カタコト、カタコト。
なだらかな街道に規則的に響く車輪の音を聞きながら、趙雲は馬を挟んで隣を歩く大男、次いで馬車の後ろを歩く細身の少年に目をやる。
一方は巨木がごとき
大男のほうは賊除けとしてはこれ以上無いと思える
少年の方は頼りなさ気に見えるが、商隊の人間と時折話しながら歩いていており、彼らの緊張感を適度にほぐしているようだ。
出発してから既に八十里(約四十キロメートル、一里が五百メートル)ほど歩いているが僅かに汗をかいているだけなのを見ると見掛けほど
こちらは腰に木剣を下げていた。なぜそんな粗末なものを? と
出発前の会話からこの二人は知り合い同士であることは分かっていたが、こうして見ると、どうもこのような旅をするときには各自の役割を分担しているように思えた。
藩臨は馬よりも常に前を歩き、北郷は馬車のやや後ろに位置している。
(ふむ、この様子なら私も余計な気を回さずに済みそうだな)
前後から襲撃があることも考慮に入れているのだろう、加えて二人だけでもさほど気負っているようには見えない。
(
少なくとも有事の際に足を引っ張り合うようなことは無さそうだ、僅かに肩の力を抜き彼女は伸びをしながら空を仰ぐ。
(それにしても……これは)
踏みしめる街道は平坦に
殆どの県は今の王朝を
彼らにとっては地方での仕事などは中央に贈る
自然、民は役人に頼らず自分たちで結束する。先ず生きること、つまり食べていくことを第一とする民には道の整備などに割く労力も時間も人手も無かった。
更に役人の汚職が行き過ぎると
そういった事柄をそれなりに見てきていた趙雲は交州に入る前に荊州で、交州は漢人と南の蛮人達が入り乱れて暮らす野蛮な地であるとの噂を聞いていた。
どうやら交州は今まで以上に乱れた土地のようだ、そう目星をつけていざ領内に入る際には戦に臨む心構えでいたことを思い出す。
(それがどうだ、噂と実情に天と地ほども差があったではないか)
交趾に入ってすぐに驚かされたのがこの綺麗な街道だ。
そして交趾の街並みとその賑わいにまた驚かされた。確かにあの噂にあったように漢人ではない者達の姿も見かけた。
だが、街の治安は乱れるどころかその逆であった。賑わいと混雑はあるものの、一定の領分といってもよいものか……確信はないが、街に暮らす
街並みもまた想像していたものとはまるで違い、中原の都市の規模に勝るとも劣らぬもので、民の家屋はもちろん、多くの商家が
なにより、民の顔に笑顔があり、生気に満ち
ここに至って、趙雲は噂のあまりの
(ふふ、やはりまだまだ
あの時、旅の中で見聞きした
もう少しばかりあの街に
空を仰ぐ趙雲の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
しかし驚いたな。まさかここであの趙雲に会うとは思わなかった。
確か趙雲は
どの道、黄巾の乱がまだ起こっていない時期とはいえ、よもやこんな最南端の地に来ていたとは。
あ~、でも考えてみれば放浪していた頃のことが書かれていた桃園の三兄弟とかとは違って、趙雲は仕官する前は何をしていたのかは知らなかった。
……駄目だな、どうも俺が知る『三国志』を意識してしまう。そもそも同じ様な世界だけど違うのにな。
地面を見ながら思考に耽っていた俺は、視界の
着物の帯に下げていた木刀がずれており、直しながら辺りを見回して異常の無いことを確認して……っと。
――おっと、袖が
普段の格好は着物で、フランチェスカの制服は着ないようにしている。
初対面の時に徳枢にマントを借りたけれど、やっぱりあの格好(こちらの服装にも時々時代にそぐわない物が見かけられるんだけど)は珍しいようだ。
まあ、ポリエステルなんてのはこの時代ではまず確実に存在して無いだろうし当然なんだけれども。
一度だけ威彦さんに見せた時にも「その服では例え都であっても人目を集めますね」と言われ、また「そう言えば中原では妙な
俺の制服と大陸中央あたりでの占いになんの関連があるのかその時はさっぱり分からなかったのだが、威彦さんは時折こういった
まとめると「光り輝く白き衣を
どうも
とどのつまり、何も知らずに制服のままで過ごしていたら良くも悪くも……いや、恐らくは悪い方のトラブルに巻き込まれる元になっていた筈だ。
それは何故か?
……この国で皇帝は『天』の
勿論『天』は『帝』が座している世界も指しているのだろうがどちらの意味であれ
ここまで知った俺が当然のごとく制服を荷物の奥に仕舞いこんだのは言うまでもない。
返す返すも徳枢の気配りと威彦さんがくれたさりげないヒントに感謝するばかりである。
その後、制服を仕舞ったと威彦さんに話した時に「そうですね、今はその服を纏わないほうが賢明でしょう」と言われた。
……しかし何で威彦さんは『御遣い』の事には触れてこないのだろうか? あの感じだと俺が『そう』ではないか、と察している様な気がするんだけれど。
「殿? ……北郷殿?」
え? ……あっ!?
うわ、また考え事に没頭していて遅れていたみたいだ。
顔を上げるとお互いに五歩くらい離れた所から子龍さんの赤い瞳が訝し気に俺に注がれていた。
「すみません、ぼうっとしてしまって」
「その割には深刻そうな顔をしておられた様ですが」
「いえ、こちらの方は久しぶりだったんだけ……ですが、思ったよりも
流石にさっきまで考えていた内容は話せないので適当に誤魔化そう。
「ふむ……そうですな、ああして藩臨殿が先頭を歩いているとはいえ」
子龍さんはそこで一旦言葉を止めると馬車よりも
「確かに長閑ですな。ですが北郷殿、私が交趾に来る時も領内の近くは穏やかなものでしたが」
「……子龍さんは
「そうですが?」
「雲南の方面へはまだ街道が直りきっていないんですよ。ここはまだ大丈夫ですけどもう少し……そうですね、二十里もすれば道が悪くなりますよ」
「成る程」
道が変わってもう四十里も歩けば村があるらしい、おそらく今日はそこで泊まりだろうな。
「ところで北郷殿、一つよろしいか?」
「はい、なんですか?」
「そう、『それ』ですよ」
? えっと、どれ?
「その口調ですよ、先程も言い直されたようですし。これからはお互い口調は崩しませぬか? 私からそうしたとは言えどうにも堅苦しくて」
何のことか分からずに目を白黒させていた俺に、少しだけ申し訳なさそうに言う子龍さん。
あ~、さっき素の口調が出かかったのをしっかり聞かれてたか。
……でもそう言って貰えるとありがたいな。
「そう言って貰えると助かり……じゃなくて助かるよ。まだこういった喋り方にはあんまり慣れて無くて」
頭を掻きながら答える俺に子龍さ……子龍は「私もそうですよ」と笑いながら
――この後お互いにいろいろと話をして分かったんだけど、子龍は故郷の
どこに行ったのか聞いてみると大きな都市では、洛陽、
その途中で他にも色々な街や村に立ち寄っていたようで、面白い話が聞けるかな? と思ったのだがそういった話は二割ぐらいで、
聞いていて分かったのが役人の腐敗の酷さやそれに伴う賊の横行、それらに影響され無気力になっていく民とその生活の様子などの暗い話だった。
子龍は旅を重ねるうちに余りにもそういった事象を見るに至って、
愚痴る子龍の雰囲気が怖くなってきたので、「交趾はどうだった?」と話を振ってみると一転してかなりのベタ褒め。
違う世界とは言え自分が住んでいる所が褒められるのは悪い気がしなかったので、上機嫌に話を終えた後に「交趾について詳しく聞かせてくれ」とせがむ子龍に思いつくまま話をした。
そんなやり取りがあってから三日後、雲南の領内にもうすぐ差し掛かる頃にお客さんがやって来た。
おとなしく有り金置いていきなへっへっへ、といかにもな台詞を吐きながら道を塞ぐ様に現れた三人の男達。
当然ながら交渉(と言うほどのものではないが)は決裂し、おやっさん程ではないもののそれなりに大きな(と言うより太った)男が、大型の
豚が鳴く様な雄叫びを上げながら斬りかかる男に、おやっさんはハンマーを右手一本で振るい迎え撃つ。一呼吸の後、があんっ、と金属が打ち合う甲高い音が辺りに響く。
「ぅええぇ!?」
男が上げる
「っしゃらあああああああああッ!!」
そこへすかさずおやっさんの追撃! (左腕でのボディブロー)
「ぶうっふっ!」
剣が折られ、そちらに意識が行っている男の脇腹に容赦なく突き刺さる丸太のような
……うわあ、飛ぶ飛ぶ。
「デッ、デクーッ!? くっ、こ、このクソがーっ!!」
吹き飛んだデクと呼ばれた男の姿に逆上したリーダー格のちょび髭の男は、おやっさんではなく
「ふっ!」
刹那、どずっ、と鈍い音。
「ご、おっ!?」
……殆ど動きが見えなかったけど、槍の
えらく
「ア、アニキー!? ……はっ!」
アニキと呼ばれたちょび髭男が動くのに合わせて横から馬車のほうにこっそりと回り込もうとしていた小柄な男は、瞬く間に起きた出来事に驚きの声を上げる。
その直後、何かに気付いたみたいだけど……残念!
「はあっ!!」
小男が振り向こうとした先には既に木刀を振り下ろしている俺がいる!
デクって男が動いた辺りからちらちらと馬車のほうを見ていたから警戒していたけど、やっぱりこう動いてきた!!
がつっ!
「ぎゃひぃっ!!」
武器を持っていた腕の肩口に
弾かれる様に転倒した小男。ごづん、とエライ音がしたから後頭部を地面にぶつけたようだ。見ると白目を剥いている。
「警戒ッ!!!」
俺が小男の気絶を確認するや否や、おやっさんの声が響く。
「「応ッ!」」
重なる子龍と俺の声。
武器を構え、目を皿のようにして辺りを見回す。
……三分はそうしていただろうか。張り詰めた空気の中、風の音と馬の小さな
「この者達はいかがされる?」
腕を組みながら気絶した三人組に目を向け、子龍はおやっさんに尋ねる。
「ふん縛って捨てておきゃあ良い。わざわざ街道をこいつらの血で汚すこともねえだろう。オウ、北坊」
「了解です、おやっさん」
馬車に置かせてもらっていたロープを取りに行って、と。
……途中で誰かが目を覚ますこともなく、街道の脇に大中小の
あとがき
はい、お待たせしました。天馬†行空、三話目です、今回は雲南までの移動シーンですね。
星と一刀について書いてみました。
前回のコメントでも予想されている方が居られましたが、星はまだ稟と風に会う前です。
基本的に原作のキャラクターはゲーム中の初期勢力につけようかな? と思っているので、ここでも後に彼女達と会う流れになるでしょう。
一刀と『天の御遣い』ですが、作中で書いたとおり一刀は自重しています。
フランチェスカの制服の出番は……現段階では未定としておきましょうか。
幾つかの都市についての大まかな補足
洛陽……十常侍と劉宏により乱れています。
陳留……華琳が政務に関わり始めました。徐々に治安が回復しています。
北平……白蓮が治めています。一人で大変そうです。 北平にはいませんが、桃香はまだ愛紗達と出会ったばかりです。
さて、次回は漸く舞台が移ります。
益州の南、雲南で一刀達が目にするのは……
補足の追加
上記の補足内に説明が不足していた部分がありましたので追記します。
・原作キャラクターは初期勢力につく→黄巾の乱が本格化した辺りでの各キャラクターの初期配置のことです。よって風や稟は在野となります。当然、その後の変動はあります。
原作と異なっている部分について
・寿春を美羽が治めている→原作では荊州に城を構えていますが、この作品では荊州を劉表が治めているため変更されています。
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真・恋姫†無双の二次創作小説です。
処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。
※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
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