「今日も暇ですねぇ」
とある昼下がり。社員食堂で遠野さんと大橋嬢はランチを取っていた。
遠野さんは薄っぺらい牛肉が数枚入ったカレーライス(なぜかうまいんだこれが)を、大橋嬢はご母堂お手製のカラフルなお弁当をつついている。
「嵐の前の静けさだよ、もうすぐ手帳立ち上げだよ、年末がくるんだよ、恐ろしいよ」
「村田さんはいい時期に休んでくれましたねぇ。さすがというかなんというか」
文具カウンターのベテランアルバイトの一人である村田君は、ただいま6連休中だ。
「どっかいくの?」遠野さんの問いに帰ってきた答えは一言
「砂漠」。
「砂漠ってのはあれかね、鳥取でも行ってんのかね」
「あれは砂丘です。砂漠じゃありません」
大橋嬢はおごそかに訂正した。
「海外ですよ。なんか事務所に書類を提出してましたもん」
村田君は基本的に流浪の人である、というのが皆の共通意識だった。ある程度の金がたまると一週間くらいの休みを取ってふらりとどこかへ旅に出かける。
「そういうのって普通の会社だったらできないよね。だから26になってもアルバイトしてんのか」
「和泉君も同じ理由だと思いますぅ」
和泉君は基本的に芝居の人である、というのが皆の共通認識だった。やれ公演だ、稽古だ、と忙しい月には有給総動員して演劇に勤しんでいる。
普通のスタッフのシフトはだいたい3日出勤して1日休むパターンを基本としているが、彼の場合は10日出勤して3日休む滅茶苦茶なシフトである場合が多い。
しかしあれだねえ、と遠野さんは米粒一つ残さず平らげて、満足げに腹をさすった。
「うちの男子はみんな夢追い少年だねえ」
「それは次長課長も含まれますかぁ?」
にやにや笑いながらタコさんウィンナーを口に入れた大橋嬢に、遠野さんは深く頷いた。
「うん、こないだ課長に『将来の夢はスナイパー』って大真面目に言われた」
「うぐっ!」
タコさんは喉元にひっかかったらしい。が、大橋嬢はどうにかタコさん噴出を堪えることに成功した。
「か、か、課長っていくつでしたっけ……!」
「たしか55……いや6だったかな。次長なんてあの自由さ加減がもう少年じゃん」
「そうですよねぇ。上野もアニメの話する時はもう子供みたいに目ェキラキラさせてますしねぇ」
上野は基本的にオタクの人である、というのが皆の共通だった。漫画、アニメ、ラノベ分野のメジャーからコアまであらゆるジャンルを網羅する。「上野のオタクはよいオタク」と評されるものの、誰もついていけない、ついていく気もないのが残念だ。
ちなみに場所柄か、スタッフはある程度のオタク気質を持ち合せている。
遠野さんは毎週木曜日は6時スタートのアニメを見る為に飛んで帰るし(録画をしててもリアルでみたいらしい)、課長の携帯ストラップは海賊王志望の某麦わら少年だし(尻ポケにいれているため、いつも足だけが2本、にょっきりと出ている。まるで犬神家の湖畔の逆さ死体状態である)、次長は一時期、「もやしも○」にはまり、「かもすぞー、かもすぞー」とうっとおしかった。
大橋嬢も負けてはいない。普段はノーメークで出勤しているが、お気に入りのビジュアルバンドのライブ時はゴスロリ娘にモードチェンジ、一度コルセットを締めすぎて(+興奮しすぎて)酸欠になり、ひっくり返ったことがある。
また、遠野さんが支店から貰ってきたクラ○ザーさん(DMC)のクリアファイルを「誰かいる人―」と掲げた所、希望者多数、壮絶なじゃんけん大会に発展してしまった過去だって存在する。
一度はおいでませ、ディープな文具売り場。
「まあ、なんにせよ」
ランチをすませてブリック片手に休憩コーナーに移動した2人は、同時に脂取り紙を取り出した。ペタペタ脂を取りながらくっちゃべる。
「訪れた砂漠でジュリエットに出会えるといいですねぇ」
(村田君は、声楽やっていた彼女に「あっちゃんはロミオぢゃない!」とふられた悲しい過去を背負っている。「バカップル選手権」参照)
「誰もいない砂漠、一人もくもくと砂を掘る村田君」
突然、創作モードに入った遠野さんに、大橋嬢ものっかってきた。
「スコップ(シャベルだろう)先に何かが当たった。それは黒い棺だった」
「おそるおそる棺を開けると、そこには目も覚めるような美女の遺体が!」
「『楼蘭の美女』ですね! 遺体はまったく傷んでなかった。おそらく身分の高い貴族の娘だったのだろう」
「羽織っていた唐草模様の衣は外気にふれて、サラサラサラと細かい粒子になって散っていってしまった。光る粒子の粉を纏い、ただ眠れる美女を見つめる村田君」
「ところがその時! 『主人の眠りを妨げるのは誰だ』。低い声が聞こえ、振り返ればそこには無数のミイラが!!」
「村田君、焦る! しかし武器になるものはスコップ(だからシャベルだろう)しかない!」
「ぜったいぜつ……きゃー! 遠野さん! 45分とっくに過ぎてますぅーー!」
遠野さん大橋嬢、焦る! 2人はあたふたと席を立った。
「どうなる、村田君! 絶体絶命、大ピンチ!」
「続きはウエブで!」
はい、続きません。
慌ててカウンターに戻った遠野さんと大橋嬢は、社員の北さんからお小言を頂戴した後、あらためて村田君の「砂漠のジュリエットとの邂逅」を祈り、どこかの砂漠に向かって両手を合わせた。
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久々、遠野さんシリーズ
女子の会話はたいがい、そこにいない人が話題になる