No.320507

真・恋姫†無双 外伝:幼なじみは思春期中

一郎太さん

どうしてこうなった!
最近筆の進みが遅い。という訳で外伝を書いてみたら、こうなった!
タイトルを見てわかるとおり、今回はあのキャラがメインです。
どうしてこうなった!
どぞ。

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2011-10-18 23:45:33 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:12568   閲覧ユーザー数:9128

 

幼なじみは思春期中

 

 

 

pppppp……―――。

 

「うぅ……」

 

毎朝耳にする電子音が鳴り響いている。もぞもぞと身体の向きを変え、その音源へと腕を伸ばした。

 

「……………朝、か」

 

時計を見れば、短針は時計盤の5を指している。窓へと顔を向ければ、まだ陽も射していない。これは別に、今朝だけ早起きをしたという訳ではない。毎朝の恒例行事だ。

いつものように布団から抜け出して軽く伸びをすると、いつものように着替える為に立ち上がり――――――

 

「………はぁ」

 

――――――そして、いつものように溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

布団のすぐ横に置かれているのは、ランニング用のトレーニングウェア。綺麗に畳まれた黒い布地の端に、ラインの赤が覗いている。毎晩翌朝の準備をしてから寝ている訳ではない。婆ちゃんが俺の寝ている間に出してくれたわけでもない。では、何故ここにあるか。それは――――――

 

「またかよ。こんな時間に来なくてもいいと、いつも言っているだろう………思春?」

「おはよう」

 

誰もいない空間に話しかける。と、ガラリと窓が開き、低い声が聞こえてきた。その方向に視線を向ければ、窓枠からほんの少し、身体が覗いている。俺のウェアと同系色のそれに身を包んだ影は、挨拶の言葉以外を口にせず、じっと立っている。

 

「とりあえず着替えるから、下で待っててくれ」

「わかった」

 

短い返事と共に、その影は姿を消す。寝間着代わりにしているスウェットを脱ぎ、床に置かれたウェアを手にしたところで、俺は再度声をかける。

 

「だから下で待っていろと言っただろう。それと撮影は禁止だ」

「ちっ」

 

振り向かなくても分かる。きっと彼女はデジカメを手に、俺の着替えを覗いていたのだろう。舌打ちと共に、今度こそ気配が遠ざかり、地に足着く音が小さく聞こえてきた。

 

「はぁ………」

 

本日2度目の溜息を零し、俺は服を着る。

 

 

 

 

 

 

玄関の引き戸を開ければ、朝の爽やかな空気が頬を撫でる。起きたばかりの時は薄暗かった空も、東に目を向ければ遠くビルの隙間に太陽が顔を出していた。

 

「さて、今日はどこまで行こうか?」

 

軽くストレッチをしながら問いかける。先ほどと同様に、視界の中には誰もいない。

 

「河原への道は昨夜から工事が始まって通行規制がかかっている」

「それなら走り難いかもな」

 

それとどうやって調べた。

 

「じゃぁ、今日は裏山にしておくか」

「別の経路で迷っても拙いからな」

 

仕上げに軽くジャンプをしたところで、背後に立つ気配。

 

「行くか」

「あぁ」

 

いつもの如く、短い返事。俺は振り返る事無く走り出した。

 

 

生まれた時から見ているが、何度来てもこれが自分の家の所有物だとは思えない。

 

「だってやけに高いんだもん」

「………?」

 

少し後ろで俺について来るのは、いつもの如く俺の幼馴染である。俺の独り言にほんの少し漏れた声色から、首を傾げたのであろう事が窺える。だがしかし、会話はない。彼女がそれ以上話しかけようとはしてこない為、俺もまた声をかける事はしない。

 

その後何度か山頂と家を往復し、これで最後とばかりに全速力で山道を駆けあがった。山頂に着く頃には、先ほどはビルの隙間に見えた太陽はその頭をビルの屋上から覗かせ、俺達を照らしている。

 

「―――着いたぁっ!」

「はぁ…はぁ………」

 

両手に膝をついて息を整える。後ろからも俺と同じリズムで呼吸を繰り返す音が聞こえてくる。

 

「相変わらずよくついてくるなぁ」

「何を莫迦な事を。お前と毎朝同じ距離を走っているからな」

「そりゃそうか」

 

短い会話を終わらせ、俺は振り返った。

 

「さて、降りようか。爺ちゃんも起きてる頃だ」

 

時刻は午前6時。登校まではまだ時間がある。振り返った俺から視線を逸らして頷く彼女に苦笑しながら、俺は最後の下り坂を軽く流した。

 

 

 

 

 

 

爺ちゃん、思春とそれぞれ組手と木刀での試合を終えた俺は、居間で朝食をかっ込んでいた。両親は県外に赴任している為、いまは爺ちゃん婆ちゃんと3人暮らしである。あるのだが………この部屋には4人の姿。

 

「思春ちゃん、おかわりはいる?」

「いただきます」

 

ぶっきらぼうに茶碗を差し出す姿もいつもの事。なにせ、彼女が此処で朝食をとるようになって既に10年が経過しているのだから。

 

「はい、大盛り」

「ありがとうございます」

 

胡坐をかく俺や爺ちゃんとは違い、正座をして背筋をピシッと伸ばした姿もいつもの事だ。のほほんとした雰囲気のあの母親から、こんな娘が育つとは。

 

「どうした、一刀」

 

俺の箸が止まっている事に気づいた彼女は、相変わらず俺に視線を合わせる事無く問いかける。何でもないと応え、俺は3杯目のご飯を口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

朝食を終え、彼女は一度自宅―――徒歩30秒にも満たないお隣さんだが―――に戻る。俺も制服に着替えて仕度を整え、玄関へと向かった。

 

「相変わらず早いな」

 

戸を開ければ、制服姿の女子高生。長く伸ばしている筈の黒髪は、後頭部で丸められている。女性の支度は時間がかかると聞くが、彼女は例外に属する。

 

「お前が遅いだけだ」

「さいですか」

 

玄関から居間に向かっていってきますと声を掛けると、応という爺ちゃんの声と、いってらっしゃいという婆ちゃんの声が返ってくる。

 

「じゃぁ、行くか」

「あぁ」

 

戸を閉めて、学校へ向けて歩きはじめる。これも変わらずの恒例行事だ。小学校、中学校と同じ学校に進み、今は聖フランチェスカに一緒に通っている。しかし、俺の隣に彼女はいない。

 

「いつも思うんだが、なんで後ろにいるんだ?」

 

彼女はいつも、俺の半歩後ろを歩いている。

 

「いつも言っているが、気にするな」

 

彼氏でもない男と登校するのは恥ずかしいのだろうか。だったら時間をずらせばいいのに。以前そう言ったら、何故か鞄で殴られまくったので、それ以来その話は出さないようにしている。

 

「1限何だっけ?」

「英語だ。ちなみに小テストもあるぞ」

「マジか」

「2限は世界史、3限は現国、午後は古典ともう1度英語だ」

「紛う事なき文系だな、今日は」

「毎週の事だろう」

 

確かに。そして彼女はどうして授業の科目だけでなく、順番まで覚えているのだろう。真面目過ぎるのか、記憶力がいいのか………。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

俺と彼女が初めて出会ったのは、0歳の時らしい。『らしい』と伝聞形なのは、文字通り婆ちゃんや思春の母さんから聞いたからだ。覚えている筈もない。1日違いで生まれた―――俺が先で、思春が後だ―――俺たちの母親は病室が隣同士だった。俺達のベッドも隣、家に戻ればお隣さん。婆ちゃんは知っていたが、母さんはその頃既に父さんと一緒に県外に出ており、里帰り出産という形で戻って来ていた為、知らなかったらしい。

 

「なに、してるの?」

「すぶりだよ」

 

記憶にある限りでは、これが最初の会話。物心ついた時には既に子ども用の短い木刀を振るっていた俺が、いつも通りに婆ちゃんの夕ご飯を待つ間に振るっている時の事だった。家に併設された道場の面した中庭で、爺ちゃんの指導を受けながら、木刀を振る自分に注がれる視線に気づいた俺に向けられた言葉だった。

 

「どうじゃ、思春もやってみるか?」

「……うん」

 

初めて会話をしたその日から、どれだけの時間が過ぎたのかもわからない。縁側に腰掛けた爺ちゃんの膝の上で、お茶を啜りながら俺の稽古を眺める事が日課となった思春に、爺ちゃんが声をかけた。思春は疑問を持つ事無く首肯する。

それから、俺と思春は共に木刀を振るうようになった。

 

「一刀は、道場をつぐの?」

「うん。爺ちゃんや父さん達は好きなことをしていいって言ってるけど、俺はこれが好きなんだ」

 

小学校に上がるか上がらないかの年頃、思春がしてきた問いかけに、俺はそう答えたと記憶している。実際に言葉の通りだったし、それは今も変わらない。

俺の返事に何を思ったのか、思春はしばらくの間じっと俯いていた。そしてその顔があがった時、頬を真っ赤に染めた彼女の姿があった。あの表情は今でも鮮明に思い出せる。

 

「だったら………だったら、私がお嫁さんになってもいい?」

「………へ?」

「一刀がほんごー流のとうしゅになるんでしょ?だったら、私がそれを手伝う。私も強くなって、お爺ちゃんみたいに稽古をつける!」

「………」

「ダメ?」

「うぅん、いいよ。じゃぁ、思春は俺のお嫁さんな」

「うん!」

 

何とまぁベタな。さて、彼女はその約束とも言えない言葉を覚えているのかね。

 

「お前らいつも一緒だな。付き合ってるんだろ!」

「絶対付き合ってるぜ!おい、ちゅーとかしてるのか?」

「ひゅーひゅー」

 

これもまたお約束。生まれた時から一緒だった俺達は、いくつになっても一緒にいる事に疑問を覚えなかった。それも小学生までだ。ませた子どものよくやるような囃し立てを、俺達もやられた。偶然にも6年間同じクラスだった俺達の教室の黒板に相合傘を書かれたり、直接言われたりもした。

 

「うるさい」

 

だが、結果は他の青いカップルとは似ても似つかない。俺と一緒に数年間爺ちゃんの稽古を受けていた彼女の力は、既に小学生のそれではなかった。それでも学習せずにからかう生徒が後を絶たない。

その所為で、思春の性格は変わってしまったと言えるだろう。それまで無邪気に俺に懐いていた彼女は、俺が話しかけない限り、俺に声をかける事がほとんどなくなった。それでも俺の隣にはいたのだが。

 

 

 

 

 

 

そんな風に色々とありながら過ごしてきた俺達だったが、中学生に上がる頃に、転機が訪れた。学区内の中学校に進学した俺達はそれまで通り一緒だったが、小学生時代の思春を知っている生徒も多かったため、その頃には俺達をからかうような生徒もいなかった。

そんな折、彼女がハマったものがあった。読書である。元々真面目な性格に拍車がかかり、稽古の時以外は静かに過ごす事を好んでいた。クラスメイトから話しかけられれば返事をするが、自分から話しかけようとはしない。学校での休み時間も、いつも読書をしていた。俺の後ろの席で。

 

「何読んでるんだ?」

「………」

 

振り返って問う俺に、彼女は無言で背表紙を見せる。赤穂浪士か。相変わらず歴史小説が好きなようだ。

 

「面白いか?」

「興味深い」

 

その時の俺は、気づいていなかったんだ。いつものように短い返事の中に、ほんの少しだけ、感動の震えがあった事に。

 

「で、改まってどうしたんだ?」

 

そして中学2年の冬。いつものように稽古を終えシャワーを浴びて部屋に戻ると、自宅に帰った筈の思春がそこにいた。何やら真面目な―――いつも真面目だが、この日はそれ以上に―――顔で、話があると言い出したのだ。

 

「お前に伝えたい事がある」

「伝えたい事?」

 

正直に白状しよう。俺だって思春期の男だ。これまでずっと連れ添ってきた幼馴染みが、真面目な顔で伝えたい事があると言っている。期待したっていいじゃないか。だが、ここで緊張するのも恥ずかしい。俺は強く拍を刻む心臓の音が聞かれていないか不安になりながらも、何気ない表情で問い返す。そして――――――。

 

「私は決めた。私は………武士になる」

「………………………………………………………………………は?」

 

 

 

 

 

 

呆ける俺を無視して、彼女は話を続ける。曰く、武士とは仕えると決めた主君に心からの忠義を尽くし、常に主君の傍に侍り、命を賭して主君を守る存在である、と。

 

「どうだろう?」

 

どうだろう、と言われましても。その後も思春は語る。如何に武士の精神が気高いか、彼らの生き様の尊さ、等々―――。

30分は語っただろうか。彼女がこれほどまでに喋り続けるのは初めての事だ。そしてようやくその勢いも衰え、思春は再度同じ質問をした。

 

「どうだろう?」

 

何と答えるべきだったのだろうか。きっと5年後には自分の言った事の恥ずかしさを理解するから、やめておけと諭すか。いや、これだけ熱くなっているのだ。きっと言ってもきかないだろう。昔から頑固だったし。そして俺は口を開いた。

 

「いいと思うよ。思春が成りたいと思う自分になればいいんじゃないか」

「そ、そうか!そう言ってくれるか!」

 

俺の言葉に、久しぶりの―――本当に久しぶりの笑顔を向けてくれた。思春のこんな顔も懐かしいな、なんてことを考えながら、俺はそれから何が起こるのか、まったく気づいてもいなかった。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

あの思春の決意の翌日から、思春は俺の隣を歩かなくなった。まっすぐに背筋を伸ばした姿勢のまま、俺の半歩後ろを歩いている。中学2年の冬からずっとだ。

 

「かずピー、おはよーさん。思春ちゃんもおはよーさん」

「及川か、おはよ」

 

学校も近づき、級友の及川が俺の横に並ぶ。及川の挨拶に、思春は頷きで返す。

 

「相変わらずお供を連れての登校かいな。いい御身分やなぁ」

「お供って言うな。まぁ、相変わらずというのは正しいけどな」

 

これもいつもの会話。高校生になって初めてこいつと朝の通学路で出会った時は大層驚かれ、そのウザい程のリアクションに思春が一撃を喰らわせてからはこの程度におさまっている。

 

「思春ちゃん、ちょいとかずピー借りるで」

 

こいつがこんな言い方をする時は、たいてい碌な事がない。一番マシなもので宿題を写させてくれ。酷い時なんか、思春に頼んで女の子を紹介しろなんて言ってきやがった。無言の思春に滅多打ちにされていたが。

 

「で、どうした?」

 

首に腕を回してくる及川の顔から可能な限り距離をとりながら、問いかける。及川はそのまま少し歩くペースを速めて思春から離れると、小声で口を開いた。

 

「今度10組の女の子と合コンするんやけどな?向こうの幹事が、かずピーがおるならえぇよ、言うてんのや」

「また合コンか。この間も思春にボコボコにされたの忘れたのか?」

「せやからこうして2人きりで話してるんやん。どや?来てくれたらかずピーの費用は残りの男で割ったるで」

「合コンとか興味ないし……」

「そこを何とかっ。実はもう日程も組んでんねん。わいを助けると思うて、なっ?」

「………………わかったよ。今回だけだぞ。あと1週間昼飯奢れ」

「え、かずピー弁当やないの?」

「たまには豪華な食事をしたいんだよ。嫌ならこの話はなしだ」

「はぁ…わかったわかった。月末のエロゲの為に残しといたバイト代を使うしかないか………ゲームは来月やな」

 

とりあえず、そういう事となった。

 

「思春ちゃん、ありがとさん。思春ちゃんの旦那さんはちゃぁんと返すで」

「………」

 

ようやく俺を解放した及川は、振り返って数メートル後ろを歩く思春に声を掛ける。思春も特に何かを聞こうとはせずに、頷いた。

 

「それにしても流石思春ちゃんやなー」

「何がだ?」

「何って、男同士の首脳会談をこうして邪魔せずにいてくれたんやからな」

「っ…」

「………?」

 

ふと、思春の歩くペースが揺らいだ気がした。だが、振り返ればいつものように綺麗な姿勢で歩く彼女の姿。気のせいかと再び前を向く。

 

「話は変わるが、今日は1限から小テストらしいぞ。勉強はしてるか?」

 

しょーもない話も終わり、俺は雑談へと会話を戻す。と、及川の動きが止まった。

 

「………マジ?」

「マジだ」

「かずピー………」

「なんだ」

「範囲、教えて」

 

予想通りの始末である。

 

「じゃぁ1日追加で。とりあえず今日の昼はカツサンド――――――」

「あとメロンパン」

「――――――を買ってこい」

「2つもか!かずピーもぎょーさん食うな!」

「育ち盛りなんだよ」

 

婆ちゃんは和食メインだからな。たまにはジャンクなものも食べたくなるのだ。

 

「「………………………ん?」」

 

振り返れば、相変わらず生真面目な表情で後ろを歩く思春がいた。

 

「「気のせいか……」」

 

 

 

 

 

 

小テストも無事に終え、午前中の授業を終える。いつものように逆向きに椅子に座って、思春の机に鞄から取り出した弁当の包みを置く。思春もおばさん手製の弁当を出していた。

 

「はぁ、はぁ………買ってきたで、かずピー!」

 

と、そこに息も荒く駆け寄る男。朝の言葉を律儀に守ったらしい。総菜パンとカツサンド、それとメロンパンの入ったビニール袋を思春の机にどかっと置いた。

 

「あれ?お前、昼飯に甘いパンなんか食えるか、って言ってなかったっけ?」

「は?何言うとるん。かずピーが朝買って来いて言うたんやん?」

 

どういう事だ。俺はカツサンドしか所望していない。2人揃って首を傾げる男に、それまで沈黙を保っていた少女が口を開いた。

 

「いらないなら私がもらうぞ」

「へ?そらかまわんけど…」

 

及川が返事をするが早いか、思春は袋の中からメロンパンを取り出して弁当の横に置いた。デザートにでもするのだろうか。

すでに弁当の包みを開き、箸を手に取る思春を横目に、俺と及川は疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

日曜日――――――。

 

「なんじゃ、今日は思春と出かけるのか?」

 

朝の稽古も終え、身支度を整えて出かけようとする俺にかかる声。爺ちゃんだった。

 

「いや、今日はクラスの友達に誘われたから行ってくるだけだよ」

「ふむ……まぁ、たまには羽根を伸ばして来い」

「あいよ。いってきます」

 

爺ちゃんもそれ以上詮索する事無く、俺を送り出した。

 

 

駅へとつけば、俺が最後だったらしい。すでにクラスの男子2人と、初めて見る女子が3人待っていた。

 

「悪い、遅くなった」

「なんや、かずピー。ダメダメやな。女の子を待たせたらあかん――――――」

「気にしなくていいよ、北郷君。それより、どこに行く?」

 

俺が頭を下げれば、及川を押しのけて1人の女子が声をかけてくる。何か言ったか、及川。

と、そこで俺は違和感を感じ取る。普段は決して感じる事のない、気。

 

「(殺気…どこから………あれ?)」

 

殺気を携えて射抜くような視線を背に感じたが、それは一瞬で霧散する。

 

「どうかしたん、かずピー?」

「………いや、気のせいだ。それより今日はどこに行くんだ?」

「せやな。今日はまず――――――」

 

 

豪快な音と共に、10本のピンが倒れていく。天井から下がるディスプレイに目を遣れば、☓のマークが点滅していた。

 

「マジかいな!?」

「北郷君すごーい!」

 

俺達はいまボウリング場に来ていた。そのままやればいいものを、及川と女子の幹事の一言でくじ引き、男女3組に分かれて勝負する事となった。

 

「北郷君、ボウリング得意なの?」

 

自分の椅子に戻れば、同じペアの女子がそう言いながら何故かくっついてきた。

 

「いや、あんまやった事ないけど………」

「えー!それなのにストライクとか獲っちゃうんだ」

 

少し身体を退けば、さらに詰め寄ってくる。近い近い。

 

「えと……何か飲み物買ってくるよ。何がいい?」

 

ギリギリまでさがっても距離を詰める少女にどうしてよいか分からなくなった俺は逃げる事にした。

 

 

 

 

 

 

一体今度は何を話しているのだろうか。前を歩く幼馴染みの友人が、私に声をかけて彼を引っ張っていった。いつも馬鹿な事ばかり言っている奴の事だ。どうせ今回もくだらない頼み事でもしているのだろう。なに、こちらに害が及ぶようなら、またいつかのように締め上げればいい。

 

「思春ちゃん、ありがとさん。思春ちゃんの旦那さんはちゃぁんと返すで」

「………………」

 

ようやく奴が一刀を解放する。私は返事を返す事もなく、彼らの後を追って歩く。

 

「それにしても流石思春ちゃんやなー」

 

何の事だろう。いきなり褒めてくるとは気持ち悪いが、考えてみれば、誰彼かまわず、女と見れば声を掛けるような奴だ。いつもの事だろう。そう割り切って無言でいれば――――――。

 

「何って、男同士の首脳会談をこうして邪魔せずにいてくれたんやからな」

「っ…」

 

思わず私の歩みが揺らぐ。『首脳会談』という言葉に、私の中で、何かが満ちていく感覚。奴は冗談半分で言ったのだろうが、私にはそのように聞こえなかった。一刀が首脳で、私が一刀専属のSP………それは現代における主と臣の形。そう、それこそ私が求めていた形だった。

 

 

あれは中学2年の時だった。武士という存在の生き方に感銘を受けた私は、己も武士になろうと志した。だが、武士というものは、主に忠誠を尽くし、命を賭して守る存在である。では、私の主は一体誰になるのだろうか。そう考えた時、真っ先に浮かんだのが幼馴染みの顔だった。

 

『―――じゃぁ、思春は俺のお嫁さんな』

『うん!』

 

遙か昔の約束。考えてみればありふれたなものだが、私はそれを信じて疑わない。

最近は女が強くなっているという話をよく聞く。ならば、妻が夫を守れる程に強くてもよい筈だ。私はいずれ、一刀の妻となる。そして、彼を夫として愛し、家臣として尽くせばよいのだ。

 

『いいと思うよ。思春が成りたいと思う自分になればいいんじゃないか』

 

その決意を一刀に話すと、彼はこう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

それからだった。私が彼の隣を歩く事を辞めたのは。

家臣として常に半歩下がり、主に危害が及ばないか目を配る。級友がくだらない事に彼を巻き込もうとすればそれを留め、よからぬ事を考えていそうな女が色目を使えばそれを牽制し―――そうして3年近く過ごしてきた。

一刀は一刀で、これまで通り武に智に研鑽し、たゆまぬ努力を続けている。私の主として相応しい人物になっている。

 

「………寂しい」

 

中学も卒業し、高校入学を待つ頃、ふとそう思った。だが、その理由が分からない。私はいま、武士になる為に努力している最中だ。寂しさを感じている暇などない。何より、一刀と共に過ごしているのだ。寂しさなど感じる訳が――――――。

 

「………あ」

 

そして思い至る。そういう事か。一刀の顔を見る機会が減ったのだ。だから一刀と共にいる癖に、寂しさを感じるのだ。

どうすればよいのだろう。私が一刀に仕えるという意志に変わりはない。だが、彼の顔を見たい。しかし主の顔をマジマジと見るのも失礼なものだ。

 

「この手があるではないか……」

 

そして私は行動を開始した。

 

溜まっていた小遣いを使ってデジタルカメラを購入する。見たくても見れないのなら、彼のいないところで彼を見ればよいのだ。それからは、一刀の姿を写真に納める癖がついた。

 

「zzzzzz…」

「寝ているな」

 

夜中に彼の部屋に忍び込んで寝顔を撮影したり――――――

 

「はぁっ!」

「どうした、一刀。もっと腰を入れんか!」

「向け…こっちを向け………向いたっ!」

 

お爺様との修行姿を写真に納めたり――――――

 

「………いまだ!」

 

体育祭で、ゴールテープを切る瞬間をとらえる事にも成功したり――――――

 

「それと撮影は禁止だ」

「ちっ」

 

一刀に気づかれ、撮影の隙が減ってくる頃には、写真のデータが詰まったSDカードは20枚を超えていた。

 

 

 

 

 

 

日曜日。朝の稽古を終え、家に戻った私はいつものように大急ぎで着替え、家の窓から隣家の玄関を監視する。一刀が出てきた。

 

「いってきます」

「………いってらっしゃいませ」

 

彼に聞こえる筈もない見送りの言葉を呟き、私も行動を開始する。深く帽子を被り、サングラスをかける。手にはいつものデジカメ。さて、今日はどんな姿を撮影出来るのだろうか。

そんな事を考えながらも、彼の後ろ姿を撮影していく。道着姿も制服姿もいいが、私服も好きだ。はぁ…はぁ………。

 

そんな事をしている内に、待ち合わせの場所に到着したらしい。一刀の向こう側に、及川の姿が見えた。どうやらいつもの如く、クラスの男子で遊ぶらし――――――

 

「なん…だと………」

 

――――――及川の隣から、さらに女の顔が見えた。それだけではない。数えてみれば、一刀を入れて男女共に3人ずつ。まさか、これは。

 

「合コン、なのか?」

 

そんな……まさか、一刀は私との約束を忘れてしまったとでも言うのだろうか。彼を信じてずっと共にいたのに、私は捨てられてしまうのだろうか。

いや、私は一刀に仕える身。なれば、主の望む事を叶えなければならない。例え、それが自分を苦しめるとしても。ましてや彼は、北郷流を継ぐ立場にあるのだ。若いうちに配偶者を決めるというのも別段おかしな事ではない。ないのだが………。

 

メキメキッ――――――

 

突如、右手から聞こえてきた音にはっとする。見れば、何とも無残な形のカメラを私は握りしめていた。

 

「しまった……」

 

これでは一刀の姿をシャッターに納められない。すぐにでも代替品を用意しなければ。インスタントカメラ?いや、それでは枚数も限られてしまう上に、デジカメほどはっきりと映らない。距離が遠ければなおさらだ。ここは………。

私は考える。それはさながら窮地に立たされた武将のよう。どうやって一刀撮影の任務を続行するか案を出しては却下する。そして、決める。

 

 

 

 

 

 

一刀たちがボウリング場に入った事を確認すると、私は全速力で家に戻り、カメラの保証書を机の引き出しから引っ張り出す。よし、まだ保証期間内だ。

それを持って家を飛び出し、購入店へと向かった。

 

「いらっしゃいませ。今日はどのような――――――」

「カメラが壊れた。直せ。今すぐに」

「へっ?」

 

店員の挨拶ももどかしく、私は保証書とカメラをカウンターに置く。

 

「あらら、これはまた凄い事になってますねぇ。ここまで来ると、修理するよりも買い換えた方が安くなりますよ?」

「保証期間内だろう?」

「ひっ!?」

 

思わず殺気が漏れてしまった。落ち着け、私。

 

「で、ですが保証書にもある通り、無料で直せる場合とそうでない場合が、その………………」

「するのか?しないのか?」

「………………………………………させて頂きます」

 

ふん、弱卒の癖に私に逆らおうとするからだ。

 

「それでは、お預かりします。そうですねぇ…これほどの状態ですと、だいたい2週間ほどかかりますが」

「そんなにかっ!?」

「ひぃっ!」

「………………いや、かまわん。それで頼む」

「か、畏まりました……」

 

私の言葉に安堵したのか、店員はそれきり何も言おうとはしない。

 

「あの、何か………?」

「代わりのカメラを貸せ」

「へっ?」

「緊急事態なのだ。そのカメラに入っているカードが使えるタイプのものを、直るまで貸せ」

「いえ、そのようなサービスは――――――」

「………………」

「――――――少々お待ちください」

「あぁ」

 

そう言って、店員―――そう言えば、名札に店長と書いてあったな―――が、カウンター裏へと引っ込んだ。

 

これでカメラの心配はない。早く一刀のもとに戻らなければ。

 

店長が持ってきたカメラを奪い取ると、私は走り出した。

 

 

 

 

 

 

派手な騒音と共に、10本のピンが倒れる。

 

「…いいポーズだ」

 

一刀がガッツポーズをし、私はそれをカメラに収める。が、次の瞬間―――

 

「なっ!?」

 

――― 一刀の隣の女が、彼に抱き着いた。離れろ、この売女が。左手からメキメキと音がする。ふっ、同じ愚を犯すつもりはない。悲鳴を上げているのは、私が隠れているゲームコーナーの筐体だ。

一刀が椅子に座るが、なおもすり寄っている。と、一刀が女から離れた。うむ、流石は一刀だ。あの程度の女の色香に惑わされるはずもない。

 

「………やっと離れたか」

 

一刀はそのまま立ち上がり、自動販売機の方へと歩いて行った。とりあえずはひと安心か。

 

 

「こんなもんでいいか。適当に選ぶだろ」

 

自販機で6人分の飲み物を購入し、俺達のレーンに戻る。適当にジュースを配り、俺が自分のコーヒーを飲んでいると、先ほどの女の子がすり寄って来た。

 

「一刀君、ブラックコーヒー飲めるの?」

「え?あぁ、甘いのよりは好きなんだよ」

 

彼女が興味深げに俺の顔を覗きこむ。と―――

 

「あたし、ブラックコーヒーってあんまり飲んだ事ないんだ。少しちょうだいっ」

「あ―――」

 

―――言うが早いか、彼女は俺の缶を手に取り、それを口にした。

 

「………………」

 

途端、背筋を悪寒が走る。この気は、まさか………。

ゆっくりと唾を飲み下すと、俺はゆっくりと振り返った。

 

 

それを目にした瞬間、私の身体と理性は乖離した。何を考えるともなしに私の脚は前へと進み、そしてその場所へと辿り着いた。そして、目の前の6人は固まった。及川は私に気づいたのか口を開けたり閉めたりし、一刀は背筋を伸ばしたまま動かない。

自分でも、意識したことのない程の怒気を感じる。あぁ、一刀は振り向かずとも気づいているのだろうな。私は彼の肩に、そっと手を置いた。

 

 

 

 

 

 

「いや、あはは……思春ちゃんやないか」

 

向かい側の席に座った及川が名前を呼ぶ。そんな事をせずとも、俺には背後の気配でわかっている。あぁ、こりゃ怒ってるな。こんなに気性を露わにするのは久しぶりだ。

 

「………コイツを借りていくが、いいな?」

 

やっぱり怒ってる。肩に置かれた手はギチギチと骨ごと締め付けている。明日起きたら、きっと痣になっているのだろうな。及川は彼女の恐ろしさを知っているから、何も言わずに俺を生贄とするだろう。

 

「ちょっと、いきなり何なのよ、アンタ!」

 

あぁ、ここに空気の読めない子が一人………。いや、ある意味勇敢といえるのか。

 

「だいたい、アンタ誰よ。一刀君が痛がってるじゃない。さっさと離し―――ひっ!?」

 

だが、その蛮勇もそこまでだった。思春がサングラスを外し、その眼光を一身に受けた彼女は、そのまま硬直してしまう。

 

「………………及川、悪いが俺はここまでのようだ」

「かずピー……生きて還ってくるんやで」

「あぁ」

 

及川の声も震えている。出立を見送られるパイロットのような心情で、俺はその場を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

「………まだ、この体勢なのでしょうか」

「………………………」

 

思春に連れ帰られた俺は、ひとり部屋で正座をしている。目の前には、腕を組んで仁王立ちの思春。視線が痛い。

 

「何か、釈明はあるか」

 

ようやう開かれた口から出てきたのは、有罪という事実は変わらないと宣告する言葉だった。

 

「今回は、その……及川にどうしてもと頼まれまして………」

「なぜ断らない」

「だって、報酬も貰っちゃったし……」

 

俺の言葉に、思春の眉がピクリと跳ねる。

 

「報酬だと?賂の類を受け取ったというのか!」

「いや、その言い方も古いと思い―――」

「黙れ」

「―――はい」

 

藪を突いてはいけないようだ。そしてまた沈黙。

俺は、ずっと疑問に思っていた事を口にした。

 

「なぁ……なんで、思春は怒ってるんだ?」

 

後から振り返れば、自分がなんと無神経な事を口走ったか分かる。だが、この時の俺は彼女の雰囲気にあてられて、冷静な思考を失っていたらしい。

 

「なんで、だと?」

 

その反応もごもっともだ。だが、それは後になってから分かる事であり、この時の俺には理解できなかった。そして、爆発する。

 

「貴様という奴は……本気でそんな事も分からないと言うのか!?私がこれまで、どんな気持ちでお前に仕えていたと思っているんだ!!」

「へ……仕えて?」

「あぁ、そうだ!私は以前に言ったはずだ。私は武士になりたいと。武士とは自分が忠誠を誓った主に付き従い、主を守るものだ」

「それと今回の事にどんな関係が―――」

「黙れっ!まだわからないのか、私が誰を主と従っているのか!」

「………もしかして、俺?」

「あぁ、そうだ。私が守りたいと思っているのは、貴様なんだ。幼い頃から、私はお前を見てきた。お前だけを、ずっと見てきたんだ!ずっと小さい頃に約束して以来、私にはお前しか見えていないんだ。そのお前が、他の女と一緒にいるところなんて……み、見たくはないんだ………」

「思春…」

 

彼女の声が震えている。ようやく俺も、彼女の気持ちを理解できた。自分への怒りを感じると同時に、嬉しさも感じるのは、何故なんだろうな。

 

「お嫁さんにしてくれるって…言ったじゃないかぁ………」

 

とうとう、思春は泣き崩れてしまう。彼女が泣いている姿なんて、本当に久しぶりに見た。罪悪感と一緒に嬉しさを感じる心は、本当にどうしようもない。だが、ここまで言われてしまえば、俺に出来る事なんてひとつしかない。

 

「………ごめんな、思春」

「か…ずと………?」

 

両手で顔を覆って涙を流す幼なじみを、俺は優しく抱き締めた。

 

「あの約束なんて、もう忘れてるものかと思ってたよ。いつの間にか話す時間も減ってるし、一緒に鍛錬をしたり学校に行ったりはしてるけど、やっぱり素っ気ないし………俺の事なんて、もう何とも思ってないのかなんて勝手に思ってた」

「わ、私の気持ちを…勝手に決めつけるな………」

「そうだよな。ホント、馬鹿だよな………ごめんな」

「う、うぅ……」

「俺も、約束覚えてるよ。思春、言ってくれたもんな。俺のお嫁さんになってくれる、って」

「………うん」

「俺が北郷流を継いで、思春が手伝ってくれるって約束したもんな」

「うん…」

「俺も、思春の事が好きだよ」

「………うん」

 

はっきりと、俺の気持ちを伝える。ようやく、思春の腕が俺の背中に回された。

 

 

 

 

 

 

後日談―――。

 

互いの気持ちを伝え合った翌朝、俺はいつものように目を覚ます。隣を見れば、いつものようにきれいに畳まれたランニングウェア。窓の外には、いつもの気配。

 

「………はぁ」

 

思わず溜息が出る。俺はもぞもぞと着替えながら、口を開いた。

 

「自分でやる、っていつも言ってるだろ。それと、撮影は禁止だ」

「………ちっ」

 

窓の外からは舌打ちの音。どうやら、俺達の関係はこれまでと変わらないみたいだ。いや、ひとつだけ――――――

 

「今日は後ろを走らないんだな」

「………………後ろにいなくても、お前を守れるからな」

「そりゃそうだ」

 

――――――朝のランニングの立ち位置だけは、これまでと違っていた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

というわけで、思春たんが外伝でした。

以前、とあるネコ目(食肉目)- イヌ科- イヌ属に分類される哺乳類の一種から注文があったので、彼女を書いてみた。

最初は思春期故の電波系を書こうと思ったら、いろいろとおかしな点がありすぎて没にしようとすら思ってたけど、最近上げてなかったので、とりあえずうp。

 

おもしろいと思ってくれたらいいなぁ。

 

という訳で、いつもの適当なアンケ。

本編はちまちま進めるので、外伝で見たいキャラがいたらコメントで投票してください。

あのシリーズの続き、とかでもいいです。

本編と同時進行で書いていくので、よろしくどぞ。

 

ではまた次回。

バイバイ。

 

 


 
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