「やれやれ、全く君はとんでもない事をしてくれたな」
ヘリからセリアを救出したリーは、操縦をしながら彼女へと言っていた。
救出されたセリアは、特殊部隊の隊員達にヘリまで引っ張り上げられ、その煤だらけで、一部が焦げた髪というひどい有様を見せていた。
「ああしなきゃあ、ジョニーは救出できなかったのよ。それにスペンサーとか言う奴が、ガスになれる『能力』を持っていたなんて言う事を、あなたは知らなかったでしょう?」
とセリアに背後から言われ、リーはしばしの間黙った。
「このガスセンターの爆破は、軍の責任になる。と言いたいところだが、どうやらそうもならないかもしれん」
「えっ」
リーの皮肉めいた言葉を覚悟していたセリアだったが、意外な発言に思わず声を漏らした。
「この天然ガス供給センターは、我々が今注目している組織、『チェルノ財団』の出資によって作られたものだ。君の派遣してくれた協力者のおかげで、『チェルノ財団』と『グリーン・カバー』のリンクは明らかになりつつある。このガス供給センターがテロの目的で利用されたのならば、これも捜査の一環さ」
派遣してくれた協力者とは、フェイリンの事だな、とセリアは理解した。彼女が『チェルノ財団』と『グリーン・カバー』をリンクさせてくれれば、それはセリアの助けともなってくれるのだろうか。
「どの程度まで判明したの?」
セリアはすかさず操縦しているリーに話を聞いた。
「どうやら、何者かがこの国へと入国したようだ。その人物の素性は調査中だが、顔は分かっている。端末を渡してやれ」
リーが操縦しながら背後にいる隊員に命じると、隊員は煤だらけの様相のセリアに携帯端末を渡した。
端末には一人の男の姿が映っている。明らかな『ジュール系』の人種。しかも『スザム地方』の人間だろう。
「こいつ、どこかで見たような?」
セリアがそう呟くのを、リーは聞き逃さなかった。
「知っているのか?」
「ええ、多分知っているわ。でも思いだせないけれども。何かの事件の関係者だったような気がするわ」
スペンサーは全身にひどい火傷を負いながらも、何とか生き残っていた。
まさかガス供給センターを丸ごと爆破されるとは思っていなかった彼は、ある場所を目指していた。
自分自身もガスのような存在でなければ、おそらく爆発で死んでいただろう。空気よりも軽いガスに自分の肉体を変えてしまう『能力』が無ければ、上空に飛び上がって逃れる事もできなかっただろう。
だが、全身にダメージを負っていては『能力』の力も上手くは働かない。
スペンサーは“あの方”に警告されていた。
負傷した状態で『力』を使用し、自分の肉体を気体化しても、元通りになれなくなってしまう可能性があると。
だから今スペンサーは、身を守るために自分の『力』を使わなかった。
いや、むしろ使う事が出来ないのだ、負傷している状態では気体になる事が出来ない。体力を大きく失ってしまったせいかもしれない。
だが命からがらスペンサーは、ブレイン・ウォッシャーが待っているはずの駐車場までやって来る事が出来た。
これで何とか逃げられる。
あの方は、この自分の失態を許しはしないかもしれないが、それ以前に海外に逃れてしまえばよいのだ。
もう逃亡の手筈も立ててある。いつでも出発できるだろう。
スペンサーは駐車場に停車している一台の車のドアノブを握り、素早く扉を開いた。
全身が気体になったばかりで全裸と言う何とも情けない姿を、ブレイン・ウォッシャーにさらすことになるが、着替えをしている暇は無かった。
車の中へと乗り込んだスペンサー。だがそこで彼は奇妙な事に気が付いた。
車の中にいる人物が違う。ブレイン・ウォッシャーではない。男だ。彼女の姿はどこにもない。
その人物が誰であるのか知った時、スペンサーは思わず口走っていた。
「お、お前は!」
その直後、スペンサーの目の前にいた男はオレンジ色の光に包まれたかと思うと、次の瞬間に大爆発を起こしていた。
スペンサーは間近でその爆発に巻き込まれ、気体になどなっている暇もなく消失していた。
車の屋根は上空何十メートルまで持ち上がり、轟音は周囲にまで響き渡る。オレンジ色の炎が、ガス供給センターの火災とは別の場所でも舞い上がった。
「おい、何だ?どうした?」
その爆発音は、離れた場所をヘリで航行中だったリー達の耳にも聞こえてきていた。
ガス供給センターの爆発とは別の方向で起こった爆発音に、セリア達は素早く目を向けた。
すると、山間部の道路の一角から炎が立ち上っていた。どうやら爆発が起こったらしく、その規模もかなりのものだ。車数台は楽に吹き飛ばせるだろう。
「どうやら爆発が起こったようね。この距離ではいくらなんでも、ガス供給センターの火が引火したようには思えない」
「都合よく起こったガス爆発には思えんな。現場に部隊を派遣するように命じる」
セリアは頷く。
どうやら、事件は予想以上に進展してしまったようだぞ、とセリアは不安になっていた。
「基地に戻るの?」
とセリアは尋ねる。
「ああ、そうだ。これ以上ここにいても仕方が無いし、別の場所で起こった爆発は部隊を送る。ああ、そうそう。ジョニー・ウォーデンはしっかりと捕らえたから安心しろ。これから基地で尋問だ。我々は彼の証言から、『チェルノ財団』と『グリーン・カバー』とのリンクを調べる」
「わたしも、捜査に参加させてもらうわよ」
とセリアが言うと、リーは意外そうな声で答えた。
「君からその言葉を聴けるとはな。君の役目は、ジョニー・ウォーデンを捕らえた所で終わったはずだが」
「いいえ、事件はちっとも終わっていないでしょう?むしろ、これから何かが起こる気がしてならないわ。スペンサーの奴だって死んだかどうかわからないし、結局のところ、黒幕の正体さえつかめていないんだから」
とセリアは感情を表さないような表情で答えていた。だが、リーはセリアの言葉から何かを察しづけた。
「もしかしたら、君は何かの目的があるのではないか?だから私達の捜査に付いてこようとしている」
「あんたに何が分かるって言うのよ。協力してあげるのよ?文句でもあるっていうの?」
セリアはリーに対して凄む。ヘリの中にも響き渡るような声に、皆の注目が彼女の方へと向けられた。
「いいや、無い。だが隠している事があったらきちんと話しておけ。それだけは言っておく」
と、リーは一言だけ言って、後はヘリの操縦に集中してしまったようだ。
男は、スペンサーを爆発に巻き込ませて始末した後、何事もなかったかのように別の車を手に入れて、《プロタゴラス》市街地に向かって進んでいた。
男は、爆発を至近距離で巻き込まれていたはずだったが無事だった。火傷はおろか、爆発による破片の散乱によって傷一つさえ負っていない。
それこそ、男にとっては最大の武器であったし、あの方に信頼されている理由でもあった。
男は携帯電話のイヤホンを取り出し、それを耳に取りつけた。さっそく報告だ。自分をこの場所へと導いていただいた、あの方にすぐに報告をしなければ。
あの方は、男の期待に応えるかのように、すぐに電話先に出てくれた。
「事は済んだか?」
さっそく、あの方は自分に尋ねてくる。男はすぐに答えようとした。
「はい。全ては済みました。次のご指示を頂きたく、お電話をさせていただいています」
もともと、ろくな教育を受けてこなかったから、敬語と言うものは苦手だったが、精一杯の敬語を使って答えようとした。
何しろあの方は、世界でただ一人、自分を認めてくださったお方なのだから。
「そうか。よくやった。やはりお前に任せて正解だった。スペンサーでは、駄目だ。奴はこちらの世界で暮らした事はないし、何事も全て金勘定で済ませようとする。
我々に、必要な武器を提供してはくれたがな。所詮はそこまでだ」
あの方が言ってくる非常な言葉に、男は聞き入る。彼として見ても、スペンサーの事は同感だったが、あの方にスペンサーのような扱いを受けないためにも、精一杯働いて、期待に応えなくてはならない。
「後は、私にお任せを」
少しの間をおいて、あの方は話し始める。
「まずは、リストに載っている者達から、鉄槌の情報の在処を探れ」
「ええ、このリスト分を回るだけでしたら、今日中に全てが整うでしょう」
男は、車の中に画面を表示させ、名簿のようになっている名前を見つめていた。
「そのリストの人物達から、『神の鉄槌』と呼ばれているものの在処を聞き出せ。だが、鉄槌はそれだけでは機能しない。次に必要になって来るものが鍵だ。スペンサーの奴が一つの鍵は入手しているが、それだけでは足りん。残りの鍵は、お前が直接リストの人物から聞き出すしかない」
リストに載っている人物達の名前をもう一度見返す。4人の名前がそこにはあった。
「承知いたしました」
「では、我々の目的が達成されるまでしばらくは連絡を絶つぞ。お前の報告は、“鉄槌”が下った時に我々に知れる事になる」
「はい。わたくしにお任せください」
「では、武運を祈っているぞ」
「ありがとうございます」
電話は、あの方から切られた。
これで、二度とあの方と会話する事はないだろう。だが構わない。あの方へと自分の全ての行動が知れ渡るのならば、電話による会話など不要だ。
全ては行動によって示せばそれで良い。男には分かっていた。
《プロタゴラス》市街地からはまだ距離があるが、今日の日が昇るまでには到着する事ができるだろう。
そして今日中に、自らの手で“神の鉄槌”を動かす事ができるはずだ。
その“鉄槌”こそが、今までの自分の人生の罪も、行動も、全てを清算してくれるに違いない。
『タレス公国』《プロタゴラス郊外》
6:13A.M.
その男は、名前を『キル・ボマー』と言われていた。その言葉は彼にとっては良い響きを持っていた。彼自身はもっと違う親に付けられた名前を持っていたが、それは大したものではなかった。
彼自身の本当の名前は、『スザム共和国』では所詮ありふれた名前でしかなかった。むしろ『キル・ボマー』という名前の方が似合っているし、好きだった。
ただ、マスコミに付けられた名前と言う点が気に入らなかった。
今は、そうした細かい事はどうでもいい。今はただ車を運転して、目的を達成するだけだ。
『キル・ボマー』がすべきことは昔やっていた時と同じでいい。ただ、あの時は、自分で標的を決め、自分の利益のために動いていた。
今は違う。
『キル・ボマー』は、朝の《プロタゴラス》市内を走行し、ある場所へと向かっていた。朝の街の郊外の空気はすがすがしく、しかも、人通りが少ない。どうやら行動がしやすいようだ。
ただ、自分が2度も起こした爆弾テロの影響によって、軍によって厳戒態勢が敷かれている。
この国にやってきて1か月。いかに『スザム共和国』とは違う国であるかが、『キル・ボマー』にも分かっていた。
だが行動の仕方も、『キル・ボマー』には大体わかっていた。あの方が用意したマニュアルにもしっかりと記載されていたが、彼自身の頭脳は、『ジュール連邦』側が思っているよりも鋭い。
何しろ15年間も隠れ続けてきているのだ。そして今、またある行動に出る事が出来ている。
『キル・ボマー』の運転する電気自動車は、電気駆動の静かな音を立てつつ、ある家の前までやって来た。
運が良いと言えるのだろうか?前の爆発からはまだ1時間も経過していない。軍が護衛を送っている真っ最中なのか?
あの方や、『グリーン・カバー』側が提供してくれる情報によって、《プロタゴラス市内》の軍の動きは手に取るように分かっている。
だから、どこから行動をしていけば良いのか、全て分かっている。
この《プロタゴラス市内》だけで何人の軍関係者がいる?軍の高官だけでも相当な人数に及ぶだろう。
『キル・ボマー』は車を降りながら、これからの手順を確認するかのように動いていた。リモートコントロールで車にロックをかけ、堂々と正面から家に踏み込んでいく。
その相当な人数の軍高官全てに護衛を送るだけでも、相当な時間がかかるに違いない。
もし、軍が事の真相を掴めば別だが、それには『キル・ボマー』が狙った高官達のリンクが判明しなければならない。
それまでにはまだ時間的猶予があった。
だから、『キル・ボマー』はなるべく自分を落ち着かせながら行動していた。目の前にある家に押し入るのでさえ、自分を落ち着かせて行動した。
彼はある家の中へと侵入していった。侵入と言えるのだろうか。『キル・ボマー』は広い屋敷の門を開く。
ロックは解除をする必要はなかった。『キル・ボマー』がゲートの鍵に手を触れると、そこで小さな爆発が起こり、ロックは破壊された。
多分、屋敷の内部と、警備会社に連絡が行っただろう。だが、警備会社の人間がやってくる前に、『キル・ボマー』が行動すれば良いだけの話だ。
屋敷の扉も簡単に開く事が出来た。多分、中では警報ブザーが鳴っているが構わない。それより以前に行動をすれば良いだけなのだから。
彼は屋敷の中に入ると、書斎の中へと移動していった。書斎がどこにあるのかと言う事も、“あの方”とその下にある組織がよこした図面が、ポータブルタイプの端末に送られてきていて全て把握してある。
そして、『キル・ボマー』はすでに別に用意していた携帯端末をチェックした。
それは微弱な電波を発している、あるものを探し出すために必要な端末だった。ごく僅かに触れているメーターがあり、それが一定値を超えた時、『キル・ボマー』が探しているものを見つけることができる。
『グリーン・カバー』のオットーの家ではそのメーターが反応する事は無かったが、ここでは違った。
微弱な反応が確かにある。この携帯端末は、周辺からの電子機器の情報を受信しており、あるものだけ、極端に反応するのだ。それだけ、データ量が存在するものを、『キル・ボマー』は探している。
家中に警報が鳴り響き始めた。警備会社の人間がやってくるまでは、おそらく5分もかからないだろう。
いや、警備会社だろうか?今の首都の現状を考えると、軍の人間がやってくるかもしれない。だが、『キル・ボマー』にとってはそんな事はどうでもよかった。『ジュール連邦』でやっていた時のように、軍の人間など巻いてしまう事ができる。
やがて、『キル・ボマー』が持っている端末に大きな反応が現れた。かなり大きな反応だ。これは間違いないと彼は判断した。
案の定、その反応は金庫から発せられていた。この家の主である人物は、目的であるものを金庫に隠している。
それも備え付けの金庫で、開くにはそう簡単にはいかない。電子金庫になっているから、パスワードが必要だ。プロでも開くのには時間がかかってしまうだろう。
その時、
「おい、お前!そこで何をしている?」
と、一人の男が現れた。その男は銃を構えており、身につけているものと言えばナイトガウンだけだ。
今まで眠っていたが、この警報の音で叩き起こしてしまったのだろう。だが、そんな事は大した問題じゃあない。
「こりゃあ、悪かったな。ええっと、あんたは、テイラー将軍だっけか?」
『キル・ボマー』は、自分に銃を向けてきている男の方を向き、そのように言った。相手は将軍であるという話だったが、それは大した問題じゃあない。
『キル・ボマー』は思った。こいつがいかに軍で偉い人間であろうとなかろうと、それはどうだっていい事だ。
こいつ自身よりも遥かに価値があるのは、こいつが持っているものであって、それは今、金庫の中に置かれているものだ。
こいつ自身には大した価値もないのだ。
「ああ、そうだ。お前は一体誰だ?」
テイラー将軍という名で『キル・ボマー』が知っている男は、銃を突き出して、『キル・ボマー』に接近してきた。
相手は明らかに警戒している。だが、『キル・ボマー』の方はと言うと、全く警戒する必要などなかった。
銃など自分には通用しない。それは彼の強みだった。
ただ、単純に銃弾のスピードに目がついていくとか、そういった事ではない。超スピードで動く事ができる『能力者』もいるという事だったが、『キル・ボマー』は超スピードを発揮する事はできない。
だが、銃弾など彼にとっては怖くなかったのだ。それは、彼が『ジュール連邦』内でテロ事件を起こしたころからそうだった。
「オレの名前なんてどうでもいいぜ。それよりも自分の心配をしておくんだな。その銃を下せよ。危ないぜ」
半ば挑発交じりに『キル・ボマー』は言った。
その挑発に動じたのかどうかは分からなかったが、相手の将軍は何の前置きもなしに銃を発砲してきた。おそらく足を狙ったのだろう。銃口が下を向いている。
だが、将軍が銃を発砲した次の瞬間だった。突如、書斎の火気も何もない所で爆発が発生し、将軍の体を吹き飛ばした。
書斎の本棚は巨大な鉄球にでも押しつぶされたかのように潰され、本が紙の破片となって飛び散った。
炎が吹き荒れて、書斎の中にある木材の机、本棚、天井を一瞬にして焦がしていく。
その光景が、『キル・ボマー』にははっきりと見えていた。火災報知機が鳴りだすのよりも早く、『キル・ボマー』は目の前で起こっている光景をはっきりと視認し、黒こげのあり様となった書斎にただ立っていた。
爆発によって書斎は見る影もなく吹き飛ばされていたが、『キル・ボマー』自体は無事だった。傷一つ負っていないし、火傷も何も彼の体には残っていない。
だが、行動は急がなければならない。『キル・ボマー』は今の爆発でも金属が焦げただけだった金庫を手にかけた。
金庫が置かれていた本棚は崩れていて、金庫は重かったが手で取り出す事ができるようになっていた。
電子ロックがかかっているが問題ない。あの方の支援があれば、こんな電子ロックなど簡単に解除することができるだろう。
どこからともなくサイレンの音が聞こえてくる。屋敷に近づく人の気配もあるようだ。どうやら警備会社が、表の門のロックが破壊された事に気が付き、この場にいち早く駆け付けたようだった。
事を早く済まさなければならない。
『キル・ボマー』はもう一度携帯端末を金庫に向けてかざしてみた。すると、確かに反応がある。
金庫の中に目的のものがあるのは確かだ。
だったら、もうこの屋敷には用は無かった。全て用済みだ。
屋敷の中に踏み込んでくる物音が聞こえる。銃を突き出し、警備会社の人間が書斎の中へと踏み込んでくる。
しかし、もう遅い。『キル・ボマー』は自分が持っている『能力』を発揮した。
それは、今では歩く事のように簡単にすることができる。今、将軍が銃を放った時にやった方法と同じだ。
ただ、規模は少し大きいだろう。ちょうど、この屋敷の全てを跡形もなく吹き飛ばす事が出来るほどに。
『キル・ボマー』の体はオレンジ色の光に包まれる。そして、次の瞬間には、まるで破裂するかのように彼の肉体から衝撃波が放出された。同時に炎も同じ勢いで放出される。
爆風と、炎は一気に、屋敷を跡形もないほどに吹き飛ばしていく。彼自身の体は爆発の影響を全く受けなかったが、周囲は跡形もないほどに吹き飛ばされていく。
炎と爆風が生み出していく、強烈な爆音は『キル・ボマー』にとっては、さながら演奏会のようだった。
彼は爆風と爆炎を生み出す自分自身が、まるで生まれ変わっていくかのように感じていた。
《プロタゴラス空軍基地》
5:49A.M.
セリアが《プロタゴラス空軍基地》に戻った時、誰もが自分の方を向いてくる事に、彼女は不快感を隠せなかった。
自慢の金髪のロングヘアは一部が焦げていたし、服もところどころ破れて焦げついてしまっている。顔も煤がくっついていた。まるで爆発から命からがら逃げてきてしまったかのようである。
実際そうだった。セリアは想像も絶するような大爆発から生還してきたばかりなのだった。
「セリア!」
椅子を背後へと蹴り飛ばすかのようにして彼女の目の前に姿を見せたのは、フェイリンだった。彼女は、とても心配そうな眼を眼鏡の奥に見せながらセリアに近づいてくる。
「フェイリン。この基地の中に入る事ができたのね?わたしは、大丈夫だって。このくらい」
セリアは、フェイリンの心配を構わなかった。実際、セリアが負っている傷はかすり傷程度でしかない。
「ゴードン将軍。それよりも、『グリーン・カバー』と『チェルノ財団』の関係は掴めましたか?」
セリアは対策本部に入って10秒も経つ前に、ゴードン将軍へと言い放っていた。
ゴードン将軍は、セリアの姿を見て思わず息を呑んだが、すぐにどもりながらも話し始めた。
「あ、ああ。かなり掴めている。今洗っているのがこの人物だ」
と言ってゴードンは、テロ対策本部の中央画面に表示されている人物を指し示した。
そこには、さっきセリアがリーに見せられた、ある男の姿が表示されている。まるで対策本部を睨みつけるかのような顔でその男はこちらを向いていた。
「この人物。どこかで見た事がある気がするのよね」
「今、軍の記録を洗っている。特に『ジュール連邦』方面のな」
と言ってきたのはリーだった。
「出ました!」
誰かが口を開いて言った。それは対策本部内にいる、大型サーバと直結した画面に向かっている捜査官の一人だった。
「どこのどいつだ?」
ゴードン将軍が声をあげて尋ねる。
「本名不詳。通称を『キル・ボマー』と言われています」
その声に、ゴードン将軍はすかさず大型サーバ直結の画面へと近づいた。
画面は最優先事項を表示するべく、男の顔を最大アップで表示する。
画面は、リーとセリアから見てもはっきりと見える位置に表示された。
「『ジュール連邦』で、γ0070年~0075年にかけて、軍事関係者を狙い、爆弾テロを起こした人物として知られています。『ジュール連邦』側に逮捕記録が無いことから、おそらく彼は未だに野放しになっていると思われます」
「こんな奴が、我が国に入国したのか?1カ月も前の話だぞ。国内で起こっている爆弾テロも、こいつの犯行なんじゃあないのか?」
ゴードンが声を上げて尋ねる。
「そう決めるのは早計かと。ですが、『キル・ボマー』の手口は我が国内で起こっているテロと似ています。
彼が今まで逮捕されなかったのは、現場にほぼ証拠が残っていなかったためで、足取りがつかめなかったせいです。これは我が国でのテロと同じ」
「だったら、ほぼ決まりだろう」
と、ゴードンはその場にいた皆に言った。室内にいる全ての者達に向かって声を張り上げる。
「『キル・ボマー』と『チェルノ財団』との関係は明白だ。今後はこの双方から捜査を進めていけ。もちろん『キル・ボマー』逮捕に全力を注ぐのだ。奴をとらえれば、『チェルノ財団』の目的も明らかになる」
「我々は、『キル・ボマー』の居所を突き止めたいと思います」
と、リーがゴードンの横から言った。しかしその言葉にゴードンは顔をしかめた。
「何だと、ちょっと待て」
上官の命令の前にリーが行動しようとしている。それはゴードンにとっては気に食わない事だし、上官、それも将軍の命令には絶対服従のはずなのだ。
さらにセリアもリーの背後にいることから、ゴードンは二人に言った。
「セリア。お前も待て。リーの報告によると、《天然ガス供給センター》を爆破したそうだな?」
セリアはゴードン将軍に背を向けたまま立ち止まった。
「捜査のために必要な事でした」
少しゴードンの方を振り向いてセリアは言った。
「ああ、だが、供給センターを爆破しろなどという命令は下していない。たとえ、その供給センターが『チェルノ財団』の建設によって建てられたものだとしてもな。ガス供給センターは、この国の会社の所有物なんだ。これがどういう事か分かっているだろうな?」
「兵舎送り?それとも逮捕でしょうか?」
セリアはまるで面白いものを尋ねるかのようにゴードンに尋ねた。
「おい、トルーマン少佐。お前もだ。セリアをここに連れてきて、捜査に参加させたのはお前なんだぞ。この責任はお前にもある」
だがリーは、
「あの《ガス供給センター》は、この国の企業の所有物ではあるが、スペンサー達が自由に出入りしているようだった。テロリストの活動拠点と考えて差し支えないでしょう?セリアはそれを抑えただけです」
リーはあくまで感情を見せずにそう言った。ゴードンの方が上官なのにも関わらず、彼の方が言葉に威圧感があるほどだ。
ゴードンとリーの間に空気が張り詰める。恐らく誰もその間に割入る事は出来ないだろう。しかし、そんな空気の間に一つの声が響き渡り、緊張感は解けた。
「将軍!」
「何だ?」
向こうから歩いてくる一人の軍服姿の人物に、ゴードンは苛立ったように尋ねた。
「緊急事態です。《プロタゴラス》市内にある、テイラー将軍の自宅が爆破されました。テイラー将軍とその家族も巻き添えになり、生存者はいない模様」
「何!マティソンだと!」
驚いたようにゴードン将軍は言い放った。
「テイラー将軍は、この基地の兵器管理部門の一人だ。これは暗殺と考えていいだろう」
リーがセリアに耳打ちをするかのように言った。
「この『キル・ボマー』は、『ジュール連邦』内で、連続爆破テロを行った奴だ。そんな奴が、我が国に入国してきた直後、この基地の将軍が暗殺されたんだぞ!これは必ず何か関係があるはずだ!」
ゴードンは声を張り上げてもう一度言い放った。
「4つの班に分ける!1つは『キル・ボマー』を捜索する班。1つは『チェルノ財団』を更に追求する班。そして『グリーン・カバー』の情報を更に洗う班。最後は、マティソン将軍の事件と、『キル・ボマー』との関係を洗う班だ!」
そこまでゴードンが言い終えると、対策本部にいた者達は一斉に行動を始めるのだった。
だがその中でリーとセリアだけは動く事が出来ないでいた。じっと傍から見つめるデールズとフェイリンの前を、4人の軍服を着た者達が通り過ぎる。
「悪いなセリア。お前がした事は確かに必要な事だったかもしれん。だが、こうする事が軍なのだ。私も逆らえん」
セリアの背後から二人の軍人が彼女を拘束しようとする。リーも同様だった。
「将軍。あなたは何も悪くないですよ。悪いのはこの人。勝手に私を連れてきて、さんざん捜査をさせて、挙句の果てに逮捕ですって?笑っちゃうわ」
セリアは本当に半分笑いながらそのように言っていた。
「二人を拘置所へと連れていけ。尋問は後でやる」
ゴードンはセリアとリーを拘束した二人の軍人にそのように言い放った。
すると二人は物言わぬ軍人たちに背後を固められたまま、テロ対策本部から連れ出されていってしまった。
「全く。石頭な連中だな」
コンピュータ画面上に表示していた画面から、《プロタゴラス空軍基地》のテロ対策本部の監視カメラの映像を見ていた男が、一言そう言った。
彼は油断のない眼をじっとコンピュータ画面へと注ぎ、どうしたものかと考える。
しばし、指で机の上を叩いた後、彼は考えを出した。
通信機はすでにセッティングされている。彼は耳にもすでに通信型のイヤホンをはめこんでおり、これが彼の活動をサポートしていた。
すぐに彼が求める場所へと通信は繋がる。
「ああ、俺だ。悪いんだがな。この電話を急いで『タレス公国』国防総省へとつないでくれ。ああ。そしたら、副長官へと緊急の用事だと伝えて欲しい。いいか?これは『組織』からの命令だ。副長官に急いでつなげろ」
「副長官はただ今会議中です」
電話先に出てきた副長官の秘書らしき人物は、非常にそっけない声で言ってきた。
だが男は構わなかった。
「会議中でも何でもいい。俺からだという事を伝えろ。出る気になるだろ?」
「はい。ただ今」
秘書はすぐに納得して、しばらく電話で男を待たせた後、電話先に“副長官”を出した。
“副長官”が電話に出てくると、男はすぐに決めていた言葉を言い放った。
「リー・トルーマンの即時釈放命令を出す。これは『組織』からの命令だ」
《プロタゴラス空軍基地》
6:44 A.M.
リー・トルーマンが拘束されている個室にゴードン将軍が現れ、彼の目の前のテーブルにいきなり書類を差し出した。
「これは、どういう事だ?」
突然言ってくるゴードン将軍。だが彼に対して、リーはいつもながらの感情を込めないサイボーグのような顔で答えた。
「突然、何を言っているのか分かりませんが?」
と、リーが答えると、今度はゴードンは差し出した書類を手に持ち上げて、見せつけるかのように言ってくる。
「これは、国防省の、副長官からのお前への即時釈放命令書だ!まだ日もろくに登っていないこの時間に発行された」
「ほう。では、私はこの場所からすぐに釈放されるわけですね」
リーは敬語を使って答えたが、あくまで言葉づかいをそうしただけで、まるで敬意は払われていないように聞こえる。
「命令書によればだがな。だが、私はこんなものは認めん。お前が拘束されている事は他には知られていないんだぞ。なのに、なぜ副長官はこの事を知って、しかも釈放命令書などと言うものを出すんだ?」
苛立ったかのようにゴードン将軍は言ってくる。
「私に聞かれましても困りますね」
と、リーは言ったが将軍は食い下がらなかった。
「手回しが良すぎる。もしかしたら、お前の背後には何者かがいるのではないのか?その何者かが、将軍に釈放命令書を出させた。私はそう考えている」
ゴードン将軍にそう言われても、リーは少しも表情を変えなかった。
「答えろ。トルーマン少佐。お前の背後には一体何者がいるんだ?」
「いいえ、どのような者もおりません。私はただ、国に仕えている軍人にすぎません」
リーはそのように答えた。彼はまるで動じるような様子は見せず、ロボットが返答するかのように答えてくる。
「嘘はつかない方がいいぞ。トルーマン少佐。君の経歴を全てチェックした。完璧だったよ。もう、作られたぐらいに完璧さ」
「だったら、問題ないのでは?それに、何故、今私の経歴の話を?」
リーは答える。しかし、
「せめて、経歴の一つに抜けがあったなら、私も疑わなかったのにな、というくらいに君の経歴は完璧すぎるな」
ゴードンは食い下がらずに彼に更に言う。そして、顔をリーへと近付けて言った。
「そんな完璧な経歴を持つ君だ。しかし今回の釈放はどうしても腑に落ちん。何故、今、突然君が釈放されなければならない?
君がしでかした事は大きい。人命こそ失われていないのが幸いだが、強硬な捜査は軍では禁じられている。それを国防省の副長官が許すとは到底思えないな。おそらく君の背後には何らかの組織があると私は思う。それを突き止めたいのだが、君の経歴からして、国防省を動かすほどの組織とのリンクは無い。
君が、元国防省にいたという事を除けばだが?」
ゴードンがそこまで言葉を並べても、リーは何も答えようとしなかった。ただじっとゴードンと目線を合わせている。
「君が連れてきたセリアだが、彼女もこうしてここに捕らえられている。だが、君と違って釈放命令書は出ていない。君だけだ。釈放されるのは。君だけが優遇されている」
ゴードンは黙り込む事を決めてしまったのか?リーのそんな表情から、何かを見計らっているかのような気配を感じた。
彼は表情も何も変えていないが、何かを待っているかのように見えたのだ。
「トルーマン少佐。お前は」
と、ゴードンが言った時だった。突然、リーが拘束されている拘束室のブザーが鳴ったのだ。
それはとても耳障りな音で、思わずゴードンは、
「何だ?どうした?まだ取り調べ中だ」
と言い放っていた。
「申し訳ございません。ですがゴードン将軍。たった今、緊急事態が発生しました」
半ば慌てたような声がアナウンスで聞こえてくる。その口調からして、本物の緊急事態だとゴードンは悟った。
「分かった。今すぐに行く」
「緊急事態とは、またテロ事件ですか?」
ゴードンが答えたのを見計らったかのようにリーは言った。まるで全てを知っているかのようにリーの声は落ち着いている。
「さあな?それを今確認するところだ」
ゴードンはそのように答え、さっさと行動しようとした。が、
「私は、釈放されるのですか?」
彼の背後からリーが言った。まるで彼を呼びとめ、再確認させるかのような声だ。
ゴードンはリーが見せてきた強硬な捜査を許すわけにはいかなかったし、今まで見せてきた彼の態度からもかなりの不審を抱いてきた。
だから、本来ならばこの場から彼を釈放するつもりはなかった。
しかし、自分に突きつけられてきたのは、国防省の副長官からの釈放命令書だ。従わなければ、この拘束室に入れられるのは、今度は自分と言う事になってしまう。いくらリーに疑わしい所があるにせよ、それだけは御免だった。
「ああ、釈放する。だが覚えておけ。これ以上私の目の前で不審な事をするな。副長官もそう何度も釈放命令書を出すわけにはいかないだろうからな」
そうゴードンが答えると、リーは黙って表情も変えることなく拘束室の椅子から立ち上がった。
ゴードンがテロ対策本部にリーを伴って来た時、まだ朝6時だと言うのに、昨日から勤めている捜査官達は慌ただしい様相を見せていた。
中央の大型モニターには、黒焦げになり、現在消防活動が続けられている一軒の建物が映されている。規模からして住宅地にある屋敷だ。金持ちが住んでいた事は間違いないだろう。
一人の軍人がゴードンの元へとやってきて、彼へとボードタイプのコンピュータを見せた。
「ゴードン将軍。これは、テイラー将軍のご自宅です。テイラー将軍は死亡。家族、現場にかけつけた警備会社の人間も巻き添えです」
ボードタイプの画面にも、爆発して粉々になり、しかも黒焦げになった屋敷が映されていた。明らかに生存者はいないだろう。
「爆発の原因は分かっているのか?」
ゴードンは尋ねる。するとボードタイプを渡した軍人は続けて言った。
「いえ、爆発の原因自体は不明です。しかしながら、爆発の数分前に、テイラー将軍の屋敷の門の鍵が壊されたという通報が警備会社にありました。何者かが侵入した形跡があります」
「付近に不審人物がいたかどうかを当たれ。爆発の原因も探れ」
ゴードンはすかさず自分の部下にそう言った。
「了解」
ゴードンの部下は即座に次の行動に移ろうとした。彼が去って行ってしまうと、ゴードンの背後からリーが言ってくる。
「『キル・ボマー』のやり口ですよ」
「何だと?」
一言発せられたリーの言葉に、ゴードンは背後を振り返る。
「国防省にいた時に見てきましたが、これは確かに『キル・ボマー』のやり口です。爆発の原因は不明。しかしながら、堂々と門から中に入っていったという形跡がある。奴がこの国に入国してきているのならば、そのやり口に違いない」
対策本部の中心にある大型モニターを見上げてリーが言う。
「だが、まだ決まったわけではないだろう?」
と言うゴードンの言葉を聞いてか聞かずか、リーはさらに言葉を並べた。
「奴はほんの1時間前にも、軍の高官を狙った。それもこの基地のです。立て続けに狙われる理由は?」
リーはゴードンの方へと目を向けて言った。
「現在調査中だ。先ほど狙われたマティソン中将との関連を探しているが、二人ともこの基地で、兵器開発部門を取り仕切っている事は知っているな?」
「じゃあ、兵器開発部門の高官へと即座に護衛を配備すべきでは?」
リーがそう言うと、ゴードンは鼻を鳴らして答えた。
「それはすでに派遣した。だが、まだ全て派遣できたわけではない。今、他の高官達に大至急警戒態勢を敷かせているが…」
ゴードンが言い終わるよりも前に、リーはすでに行動していた。
彼は手近にあった、コンピュータデッキを使い、そこにマティソン中将と、テイラー少将の写真を表示、その略歴を出していた。
「二人の関連性はありますか? もしかしたら、狙われる理由があるかもしれない」
「おいトルーマン少佐!」
ゴードンがさっさと行動しようとするリーをとがめる。
「お前にはもっと別の仕事があるだろう? 尋問だ」
と、一言ゴードンは言い放つ。
「尋問?この私が?」
「ああ。ジョニー・ウォーデンのな。奴を捕らえたのはお前だ。セリアは今は拘留中だから、お前が尋問するしかないんだよ」
ゴードンはリーとコンピュータデッキの間に割り込むと彼を制止するかのような姿勢を見せた。
「別の者にやらせれば良いのでは?今は、この連続爆破事件の方が重要だ」
「ああ、その通りだ。だが、この連続爆破事件の最有力容疑者、『キル・ボマー』は、『グリーン・カバー』から割り出された。『グリーン・カバー』はジョニー・ウォーデンとも取引を行おうとしていた。つまり、奴は何かを知っているに違いない。
お前が尋問する価値はあるんだよ。それにファイルを見たぞ、リー」
と、ゴードンはさらにリーに一歩歩み寄る。
「お前は尋問の経験があるな?国防省にいた時、何度も尋問をしている。記録に残っているのだから、隠し通せるとでも思ったのか?」
「いいえ。そもそも隠すつもりなどはありませんでした」
リーははっきりとゴードンに言った。すると彼は、即座にリーに命じる。
「だったら、さっさと、ジョニー・ウォーデンに尋問をしろ。言っておくが、取調室はカメラできちんとチェックをしているからな。国防省のやり方と言う奴を見せてもらうが、何か問題があったらすぐに尋問を辞めさせる」
リーに言うなり、ゴードンは自分の仕事にとりかかった。
「承知しております」
と言ったリーの言葉も、ゴードンは聞く耳を持っていないようだった。
ジョニー・ウォーデンは取調室の中に連れ込まれ、尋問が始まるのを待たされていた。
ジョニー自身は、自分の恩赦と引き換えに全てを話すと言ったはずだったが、恩赦が発行されるような気配はまるでないし、まして釈放などという気配もまるでなかった。
軍はどうやら取引をするつもりはないらしい。
これが警察などだったらもっと事が簡単にいくはずだったが、どうも軍ともなってくると勝手が違う。
ジョニーは不快だった。せめて、弁護士さえ呼んでくれれば何とかなるというのに。
ジョニーがそう思っていた矢先、突然、取調室の扉が開き、そこに一人の男が現れた。
その男はジョニーの知らない男だったが、そう言えば、セリアの情報を調べていた時、彼女の現在の上司として写真を見た記憶がある。
あのサイボーグのように表情のない顔と、心が読めない目つきで分かった。
セリアの上司であるこの男の名前は、確かリー・トルーマンと言ったはずだ。少佐で、この軍の中ではテロ活動鎮圧や阻止の任務を任されている。
リーはジョニーとは対照の位置にたった一人で座った。取調室には金属で無機質な扉があり、それがジョニーとリーの間に立ちふさがる。
「いいか、俺は何も話さねえ。弁護士が来るまでな」
ジョニーはただ一言そう発した。そう言っておけば、リーも手出しして来れないだろう。そう思ったからだ。
だが、リーはじっとジョニーへと顔を向けたままだった。表情を変えることなく攻めてくる。
これが、この男の尋問方法なのか?じっと顔を見つめられているだけでも不安になってくる。さらには攻撃されているかのようにさえ感じられる。
「い、いいか!俺の知っている事は、すべてセリアの奴に話したんだ。これ以上、話す事はねえからな!」
ジョニーは声を上げた。弁護士がいる以上は、絶対に相手は手出しをしてくる事はできないはずなのだ。そう、弁護士が全て味方してくれる。
弁護士の前では、たとえ軍であろうと自分に尋問することはできない。
だが、そんなジョニーの声を黙らせるかのように取調室が再び開き、そこから軍人が二人現れた。
彼らは何も言わないまま、ジョニーの座っている椅子の背後に回ると、彼の後ろ手に手錠をかけようとする。
「お、おい!ふざけるな!俺には弁護士を呼ぶ権利がある!人権だってあるんだぞ!この扱いは何だ!」
「外で待っていろ」
と、リーは二人の軍人に対してそう命じた。ジョニーの方はと言うと両手に手錠をはめられ、しかもそれを椅子に括りつけられてしまった。
二人の軍人が出ていくと、部屋の中に残されたのは、ジョニーとリーだけになってしまった。
「おい!ふざけるなよ!軍がこんな事をやっているなんて知られたら、おめえらはただじゃあ済まないだろうよ!人権団体だって黙ってちゃあいねえ!」
と、ジョニーが言い放つのをまるで遮るようにして、突然、リーは何かを取り出してそれを自分とジョニーの間にあるテーブルの上へと置いた。
置かれたものは金属で、不気味なまでに鈍く、そして、大きな音が響き渡る。
置かれたものは2本のペンチだった。
「そ、そんなもので一体、俺に何をしようってんだ!ふ、ふざけるな」
ジョニーはそのペンチが意味するものを色々と想像し、リーに向かって言い放った。だが、相手の男はじっとジョニーを見つめたまま、まるで表情を変えるつもりもない。
「歯っていうものは、抜かれても入れ歯をすれば、完全とは言えないまでも元通りにすることはできる。だが、指は切断されたら、元通りにすることはできない。指っていうのは関節もあるし、神経も通っていて感覚もある。
それに、人間の指は他のどんな動物よりも複雑だから、現代の技術でも完全に元通りにはできない」
ジョニーは冷や汗が出てくる自分を感じていた。この男が言っている言葉の意味は一体何だというのか?
リーという男はテーブルの上に置かれたペンチを握ろうともせず、ただ、たんたんと言葉を述べている。
「だが、歯ならいい。歯ならたとえ全て抜かれても、入れ歯をしておけば元通りにすることができるだろう?それに、歯は抜かれた時は痛いが、歯の内部自体は複雑じゃあないから、入れ歯で事足りるし、不自由もそんなにしない。お前も同じだよな?」
「ふ、ふざけるな!」
と、ジョニーは言い放つなり、突然、彼の腕は手錠から解放された。手錠は頑丈な金属でできていたものの、彼はその手錠を自分が持つ『力』によって溶かしてしまい、素早くテーブルの上のペンチに手を伸ばそうとした。
だが、それよりも早く、リーによって二人の間にあったテーブルは蹴り飛ばされ、テーブルがジョニーの体を直撃した。
「弁護士に期待するなら、到着するまでおとなしくしていた方がいいぞ、ジョニー・ウォーデン。そんなペンチを使うよりも、銃を使ってほしいか?
こっちは国家の安全がかかっている。人権団体なぞの介入にビクついていられるか!」
と言って、リーは銃をジョニーへと向けた。
「お前の物体を溶かすという『能力』も、銃の前では役に立たないだろう?」
リーは銃口を向け、テーブルの下敷きになったジョニーに近づいてくる。
「お、俺は、セリアと取引をしたんだ!『グリーン・カバー』と、スペンサーって奴の事を話せば、釈放する。恩赦を出すってな!」
ジョニーは慌てて言い放った。手を前に向けて、撃たないでくれと言わんばかりの様子をみせる。
「ああそうか?だが、肝心のセリアはここにはいない」
だがリーは更にジョニーに対して迫った。
「だが、お前が俺を撃てば、お前は俺以上にひどい目に遭うぜ!」
ジョニーは最後の切り札のような言葉を言って見せる。だが、リーにはその言葉は全く通用しなかったらしく、彼は更に迫って来た。
「ああそうか?そうかもな?だが私の今の興味はそんな事なんかじゃあない。お前が、『キル・ボマー』という男について、何を知っているか、だ。そして、『チェルノ財団』についてもな」
とリーは言って、更にジョニーに対して迫っていく。
「『キル・ボマー』、『チェルノ財団』だと?」
ジョニーは聞き返すかのようにリーに尋ねる。リーは、ジョニーのすぐそばにキャスター付きの椅子を引っ張っていき、その上に座った。
「お前達の雇い主だったんだからな。関連や目的を話せ」
リーはその膝に銃を置いたままジョニーに話した。
「お、俺達は何も知らねえ。奴が、俺達と同じ雇われた奴だって事以外はな」
とジョニーはリーから距離を取って話したいそぶりを見せつつ言う。だが、ジョニーがいくら距離を取ろうとしても、彼の背後には壁があってそれ以上距離を取る事は出来ない。
「ほう、そうか。おめでたい奴だな。自分の置かれている立場も分かっていないとは」
と言いつつ、リーは銃の引き金を引きかかる。
「お、おおい!ふざけるなよ!俺たちは本当に何も知らないんだ!あ、いや待て!スペンサーの奴らが話していた言葉を聞いた。それなら知っている。それだったら話す!」
スペンサーは両掌を前に出してリーに言った。
「それ、だったら、話すだと?」
ジョニーの言葉に矛盾を感じ、リーは銃口をジョニーの方へと向ける。
「分かっている。全部話す。だが、恩赦も何も無いのか?テロリストの捜査に協力するんだぞ!」
と、ジョニーは焦って息切れさえしつつ言うのだが、リーは一歩も引きさがらない。
「我々からしてみれば、お前もテロリストだ。恩赦も何も出すつもりなどない」
リーは一歩も引きさがる事無くそのように言い放った。
「分かった。分かったから撃つな!いいか、よく聴いておけよ?俺はスペンサー達からこんな言葉を聞いたんだ。奴らがしきりに話していた。“神の鉄槌”って言葉だ。
何かの暗号か、意味している言葉はさっぱりわからねえ。だが、奴らはしきりに“神の鉄槌”って言葉を使っていたんだ」
「何?“神の鉄槌”だと?」
リーはジョニーに再度確認するように尋ねた。
「ああ、そうさ。後は俺たちが手に入れている情報は、今のお前達とおなじだぜ。何せ、ここのデータをハッキングして手に入れたんだからよ」
ジョニーはにやにやと笑っていたが、リーはまるで何かに突き動かされるように、椅子を背後へと押し出し、立ち上がると取調室を後にした。
後には、拍子ぬけたかのように茫然としたジョニー・ウォーデンの姿だけが残されていた。
「“神の鉄槌”だと?そんな言葉を私は聴いた事も無いぞ」
リーがジョニーの言っていた言葉をゴードン将軍に言うなり、彼はそのように言ってきた。
「ええ、しかし、ジョニーはスペンサー達が言っていたのを確かに聞いたと言います」
リーは冷静にゴードン将軍に言った。
「なら、何かあるに違いない。暗号解読の線で進めていけ。もしかしたら奴らが使っている隠語かもしれん。『スザム共和国』、もしくは『ジュール連邦』側の言葉で何かしらのつながりがあるかもしれんな」
と、答えるゴードン将軍。するとその背後からこそこそと様子を伺う者の姿があった。それはフェイリンで、彼女はどの間に入っていたらよいものかと、ゴードン達の様子をうかがっているようである。
「何だ?どうした?」
それに気が付いたゴードン将軍が苛立ったように背後を振り向いた。第一、彼女はこの場に呼ばれてきただけで、ゴードンからしてみれば、そのコンピュータ技術さえ無ければとっとと出て行ってもらいたかったからだ。
「あのう。その“神の鉄槌”って言う言葉なんですけれども」
おどおどとした様子でフェイリンが言ってくる。しかし彼女がかけている眼鏡の向こう側には鋭い光が見え隠れし、何かを狙っているかのようにも見える。
「すぐにこの基地のデータと照合したところ、この基地でヒットがあったんですが」
「何だと?この基地で?」
フェイリンの言葉にすぐにゴードンは反応した。
「こちらです」
フェイリンはポータブルタイプのデッキを使って、ゴードンとリーの前に画面を表示する。そこには赤枠で囲まれた画面が表示されており、中心には、“最重要機密事項”という表示が現れていた。
「『エンサイクロペディア計画』という項目で、“神の鉄槌”という言葉がヒットしましたが。これ以上先の防壁が硬く、破る事ができません」
フェイリンは画面を指示してそう言った。
「『エンサイクロペディア』(百科事典)だと?そんな計画を聞いた事などないぞ。私がこの基地の司令官に就任する前の機密計画か?いや、だが、最後の更新が1週間前になっている。古い計画ではないようだが」
と、ゴードンが言った。
「つまり、この基地の最高司令官であるあなたも知らない、この基地で遂行中の計画を、スペンサー達は知っていて話していた。そして、『エンサイクロペディア計画』というものは我々でも入る事が許されない計画という事ですか」
リーは現状をまとめるかのように答える。だがゴードンは納得がいかなかったようだ。
「この基地で計画中の任務や計画は、全てこの私や将軍達の許可が無ければできん!こんな勝手な計画が何にせよ、あるなど知らないぞ!」
「あのぅ、最近アクセスした人物なら特定することができるんですけれども。このページにアクセスした人物でしたら、履歴が残っているはずですから」
ゴードンの剣幕に、おどおどとした様子でフェイリンが言った。
「ああ、さっさと調べろ」
ゴードンはそのようにフェイリンに言い放った。まるで厄介払いをするかのような口調だった。
だがリーはフェイリンの座っているデスクに付いて行き、彼女と同じように画面に見入った。
フェイリンはキーパットを素早く叩いて、ものの1分もかからずにそこに名前を表示させた。
最重要機密事項と言う割には、アクセスはまばらで、アクセスすることができた人物も非常に少ない。しかしそのほぼ全てが将軍職に就いている人物だった。
そこに並べられている名前を素早く読み取り、リーは声を上げた
「将軍!狙われた高官達のつながりが分かりました!」
「何だと!」
すぐにゴードン将軍がリーとフェイリンのいるデスクに駆け寄ってくる。
「この履歴。マティソン将軍、テイラー将軍。2人ともこの『エンサイクロペディア計画』にアクセスしています」
「二人とも兵器開発部門に属している将軍だ。『エンサイクロペディア計画』とはもしかしたら兵器開発関連の計画なのかもしれん。だが」
と、ゴードン将軍は考え込むそぶりを見せつつ言った。
「ファラデー将軍、テイラー将軍もこのデータにアクセスしています。彼らも『キル・ボマー』に狙われる危険性がありますよ。『キル・ボマー』はこの計画に関する何かを狙っているのかもしれない」
二人とも、この《プロタゴラス空軍基地》の高官だった。リーもゴードンも顔と名前が一致する人物だった。
「大至急だ!ファラデー将軍、および、マティソン将軍の自宅に部隊を派遣しろ!二人の身を守るように伝えるんだ。」
ゴードンが命令を飛ばし、テロ対策センター内部は緊張感に包まれた。そんな中、
「リー。お前は、ファラデー将軍の部隊を指揮しろ」
ゴードンはリーだけに命令を出すのだった。
「『キル・ボマー』は『能力者』であるとして動いた方が良いでしょう。この基地で『能力』を持っているのは、私と、デールズと、セリアだけだ。セリアの力を借りたいのですが」
リーは命令を出したゴードンにそう言った。しかしゴードンはそれを断固として否定する。
「駄目だ。セリアは命令無視で拘束している。起訴されるかは分からんが、元々正規の任務ではないんだからな。任務に戻すわけにはいかん。
マティソン将軍の方にはデールズを行かせる」
と、ゴードンははっきりと言うのだった。
リーは慌ただしくなっているテロ対策センター内で、デールズの姿を見やった。彼は確かに有能な人材だったが、現場指揮の経験はまだ少ないだった。
「デールズを?お言葉ですが」
「なら、非能力者を行かせて余計な犠牲を出すと言うのか?デールズはお前と違って、一度『キル・ボマー』に遭遇しているのだぞ」
ゴードンはリーにそう言い放ち、彼らをさっさと行動させるのだった。
《プロタゴラス空軍基地》に戻ってくるなり、命令無視と職権乱用の罪で拘束されたセリアは、周りの状況は全く分からない中にいた。
外で何が起こっているのかもわからない。ここはあまりに隔離されてしまっていて、室内にセリアを放り込んだ兵士達が出て行ってしまった後、彼女は数時間も隔離されたままだった。
セリアがこのような目に遭うのはこれが初めてではない。正式な任務についていた軍役時代には何度か経験がある。
行き過ぎた捜査。命令無視。それがセリアを退役へと追いやった。
今もそうだ。だが、セリアは自分を改めようとはしなかったし、それはこれからも変わる事は無いだろう。
だから今はこの場に放り込まれても当然なのだ。
そして、セリアに後悔も無かった。
やがて拘束室の扉が開き、そこに一人の女が姿を見せた。それはフェイリンだった。
「あら?何しにやってきたのよ?」
と、セリアは自分の目の前に現れた彼女に、少し拍子抜けしたかのような口調を見せた。
「あの、あなたはもうすぐ釈放されるそうだから、その、面会って言う事で」
フェイリンはポータブルタイプのコンピュータを抱え、何やら不安げな様子だ。拘束されているセリアに同情でもしているのだろうか?
「あらそう?あなたがここに残って、私が外に出る。何とも皮肉な話じゃあ無いの」
「でも、ゴードン将軍によれば、釈放はするけれども、あなたはここに残すそうで」
セリアに対して答えにくそうにフェイリンは答えた。
「はあ?私は《天然ガス供給センター》を丸々吹き飛ばしているのよ?」
苦笑いを見せながらセリアは言った。だが、フェイリンの方はと言うと、じっとセリアの顔を見つめて言ってくる。
「それは、捜査の為には必要な事だったんでしょう?どうやらそれが上で認められたらしくって、あなたを解任する事は無いんですって」
そのようにフェイリンが言っても、セリアは嬉しいような表情を見せるつもりは毛頭ない。
「ふん。あらそう。随分コロコロ話が変わるものね。でも、わたしはこれ以上、軍の捜査に参加する理由なんてないのよ。そう。ただ厄介事に巻き込まれるだけでしかないわ」
と、セリアは言うのだが、フェイリンはじっと彼女の顔を見つめてから言った。
「あなたの娘さんの事は?まだ解決していないんでしょう?」
フェイリンは気遣ってくる。だが、セリアは彼女から目線をそらして答えた。彼女に今更、娘の話を持ち出してほしくなかったからだ。
フェイリンを追い払いたいという気持ちが無かったわけではないが、彼女は答えた。
「リーの奴にはとっくに使わせてもらったわよ。国防省の身元不明者調査データベースって奴をね。それさえあれば、この世界のどこにいる人物をも、簡単に特定できるっていうものをね」
「それで、どうだったの?所在は分かったの?」
フェイリンは尋ねてくるが、
「いいえ。生きていても死んでいても、正規のルートを介して里子になっていれば確実に。裏ルートを通ってきていたとしても、ある程度までなら所在は分かるそうだけれどもね。駄目だった。
ただ、どの国に行っていたかと言う事は分ったわ。私の付き合っていた男、つまり、私の娘の父親だけれども、そいつの出身国、『ジュール連邦』に向かった確率が、75%ほどだったわよ」
セリアは事実を答えた。だが、フェイリンにはいちいち気遣われるようなつもりはなかった。これは自分の問題だ。だから、いちいち彼女に追及されたくない。
「ねえ、セリア。あなたが付き合っていた男って言うのは」
フェイリンが更に尋ねてくる。だが、もうセリアは彼女に答えるつもりはなかった。
「ねえ、フェイリン。あなたは、そんな話をするためにここに来たわけじゃあないんでしょ?きちんと今起こっている大切な事を言いなさい」
と、フェイリンにきっぱりとセリアは言うのだった。フェイリンは少しセリアに気押しされたようだった。
大学時代からも彼女にはちらちらと見せていたが、セリアには強硬な所がある。彼女自身も自分自身のそんな姿には気づいていたが、元から変えるつもりなどない。
軍でもこの強硬な姿でやり通してきたのだ。これからだってこのスタイルを変えるつもりなど無いのだ。
「あなたが拘束されてから、二人の将軍の名前が浮かび上がったの。ファラデー将軍とテイラー将軍と言う人。それに狙われたマティソン将軍達との共通点が浮かび上がってきたのよ。それが、『エンサイクロペディア計画』っていう計画らしいの。わたしが突き止めたわ」
と言って、フェイリンはセリアに向けて『エンサイクロペディア計画』のトップ画面を表示した、ポータブルパネルを見せた。
「聞いた事の無い作戦名ね」
「ゴードン将軍も、この作戦については何も知らないらしいの。でも、4人の将軍は確かにこの作戦のページにアクセスして、ごく最近の履歴も残っている」
「それが、『キル・ボマー』とかいう奴に狙われている理由だとしたら、残りの3人の将軍を保護しなければならないわね」
「実は、あの後、テイラー将軍が自宅ごと爆破されてしまったの。助からなかったわ。つまり残った将軍は2人。今、急いで軍が保護と移動のための手配をしている」
「その作戦の指揮をしているのは?」
すかさずセリアは尋ねた。
「あなたをここに連れてきた、あの男よ。あなたと同じで、まんまと任務に戻っているの」
フェイリンは、リーの事は気に食わないと言った様子で答えた。多分、自分の娘の事を使って利用しようとしている、リーの事が気に食わないのだなとセリアは思う。
「じゃあ、私もその保護の作戦に参加させてもらおうかしら?」
「もう、いいんじゃない?セリア。これ以上関わっていっても」
「いいえ、違うの」
気遣うフェイリンを制止しながらセリアは言い、その場の椅子から立ち上がった。
「あのリーとか言う男だけれども、どうも私を捜査以外の目的で利用しようとしている気がしてならないのよね。わざわざ私なんかを指名して捜査をさせているのも、娘の追跡調査をさせるのも、どう考えても不自然。
もしかしたら、あいつは私の娘の事をもっと知っているんじゃあないかとも思えてくる。もしかしたらそれを関連して、あいつは私を利用しようとしているんじゃあないかと思うの」
セリアがはっきりとそう言った事で、フェイリンは逆に心配してしまったようだ。
「そ、それは何で?」
「さあ?わたしにも分からないわよ。ただ、リーと言う奴から全てを聞きだすまでは、私は彼への後を追うわ。この軍の本部にいさせてもらう事ができる限りわね」
とセリアが答えた時、彼女を拘束している部屋の扉が開かれた。そこに一人の軍人に伴われて、ゴードン将軍も姿を見せていた。
「セリア・ルーウェンス。お前を釈放する。理由はお前の捜査が正当なものだとみなされたためだ。《天然ガス供給センター》の爆破は、全ては『チェルノ財団』の責任だ。我々軍は、彼らが一連のテロ事件のバックにいると見ている」
ゴードン将軍はぶっきらぼうな様子で言った。本当はセリアのしたことを認めたくは無いのかもしれない。
「じゃあ、すぐにここから出していただけますか?」
早速と言わんばかりにセリアは言った。彼女自身ずっとこの場に詰め込まれていて、いい加減外の空気を吸いたい気分だったのだ。
「ああ、構わん。それと、お前に更に協力を頼みたい」
と、ゴードンは言ってくる。
「協力?何の事です?」
と言うセリアは、初めからゴードンの申し出を聞きたくは無かったのだが、とりあえず聞き返してみた。
「今、我々は人手不足だ。特に『能力者』のな。軍本部から特殊能力者を派遣して貰う事もできるが、この捜査に従事していた者は少ない。
ファラデー将軍達の保護には、リーがすでに向かったが、同時に二人の将軍を保護しなければならない。『キル・ボマー』がどちらも狙っていると言うのならば、『能力者』による保護は必須だろう。
デールズをテイラー将軍の保護に向かわせたが、奴は現場指揮官としての能力が不足している」
「だからわたしに行って欲しいと。そう言うんですか?」
と、セリアは尋ねた。
「ああ、そうだ。現在、この基地には3人しか『能力者』がいない。『キル・ボマー』の『能力』が具体的に不明な以上はお前に協力してもらうしかないんだ」
ゴードンに言われ、セリアは考えるようなそぶりを見せる。その態度にはどこか余裕さえも見えた。
今、現場で起こっている事など知らず、あくまで部外者としての態度を取ろうとするセリア。だが、決断はすでに決まっているようだった。
「ええ、いいでしょう。ですが、条件があります」
「何だ?言ってみろ」
「あの、リー・トルーマン少佐についてももっと深く御調べになって下さらない?彼はわたしを何かに利用しようとしている気がしてならないんですよ」
セリアがそう言うと、ゴードンはすぐに頷いた。
「ああ、そうか。では調べよう。あのリー・トルーマンには私もどこか腑に落ちない点が多くてな。お前と一緒で私も調べようとしていたところだ」
ゴードン将軍がそう言うと、セリアは彼と共に数時間拘束されていた部屋を後にするのだった。
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天然ガス供給センターで行われようとしている、テロリスト達の『能力者』の人材取引に、リーとセリアは潜入し、彼らの計画の全貌を暴こうとしますが―、