No.308170

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そういえば、こんなのも書いたんだったけか……。

とある二人のとある朝の邂逅。

2011-09-26 22:55:35 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:412   閲覧ユーザー数:411

 ある日、私達は偶然に出会った。

 

 

 朝、目が覚めると既に遅刻ギリギリの時間だった。私は大急ぎで着替えなければならないの

に、思わず慎ましい胸元を丁寧にメイクしてしまう。苦笑いを浮かべながら制服に着替え終え

ると、タイとセカンドバッグを手に自分の部屋を飛び出した。

 居間の扉を開くと母に文句を付ける。

「何で起こしてくれないのよ」

「起こしたけど起きなかったのは貴方でしょう」

「偶にはしっかりと起こしてよ」

「偶にはしっかりと起きなさいよ」

 最早朝の挨拶と化した愚痴の応酬を終えると、コップ一杯の水を一息に飲み干す。

 既にこんがりと焼き上がっていた食パンを手にして、居間を後にする。

「出会いがあると良いわね」

 母に皮肉たっぷりに揶揄される。

「一体何時の時代の少女漫画よ、古過ぎるわ」

 私もたっぷりと嫌味を込めて言い返す。

 それを出掛けの挨拶代わりにし、私は食パンを咥えて、朝の眩い光へと駆け出した。

 

 

 僕は街中をハイペースで駆け抜けていた。今日に限って寝坊したのだ。皆勤賞ペースだった

のに口惜しい。何とか間に合いそうだけれど、間に合った所で遅れている事には変わりない。

しかも食パンを咥えて街中を走るなんて、少女漫画の主人公か僕は。僕が可憐な少女だという

のなら、この状況も似合うのかも知れないけれど。学生鞄の中身は軽いのに、その他にも余計

な重荷を抱えている。これがまた重くて、ストラップが肩に食い込んで痛い。なんで僕は今度

の課題をカラーインクなんぞで仕上げようと思ったのか。しかも、ホルベインのドローイング

インク。どうせならドクターマーチンのラディアントにしておけば、もう少し軽かっただろう。

せめてもの救いは学校までがそんなに遠くなくて、道のりがひたすら真っ直ぐな事くらい。あ

ぁ、もうっ! 何だってこう急いでる時に限って、余計な事ばかりが頭を過るのか。というか、

全力疾走じゃ、食パンを咥えてても食べられやしないし。何で咥えて走り出したんだか。

 そんな有耶無耶な思考で走っていると、目処にしている角が近付いてきた。あそこを超えれ

ば、校門に到るまでの時間は三分弱。朝礼前の予鈴はまだ鳴っていない。ギリギリ間に合いそ

うだった。

 気合を入れなおしてペースを上げる。

 角に近付くと、その向こうからバタバタと走る足音が聞こえてくる。

 不味い。咄嗟に止まろうとするも制動しきれず、僕は横道の前へと勢いよく飛び出してしま

った。

 

 

 流石に毎日走っていると、息に余裕が出てくるな。なんて胡乱に考え続けながらの全力疾走。

次第に幹線道路が見えてきた。突き当りを曲がれば残すは直線のみ。アウト・イン・アウトで

速度を落とさず曲がり切ってやる。

 そう意気込んで本道に近付くと、角の向こうから走る足音が聞こえてきた。

 あっ、やばっ、ぶつかる。当然ながらブレーキを掛けるのが遅れた私は、そのまま本道へと

飛び出してしまった。

 

 

 激しい衝撃に僕は蹌踉めいた。

 か弱い悲鳴が聞こえて、咄嗟にそちらを見遣ると、ふわりとした明るい髪色の女の子が目に

入った。痛みに支配されて朦朧とする意識のまま、僕はぶつかった相手に手を差し伸べて、声

を掛ける。

「大丈夫? ごめんね――」

 思わず見惚れてしまった。そこには僕が憧れる、草原に咲く一輪の華みたいに可憐な女の子

が座り込んでいた。

 僕はその娘から目を離せなかった。

 

 

 激しい衝撃に私は地面に叩き付けられた。

「きゃっ、痛ったぁ……」

 私が強かに腰を打ちつけて悶絶していると、掠れがかったクールな声に気遣われた。その声

の主を曖昧な意識で眺めると、黒くて艶やかなロングヘアが、差し伸べる手の肩口から胸元へ

と、さらさらと流れ落ちていた。

「大丈夫です。こちらこそ、すみませ――」

 思わず見惚れてしまった。見上げるとそこには、私がなりたくてもなれない、背が高くて、

胸が大きくて、それでいて引き締まった体つき、そんな絶妙なプロポーションで冷ややかな佇

まいの女の子がそこに居た。

 私はその娘から目を離せなかった。

 

 

 辺りに朝礼前の予鈴が鳴り響く。私達はその音に我に返ると、自分達の理想と見詰め合った

ままだった。

 はっとして、私達は目を逸らす。あぁ、顔が火照ってくる。高鳴る鼓動に思考が止まる。何

か視界も潤んできた。まるで好きな男の子を目の前にしている様な――

「「えっ?」」

 私達は再び向き合って見詰めると、思わず声を大にしていた。

「「理想って、そっちの理想!?」」

 どうやら私達はともに同じ事を考えていたようだ。

 

 こうして私達の在り来たりの漫画の様な出会いは、意図だにしなかった方向へと向かい、走

り出してしまうのであった。


 
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