No.299383

ひたぎファントム 1

 化物語シリーズの二次創作。
大学生になったガハラさん視点のお話。
改行等一部修正しました。

2011-09-13 17:19:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1967   閲覧ユーザー数:1921

 

 

 

 

 私がこの世界で唯一対等な友人と認めた人類である神原駿河は、私の知る限り、最も素直な人間である。

 

「戦場ヶ原先輩、さっきからしているそれは私を誘っていると判断して間違い無いな?」

「はい?」

 

 8月7日火曜日。

 大学というのは高校までに比べて授業時間の密度がかなり低く、期末テスト期間である今日は、平日であるにも関わらず4時過ぎまで学校に行く必要が無いくらいである。

 それもテストを受けに行く為ではなく、最終レポートを提出するだけみたいなものだから、実質今学期の勉強らしい授業は終わったようなもの。

 3時くらいに家を出れば間に合うので、暇なお昼時の時間を久しぶりに我が家で神原と過ごしていた。

 

「スカートでかつそんな扇情的なポーズをとって、私が紳士でなかったら戦場ヶ原先輩は今頃大変な事になっている所だぞ」

「貴方は紳士ではないし、そもそも神原、貴方だからこそ、そんな発想に至ったのでしょう?」

「戦場ヶ原先輩は今一度自分の魅力について考えるべきだな。今朝出会い頭にその生足を見せられただけで、私は自分の忍耐力を試されているのかと思ったくらいなのだ」

「確かに私も自分が完璧かつ完全に完成しきった人間であるとは、そんなに思っていないけれど。でも神原、先に自分を省みる必要があるのは貴方の方よ、確実に」

 

 ただ単に足の爪を切っていただけ。

 来客中に爪を切るというのが、行儀の良い事なのかと聞かれれば解らないけれど、神原が言っているのは多分そういう事ではないのだろう。

 最近とても暑いこともあって、我ながらそれなりに露出度の高い装いをしているとは思うけれど、そんなに不埒な格好だったかしら?

 

「そんな風に片膝を立てて体を前傾させ、胸を強調しているでは無いか。さらに質の悪い事にスカートの長さが際どすぎて、もう少しでパンツが見えそうだぞ」

「見えていないでしょう? ちゃんと気をつけてはいるわよ」

「そういう問題ではないのだ戦場ヶ原先輩。私は最近、着衣という物がいかにエロいかという事を再認識したのだ。以前から知識として知ってはいたのだが理解していなかった、と言うべきだろうか。ともかく昔の私は浅はかだった」

「そう、なのかしら? 私は貴方がスクール水着やブルマを大量に不法所持していると、以前阿良々木君から通報を受けたことがあるのだけれど」

「それらは確かに着エロに繋がる橋渡しとして、重要なファクターの一つであり入門であり出口であり最後に残る物の一つではあるが、しかしそれらをもって『全て』というのは余りにも浅すぎるというものだ」

「いつに無く饒舌ね神原、ちょっと待って何、着エロ?」

「一体どうしたというのだ戦場ヶ原先輩? 着エロなんて一般名詞じゃないか。エロマイスターであるはずの戦場ヶ原先輩がそんな事では、日本のエロスの未来は絶望的だな」

「私は確かに、確かに中学時代の貴方にそういった方面の知識を教えはしたけれど、それでも日本のエロスなんていう物を背負った覚えなんてないわ」

「そう切って捨てたものでもないぞ、後学の為に私の話を聞いておいた方がいいのではないか戦場ヶ原先輩」

「そうね、今日の貴方は何だか何時もより輝いている、というか生き生きとしていて面白いから聞いてあげる」

 

 以前にもまして勢いがあるような気がする。

 最近会っていなかったし、大分神原も成長というか変化をしたのだろう。

 会話の内容が輪をかけて頭の悪い物になっている気がするのに関しては、ひとまず目をつぶることにした。

 

「うむ、しかし私ごときがまさか戦場ヶ原先輩に対して物を教えるという機会が訪れるとは、世の中わからないものだな。着エロというのはグラビア写真等で使われる技法の一つではあるのだが……」

「ああ成る程、着衣とエロを組み合わせた、着メロの文字りね」

「その通り、理解が早くて助かるぞ戦場ヶ原先輩」

「でも解らないわね。それがスクール水着やブルマとは何が違うって言うのよ?」

「違う、という訳ではなく、私が勘違いしていただけなのだがな。私はそれらを、それらを着た人達の魅力を、一部しか理解していなかったのだ。そもそも戦場ヶ原先輩、これらブルマやスクール水着等に共通する魅力とは何だ?」

「そうねえ、萌え、とかそういうものかしら?」

「あー確かにそれは共通する魅力ではあるが、エロでは無いな。萌えがエロと全く関係が無いというわけでは無いか、少なくともイコールではない」

「じゃあ何なの?」

「それは全裸では無いという事だ」

「……」

 

 いや、それはそうでしょうけど。

 そんな事を言われたら貴方も私も今『着エロ状態』じゃない。

 ああ、だから彼女としては、今私は神原を誘っている状態なのかしら。

 

「肝心な部分は見えていない、と言い換えてもいい。私は以前、どうして人類は服などという不要な物を着用しているのかと憤慨していた時期もあったが、あれは誤りだったとここに訂正しよう。

 今は人類は服を着る事によってエロを得た、と言っても過言ではないと思っている」

「貴方の訂正すべき誤りはもっと別の所に有るはずよ、もう一度よく見直してこらんなさい」

「戦場ヶ原先輩、どうして着衣、つまり『見えない』という事が時に『見える』より魅力的か解るか?」

「何、私はその前提の元に論証を進めないといけないのかしら……? そうねえ、チラリズムの魅力とかそういうもの?」

「当たらずとも遠からず、というかそれは見えてしまっているでは無いか。答えは、人間の想像力は無限だからだ」

「無限、ねえ」

 

 今の台詞だけを取り出せば、それなりにいい台詞なのだけれど、この場合いい台詞であればあるほど、残念な感じになってしまっているわね。

 

「普段着とは明らかに違う、扇情的だったり魅力的な格好をしていれば当然その相手をよく見る。が、しかしどんなに際どい格好であっても、際どいだけで見えているわけではない。それは見ている人間としてはお預けを食らったようなもの。故に私たちはその見えない布地の向こうを、見えていないが故に強く深く想像する。

 つまり着衣はそれを着ている人の魅力を引き立て、見る人間の無限の想像力を駆り立て、性欲を掻き立てているのだ」

「見えていないからこそ、そうだと?」

「その通り。そして視覚に限った事では無いぞ。

 触れていないからこそ、その柔らかさを。

 かいでいないからこそ、その芳醇な香りを。

 舐めていないからこそ、その濃密な——」

「少し止まりなさい神原」

「ともかく、それら全てを想像するのだ。想像すればするほど、それに対する欲求は強くなり、強く欲すれば、脳味噌はさらにそれを想像する。つまり、人間の妄想力は無限なのだ!」

 

 と、神原は酷い台詞でまとめた。

 

「成る程、後学というか勉強になったかどうかはともかく、思った以上に面白かったわ神原、しばらく見ない間に成長したわね。貴方の口から着衣を肯定する発言を聞く事になるとは、人生というものは本当に解らないわ」

 

 目的はともかく、大きな成長と言っていいでしょう。

 人類にとっては小さな一歩だが、神原にとっては大きな一歩だ。

 

「まあだからと言って私自身が脱衣をしないかというのは別の話だがな」

「え、そうなの?」

「私は解放的かつ健康的で解りやすいエロを司る者を目指しているからな。それに着衣はエロではあるが、必ずしも変態ではない。他人の着衣を今後否定する事はないが、それは私の道ではないのだ」

「貴方は既に人間の居住区を遠く離れて、人っ子一人居ない獣道を歩いていたのね」

「何を言う、阿良々木先輩は常に私の傍らで抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げているぞ?」

「だから阿良々木君を勝手に貴方の——」

「……どうしたのだ戦場ヶ原先輩?」

 

 阿良々木君を勝手に貴方サイドの住人にしないで、と言おうとした所で。

 こちらサイドらしからぬ彼の言動に、幾つか心当たりが有るような。

 

「ああ、それはそうだぞ戦場ヶ原先輩? だって私がこの考えに至ったのは、阿良々木先輩との雑談が原因だからな」

 

 酷く残念な情報を聞いてしまった。

 あの男が、最近暑くなってきたから、私が黒のハイソックスを履かなくなったのを酷く残念がっていたり、私が全裸の時よりもパジャマ姿の時のほうが目がマジだったりするのは、やはりそういう事なのだろうか。

 

「そんなに凹むことではあるまい戦場ヶ原先輩? そういう彼氏の微妙に変態じみた性癖を許容出来ないようでは、良い女とは言えないぞ?」

「阿良々木君が微妙に変態なのはもう今更どうでもいいのよ」

 

 その事実そのものは別に構わないのだけれど、原因はもしかしなくても、私が作ってしまったのではないかという、ほぼ確信に近い罪悪感というか後悔にさいなまれる。

 どうして阿良々木君といい神原といい、私は自分でまいたタネが発芽した結果に頭を抱えないといけないのかしら。

 

「中学のころ、文化祭の準備の日に女子達だけで如何わしい遊びをしていた辺りで、私は首謀者である貴方を止めておくべきだったのかしらね」

「中学の文化祭の準備の日というと?」

「忘れたの? 私はその場に居合わせなかったから詳しい事は知らないけれど、確か下着の色を用いてトランプのダウトのような事をしていたと伝え聞いたわよ」

「ああ! そうだったそうだった。あれは今思い出しても心躍るイベントだったなあ。

 予め色の書かれたカードを皆に数枚ずつ配って、それを順々に中心の山札に置いていくのだ。他の娘がカードを置いた時に、その置いた娘の下着の色と、カードの色が同じだと思った時にダウトコールをする、というゲームだったかな。確認する時もされる時も楽しくてしょうがなかった」

「……もしかして私には今通報義務があるんじゃ無いかしら」

「そう硬い事を言うな戦場ヶ原先輩、若気の至りだ。それにもうとっくに時効だろう」

「もうその思考は完全に犯罪者のそれよね」

 

 全くもって、愉快で可愛い後輩である。

 

「しかしそれはそれとして、話を戻すと、本当に最近の戦場ヶ原先輩は魅力的になった。以前、それこそ中学生の時でもそんなに短いスカートは履いていなかったのではないか?」

「確かにそう言われてみればそうかも知れないわね。でも征服のスカートはそれなりの長さで履いてなかったっけ」

 

 身たしなみにはそれなりに気をつかっていた方ではあったけれど、それでもあまりお洒落をする方ではなかった。というか出来なかったという方が正しいのだけれど。

 

「そういう神原だって、髪を変えて可愛らしくなったわよ。それに最近少しお化粧をするようになったじゃない」

「本当に少しだがな。私自身あまり化粧映えする顔をしているとは思えないし、そんなに乗り気では無かったのだが、阿良々木先輩の妹さん達が是非にと言うのでな、いろいろと教えてもらっている」

「貴方、小さい子に人気があるものね」

 

 性格的なものだろう、一部に目をつぶれば確かに神原は羽川さんとは違ったベクトルで、理想的なお姉さんと言えなくも無い。その一部に目をつぶっている間に大変な事にならなければいいのだけれど……。

 あの年下ズと神原が一緒の時、ちゃんと誰かがこの娘の監視役をしているんでしょうね。バスケット部時代でも後輩からはかなり慕われていたようだけれど、何だか桃色な噂も流れていたし。

 ……我ながら後輩に対して酷いことを考えているわね。

 

「ああ、話がそれたな。今一度戦場ヶ原先輩がどうして最近こんなにエロいのかという話に戻そう」

「貴方の言う魅力的という言葉は、エロいという言葉と完全に同義語なのかしら。これ以降貴方に何を褒められたとしても、素直に喜べる気がしないわ」

「些細なニュアンスの差ではないか、戦場ヶ原先輩がどうしても気になるというのなら、エッチだ、と言い換えてもいいのだが」

「貴方の脳味噌では物事を判断する時、それがエロいかどうか以外の尺度で測れないのかしら?」

 

 漫画とかに出てくる、物を食べられるか否かでしか判断出来ないキャラみたいに。

 常識? 何それエロいの? といった感じで。

 

「まあ冗談はともかく、本当に最近の戦場ヶ原先輩は色々お洒落やら何やら気合が入っているというか、まあ私としては嬉しい限りなのだが」

「そんなにかしら? 去年の初夏頃からは、結構こんな感じだったように思うのだけれど」

「お洒落を頑張ってるというより、開放的になったというべきだろうか。なんというか、以前はあった周りを寄せ付けないような雰囲気が抜けてきているように思う。大学のクラスの男子にも、結構人気があるのではないか?」

「大学には高校までのようにクラスという物は無いのだけれど、学科でというなら……そうね、結構声をかけられたりしているかも知れないわ」

「やっぱり、流石は戦場ヶ原先輩。高校時代だって、もう少し早く蟹の話が解決していれば、絶対に学年で1、2位を争うような人気者になっていたはずだったのだから、当然といえば当然か。

 阿良々木先輩も鼻高々といった所だろう。いや、むしろ変な虫が付かないかと心配なのかな?」

「寧ろ心配なのはあの男のほうよ」

 

 はあ、と思わずため息を付く。

 

「……それは阿良々木先輩が大学の女子に人気があるという意味だろうか? まあそれも解らなくは無いが、別に阿良々木先輩が誰かになびくわけでもあるまいに、戦場ヶ原先輩ともあろうお方が、そんな事が心配なのか?」

「そういう面では、私は阿良々木君を信用してはいるけれど、彼は無意識に女の子に優しいから」

「あー……確かにそういう面では阿良々木先輩は信用出来ないな」

 

 そうなのだ。目の前の後輩よりも遥かに女子に対して有害なのはあの男である。

 本人に自覚が無いというのが質が悪い。大学は人が多いのだ。これまでと同じ速度で阿良々木ハーレムを増殖させられてしまったら、じきに国が出来てしまう。

 

「成る程、それで阿良々木先輩は私のものだ、と示す為に頑張っている訳だな」

「私がそんな乙女チックなことを考えているわけないでしょう?」

「それはどうだろうか、最近の戦場ヶ原先輩は、多分戦場ヶ原先輩自身が思っている以上に乙女だからな」

「そうなのかしら? 自分では解らないわ。

 まあともかく予防策として、学生掲示板にあの男のある事無い事を書き連ねて、悪い噂を流してはいるから、今のところは大丈夫だけれど」

「それは大丈夫ではないのではないか?」

「大丈夫よ、あの男パソコンとか疎いから、掲示板の匿名性ってこういう時本当に便利よね」

「いや私が心配なのは阿良々木先輩にバレるとかそんな事ではなく……もうこれは普通に名誉毀損罪なのではないだろうか?」

「大丈夫心配無いわ神原、他の誰がどう言おうと、私は本当の阿良々木君を知っているから」

「どうだろう、はたして阿良々木先輩の方は、本当の戦場ヶ原先輩を知っているのだろうか」

「冗談よ神原、私が愛する彼氏である阿良々木君に対してそんな酷い事をするわけが無いじゃない」

「そう、なのか?」

「ええ、もし何かするとしたら、阿良々木君本人ではなくてその周りの女の子達にするわ」

「いやそれもどうかと」

「ところで神原、全然関係はないのだけれど、この特に怪しい物は何も入っていない麦茶のおかわりはいかが?」

「何が入っていたと言うのだ!?」

「あと15分といった所かしら」

「どうして意味深に時計を見るのだ戦場ヶ原先輩!? 15分後、私はいったいどうなってしまうのだ?」

 

 まあ、何も入ってはいないのだけれど。

 私も同じ物を飲んでいる訳だし。

 

「ともかく、もはやあの男のあのモテっぷりは体質のようなもの、と諦めるしか無いのかもしれないわね」

「ノっておいてなんだが、阿良々木先輩のアレは戦場ヶ原先輩がそんな風に諦めるしか無いようなレベルのものなのか?」

「貴方十櫛先輩には会ったのよね?」

「ああ、先輩とは思えない程可愛らしい方だった……あー」

「あの男は入学して僅か2週間で彼女を堕としたのよ。これはもう病的、というか病原菌と言ってしかるべきかしらね、感染拡大に対する警戒態勢をしきましょう」

「いや確かに親しげではあったが、堕としたなんていうニュアンスで表現できそうな間柄には見えなかったような気がするぞ。というか十櫛先輩自体、あまりそういう色恋沙汰とは無縁そうな感じだった」

「こう言っちゃあなんなんでしょうけど、彼女変人だから」

「十櫛先輩も私たちのような輩に、そんな事は言われたくないだろうな」

 

 勉強が出来るタイプの馬鹿なのだと思う。大学という環境においては、ああいうよく判らない方向に突出した人間というのは、もしかしたらそんなに珍しくないのかもしれないけれど、それでもあの人を、普通だと形容するのには大きな抵抗がある。

 

「戦場ヶ原先輩にはあまり気分の良い話ではないのかも知れないが、私もあの人は好きだぞ」

「そういう風に気を使う必要は無いわよ。私自身、別に彼女個人に対して、悪い感情はそんなに持っていないから」

「それはよかった、あの人はかなり見所があるからな。確か『×の左右を入れ替えて同じ答えになるわけ無いじゃん? 全く逆方向のベクトルになっちゃうよ』と、阿良々木先輩にカップリングの基礎を解いていた。

 あ、そんな些細な事と思ってはいけないぞ? 私たちにとって、キャラクターが×のどちら側に書かれているかというのは、もの凄い差だというのに、それを解っていない輩が未だに多いのは本当に嘆かわしい事なのだ」

「私達って誰よ。 それに水を差すようで悪いけれどそれは外積、まあつまり本当にベクトルの話だと思うわよ。詳しい説明は省くけれど、高等数学の基礎の話であって、決して貴方の想像しているようなものでは無いわ」

「大学数学ではカップリングを扱うのか!?」

「扱うわけないでしょう、どうしてそうなるのよ。×の左右に書かれるのはキャラクターなんかじゃあ無くて、ベクトル。決して貴方の想像しているような素敵な意味合いで、あの二人はその記号を使ってないから」

「ベクトル? ああ知っているぞ確か矢印の事だったか。ふむ、ということはつまり先輩達が話していた事は、♂×♂限定ということだな」

「……」

 

 ……言葉もない、言葉が出ない。

 どうして数時間前私は麦茶に何も入れなかったのかしら。

 

「しかしこうして改めて考えると♂という記号は本当にいやらしいな。矢印の部分と丸の部分に分解して考えるともう妄想が止まらない! 一体×のどちら側の矢印が、どちら側の丸に——」

「神原さん、私そろそろ学校に行きたいので、おいとましてもよろしいでしょうか?」

「ああ、戦場ヶ原先輩急に敬語でよそよそしくならないでくれ! ちゃんと自重するから!」

 

 大学に入ってから、こうやって会う機会が減ってしまっていたせいなのか、顔を合わせて会話をするのは久々だったので、神原はブーストしっぱなしといった感じ。

 それとも皆が言うように私の方が丸くなったのかしら……いや違うわね、確実にこの娘は悪化の一途を辿っているわ。

 

「ああでも戦場ヶ原先輩、本当にそろそろ学校に行く時間なのかな? うーん全然話し足りないが、致し方あるまい」

 

 言われて時計を見ると、2時40分を少し過ぎていた。確かに、もうそろそろ準備をしないと学校に間に合わなくなってしまう。

 

「まあ私も来週には夏休みに入るわけだし、そうしたらまた遊んであげるわ」

「うむ、それを楽しみにしているぞ」

「ええ、にしても遅いわね阿良々木君」

「ん? いつも一緒に登校しているんだったか?」

「いえそういう訳じゃあ無いんだけど、テスト期間に入ってからは、早く学校に着いて二人でテストの最終確認をしていたのよ」

 

 まあ別に今日はテストがある訳じゃないから来ないのかしらね。約束していた訳でもないし。

 それにしたって、メールの一つくらいよこしてくれてもいいと思うのだけれど。

 

「ふむ、まあ一応メールをして、出てしまえばいいのではないか?」

「そうね、じゃあ神原、また近いうちに連絡するわ」

「了解した、肌身離さず携帯を握りしめておくぞ」

 

 それじゃあまた、と、神原は包帯の取れた左腕をブンブンと振りながら帰っていった。

 

 

 

 
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