No.336150

真説・恋姫†演技 仲帝記 幕間の一「雑兵地に臥して悔恨を抱き、白将は標を指し示す」

狭乃 狼さん

ども。似非駄文作家、狭乃狼ですw

今回は仲帝記初の幕間話をお届けです。
二日も仕事休みになって他にやることが無かったので、
連日の投稿でございますww

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2011-11-18 15:37:02 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:10033   閲覧ユーザー数:7696

 

 生ある者は死を恐れる。

 

 だからこそ、生ある者は死の恐怖より逃れるため、様々な手段を模索する。

 

 ある者は己を磨き、時として死の恐怖に自ら挑もうとする。

 

 またある者は、自らを鍛えた上で、死の恐怖より逃れようとする。

 

 そしてまたある者は、己自身は何もせず、ただ、自らよりも大きな大木に寄り添い、死の恐怖をやり過ごそうとする。

 

 そういった行為の、そのどれが正しいかとなどは、人為る者の身で分かる筈もなく、言えるはずもない。

 

 しかし。

 

 人は時として、己が生命を捨ててまで守ろうとする、そんな何物にも代えがたいものを持っても居る。

 

 恋人、妻、子供、親、友人、そしてそれら以外の親しい者といった、自ら以外の生命だったりもすれば。愛、尊厳、魂、情などといった、目に見えぬ心理的なものだったり、と。

 

 自らの生命以上に大切な、量りにかける必要すら無いほどに、守りたいと想うもの。

 

 そういったものを見出した者は、時としてこの世の誰よりも強く在れる、時がある。

 

 だから、彼は思う。

 

 人の心を忘れかけ、自暴自棄になりかけていた彼らとて、そういったものを見出させさえすれば、獣に墜ちかけた者であっても、再び人としての自覚を取り戻し、死の恐怖を乗り越えられるその為の強さを、その手に掴む事が出来るはずだと。

 

 彼、北郷一刀は頑なにそう信じ、その彼らの前に立っていた。

 

 自身に対し、あからさまな敵意と怒りを向ける、その、三千の兵たちが居並ぶ、その前に……。

 

 

 幕間の一「雑兵地に臥して悔恨を抱き、白将は標を指し示す」

 

 

 「というわけで~。北郷さんには彼らの矯正役を担ってもらいますね~」

 「……は?」

 

 老臣達への処罰とその後の処置が決した、先の宴席での一件のその翌日。南陽の地における今後の改革手段を話し合う、その為の会議が宛県の城のその謁見の間において開かれた。そしてその冒頭において、これから郡内へと広まっていく手筈になっている情報の、その一助とするための手筈に関する話がはじめられた。

 

 ちなみに、その情報の内容は、以下の通りである。

 

 『袁術はこれまで、この南陽の郡そのものを密かに乗っ取っていた賊たちによって、今までその囚われの身となっていたのであり、これまでの悪政は全て、その賊たちの手によって行われていたものであった。そして、その賊たちは全て討伐され、これからはまともな(まつりごと)が、袁術のその手によって行われる事になる』

 

 以上のような内容のそれを、先の宴席にて老臣たちの悪事を何も知らずに聞かせ、その情報を各地に流布させる腹積もりで集めておいた邑人たちに対し、張勲は全ての事実を明らかにしたそのうえで、意図的に流してくれるよう、昨日の宴席での騒動の後にその彼らへと頼んで置いたのである。

 

 そしてそれと同時に、その噂の信憑性をより高めるため、老臣たちの子飼いであった性質の悪い兵卒達を、気絶、もしくは眠らせた状態にした上で、初めから存在しても居ない賊兵の死体に偽装し、宛の街の民達にその存在を印象付けつつ、西にある潼関へと移送することになったのであるが、その彼らの移送役として、一刀がその場で自らその名乗りを上げた。

 

 これから政治的な改革を始めるにあたり、今だ文字の読み書きが不完全な自分が残っていても、大して役に立てないだろうから、せめてそれぐらいのことはさせて欲しい、と。袁術らに対してそう申し出たのであるが、張勲がそんな彼に対し、先のような思っても居なかった一言を言ってきたわけである。

  

 「ちょ、ちょっと待って下さい、張勲さん!前にも言ったとは思いますけど、俺は軍隊経験どころか、人にものを教えるって事すらしたことが無いんですよ?!そんな俺に、どうやって兵を三千人も鍛えろと?!」

 「出来ませんか~?」

 「出来るわけ無いでしょっ!!」

 

 これがもし、政治や経済についてであれば、一刀も大学で専攻をしていたので、そこそこの知恵位なら出せるかもしれない。実際、彼らの移送を終えた後はそのまま(ここ)に取って返し、微力ながらも手伝い位は、とは思っていた。ところが張勲は一刀に対し、そのまま関に残って彼らの再教育をその手で行ってくれと、そんな無理難題を吹っかけてきた。

 

 「でも北郷さん?あの兵隊さんたちも、本来なら全員処刑、もしくは追放にする筈だったんですよ?けど貴方の楊弘さんに対するあの答えで、それが全部変更になったんですから、その責任ぐらいは取っていただかないと~」

 「……楊弘さんへの答え?」

 「ええ~。……同じ罪を償うなら、生きて美羽様のお役に立ちましょうといった、あれ、ですよ♪」

 「あ」

 

 

 

 袁術の一族筆頭であった楊弘は、その彼女の慈悲の心に触れる事によって、人としての良心という物を思い出し、自身の罪を償うためにその場で自決を申し出た。しかし、一刀はその楊弘に対し、袁術のその想いに応えたいなら、安易に死を選ぶのではなく、生き続けて応えるべきだと。そう答えて返したのである。

 

 その一刀の台詞によって楊弘は死を思い止まり、他の老臣たちをも説得して全財産没収と引き換えに、命永らえる方の道を選んだ。そしてそれと同時に、自分達が私的に集めていた兵達にも、自分達同様の慈悲を与えて欲しいとも願い、その彼らを何とか説き伏せはした。

 

 しかし、である。

 

 「楊弘さん以外のご老人方はともかく、あの兵隊さんたちは今のままだと、単なる足手まといの無駄飯ぐらいに過ぎませんし。かといって、楊弘さんとの約束を破るわけにもいきませんからね~」

 「そこでじゃ。昨日の夜、七乃と妾とで話し合って決めたのじゃ。巴や秋水、そして美紗には、ここで妾の政の手伝いをしてもらわねばならん。かと言ってじゃ、白洞に力を貸して欲しいと頼んだとしても、あれは妾の事とを嫌っておるから、そうすんなりとは首を縦に振ってはくれんじゃろう」

 

 袁術の言う白洞こと陳蘭は、今のところまだ彼女らにその心を開いたと言うわけではない。現に、今回の策が実行に移されるその当日となった昨日も、いつも通り自らの研究所に篭ったまま、傍観者の立場を貫き通していた。

 

 「……」

 「……と言うことで、ここはやはり、ことの元凶であるお主に責任を取らせるのが、一番筋が通っておるじゃろう、と言う事になったわけじゃ。……どうじゃ、北郷?やってみては……くれぬかや?」

 「……けど、俺は本当に、軍略とか部隊の指揮の仕方なんか、全然知らないんですよ?……まあ、彼らをやる気にさせる位なら、俺にも手段が無いわけでもないですけど」

 「……そうなんですか、北郷君?」

 「ええ。……まあ、彼らがその心根の底の底まで腐っていなければ、っていうのが前提ですけど」

 

 人間、そう簡単には芯まで腐りはしないはずだ、というのが一刀の持論である。むろん、世の中には救いようの無いほど腐りきり、人を捨てて外道に墜ちきってしまった者とて居る事ぐらい、彼も重々承知してはいる。

 しかし、昨日の楊弘の様に、本気で腐って墜ちて居ると思っていた者であっても、ふとした切欠で人の心を取り戻すことが在りうるということが分かった以上、その望みは最後まで捨てたくないと、さらに強く思うようになっていた彼であった。

 

 「なら、後の問題は指揮、指導面ですね。……美羽嬢?もしよければ、彼に僕の知り合いを一人、副官として付けてあげたいんですけど、いいでしょうかねえ?」

 「秋水の知り合い……かや?」

 「ええ。まあ、美紗ちゃんの知り合い、って言い方でも良いんですけどね。……美紗ちゃん?“彼女”、まだこの街に滞在しているんですよね?」

 「はい~、してますよ~。……ふむ~、確かに彼女でしたら~、その方面の補佐としては~、最適かもですね~。戦場での部隊指揮とか~、用兵の手腕はまさに~、神がかってますからね~。輝里(かがり)ちゃんは~」

 

 諸葛玄が一刀の補佐役として推薦したその人物は、どうやら雷薄とも縁のある人物のようで、諸葛玄からの突然の振りにも別段慌てた様子もなく、その人物に対する自身の評価を語ってみせる雷薄。

 

 「……あの~、秋水さん?一体何処のどちら様のことなんでしょうか?」

 「ああ、僕の古い友人で、司馬徳操という人の門下生でしてね。……ちょうど今、私的な用事で美紗ちゃんを訪ねて来ているんですよ。名前は確か」

 「姓は徐~、名は庶~、字は~、元直っていうのです~」

 「え゛?!……徐、元ちょ……く?……マジデスカ?」

 

 

 

 それから三日後。

 

 一刀は現在、馬上の人となって西を目指していた。彼―いや、彼らが目指すのはその先にある、擁州と荊州の境になっている関、潼関である。そしてその一刀から馬身半分ほど下がり、彼同様馬上の人となってその後に続いている、一人の少女の姿があった。

 

 黒く艶やかなその髪を赤いリボンで縛ってツインテールにしており、深い蒼をしたその瞳を携えた双眸は少々釣り上がり気味。真っ赤な色のコートの様な物を羽織り、ジーンズにも似た生地の短パンを、黒いストッキングの上に穿いている。そしてその背には、彼女の得物と思しき柄の先の両方が剣となった物を、背負っている。

 

 軍隊の指導経験の無い一刀の、その副官として請われ、客将と言う形で従軍する事になった、徐庶、字を元直という人物である。

 

 ……もっとも、今の彼女はものすっごい、不機嫌な顔つきではいたが。

 

 「……えっと。その……元直……さん?」

 「……なにか?」

 「う。……その、なんていうか……ごめんなさい」

 「なんで貴方が謝るんですか?それに、私は別に、これっぽっちも、怒ってなんかいませんよ?」 

 「……」

 

 絶対嘘だ!顔は笑っているけど目は笑っていないじゃないか!と、一刀は心の中でそう思っていたが、流石にそれを口にするようなことはしなかった。

 

 あの日。諸葛玄の推薦により、彼女を一刀の補佐にすることが決定し(ついでに一刀の兵士矯正役も、何時の間にか済し崩し的に決定していた)、その事を当人である徐庶に依頼すべく、袁術と一刀、そして諸葛玄と雷薄も、彼女の滞在する宿へとその足を運んだ。

 

 「まあ、この際美羽嬢にそのまま仕官してくれると嬉しいんですけど、せめて客将になってくれたら御の字位の腹積もりでいましょうか」

 

 と。諸葛玄はその位の気構えで気楽に行きましょう、などと笑っていたのだが。

 

 「お断りします」

 『……』

 

 もう、バッサリだった(笑)。思いもよらぬ突然の訪問者に驚きはしつつも、一刀らを丁寧に出迎えた徐庶であったが、諸葛玄の口から用件が伝えられると、彼女はその眉をわずかに動かしただけで、あっさりとそれを拒絶したのである。

 

 「私の才を見込んでいただいた、その事は真に感謝いたしますが、今の私はいまだ自己の研鑽に日々を費やす、一介の塾生に過ぎません。なにより、水鏡先生のお許し無く、例え客将としてであっても仕官などしようものであれば、私は先生から破門を言い渡されかねません。……申し訳ありませんが、このお話は無かった事に」

 

 以上が、その時の彼女の言い分であった。しかし、その後に出てきた諸葛玄のその一言によって、彼女は否が応でも頷かざるを得なくされた。

 

 「そうですか、それは残念ですねえ。禅里ちゃんは怒ると怖いですからねえ。……となると、僕が当てに出来るのは、後は翡翠と言うことになってしまいますねえ」

 「(ぴくっ)……翡…翠?」

 「確か翡翠も貴方と同じ理由で、近いうちにここに来る事になっていましたっけねえ。まあ、軍事面に関しては“あの娘”より“貴女の方”が、頼れるんですが、断られた以上は仕方がな」

 「いえ!先の言は撤回します!この徐元直、客将としてであれば喜んでお力にならせていただきます!!」

 

 諸葛玄の口から『翡翠』と言う名が出されたその途端、徐庶はいともあっさりと、先ほどの拒否の返答を撤回し、自ら助力を申し出ていた。

 

 ちなみに、その『翡翠』という名前であるが、諸葛玄の姪の一人である諸葛瑾、字を子瑜の真名である。そしてその諸葛瑾も、徐庶同様水鏡塾にその籍を置いているのだが、実はこの二人、勉学のみならず、少し違う方面でも相当に意識しあっている、ライバル関係なのである。

 

 そんなライバルである諸葛瑾よりも、自分のほうが頼りになると諸葛玄に言われた以上、ここで見事それに応えて見せることが、ライバルの鼻を明かしてやる絶好の機会だと、そう考えを改めたと言うわけであった。

 

 

 「……翡翠の名前が出て、思わずそれに釣られてしまいましたけど、一度引き受けたからにはこの徐元直、事に全力を尽くさせていただく所存です。例え一度限りとはいえ、上官になったのが貴方の様なただの一般人であっても、しっかりと補佐はさせていただきますので、どうかご安心ください、北郷隊長」

 「……宜しくお願いします」

 

 表情を一切変える事無く、その言葉の端々に棘の含まれたそんな台詞を、一刀に対して何の感情も篭っていない口調で語った徐庶と、そんな彼女の態度に一抹の不安を覚えつつ、その顔を引きつらせていた一刀であった。

 

 とにもかくにも、彼らはその後無事、目的地であるところの潼関へと到着し、兵士(かれら)が目を覚ますと同時に、関近くにある訓練用の広場へと集結させた。そんな彼らの前に一刀と徐庶が姿を見せたとき、二人に対して向かってきた視線は怒りと不信、そして憎悪に近いそれらであった。

 

 「それじゃあまずは自己紹介をさせてもらう。俺は北郷一刀、今回あなた方の訓練を、南陽太守袁公路殿より任された者だ。以後、宜しく」

 「……その副官、徐元直よ」

 『……』

 

 無言。一刀のその挨拶に対し、兵士たちからは何の反応も返ってこない。そればかりか、一応のとはいえ上官をその目の前にしても、隊伍を整えるどころか、その体を正面に向けることさえせず、まともに立ってすらいない者の姿もあった。

 

 「……なるほど。どうやら、こっちの言葉をまともに聞く気すらないみたいですね。……いいでしょう、だったら、ことと次第によっては貴方達の事、この場で即、放免にしてあげてもいいですが……どうします?」

 「なっ!?」

 『……!?』

 

 そのすぐ隣に立っていた徐庶はもちろんのこと、一刀の話をまともに聞いてすらいない感じだった兵士たちも、思わず彼の方を一斉に注視し、その耳を疑っていた。

 

 「おい!今の話、本当だろうな!?」

 「嘘だったら承知しねえぞ、手前!!」

 「……嘘なんかじゃあないですよ。けど、その為には一つだけ、条件があります」

 『……条件?』 

 「ことと次第によっては、といったでしょう?なに、そんな難しいことじゃあないですよ」

 

 自身の傍らに置いてあった、練習用の棒。それをその手に掴んだ一刀は、ゆっくりと兵士たちの前へとゆっくり進み出る。

 

 「これから、俺と貴方達とで、模擬戦を行います。一対三千。それで貴方達が俺を倒せれば、先に言ったとおり、この場で全員を無罪放免にします」

 「ちょ!何を馬鹿な事を!!北郷殿!そのような戯言、すぐに止め」

 「……」

 「う」

 

 気圧された。……数年前に水鏡塾の門を叩き、参謀としての勉強を始めるまでは、剣客として各地を渡り歩いていた自分が、こんな、細面の女性のような顔立ちをした男のその“迫力”に、思わず呑まれたと。徐庶はとても信じられないといった表情とともに、額に嫌な汗をかいている自分も自覚していた。

 

 「さて。じゃあ、始めましょうか。何時でもどこからでも、何人で束になってこようと構いません。……俺を殺すぐらいの心積もりで来てください。まあもっとも?貴方達に人を殺す事への覚悟があるんなら、ですけど」

 「……言いやがったな、このガキ!その言葉、たっぷり後悔させてやる!行くぞお前ら!こんなクソガキ一人なんざ、囲んで袋にしちまえばそれで終わりだ!!」

 

 

 

 一対三千、と聞くと、普通はなんて無謀なこと、と思われるかもしれないが、それはあくまで、しっかりとした連携の取れている“集団”が相手の場合である。

 

 「ふっ!!」

 「ごあっ!!」

 「次っ!」

 「このおっ!!……ぎゃあっ!!」

 

 次々と襲い掛かってくる、棒の群れ。その一撃一撃を、ある時は受け、ある時は弾き、またある時はかわして、それを繰り出してくる者たちを、まるで己が周囲に群がる羽虫でも叩き落とすかのように、次々と吹き飛ばしていく。

 

 十から百。百から千。

 

 一刀が繰り出す棒の一撃を体中に浴び、次々と地に倒れ臥してその戦意を失っていく兵士達。ただ、痛みだけをうめき声とともに訴えるだけの兵士達の姿が、一刀を中心として訓練場のそこかしこに見られている。

 

 「……次ぃっ!!……次だと言っている!!どうした!?怖気づいて小便でも漏らしたか、腰抜けども!!」

 「……こ、この、い、言わせておけば……っ!!うらあああああっっっ!!」

 「……まだ、怒れる気概位はあったか。……けど!!」

 

 一刀のその怒気の篭ったあからさまな挑発に、数人の男たちが一斉にその手の棒を振るい、彼に向かって突撃を敢行する。しかし、本当の意味での同時攻撃であるならばともかく、各々が各々の激情のままに突撃などしたところで、それは何の意味も成していなかった。

 

 『ぐああっっ!!』

 

 先ほどまでの者たち同様、一切太刀打ちできずに吹き飛ばされ、また、新しい人の山が積み上げられる。……そうして二刻(およそ四時間)ほども経った頃には、その場に両の足で立っていたのは、三千人を相手取って戦い、わずかばかり息の上がって来始めていた一刀と、その様子をただ見ていることしか出来ないでいた、徐庶の二人のみであった。  

 

 それ以外の者達は、気を失ってこそ居なかったものの、自力で立ち上がることの出来なくなるほど、体力がその底をつき、ただひたすらに、その双眸から涙を流して唇を噛み締めていた。

 

 「……悔しい、ですか?」

 『……』

 「もう一度聞きます。……悔しいと思いますか?俺みたいな素人に毛が生えた程度の人間一人に、これだけの人数が束になっても勝てなかった事を。もし貴方たちに、すこしでも悔しいと思えるだけの自尊心が残っているのなら、これから三ヶ月、俺達の課す特訓に見事耐えて見せてください。……良いですね?」

 

 静かに。しかし力強く。一刀は倒れ臥している彼らにそれだけ言い放ち、無言のままに関内部へと入っていった。そんな彼の後に続き、その背をじっと見つめていた徐庶は、その胸中にてこんな風に彼のことを評していた。

 

 (……北郷、一刀、か……。ただの優男にしか第一印象では見えなかったけど、その考え、ちょっと改めたほうが良いかも、ね……)

 

 

 その翌日から、一刀と徐庶による兵士達の訓練は開始された。その訓練内容を実際に考え、直接指導に当たったのは徐庶であったが、最初の一日目は、それはもう酷い有様だった。ランニング一つとってもすぐに息切れを起こし、その後の練武にいたってはほぼ三十分おきに休憩を挟まねばならないほど、彼らの体力は女子供よりも少しマシ、という物でしかなかった。

 

 そこで、一刀は現代世界に居た頃によく読んでいた漫画の知識を元に、彼らの体力強化を始めた。……要するに、体中に錘代わりの砂袋を付けさせ、就寝時以外は絶対外させず、日々、ランニングと筋力強化の訓練だけを続けさせたのである。

 

 その成果が目に見える形ではっきりとしたのは、訓練開始からおよそ一月が経過した頃だった。関周辺に三千程度の数の賊が姿を現し、近郊の邑を襲っているとの報せが飛び込んできた。そこで、一刀は彼らの中から、その時点でもっとも訓練の効果が現れていると思われる者たち五百を選んで出陣。そして、敵集団と鉢合わせた所で彼らにその錘を外すよう指示し、その上で、全軍に突撃を命じた。

 

 結果、彼らは一時間と経たないうちに、ものの見事に、賊集団の半数以上を殲滅。撃退に成功したのである。結局、襲撃された邑に被害こそ出てしまったものの、それでも、自分達を救ってくれた兵士達を取り囲んで口々に礼を言う邑人たちの声を聞くうち、彼らの心境にある種の変化がもたらされていた。

 

 こんな風に、見知らぬ者たちに感謝されるのも、悪くないものだ、と。

 

 その事があってから後、一刀は兵士達に、訓練の合間を縫っては近郊の邑々を訪れさせ、炊き出しなどのボランティア活動を行なわせるようにし、積極的に人々との交流を行なわせた。守るべき対象である民達と直接触れ合わせ、兵としての意識と責任を認識させるために。

 

 余談では在るが、この一刀が行なった手法は、後々南陽袁家における新兵訓練の基礎として浸透し、後に成立する三国の中でも、魏の青州兵に次ぐ精強さを、袁術軍全体にもたらす事になる。

 

 そして訓練の開始された日から二ヵ月後の、とある日のこと。

 

 「北郷殿にお聞きしたい。何故貴方は、袁公路どのの為に働いて居られるのか?」

 「……またいきなりだね。どうしたの、元直さん」

 

 関内部にある一刀の部屋。そこで毎日の訓練内容を日誌につけていた彼の元に、突然訪問して来た徐庶が、いきなりそんな事を聞いてきた。

 

 「聞けば袁公路どのは、ほんの少し前まで愚鈍を絵に描いた様な人物だったとのこと。なのに、何故貴方はそんな公路どのの力になろうと思われたのでしょうか?」

 「……」

 「はっきり申し上げれば、彼女より有能と思える人物は、この大陸にいくらでも居ると思います。兗州の曹孟徳どのや、長沙の孫文台どの。涼州の董仲頴どのに馬寿成殿なども、主君として優れた人物だと聞き及んでおります。後は少し前に幽州へ着任されたと聞き及ぶ公孫伯珪殿でも、その頃の公路どのよりは遥かにマシな器です。何故貴方はそういった方々ではなく、公路殿を選んでお仕えになられているのでしょうか?」

 

 徐庶が今上げた名前のその全ては、確かに史実でも様々に活躍した人物ばかりである。とはいえ、それら著名な人物たちも、この世界では史実どおりの活躍をするかどうかは、今のところまだ分からない。まあ、それについては袁術とて同じ事ではあるが、一刀にとって一番大事なことは、主君としての能力などではない。

 

 もちろん、個人的に袁術と言う少女の事が気になって仕方が無いと言うこともあるが、しかし、一刀が袁術の事を助けたいと思った一番の理由は、それとはまた違う点にあった。

 

 「……確かに、元直さんの言う事もわかるよ。貴女が今言った名前の人たちは、確かに俺も優秀な人物として“良く知っている”。……けどさ」

 「けど……なんですか?」

 「……周りの評価なんて関係ない。俺が彼女に助力しているのは、ただ単に、“俺がそうしたい”、そう思っただけさ」

 「っ……!?」

 

 独りよがりの自己満足かもしれないけどね、と。最後に笑ってそう付け加えた一刀のその言葉に、それ以上何も言い返せなくなった彼女だった。

 

 

 それからさらに一月後。兵士達の訓練に一通りの目処が立ったところで、一刀たちは宛県へと戻る事が決まった。

 

 先の兵士達からはもう、以前のごろつきじみた雰囲気という物は見る影もなくしており、一刀がこの時の為にと用意させておいた、真新しい純白の鎧にその身を包み、精悍な顔つきで整然と隊伍を組み、その後に黙々と付き従っていた。

 

 「……最初はどうなることかと思ったけど、みんな頑張ってくれたおかげで、どうにか体面は果たせられたかな」

 「ご謙遜を。……これが“一刀殿”以外の者であったなら、こうまでうまく行ったかどうか」

 「はは。そう言ってもらえると、ちょっとは報われた気がするよ。……まあ、君の補佐もあったからこそだと、俺は思っているけどね。……“輝里”……いや、徐・副隊長」

 「……べ、別に、貴方の為に働いたとか、そういうわけではありません!私はただ単に、後であの娘…翡翠の鼻を明かしてやるためにやった、ただそれだけです!そこの所、勘違いされません様に。いいですね?!」

 「はいはい、分かってますよ。……ふむ。これもまた“ツンデレ”って奴の部類に入るのかな?」

 「……なんですか?その“つんでれ”って」

 

 なんでもない、なんでもない、と。徐庶の問いを軽く笑って誤魔化し、その視線を遥か前方へとやる一刀。その視界には、既に宛の街の姿が捉えられており、そしてその城門前にて自分達を出迎えてくれている、袁家の面々の姿も見て取れていた。

 

 「……漸く、帰ってこれた……な」

 「感慨もひとしお、ですか?『北郷隊長』」

 「まあ、ね。……なにしろ、全てはこれから、始まるんだから、さ。……だろ?徐、副隊長」

 「はい」

 

 一様に、笑顔をその顔に浮かべ、自分たちの帰還を喜んでくれている彼ら彼女らのその中央で、一際明るく、そして眩しい輝きを湛えたその笑顔を見せる一人の少女。

 

 語りたいことは山ほどある。けれど、まずはこの一言を贈らねばならない。この一言から、全ては始まるといっても、けっして過言ではないのだから。

 

 そして間近にて相対した、その日の光を浴びて輝くようにも見える、金色の髪の少女に、一刀はゆっくりと、そしてありったけの想いを込めて、その言葉を口にした。

 

 「……ただいま戻りました、“美羽”様」

 「んむ♪……お帰りじゃ、“一刀”」

 

 ~幕間の一・了~

 

  

 てなわけで、仲帝記での最初の幕間でした。

 

 輝里登場シーンと、その後のごろつき兵たちの矯正、その詳細をお送りさせていただきました。

 

 さて。

 

 本文にもちらっと名前が出てきましたが、うたまる氏のところの諸葛瑾こと『翡翠』、この仲帝記へのゲスト出演が、決定しております。

 

 といっても、実際に物語に絡んでくるのは、黄巾の乱が終結した後の事になりますがw

 

 

 次回はまた本編の方へと戻り、その黄巾の乱編に入っていきます。今回の作中に出てきたとおり、華琳や月、白蓮といった主な勢力は、すでにある程度の地盤を築き終わっています。

 

 そして袁術√では絶対関りを外すことのできない孫家ですが、家長である孫文台さんはいまだご健在で、美羽たちと同じ荊州の長沙太守を務めています。そんな孫家が今後、どんな状態になるかは、今はまだその詳細を明らかに出来ませんが、次の黄巾編で、彼女らの運命も大きく動きます。

 

 そこに美羽や一刀達がどう絡んでくるか、色々ご想像しながらお待ちください。・・・先読みなコメは、出来ればお控え願いたいですけどww

 

 え?桃の子ですか?・・・彼女はこの時点ではまだ、啄県で筵売りをしており、愛紗・鈴々の二人とも出会っていません。星・風・稟の旅がらす組も、いまだ放浪中ですし、凪たち三羽烏も、自警団をやりつつ籠売りをしてます。残りの面子は、それぞれの勢力に既に属しています。あ、桂花はまだ麗羽の所で苦悩の日々を送っていますww

 

 それでは次回、真説・恋姫†演技 仲帝記、その第十羽にて、また、お会いしましょう。

 

 

 再見~!!

 

 

 


 
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