No.308441

レッド・メモリアル Ep#.07「ヘル・ファクトリー」-1

天然ガス供給センターで行われようとしている、テロリスト達の『能力者』の人材取引に、リーとセリアは潜入し、彼らの計画の全貌を暴こうとしますが―、

2011-09-27 13:55:12 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:1048   閲覧ユーザー数:266

 

『タレス公国』《プロタゴラス郊外》《天然ガス供給センター》

4月9日 2:52A.M.

 

 ジョニー達から姿が見える位置に立ち、スペンサーはある人物へと電話連絡を入れていた。

 その人物はスペンサーが所属している組織の中でも、最も上の権力を持つ人物で、彼の指示一つで、2000万レスどころか、数億レスの金額さえ動かす事ができる。そんな人物だ。

「彼が、要求しています。もう1000万レスを出せば協力すると」

 携帯電話を片手に、スペンサーは電話先の人物にそのように言った。

(ほう、ジョニー・ウォーデンも、ずいぶんと大胆な行為に出たものだ。こういった事をすることで、自分にどのような災厄が招かれるのか、彼は知ってやっているのかね?)

 大分、年老いてしまったかのような声で、電話先の男はそのように言ってきた。

「ええ、知ってやっているんでしょう。ですが、彼はこちらの正体についてもすでに掴んでいるようです」

 と、スペンサーは、ジョニー達に会話が聞かれている事を承知で、十分に口に出す言葉を選びながら話していた。

(だが、私はウォーデンという男の、武器は必要としていたが、それ以上の『能力』に関しては何も求めておらん。それを求めているのは、スペンサー。お前の勝手な独断だ。分かるか?)

「いえ、しかし、彼の『能力』…」

 スペンサーの顔に動揺が走った。どうにか、ジョニー達には聞かれないようにと、彼は必死になって顔の同様を抑えようとするが、どうしても抑えられない。

 どんな相手の前でも、どんなビジネスマンも顔負けのポーカーフェイスができるスペンサーだったが、この男の前ではどうしても駄目だった。

(君が欲しているのは、彼の『能力』ではない。金だ。

君は、1000万レス追加すると言ったが、3000万レス全てが、ウォーデン達に行くわけではないのだろう?そう。わたしの見立てでは、おそらく、1000万レスは君の手の中に行くはずだ)

 電話先の男の声は、まさに図星だった。

 どうしてこの男が、ここまでスペンサーの心中を見抜けるか分からない。確かに予想すれば不可能ではないが、ここまで自分の思惑を当てられてしまうと、スペンサーの心中はさらに動揺した。

「そのような事は決してありません。ジョニー・ウォーデン達はきっと役に立ちます!」

 まるで、上司を必死に説得する部下のような口調になって、スペンサーは言っていた。何とも情けない口調だ。

 だが電話先の男は、

(それは、君が決める事ではない。この私が決めることだ。お前の勝手な独断など許さん。いいか?我々は、金などというチャチなものでは動いているのではない。そんなものは、計画の前では微々たる力しか持たない。お前もそうだ。

 1000万レスを持とうが、1億レスを持とうが、所詮君は、底の知れた人間だったという事だ)

 という男の言葉を聞き、スペンサーの顔は青ざめた。

 それ以上、この男が何か言葉を言って来てくれるのだったらよかったが、電話は突然切られてしまっていた。

 まるで、死刑執行の宣言を受けたかのような衝撃。スペンサーはそれを知り、顔を青ざめさせた。

「どうした?顔色が悪いぜ、スペンサーさんよ」

 ジョニーが言ってくる。まったく何様のつもりだ。と思い、彼はジョニーの方へと顔を向けた。

「何でもないさ。ジョニー君。だが、結論が出たんだ。きちんと、出資者と話をつけたんだ」

 と、スペンサーは言うなり、顔を上げた。電話の通話はオフにして、ジョニー達の方へと顔を向ける。

 彼らは顔をこちら側へと向け、同時にスペンサーがいつ怪しい行動をしても対応できるように、銃を抜き放てる状態でいる。

「そうか、それで、何だって?どっち道てめーには、俺達に金を渡すしか、手段は無いんだぜ?それだけは分かっているよな?」

「ああ、もちろんだ。ジョニー君。そのくらいの事は分かっている。だが、私の出資者はこう言って来たんだ」

 と言い放つなり、スペンサーは素早く、ある場所に隠しておいた銃を抜き放ち、それを、ジョニー達の方へと向け発砲した。

 先程、ジョニーの部下によってボディチェックを受けたスペンサーだったが、銃はそのボディチェックでは分からない場所に隠してあったのだ。

 スペンサーが撃った銃の弾は、ジョニーのすぐ横にいた部下に命中して、その男の体を後ろへと押し倒していた。

「てめえ!」

 ジョニーは言い放ち、自分自らがスペンサーに向って銃を撃ち込む。

 ジョニーの撃った銃弾の弾は、スペンサーの額に命中し、間違い無く彼を始末した。そう彼も思った。

 だが、スペンサーは銃弾を受けた時の衝撃を、一切受けておらず、顔を背後へとのけぞらせるような事も無かったばかりか、額には銃弾の弾痕さえもなかった。

「な、何なんだ。てめえは?」

 ジョニーは、依然として変わらない表情をこちらに見せてくるスペンサーに、恐れさえ感じて後ずさった。

「ジョニー君。もう隠してもしょうがないだろうから教えてあげよう。

 私も『能力者』だ。だから君とこうして取引をする事が出来ている。『能力者』の事は、『能力者』が一番理解できる。だからだ。違うかね?私は、自分自身の体を、気体に変える事が出来る。もちろん私が、自分自身で、自分の体の形を保っているから、気体がどこかに流れていってしまう。という事はないがね」

「何だと。てめえ、調子に乗りやがって」

 そう言い放ったジョニーは、スペンサーに向って次々と銃弾を撃ち込んだ。

 スペンサーの体に次々と命中して行く銃弾。しかし、スペンサーの体は、まったく動じる事もない。微動だにすることなく、ジョニーの放った銃弾を全て受け流してしまっていた。

「だから、無駄だと言っているだろう、ジョニー君。君ならばそれを十分に理解できたはずだ。私の正体を明かしたのは、所詮君相手にはてこずらないからだ。そんな銃では私は殺せない。どうあがこうと無駄だから教えたのだ」

 スペンサーの体には傷一つついていない。ジョニーは、どうして良いのか分からないという表情を見せた。

 スペンサーは、ジョニーに向けて銃を構えた。

「残念だがね。ジョニー君。君はもう用済みという事になった。実に残念な話なのだがね。君がもしわれわれの味方になったとしても、そのような反抗的な態度を取られてしまっていては、我々にとって不利益になる。そう判断したのだ」

「う、うるせえ、てめーいい気になりやがって」

「ああ、そうかね。だが、何とでも言いたまえ。君は、どうせ私にこの場で始末されるのだからな」

 スペンサーは引き金を引こうとした。

 しかし、彼の背後から、ジョニーの部下が一人現れ、スペンサーに向って銃弾を撃ち込んだ。

 だがスペンサーの体はまたしても、銃弾を受けたという、衝撃さえ感じていないようだった。

 銃弾は、スペンサーの体を透過すると、反対側から次々と抜けていった。

 スペンサーは素早く背後を振り向き、たった今、自分に銃弾を撃ち込んできた者に向かって銃で反撃する。銃弾を撃ち込まれた部下は、あっと言う間に倒され、スペンサーは再びジョニーの方を振り向く。

 だが、ジョニーの姿はそこにはなかった。

 どうやら逃げられたようだな、とスペンサーはすぐに判断した。

「ジョニー君。逃げても無駄だ。ここは我々の施設なんだぞ。敵地の中で、お前はどのようにして逃げるというのだ?」

 スペンサーは施設内に響き渡るように、言い放つ。だが、反応はない。

「手間を取らせてくれたな、まったく」

 と言うなり、スペンサーは自分の肉体を急激に変化させていった。

 彼の肉体は、服だけを残してどんどん空気のような姿に変わっていく。細かい粒子が空中に浮かんでいるかのような姿は、人の皮膚の色だけを残して、どんどん人が本来あるべき姿を変えていった。

 やがて、スペンサーの体は服だけを残し、その場から消えうせた。

 正確には、スペンサーの体は消えたのではなく、確かにその場にあった。ただ、空気のようなものとなり、人の目には、肌色の何かが空中を漂っている姿にしか見えなくなってしまったのだ。

 その肌色の一部分だけが人の手の姿をして、銃を握っている事に気がつかなければ、スペンサーの体には気がつく事はない。

「野郎め。オレ達をなめやがって。ただじゃあ済まないぜ」

 ジョニーは部下が気を引いた隙にスペンサーから逃げ出し、更に配備していた部下と合流するのだった。

「だ、だがよォ、ジョニー。どうするんだ。奴の組織は、全力で、オレ達を始末しに来るんじゃあねえのか」

 スペンサーが同じ建物の中にいる。だが、ジョニーはいくら銃を撃ち込んでも始末することができない相手として、恐怖を感じていた。

「銃はしまっておけ。こいつ相手には何も役に立たないぜ。それだけは分かった」

 ジョニーがそう言った時だった。

 突然、施設内に銃声が響きわたり、ジョニーの部下が撃ち倒された。

 どこから撃ってきた?ジョニーは周囲を見渡し、スペンサーの姿を探そうとする。

 物陰から撃ってきているに違いない。この施設内は、今だけ電気を通されて一部が明るくなっているだけで、物影だらけだ。

 とすぐに判断したジョニーは、即座に身を隠し、特に物影に注意を払った。

 再び銃声が響き渡る。だが、ジョニーが今いる通路は、突き当りになっていて、どこからも回り込んでくる事は出来なくなっている。

 パイプ類が取り囲んでいて、スペンサーほどの男の体があっては、そのパイプ類の隙間を通ってこなくてはならない。

 だが、ジョニーは、スペンサーがさっき見せた、彼の『能力』を思い出していた。

 すぐに判断したジョニーは、すかさず目の前にある太いパイプに自分の手を伸ばした。

 すると、一瞬にしてそのパイプの根元が融解し、ジョニーの目の前に盾となって落下した。直後、銃弾が撃ち込まれてくる。

 ジョニーはすぐにその場から逃れようとした。

 スペンサーの奴がどこにいるか分からないが、奴が自分の体を気体にする事が出来るなら、それは変幻自在だということだ。

 ジョニーは素早く身を伏せた。

 目の前に開いているパイプから、手が出ていた。その手は銃を握っている。銃はジョニーの方へと向けられており、即座に火を噴いた。

 ジョニーはすかさずパイプを溶かして落下させ、自分の前の盾として行く手を塞がせる。

 すると、手から発砲してきた銃弾はそのパイプへと命中した。

 あれは、スペンサーの手に違いない。ジョニーは直感した。あいつが気体になることができるというのならば、それはパイプ内を自由に移動することができるという事でもあるはずだ。

 つまりこの、供給ガスセンターのパイプ内を自在に移動することで、スペンサーはジョニーを檻に追い込んだ事になる。

 ジョニーは、スペンサーを、自分の部下達の包囲の中に追い込んだつもりだった。だが、そうではなかったのだ。

 だが、ジョニーは更に広い包囲網の中に追い込まれていた。

 逃げ場があるのかどうかさえ分からない。

 ジョニーはただひた走った。

 だが、直後、ジョニーの口元を塞ぐ何者かが現れた。

『タレス公国』《プロタゴラス空軍基地》

4月9日 3:12A.M.

 

「どうした?マクルエム?その姿は?」

 《プロタゴラス空軍基地》で、リーとセリアの作戦のバックアップを見守っていた、ゴードン将軍は、そこに現れたデールズの姿に驚いた。

 デールズは、半分焼け落ちてしまったスーツと、もともと縮れ毛だった髪を更に爆発させていた。顔にところどころ火傷を負っている。どうやら、爆発に巻き込まれて、ぎりぎり助かったらしい。

「オットーの家の捜査中にやられました。一緒にいた、ウェルコムはおそらく爆発に巻き込まれて」

「ああ、それは連絡をさっき受けて知った。だが、お前は行方が分からなかったがな」

 ゴードン達、本部は、ちょうどデールズからの連絡を待っている最中だったのだ。

「すいません。携帯電話がやられてしまって。電話を見つからなかったので直接来ました」

「ああ、それは分かった。だが、爆破されたという事は、それは、オットーの家には何者かがいたのか?」

 ゴードン将軍は、素早く判断できないといった様子で、デールズに言った。

「ええ。我々の知らない人間でした。たぶん30代、『タレス語』を話していましたが、『ジュール連邦』。それも、『スザム共和国』方の訛りがありました」

 デールズは、額から流れ落ちてくる血をタオルで押さえながら言った。

「『スザム共和国』だと。何でそんな方面の人間が、オットーに興味を持つんだ?奴に興味を持つのは、『グリーン・カバー』だと思っていたが」

「分かりませんが、とにかくそいつは、オットーの家を爆破しています。何かを探しているとも言っていました」

「探している?」

 ゴードンがデールズの言葉に疑問を持つ。

「この家には何もないから、と言って、すぐに我々に攻撃を仕掛けてきたんです」

「ああ、それは分かった。お前はその傷を縫合してもらえ。他に怪我はしていないのか?」

 ゴードンがデールズを気遣う。だが、デールズは、彼を安心させるように手を前に出して言った。

 デールズがその場を立ち去ろうとしたとき、対外諜報本部に置かれている一台の携帯電話が鳴りだした。

 携帯電話はテーブルの上に置かれているだけで、誰も手に取ろうとはしない。

「この携帯電話は誰のですか?」

 デールズが携帯電話を指さして言った。

「ああ、それは確かセリアのものだ。ただ、軍用のではなく私用のものだと言っていた」

「出ても構いません?」

 デールズは携帯電話を取り上げて、その画面を見た。

「ここでは、私用電話は禁止なんだぞ。特に携帯電話はな。知っているだろ?」

「ええ、ですが、着信通知に、フェイリン・シャオランという名前が出ています。セリアさんは、ここからの電話は、捜査に必要な情報提供者からのものだから、必ず出るようにと言っていました」

 デールズは、携帯電話の着信通知をゴードンに見せた。携帯電話はまだ鳴っている。

「何?フェイリン・シャオランだと?聞いた名前だな。情報提供者というのならば、私が出る」

 ゴードンは、デールズから携帯電話を受け取った。すぐに通話をオンにする。

「《プロタゴラス空軍基地》のゴードンだ。そちらは?」

 少し、ごそごそという音が聞こえた後、緊張感の無い女の声が、ゴードンの耳の中で響いた。

(私は、フェイリンって呼んでちょうだい。セリアに電話したつもりなんだけど、どこにいるのかしら?)

 この場にそぐわぬ緊張感の無い声に、ペースを乱されそうな女の声だ。ゴードンは自分がこの女を知っている事を思い出した。

「セリアなら捜査で出払っていてしばらく戻れない。そう言えば君はセリアが在任中に、何度か協力してもらった、あのフェイリンだな?軍では民間の協力者でもあったとも聞いた。セリアは君に協力を求めていたのか?」

(ええ、そうよ。多分、今、セリアは、この街の郊外にある《天然ガス供給センター》に向かったんでしょう?)

 ゴードンは思わず相手への警戒心を強めた。セリアの行っている事は極秘任務のはずだ。部外者が知っていてはならない。

「どこでそれを知った?」

(あらら、その場所が怪しいって、セリアに教えてあげたのは、他でもない、このあたしよ。あたしが、セリアと、ええっと、彼女の今の上司に教えてあげたの)

 それがリーの事だとすぐに分かったゴードンは、多少警戒心を解いて話を続けた。

「そうか。では、今、こうして電話してきた理由は何だ?まだセリアに頼まれた事でもあるのか?」

 ゴードンが尋ねると、すぐにフェイリンは、言葉を返してきた。

(『チェルノ財団』という団体をご存知?)

 ゴードンは即座に反応する。その『チェルノ財団』こそ、今まさにこの対策本部で最も注目されている組織だったからだ。

「『チェルノ財団』について、何か掴んだのか?」

(ええっと、どこまで話は進んでいらっしゃるの?)

 確認するようにフェイリンは言ってくる。

「『チェルノ財団』が、『グリーン・カバー』に対して、巨額の資金提供をしていたということだ。再開発地区を建設できるほどのな」

(それで、『チェルノ財団』についてはどこまで捜査が進んでいるのかしら?)

 電話先の女、フェイリンは、ゴードンが軍の将軍という立場にいるという事など、まるでお構いなしに喋ってくる。

 軍にいたような人間でも無ければ、上司に従って仕事をするような人間ではない。それがゴードンには、しゃべり方だけで分かった。

「それは機密事項だ。部外者には明かせん」

(あらそう?じゃあ、こういった事は知っているかしら?『チェルノ財団』は、ある人間のために、旅券ビザを発行させているわよ。さらに、特別なチャーター便を飛ばしている。これ、1か月前の話ね)

「何だと?その話は初耳だ。チャーター便?どこからだ?」

 ゴードンはフェイリンの言葉に食いついた。彼女の話すことは、まだゴードン達の知らないことだったからだ。

(どこから、って言う事は、あなた達にも見当が付くでしょう?『ジュール連邦』国内からは言うまでもないわ。問題は着いた場所よ。この国の《プロタゴラス国際空港》になっているんだからね)

「どうやって、その情報を掴んだ?」

(セリアがくれたメモリーからね。『グリーン・カバー』の銀行口座の帳簿から、『チェルノ財団』に飛んで、そこの帳簿の情報も手に入れたの。ほとんど暗号化までされていた企業秘密なんだけど、あたしにかかれば簡単なものよ)

「それの情報をこちらに送ってもらえないか?」

 ゴードンがフェイリンに尋ねるが、

(ええ、いいわよ。でも、まだ解析していないデータの暗号もあるの。だから、できれば、何だけれども)

 フェイリンが、ゴードンの口調を探るかのように尋ねてきた。

「何を言いたい?」

(その。この情報、もしかしたら、ヤバい情報かもしれないのよね?あなた達って、テロ対策本部なんでしょう?だから、もしかして、あたしが調べちゃった情報って、テロリストと関係があるんじゃあないかって)

「保護してほしいという事か?」

 ゴードンはフェイリンの口調から、彼女の申し出をすぐに見抜いた。

(ほら、あたし、そこで少しの間協力して働いた事もあるし、今も大事な情報を持っているのよ。だから)

「言っておくが、今は厳戒態勢下だ。私の元に来るまでに、不愉快な思いをするかもしれないぞ。それに、君を再び協力させる事ができるとは限らん」

(それでも、OKだから。あと、できれば、迎えもよこしてくれればと)

「そこまでするのか?」

(だって!もしかしたら、あたしが持っている情報は、本当にヤバいのかもしれないよ?もし、途中でテロリストに襲われでもしたら)

「分かった。分かったから。迎えをよこす。それまでに、我々に今までに解析した情報を転送してくれ。分かっているとは思うが、フィルタリングしてな」

(ありがとう。絶対、役に立って見せるから!)

 と、フェイリンが言い終わるのが早いか、ゴードンは通話をオフにしていた。

「何だったんですか?」

 通話が終わると、横からデールズが訪ねてきた。

「ある意味、売り込みだな。やれやれ。民間人の面倒を見てやらなければならない事になりそうだ。もちろん、こいつの持っている情報が、役に立つ場合だけだけれどもな?」

 と、ゴードンが言った直後だった。

「ゴードン将軍!」

 彼のオフィスから見渡せる対策本部から、分析官の一人が声を上げた。

「どうした?」

「たった今、匿名の名前で情報提供がありました。ウイルスチェックをしましたが、特に問題がありませんので、開封したところ、旅券ビザと、入国記録の情報です」

 対策本部の分析官達は、基地内の大きな倉庫のような場所に詰めていて、吹き抜けとなっているゴードンのオフィスから見下ろせる位置にいた。

「モニターにそれを映し出してみろ」

 わざわざ匿名の名前だが、メールを送って来たのは今電話に出たフェイリンだろう。ゴードンはすぐに理解した。

 ゴードンが分析官に言うと、テロ対策本部の大きなモニターの一つに、旅券ビザと、入国記録の情報が流れる。

「『ジュール連邦』からの入国記録のようだが」

「何か、ありますね。『ジュール連邦』。『チェルノ財団』。それと、1か月前の入国だったら、それは、ちょうど首都へのテロ攻撃が始まった時じゃあないか」

「パスポートの写真が出ます」

 分析官がそう言った直後、そこに、パスポートの写真が大写しになった。

 そこに映ったのは、いかにも『ジュール連邦』、それも、『スザム共和国』地方の出身の男の姿だ。

 髭を生やしており、年齢は30代ほどだろうか。頬や目元の堀が深く、鋭い眼光をしているために、はっきりとは分からない。

 只者ではない。それは顔を見れば明らかだった。

「何者だ?まず犯罪者リストと照合してみろ。特に『ジュール連邦』の方を当たれ。テロリストが最優先だ」

 ゴードンがすかさず分析官に指示を出した。だがその横で、デールズが目を見開いている。

 すぐそれに気がついたゴードンは彼に尋ねた。

「どうした?マクルエム」

「この男です」

 傷ついた額から、まだ流れ落ちている血を押さえるのも忘れ、デールズは言っていた。

「何だと?」

「オットーの家を爆破し、我々の目の前で攻撃を仕掛けてきた男は、正にこの男です」

 ゴードンがデールズの顔を覗き込んだ。そこでようやくデールズは自分の額から流れている血に気づいてそれを拭いた。

「本当か?」

「ええ、間違いありません。この顔はそうに違いない。この髭は変装でしょう。ですが、目元と顔は変わっていない」

 デールズの顔は、確かにこの男こそ、自分を襲った人物だと確信しているようだ。そう判断したゴードンは、即座に部下達に指示を出した。

「即座にこの男を指名手配に出せ。デールズが襲われたのが、ほんの1時間以内だとすれば、《プロタゴラス市内》から外に出たという事はないだろう。それに、奴は何かを探していると言った。

 捕えている、『グリーン・カバー』の幹部に聞き出せ。オットーは何を所持していたのかを。知っていれば、この男の正体についても聞き出せ。それは、マクルエムに任せた」

「了解」

 そう言うなりデールズは、医務室ではなく、『グリーン・カバー』の幹部を捕えている勾留施設へと走っていった。

 ゴードンのオフィスの吹き抜けの眼下では、分析官達が慌ただしく動き出した。

 どうやら、1か月前から起きているテロ事件は、今、リーとセリアが任務に当っている、ジョニー・ウォーデンとスペンサーという男を捕らえただけでは終わらない。

 それは、このパスポートの写真が写されている男の眼を見るだけでも分かった。

 彼はまるで、爆弾のような危険な匂いを漂わせて、このテロ対策本部を見下ろしていた。

《天然ガス供給センター》

3:15A.M.

 

「セリア!てめーは!」

 口を塞がれて、パイプ類の陰に引きこまれたジョニーは、口を塞いでいる手がセリアのものだと知った。

「しーっ、静かにしなさい。私はあんたをここから助けに来たのよ」

 セリアは、静かな声でジョニーの背後から言ってくる。だがそんな彼女の言葉を、ジョニーは鼻で笑った。

「助けにだと、冗談じゃあねえ。セリア。お前の事は調べたぜ。“潜入捜査用”の偽造した身分じゃあねえ。きちんと軍でのキャリアを調べさせてもらったぜ」

 ジョニーはセリアの手の中でそう呟いていた。

「静かにしていなさい!あいつから、あんたを助けるためにここに来ているのよ。無駄口を叩かない!」

 セリアはそう言うと、ジョニーの体を無理矢理引っ張っていく。ジョニーはセリアよりもずっと大柄だったが、そんな彼の体をひっぱってく事が出来るセリアの力は、一体どこから出てくるのか。

 だが、セリアが『能力者』だとすれば、その力にも納得する。

 この女は普通じゃないんだ。それをジョニーは改めて思い知らされた。

「あのスペンサーという男との会話は、全部聞かせてもらっているわ。あんた達の取引が決裂してしまっている事もね。それで、あんたは、今では命を狙われている」

 セリアが向かっているのは、この供給センターの古い建物の出口だ。

 このまま、セリアに従って、連れていかれて良いものか? ジョニーは考える。

「それで、オレを助けようっていう寸法かい?だが、お前達の軍が必要としているのは、オレの命じゃあねえよな?証言か?それとも、オレの『能力』だってのかい?」

 ジョニーはそう言い放つなり、素早く手を伸ばして、供給センターの旧施設の建物を支えている柱に触れた。

 すると、突然その柱はジョニーが触れた周囲のみが溶け出し、セリアの頭上に崩れてくる。

「ジョニー!」

 突然の出来事に動揺したセリアの手を振り払う。セリアは、崩れてくる柱から身を守らなければならず、素早く飛びのいた。

 ジョニーは柱の向こう側に逃げてしまっている。セリアの目の前には、柱が立ちふさがってしまっていた。

「あんたを助けるって言っているのよ!逃げたら命はないわよ!」

 と、ジョニーに向かって言い放つセリアだったが、その時、セリアは、何かが自分の方へと迫ってくる音を聞いていた。

 耳の中の集音器が、施設内のパイプから音を集めている。

 その音は、何か、金属がパイプに当たる音だった。その音が迫って来ている。

 セリアは素早く警戒した。その音が、自分の元へと一気に接近してきているのだ。

 どこからやってくるかが分からない。姿が見えるのならば、とっくに見えている位置にまで近づいて来ているはずだった。

 直後その音が、パイプの中から聞こえてくる事に気がついた。

 パイプから、何かが迫って来ている。セリアは、パイプの出口になっている部分に対して身構えた。

 突然、その口から銃口が飛び出して来て、すかさずセリアに向かって銃弾が発射された。

《プロタゴラス空軍基地》

4:06A.M.

 

 対テロ対策の最前線に立っている、『タレス公国軍』《プロタゴラス空軍基地》の対策本部で、デールズ・マクルエムは頭に巻かれた包帯に触っていた。

 すると、巻かれたばかりの包帯にはまだ血が滲んでいることが分かる。

 何しろ、爆発をほんの寸でのところでかわし、更に2階からダイブしたのだ。無傷で済むはずがない。

 基地内の医務室で手当てをしてもらうことはできたが、腕と頭に巻かれた包帯は、デールズの姿を何とも痛々しい様相にしてしまっていた。

 デールズはリー達からの連絡を待っていたが、先ほどからリー達は通信を切っており、まったく反応がない。

 すでに軍の部隊が彼らのいる《天然ガス供給センター》に向かったということだが、一切の連絡がついていなかった。

「あなたが、デールズ・マクルエムさん?」

 そんな、どうすることもできずにいたデールズの元に、突然話しかけてくる声があった。

 椅子に座ってうつむいていたデールズだったが、呼ばれてくる声に顔を上げる。

 知らない顔だった。『レッド系』の人種。茶髪に眼鏡をかけているという姿で、あまり体格は大きくない。

 コンピュータデッキを抱え、セーターとジーンズという姿は、この軍基地にはあまりに相応しくなかった。

 ただのコンピュータオタクにしか見えない。

「あなたは?」

 デールズは女を特に不審には思わなかった。このテロ対策本部には、いくつものセキュリティを潜り抜けなければたどり着けない。

 少しでも怪しい人物だったら、この場所に足を踏み入れることなどできないからだ。だから、普段人に振る舞うような、警戒心を誘わない口調でたずねていた。

「わたしは、フェイリン・シャオラン。電話でお話したでしょう?セリアの知り合いですよ。この基地で分析官をしていた経験もあります」

 と、人懐っこい顔で彼女は言ってきた。

「ああ、あなたがあの」

 フェイリンとデールズは、ほんの一時間前に電話で話したばかりだった。

 対面する2人の背後から、ゴードン将軍が姿を見せた。どうやら彼がフェイリンをここまで連れてきたようだ。

「マクルエム。彼女とともに、『グリーン・カバー』と『チェルノ財団』との関係について探れ。どうやら彼女は『グリーン・カバー』が陰で行ってきたことに関する調査は、われわれよりも数段先をいっているようだからな」

 だがデールズは、

「しかし、トルーマン少佐の方は?連絡がつかないのでしょう?」

 と反論する。

「ああ、全く連絡がつかん。だったら、連絡がつくまでお前は別の方面から探るべきだ。私はリーの奴の背後から向かっている部隊の作戦指揮を執る。お前は、『グリーン・カバー』を洗っていろ。いいか?命令だぞ」

 ゴードンはそれだけはっきり言うと、すぐに自分のオフィスへと向かってしまった。

「どうやら、焦っているらしいわね。あの人」

 と、フェイリンが何年もの付き合いをしてきているかのような声で、デールズに言った。

「ああ、焦っているとも。何せ今は緊急事態なんだからな。それはさておき、早く見せてくれないか?『グリーン・カバー』の情報という奴をさ」

 デールズの方も、まるでパートナーに向かって言うかのような口調でそう尋ねていた。

《プロタゴラス郊外》

《天然ガス供給センター》

 

 一方そのころ、《天然ガス供給センター》にいたセリア・ルーウェンスは、重要参考人であるジョニー・ウォーデンを保護するべく、奮闘をしていた。

 目の前に向けられた銃口より発射された銃弾は、セリアの顔ギリギリのところをかすめていく。

 彼女は目の前の配管の出口から突然現れた銃口に、とっさの反応をしていたのだ。

 配管の出口からは、人の手だけが出て、銃を握っている。どうしたらこんな事ができるのだろう。

 配管の出口などものの10センチほどしかないのに、そこから手だけが出ているのだ。

 手は意思を持ち、銃を握っている。そして、セリアに向かって正確に引き金を引いていた。

「セリア。そいつは、自分自身の肉体を気体、つまりガスにすることができる『能力』を持っていやがるんだ!」

 ジョニーが叫んだ。彼はセリアの背後にまるで彼女を盾にするかのようにして立っている。

 セリアはジョニーの叫び声に答えるかのようにして、手が突き出しているパイプへと、素早く蹴りを入れた。

 パイプは鉄製で頑丈に作られていたが、彼女が蹴りを入れれば、つぶれたようにひしゃげ、パイプの口から突き出していた銃はあさっての方向に弾丸を発射した。

「そのくらい分かっているわよ!ジョニー!急ぎなさい!」

 と言って、セリアはジョニーの腕を掴むと、施設内のパイプ群の中を走り始めた。ジョニー達の会話は、セリアがさっき集音装置を使って全て聴いていたのだから。

 今は使われていないガスパイプを使うことによって、自分達へと攻撃を仕掛けてくるスペンサーは、セリアにとってもジョニーにとっても脅威だった。

 この建物内には無数のパイプが入り乱れていて、どこにスペンサーが潜んでいるか分からない。

 銃弾くらいだったら、セリアの『能力』でかわす事もできたのだが、それは相手が銃を向けているとはっきりと分かっている状態でないとできない。

 突然背後から発砲されても、それはセリアにとっては防ぎようもなかった。

 ジョニーが背後から攻撃されることがあるならば、セリアは防ぎきれるか分からない。

「ジョニー、こっちよ!」

 セリアは何としてでもこの場から逃げることを最優先としていた。施設の窓を見つけると、

彼女はそこから、ジョニーの体を放り出すように外へと投げ出す。

 古びた窓ガラスを突き破り、ジョニーの体は建物から外へと飛び出していく。セリアもそれに続いて、ジョニーの体を外へと飛び出させるのだった。

 顔から窓ガラスへと突っ込んだジョニーは、顔中を血だらけにしてしまっていた。

「おい、セリア!てめーなんてことをしやがるんだ。手荒に扱うんじゃあねえ!」

 ジョニーは顔を押えてセリアに言い放った。だが、次の瞬間、ジョニーは胸倉を掴まれてその体を引き上げられた。

「あんたは証人だけれども、同時に犯罪者なのよ。わたしがどう扱おうがそれはわたしの勝手よ。でも、あんたがわたしに付いてこなければ、どうせ死ぬだけだわ」

 と言うとセリアはジョニーの体を離した。

「てめー。あまり手荒に扱いすぎると、オレの弁護士が黙っちゃあいないぜ」

「言っていなさい。それよりもここから早く脱出しないと危ないわ。ついてきなさい!ジョニー!」

 とセリアはジョニーに言い放ち、彼を連れて、供給センター内を駆け始めた。

 

 ブレイン・ウォッシャーは、軍の人間達がやってくるよりも前に、天然ガス供給センターの敷地内から脱出し、センターの全体像を望むことができる高台へとやってきていた。

 ブレイン・ウォッシャーが運転した車は、高台に設置されている駐車場までやってくると停車し、彼女はすぐに車を降りた。

 駐車場の照明は点灯していたが、彼女はなるべく照明が当たらない場所に黒塗りの車を停車させる。

 これで目立たない。

 もうすぐ夜明けだが、今は最も暗い時間帯だ。

 ブレイン・ウォッシャーが車から降りると、彼女の聾人用の意思相通をはかる装置が反応し、彼女の眼の前の画面に文字を並べた。

「おいオレだ。やっと来たか、いい加減待ちくたびれたぜ」

 と、その装置には文字が並んでいた。

 ブレイン・ウォッシャーは背後を振り向く。彼女は聾だったから、背後にいきなり立たれてもそれを感づくことができない。

 そんな聾である人々の不安を解消するという意味でも、聾人用の装置は機能を持っている。装置自体は非常に小さく、電話機ほどの大きさしかない。今、それはブレイン・ウォッシャーの着ているスーツの内ポケットにあった。

 だがこれにはセンサーも付いているほか、空間に画面を表示する機能もあり、一台で何役も務めてくれるのだ。

 ブレイン・ウォッシャーは口を動かした。するとセンサーが彼女の口の動きを読み取っていく。

 ブレイン・ウォッシャーの手の上のあたりに画面が現れ、彼女の話した言葉が表示された。彼女が手を挙げれば、その文字が付いてきて、相手にとっても見やすい位置に表示されるようになっていた。

 画面には、「ごめんなさい。邪魔が入ってしまったの」と表示されていた。

 相手の男が照明も当たらない影の中から話してくる。

「おう、そうか。だがな、あの方は急げとの命令だぜ。もう時間が無いから、だってな。そこで、さっさとオレ達だけで行動をするようにと命令が下った」

 相手の男の話した言葉を、装置の画面から読み取ったブレイン・ウォッシャーは、彼の乱暴な口調をも同時に理解していた。

 彼女は口を動かし、自分の意思を相手へと伝える。

「わたしもそう思っていた。彼の命令に従い、すぐにも行動したいと思っている」

 と、相手側の画面には表示された。

「オレに与えられた命令の一つだ。スペンサーはもういらないだとな。あの方は用済みだからと言って、自分の部下を手に掛けたりはしないが、裏切られと判断した時は話は違うぜ」

 相手の男が呟き、その内容が画面へと流れる。

 相手の男の言葉の意味を知ったブレイン・ウォッシャーは少なからず動揺していた。

 だが動揺を相手に見せてしまってはいけない。聾だと相手の表情からも深く心情を読み取ろうとする。その分、ブレイン・ウォッシャーは自分でも自分の顔に現れる表情には敏感だった。

「彼を始末する必要が?」

 若干だが震える口をブレイン・ウォッシャーは動かした。その程度の震えなら、コミュニケーション装置はきちんと判断して文字を並べることができる。

「ああ、われわれの計画とやらに大きな障害になりそうだってんでな。もしスペンサーの奴が軍にでも捕らえられることになってみろ。オレ達の計画をしゃべって司法取引なんぞされてみろ。あいつは口を割るタイプだからな。あっという間にオレ達の計画はパーだ。そんなことになってもらっちゃあ、まったく困るんでな」

 相手の男の言う言葉は正しい。ブレイン・ウォッシャーにはそれははっきりと分かっていた。

 スペンサーが今後の計画の障害になるだろうという事も、もちろん分かっている。

「安心しろ。奴の始末はオレが付けておく。お前はただ黙って見ていればそれでいい」

 男はそのように言うなり、ブレイン・ウォッシャーが乗ってきた車へと乗り込んでエンジンをかけた。

 どうやら男はこれから自分がスペンサーのもとへと行き、始末をするつもりらしい。

 ブレイン・ウォッシャーは段取りを知っていたから、男に車を譲り、自分は男が乗ってきた車へと乗り込むのだった。

 ブレイン・ウォッシャーにとっては、パートナーとしてつき従い、『グリーン・カバー』にも取り入る事ができたスペンサーだったが、現在の状況を考えれば仕方がない。そう思うしかなかった。

 彼を切り捨てて、計画を更に進めることができるのなら、それはブレイン・ウォッシャーにとっても本意だったのだ。

 窓から建物を飛び出したセリアは、ジョニーを引き連れ、建物から離れていた。

 どこからスペンサーが迫ってくるか分からない。彼は自分とジョニーの暗殺を狙っている。おそらく自分よりもジョニーの方が優先して狙われるだろう。

 だからセリアは、ジョニーを身を呈してでも守りきらなければならなかった。

スペンサーはジョニーが捕まる事によって、重大な何かが軍へと漏れることを警戒し、このような行動に移っている。

 つまりジョニーは、今起こっているテロ事件や『グリーン・カバー』と謎の組織との関係について、確かな情報を知っているのだ。

 セリアは突然、ジョニーの胸倉を掴んで言い放った。

「ジョニー!あんたはなぜ狙われているの?ただいつもながらに武器弾薬を国外へと密売したから?いいえ、そんないつもの事で、命を狙われるようなドジをあなたはしないわよね?

 あなたは、いつもとは違う事をしてしまったから狙われているのね?あのスペンサーとかいう奴と、一体、どんな取引をしたのよ!」

 ジョニーはセリアよりもずっと大柄だったが、セリアの力で掴まれると、大の男の彼でも身動きが取れなくなってしまう。

 セリアの肉体を、彼女の体内に流れている『力』が、活性化させ常人を上回る筋力を出させているためだ。

「い、言えるかよ。大体、セリア。てめーらの軍って奴らは、オレ達の事は全て把握済みだろう?だからオレを捕らえに来たんじゃあねえのか?」

 とジョニーは言ってくる。だがセリアは彼の答えにも応じず、さらに胸倉を強くつかむのだった。

「知らないから、捜査をしているんじゃあない!もしあんたのしている事をとっくに知っているんだったら、あんたもスペンサーとかいう奴も、皆殺しにしてやっているわ」

 セリアが言い放った凶暴な言葉。

 ジョニーは怖気づく事はなかったものの、動揺は隠せなかった。

「て、てめー本当に軍人なのかよ?」

 と尋ねざるを得ない。それだけ凶暴な言葉のようにジョニーには聞こえていた。

「ええ、でも今は臨時なんだけれどもね。さあ、さっさと答えなさい。あのスペンサーとかいう奴がここに来るまでにね!」

 セリアはジョニーに顔を接近させて言い放った。するとさすがに彼も観念したのか、思い口を開くかのように答えた。

「オレだ」

「はあ?真面目に答えなさい!」

 セリアはジョニーの胸倉を更に強い力で締め付けた。

「だから、答えただろう!オレなんだよ!今回取引するブツはな!」

 ジョニーの言葉がガス供給センターの敷地に響き渡った。

「あんたが、自分を奴隷売買するなんて思えないけれどもね。それとも、いわゆる傭兵稼業でも始めたのかしら?」

 セリアはジョニーの目をのぞき込み、彼の眼が揺らいでいないことから、それが真実であると悟った。

「どっちかっつうと、後の方が近いな。奴らが望んでいるのは、多分『能力者』の傭兵のようなもんだろう。だが、奴らは専属の兵士を望んでいる。

 あのスペンサーとかいう奴も同類さ」

「スペンサーをはじめとする『グリーン・カバー』は、『能力者』を集めて、軍隊を作りたかった。そういうことなのね」

 とセリアは一人でまとめようとするが、

「いいや違うぜセリア。軍を作ろうとしているのは、『グリーン・カバー』じゃあねえ。奴らはただの仲介業者でしかない。本当に軍隊を作ろうとしているのは」

「『チェルノ財団』?」

 ジョニーの言葉を遮り、セリアは声を上げた。

「あ、ああ、そうさ」

 ジョニーは認めたくもないという様子でセリアから目線を外してそう言った。

「『ジュール連邦』の巨大財団法人ね。民間団体が、何故軍隊が必要なのか分からないけれども、これで手掛かりにはなる」

 と言うなり、セリアは携帯電話を取り出し、登録している番号をプッシュするのだった。

 電話の相手はすぐに呼び出し口に出てきた。

「もしもし、将軍?たった今、ジョニー・ウォーデンを保護し、彼から『チェルノ財団』が『能力者』の軍隊を結成しようとしている。との情報を得ました」

 セリアはすかさず電話口に出たゴードン将軍へと事を告げる。

(『チェルノ財団』が、だと。だが、『グリーン・カバー』は?一体どうなっているんだ?『チェルノ財団』と『グリーン・カバー』の間では、今までの間に、何兆という額の取引が行われているんだぞ)

 ゴードンは即座に状況が呑み込めたらしく、セリアに言ってきた。

「『グリーン・カバー』は仲介業者でしかないようですよ。おそらくその取引額も、『能力者』の受け渡しに使われている」

(だが、何故だ?何故、『ジュール連邦』の、それも民間団体が兵士を欲しがるのだ?『チェルノ財団はただび慈善団体だ。とても軍部に『能力者』を提供しているとは思えんぞ)

 と、ゴードンが言ってきたので、セリアは更にジョニーに尋ねた。

「ねえ!何故、『チェルノ財団』は『能力者』を欲しがっているの?答えなさい!」

「それ以上は、オレにも答えられねえ!」

 ジョニーが言い放つ。

「後できちんと答えてもらうことになるのよ!今、答えなさい!ジョニー!」

「それだけは答えられねえぜ!」

 ジョニーの声が再び響き渡った。

「もしオレがその事についてまで答えちまったら、オレはもう用済みだろう?価値がなくなっていまう。それに、あれもできなくなるよなあ?司法取引って奴さ」

 ジョニーの顔がにやついている。自分の命が狙われると知っていて、動揺を隠せないが、どこか不敵な自信が彼には残っているようだった。

「ふん」

 と、ジョニーは言うと、乱れた自分の上着を直し、セリアとともに、ガス供給センターの出口を目指す。

 ガス供給センターは現在でもその駆動を続けており、うねりを上げながらガスタンクを稼働させていた。

「スペンサーの奴は一体どうした?ここまで逃げてきて追ってこないのか?」

 と、ジョニーは言ってくる。だがセリアは、

「知らないわよ、いちいち私に聞かない事ね」

 ジョニーに対してはぶっきらぼうに答えたセリアだったが、警戒をしていないわけではない。周囲を見回し、何者か迫ってきていないかどうかをしっかりと把握する。

 ガス供給センターの作業員もここでは作業をしていないらしく、警備員の姿も見ることはできない。

 セリア達がいるのは、ちょうどガスタンクの真下の位置だった。

「セリア、あいつは気体になる事ができる『能力』を持っていやがるんだぜ。もし空気のような姿になれるんだったら、オレ達には見る事も触る事も出来ないんじゃあねえのか?」

「ええ、そうね。そのくらいの事は分かっているわよ」

 セリアは周囲を見回したが、誰かが迫ってきているという気配は変わらずない。

「セリアよォ、スペンサーの奴は、まずオレを逃がすとは思えない。まず間違いなくオレ達を追ってきているはずなんだ」

「ええ、そうね。分かっているわよ」

 ジョニーと背中合わせになりながらセリアは答えた。

「今は共闘する必要があるようだぜ。この雰囲気。もしかしたら、ガスパイプに周囲を囲まれている時よりも、見通しのよいこの場所の方が奴にとってはオレ達を狙いやすいんじゃあねえのか?」

 とジョニー。だが苛立ったようにセリアは言い放った。

「分かっている!いい?あんたはどうせ何もできやしない。ここは私に任せておきなさい!あんたは戦う事じゃあなくって、逃げることを考えていれば良いのよ!」

 セリアは言い放つ。するとジョニーは、

「おうそうかよ。だがな、奴がオレ達をそのまま逃がしてくれるとは思えないぜ。戦ってぶっ殺さなきゃあ、多分、この場所から逃げることなんてできやしねえ」

 と彼が言った時だった。突然、空気を切り裂くような音が響き渡り、ジョニーの肩を貫いていった。

 リー・トルーマンはいち早く天然ガス供給センターから脱出し、軍本部から遣ってきていた部隊と合流していた。

 ジョニー・ウォーデンの事はセリアに任せ、彼らを保護する目的が彼らにはあったのだ。

「トルーマン少佐。本部より連絡が入っております」

 一人の部隊の隊員がリーに言ってくる。だが彼は、

「構わん、待たせておけ。今はこっちの方が重要だ」

 リーはいきなり隊員の言葉を遮ってそのように言い放つ。彼は目の前のモニターに集中していた。

「しかし。非常に重要な事であると、ゴードン将軍が言っています」

「『グリーン・カバー』と『チェルノ財団』の関係については、ジョニー達の会話から私も知っている。新しい事柄でなければ別に聞く必要もなかろう」

 リーは隊員の方を見もせずにそう言った。彼の目前にあるモニターには、一台のヘリが表示されていた。

 そこには製造番号から操縦マニュアルまで記載されている。

「このヘリを飛ばすことはできるか?」

 リーはその言葉を発した時、初めて隊員の方を振り向いた。

「え、私にはそのような権限は」

「では、権限のある奴に話をつけさせてもらおう」

 と言い、リーはそのモニターを持ってどこかへと行ってしまうのだった。

 あとに残されたのは、ゴードン将軍から繋がりっぱなしの無線機を持った隊員が一人だけだった。

 

セリアは顔のすぐ横をかすめていく、空気を切り裂くような音と衝撃に思わず怯んでいた。彼女は思わず顔をそむけ、地面に膝をついた。

「ジョニー!」

 セリアは思わず声を上げる。ジョニーが体を崩してその場に倒れ込んでいく。

 彼は右肩に被弾してしまったようだ。彼の肩から流れた血が地面に広がって行く。

「大丈夫だぜ、セリア。このぐらい何て言う事はねえ」

 肩を押さえつつも何とか立ちあがろうとするジョニー。だが膝をつくしかなかった。

「弾はあんたの背後から飛んできた。と言う事は、スペンサーは背後にいるというわけね」

 と独り言のように自分に言い聞かせたセリアは、弾が飛んできた方向を見つめる。

 直後、セリアの眼前に何発もの銃弾が飛び込んできていた。

 セリアはすかさず身を伏せる。銃弾の軌道は見る事が出来ていた。彼女の目のスピードは銃弾のスピードに追い付き、十分にかわす事ができる。

 だがジョニーをかばった姿勢では、銃弾が手足をかすってしまった。スーツが切り裂かれてしまい、血がにじむ。

「神出鬼没も良いところね!やっぱりスペンサーはここへと追いかけてきている。あいつは自分の姿が見えない事を利用して、私たちを奇襲するつもりよ!」

 セリアはジョニーに肩を貸し、立ちあがらせる。

 周囲を見回したが、スペンサーの体はどこにも見えない。ガス供給センターのガスタンクの真下は鉄骨が入り乱れており、それを盾にすることはできそうだった。

 代わりに鉄骨に遮られ、相手の姿を確認することは難しい。

 盾にすることができると言っても、ジョニーの体を抱えていては難しかった。

 何発かの銃弾が飛んできて、鉄骨に命中した。火花が飛び散って、銃弾が地面に転がる。

「セリア、奴は透明人間ってわけじゃあない。足跡なんかを探そうとしたって無理だ。奴は空気になっちまったんだ。空気じゃあ、どこにいるかなんて分かりやしねえ」

 ジョニーが顔を蒼白にして言ってくる。だがセリアは、

「私が探しているのは、奴の足跡なんかじゃあない。銃よ。いくら自分の体を空気のようにすることができる『能力』を持っていたとしても、自分の体以外ならどうなの?武器にしている銃は見えるはずだわ。そこに必ず奴はいる」

 とセリアが言った直後、銃弾が再び飛んできた。セリアはすかさず顔を鉄骨の影にひっこめる。

「見えた。確かに今、銃が顔を覗かせたわ」

 セリアは声をひそめるかのようにしてそう言った。

「どうだ?移動しているか?」

 とジョニーは言ってくるが、

「移動はしていないようよ。あんたが囮になっているうちに、私が回り込んで接近するわ」

 まるで当然のことのようにセリアが言うと、ジョニーは動揺する。

「囮だと。オレは怪我をしているんだぜ」

 だがセリアはジョニーを鉄骨の影に座らせると、自分はさっさと行動を始めてしまった。

 ジョニーの背後の鉄骨に銃弾が命中してくる。セリアはその隙に、目にもとまらないようなスピードでスペンサーがいるであろう場所へと走っていく。

「やれやれ」

 セリアがスペンサーがいると言う位置まで急接近していく。

 肩に被弾してしまったジョニーは、もはやセリアに全てを任せるしか方法が無かった。

 一方セリアは、目視した銃の位置まで接近していく。銃の位置は移動していないらしい。後は果たして気体のような状態になっている敵を、どのように倒すかだ。

 だが、セリアにしてみれば、気体、つまりガスのような敵などその位置さえ分かれば、簡単に倒すことができそうだった。

 セリアは、スペンサーが銃を向けている位置に突っ込んでいき、そこへと素早く拳を突き出す。

 セリアの拳からは炎が吹き荒れ、それが、スペンサーの体を、たとえ気体であろうと何であろうと焼き尽くす。そのはずだった。

 セリアの体は防火製のスーツによって防備されており、服に火が燃え移って来るような心配はない。

 セリアの拳には全く手ごたえがなかった。しかしながら、

 必ず相手は仕留めたはずだった。気体であろうと炎の熱からは逃れることはできない。

 しかし、スペンサーの絶叫も聞こえないばかりか、セリア自身にも彼を倒したという実感がわかなかった。

 自らの体を気体化してしまうと声まで出せなくなるのだろうか?

 そのときだった。セリアは、自分の口の中に何かが入り込んでくる事に気が付いた。それは空気の塊のようなもので、どんどん口の中へと入り込んでくる。

「これは!」

 セリアは思わず口に出していたが、それはくぐもった声となっていた。

 空気の塊のようなものが、どんどん口の中から体内に入って行く事にセリアは気づく。それは振り払おうと思っても振り払えない。

 目に見ることさえできなかった。

「その銃は、おとりですよ。私自身の体は見えないが、手掛かりになるものが見えるからこそ、逆にそれに集中してしまい、私が自分の銃で誘っていた事に気が付かなかったのですか?

 お前達が『能力者』である以上、私もいつまでも銃になど頼りません。自分の『能力』で、あなたとジョニーを始末するまでです」

 スペンサーの声が、セリアの口の中から響いてきていた。

 セリアは悟った。この口の中に入ってきている空気のようなものは、スペンサーの体そのものなのだ。

 セリアは、スペンサーの気体化した体を体内に入れてしまっている。

「しまった、セリア!」

 セリアの体内に次々と入りこんでいくガス。それは止める事もできない。セリアがいくら振り払おうとも、

 ガスがセリアの口の中から体内に入った。それは、あのスペンサーの肉体が、セリアの肉体の中へと入り込んでしまったことを意味していた。

「セリア!おい!」

 目を見開いたまま、ガスが体内に入っていくことを防ぎようもないセリア。彼女はスペンサーの“肉体”を、体内に入れるがままにしてしまっていた。

「このまま、あなたの体を内部から破壊してしまう事もできるんですよ。それは実に残酷な事だ。ええ、非常に残酷な事だと言えるでしょう。ですが、私は自分のビジネスのためならば、何だってします。

 さて、ジョニー・ウォーデンを引き渡してもらいましょうか?いえ、彼は知りすぎてしまった上に用済みですから、私どもからしてみても、さっさと始末がしたいのですよね」

 セリアの口の中から、スペンサーという男の声が響き渡る。それはあまりにも不思議な響きを持っていた。

「いいえ。断るわ」

 だが、自分の身に起きている異常な出来事にも動じず、セリアはただ一言、くぐもったような声と共に、そのように言い放っていた。

「ほう。そうですか、実に残念です。私は本当はこんな事はしたくはない。だがやるしかない!」

 スペンサーの声がセリアの口の中から響き渡る。だがその時、彼の声は突然絶叫に変わるのだった。

 まるでセリアが発している言葉のようにも聞こえたが、そうではない。それはスペンサーの絶叫だった。

「何だ?あ、熱い!一体なんだ!火!?火なのか?」

 セリアの口の中から、血相を変えたようなスペンサーの声が響き渡る。

「ええ、そうよ。火よ。あなたの体には今、火が点いている」

 まるで喉の中に何かを押し込まれているかのようにセリアは言っていた。

「火、火だと。なぜ体内で火が起こる!」

 スペンサーの声が響き渡る。

「わたしは、自分の体温を急激に上昇させることができるの。そういう『能力』よ。その気になれば100度近くにまで上げることができる。

 そうすることでわたし自身には何も影響はないし、体が火傷するような事もない。そういう体質なのよ」

 絶叫が響き渡るとともに、セリアの口の中から肌色をした気体が飛び出してくる。その気体にはところどころ、火がともっていた。

「馬鹿な。100度程度で火を起こせるはずがない!しかも気体だぞ!」

 空中を彷徨いだす火。それがスペンサーの肉体だと、セリアははっきりと認識できた。さっきまではよく見えなかった気体だったが、火がともっているせいでその姿ははっきりとわかる。

「現に火が点っているくせに。現実逃避をしているんじゃあないわよ。

 でもね、種明かしをするなら、“リン”よ。わたしは自分の『能力』を武器にするために、いつも“リン”の粉末を使っている。手袋のなかにもそれが仕込んであってね。その粉末を空気中にばらまいた。

 あなたはそのリンの粉末を自分の体にべっとり付けたまま、私の体内に入ってきちゃったって事よ。体内に入ってこなくても、あなたの体には可燃性物質が点いているから、もう決着はついていたんだけれどもね」

 スペンサーの絶叫が、ガス供給センター内に響き渡る。

「おのれぇ、こうなったら!」

 スペンサーの声が響き渡る。彼の声は怒りに震えており、今までポーカーフェイスを絶やさなかった彼の本性が明らかになるかのようだった。

「あなたの体に付いたリンは、周辺にもばらまいておいたわ。あなたが接触していそうな柱や地面などにね。ジョニー、ここは危険よ。早く移動しないと!」

「移動だと?どういう事だ?」

 肩を押さえたままのジョニーが言った。

「リンは、50度くらいでも発火するのよ。奴に火を点けたから、ここはすぐにも火の海になるわ」

 セリアの言葉にジョニーは絶句する。

「何だとセリア!ここは、天然ガス供給センターなんだぞ?どういう事を言っているのか分かっているのか!」

 ジョニーがそう言いかけた時、突然、スペンサーの声が再び絶叫に変わり、周辺が明るい色に包まれた。

「うおお!セリア!てめえ!」

 セリアに対してジョニーが叫びかける。それは悪態にも近いものだったがセリアは構わなかった。どんどん先に逃げなければ、ガスタンクの下で燃え盛っている炎から逃れる事は出来ない。

「スペンサーと言う奴を倒すにはこれしかないのよ!どうせ奴を捕らえたとしても、ガスになって逃げられるだけ。ただあなたは違う!重要な証人よ!そんなあなたを殺そうっていう奴は生かしちゃあおけない!」

 ガスタンクを支えている鉄骨が炎の熱によって溶け出している。セリア達の背後にある、《天然ガス供給センター》のガスタンクの一つが大きく傾きだし、今にも崩れてしまいそうだった。

「だが、ガスタンクを爆破させるんだぜ?お前だってただじゃあすまねえ!怪我するって事じゃあない。お前は役人なんだろう?セリア?という事は!」

 ジョニーは撃たれた肩を押さえつつ全速力で走っている。どうやら痛みなど忘れ、この爆発から一気に逃げ出したいようだ。

 セリアとしては、脱出する事を渋られるよりも、ジョニーには急いでここから脱出して貰った方が好都合だった。

「ジョニー!あんたには話していなかったけれどもね!私はとっくの昔に軍は除隊されているの!今は、一時的に呼び出されているだけにすぎないのよ!」

 セリアも全速力で逃げるジョニーの後を追っていく。

「それは知らなかったがな!お前はガス供給センターを爆破する事になる!人殺しもいいところだぜ。オレだって部外者の殺しはやってねえ!だがてめーは!」

 ジョニーは背後で起きた爆発の衝撃によろめきつつも、足を前へと出していく。

「おあいにくさまね。すでにこの供給センターの職員は軍が避難させたわ!それに、あんたを保護するため、あのスペンサーとかいう奴から私はあんたを救出している事になる。正当防衛というやつよ」

 セリアも爆発の衝撃に身を守りながら言い放った。

 爆発は更に激しさを増していた。セリアが炎を放ったガスタンク下部へと巨大なガスタンクが落下し、その衝撃は地震のように周囲にまき散らされる。

 更にガスタンク本体へと引火し、轟音とともにガスタンクが破裂して吹き飛んだ。その破片がセリアやジョニー達にも襲いかかってくる。

 セリアはその時、肩の部分に破片がかすったが、それでも幸運と言ってよいだろう。周囲にはもっと大きな破片も、超高速で突き刺さってきていたのだから。

 ガスタンクを焼き尽くした炎は、更に別のガスタンクへも引火していく。どうやらこのガスセンターは、その全てが焼き尽くされてしまうようだ。

「セリア!どっちに逃げればいい!」

 セリアとジョニーの前には、炎に包まれた瓦礫が飛散しており、右に逃げても、左に逃げても逃げ場が存在していなかった。

「どきなさいジョニー!」

 セリアがそのように一括し、すかさず道をふさいでいる瓦礫に向かって拳を突き出す。瓦礫それ自体に拳を突き出したのではない。

 セリアの拳から噴き出すようにして現れた炎が、爆風を周囲へとまき散らしながら瓦礫へと突進していく。

 瓦礫に命中した爆風は、それらを粉々に破壊するかのごとく吹き飛ばし、ジョニーとセリアの目の前に道を作り上げた。

「行くわよ、ジョニー!」

 たった今、セリアが成し遂げてしまった事に、思わず驚きを隠せないジョニー。だが、驚いたままでもいられないようだった。ジョニーとセリアの間には更に瓦礫が倒壊してきており、それがまた行く手を阻もうとしていたのだ。

「ジョニー、急ぎなさい!」

 セリアが叫ぶ。するとジョニーは、更に周囲から吹き荒れてくる炎に妨害されつつも、先へと進もうとした、セリアもそれに続いて急ごうとする。

 しかしその時、更に瓦礫がセリアの前に降り注いできた。それは別のガスタンクから落下してきた鉄骨で、炎が燃えている。

 セリアの前に巨大な柵となって立ち塞がった。

 ジョニーは何とか、その鉄骨が落下してくるよりも前に、先に進んでおり難を逃れたようだった。

 だがセリアは自分の目の前に落ちてきた鉄骨により、行く手を阻まれる。背後にも燃え盛る炎が迫ってきており、セリアには逃げ場が無い。

 ジョニーがセリアの方を振り向いてきた。

 彼は心配しているのだろうか、いやそんなはずはない。セリアが捕らえなければ、ジョニーは逃げる事ができるからだ。

「ジョニー・ウォーデンを逃して、さぞくやしいでしょう?」

 突然、セリアの背後から聞こえてくる声。彼女は先に行ってしまったジョニーを追う事も出来ず、背後を振り向いた。

 だがそこには誰もいない。燃え盛る炎がどんどん迫ってきているだけだ。

「ジョニー・ウォーデンを捕らえに来たあなたは軍の人間ですね。軍にはもっと『能力者』がいるのか?」

 セリアの周囲を回り込むかのようにして移動しながら声が聞こえてくる。

 その距離はほんの数メートルも離れていない。おそらくこの声は自分の肉体を気体にすることができる、あのスペンサーの声に違いない。セリアはすぐに理解した。

 セリアは何も答えず、声の位置を探った。そこにスペンサーはいるはずだ。

「あなたはもうすぐこの炎に呑み込まれるだけです。どうやら、あなたの体は炎には耐えられるらしいようですがね、爆発せずに残っているガスタンクはまだ幾つもある。その爆風や飛んでくる破片からは身をかわせるでしょうか?」

 声が聞こえてきた方向へとセリアは拳を繰り出した。空を切る拳は、何者も捕らえたような感触はない。スペンサーの肉体は気体でできているらしいから、もともと感触はないのだろう。

 だがセリアは、自分の拳がスペンサーの肉体を捕らえなかった事をすぐに理解した。

「おっと、危ない危ない。さっきので学習したのでね。あなたの拳は炎を吐きだす。いくら気体である私にとっても非常に危険だと」

「ジョニーを追わなくて良いの?あなた?」

 セリアは拳を繰り出したままの姿勢を解き、周囲から炎が迫ってきているのにも関わらず冷静に答えた。

「もちろん追いますよ。ただ私ではなく、仲間がだがね。私はあなたをこの場から救ってやろうかとも思っていてね」

 スペンサーの声がセリアの周りを取り巻きながら近づいてくる。

「残念ね、あなたもこの場所で炎とともに運命を共にするのよ」

 見えもしないスペンサーの姿に向かってセリアは言い放った。燃え盛る炎の中で、彼が鼻を鳴らした事がセリアには分かった。

「せめて、私達の元に来れば、より手厚い報酬と共に仕事を差し上げたというのに。まあ仕方ない。炎も迫ってきたし、あなたにさっきつけられた炎のせいでかなりダメージを受けましたからね、さっさとこの場から脱出しなくては」

 スペンサーの声が離れていく。だがセリアは、

「いちいち口達者な奴ね!」

 と言い、声が響いてくる場所に向かって拳を繰り出した。その時セリアの拳は何かを捕らえた。空気を殴りつけるかのような感触ではあったものの、確かに何かを捕らえていたのだ。

 直後、スペンサーのうめくような声が響き渡り、セリアの周囲を取り巻く炎をかき分けるかのようにして飛び込んでいく。

「馬鹿な!私の姿は見えないはず。声くらいで正確に当てられるものか!」

 スペンサーの声が響き渡った。だがセリアは静かに答える。

「熱よ。あんたの体、気体になっても体温は持っているようね。これだけ周囲が熱くなっているんだから、あなたの体との温度差ははっきりと分かる。

 熱を操る『能力』を持つ私が、熱の位置をサーモグラフィーみたいに判断できないとでも思ったの?」

 と答えるセリアだったが、すでに彼女の手元にまで炎が広がってきている。すぐ近くではガスタンクも崩れ落ちようとしていた。

 セリアの体を炎が取り巻き、彼女の体へと燃え移ろうとした時、セリアのすぐそばに何かが下りてきた。

 それはワイヤーで作られた梯子で、見た目の細さに比べて非常に頑丈に作られているものだった。

 上空を見上げればかなり高い位置にヘリが飛んでいる。操縦しているのはリーだった。

「全く、遅いわね。わたしだってこんなに熱い炎と爆発に巻き込まれたら、ただじゃあすまないんだからね!」

 セリアは素早く梯子を掴んだ。すると彼女の体は上空へと持ち上げられていく。

「そうそう、あなたが今言っていた潜入作戦の事ね。残念だけれども、私達にはそんな命令は下っていないの。命令が下らないと行動することができないって辺りが、軍人の辛いところね」

 縄梯子を掴んだセリアは炎から救出されていく、その時、彼女は炎の中から何か見えないものが飛び出してくる事に気が付いた。

「おのれッ、逃がさん!」

 スペンサーの声がセリアに迫った。セリアはしっかりと縄梯子を掴み、迫って来るスペンサーの方に向かって拳を繰り出す。

 すると彼女の拳からは炎が吐き出され、炎はスペンサーの体のあるであろう位置からは、絶叫が響き渡った。

 セリアの放った炎が、スペンサーの肉体を捕らえたに違いない。彼の絶叫はやがて炎に包まれた。

 セリアはしっかりと梯子を握りしめる。ガス供給センターのガスタンクが一つ崩れ落ち、直後爆発とともに炎と爆風、そしてタンクの破片を飛び散らしていた。

 セリアはしっかりと梯子を握りしめる。そうでないと簡単に吹き飛ばされてしまいそうだった。

 彼女は自分自身が火をつけたのにも関わらず、今起こっている出来事に閉口していた。


 
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