恋愛における上手下手とはなんだろう。
スポーツやゲームなら、勝ち負けを物差しにできるから分かりやすい。だけど恋愛は何を物差しにすればいいだろう。付き合った人数? 相手をリードする技量?
何故こんなことが頭に浮かんだのか。その理由はとても他愛ない。今京子がやっているゲームには主人公とヒロインの恋愛要素が多いことを、彼女の後ろでゲームを見ながらに思い出したからだ。
私が以前クリアしたゲームを京子は初めから進めている。もう半分ほどストーリーを攻略したようだが、パーティのレベルは当時の私のより大分低い。ゲームの進め方にも、人の性格は現れる。
――京子は、やっぱり恋愛も上手なのだろうか。
私が恋愛上手についてぼんやりと考えていると、そんな疑問が脳裏を掠めた。
京子はなんでも器用にこなす。勉強、工作、裁縫、音楽だって楽譜が読めるようになればかなり出来るんじゃないかと思う。それならば、やっぱり恋愛だって上手いんじゃないだろうか。ちなつちゃんへの態度はちょっとアレだけど。
もしも本当に京子が恋愛上手ならいつか彼氏を作った時もその人と上手くやっていくことになる。
「彼氏、か……」
その考えに至った私は、心の中に濁った感情が湧き上がるのを感じた。
彼氏が出来たら、京子は多分私の家に来なくなる。家で私にラムレーズンをねだらなくなる。思いつきで私やみんなを振り回したりすることも少なくなるだろう。今まで当たり前のようにやっていたことなのに。
――嫌だ。
そんなことは、間違っている。よく分からない奴がいきなり現れて、易々と私の場所を奪っていくなんて狡い。私は不当に京子を占拠するそいつを、絶対に認められない。
「うぇ……また負けた……こいつ強すぎじゃない?」
まだ存在すらしていない京子の彼氏への敵意を燃やしていたところで、京子がこっちに振り向いてきた。
テレビには『全滅した……』のメッセージが踊っている。さっきからゲームのボスに連敗しているらしい。パーティのレベルが低いと、ボス相手に苦戦するのは予想できるはずなのに。
「え? ああ……そこは私も苦労した」
さっきまでうわの空だった私は、ややぞんざいな返事をした。
「ねぇ結衣、このボスどーやって倒した?」
「んー……たしか状態異常に弱かったと思う……」
「そっか、サンキュー! 愛してるぜっ!」
「はいはい……」
そう言いながら京子は私に笑いかけた。その笑顔はとても綺麗で、私の心臓の働きが忙しくなっていく。
「よ~しリベンジだ!」
意気込みも新たに京子はゲームの世界に戻っていった。私も再び京子のことを考え始める。
やっぱり彼氏なんて出来てほしくない。できればずっと私の傍にいてほしい。
傲慢で独善的な考えだって自覚はある。京子に依存しているんだとも思う。
それでもいい。私は、京子が好きだ。好きだから、一緒に居たい。何もおかしくないじゃないか。
けれど私は京子に自分の気持ちを伝えない。伝えることで今の関係まで壊れてしまうかもしれないから。
テレビに映るゲームのように失敗してもやり直すことが出来ればいいけれど、私と京子のいる世界はやり直しのきかない現実だから、私はゆるくてぬるいこの関係に甘んじる。
「おっし! やっつけた!」
黙ってコントローラーを握っていた京子が突然歓声を上げた。どうやらボスを倒せたらしい。
「ふっふっふ、私にかかれば楽勝楽勝!」
賞賛のコメントを求めて、京子は期待した面持ちで私を見てくる。まぁ実際あのレベルで倒すのは大したものだ。
「やるなぁ、流石だよ」
「はっはっは! もっと褒めろー!」
「調子に乗るな……というか、帰らなくていいのか?」
こうして実にならないことを考えている間にも時間は容赦なく流れていて、もうかなり遅い時間になっていた。
時計を見た京子は暫く考えるように目を閉じた。
「今日は泊まる! 明日は休みだし!」
ぱちりと目を開けて京子の出した結論は、私にとって嬉しいものだった。
今夜は隣に京子がいる。二人で他愛ないことを離しながら寝て、朝が来れば朝食を振る舞うのだ。そう思っただけで心が躍った。
「着替えとか、連絡とか大丈夫なのかよ?」
「初めからそのつもりで来たから問題なしっ!」
「私の都合は無視なのか……まぁ、いいけどさ」
「じゃー決まり!」
京子は嬉しそうにぐっと親指を立てる。私も苦笑してそれに応じた。
「泊まるのは良いけど、ゲームはやりすぎるなよ?」
「わかってる、次の町に着いたらやめるよ~」
のんきな声で京子が答えた。
「……隣で見ていいか?」
「ん? いいよ」
「ありがと」
少しだけ積極的になろうと思った私は京子の隣まで四つん這いで近づき、かなり近い距離で座り直した。
「なんか近いね、結衣?」
「駄目か?」
「別にいいよ……」
体温を感じられるほど近くで、私は京子のしているゲームを見る。
京子もそれを気にすることなく、画面の勇者を動かす。その楽しげな横顔は私を捉えて離さない。
こんな毎日が、ずっと続けばいいのに。
そう、思った。
了
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本当は京綾を書く予定でした