ボクのパパはいつも頭にハチマキをしている。お風呂でも夜寝る時もしている。外に出る時も勿論外さない。たまたまそれを見た友達は、変な父ちゃんなんて笑う。
でもボクは知っている。
随分と前、真夜中にトイレに起きて、パパの寝ている部屋の前を通った。何故か電気が点いていたから、こっそり覗いたんだ。何をしているんだろうと思って。扉を少しだけ開けて中を見ると、パパはハチマキを新しいものに取りかえているところだった。ずっとつけているから結構汚れやすいのだ。でも、パパがその為にハチマキを外した瞬間、ボクは驚いて思わず声を出してしまった。
ぎょっとしてパパはボクの方を見た、三つの目で。
ハチマキに隠された額には目があった。あ、三つ目だ、と思った。漫画で見た三つ目小僧を思い出していたのだ。パパは数回口をぱくぱくさせた後、手招きをしてボクを呼んだ。なんとなく、音を立てちゃいけないと思って、忍び足で近付いた。
「パパは、三つ目なの?」
見てわかることなのにボクは尋ねた。少しの間を置いてパパは頷いた。
「見られてしまっては、仕方がないね。ああ、そうなんだ」
パパは怖がらないボクに驚いていた。今思えば、ボクも何故怖がらなかったのだろう。あんまりびっくりしたものだから、普通の反応ってものがどこかに飛んで行っちゃっていたのかもしれない。
尋ねた。どうして隠しているの?怖がられるから?するとパパは、ああ、うん、まあそうだねなんて曖昧な言葉を返す。暫く考えてから、やがて本当の理由を、話し始めた。後から考えたら、パパは誰かに話したかったのかもしれない。穴に王様の耳はロバだと叫ぶように、吐き出したかったのかもしれない。
「勿論、それもあるのだけれど……。パパの、この目はね、人の死が見えるんだ」
「人の、し?し、って死ぬことの死?」
ゆっくり、頷く。
「ああ。……たまにテレビで、オーラが見えるとかやっているのを見るか?そのオーラみたいな――解りにくければ、人の後ろにもやもやした煙みたいなものがあると思っていてくれればいいけど…。それが、もうすぐ死ぬ人の後ろに見えるんだ」
「そう、なんだ?ううん、よくわからないけど……それって、人を助けられるんじゃない?そんな話読んだことあるよ、もうすぐ死んじゃう人を主人公が――」
ふと、パパが見たことのない顔をしてるのに気付いた。笑っているのに、なんだか今にも泣きそうな、そんな不思議な顔。
「そうだね。そうだったら良いのだけれどね。――お前の読んだのは、事故に遭って死ぬ運命の人を助けたり、殺されそうになっている人を守ったりする感じじゃないのかい?」
「……うん、そんなの」
「そうだね……」
パパが今にも涙をこぼしそうに見えて、無理して話してくれなくてもいいと言おうとした。でもその前にパパは話を続けた。
「パパに見えるのは、その人の寿命というか――生きる限界、といった感じかな」
「限界?」
「突然の事故で無理矢理その命が止められる時、パパはそれを見ない。見る時は、例えば頑張って病気と闘っている人がそれでもやがて疲れきってしまったり。元気そうに見えても心臓がひそかに苦しみを訴えていて、それはもし治療したとしたって手遅れで、ついに動きを止めてしまったり。そんな、本人や周りがいくら努力しようがしまいが関係なしに訪れる、身体の限界。どうあがいても助けられない死。そんなものしか、この役立たずの目は見せないんだ」
目の前にいる人がもうすぐ死ぬとわかって、けれど見えているからこそ、その人を助けられないことがわかる。それは、なんて悲しい事だろう?パパはそれに耐えられなくなって、目隠しをするようになったのだ。
包帯で隠していたこともあったけど、無駄に心配をされるから失敗だった。パパは突然そんなことを言って、ボクを笑わせようとした。ボクは笑わなくちゃいけないと思って、だけどそう考えたら笑えなかった。悲しい顔をしていただろうボクに、パパはごめんなと呟いた。
ボクのパパは、とても、優しい人なのだ。
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パパのためにボクは何をできるのか考えて、でも何も、思い浮かばなかった。