No.285216

自動ドアの先

小倉さん

スタイリッシュ警備員アーサーさん見てたはずなんだ。気付いたら書いてたんだ。MMD苦手な私を見事に引き込んでくれた某友人に多謝。

2011-08-26 12:40:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:513   閲覧ユーザー数:499

 

 ディスプレイから目を外し、ぐっと伸びをする。

そろそろ一息尽きたいところでは在るが書類の内容がが良い具合に纏まってくれない曲者ばかりで、桜はえもいわれぬ倦怠感に襲われていた。

あと少し、これを終わらせたら休憩を取ろうと思いはじめてもう20分が経とうとしている。

流石に今のタイミングで休憩を入れなければ、お昼を食べ逃してしまう。

しかし仕事が片付いていないのも落ち着かない。

いけない事だとはわかっているが、社食へは向かわずにコンビニで何かおにぎりでも買ってきて、食べながら再度書類に目を通していく事にしよう。

重い腰を上げ、革の財布を持ってビル向かいにあるコンビニへ行こう。

もうめぼしい商品は殆ど残っていないだろうけれど、それでも、何も腹に入れないよりはましな筈だ。

階下から上がってくるエレベーターを待ちながら、桜は財布の中身を確認した。

野口さんが一人、寂しそうにレシートの間から顔を覗かせている。

いい加減このレシートの山も片付けてしまいたいのだけれど、さて、家計簿は何処に仕舞っただろうか。

思わずため息がこぼれた。

到着したエレベーターから降りてきた他部署の同僚を横目に見ながら、一階のボタンを押し、もうだいぶ接触の悪くなった『閉じる』ボタンを強く押す。

動き出すエレベーターの無機質な音が、不思議と桜の心を落ち着かせた。特に意味は無いのだが、何もすることがないと一度意識してしまうとどうにも落ち着かないため再度財布の中身を確認する。

中には小銭が数えるほどしかなかったが、ほつれがぽつぽつ目立ってきた財布の中でやけに輝く500円玉がなんとも不釣合いで、これはもしかして偽物じゃないかと疑ってしまうほどには違和感が強かったそれをちゃんと確認しなければと思い手にとった。

年号は昨年の表記で特に妙な部分は見当たらない。

そういえば幼い頃に貯めていた『ギザ十』の入った貯金箱はどうしたのだっけ、確か勉強机の一番下にある底の深い引き出しに…そうだ実家においてきたのだった。

いやいやこんな下らないことを考えてる場合ではない――と自分に叱咤した時、エレベーターが大きく揺れて、扉が開いた。

いつも思うのだが、このエレベーターは早急に業者に見てもらう必要がある。

そうしなければ――そう、今の私のように、たかが500円玉、されど500円玉を振り落としてしまい、ヒールの足で追いかけるなんて事も無かった筈だ。

恥ずかしい。

ビルのエントランスで私は一体何を焦っているのだろうか。

別にこちらに対して痛い視線があったわけではないけれど、なんだかとてつもなく恥をかいた気分で、いつもは気にもとめてないだろう、カツカツとリズミカルになるヒールの音が気になってしまう。

500円玉はカランと小さく音を立てて、柱の横で倒れた。

よかった、あれなら拾いにいける。

桜は若干乱れた息を整えながら、覚束無い足取りで500円玉のところまで行こうとすると、それを誰かが手に取った。

あっと小さく声がもれる。

それ、私のです。

なんて、言い辛い――

 

「これ、落としましたよね」

「え?」

「いえ、エレベーターからあたふたと降りてきたから何事かと思いまして」

「あ、あー…」

 

 全身の血が顔に集まったのかと思うほど顔が熱い。

恥ずかしい、恥ずかしい!

羞恥心が過ぎて若干涙目になりながら、とりあえず桜はそれを受け取ろうと手を差し出した。

 

「あ、ありがとうございます………誰かに見られてるとは思わなくて」

「そうですね、僕も偶然エレベーターの方を振り向いたら、貴方が出てきた所だったので。いつもは警備の為にこの柱の前で出入り口の見張りをしているものですから」

「ふふ、ここの警備員さんは社員の顔を覚えるのが早いから顔パスができて楽だ、って皆褒めてます」

「嬉しい言葉をありがとうございます」

 

 そうか、そういえばよく見ると、この青年はスーツでなく警備員の制服を着ているではないか。

もしかして仕事の邪魔をしてしまっただろうか。

少し不安を覚えたが、彼はちっともそんな素振りを見せずにところで、と言葉を切り出した。

 

「休憩時間、そろそろ終わりじゃないですか?出かけるなら早く行かなきゃ間に合いませんよ」

「え? あっ、本当! いけない、お昼まだなんです、色々とありがとうございます警備員さん」

「カークランドです」

「?」

「俺の名前。社員の方にも覚えてもらえると嬉しいな、と思って」

「ああ、確かにそうですね。それでは、お仕事頑張ってくださいね、カークランドさん」

「ええ、本田さんも」

 

にこりと微笑んでビルの扉へ腕を差し出して誘導してくれた彼は、振り向かない私の背に向かってずっと手を振っていた。

 

 
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