が満たされていたのは、初めのひと月、母その人が傍について手ほどきをしてくれた、そのたったのひと月だった。翌月、妹という娘が生まれると、母はその子供に意識を移してしまった。そして、彼女の代わりにあてがわれた、時定(ときさだ)という薙刀士の男は、彼をひどく憐れんだ目で見た。

 

 そのとき彼は知ったのだ。この一族の中で、当主の息子として生まれるという意味を。

 

――彼は「要らない子」だったのだ。

 

 彼が成人した月、御祝儀の意味だったのか、春の公式選抜試合に出場して以来、彼に討伐の声がかかったことはない。おそらくはこれからもかかることはないだろう。

 

 妹――早苗(さなえ)の成人を見届けると、母とそして時定も相次いでこの世を去った。早苗が、そして、時定の子、(あずさ)が、元気にはとてもうらやましかった。彼らには一族の中で、明確な役目があった。彼には何もない。与えられた職業は「壊し屋」だったが、彼の少し上に泉華(せんか)という名の女が継いでいる「壊し屋」の血筋があった。

 

「なぜ、僕は壊し屋なんですか?」

 

 他の一族は親の職業を継承するのになぜ、と疑問を抱いて聞いた元気に、可憐はひどくやましそうな顔をしたものだった。

 

「…奥義をまだ閃いていないのは、槍使いと壊し屋だけだからよ」

 

 奥義を継承する同じ職業の血筋は2つ要らない。限られた時間の中で最適を目指して運用されている一族の中ではそれは暗黙の了解だった。つまり、彼が先に閃けば彼の血筋を残し、泉華が閃けばそちらの血筋を残す。そう、彼女は言っているのだった。

 

 そして、泉華が奥義を閃いたとき、彼の不遇は確定した。

 

(槍使いにしてくれればよかったのに)

 

 今更言ってもせんないことを、何度繰り返したかわからないほど苦く口の中で噛みしめながら、元気は空を流れる雲を見るともなく見ていた。

 

 こうして座っていても、時間は流れて行き、ただでさえ短い一族の生の時間は削られていく。その限られた時間を使って、他の者たちは精いっぱい次世代へ伝えるための努力を重ねているというのに、自分は……

 

「当主様ご帰還!」

 

 鬱々とした思考は、イツ花のいつも元気な声で破られた。元気ね、と母の与えてくれた名前に皮肉さを感じる。こんな状況で、どうやって元気でいればいいというのやら。

 

「おにいさま!」

 

 戦いに汚れた戦衣装のまま、無邪気な笑顔を浮かべて、早苗が抱きついてきた。

 

「……おかえり」

 

 胸に走る痛みを隠しながら、それを抱き返した元気は、頭を撫でてやった。

 

「えへへへ、にいさま優しい」

 

 妹というこの娘がかわいくないわけではない。どこかおっとりとした顔立ちのこの娘は、心配性で、いつもおどおどとしている。確かに心配し過ぎなところはあるが、当主というのは慎重なほうがいい。かつて自分と同じような当主の兄妹に起こった悲劇は、妹に語られたものを一緒に聞いていた。

 

「あのね、あのね、白骨城の恨み足を倒したのですよ」

「へぇ、それはすごいね」

 

 白骨城の恨み足はこの周辺の中ボスとしては最も弱い部類に入るが、それを3カ月という若さでやり遂げたところは確かにすごい。もちろん補佐が良かったのだろうが……元気は顔をあげて、早苗の後ろで困ったような目を向けている弓使いの女性――果林(かりん)を見た。彼女は、今回の討伐隊の最年長で、お飾り的な歳若い当主に対して実質的なリーダーであった。おそらくは、彼女がうまくやってくれたのだろう。

 

 果林は、元気と目が合うと苦笑してみせた。

 

「……当主様、そんな姿で抱きついたら、お兄様が汚れてしまわれますよ」

「あっほんとだ。ごめんなさい、にいさま」

 

 しょぼんとする妹に、笑いかけてやる。

 

 俺はちゃんと笑えているだろうか?

 消したくても消せないこの妬みを、このかわいい妹に悟られてはしまわないだろうか?

 

 果林のこちらを見る瞳に憐れみを認めたような気がして、元気は目を逸らした。

 

 

 その日の夕食は豪勢だった。当主帰還とのことで、イツ花が腕を振るったのだ。

 

「ばーんとぉ沢山食べて、明日も元気にいっちゃいましょー」

 

 相変わらずの勢いで食え食えと椀に大量に盛って渡してくる。

 

(明日、か……明日、俺は何をしてるのかな?)

 

 イツ花の応援がどうしても素直に聞けない。こんな自分は病んでるのだろうか、と、元気はさらに自己嫌悪を深めた。

 

 そんな元気が、食後当主の間に呼ばれた。当主の間は、屋敷の最奥にある十六畳ほどの部屋である。中央奥に執務用の文机が置かれ、その両脇には浅黄色の表紙をした、麻の葉綴じの冊子が何冊も積まれている。

 

 以前来た時はなかったその冊子の山に、元気は目を引かれた。

 

「にいさま、来てもらってごめんなさい」

 

 軽く声をかけてからふすまを開けて入ってきた元気に、机から目をあげた早苗が、はにかんだような笑顔を向けた。

 

 帰還してすぐ早苗は、当主として様々な書類の処理に追われていた。

 

「いや、暇してるから、全然大丈夫」

 

 軽く言ったつもりだったが、微かに棘があったか、早苗の表情が少し暗くなった。

 

「……ごめんなさい、ここのところの討伐の面子に入れられなくて……」

 

 しどろもどろに言いながら、小さくなる。

 

「あーいや、気にしないで」

 

 こんな風に妹に気を使わせてしまう自分が嫌だ。頭を掻いて話題を逸らそうと探していると、早苗が言葉を続けた。

 

「それで、もしよければ、来月の夏の選抜試合に出ませんか?」

「……俺が?」

 

 一瞬意味を図りかね、オウム返しに確認する。と、早苗は頷いた。当主としては、一族の不満を解消するのもその義務だ。不遇な者が不満を溜めないように、討伐や試合の面子に入れてやる。そういう判断なのだろう。

 

「あー、いや、いいよ」

 

 未来(さき)のない自分が出て経験を積むより、妹を含む次世代が育った方が意味がある。

 

「でも…」

 

 言い募る妹の頭を、その大きな手でぽんぽんと軽く叩いてやると、元気は笑った。

 

「ん、気を使ってくれて、ありがとな。

 …それで、聞きたいんだけど、この山何?」

 

 話を逸らされた早苗は、戸惑いながらも、元気が指でさし示した冊子の山について説明した。

 

「こないだ、蔵の整理をしていて見つけた、歴代の当主の記録です」

 

 この家では、何回かの討伐で溜めこんだ戦利品を、定期的に整理して売り払う。そうした整理のときに、たまたま奥から出てきたつづらの中に、まとめて入っていたのだという。

 

「へぇ」

「何かのときに仕舞われてしまっていたのでしょうね」

 

 その一冊を手に取ってぱらぱらとめくっていた元気だったが、ふと腑に落ちるものがあった。

 

「これさ、借りて読んでもいい?」

「え、ええ、いいですけど…その、他の者には…」

 

 他の者であれば断ったかもしれなかったが、元気は前当主の息子で、現当主の兄であった。ひと月しか違わないこの兄のことを、まだ歳若い早苗は精神的な支えにしているところがあった。

 

「ん、わかってる」

 

 呪いのかけられた一族の当主というものには、綺麗事ではすまない側面がある。その上で生まれる迷いや苦しみなどの弱みは、一族の他の者には見せられなかっただろう。そんなことが書かれているかもしれない冊子は、やはりうかつに他の者に見せるべきではない。早苗のそんな戸惑いを、元気は察して頷いてみせた。

 

 他の者には決して見せないと約束したあと、それらが入っていたというつづらに詰め直した元気は、軽々とそれを抱えあげると自室へと戻っていった。

 

 

 当主としての仕事に追われる早苗と違って、元気には時間があった。公式試合への出場を断った今、時間だけ(・・)はある、と言った方がいいのかもしれなかった。他の一族の者が公式試合への出場に盛りあがっている傍ら、元気は静かに歴代の当主の記録を読み続けた。

 

 そっけない走り書きの記録が多かったが、判断ミスを悔いる言葉などもごくまれに書かれており、当時の苦労が忍ばれた。

 

 例えば、第8代当主律花(りっか)は、第7代当主真央(まお)が討ち死にした後急きょ跡を継いだ4カ月の槍使いで、その困惑と不安そして後悔が彼女の付け始めた記録の冒頭に綴られていた。

 

『私でいいのだろうか。

 そもそも当主となる資格もなく、

 初陣で前当主を守ることもできなかった自分で…』

 

 そして、後に第9代当主となる、真央の兄岩鉄(がんてつ)の子、音羽(おとは)が生まれたときには、

 

『これで、ようやく肩の荷が降ろせる』

 

と、ほっとした一言が書きこまれていた。

 

 記録は、第3代朝霞(あさか)から始まっており、前々代――第10代花梨(かりん)のものまでが、このつづらにはしまわれていた。第11代、つまり彼らの母可憐のものはこの中に入ってはいなかった。

 

「前代の記録はあるの?」

 

 当主の間にふらりと現れて、そう訊いた元気に、早苗は戸惑ったような、それでも嬉しそうな華やいだ笑顔を向けた。彼女はこの兄が好きなのだ。

 

「ええ、当主を引き継ぐときに、受け取りました。

 こちらにあります」

「見せてもらっていい?」

 

 そう切り出す元気に、少し困った表情を見せる。

 

「俺は気にしないから」

 

 自分の母親が、自分に対してどんな判断をしていても。揺らいでいた早苗の瞳が伏せられた。数秒後、自分に言い聞かすように頷くと、収納場所へ彼を連れていった。

 

「参考にしてるので、持ち出されては困ります。

 ここで読んでもらえますか?」

「わかった」

 

 第3代からとは言え、すでに10代にも及ぶ当主の記録全てに目を通すのは難しいだろう。そう判断した前代当主可憐は、受け継いだものを自分の記録とは別にまとめていた。

 

『当主の心得』

 

 1歳を境に前線から引いた可憐は、この1冊の手引きの作成に専念したようだ。

 

 可憐の前代の花梨が交神したのは1歳6カ月の時、そして1歳8カ月で可憐の最初の訓練で奥義を伝えた後すぐに死んでしまっている。前代からの引き継ぎが少なかった可憐は、記録から当主としてなすべきことを読みとらざるを得ず、別に書かれた記録にはひどく苦労した形跡があった。この冊子を作った動機は、そのあたりにあったようだ。

 

『元気のやり方はそうなのね。

 早苗は違うやり方をするの…さて、どっちが有利かしら』

 

 何賭ける?

 

 二人に戦闘の基本を教えながら、いたずらっぽくそういつもの口癖を言う母の笑顔が思い浮かぶ。朗らかなあの姿からは、記録に滲む苦労は感じられなかった。

 

 早苗もそうだ。

 

 おっとりといつも微笑んでいる早苗の姿からは、苦労は感じられない。いや、感じさせないように、悟られないように、努力しているのだ。

 

 ある夜、厠へ起きた元気が、当主の間から明かりが漏れているのに気がついて、そっと中を伺ったことがあった。中では、頭を抱えた早苗が涙を流しながら押し殺した嗚咽を漏らしていた。その姿が余りにつらそうだったので、却って声をかけることもできなかった。

 

 自分はなんて愚かだったんだろう。子どものころは心配してばかりいたこの妹が、当主という重責の元でつらい思いをしていないはずがない。それなのに、自分の不遇にばかりぐじぐじとこだわっていて、その苦痛に気がついてもやれていなかった…。

 

 おそらく、妹のその姿を見た時から、元気の心は決まったのだった。

 

 

「補佐をさせてくれないか」

 

 読み終わったという歴代当主の記録が詰められたつづらを返しにきた元気が、そう切り出したので、早苗は目を白黒させた。

 

「えっと、それはどういう…」

「当主としての判断に口出ししようとかそういうつもりじゃない。

 だけど、歴代の当主たちもそうだが、忙しすぎて戦略的な考え方ができていない。

 当主がもっと大局から見て判断できるように情報を整理する補佐が必要だと思う。

 その補佐を俺にやらせてくれ」

 

 元気が淡々と説明するその指摘に、早苗は頷いた。

 

 実のところ、全体が見えていない、というのが当主を継いで以来の早苗の悩みであった。もちろん、これまでの通り、討伐をし、公式試合に出場し、交神を手配して、次代へ継ぐという努力はしている。しかし、それが実を結んでいるという実感はない。討伐先の敵は強く、かつて敗北した鳴神小太郎を始め、道を阻む強敵にいつ挑めるようになるのか、先が見えない。

 

 行き詰っている。

 

 それが、ここのところの早苗の焦りの元だった。だから、元気の指摘に頷くことしかできなかった。

 

「それは、願ってもないことですけど、

 にいさまはそれでいいのですか?」

 

 愛する兄の不遇は、早苗のもうひとつの悩みだった。夏の公式試合での優勝に沸く一族の打ち上げでも、輪から外れ影でひっそりとほほ笑んでいるだけの元気の姿を見ては、胸を痛めていた。

 

「むしろ、こういう形でだけでも、

 一族の役に立たせてほしい」

 

 そう言う兄の言葉に、早苗はなるほどと頷いた。

 

「では、お願いします」

「ああ、任せてくれ」

 

 

 それから、元気はイツ花とも相談し、これまで一族に足りていなかったいくつかの視点を早苗にもたらした。2カ月継続討伐の導入、他家との結魂・養子・分社、属性武器の分類・整理とその運用方法の検討、訓練時の属性強化装備の適用、などである。

 

「当主様!

 おっしゃったとおり、この弓を使ったら一撃で倒せました!

 ありがとうございます!」

 

 討伐から戻った弓使いの政門(まさかど)が、興奮した口調で早苗に報告をしてきた。その手には、「木霊の弓」という名の土属性の弓が握られている。蔵でほこりをかぶっていたのを、元気が掘りだしてきたものだ。ちら、とその元気に目をやると、元気はそっと口元に人差し指を当てた。黙っていろといういつもの仕草だ。

 

「……そう、よかったわね」

 

 いつものように穏やかにほほ笑んで、頷いてやる。この討伐が初陣であった政門は、その厳つい顔を紅潮させて、はいっと元気な返事をした。

 

 駆け戻っていった先では、一緒に出撃した他家からの養子である光明(こうめい)にその肩を抱かれ、同じ他家との結魂で生まれた琢磨(たくま)がその周りにじゃれついている。今回の戦果は上々で、イツ花がまた気合いを入れて料理を作ると宣言していた。

 

「あ、じゃ、かんぴょう入れてかんぴょう!」

 

 琢磨が、腕まくりをし始めたイツ花に自分の好みを訴えている。そんな情景を優しげな目で見つつも、離れたところに一人佇む元気に、早苗は歩み寄った。

 

「……あれも、にいさまのおかげですのに」

 

 ため息をつきながら言うと、元気はふっと笑った。

 

「俺は目立たない方がいいのさ。

 当主に口出してる奴がいるなんて、他の奴らにとってはいい気はしないだろう」

 

 そういう元気は、一族の中から孤立しがちだ。一番この一族のことを考えているのはこの兄かもしれないのに。そう、当主の自分よりもだ。

 

 早苗は、もうひとつ大きなため息をついた。

 

 

「来月、にいさまには交神をしていただきます」

 

 早苗がそう宣言すると、珍しく元気が驚いた顔をした。滅多なことでは動揺しない兄のその表情に、早苗はころころと笑う。

 

「…しかし、俺は…」

 

 辞退しようとする兄に、畳みかけるように早苗が言う。

 

「にいさまのお父様は鳳のあすかさま。

 その高い素質を、おにいさまにかけられた奉納点を無駄にするおつもりですか?」

 

 ぐう、と、早苗の指摘に、元気が唸る。どうせ、この兄のことだから辞退するだろうとわかっていた早苗は、反論を用意していたのだ。一族に価値があると、そう納得すれば、いかなこの兄だとて、同意するだろうと。その作戦が狙い通り功を奏して、早苗はほくそ笑んだ。

 

「お相手に何か、ご希望はあります?」

「……いや、お前に任せるよ」

 

 やられた、という顔をして、元気は空を仰いだ。その仕草がいよいよ珍しかったので、早苗はまたころころと笑った。

 

 元気の交神相手は伊吹の宮静で、生まれた女の子は秋穂(あきほ)と名付けられた。

 

「この子は剣士にして、当主を継がせます」

 

 早苗のその宣言に、元気は先の交神を告げられた時よりも激しく動揺した。

 

「いや、しかし、この子では奥義が継がせられないだろう。

 それに、真央岩鉄斬(しんおうがんてつざん)も……」

 

 奥義、そして、特注の剣「真央岩鉄斬」を受け継ぐことは、当主の象徴ともなっている。

 

「別にそれらは必須の条件ではありませんわ。

 それに、当主の剣という意味なら、

 にいさまが初代のお父様の剣を見つけ出して下さったじゃないですか」

 

 源太の剣、お輪の薙刀――武器を整理している折、発見されたそれらは、一族の新たな家宝として祭られていた。このうち、源太の剣を代わりにすればいい。そうあっさりと言う早苗を、元気は呆れたように見やった。心配性だった妹はいつの間にこんなに大胆になったのだろう。

 

「先月交神した私の子どもは男、

 そして私は今1歳6カ月。

 再度の交神は不可能ではありませんが、

 梓ももう来月には1歳8カ月、

 一族の予定に余裕はありません」

 

 早苗が、すでに熟年期を過ぎようとしてる薙刀士の名前を挙げる。元気も頭の中に予定表を思い浮かべ、渋々と頷いた。早苗の提案する組合せが、もっとも効率が良いのは間違いない。

 

「にいさまが私をずっと守ってくださったように、

 私の息子にはにいさまの娘を守らせましょう」

「早苗…」

 

 優しく目を細めながら早苗がそう言うのに、元気は言葉を詰まらせた。

 

 

 翌月、1031年9月、娘秋穂が成人するのを見届けると、元気は息を引き取った。成人後公式試合に出て以来、いっさいの討伐に参加しなかった彼のことを、一族の他の者はただのお荷物だと思い続けていた。その彼が、その空いた時間を利用して多くの情報を整理し、当主を助けてきたことを、彼らは知らない。

 

 ただ、第12代当主早苗の記録にだけ、その業績が残されている。そして、元気の死に際して、彼女の記録にはこう記されている。

 

『最愛の兄。

 この兄の支えがなければ、

 私は当主であり続けられなかった』


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択