No.235321

紫陽花の君【朝桜】

小倉さん

シブより。季節によって髪飾りを付け替える大和撫子に滾って早幾月。いい加減しあげろと自分へのプレッシャーもかねて。//全編12話構成。朝桜菊です。今回は6月で紫陽花。朝桜と島国。not腐。

2011-07-26 21:55:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1417   閲覧ユーザー数:1409

「――それでその時あいつ、なんていったと思う?」

「さあ」

「『女が居るようにはちっとも見えないわ』ってよ。失礼だよな。俺にはお前がいるんだから、だらしなくしてる訳が無いのに」

「そうですね」

「…どうしたんだよ、今日やけに冷たいけど」

「そんな事はありませんよ」

 

 言って、顔をそらした。

窓の外は、しとしとと冷たい雨が降り続けている。庭に咲く紫陽花は、色濃くその存在を主張していた。半袖で過ごすには少し肌寒い気もするが、過ごせない訳ではない中途半端な気温で、自分の所の乾いた雨とは違う湿度の高さには陰鬱としてしまう。

 

 空気が重たいのはそれだけではない。玄関先で顔をあわせたときから、やけに桜の機嫌が斜め向こうを向いている。日頃の疲れが出てきたのだろうかとはじめは労わってやるつもりでのんびりとしていたのだが、機嫌を直すどころか少しずつ空気が重くなっていく。何か間違えたかと今度は笑い話を語ってみたがそれもはずれ。どうにもこの空気に耐えられず問いかけてみたが、勿論明確な答えが得られるわけもなかった。ここで紳士的に口説いてみても、滑るだけだろう。最近になってようやく気づいたのだが、彼女が自分の甘い言葉に反応してくれるのは、彼女が優しいからだと――勿論それだけではないのだが――いう事。はじめこそ初々しい反応を示してくれたが、慣れというものは悲しいもので、その上順応性の高い彼女の事だ、近頃では夜触れ合う事すら少なくなってきている。

 

「俺、何かした?」

「いいえ」

「…したんだな」

「いいえ、貴方は何も悪くありません」

「じゃあ何で俺の顔見ないんだよ。たとえ俺が何もしてなくても、お前にそんな顔させてるのは俺なんだろ?」

 

 少し語調を強くして桜に訴えかけると、びくっと小さく肩が揺れた。恐れているのか?どうして。一体何を。一人で考えても答えなんて出てこない。問うた所で意味がない。次第にイライラと不愉快な気分がじわりじわりと広がっていくのが嫌だった。

 

「そうですね、貴方にそんな風に言わせて仕舞うのは私が至らない女だからです。馬鹿なやつだと、どうぞ罵ってくださいな」

「そんな言葉を聴きたいんじゃない。理由を言ってくれ」

「どうしてこんな馬鹿馬鹿しい事がいえましょう。ただ、私が一人で勝手に考えて」

「良い。お前がどんなに下らないと思っても俺は知りたいんだ。お前は何に囚われている?」

 

 ぐっと小さな手が握りこぶしを作る。彼女の中でも葛藤があるのだろう、告げてすっきりしてしまいたい自分と、それをする事で後々後悔するのは自分なのだよと嗜める自分が。そんなに強く握っていては、爪の先で可愛らしい手の内に傷がついてしまうだろうと心配になる。それでも、彼女はアーサーが触れる事を良しとしない。それを拒んでさえいるのに、自分に一体何が出来ようか。アーサーがそう不快に思っている事も桜に伝わっているのだろう、それが余計に彼女の口を硬くしているのにアーサーは気付けなかった。

 

「申し訳ありません。今日はお帰りください」

「桜」

「また後日改めて謝罪に伺いますので。今は…一人にしてください」

 

 ぴしゃりと言って桜は縁側を後にした。帰れと言うのに見送りすらしてくれないのかとアーサーは頭を垂れて深くため息をついた。

 

「おやおや。痴話喧嘩でもされましたか」

「菊」

「アーサーさんも、雨の日が長引くと不機嫌になるでしょう。そっとしておくのが一番ですよ。そのうち美味しいものにつられて出てきますから」

 

 一体いつからそこにいたのだろう、何が愉快なのかくすくすと笑う菊に、アーサーは眉をハの字に垂らして問う。意味がわからない。この神秘に包まれた双子には通じる何かがアーサーにはわからない。それがなんだか腹立たしく、嫉妬さえ覚えた。

 

「菊、俺、桜に何て謝れば良いんだ」

「それはご自分で考えてください」

「考えてもわかんねぇんだよ」

「といわれましても」

 

 天気予報によればもうすぐ雨が本降りに入るからさっさと帰ったほうが良いと、頼みの綱である友人にも見捨てられ、アーサーはもやもやとした胸のうちを誰かに開放してもらえないだろうかと思いながら本田家を去るしか無かった。

 

 襖の奥の奥、桜は自分の部屋の布団にうずくまり、あんな冷たい態度をとらなくても良いじゃないかと自分のした行いに対して自己嫌悪し、ぼすぼすと枕にその怒りをぶつけるがちっとも気持ちが晴れない。

 

「(私の知らない女性の話なんてしないで欲しい…なんて。彼は浮気をしているわけじゃないし、私の事を愛してくれているのに、それを疑うような事を言えるわけ無いじゃないですか。アーサーさんの馬鹿。鈍感)」

 

 ああ、この醜い嫉妬の感情も、大雨に流されてしまえば良いのに!


 
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